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天使の玉ちゃん | |
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ジャンル | 新聞漫画 4コマ漫画 |
漫画:天使の玉ちゃん | |
作者 | 藤子不二雄 (掲載時はあびこもとお、ふじもとひろし名義) |
出版社 | 毎日新聞社 |
掲載誌 | 毎日小学生新聞・大阪版 |
発表期間 | 1951年12月16日 - 1952年3月30日 |
巻数 | 単行本無し |
話数 | 6話 |
その他 | 藤子不二雄のデビュー作 |
■テンプレート使用方法 ■ノート |
テンプレート:漫画『天使の玉ちゃん』(てんしのたまちゃん)は、藤子不二雄による日本の漫画作品、および作中に登場する架空の人物の名称。後に数多くの名作を生み出した藤本弘と安孫子素雄のコンビとしての正式なデビュー作として知られる。1951年12月16日から1952年3月30日まで毎日小学生新聞(以下、毎小)・大阪版で連載された(後の藤子不二雄コンビとして初の打ち切り作品でもある)。当時作品を読めたエリアは、大阪府を中心に北は富山県・石川県、南は西部本社管轄の九州全県までであり、関東地方など東京本社管轄の東日本ではこの作品を読むことができなかった。
1946年に手塚治虫が『マァチャンの日記帳』でデビューを飾った頃、富山県でこの作品に偶然触れた2人の少年がいた。この2人こそ、後に数々の名作を手がけることになる少年時代の藤本弘と安孫子素雄で、それまでの荒々しい内容とも異なり、古臭い画風でもないその「新しい」作品に大いに影響を受ける。この頃の安孫子のノートには『マァチャン』の模写でいっぱいになり、2人の画風がそれまでのチャンバラなどの時代劇挿絵風から曲線的な手塚調の画風へと一気に変化する転機となる。その後、同年7月『マァチャン』と同じ毎小に開始された手塚のストーリー漫画のハシリとも言われる『AチャンB子チャン探検記』(手塚自身は後に失敗作としている)が開始され、これを読むためだけに中学生になっても小学生新聞の毎小を取り続けるなど手塚熱はますます高くなっていき、翌年刊行された手塚の『新宝島』でそれはピークに達し、2人は漫画家としてプロを目指すことを志すようになる。
その後、2人はいくつかの作品を合作するようになるが、高校生になったある日、トーンを使わない墨とペンでの作画で『天使の玉ちゃん』という4コマ漫画を10枚描いており、それを憧れの毎日小学生新聞に「ぼくたちは富山の高校生です。手塚作品が大好きで『マァチャン』の頃からの愛読者です。手塚作品が今載っていないので、代わりに自分達の作品を連載してください。」という内容の手紙と共に投稿した。
ひと月たっても何の音沙汰も無く、内心諦めかけていたところ突然毎日新聞社(毎小の発行元)名義で「五千円也」と書かれた郵便為替が届く。本人達が慌てて新聞を買いに走り確認したところ、既に天使の玉ちゃんが『3回目』となっていた。
手塚の『マァチャン』が連載前に三段ぶち抜きの広告で紹介され、新聞社役員との話し合いの上で綿密に決められたのとは対照的に本人達には何の連絡通知もないまま知らぬ間に決まっていたデビューであったが、これこそが後年まで活躍することになる『藤子不二雄』が誕生し公の印刷物に初めて登場した瞬間であった。
なお、安孫子は連載ならばと追加の10枚を送っているが、どういうわけか『玉ちゃん』は6回目で打ち切られてしまい、以後続きが掲載されることは無かった。このことは本人を含め「なぜ連載され、なぜ打ち切られたのかが未だに謎である」と語っている。
本作は後に藤子不二雄Ⓐの代表作『まんが道』でリメイク版が掲載されているが、オリジナルについては本人も第一回の掲載紙を購入しておらず、私設ファンクラブ「ネオユートピア」の会報誌23号でオリジナルバージョンが全話掲載された以外には一度も復刻されておらず、現在読むことが困難になっている。これに限らず、藤子不二雄のブレイク前作品は殆ど復刊されていないため、デビュー作の本作すら「謎の作品」とさえ言われている。
なお、オリジナルでの名義は藤子不二雄ではなく、ひらがなの「あびこもとお ふじもとひろし」という本名表記だった。おなじみの藤本と安孫子から苗字を取り、同じく藤本のフジと素雄の雄から名前が作られた藤子不二雄のペンネームに至るまでは藤子不二雄の項目を参照。
テンプレート:ネタバレ
玉ちゃんはなくしてしまったハネを探しに下界へ降りてきた天使。ハネを持って帰るために下界で様々な友達に出会うのだが…
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テンプレート:Manga-stub
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