登録日:2026/05/10 Sun 03:44:28
更新日:2026/07/01 Wed 15:55:31NEW!
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画像出典:tktktk8174 撮影(撮影日:2026/05/09 *1)
※他、本項目内の画像も同様
秋田県横手市増田まんが美術館、矢口高雄、矢口プロ
『釣りキチ三平』は矢口高雄の執筆した釣り漫画である。
主に少年マガジンで連載されていた。
作者・矢口高雄について
まずは作者の前歴について軽く触れておく。
矢口高雄は秋田県の横手市(現在)の山間部に産まれ、娯楽も何もない田舎の土地で自然に親しむ少年期を過ごした。
田川水泡や手塚治虫、白土三平などの漫画に影響を受け、「漫画は百害あって一利なしの害虫だ」と言われるのが当然の時代の中、
学校で漫画を読んだり描いたりしながら育ち、高校卒業後に地元の銀行に就職した。
銀行時代の同僚:
高雄…よ〜〜く憶えてます。銀行で鉄腕アトムの放送時間が近づくと、いつも急に腹痛を起こす男でした。
新人時代の矢口が店の前を掃除しているととびっきりの美少女女子高生が通りかかって一目惚れする。
同僚に相談すると田舎の銀行支店のネットワークを駆使して紹介してもらいお付き合いを初め、女子高生が卒業後すぐに結婚する。当時としては突飛な交際ではない
結婚と銀行員生活が落ち着いてくると漫画を描きたいという欲求が再燃し、自作の応募を続けながら『ガロ』編集部を訪ねて作品の指導を受ける。
当時のガロ編集長・長井勝一が矢口の漫画を見て下した評価は「絵がヘタ」というもの。
後の矢口の美麗な絵を知っている者からすれば意外だが、当時はそんなものだったようだ。
長井氏が語ったことによると、
新人としては力がある。だがプロになりたいと言われて考え込んでしまった。銀行員としてしっかりと勤めている人が目指すには危険すぎる。
勤めながら趣味として描くほうが良いと思って厳しい言葉で止めた。だが彼の意志は固かった。
そういう強い意志には運もついてくるものだ。
そのまま『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』で知られる水木しげるを紹介され、作品を見てもらったが、水木たちからすればレベルは相応に高くはあっても当時の漫画界でデビューするには遅すぎる29歳*2。
しかも銀行員という立派な職、ついでに妻と子供もいる男にそれを捨てて漫画描きを勧めることは非常にはばかられたようだ。
ただし水木が矢口の漫画に出した評価は
君の絵は上手いよ。
何?長井さんが下手と言った?キミィ僕は絵描きで長井さんは絵が描けないんだよ!フハッ!どっちの言うことを信じるのかね?
始めたのが遅いとか絵が下手というのは関係ない。絵なんてものは毎日描けば上手くなるものなんだ!
ただし君の絵は上手いが漫画の描き方がわかってない
……水木は美術系の学校に入ったがまともに卒業できず、従軍→左腕切断→復員を経て絵を本業にするようになったのが30歳過ぎ。
なので矢口を手遅れとは思わなかったのだろう。
水木からの激励と指導を受けて決心した矢口は、銀行員を辞め妻子を故郷に残して上京。単身漫画家稼業を始める。
奥様は銀行を辞めることを反対しなかったが「私はともかく娘2人には苦労させないこと。そしてあなたがハマっている麻雀と釣りは漫画家として成功するまで禁止すること」を約束させた。
そうしてガロと並行して『週刊少年サンデー』でも執筆を始め、そこで手掛けたのが梶原一騎を原作に迎えた『おとこ道』であった。
『おとこ道』の内容は暴力・根性・若者の挫折や成長というもので、後の矢口の作風とはだいぶ違うもの。梶原と組んだ経験のある漫画家の典型
連載冒頭でうっかり差別用語を使ってしまったせいで苦情が多数来る(単行本化の際に修正)という災難も合わさって比較的短命に終わったものの、
プロの漫画家に正式に弟子入りして指導を受けたことがなかった矢口にとって、シナリオ作成やセリフ回しなどの技術を得られた良い経験だったそうな。*3
その後、同じ秋田県出身の小池一夫と組み『燃えよ番外兵』を手がけるがこちらも不発だった。
そして仕事が途絶えてしまった矢口は絶望した。絵は上手かったのでエロ漫画の依頼は来ており、駆け出しの漫画家が収入の足しにするのは珍しくなかったが
漫画で生きていきたいと銀行を辞めた矢口のプライドが許さなかった。なおこの時『少年ジャンプ』という名前の新興漫画雑誌からも依頼はあったのだが当時の矢口は魅力を感じていなかった。
ここで悩む矢口に奥様が声をかける。
自分で描きたいことがいっぱいあってこの道に入ってきたんじゃないの?
