二河川公園 - 呉市周辺の遺構まとめ
二河川公園二河川沿いの呉湾に面した陸地の先端にある公園園内の庭園は明治時代に呉海軍工廠造船部第二船渠を建設する際に掘り出した岩で作られています。また、呉湾を挟んで海上自衛隊呉地方総監部練習艦隊司令部が反対側にあるため、自衛隊の艦艇を真横から見ることができるめずらしいポイントです。
二河川公園二河川沿いの呉湾に面した陸地の先端にある公園園内の庭園は明治時代に呉海軍工廠造船部第二船渠を建設する際に掘り出した岩で作られています。また、呉湾を挟んで海上自衛隊呉地方総監部練習艦隊司令部が反対側にあるため、自衛隊の艦艇を真横から見ることができるめずらしいポイントです。
二河川橋梁二河川橋梁(にこうがわきょうりょう)は二河川にかかる呉線の鉄道橋呉線で呉駅から西(広島駅方面)に向かうと最初に渡る鉄道橋です。具体的な建設時期は不明ですが、橋脚部分がレンガもしくはレンガ化粧で作られていることから、おそらく戦前に建設されたものと考えられます。呉線には他に
吉浦貯油所内にも燃料置場時代の大型ディーゼル機関送油用ポンプがありますが、残念ながら平成14年と平成16年の水害により使用不能となりました。二河川のパイプライン二河川にかかる乙廻燃料置場時代の送油用パイプライン同じく太平洋戦争中に乙廻燃料置場から呉市内を経由して、呉海軍工廠と第1
二河橋二河橋は呉の主要河川である二河川(にこうがわ)に架けられた橋当初は明治41年に木造橋として建設され呉市電の線路もこの橋の上を通っていました。しかし、二河橋は往来の激しい市街地の幹線道路であったため老朽化が早く、竣工からわずか24年後に現在の橋に架け替えられました。歩道部分の
旧海軍墓地) 旧呉海軍工廠引き込み線跡 呉医療センター(旧呉海軍病院) 呉YWCA 呉水交社跡 呉線の廃トンネル 呉湾 亀山神社 二河公園 二河川公園 東郷平八郎邸跡と東郷坂 青山宿舎(旧呉鎮守府軍法会議所)の防空壕跡 旧澤原家住宅(三ツ蔵) 眼鏡橋(海軍第一門跡) 海軍第二門跡
の国道487号線を通って沿岸部へと続いていきます。三菱重工業構内への引き込み線跡こちらは呉駅から見て海軍工廠とは反対側の線路跡この辺りを含め二河川の手前までが近年まで貨物ヤードであり、現三菱重工業側へ引き込み線の線路がありました。線路のあった場所は現在道路になっており、シティホー
ています。また、江戸時代に作られた二河(上・下)井手跡という遺構の一部も残っており、近代水道百選と国の有形文化財に選ばれています。二河峡公園二河川の上流に位置する峡谷で呉駅方面から二河峡取水口に行く場合この公園を通ることになります。1年を通して水量が豊富で自然も多いため市の名勝と
二河公園二河(にこう)公園は二河峡の下流にある二河川沿いの公園元々は海軍が明治30年頃に作った射撃場の一部でしたが大正5年に呉市に払い下げられ、大正天皇御即位の記念として公園として整備されました。昭和9年に発行された呉軍港案内では音楽堂・海光館・図書館・擇善館・慰霊碑の他、野球グ
鉄管道路鉄管道路は二河川から平原浄水場までの約4kmに作られた水道管この水道管は、二河川から取水した水を平原浄水場へ送るために使用されます。水道管の上に道路が作られたためこの名前が付けられました。竣工時期は不明ですが、平原浄水場が大正6年に作られたためその後の竣工と思われます。鉄
は昭和15年に吉浦分院に昇格したが昭和38年に焼失して残っていない ・音戸分院も昭和60年に廃止されて残っていない ・近くに二河橋と二河川橋梁と呉憲兵隊跡がある 住所 広島県呉市西中央2丁目3-28 駐車場 あ
窓からの呉湾を眺めるのは難しい ・近くに旧川原石駅跡と水ヶ迫川橋梁跡と魚見山隧道がある ・同じ呉線の鉄道遺構として呉線の廃トンネルと二河川橋梁と呉線の架道橋がある 住所 広島県呉市海岸4丁目5−7 駐車
旧呉市交通局築地中央工場(海軍軍需部被服工場跡)二河川の近くにある広島電鉄呉中央営業所元々ここには海軍軍需部第二区として海軍の被服工場と倉庫がありました。太平洋戦争終戦後、昭和25年の旧軍港市転換法により呉市に譲渡され安芸阿賀にあった呉市交通局(呉市営バス)の整備工場がここに移転
無断撮影は禁止 ・トンネルの中は狭いので特に自転車やバイクは通行注意 ・同じ呉線の遺構として呉線の廃トンネルと呉線の目隠し板の支柱と二河川橋梁がある ・近くに魚見山隧道と旧川原石駅跡がある 住所 川原石第四橋梁:広島県呉市海岸4
、また呉に入港する海軍船舶に対する給水量も増加傾向にあったため海軍は新たな水源を確保するためここ本庄に水源地を作りました。本庄は呉湾にそそぐ二河川の上流にありダムを作りやすい峡谷であったため、明治39年より海軍は測量と土地買収に乗り出し明治44年から建設が始まりました。大正7年に
2カ所ある ・同じ呉線の鉄道遺構として旧軍需部踏切と旧軍需部引き込み線跡と旧川原石駅跡と呉線の目隠し板の支柱と旧呉海軍工廠引き込み線跡と二河川橋梁がある ・同じ軍用鉄道として広島市に軍用鉄道宇品線がある ・呉線のトンネルとして川尻駅近くに日本一短い川尻トンネルがある
発行された海軍の軍事機密が記載された呉湾の地図当時の市販地図では白く塗りつぶされている呉鎮守府・海兵団・水雷団・軍需部・海軍工廠引き込み線・二河川より海側が記載されています。さらに、太平洋戦争中の昭和19年に艦艇の錨泊場所も追記されました。新宮の第11海軍航空廠兵器部前は昭和17