登録日:2011/01/03(月) 23:07:14
更新日:2026/06/28 Sat 06:37:32NEW!
所要時間:約 2 分で読めます
▽タグ一覧
丁原 リグ・コンティオ 三国志 中国 中国史 呂布 群雄
丁原(140年?生~189年没)とは後漢末期の官僚・群雄。字は建陽。
三国志に登場する呂布の最初の上司であり、同時に呂布の裏切り伝説における最初の犠牲者として、暗殺されてしまったことで有名。
【経歴】
粗暴な人柄だったが、謀略の才能はあり、また武芸に長けて勇敢でもあった。
貧しい家柄の出身だったが、読み書きができたことで若いころから役人となった。
南県の役人だった頃には、領内を荒らし回る盗賊団に対して、兵卒を率いて自ら突撃し、盗賊を駆逐したという。
188年三月には北方騎馬民族・匈奴の一派が大挙して并州に攻め込み、乱暴狼藉の限りを尽くしていた。
当時の并州刺史・張懿は勅命を受けて討伐に乗り出すが、返り討ちに遭って兵を失い、自らも戦死してしまう。
ここに到り、朝廷は丁原を後任の并州刺史に任命した。
丁原は残る官吏や将兵を糾合・再編成して、騎馬民族に果敢に抵抗した。
これらの功績から騎都尉に任命され、以後も并州刺史として奮戦。この時期に、呂布、張楊、張遼といった豪傑たちを部下にした。
同年八月、漢の霊帝は「西園軍」を新設するため、各地から精兵を募り始めた。
丁原もまた、大将軍何進の指示を受けた。
丁原はまず張楊を先に派遣。彼はまず、宦官ながらも「西園八校尉」のリーダーとなった蹇碩に接見し、上軍仮司馬に任命されつつ、洛陽の情勢を調べて丁原に報告。
続いて丁原もまた兵を率いて洛陽に赴き、袁紹・曹操・淳于瓊たち他の校尉や何進とも面会し、何進を中心とした「反宦官グループ」に接近する。
ちなみに張遼もまた何進に推挙され、大将軍府付きの兵曹掾吏に任命された。
翌年、霊帝の死去に伴い宦官と何進らの対立が激化した。
丁原は何進の命令を受けて、并州の兵を率いて洛陽郊外の港・孟津で放火と略奪を開始した。その炎は洛陽からも見えたという。
これは「何進の軍勢はこれほどに恐ろしいのだぞ、武力のない宦官どもに勝ち目はないぞ」と恫喝するためのものであった。
ただ、宦官側の何皇后が何進を静止したため、そのまま宦官の討伐はできなかった。
締まらない結果になったが何進からは密命を果たしたことで気に入られ、丁原は執金吾に昇格した。
その後、何進は強硬手段に出た宦官に殺され、その宦官たちもまた袁紹らにより滅ぼされる。
さらに状況は二転三転し、気付けば洛陽の権勢は、皇帝と皇弟を擁立した董卓に握られていた。
また董卓は自身の権力を固めるのに躍起になっており、特に兵力増強が急務であった。
そこで、丁原配下の呂布に密かに接触、寝返りを打診した。
話を聞いた呂布は、あっさりと丁原を殺害し、張遼を始めとした将兵も率いて、董卓に合流した。
以後、董卓の権勢は一揆に強大化。董卓に反発する袁紹たちは洛陽での逆転を諦め、東方に逃げて「反董卓連合」を形成するに到る。
一方、丁原軍も全て呂布に付いていったわけではなかった。
幹部の張楊はちょうど何進から「并州で募兵をしてこい」と命じられていたこともあり、丁原が殺されたとき、洛陽にいなかった。
彼は反董卓連合で袁紹と連携し、董卓と戦っている。
【三国演義】
史実では「粗暴な人柄」とされ、また何進の密命とはいえ大規模な放火・略奪を行う一面も見せていたが、演義では短い出番でのキャラ付け強化として、皇室を守るために董卓と戦う豪傑となっている。
また、役職が「并州刺史」ではなく「荊州刺史」となっている。荊州は南方で并州は北方とだいぶ違うのだが、実は并と荊は音が近いらしく、聞き違えで間違えたのかも知れない。
(三国志後半で、司馬懿が曹爽を欺くためにボケた振りをするシーンで、「荊州」と「并州」を聞き間違える逸話がある)
初登場は、董卓が大臣たちを私邸に集めて皇帝すげ替えを言い出した場面。
ここで威圧と脅迫を掛ける董卓に対して正面から抵抗。董卓が刀を抜けば、呂布を引き寄せて堂々と威圧する。
その場は董卓の軍師・李儒が収めたが、翌日には軍を率いて董卓軍に挑戦、呂布を先鋒に立てて大いに打ち破った。