人様が考えた原作を漫画化するために銀行を辞めたのではないでしょう?
こうして原作作品を上手く描けなかった矢口は自分の描きたい世界を描くことに活路を見出し、
自分が過ごした秋田のような「山村の風土や自然」そして「魚釣り」をテーマにした作品へシフトしていく。
それだけではなく元銀行員としてスケジュール管理に長けていて筆も早い矢口にとって原作がいつ届くか読めず遅刻も珍しくない原作者と組むのは大変だったというのもある。こればかりは組んだ原作者に問題があった
そうして様々な読切作品に続いて『マタギ列伝』『釣りバカたち』などで実績を重ねて、1973年連載開始の『幻の怪蛇バチヘビ』がヒットし、国内のツチノコブームの立役者となる。
そうしてアシスタントを持てるまでになった矢口が描き始めたのが『釣りキチ三平』であった。
釣りキチ三平について
ではいよいよ本作の解説に入ろう。ウッヒョ〜〜!ドキがムネムネしてきたぞぉ〜!
矢口高雄が『週刊少年マガジン』1973年32号より連載を始めたのが『釣りキチ三平』。秋田県の山村に暮らす釣りキチ少年・三平が
主人公の物語である。
天真爛漫な三平が多種多様な魚への釣りを繰り広げる様をアグレッシブに描いた本作だが、この当時釣りというのは水辺で竿を出して
ボーッと待つだけの退屈な年寄り向けの趣味というイメージが強かった。
ましてや子供を対象とした週マガ連載の漫画で釣りを表現するというのができるのか?と思われていたのだが……
矢口高雄自身が大の釣りキチのためにほとんどの内容は作者の実体験から描けてしまう。
その知識を活かして釣りの魅力を子供にわかってもらおうと心を砕いたのである。
当時の少年漫画のセオリーには「開始5ページまでに主人公と物語の目的を明確にする」というのがあった。
だが本作の第1話は週マガ編集部から50ページをもらいながら鮎釣りのメカニズム・鮎釣り大会の様子・必死に釣る大勢のモブ釣り師を
丁寧に描き続け、主人公の三平が出たのは最終ページの最終コマに一度だけ。
子供であっても侮らず、釣りとは何かをじっくり説明するためにこのような構成にしたのだ。
解説書の中に漫画を入れるのではなく、普通に楽しんでもらうための漫画の中に実用書レベルの釣り解説を入れるというのは前例のない
ことだった。
ちなみに『釣りキチ三平』を描くにあたって登場した魚についてはほぼ全て作者が釣った経験があるという。
唯一の例外は「有明海のムツゴロウ」だが、これは釣るための技法があまりに特殊過ぎて短期間では習得できなかった。*4*5
そのため作中の釣りの描写は実にリアルで面白そうに描かれているし釣りを知らない読者でも明確にわかる解説もきっちり入れている。
といってもリアル一辺倒ではなく漫画の表現上必要があればそれを無視することも厭わない。
例えば作中で魚が針にかかった瞬間に対象魚が水上に大胆にジャンプする描写だが、実際は針にかかったからと言ってジャンプする魚はほとんどいない。
もちろん作者は百も承知だが狙いの魚の姿が見えないのでは盛り上がりようがなくバトルの「華」をリアルさよりも優先しているのだった。
今でも釣りの教科書として使える内容ではあるが、中には2020年代には時代遅れになっている情報もある。
それはそれで、かつて在った漁法や文化を知れる教科書にもなっているのだ。
例えば現代よくネタにされているのが、釣りながら吸ったタバコの吸い殻を空き缶に入れ、地面に穴を掘って缶ごと埋めて帰ることを
「マナーの優れた釣り人」としていた描写*6。百歩譲って吸い殻だけなら土中で分解されなくもないが金属の空き缶も埋めて、さらに空き缶の中に吸い殻を詰めてそれごと埋めている
1970年代中期は高度経済成長に伴う環境破壊が問題になり出した時期で、そんな時代に外来魚移入問題や環境保護なんかをガッツリと描き込んだ漫画は先進的であり、
それでいて体裁を取り繕わずに
「釣りが好きだから釣りを長く楽しむために環境を守りたい」
とストレートに訴えたのだった。
というわけで、釣りについての歴史的資料として本作を読んでもよいし、
エネルギッシュで魅力的な少年が縦横無尽に駆け回り地球の魚と闘う様を丹念に描いた漫画として楽しんでもよいだろう。
そんな感じで『三平』は即座に大ヒット、釣りブームの中興の祖になった。
これによりネタの確保のために作者の釣り禁止令は解除された。
マガジン編集者:
『釣りキチ三平』の作者が釣り竿を握らないなんてギャグにもならないでしょ!?「三平に◯◯を釣らせてください」ってお便りが山ほど来てるんですよ!
