赤い蝋燭と人魚

ページ名:赤い蝋燭と人魚

登録日:2012/11/17 Sat 05:22:51
更新日:2026/08/21 Fri 10:41:49NEW!
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差別 児童文学 人魚 ハートフルボッコ エゴ バッドエンド 救いがない 因果応報 絶対に許さない 世界の歪み アニヲタ昔ばなし だけどみんな救われねぇ 小川未明



人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。


この一文は、古代神話から続く「=異界」の思想を継承している。
弟橘比売命が荒海に身を投げた神話以来、海は“境界を越える女性”の象徴であり、
未明はその系譜を受け継ぎ、北の海を「孤独な異界」として描いた。
ここでの人魚は、古代の海神信仰の末裔であり、異界から人間世界へ渡る存在として位置づけられる。


「赤い蝋燭と人魚」は、小川未明によって書かれた創作童話。
しかしその背後には、神話・宗教説話・民話・伝説の長い連鎖がある。
古代の「海神信仰」→中世の「蛇化説話(道成寺)」→近世の「灯の悲恋譚」→近代文学という流れの中で、
未明は「異類化=人魚化」を倫理的寓話へと再構築した。


◎概要◎


1921年(大正10年)に発表されてから、多くの童話集に収録されており、未明の代表作のひとつである。
この童話に登場する人魚の娘にはモデルとなった存在があり、
未明が中学時代に下宿先で世話になった足が不自由な母と、売春婦として売られていったらしい娘がそうではないかといわれている。


また、民俗的背景として重要なのが、新潟県越後大潟町雁子浜の「比翼塚伝説」である。
この伝説では、冬の日本海に漂着した「赤い鰭・白い体」の人魚(リュウグウノツカイ型)が供養され、塚が建てられた。
未明はこの伝承を直接参照し、「漂着する人魚=母性の象徴」として文学化した。


さらに、佐渡・初島・琵琶湖・諏訪湖・身延に広がる「灯の悲恋譚」系民話も構造的に接続している。
灯が消える→境界が崩壊→水難→供養という民話構造を、未明は「赤い蝋燭=祈り/裏切り/罪/記憶」へと変換した。
アニメ化や舞台化もされている。



◎ストーリー◎


北の海に身重の人魚が住んでいました。
人魚は生まれてくる子供が、話す相手もいない暗く寂しい北の海でずっと暮らさなければいけないことを不憫に思っていました。
この設定は、古代神話の「海へ消える女性」構造(弟橘比売命)と、
中世説話の「情念による異類化(蛇化)」を融合したもの。
人魚は“異界の母”として、境界を越えようとする存在である。


「街は明るく賑やかで素敵ね。私たちは体の半分は人間によく似ているし、人間は世界中で1番優しい生き物で、弱い存在を虐めたりしないときいているもの。
陸でこの子を生んでも、人間たちはきっと大事に育ててくれるはずだわ」


この人魚の言葉には、異界から人間界への“信仰的希望”が込められている。
しかしその希望は、後に「裏切り」として崩壊する。
ここに、民話の「灯の消失→破局」構造が倫理的寓話へ転化する伏線がある。


人魚は陸で産んだらもう我が子に会えないと知りつつも、子供の幸せを願って、陸で出産する事にしました。
はるか彼方で揺れる、港町にある山の上の神社の灯火を見た人魚はそこまで泳いでいき、陸に上がって子供を産み落としました。



さて、神社のある山の下では、老夫婦が小さな蝋燭屋を営んでいました。
町の人や近くの漁師がお宮でお参りする時に蝋燭を買っていくことで、生計を立てていました。



「私たちがこうして暮らしていけるのも、神様がいてくださるおかげですねぇ。丁度いい機会だから、ちょっくらお詣りに行ってくることにしましょう」


お宮への参拝を終えた帰り道、お婆さんは石段の下で泣いている赤ちゃんを見つけました。
お詣りの帰り道に見つけたのも何かの縁、このまま見捨てては罰が当たると思ったお婆さんは、家に連れて帰ることにしました。
赤ん坊が人魚だと知りつつも、老夫婦は神様からの授かりものだと考え、赤ん坊を育てることにしたのでした。



