「私のことを…覚えているの?」
Athenaが恐る恐るルナに尋ねる。
「あったりまえじゃない。貴方はいつも嘘ばっかで、人の困ってる姿を楽しんで、それから__」
Athenaは嬉しさで気が緩んだのか、本人も気が付かないうちに泣いていた。
(あぁ、もう!私のことを覚えてくれる人がいることがこんなに嬉しいなんて…!)
Athenaはルナに涙を見せるまいとして腕で涙をぬぐう。
「はは…その様子じゃ、貴方こそ何も覚えてないみたいね。」
「それは…どういう…」
Athenaはルナの言っている意味がいまいちよくわからなかったが、恐らく“あの時”のことだろう。
「って、ルナ…その傷は一体…?」
よく見ると、ルナの体はボロボロだ。それに暗くてよく見えなかったが、頭から血が出た跡がある。顔に血の跡が大量についていた。
「これは…はは、らしくもない。私のミスよ。気にしないで。」
「冗談でしょ?ルナをここまで痛めつけれる奴がいるなんて…」
「あー、だからこれは私の…ま、どうせ話すつもりだったしいいかしら。」
「な、なにが?」
「私と、LASに起きたことよ。今、すべて話すわ。」
AthenaがLASを解雇される数時間前___
ルナは、いつも通りに起床してヤマドリ達と共に普段通りの生活を送っていた。彼女が異変に気付いたのは昼過ぎのことだった。昼食を食べ終え、どこに遊びに行こうか話していた時、職員たちが妙に慌ただしかった。
「どうかしたの?またなにか…」
ルナは何か手伝えることはないか、とイザベラに尋ねる。
「あぁ、いや、別に何でもないわ。」
と、相当急ぎの用があるのかルナにわき目もふらずにその場を後にした。
(何かあったのかしら…?それにしても彼女らしくないというか…)
イザベラの様子が少し変だが、他の職員を見ても皆、忙しそうにしている。普段こんなことはない。
数時間後、ルナは玄関で鋼夜を見かける。二年前に失踪した鋼夜だ。戻ってきたのだろうか?それとも見つかったのだろうか?LASの職員たちが忙しそうにしているのは彼が原因なのかもしれない。
「鋼夜じゃない。今までどこに行ってたの?みんな心配してたわよ?」
「…!ルナ…か……!俺を覚えているのか?!」
「え、えぇ?当り前じゃない。二年間もどこにいたの?というか、体は大丈夫?」
鋼夜の言動が少しおかしいのは気になるが、彼の服装がすこしボロボロになっている方が気になった。まるでずっと外で生活していたかのような…ルナはそんな気がして鋼夜の身を案じたのだった。
「二年…二年にもなるのか…」
「鋼夜?」
「…まてよ?ルナ!今は何年だ?!」
「何年って…西暦?205█年だけど…」
「205█年…の…10月…3日……か?」
「う、うん。そうだけど…よくわかったわね?」
この様子だと見つかったのではなく自分で戻ってきたらしい。よく見ると彼は少し疲弊しているようにも見える。
「ちょ、ちょっと?本当に大丈夫?少し休んだ方が…」
「いや、大丈夫だ。それより、お願いがあるんだが…」
「そう?無理しないでね?」
その後、彼が言った“お願い”とやらは聞き取れなかった。まるでその一瞬だけ世界から音が消えたかのように。ルナが聞き返そうとする前に彼はどこかへ行ってしまった。その時、空が明るく光った。同時に、轟音が鳴り響く。ルナは雷だと思ったが、どうやら違うらしい。外は綺麗に晴れているし、音が鳴りやまない。青天の霹靂でもないようだ。ルナが外に出て空を見上げると、巨大な隕石が空を覆っていた。
「嘘ッ!?」
ルナはすぐさま野生開放しようとした。巨大化して隕石を止めようと思った。が、巨大化できない。
(そういえば…昨日は新月…!くそっ!)
ルナの巨大化は満月の時に限られる。それに、仮に巨大化できたとしても、近くにあるLAS支部を自分が倒壊させかねない。
「また私は…何もできないの…?」
彼女は無気力に空の隕石を見上げる。今から避難を促してももう間に合わないだろう。自分は月の兎。これぐらいの隕石で死ぬことはないが、それは自分だけだ。あれがまともに直撃したら、他のフレンズや人間たちの安否は保証できない。
「あれは…もしかして…」
ルナは気づく。落ちてくる隕石に見覚えがあることに。
「サ、サンドスター?!どうして…空から…」
そう。空から落ちてきたのは巨大なサンドスター。サンドスターは火山から出るものだと思っていたルナにとっては信じられない光景だった。しかし、同時に希望もあった。
(隕石が…サンドスターなら、砕いてしまえばある程度無力化できるはず…!)
