ヒトとお話がしたい

ページ名:ヒトとお話がしたい

 

 アマゾンカワイルカの生息地周辺の村では

夜間にアマゾンカワイルカがハンサムな男性となり、乙女を魅了した後に

元の姿となって川に帰るという伝承が語られている。

 

 

 

 

 

あの川に居た時は、ヒトに興味なんて無かった。

恋愛の対象として見るなんてのは当然以ての外だった。仲間の可愛い雌の子くらいしか眼中になかったから。

そもそもヒトとは微妙に距離を保ちつつ生きて来た、彼らがたまに張る物に引っかかったりする程度で、比較的につつがなく生きていた。

 

僕は何故ヒトを好きになったのだろうか。それもこの場所で「ヒト」と成ってから。

 

 

ヒトになって最初に見えた光景はとても眩しくて、直ぐに僕の目を眩ました。

眩しさに目が慣れてくると、今までに見たことがない場所にいることに気づいた。とても綺麗な水を、何かが隔てている。

その外で、沢山のヒトが僕の方を見ていた。驚く顔、喜んでいるような顔、中には僕を呼んでいる様なヒトも居た。

そんな彼らを見て、僕はじわじわと嬉しくなった。

何故あの時無性に嬉しくなったのかはわからない。どこからどう見ても僕の仲間ではないのに、胸の中を熱い感じの気持ちが走った。

今でも理由は分からないが、あの時…僕は確かに、ヒトを好きに成ったんだろう。

認識したのかもしれない。新しい仲間だと。

 

 

それが、主にヒトの雌に向けられていた感情だという事実は、再び僕の頭を悩ませる事になった。

 

 

 

そのことに気付いたのは、僕の飼育員だと言うヒトと話をしていた時だった。

飼育員と話している時は凄く楽かったし、一緒に泳いだり、一緒にご飯を食べたりもした。とても楽しい日々が続いていたよ。

 

そんなある日、何の気なしに喋っていたら飼育員から「男の子みたいだね」と言われた。無論その時は、男の子の意味なんて分かりもしないし、頭の中に疑問が浮かび上がった。

 

 

詳しそうなヒトに聞いた所だと、まず人間には僕らと同じ様に性別がある事を教えられた。僕の飼育員はヒトで言う所の女性で、僕らで言う所の雌にあたるらしい。

…僕は元々雄だったらしい。今はヒトで言う所の女性と成っているらしいけど。

その時の僕は非常に混乱した。まず、なんで僕が女性になっているのかが理解出来なかった。

 

理解は出来なかった、でもこれ以上聞いても…今の頭の中には入らない気がした。

そう思って僕は質問をやめて、その人と話しをして気を紛らわせていた。

 

…僕の飼育員と話すのと同じくらい楽しかった。

結局のところ僕は女性であれば、誰でも良かったのかも知れない。男性と話していても、女性と話している時ほど楽しくはならなかった。

 

それが堪らなく嫌だった。

 

僕に話しかけてくれたヒト達を、たかが性別が違う程度の事で接し方に差を出してしまった。

そんな僕が、情けなくなった。

 

 

 

 

あれから僕は飼育員にお願いしてアワナミ支部から離れ、シヨノリバーという川で暮らしている。

少し一人になりたかったし、頭の中を整理したかった。

飼育員や、皆は寂しそうにしていたけど、それでも笑って僕を送り出してくれた。

その顔が忘れられなくて、今でも定期的にアワナミ支部に顔を出しては、飼育員やお客さんたちと話をしている。

偶に僕と同じ様な子とも話せたりするし、毎日がとても充実してると思う。

 

…僕が単なる女性好きであれ、せめてヒトとして変わった以上はヒトと沢山話してみたい。それこそ性別なんて関係なしに楽しく話したい。

それが、今の考えだ。僕には他のイルカみたいに飛んだり跳ねたり、芸をしたりは出来ないから。

 

 

 

例え君がどんなヒトだろうと、僕は全力でお話をしたいな。

君は、僕とお話ししてくれますか?

 


Tale

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