矢口高雄の奥様:
今まで我慢してたんだもの、もう解禁でいいわ。バンバン釣ってガンガン描いてドンドン稼ぐのよ!
そこで週マガの編集長と副編集長は「別冊マガジンでも描いてほしい」と矢口に依頼。
※この「別冊少年マガジン」は今で言う『月刊少年マガジン』のことで、2009年に刊行された同名の雑誌とは違う。このため以降は「月刊マガジン」で統一表記する。
しぶしぶ読み切りを一作だけ描いたのだが、そのゲラ刷りがなかなか矢口に届けられなかった。
※ゲラ刷りとは漫画を本として印刷する前に一度試し刷りしたもので、これを作者や編集がチェックして良ければ正式な印刷をする。
待っているとマガジン編集長が現れて遅れたお詫びと共に完成した月マガ本誌を手渡す。
そこには編集部だけでゲラ確認をした第1話が載っているだけでなく''「釣りキチ三平、月刊マガジンでも堂々の新連載」''と書かれており、
矢口は「ハメられた!」と驚愕するのだった。
とはいえ宣伝された以上描かないわけにはいかず、週刊と月刊の両マガジンで8年近く連載し続けた。
かなりの多忙ながら、少年漫画としては初めて単独作品で単行本60巻以上を出した作品となる。*7
それほどのハードワークだったにも関わらず、矢口は銀行員時代の経験によって締め切りを破ったことが一度もなく、編集者にとっては
「藤子不二雄と矢口高雄は締め切りを破らない」という定評があったという。(藤子先生の方は過去に痛い目を見たからです)
あのペテン師ども(by矢口)に騙されたことを呪いながらも、代わりに月マガ版ではカラーページを毎回優先して描かせる約束を取り付けた。
これがあの美麗なカラー見開きを手がけるきっかけとなり、後にカレンダーや画集などの仕事の糸口になるのだった。
そして刊行媒体の違いから「週刊では長期連続ストーリー、月刊では多数のページを活かして単発ストーリー」と表現も分けている。
それぞれでネタの使い回し過去に描いたネタのセルフリメイクもしながら三平シリーズ全体で5000万部を越える売上を叩き出した。
現在ではそれ以上売れた漫画もそこそこあるが、時代を考えれば異常なレベルの大ヒットである。
矢口は連載開始前から「釣りはフナに始まりフナに終わるというが、三平は鮎で始まり鮎で終わらせよう」とぼんやり考えていた。
その通りに最終章『釣りキチ同盟編』では三平に鮎を釣らせ、約10年間の連載を終える。
最終回が週マガに載った翌日、連載完結記念パーティとほぼ同時刻に矢口の恩人である梶原一騎が、矢口が世話になったマガジン編集者を
ボコボコに殴ったため、せっかくのお祝いムードが警察の事情聴取で消し飛ぶことになった
ここからしばらく矢口は釣り以外の題材で漫画を描き続けるのだった。
1980年〜1982年にはフジテレビ系・日本アニメーション制作でアニメ化。三平役が野沢雅子・魚紳役が野沢那智だった。
登場キャラクター
・三平 三平
本編の主人公。釣りのことになると目の色が変わる「釣りキチ」少年。
麦わら帽子に長袖上着の上から白い半袖シャツを着るのがいつものコーディネート。
年齢は11歳程度だが明言せずに作中の描写や内容によって時系列の方が変動して9歳〜15歳まで変化しているという設定。
釣りと聞けばなんでも果敢に挑戦して、本人の才能に加えて普段からの練習で身につけたテクニックで魚を釣りあげ、
さらに未知の怪魚の釣り方に苦心しても常識に囚われない柔軟な発想力を武器に突破口を見出す釣りの天才児である。
またラジコンや鷹匠といった釣りと関係の無いことでもすぐに勘所を掴むことができるタイプであり、それらの専門家から一目置かれることも多い。
