ストーリーテキスト/The_witch_in_dusk_with_smile

ページ名:ストーリーテキスト/The_witch_in_dusk_with_smile

目次

The witch in dusk with smile[]

薄暮の魔女~微笑みを添えて~ -序-

自らの御城にてパーティーの準備を進める
コンシェルジュリー。だが真面目な彼女にとって
このハロウィンは、非常に難しい行事だった。

前半

――――

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
……ヴェル様。

コンシェルジュリー
今の私の姿を見たら……貴方は何を思うでしょうか。

コンシェルジュリー
これは、私の身勝手な……お節介なのでしょうか。
独りよがりだと、貴方は怒りを覚えるでしょうか……。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
……貴方に拒絶されたらと思うと、恐ろしくてたまりません。

コンシェルジュリー
でも……今の私には、
これくらいしか思い浮かばなかったのです。

コンシェルジュリー
貴方の笑顔を、一つでも増やすことができたら。
……それだけが今の、私の願いです。

コンシェルジュリー
ですからヴェル様。
どうか私と、一緒に――

コンシェルジュリー
――――ッ!

コンシェルジュリー
はぁ、はぁ……。

ユッセ城
わ、汗でびっしょり……。
うなされてたみたいだけど、大丈夫~?

コンシェルジュリー
……ユッセ城さん。

コンシェルジュリー
……その格好は?

ユッセ城
あ、気づいたぁ?
予行演習のつもりで、袖を通してみたの。
前にも使った衣装なんだけど、お気に入りでね……。

コンシェルジュリー
……ゴロゴロしていたら、
せっかくの衣装にシワが寄ってしまいますよ?

ユッセ城
だよねぇ……ひと眠りしたら、
着替えることにしよーっと。

コンシェルジュリー
(ひと眠りって、
 まだ朝を迎えたばかりなのですが……)

ユッセ城
でも、パーティーの準備も随分進んだよねぇ……良かったぁ。

コンシェルジュリー
ええ。ユッセ城さんの助言があったからこそです。
やはり、経験者の知恵に頼ったのは正解でした。

ユッセ城
えへへ……大したことはしてないよぉ~。
でも、コンシェルジュリーちゃんの力になれたなら嬉しいなぁ。

コンシェルジュリー
……飾り付けや、もてなしの用意は万全。
招待状も送りましたし、あとは当日を待つのみです。

ユッセ城
うん……いっぱい働いたし、当日まではゴロゴロしようね……。

コンシェルジュリー
ゴロゴロ……そうですね。
それでいいはず、ですが……。

ユッセ城
……やっぱり、何か不安?

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
不安は……やはりあります。

コンシェルジュリー
規律に従うことに掛けては自信がありますが……、
このハロウィンという行事では、ユーモアが求められます。

コンシェルジュリー
ですが私は、真面目さだけが取り柄なので……。
果たして、上手く成し遂げられるのかと。

ユッセ城
(コンシェルジュリーちゃんが、
 こんなにはっきり弱音を口にするなんて……)

ユッセ城
それでもハロウィンパーティーをやりたいって思ったのは、
譲れない理由があったから……なんだよね?

コンシェルジュリー
……はい。私にとって此度のハロウィンは、逃せぬ好機。
不慣れだからと、足踏みしている場合ではありません。

ユッセ城
(やっぱり、コンシェルジュリーちゃんはヴェルちゃんに……)

ユッセ城
力になってあげたいなぁ。
何か無いかな……私にできること……。

ユッセ城
……あっ。そうだ~♪

ユッセ城
そういえば、ヨーロッパのどこかで、
他にもハロウィンパーティーを予定してるって聞いたような……。

コンシェルジュリー
……それは本当ですかっ!?

ユッセ城
うん……トームペア城ちゃんって言ったかな?
私も小耳に挟んだくらいだけど……。

コンシェルジュリー
すぐに連絡をとってみましょう!
お邪魔させていただいて、
情報を集められれば良いのですが……!

