a.m.4:36

ページ名:4時36分 idola

 

  ……降ってるなあ。

 

 

午前4時36分。
眠気とゲーム欲との戦いにはコーヒーが参戦し、
カフェインの勢力に眠気はみるみるうちに退いていく。

カーテンは閉まっておらず、白み始める空の光を身に受けようと立ち上がったところで、猫はそう呟いた。

 

 

  今日は…………お出かけしようと思ったのになあ。

 

 

ろくに寝もしないでおでかけなんて、どこかで倒れてもおかしくはないと思うが。
まあ、眠たくなったら外で寝るのだろう。
公園のベンチやら、原っぱやら。

 

 

  んんー…………っ……ふう。

 

 

画面では、広大な草原を美麗なグラフィックが魅せている。
遠くには高々と聳える山が見え、雲は悠々と大空を泳いでいる。

猫は、パークにもこんな場所があるのだろうかと想像した。
澄んだ空気が空想の中を吹き抜ける。
草花の爽やかないい匂いが、鼻のほんの少し先をこそばゆく過ぎていく。

 

 

  はぁ。

 

 

外がこんなにどしゃ降りでなかったら、
そんな景色を探しに外に出てもよかったのに。

無論、Lv.70台のエネミーがうろうろと跋扈する草原なんて行きたくないのだが。そういう話ではない。
画面の中の草原では、ただのうさぎでさえ炎の魔法を撃ってくるし、それは主人公を一撃で屠る程に強いのだ。

 

 

  今からレベリングしてもいいけど、なあ……。
  疲れたし……。

 

 

  んんっ…………ん~~~~……っ!

 

 

大きく伸びをして手を前に伸ばすと、こつんっとゲームハードに指が当たる。

 

 

  ……。

 

 

  ……よしよし。

 

 

黒く佇むそれを何を思うでもなく軽く撫でると、

 

 

  あー……喉乾いた。

 

 

立ち上がり、ふらふらと目を擦りながらキッチンまで歩いていく。

 

 

  ……。

 

 

冷蔵庫をばかっと開ける。
が、内容物はいつも通り乏しい。
飲みかけの炭酸と、ゼリーくらいしか入っていない。

コンビニの弁当や作り置きの簡易的な料理の余りが放置されていないのは、
彼女自身がよく食べるせいで残りものが発生しないからだ。
そういうところは、自身の胃袋に助けられている。

 

 

  けど、ものが無いことには変わりないんだよなあ。

 

 

ため息混じりにしゃがみこみ、今度は棚を開ける。
いつもならポテチやチョコが入っているのだが、こんな時に限って空っぽだ。
辛うじて残っていたキャラメルの一粒を寂しく口に放り込み、扉を閉める。

 

 

  んー……。

 

 

  なんで買っとかなかったのかなあ。

 

 

過去の自分を恨む声は、電灯の明かりに跳ね返されて今の自分にちくりと刺さる。
先程の棚には、本来はカップラーメンも入っていたはずなのだが。

 

 

  ……無い、か。

 

 

今からコンビニに赴くにも、めんどくさい。
小腹が空いているだけならこのキャラメルで凌げると自分に言い聞かせ、リビングに戻る。

昨日片付けたはずの部屋が、早くも荒れ始めている。

 

 

  あー…………はは……。

 

 

自分の性格の変わらなさに苦笑いを浮かべ、布団に手をかける。
せっかく綺麗にしたんだから汚したくはないな、と思っていた猫の姿は過去のものになってしまっていた。

 

 

  ……。

 

 

  …………。

 

 

座り。

長雨をぼーっと眺める。

 

 

  ……。

 

 

思いついた掛け言葉がなかなかに詩的だったものの、どことなく寒さを覚えたせいで身震いをする。

 

 

  はは……。

 

 

  ……。

 

 

寂しいなあ。

ぎゅうっと毛布を抱き包める猫は、尻尾をゆっくりと揺らしながら目を閉じる。
眠くはない。

 

 

  ……会いたいよ。

 

 

どうしても、することがなく暇な夜(早朝)は、
自分の寂しがり屋の面が出てしまう。

毛布の温もりを友達の体温に置き換えながら、
右手でそれをゆっくりと撫でる。
先程ゲームハードを軽々しく撫でた時とは異なる、柔らかく優しい手で。

 

 

  …………。

 

 

ずっとじゃなくていい。
すっとじゃなくていいから、
こんな時くらいは友達と居たい。
心をきゅっと縮めながら、そう思う。

そういえば大家さんはいるけれど、今の時間は寝ているだろう。
行けば一緒に寝かせてくれるだろうか。
いや、そのためにこんな時間に起こすのも悪い。

それに、「一人で生活するはずじゃなかったのか」と、その腕の中で笑われそうだ。

 

 

  ……ふふ。

 

 

しとしと、しとしと。
落ち地を打つたくさんの滴の音を、雨雲を抜ける朝の光と共に聴いて。

だんだん気持ちよくなってくる。
こういう雨の音は嫌いではない。

暑い夏の中で涼し気な音が聴けることに、有難みを感じる。

 

 

  …………。

 

 

目を閉じていると、あれだけゲーム欲……カフェインが優勢だったはずなのに、
少しずつ眠気が押し返してくる。

 

 

  ……。

 

 

んんんっ。

 

 

布団で寝ている抱き枕を引っ張り出して、
再びテレビの前に座る。

ぎゅううううう。

寂しさを堪え抱き抱えながらコントローラーを握り、草原の中を再び駆け回る。
抱き枕のせいで画面がよく見えないが仕方ない。
せっかく起きたこの時間を無駄にはせんと、テレビの中の猫はたった一人で剣を振るう。
今の時間帯ではオンラインのフレンドなど……。

 

 

あっ。

 

 

いる。
なぜかいる。
黒く沈む名前たちの中で、たったひとつ、
オンラインを表す緑のランプが煌々と光っている。

 

 

  よっし。

 


  行くかー……!

 

 

寂しさが和らぐ。
たとえ画面の向こうでも、誰かが一緒にいてくれるという事実はやはり大きい。

猫は一切臆することなく、
†狂乱の戦士†へとチャットを送っていく。

 

 

さばねこ: おはよー

 

狂乱の戦士†タイガレオン†: お

 

狂乱の戦士†タイガレオン†: おはよ

 

さばねこ: こんな時間までやってるなんて

 

さばねこ: びっくりしたよw

 

狂乱の戦士†タイガレオン†: 昨日のお前と一緒だ

 

さばねこ: あははw

 

さばねこ: 今一緒にできる?

 

狂乱の戦士†タイガレオン†: うん

 


登場人物

筆者: idola
お読みいただきありがとうございます。


tale カントー 試験解放区

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