紀州で300年の伝統を誇る茜屋流投網術を教わった際には、習得に15年はかかると言われる秘伝"小鷹網"を簡単な手ほどきを受けただけで一発で成功させた。
この時ばかりは本人も驚愕し「マグレだ」と連呼していたが、茜屋流の当主である茜屋新兵衛から「マグレで小鷹は開かない」とお墨付きをもらっている。
人見知りせず誰にでも秋田弁で快活に話しかけられる性格で、彼と関わって最終的に好感を持たなかった者はいない。
作者はそんなつもりで描いてはいなかったと思うが老若男女…特にオジサンを次々に陥落させていく美少年の三平にショタコンやら
BLの需要を見出したお姉様方は少なくなかった。
もちろんよこしまな目で見なくとも少年漫画の主人公として充分な活躍をしている優しくも情熱的な健康優良児である。
よく突っ込まれるのは学校などの社会生活描写が一切ないという点だが、
作者としては「描いても面白くならないものを描く理由がない」からで、学校生活を描いて見せる気は無かった模様。
平成版でもスマホや各種テクノロジーが登場している中で年齢は変わっておらず、「大人になって就職している三平を見たくはないだろう」と子供のままにされた。
ユリと正治以外に同年代の友達もほとんど登場しないが、当時の作者の故郷がモデルなので近い年齢の子が他にいないのは珍しいことではない。*8
作中で書かれた三平の住所は秋田県増田町狙半内中村110。
これは作者が昔住んでいた住所そのままで、後に秋田県横手市が公式に発行した三平の住民票の住所も同様である。
もちろん作者はとっくに東京に転居して更地にしているからなのだが。*9
・三平 一平
三平の祖父。一平じいちゃんと呼ばれて慕われている。
三平の釣りの師でもあり、作中屈指の腕前を持つ。
もちろん新しい釣りの知識理論には疎いが順応性も高いためすぐに受け入れる。
本業は釣り竿を作る竿師。彼の作った竿は「一平竿」と渾名され、全国レベルで評価が高い。
温厚で優しく、それでいて三平が道を誤った時は厳しく諌める理想の祖父。*10
今は三平と2人だけで暮らしており、三平のことを命に変えても惜しくはないと語るほど愛している。
・鮎川 魚紳
三平の前に現れた謎の風来坊釣りキチ。サングラスと背に「祈願 日本一周釣行脚」と記されたフィッシングベストがトレードマーク。
当初は、本作にはよくある「その章限定の単発ゲストライバル枠」だった。
だが、渋い雰囲気と紳士的な振る舞いに加えて、三平や一平とは異なる西洋式の釣具や技術を使いこなすフィッシングスタイルで人気が上昇。
そのスタイリッシュさは、某ゲームのファンディスクで赤い外套の男が最新鋭の釣具に身を固めて登場した際に
「上下ともにギョシンさんばりにキメキメのズボンとジャケット」
と地の文で引き合いに出されるほど。
なお、初回登場時はかっこいいと言えばかっこいいが歴戦の中年軍人のような渋いかっこよさだった。
後に再登場することになり、さらに女性ファンの人気が爆発。
矢口プロの事務所には女子中学生や女子高生のファンレターが山ほど届いたという。
しかも、魚紳ファンの女の子が押し寄せてモデルのような美貌の女子高生たちが「魚紳さんの姓が決まってないなら『鮎川』がいいと思います」と頼み込んだためにそうなったほど。*11
そのため、当初の印象は上記の通りだったのが、どんどんさわやかイケメンお兄ちゃんに。
その上、大企業の御曹司で弁護士資格を持ちスポーツはオリンピック級という完璧超人になっていった。
一平じいちゃんは年齢ゆえに家から遠距離の旅行は難しいため、三平が釣りのために遠出をする際は保護者を務める。
実際に三平の兄貴分同然となり、平成版では「オラのとっても大切な人」と紹介されるシーンも。