――数日後、某所。

トームペア城
……おっほん!

トームペア城
さて、皆のもの!
此度は私の招待に応えてくれたこと、嬉しく思う!

殿
…………!

トームペア城
駄目で元々と手当たり次第に声を掛けたが……、
ここまで賑やかな会になるとは、思ってもいなかった!

トームペア城
王たちを始め、初対面の者も少なくないが、
これを良い機会に仲を深められたら幸いだ!

トームペア城
仮装に扮するも扮さぬも!
菓子をねだるも配るも、全ては自由!
この場を楽しむため、各々好きに振る舞うがいい!

モースハム城
い、いいのですか? そんな適当な感じで……?

トームペア城
……む?
お前は確か……ロースハム――

モースハム城
――モースハム! モースハム城です!
その間違いだけは許しませんよ!

モースハム城
……じゃなくて!
そんな調子で大丈夫なのですか、トームペア城さん?

モースハム城
王様に城娘……これだけの人数が集まっているのですし、
段取りは今のうちに決めておいた方が……。

トームペア城
なに、心配は要らん!
段取りなら、私が隅の隅まで決めてある!

トームペア城
そもそも、誰も彼も楽しむつもりで集まっているのだから、
放っておいても楽しいパーティーになるはずだ!

モースハム城
そうでしょうか……。

トームペア城
お前もあまり堅苦しいことは考えず、
客人として用意した菓子や料理をたんまり味わってくれ!

トームペア城
そうすれば、私の目的は自ずと叶うというもの。
ふふ、ふふふ……!

モースハム城
も、目的……?

やくも
…………。

やくも
なぁ千狐ぉ……。
まだお菓子に手を付けちゃだめなんだに?

千狐
まだ駄目よ。もう少しだけ待ちなさい……!

柳川城
ふふ、そんなに焦らなくても、
間もなくトームペア城さんから開宴の合図があるはずですよ。

トームペア城
――おっと。あまり長話をしていると、
嫌われてしまいそうだな。

トームペア城
これ以上の我慢を強いるのは酷というもの……さぁ、
それではハロウィンパーティーの開宴といこうじゃないか!

やくも
だにぃ~♪

後半

やくも
もぐもぐ、もぐもぐ……。

やくも
ん~、んまいだに~! カリカリで香ばしいこのお菓子、いくら食べても飽きんがや♪

殿
…………!

トームペア城
ふふ、それはマクス・マンテル。我が国の名物の一つだ。
揚げたアーモンドに砂糖と、秘伝のスパイスをまぶした――

やくも
もぐもぐ、もぐもぐ……。

トームペア城
――などと、細かい解説を挟むのは無粋だったな。
我が国の菓子を気に入ってもらえたなら、何よりだ!

トームペア城
(よし……そしてこの隙に、
 こちらの皿を手前にスーっと……)

千狐
……すみません、トームペア城さん。
やくもったら、相変わらず食べ物のことばっかりで。

トームペア城
いや、せっかくのパーティーなんだ。
好きに楽しんでくれれば、私はそれで満足だ。

千狐
はいっ、ありがとうございます♪

柳川城
…………。

柳川城
ところで、トームペア城さん……。

柳川城
先ほどから……お菓子に手を付けず、
こちらに視線を注いでいる方がいるのですが……。

コンシェルジュリー
(じぃ――――……)

千狐
あれは、コンシェルジュリーさん……ですよね?

トームペア城
ああ、彼女は飛び入り参加の来客だ。
我が御城のパーティーに興味があったらしくてな。

トームペア城
あまり面識は無かったのだが、何やら必死な様子だったのでな。
二つ返事で招き入れた次第だ。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
…………っ!

コンシェルジュリー
(めもめも……)

柳川城
何かを懸命に書き留めています……。

千狐
ただならぬ空気なの……。

柳川城
……ですね。

殿
…………。

柳川城
…………。

柳川城
……コンシェルジュリーさん?
ご機嫌は如何ですか?