その日から、娘は大切に育てられました。
娘は黒目がちで髪がツヤツヤしている、大人しくて怜悧な子に育ちましたが、他の人とは違う姿を恥じて引きこもっていました。
ある時、娘は絵を描いたらもっと蝋燭が売れるのではと考えて、お爺さんに相談しました。
お爺さんの了承を得て、娘は赤い絵の具で蝋燭に絵を描いて売ってみました。
すると赤い蝋燭はたちまち大ヒット商品となり、
赤い蝋燭を山の上の神社に捧げ、お守りにして漁にでると、どんな悪天候でも無事に帰ってこれるという噂がたつようになりました。
噂が噂をよんで、蝋燭の人気は鰻登りです。



「人間でない私を拾ってくれて、いままで大事に育ててくれたんだもの。その恩にむくいなきゃ」


娘はそう思い、蝋燭を作るお爺さんの側で、手が痛むのを我慢して絵を描き続けます。
噂が広がると、次第に山の上の神社の評判も上がりましたが、誰もろうそくに一生懸命絵を描く娘に対して、可哀想だとは思いませんでした。
娘は疲れ、北の海を眺めては涙ぐむこともありました。



ある日南の国から香具師がやってきて、娘には内緒で、大金を出すから娘を売って欲しいと老夫婦に頼みました。
老夫婦は断りましたが、香具師はめげずにやってきて、



「人魚は不吉です!側においていたら悪いことが起きますよ!」


と言いました。
老夫婦はこの言葉を信じ、また大金に釣られ、娘を香具師に売ることに決めてしまいました。
そのことを知った娘は、売るのだけは止めてほしいと泣いて頼みましたが、鬼の心のようになった老夫婦は聞きいれません。
娘は部屋に閉じこもり一心に絵を描き続けますが、その姿を見ても老夫婦はいじらしいとも感じなくなっていました。
そして、香具師が娘を連れて行く日になりました。娘は数本の赤い蝋燭を残し、獣を入れる箱に入れられて去っていきました。


穏やかな晩、老夫婦が寝ていると、長い黒髪がびっしょりと水に濡れている女が訪ねてきて、娘が残していった蝋燭を買っていきました。
その夜のこと、急に天気が崩れ、大嵐になりました。それは丁度、娘を乗せた船が沖合を航行しているころでした。
この大嵐ではあの船は助からないだろうと、老夫婦は話していました。
その夜から、お宮に赤い蝋燭が点ると、その晩は必ず海が荒れるようになり、赤い蝋燭は不吉ということになりました。
老夫婦は神様の罰があたったと、蝋燭屋を畳みました。しかしそれからも赤い蝋燭はお宮に点り、蝋燭を見ただけでも災難にあい、死んでしまった人までいました。
噂が広まるとお宮を参拝する者はいなくなり、町の人からも怨まれるようになりました。



数年も経たずに、その町は滅びてなくなってしまいました。



◎解説◎


人魚を乗せた船が大嵐に合った所から推測するに、恐らく人魚は海へ放たれ無事で済んだと思われる。
しかし、ただでさえ孤独だったのに唯一信頼できる親に裏切られた人魚の悲しみは計り知れないだろう。
娘を想っての行動とはいえ、結果的に母親が事態の大元の原因であることは否定できない。
だが、それは我々が老夫婦や商人と同じ種族、すなわち人間であるから言えることである。
どう母親を責めても、老夫婦と商人の方が非は遥かに大きいのだ。
自分とは違うものを恐れ、金に目を眩ませた結果娘を売ってしまった老夫婦と、人魚を商売道具として捉え不幸へと導いた商人。
これらはまさに人間の醜悪な性質である。
このような醜悪な性質のままに動いた人間のせいで、最終的に赤い蝋燭の祟りで町は滅ぼされた。
異形の者だからと平気で裏切ったらどうなるか、という結果の一つをこの作品は教えてくれている、今でも。


しかし人魚をいい子に育てたのも老夫婦であるということは皮肉でしかない。
ただ、この一件で人魚が確実に人間に対して不信感を抱いたのは確かであろう。


◎ルーツ◎


『赤い蝋燭と人魚』は、神話・伝説・民話の構造を再編した近代的倫理寓話である。


『赤い蝋燭と人魚』の背景には、古代から近代に至るまでの長い「海と灯の物語」の系譜がある。
未明はそれらを倫理的・心理的構造として再編し、「異界から見た人間の罪と孤独」を描いた。