この2人の取り合わせは見直してみたら確かに同性愛っぽいネと作者も認めるほどではあるが
それでもよこしまなフィルターを通さずとも三平の頼もしい相棒なので、そっちの妄想は好きな人だけがひっそり楽しもう。
主役を張れるだけのポテンシャルがある人気キャラなので、スピンオフの主役を務めており
スピンオフでは鱗(りん)という名の兄がいることが判明したが、後述の通りスピンオフの内容は全て矢口の公認済みである。
・高山 ユリ
三平の隣家の娘で2歳年上の幼なじみのヒロイン。三平からはユリッペと呼ばれて親しまれている。*12入浴シーンどころか三平に乳を揉まれるシーンも披露した
高山家自体が三平家と付き合いが古く、高山のオド(父親)と高山のアバ(母親)は三平のことも実の子同然に可愛がっている。
両親の名はそれぞれ高山安蔵と高山タカ。準レギュラーとして活躍する。
モデルは作者の奥様で、奥様の写真を見るとユリッペや矢口作品の和風美女にかなり似ている。
・加瀬 正治
三平の近所に住む年下の少年。
生意気でデベソで味噌っ歯でちんこに毛が生えてない典型的なクソガキだが、三平のことを師匠と呼んで懸命に慕っている。
いわゆる解説される担当、サイドキックだが三平の良き弟子となっていく。
作者の同級生の加瀬谷正治さんが名前の由来。
・矢口 高雄
世紀のハンサムボーイこと作者。
ちょこちょこ作中に登場してストーリーの展開の途中で釣り用語解説を始めて、解説が長くなりすぎると
少年マガジンのY記者が登場して辞めさせるのがお約束。
コラーッ矢口!釣り解説ばかりしてないで漫画を進めろーっ!
また彼とは別に矢口バカ雄という漫画家が登場する回も存在する。
・三平 平
三平の父親。二平じゃないのか…
出稼ぎ漁師として働いていたが本編開始時点ではとある理由で行方不明であり、三平は死んだものと認識していると思われる。
彼の存在が中盤以降の物語の鍵となっていく。
メディアミックス
1980年からフジテレビ系でアニメ化され、全109話という長期放映となった。
名作路線の日本アニメーションが手掛けただけあって手堅い作りで、概ね原作を踏襲した内容となっている。主題歌もOP・ED共に名曲。
ヨーロッパでの人気が高く、今でも色褪せていないらしい。
もちろんアニメ終了後に描かれた原作終盤のストーリーは収録されていない。
現存数がどれだけ残っているか微妙なほど古いが原作内容を朗読したカセットテープも出ていた(当時の人気漫画には珍しくない)
また原作漫画の絵に声優のセリフを被せていくタイプのOVAも発売されているがこちらは少々マイナー。
2009年には実写映画化。
『喰いタン』でブレイク途上にあった須賀健太が三平を演じた。
矢口高雄は映画にもちゃんと監修と支援をしており愛子関連の改変は微妙に感じつつも許容範囲で、他は充分満足だったとのこと。
あとはファミコンで「ブルーマーリン編」がゲーム化され、PS1のシンプル2000シリーズの一環『the 釣り』にも登場している。明らかに三平と無関係で作っていた釣りゲームに三平の原作ストーリーをねじ込んだような内容だが
後はパチスロとガラケーアプリゲームに加えてMSXでもゲームが2本出ていた模様。
MSX版については当記事の初版投稿時点ではWikipediaの三平の項目には書かれておらず英語Wikipediaには載っていた。海外人気がある作品とはいえ向こうのマニアすごいなあ
2018年には『バーサス魚紳さん!』が立沢克美によってイブニングで連載された。
これは本編の少し未来で魚紳さんが単独で釣り勝負を繰り広げるという内容の作品で、全7巻。
タイトルについて