コンシェルジュリー
あ……柳川城さん。それに王様と千狐さんも。
すみません、ご挨拶が遅れてしまって。

殿
…………。

千狐
パーティーそっちのけで、
何かを書き取っていましたが……どうかしたのですか?

コンシェルジュリー
はい……実を言うとこのハロウィン、
私の御城でもパーティーを行う予定がありまして。

コンシェルジュリー
ただ、あまりこういった行事に縁が無かったものですから……、
少しでも情報を得ようと、視察に伺った次第です。

柳川城
……そうだったのですね。

コンシェルジュリー
皆様の空気を壊してしまったのなら、
申し訳なく思います……。

柳川城
あ、いえ……そんなことはありませんよ。
ただ、コンシェルジュリーさんが、
険しい表情をしていたので、どうかされたのかと……。

コンシェルジュリー
険しい表情……そうですね。
慣れないことに向き合っていますから、
多少の苦労は避けられません……。

コンシェルジュリー
ですが、諦めるわけにはいかないのです。
なぜなら、私はこのハロウィンで――

コンシェルジュリー
――ん? 何だか、
あちらの方が急に賑やかになりましたね。

トームペア城
ようやく到着か、クロンボー城。
随分遅かったじゃないか。

クロンボー城
ごめんなさい……トームペア城。
実は、出発前に少しだけトラブルがあってね。

千狐
あちらに見えるのは……クロンボー城さんですね。
千狐たちと同じく、トームペア城さんの招待を受けたのでしょうか。

コンシェルジュリー
なんと……新たな招待客ですか。
それはぜひとも、お話を伺わなければ……!

コンシェルジュリー
……申し訳ありません、柳川城さん。
お話の途中で恐縮ですが、続きは後ほど――

柳川城
――あ、コンシェルジュリーさん……。

千狐
行ってしまったの……。

殿
…………。

柳川城
……トームペア城さんが仰っていた、
『必死な様子』とはこのことだったのですね。

千狐
私たちにも、力になれることがあれば良いのですが……。

殿
…………。

薄暮の魔女~微笑みを添えて~ -破-

遅れて会場に到着したクロンボー城や水面下で
思惑を覗かせるトームペア城。そんな彼女らを
コンシェルジュリーはひっそりと観察していた。

前半

トームペア城
それで……何があったのだ、クロンボー城。
トラブルがあった、という話だが……?

クロンボー城
出発前に、エリュちゃんと少し……ね。
トラブルと呼ぶには、些細なものかもしれないけれど――

――――

エーリューズニル
すぅ……すぅ……。

クロンボー城
出発の時刻よ、エリュちゃん。
そろそろベッドから出てきてほしいのだけど。

エーリューズニル
んー、あと少しだけ寝かせてぇ……。
もうちょっとしたら起きるから。

エーリューズニル
だから、あと……二週間。

クロンボー城
……そんなに待っていたら、ハロウィンが終わってしまうわ。

クロンボー城
……はぁ。こうなってしまったら、
そう簡単には起きてくれそうにないわね。

クロンボー城
仕方ない……エリュちゃんの参加は見送りにしましょうか。

クロンボー城
無理やり引きずって行くようなものでもないし……、
疲れているなら、気が済むまで寝かしてあげましょう。

エーリューズニル
すー……すー……。
えへへ……父様ぁ……。

――――

クロンボー城
結局、あの子にはお留守番を頼んで、
私だけこちらに伺った、というわけ。

トームペア城
そうか。地獄に由縁を持つ御城と聞いて、
楽しみにしていたのだが……またの機会に見送りだな。

クロンボー城
その代わりに、と言ってはなんだけど、
今回のパーティーは私の仮装で大いに盛り上げるつもりだから、
それで許してちょうだい。

殿
…………。

クロンボー城
あら……王様じゃない。
ごきげんよう、もう到着していたのね?

殿
…………!

やくも
だにぃ……クロンボー城のその衣装、
相当手が込んでるがや……!