しかし、この戦いで「丁原は呂布頼み」ということがバレてしまったらしく、赤兎馬を餌に寝返った呂布にあっさりと殺されてしまった。
呂布は単なる部下ではなく「義父子」の関係ということになっている。
ただ、呂布からはそこはかとなく愚痴を漏らされており、いまいち信用はなかったようだ。
【創作における丁原】
ゲームの三国志においても、作品によっては一番早いシナリオ(時代)が反董卓連合の場合は登場すらしなかったこともあるが、後年の作品では黄巾の乱の頃だった。
- 真三國無双シリーズ
モブですら登場しない作品が多く、ほぼ出番無し。
…というのも過去作品における呂布は物語が開始した時点で既に董卓の下へおり、丁原に仕えていたという描写が一切なされていなかったからである。
そのため、三国志の概要もしくは呂布の人物紹介で名前だけ出ている程度の扱いが多く、影が薄い。
そんな彼にまともな出番が与えられたのは『三國無双7 猛将伝』。かなり後の作品になってからと遅かった。出てきたステージの最後で呂布に殺されたが…
続く『三國無双8』でも傍に呂布を引き連れながら董卓へ物申すという出番こそあったが、それぐらいしかない。
どちらの作品も董卓に呂布をNTR引き込まれて自身はフェードアウトさせられるという役割しか与えられておらず、不遇。
- コーエー三國志
英雄集結のようなシナリオでは彼を存分に使うことが可能。
能力も(義父として呂布を従えていたということもあってか)決して低くはないので、正史や演技では叶うことのなかった呂布を最後まで従えつつ武将や文官を確保していけば曹操や劉備といった三国志で名立たる武将達と張り合い最終的に中国統一出来る…かも。
他勢力の武将の質等を比較するとやはりというかあまり良いとは言えないので難易度的にはそれなりに難しい部類ではあるが。
アニメ版のスピンオフ漫画『SDガンダム三国伝 BraveBattleWarriors 創世記』 呂布・貂蝉編に「戦慄の雷将 丁原リグ・コンティオ」として登場。演者はリグ・コンティオ。
霊帝に仕える智将にして「魂ィィィイッー!」こと呂布トールギスの義父。
独身だった為、後継ぎにと呂布を養子にしたが、武勇一辺倒過ぎる事に手を焼いているようで、容姿端麗かつ武芸の才もある貂蝉キュベレイを預からせて欲しいと冗談混じりに要求することもあった。
宮中でヤンチャし放題の董卓に頭を悩ませる老人その2。
困り果てた末に王允、張温と共に暗殺を謀るもアッサリ見破られる。
その後、囚われの王允に全てを託され呂布を伴って正面から挑み見事な連携を見せた。 その姿はなんというか三国志の丁原にあるまじき猛将ぶりであった(描写は少ないとはいえ)。
丁原のくせに無駄にカッコイイキャラクター。
最後は馬騰と交戦していた呂布を止めるが、戦いを止められたことに激怒した呂布に殺害された。
「地獄の修羅を生み出してしまった」と呂布を育てた事を悔やんだ丁原であったが、「魂の声を聞けぬ侠には分かるまい」と呂布に吐き捨てられたと同時に親子の縁を切られてしまった。
必殺技は迅雷爆裂衝と迅雷大裂斬。
必殺技の名称は呂布と類似しており、呂布の技は彼から教わった技だと思われる。
追記・修正お願いします
&link_up(△)&aname(メニュー,option=nolink){メニュー}
項目変更&link_copy(text=項目コピー )&link_diff(text=項目変更点 )&link_backup()&link_upload(text= アップロードページ)
この項目が面白かったなら……\ポチッと/
#vote3(time=600,7)
▷ コメント欄
- 項目名と項目内容を元ネタの「丁原」に変更することを提案します。異論がなければ6/20あたりに変更する予定です。 -- 名無しさん (2026-06-13 21:13:01)
- ↑一週間経ちましたが、意見がなかったので変更しました。 -- 名無しさん (2026-06-20 23:42:01)
#comment
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