当初のタイトルは『釣りバカ三平』だった。実際先に描いていた釣り漫画は『釣りバカたち』である。
もちろん浜ちゃんスーさんが出てくる小学館のサラリーマンコメディ漫画より5年以上前。*13
それを週刊少年マガジン編集長が『釣りキチ三平』に直したという。
当時のマガジンには『空手バカ一代』『天才バカボン』などのバカ漫画が名を連ねていたためそれらとかぶるのを避けたそうな。
何かを熱狂的に好きな人のことを◯◯キチガイと普通に呼んでおり、そんな釣りキチガイたちを描いた作品である。
編集部がそう変名させたことからわかる通り当時はキチという呼称が問題視されることはなかった。キチガイまで書いたとしてもである。
本作の連載開始はあのキチガイアニメとほぼ同時期であり、三平もタイトルがそのままで1980年にテレビアニメ化しているので
キチガイというワードが放送禁止用語になったのはもう少し後ということになる。
ただしそのアニメが地方局で再放送される際にタイトルを理由に自粛した局があったことは事実らしい。
なお作者によればどうみても誰かを侮蔑する要素がある内容でないためか釣りキチという呼称について作者サイドに抗議が来たことはなかったとのこと。
本作の電子書籍版において第一話冒頭に他の矢口作品を数ページ差し込んで釣りキチは釣りキチガイの略だよとわざわざ説明しており、*14
現在は少なくとも本作のタイトルに使う分には問題ないようだ。
その後の三平と矢口高雄
連載終了後しばらくは他の作品を執筆していたが、「久しぶりに三平クンが読みたいネ…!」の声を受けて『釣りキチ三平・平成版』を2000年代から執筆開始。
全12巻を刊行し、13巻分として『雨沼の鱗剥ぎ』を描いていた。
『雨沼の鱗剥ぎ』の内容は「養鯉業者の飼っていた鯉が竜巻被害で雨沼*15に逃げ出し、三平や魚紳が少しでも鯉を釣って業者に返そうとしたが体の片面の鱗が剥がされた鯉ばかり釣れてしまう。雨沼には鯉の鱗を剥ぐような何かがあるのか…?」というもの。
しかし矢口本人も加齢で体力が低下し、さらに長女が親より先にガンにかかり長年苦しむ娘を見続けた上で見送ったことから気力も衰えた。
そして今度は自分がガンになると言う踏んだり蹴ったりでとても漫画を描ける心身ではなくなったため作品を待ち続けている読者には誠に申し訳ないとしながらも2012年に72歳で引退する。
つまり『雨沼の鱗剥ぎ』を含めて中途の作品があるのだが死亡による絶筆ではなく本人の意志による断筆である。
その後の矢口は老後の印税生活と漫画業界のための活動に専念し、自分で描けなくなったといっても『バーサス魚紳さん!』の監修や指導もきちんとするなど老いてなお精力的だった。
漫画を描くのは無理だったとはいえサイン程度は描いており、常にファンサービスを欠かさなかったらしい。
※作品に関係あるが思いっきり有名な歌詞がフルで書かれているためその部分を加工済み。
手塚治虫に憧れた少年は銀行マンを経て漫画家に…。
夢を追い続け、描き続けた50年。
手塚治虫にはなれなかった。
でも「矢口高雄」にはなった。
50年間のご労苦に、心から敬意を表します。
2020年9月 横手市増田まんが美術館館長 大石卓
これは矢口高雄・画業50周年記念イベントの謝意であって惜別の言葉ではない…のだが
イベントの真っ最中*16の11月20日に膵臓ガンのために逝去。家族に見守られながらの大往生であったという。
今は天国で釣りを満喫していることだろう。
追記・修正はシジミ汁みたいにお願いします。
なんだそのシジミ汁ってのは?
知らんのか?追記・修正するときにキーボードやスマホをガチャガチャいじくるだろ?