クロンボー城
ふふ、流石はやくもちゃんね。
仰る通り、お化けをモチーフにしたこの衣装は、
ハロウィンに向けて、何ヶ月も前から時間を掛けて用意したものなのよ。

千狐
緻密に作り込まれた衣装は、
演劇や舞台と縁の深いクロンボー城さんだからこそ、
ということですね……。

クロンボー城
……そう。
舞台において衣装は欠かすことのできない要素の一つ。
観客が物語に没入する、大きな助けとなるの……。

柳川城
確かに……クロンボー城さんが佇んでいるだけで、
その周囲が物語の世界のように感じられます……。

殿
…………!

クロンボー城
ふふ、どうもありがとう。
苦労して準備した甲斐があったわ。

クロンボー城
でもね……今回のハロウィンには、心残りもあるの。

柳川城
そうなのですか?

クロンボー城
ええ。実は……元々私、
これとは違う仮装に身を包む予定だったのよ。

クロンボー城
私の御城の地下には、巨大な石像が眠っていてね。
ホルガー・ダンスクという故郷の英雄を象ったものなの。

クロンボー城
私が扮する仮装としては、
これ以上ない題材だから、ぜひにと思っていたのだけど――

やくも
何か、止めなきゃいけない理由でもあったんだに?

クロンボー城
ええ、友人のフレデリクスボー城ちゃんに反対されてしまって。
『筋骨隆々の大男など言語道断です』と……。

千狐
きんこつりゅうりゅう……。

クロンボー城
彼女が言いたかったことは、おそらく……。
今の私にはまだ、筋肉が足りていない、ということだと思うの。

柳川城
そ、そうでしょうか……。

やくも
(絶対違うがや……)

クロンボー城
だから、今年の無念は次のハロウィンに持ち越し。
一年掛けて、じっくりと肉体改造に力を注ぐつもりよ……。

殿
…………。

やくも
ら、来年のハロウィンも、
フレデリクスボーが食い止めてくれることを祈るばかりだに……。

――――

トームペア城
よし……特に問題はなし。
パーティーは滞りなく進んでいるな。

トームペア城
招待客も揃い、パーティーの盛り上がりは高まる一方だ。

トームペア城
ふふ、ふふふふ……!

トームペア城
良いぞ……この調子ならば、
我が国の食文化の中心たる黒パン、
その素晴らしさも必ず皆に伝わるはず!!

トームペア城
帰国した招待客たちは、その評判を仲間に語り……、
黒パンの魅力は世界中に広まっていく。

トームペア城
私の策は見事に嵌ったわけだ。
ふふふ……笑いが止まらんな!

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
……なるほど、そういうことだったのですね。

トームペア城
――む!
そこに居るのは……コンシェルジュリーか……!

コンシェルジュリー
トームペア城さんがハロウィンパーティーを開き、
ヨーロッパの城娘を集めた目的は……、
故郷の名産品を広めるため。

コンシェルジュリー
お菓子の中に、何の変哲もないパンが混じっていたので、
気になっていたのですが……謎が解けました。

トームペア城
なんと、聞かれてしまっていたか……これは恥ずかしいところを。

トームペア城
…………。

トームペア城
下心と言われては返す言葉もない。
だが、コンシェルジュリー……信じてくれ。

トームペア城
黒パンへの愛は、大きなきっかけではある。しかし……。

トームペア城
此度のパーティーで、皆に良い思い出を持ち帰ってもらいたい……。
その気持ちも決して、偽りではないのだ。

コンシェルジュリー
……ふふ、疑ってなどいませんよ。
それに、下心などと揶揄するつもりもありません。

コンシェルジュリー
私も貴方と同じく、
ハロウィンパーティーに向けて準備を進めてきました。

コンシェルジュリー
ですから、トームペア城さんがこのパーティーのために、
どれだけの労を重ねたかは、想像がつくのです。

コンシェルジュリー
そして、その背景には……、
招待客への思いやりがあった、ということも。

トームペア城
コンシェルジュリー……。

コンシェルジュリー
そもそも……下心と言うなら、
私がハロウィンパーティーを開こうと思い至った動機の方こそ、
下心と言うべきで――

トームペア城
――ん? むむっ!?
これは……何ということだ……!