ルナは、落ちてくる隕石を破壊することにした。アレがただの岩石なら余計に被害が増えるだけだが、サンドスターを粉々にすれば年に一度の噴火と大差ないだろう。
「…導きの月光。」
彼女はもう一つの野生開放…否、フレンズの技を使うことにした。これは、あらゆる道筋を光で指し示すことができる能力がある。ここから自分の武器である杵をどう投げたらサンドスターを粉々にできるか。その道筋を表示した。
「月の導きは…今、ここにある!」
ルナは不完全ながらも野生開放をする。巨大化はできないが、月の能力を得ることはできる。彼女は助走をつけ、月の公転速度で杵を思いっきり投げ上げる。その杵は光の線の通りに飛んでいく。そしてサンドスターを粉々に粉砕した…ように見えたが、いくつかはまだ塊のままだ。
(落ち着きなさい…私…!あれがLASに直撃する寸前に、もう一度衝撃を与えればいいだけ…!)
今度は両足に力を込める。塊のままのサンドスターが一個、こちらに落下するのが分かっていた。自分の脚力の届く範囲に来たらそのまま殴って破壊するつもりだ。
「月兎の脚力、見せてあげるわ…!」
とは言ったものの、内心では相当恐怖していた。もしあれが破壊できなかったら…ルナはそんな不安を振り払った。今は集中しなければ。
(3…2……今ッ!)
タイミングを見計らって、大きく跳躍する。それと同時に握り拳を作る。
「喰らいなさい…!月面パンチ!」
空中でサンドスターの塊が綺麗に砕け散る。
「…ふぅ。」
意図せず野生開放が切れる。久々の運動の疲労もあったが、どちらかというとわざや野生開放の使用による疲れが原因だろう。空中で何とかバランスを取り、着地の体制に入る。野生開放していない状態でこの高さから落ちたら流石にただじゃすまない。しかし、轟音はまだ、鳴り響いていた。
空を再び見上げると、先ほどより少し小さいサイズのサンドスターが落ちてきていた。
「嘘…でしょ…」
ルナはそのことに気を取られ、着地に失敗した。小さな体が、地面に叩きつけられる。
「がぁっ…!」
地面に強く頭を打ってしまう。そしてルナはそのまま気を失った。
「そんなことが…」
そこでAthenaはハッとする。
「そうだ、鋼夜は!?」
ルナは無言で背後のLAS支部を指さす。
「な、なるほど…」
Athenaもなんとなく察したが、これで合点がいった。鋼夜は、落ちてきたサンドスターから私を守ってくれたのだ。
「詳しいことはもう…流石に忘れたわ。」
ルナはぶっきら棒に言う。
「え?」
「え…って、そりゃあもう“二年も前”の話だからよ。」
「二年!?私がLASを出てからまだ二、三日しかたってないはず…!」
「そう。それよ。この数字、ただの偶然だと思う?」
「偶然…なるほど、鋼夜の時も、か。」
ルナは頷く。
「ま、待ってよ。じゃあその傷は…」
「別に…大したことじゃないわよ…」
「大したことじゃないって!?アポロと戦った時以上にボロボロじゃないか!いったい誰が…」
「…セルリアンよ」
「セルリアン…?バカな…最近は滅多に見かけなくなったって…まさか!?」
「そう、そのまさかよ。降ってきたサンドスターがパーク内の火山を刺激したんでしょうね。大噴火だったわ。」
「それで…サンドスターロウも…じゃあ…パークは……!?」
「一年と少し前に閉園してるわ。」
「…やっぱりか……」
「心当たりがあったの?」
「心当たりというか…仮説にもならない妄想が当たった感じかな。」
「ふむ…聞かせてくれる?」
「勿論。」
Athenaは自分の考えをルナに伝えた。私たちが元々住んでた世界のほかに、類似したもう一つの世界があるということ。そこではAthenaはいないものとして扱われていたこと。そしてルナの話では恐らく鋼夜もそこに行っていたこと。
「なるほど…パラレルワールドか…」
「まぁ、最初は現実逃避するだけの妄想に過ぎなかったんだけど…不気味な満月といい鋼夜といい…」
「確かに。仮にそれが本当だとすると…まって、今の世界はどっちなの?」
「え?ルナが私のことを覚えているなら…あぁ、そうか、くそ、こっちが現実か…!」
「だとしたら、恐らく移動する目印は満月ね…」
「だろうね。多分あっちの世界は時が止まってる。LASだって新しいままだったし、ヤマドリだって__」
「…!?ヤマドリが生きていたの!?」
「うん。少なくともあっちの世界ではね。」
「あっちに私はいた?」
「いや…そもそも見かけなかったな…」
「…少し頼まれてくれないかしら?」
ルナが真剣な表情で続ける。
「こっちかあっちでジョウガを探してきてくれないかしら?多分…彼女の話を聞けば、この謎が解明できるかもしれない。」
「……わかった。」
「私も同行したいけど…あいにくこのザマなんでね。」
「…ふっ、まぁまぁ、私に任せておきなさいよ。」
そういってAthenaは歩き出す。ルナとの出会いが、Athenaを普段の調子に戻したようだ。
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