目が覚めると日の出前だった。空はほんのり明るいが、まだ太陽は出てきていない。
「夢…じゃないか。それにしても…」
Athenaはこのことが夢ではないことを頭の中ではわかっていながらも再確認する。
が、気になるのは昨晩の“腕の痛み”である。少し前、イソロフィア達がパークに来た時、彼女は左腕を負傷させられた。
そこが痛むならまだしも、今回は右腕。それに、あの痛みからAthenaの中には二つの記憶が混同していた。
『一人で作業している記憶』と『作業中、鋼夜に“何か”から守られた記憶』。昨晩までは、後者はあり得るはずのない光景としてAthenaは真っ向から否定した。
だが、朝目覚めてみると、より現実味のある方は何故か後者の方だ。
Athenaはゆっくりと起き上がって、バッグから手鏡とくしを出す。最低限の身だしなみを整えた後、Athenaはオクバネふるうつという野菜果物専門店に向かった。
そこは、野菜や果物を中心とした物販だけでなく、それらを加工したパフェなどの食品も売っている。彼女はその店の常連客だった。もしかしたら、誰か一人ぐらい私を知っている人がいるかもしれない。そんな期待を抱きつつ、彼女は出発した。
結果は『否』であった。
同じ常連客はおろか、店員さえAthenaのことを覚えてはいなかった。なんとなくわかってはいたが、現実としてこう突きつけられると、死にたくなってくる。だが、実際全ての人が私のことを忘れたわけではない。Athenaは確信していた。
その例として、イザベラがあげられる。イザベラは私がLASを出る前に最後に会話した人間だ。
これで「知らない」と言われようものならたまったものじゃない。だが、可能性として考えてしまう。
もし、もう一度会ったとき、イザベラでさえ私のことを忘れていたとしたら___
(そんなの、まるで別の世界に来たみたいじゃないか…)
(…ん?)
Athenaは、自分が思いついた適当な例え話が頭の中で引っ掛かった。
(まてよ…仮に…私が別世界に来ていたとして…)
時系列順にゆっくり考察していく。
(最初の不可解な出来事は鋼夜の失踪だ。あの日は満月だった。三日前も満月だったのにも関わらず…)
(そう…!あの時は、誰もそのことを気に掛けなかった!だから私も気のせいだと思っていたけど…もし、あの日、鋼夜の身に何かあったとしたら…)
そう、鋼夜が居なくなったあの日は満月だった。奇妙な夜だった。何日も連続で満月であることに彼女は違和感を覚えていたが、みんなが気にしていなかったのと、鋼夜が居なくなった悲しみでそれどころではなかった。
昨晩も満月だった。何か関係があるのだろうか。
そしてAthenaは思い出す。一昨日は“新月”だったはずだ。と。
(…昨日の昼。並べたはずのファイルが散らかっていた。それも私が入室した時以上に…!もし、私が退室した後、別の世界に飛ばされたとしたら…)
(……でも、そんなことあり得るの?)
Athenaは、自分がここと非常によく似た、別の世界に飛ばされたことを仮説として立てた。しかし、それは自分が他の人々に忘れ去られているということよりも非現実的だった。仮説というより、妄想の域である。
確かに、Athenaという人間が存在しない世界に来たなら、みんながAthenaのことを知らないのも無理はない。あの時いなくなった鋼夜もこの世界に来ているかもしれない。Athenaの記憶の中にある、もう一つの光景…鋼夜が庇ってくれた記憶。
この妄想を確かめるには、もう一度LASに行くしかない。Athenaはそう決意した。
__LAS支部。
AthenaはLAS支部に来ていた。つもりだった。
(何これ…ここ、本当にLAS?)
そこには建物が半壊し、入り口は瓦礫で覆われた支部があった。壁も、何十年も放置された後の様だ。至る所にひびが入っている。しかし、ちゃんと入り口には“LASAPO”の文字があった。
(この壊れようはどういうこと…?ルナが何か…)
と、AthenaはLASが半壊しているのをルナが原因だと推測したが、それはすぐに撤回した。これは内側から壊れているのではない。外から来た“何か”に押しつぶされたようにも見える。ルナが踏みつぶした可能性もあるが、彼女はわけもなくこんなことをするような性格じゃない。それに、昨晩は満月。彼女の野生開放はそこらのフレンズの比ではない。仮に“巨大化”したとしてもLASが半壊で済むわけがない。
__となると、考えられるのはもう一つの月。ジョウガだ。
(彼女の能力は確か…隕石を落とせるんだっけ。あの性格を考えればLASにも落としかねないけど…)
Athenaは、もっと調べようと思って入り口に近寄った。
「うっ!」
Athenaは咄嗟に飛び退いた。入り口まで近寄った時、嗅いだことのない嫌な臭いがした。
(まるで何かが腐ったような…)
彼女は、連想してしまった。負傷者の数も想定できないほど崩れた支部、嗅いだことのない腐敗臭。
「まさか…これは…こんなことって…」
彼女は強い吐き気に耐えながら、逃げるようにこの場を後にした。
夕方。彼女はわけもなくふらふらとホートクエリアを歩き回っていた。まるで自分は初めてここに来たかのように。
彼女は諦めていた。この世界はもともと私は必要なかったのだと。だから存在しなかった。LASにも要らなかった。
ふと気が付くと、LASの近くまで戻って来ていた。
(しまった。ここに近寄るつもりはなかったのに…)
Athenaが立ち去ろうとしたとき、背後から聞き覚えのある声が彼女を呼ぶ。
「見つけたわよ。Athena。」
振り返ると、そこには月兎のフレンズ、ルナが立っていた。
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