コンシェルジュリー
……っ? ど、どうしたのです?

トームペア城
テーブルの上を見てくれ……黒パンの数が、
いつの間にか減ってはいないか……!?

コンシェルジュリー
……確かに、空になった皿が幾つか見えますね。

トームペア城
他の菓子や料理に比べて、
質素すぎるのではと懸念していたが……杞憂だったらしい。

コンシェルジュリー
トームペア城さん……?

トームペア城
こうしてはおれん……急いで窯に火を入れ、
追加の黒パンを用意しなければ……!

トームペア城
黒パン布教の好機を、逃すわけにはいかん!

トームペア城
私はここで失礼するぞ、コンシェルジュリー!

コンシェルジュリー
あ、トームペア城さん……、
もう少しお話を――

コンシェルジュリー
……行ってしまいました。
もの凄い勢い……何があったのでしょう。

コンシェルジュリー
それにしても……黒パンですか。
あそこまで言われてしまうと、
どのような味か気になってしまいますね。

コンシェルジュリー
ここは休憩がてら、一つ頂いて――


…………。

コンシェルジュリー
――っ!?

コンシェルジュリー
今……視界の端を横切ったものは、もしや……!


…………。(コソコソ)

コンシェルジュリー
間違いない……あれはやはり、兜……!

コンシェルジュリー
パーティーの喧騒に紛れて忍び込むとは……なんと不敵な。

コンシェルジュリー
すぐにこの事態を皆に知らせなければ。
このパーティーが、兜に荒らされてしまう前に……!

後半

モースハム城
やああぁっ!!


ギャアアアアァァ!!

モースハム城
……ふぅ。ひとまず、
見える範囲は全て片付けましたか……。

やくも
ふぃ~。
危ないところだっただにぃ……。(もぐもぐ)

千狐
言葉の割りには危機感が薄い気がするのだけど……。

柳川城
お力添えありがとうございます。
モースハム城さん、クロンボー城さん。

クロンボー城
パーティーは皆のものだもの。
邪魔者を見過ごすわけにはいかないわ。

モースハム城
そうですね。
大きな怪我を負った者も居ないようで、安心しました。

千狐
それにしても、先ほどの戦……。
モースハム城さんの鞭裁きは鮮やかでした。
戦の最中なのに、つい見とれてしまったの……。

やくも
だに……うちもびっくりしてしまったがや。

殿
…………!

モースハム城
ふふっ……。
王様たちの前で良いところを見せられて、
私も大満足です。

やくも
ところで、おねーさん……。

モースハム城
…………?

やくも
いったい、
いつからこのパーティーに紛れ込んでたんだに……?

モースハム城
えぇっ! 驚くとこそこですか!
最初から居たんですけど……!

千狐
す、すみません……!
この子、お菓子や料理にばかり気を取られていて……。

モースハム城
い、いえ……私の方こそ、
自己紹介が遅れてしまって申し訳ありませんでした。

モースハム城
改めまして……私はモースハム城。

モースハム城
故郷はオーストリアのザルツブルク。
かつては魔女に裁きが下されたことから、
『魔女の城』の異名でも知られているのですよ。

モースハム城
そうした由縁から、
正義と真実を重んずる秩序の守護者という役目も負っています。

やくも
はぇ~……可愛い顔して、
相当な真面目さんなんだに……。

柳川城
秩序の守護者……ということは、
コンシェルジュリーさんとは気が合いそうですね。

千狐
確かに……コンシェルジュリーさんは以前、
自身を『正義の番人』と評していましたからね……。

モースハム城
はい……実は私も予てより、
コンシェルジュリーさんとはお話ししてみたいと思っていたんです。

モースハム城
なので、コンシェルジュリーさんが、
このパーティーにいらっしゃったと聞いて、嬉しくて――

殿
…………。

殿
…………?

