登録日:2010/11/17(水) 20:35:28
更新日:2023/10/27 Fri 13:29:22NEW!
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レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(Red Hot Chili Peppers)とは、結成から25年を経てなお世界を席巻し続ける実力派バンドであり、特にライブにおける演奏技術の高さに定評がある。
日本での通称は「レッチリ」や「チリペ」など。
レッチリと言われてわからない人は実写映画版『DEATH NOTE』の主題歌でググるとわかるかもしれない。
◆現在のメンバー
- アンソニー・キーディス (ボーカル)
艶やかな長髪が特徴のボーカル。一時期は金髪の短髪だった。最近シーシェパードに出資しているらしい。
実は1度脱退している。
- フリー (ベース)
バンドの良心その①。
スラップ奏法をROCKに持ち込んだ人物で、スラップ奏法を身上とするベーシストから絶大な支持を誇る。
スラップのモーションも独特であり、一般的には親指が上向きなのに対しフリーは下向きで行う。
ライブでの格好(ウッドストック'99の全裸)などから、非常識などうしようもない人間のように思われるが、実は非常に紳士的な人。
ライブを途中で帰ろうとする他メンバーを説得するのもフリー。
去年、レディオヘッドのトム・ヨークとバンドを結成した。
- ジョシュ・クリングホッファー(ギター)
前任ギタリスト、ジョン・フルシアンテに代わってメンバーとなったギタリスト。
ジョンの盟友。
元々、サポートメンバーだった。
- チャド・スミス (ドラムス)
バンドの良心②
ジョンと同じく、母乳からの参加メンバー。パワフルさ、精密なテクニックや安定感を両立した、スター・プラチナのような厨設定ドラマー。
フリーと同じく結構気さくな人らしい。
承太郎さんも真っ青な大男。
5児の父。
現在はチキンフットとして活動している。
◆元メンバー
たくさんいるので代表的なメンバーのみ。
- ジョン・フルシアンテ(ギター)
元々、レッチリの熱狂的なファンだったギター少年。アンソニーが加入させたらしい。
初めて参加したアルバム「母乳」のときはわずか17歳(!)。
デビュー時期は赤毛のモヒカンだったが、復帰してからは長髪でイエス・キリストのような人物に。
日本公演中に脱退してからはノ〇ピー(笑)を越えるくらいの薬物中毒に陥り、一時期は歯も全て抜け落ちたほど。
しかし薬物更生施設に入所してクリーンになってからは、芸術は爆発だと言わんばかりにCDを出し続けてたりする。
ちなみに去年脱退した。
……理由はソロ活動に集中したいからだそうだ。
まあ、Californication以降からは実質ジョンのアルバムと言われてたかr(ry
ヒレルの後釜と思われがちなジョン・フルシアンテだが、実は4代目ギタリストだったりする。
- ヒレル・スロヴァク(ギター)
初代ギタリスト。薬物中毒により死去した。
若きジョンは彼の熱狂的ファンだった。
ギタリストが安定しなかったのはこの人のおかげ。
- デイブ・ナヴァロ(ギター)
不遇のギタリスト
オルタナティブ・ロックの先駆者的なバンド、ジェーンズ・アディクションのギタリスト。
賛否両論のアルバム『One Hot Minute』に参加しただけで、ジョン加入に伴い、リストラ。
- ジャック・アイアンズ (ドラム)
結成メンバー。ヒレルと共に、古くから参加していた親友のバンドの契約のため一時的に脱退したが、サードアルバムで復帰。
アンソニー、ヒレル、フリーという無法漢が揃うバンドの中で、フリーいわく「ジャックが最も家庭的にまともだった」存在。
ヒレルの死後、親友の死とバンドの存続との狭間で苦悩し脱退。
◆音楽の特徴
いわゆるラップロック、ファンクロック(ミクスチャー・ロック)バンドの一つとして有名である。
ナヴァロのいたジェーンズ・アディクションなどと共に、これらのパイオニアとして活躍し、その評価向上に大いに貢献した。
3rdまでは、アンダーグラウンドの活動がメイン。
3rdが唯一のオリジナルメンバーの作品となっている。
ライブの定番曲、Backwoodはこのアルバムに収録されている。
ちなみに日本盤は3rdからリリースされた。
ジョンとチャドの加入した『母乳』で知名度を上げ、次の『Blood Suger Sex Magik (BSSM)』は全世界レベルでのブレイク作品となり、
バンドと共に一躍ラップロックやファンクロックといったジャンル自体をメインストリームへと急浮上させた。
その後、ジョンが日本公演中に電撃脱退してしまってからバンドは迷(?)走してしまう。
後にメンバーは、その時期にリリースされたアルバム『One Hot Minute (OHM)』を黒歴史にしたがるが根強いファンも多い。
OHM「……AeroplaneとCoffee Shopを忘れないで」
その後ジョンが薬物中毒から立ち直り、フリーのアンソニーへの打診からバンドに戻ってきたアルバム『Californication』は、
『BSSM』を凌ぐセールスを記録し、現在までの最大のヒット作となった。
この頃から良くも悪くも大人になってきたのかアンソニーのラップが減ってきた。
……リストラされたナヴァロ涙目である。
レッチリ初心者がCalifornicationから聴くか、BSSMを聴くかでレッチリの印象がまるっきり違ってたりする。
2002年に発表したアルバム、「By The Way」ではチャドが「vary john」と表現したようにジョン・フルシアンテ色が全面に押し出された作品となった。
その収録中には、ジョンとフリーが大喧嘩し、バンドの解散寸前まで揉めた。
……前作に比べファンク・パンク色は更に衰退し、ジョン・フルシアンテのギターサウンドとコーラスワークが前作以上にフィーチャーされたアルバムなので、
中核だったフリーの気持ちもわからなくもない。
……あれ?デスノの主題歌は?
と思った方は追記・修正よろしくお願いします。
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