ヤマトタケル東征の際、荒海を鎮めるために身を投げた弟橘比売命は、
日本神話における「海へ消える女性」の原型である。
この物語では、海が人間世界と神の世界を隔てる境界として描かれ、
女性がその境界を越えることで「犠牲と救済」が成立する。
未明の人魚もまた、海の異界から人間界へ越境する存在として、この構造を継承している。


諏訪湖では、冬の氷上に現れる「御神渡り」が男神が女神のもとへ通う道とされる。
一方、民話「火とぼし山」では、娘がたいまつを頼りに湖を渡り溺死する。
両者は「神の通い路」と「人の通い路」という二重構造を持ち、
神話と民話が同じ“灯の通い路”構造を共有する。
未明の人魚が港町の灯を見て陸へ向かう場面は、この「通い路」信仰の文学的再現である。


中世の仏教説話では、情念が暴走した女性が蛇へ異類化し、
水辺で破局を迎える(道成寺縁起)。
ここでは「情念→異類化→水辺→成仏」という宗教的構造が成立している。
未明はこの構造を倫理的に反転させ、
人魚=純粋な他者/人間=欲望に支配された存在として描くことで、
宗教的救済の不成立を「倫理的悲劇」として提示した。


佐渡・初島・琵琶湖などに伝わる「灯の悲恋譚」では、
灯が消える・誤ることで境界が崩壊し、娘が海や湖で命を落とす。


佐渡:灯の消失 → 水難 → 人魚化 → 人魚塚


初島:灯の誤り → 溺死 → 松の供養


琵琶湖:灯の消失 → 溺死 → 灯籠供養


身延:灯の代わりに橋が壊れる → 落下死 → 地名化


これらはすべて「灯→境界→死→供養」という同一構造を持ち、
未明はそれを「赤い蝋燭=祈り/裏切り/罪/記憶」へと変換した。


日本海沿岸では、冬に漂着する深海魚リュウグウノツカイが「人魚」と呼ばれた。
越後大潟町雁子浜の比翼塚伝説では、赤い鰭と白い体を持つ人魚が供養される。
この「漂着する人魚」は、異界から来訪する存在であり、
未明の人魚像(赤い髪・白い肌・母性)はこの民俗像に基づく。
西洋のジュゴン型人魚ではなく、日本海の“漂着する異界”の象徴として描かれている。


未明はこれらの神話・伝説・民話を統合し、次のような構造を創出した。


民俗的意味 未明的変換
神話層 海=異界/女性の犠牲 人魚=異界の母/越境者
宗教層 情念→異類化→救済 人魚=倫理的他者/救済不成立
民話層 灯の消失→死→供養 赤い蝋燭=祈り/裏切り/記憶
民俗層 漂着人魚=供養対象 人魚=母性・孤独・倫理的純粋性


→ 未明は「異界の他者」を通して、人間の倫理的崩壊と心理的孤独を描いた。
赤い蝋燭は、民俗的灯の構造を保持しつつ、
「人間の罪を照らす倫理の灯」「母性の記憶」「救済不成立の証」として機能する。


人魚の悲しみは、古代から続く「異界の他者」への恐怖と断絶の象徴であり、
老夫婦の裏切りは、近代社会の倫理的崩壊を映す鏡である。
町の滅亡は、「灯の消失=境界の崩壊」という民俗的因果の文学的再現である。


◎余談◎


文学アニメ『まんが赤い鳥のこころ』でもエピソードの一つとして取り上げられており、
老夫婦の内お爺さんは自分のしたことを悔やむなど僅かながら人物面が改善されている。
また、船の沈没と(ぼかし気味ではあったものの)商人が死亡するシーン、そして娘の無事な姿と母親との再会シーンも追加された。
この再会シーンは、古代神話の「海神の国への帰還」構造を再現しており、
人魚が異界へ戻ることで“救済不成立”の物語が円環的に閉じる。