モースハム城
って……あれ? そういえば、
コンシェルジュリーさんの姿が見えませんね?

柳川城
言われてみれば……先ほどの戦いでは、
兜の討伐に助力してくれていましたが……。

モースハム城
どこかで身体を休めているのかもしれませんね。
私……ちょっと探してみようと思います。

薄暮の魔女~微笑みを添えて~ -急-

凄まじい速度で消費される黒パンに喜びの悲鳴を
あげるトームペア城。そんな彼女を離れた所から
コンシェルジュリーが悲しげな表情で眺めていた。

前半

トームペア城
ここまでの早さで黒パンが消費されるとは……。
まったく! 嬉しい悲鳴という奴だなこれは!

トームペア城
さぁて……生地の準備はこれで整った。
あとは窯に入れて焼き上がるのを待つばかり。

トームペア城
では、今一度パーティーの会場に戻り、
黒パンに寄せる皆の期待を煽っておこうか……!

トームペア城
ふっふっふ……ふふふふ……♪

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
トームペア城さん……。

コンシェルジュリー
黒パンの布教という理想に向けてひた走る姿……。

コンシェルジュリー
あれも一つの、ハロウィンの形。
ですが……私には、真似できそうもない……。

コンシェルジュリー
……はぁ。

???
ふふ……ため息が聞こえましたよ。

コンシェルジュリー
――――っ!

モースハム城
どうかしたのですか、コンシェルジュリーさん?

コンシェルジュリー
貴方は……モースハム城さん。

モースハム城
眉間にシワが寄っていますね……悩み事ですか?

コンシェルジュリー
…………。

モースハム城
良かったら、聞かせてもらえませんか。
私……コンシェルジュリーさんの悩みになら、
お役に立てそうな気がするんです。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
ハロウィンというのは誠に……難しい行事ですね。

コンシェルジュリー
ハロウィンを知った時から感じてはいましたが……。
深く知るほどに、より強く……そう感じてしまいます。

コンシェルジュリー
真面目さしか取り柄のない私には……特に。

モースハム城
その気持ち……私もよく分かります。

モースハム城
私の故郷のお友達……シェーンブルンや、ホーエンザルツブルク。
彼女らは、どちらも音楽と深い縁を持つ城娘です。

モースハム城
持ち合わせた音楽の素養で周囲を楽しませる、
そんな彼女らに比べると私は……。

モースハム城
真面目さしか取り柄がない、どころか……。
真面目さが通用しない場では、途端に居場所を失ってしまう。

モースハム城
色んな城娘から話を聞いて、情報を集めてみるけれど、
結局……余計に分からなくなってしまうんです。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
(同じだ……モースハム城さんも、私と……)

コンシェルジュリー
そういう時は……どうすれば良いのでしょうね。

モースハム城
やっぱり……。
自分にできないことをやろうとするのは、苦しいです。

モースハム城
やりたい、でもできない……。
自己否定の繰り返しに、
自分への失望が深まっていきます。

コンシェルジュリー
…………。

モースハム城
そこで、私は思いました。
だったらもう……いっそのこと諦めてみようかな、って。

コンシェルジュリー
諦めてみる……?

モースハム城
トームペア城さんや、
クロンボー城さんの姿を思い返してみてください。

モースハム城
黒パンを一心不乱に作り続けたり……、
来年こそは、と雄々しい英雄の仮装を夢に描いたり。
ふざけているようには、とても見えないですよね。

モースハム城
むしろその逆……あの二人は、どこまでも真面目です。
なのに、そんな姿が少しだけおかしかったりする。

モースハム城
私たちのような城娘は……その姿から、
学ぶべきところがあるのではないでしょうか?

コンシェルジュリー
私も真面目に……何かを貫くべき、ということでしょうか?