鍋の中で煮立ったシジミみたいにガチャガチャうるせえってことよ。
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▷ コメント欄
- 立て乙。マガポケで無料で読み進めてるけど、面白いなぁ。 -- 名無しさん (2026-05-10 10:34:16)
- 「多数の大物レコードで名前が出てくるこの人何なの?」とか驚愕されてるんじゃあるまいか。 -- 名無しさん (2026-05-10 10:43:49)
- 記事内でも書かれてるけど、今となっては当時の常識みたいなのが窺い知れる教材としても見れるのよね。本当に漫画ってのは世相を映す鏡みたいなもんだ -- 名無しさん (2026-05-10 11:32:54)
- 取材時に資料として写真を撮りまくっていたそうだけど、アカメ釣り編での地域の風景が寸分違わずそのまま出てたので驚いた。 -- 名無しさん (2026-05-10 12:43:29)
- 棚を取るとか流れ込みを狙うとかセオリーは案外変わってない部分もある、逆に釣具は和竿からグラスロッド・ベイトリールと進歩が著しいのが伝わってくる -- 名無しさん (2026-05-10 23:07:13)
- まって、2012年72歳で引退ってことは上の画像もしかして80歳近くで描いてるのか? -- 名無しさん (2026-05-11 03:38:13)
- ↑ わけわからんほど絵が早くて上手いんだよ本当に。怪物よ -- 名無しさん (2026-05-11 03:50:22)
- 11月に癌で亡くなったのに直前までイベントの準備手伝って4月に暗い闇夜も必ず明けるとか色紙描いてたの本当に漫画の鉄人だな -- 名無しさん (2026-05-11 10:34:24)
- アニメにだけど小さいころ相当ハマっていたらしい。これのイラストが描かれた枕を使っていたのを今でも覚えてる。 -- 名無しさん (2026-05-11 15:12:32)
- なお水木先生の記憶では「あんたもう歳いってるし銀行員の方がいいんだからはよ帰れ」と言ったことになってた模様 -- 名無しさん (2026-05-11 15:36:39)
- 魚紳さんは土井先生とか安室透みたいな女性人気が高い大人キャラの先駆けみたいに感じる -- 名無しさん (2026-05-11 19:41:40)
- RCフィッシングという斬新な釣り -- 名無しさん (2026-05-11 22:59:01)
- 矢口先生の生い立ちから説明してくれるの凄い親切な項目だな。それでいてスッと入ってくる -- 名無しさん (2026-05-12 01:53:33)
- 「キチ」はすっかり禁忌の言葉になってしまったが、「釣りキチ」だともはやひとつの熟語として意味が変わっている気がする。おそらくこの漫画のおかげで。 -- 名無しさん (2026-05-12 23:09:37)
- ↑ なお、「邦キチ」も許されている模様 -- 名無しさん (2026-05-13 09:39:53)
- 初めて読んだ時は年上のお兄ちゃんだった三平が今見ると実にショタ愛らしい -- 名無しさん (2026-05-13 17:03:42)
#comment
*2 実はここではサバを読んで24歳と自称しており、長井や水木は当時の矢口を24歳と思っていた。長井は「24歳で描いた絵にしては下手だな」と評価したが、実際は29歳だったとなると…。
*3 矢口は当初、本名(髙橋髙雄)で執筆していたが、矢口高雄というペンネームは梶原の発案による。当時の矢口の最寄駅の「矢口渡」が由来なのだが、『あしたのジョー』の主人公の苗字「矢吹」から縁起の悪い「欠」を取って「矢口」と付けてくれたのだ……と矢口高雄は思うことにしていたという。
*4 それでも取材と練習はしたのでカニだけは釣れた。本編での最初の三平の獲物もカニである。
*5 ただしこれは「実在し、当時すでに釣りのターゲットとして理解されていた魚」に限った話で、未確認生物を扱った「O池(モデルとなったのは山形・大鳥池)のタキタロウ」はもちろん矢口の想像力による構成を含んでいる。そのためか「あまりに大物だったせいで地震が起きてしまい、水から上げずにリリースすることを決断」と、三平の敗北で終わる。
*6 当たり前だが現在の正解は「携帯灰皿を使用する」である。
*7 60巻以上出した漫画自体としては『サザエさん』に次ぐ2番目だが、あちらは色々な意味で漫画としての状況が別なので。
*8 隣の村の少年と顔馴染みとして一緒に遊んでいるため、近隣の村から子供が集まって学校の1クラスを編成していたと思われる。
*9 横手市は矢口高雄の生家として残すことを提案したが矢口は維持費がかさむだけだしそういう記念碑は漫画美術館で充分だとして断った。
*10 作者の祖父は「堅物で陰険でケチ」といい思い出がなかったため正反対の理想人物を想定した。
*11 余談だがその美少女女子高生の1人は当時の矢口のアシスタントの1人と結婚した。ファンの女子高生に手を付けたということになるが当時はさほど倫理的にアウトというほどではなかったらしい。
*12 というか親もユリッペと呼んでおり、「ッペ」はからかいの意図がない東北訛りである。さすがに他人は「ユリちゃん」等で呼ぶが。
*13 ちなみに三平たちは「川や湖での釣り」、浜ちゃんの方は「海釣り」が比較的多めと、馴染釣り場の傾向が異なる違いはある。
*14 第1話は無料で見せてくれる配信サイトが多いため確認が容易。
*15 モデルは茨城県牛久沼。
*16 画業50周年イベントは2020年10月10日から翌年1月11日で、イベント開催期間にはだいぶ病状が進行していたが事前準備にはがっつり関与していたらしい。


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