追記・修正は海岸の街を滅ぼしてからお願いします。



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  • 昔TV朝日でやっていた「赤い小鳥の歌」という文学アニメでやっていた。最後には洪水の中でお母さんがちゃんと娘を迎えに来ていたのでバッドエンドではないような気がするけど。 -- 名無しさん (2014-02-10 17:33:42)
  • 何か人間の醜さがどうこうって教訓話にも見えるけど、元凶は自分の娘を神社に捨てた人魚だよな -- 名無しさん (2014-02-10 19:26:02)
  • 愛情を持っていたはずなのに嘘八百で手のひら返したジジィとババァにも問題がある気がするが。 -- 名無しさん (2014-02-10 20:54:54)
  • 娘さんが「お社の前で捨てられていた人間の赤ん坊」だったなら、結末は変わっていたのだろうか -- 名無しさん (2014-05-02 21:54:35)
  • ↑そりゃ、そうだ。人魚だから見世物になる→商売になるって発想からきてるんだから。ふつーの人間だったら余程のことがない限り売られないよ。(飢饉からくる口減らし、人身売買などなど)変わる以前に話成り立たない -- 名無しさん (2014-07-06 11:18:42)
  • ↑絵入り蝋燭に味を占めた老夫婦が商売を大きくし一人で大量の蝋燭に絵を描く娘が身体を壊す、娘の美貌に目を付けた女衒から大金を見せられ「自分らの子じゃないし」と売ってしまう展開も考えられる -- 名無しさん (2015-11-21 23:48:21)
  • 実の母のエゴと育ての親の強欲さと。子は親を選べないとはよく言ったもんだ -- 名無しさん (2016-07-04 14:02:35)
  • 老夫婦と商人はともかく、いっしょくたに滅ぼされた町の人たち&商人と同じ船に乗った人たち可哀想 -- 名無しさん (2016-10-25 14:43:47)
  • なんでこう空想世界の生き物っていうのは極端なんだか -- 名無しさん (2017-10-11 10:21:02)
  • 10年以上育ててきてお金まで稼いでくれる娘を香具師の言葉一つで売りに出す老夫婦が昔から怖かった -- 名無しさん (2017-10-13 08:05:40)
  • ↑×3 町が滅んだのは災害のせいじゃなく、寂れて徐々にってことだと思ってた。自分の意思で他所へ移った人もいただろう -- 名無しさん (2017-10-19 07:16:31)
  • 現代人目線だと捨てるのなら産むな作るな意見になるのがなんだかな。 -- 名無しさん (2020-03-24 12:18:05)
  • 「世の中には『最初から最後まで良い人間』と『(悪い事をするまでは隠してたが)最初から最後まで悪い人間』の二種類しかいない」みたいな論調で語る人が世の中に少なくないが、やっぱりそうではなく、まともだった人間でも悪人の誘惑・洗脳や一時の気の迷いによっていつ悪い事をしてしまうかわからない、というのが本当のところだと思う。作者はあえて老夫婦をそう表現した。善人と悪人しかいない世界なら、香具師が人魚を誘拐する展開にもできたはずだ。 -- 名無しさん (2020-10-21 08:00:33)
  • ↑積極的に盗みやいじめをする奴だけが悪じゃないもんな。見てみぬふりする奴、いじめられたくないからという理由で加勢する奴や「悪いことしたやつだから悪く言われて当然」とネットで叩く奴。どれも普段は善人として扱われている。 -- 名無しさん (2021-02-09 09:13:09)
  • ドラえもぉ~ん、こっちにも絵本入り込みくつを~! -- 名無しさん (2021-05-07 18:35:24)
  • ただ老夫婦が人魚への愛情を忘れずに商人へ売らなかったとしても、老人夫婦である以上は人魚の娘が一人になってしまうであろうことも時間の問題だったのだよねえ… -- 名無しさん (2021-05-07 18:52:14)
  • とうじだから妖怪に理解のある人に紹介するとか…無理か -- 名無しさん (2022-01-22 14:44:18)
  • 目に見える形で貢献している人を些細なことで追い出してしまったら大きな報いを受けた。これはいわゆるなろう追放ものなのでは?!つまり描写されてないだけで人魚の娘はどこかでチート能力発揮してハイスペック美男子に溺愛されてるんだ!そうに違いない! -- 名無しさん (2025-03-01 22:36:35)

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