モースハム城
真面目にふざける……とでも申しましょうか。
持ち前の真面目さの、活かし方を考えるのです。

モースハム城
コンシェルジュリーさんであれば……んー、そうですね。
その仮装にならってみるのは、如何でしょう?

モースハム城
あくまで一つの思いつきですが……、
心の底までその魔女に扮してしまう……とか?

モースハム城
その衣装の魔女には、何かモチーフがあるのですか?

コンシェルジュリー
この仮装のモチーフは、とある女性です。
ラ・ヴォアザンという……かつて我が国に混乱を招いた毒の魔女……。

モースハム城
ラ・ヴォアザン……。
聞いたことがあります。有名な方ですね。

コンシェルジュリー
始めは家計を支えるために始めた仕事が、軌道に乗って……、
占術、媚薬や毒薬の販売に手を出し、
多くの得意客を抱えることになりました。

コンシェルジュリー
その中には、我が国の重鎮たちも深く関わっていたそうです。

モースハム城
なんと……その魔女は、
貴族たちの心までも奪ってしまったのですね。

コンシェルジュリー
それを知った時の王、ルイ14世は……、
醜聞の露見を恐れ、捜査の中断を選びました。
調書を含むあらゆる書類を焼却し……全てを闇に葬った。

モースハム城
たった一人の魔女が、
フランスという国にそれほどまでの衝撃を与えたのですね。

コンシェルジュリー
なるほど……『真面目にふざける』ですか。
そして、彼女のような振る舞いを……。

コンシェルジュリー
正義の番人たるこのコンシェルジュリーが、
あの魔女に扮して……。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
もし、私がラ・ヴォアザンだったなら……、
狼男すらも従えてしまうのでしょうね。

モースハム城
狼男……ああ、私の仮装のことですね?

コンシェルジュリー
国の中枢にすら根を張ったんだもの。
狼男の一人を従えるくらい、容易いこと……。

コンシェルジュリー
それに……今の貴方は、狼男と呼ぶにはあまりにか弱い。
子犬を手懐ける方が、よっぽど難しいわ。

モースハム城
…………。

モースハム城
……こ、コンシェルジュリーさん?
なんだか言葉遣いが、少し……?

コンシェルジュリー
ねぇ……貴方もそう思うでしょう? モースハム城……。

モースハム城
ぇ……。

モースハム城
え、ええと……。
そんなにじぃっと見つめられたら、
恥ずかしいのですが……。

コンシェルジュリー
どうして目を逸らすの?
こちらを見なさい、モースハム城。

モースハム城
いっ……!

モースハム城
い、いふぁいです、コンひぇルジュリーさん。
ほっぺた、つままないでくらはい……。

コンシェルジュリー
……黙って。

コンシェルジュリー
私の目を真っ直ぐに見て。
……私の声に耳を傾けるの。できるわね?

モースハム城
…………。

モースハム城
ふぁ、ふぁぃ……。

コンシェルジュリー
これから貴方は魔女の下僕として、
忠誠を誓うの。生涯……その生命が尽きるまでね。

モースハム城
…………っ。

コンシェルジュリー
頷きなさい……ほら、頷いて?

モースハム城
ぁぅ……。

モースハム城
…………。(こくり)

コンシェルジュリー
ふふ……良い子。

コンシェルジュリー
ちゃんと私の命令を聞けるなら、
貴方にも良い思いをさせてあげるからね♪

モースハム城
…………。

モースハム城
(お、お姉さま……!)

コンシェルジュリー
……ふぅ。

コンシェルジュリー
――という、感じでしょうか?

コンシェルジュリー
試しにやってみたのですが……やはり難しいです。
慣れないことはするものではありませんね。

モースハム城
…………。

モースハム城
……い、いやいや!
かなり真に迫った演技でしたよ!?

モースハム城
何かが乗り移ってしまったのかと思ったほどです!

モースハム城
それに、私も空気に当てられたのか、ドキドキしてしまって。
冷たい、蔑むような視線が突き刺さってくるのが、すごく……。

モースハム城
(わ、私は……。
 とんでもない才能を発掘してしまったのかもしれません……!)

コンシェルジュリー
上手にできていたのなら良かったですが、
何だか褒められている気がしませんね……?

コンシェルジュリー
ですが……確かに、興味深い試みではありました。

コンシェルジュリー
中途半端に良いとこ取りを目指すより、
まるごと真似てしまう方が、
私の性にあっているのかもしれませんね。

モースハム城
……コンシェルジュリーさんの真面目さが、
良い方向に活かされたのですね。

コンシェルジュリー
ラ・ヴォアザンは秩序に背を向けた魔女……。
本来であれば、私とは相容れない存在です。

コンシェルジュリー
今までの真面目な自分から離れたい私にとっては……、
ある意味、理想的な模範だったのかもしれません。

モースハム城
…………。

モースハム城
…………。(ごくり)

モースハム城
その、コンシェルジュリーさん……。

モースハム城
良かったら、さっきの魔女の演技を……もう一度――!

トームペア城
――な、なんだと! どうしてこんなことに!?

コンシェルジュリー
…………っ!?

モースハム城
今のは、トームペア城さんの声ですか?

コンシェルジュリー
ただ事ではない様子です。
すぐにパーティー会場へ戻りましょう!

モースハム城
は、はい……!

――――

兜軍団
トリックオアトリート……。
   トリックオアトリート……。
      トリックオアトリート……。

コンシェルジュリー
これは……兜の軍勢!?
いったい何が起こったのですか?

やくも
く、黒パン……黒パンの乱だに……!

モースハム城
黒パン?
……トームペア城さんが用意していた、
あれのことですよね?

千狐
実は、トームペア城さんが作ったあの黒パンには、
強い願いと共に……彼女の力が少なからず、
籠もっていたみたいなのです。

柳川城
それに目を付けた兜たちが、我がものにしようと群がって……。

モースハム城
黒パンの数が減っていたのは、
パーティーに忍び込んだ兜が持ち去っていたからだったのですね……。

トームペア城
すまぬ。私の思いが、
このような事態を招いてしまうとは。

殿
…………。

殿
…………!

クロンボー城
王様の言う通りよ。
貴方が謝ることではないわ、トームペア城ちゃん。

クロンボー城
とにかく今は、この場を乗り切ることを考えましょう。
自慢の黒パンを、皆で味わうためにもね?

トームペア城
王……クロンボー城……。

コンシェルジュリー
またしても兜……目障りですね。
性懲りもなく、幾度も幾度も……。

モースハム城
コンシェルジュリーさん……ああ、
先ほどのあの冷たい視線が、また……!

コンシェルジュリー
手をこまねいていては、状況は悪くなるばかり……。
モースハム城さん、力を貸してもらえますね?

モースハム城
……は、はいっ! お姉さまの仰せとあらば!

コンシェルジュリー
良い返事です……。
それでは王様、ご命令をお願いいたします!

後半

コンシェルジュリー
ふぅ……兜は全て討伐いたしました。
これならもう、パーティーの邪魔が入ることはないでしょう。

クロンボー城
そうね。だけど……。

トームペア城
くぅ……売れ行き好調だと喜んでいたら……。
実際は、兜の奴らの餌にされていただけだったとは!

トームペア城
せっかく黒パンの素晴らしさが、
皆に伝わったと思ったのに……!

トームペア城
こんなの……こんなのあんまりじゃないか……!

殿
…………。

クロンボー城
トームペア城ちゃん……。

やくも
か、悲しむことはないがや、トームペア城。
トームペア城の黒パン、うちは結構好きだに。

トームペア城
……やくも。

千狐
そうです……。
トームペア城さんの頑張り、ちゃんと見ていましたよ。

千狐
黒パンの良さはいつか必ず、
世界中の皆に伝わるって千狐は信じているの!

トームペア城
千狐……!

トームペア城
知らなかったぞ。お前たちが、
そこまで黒パンを愛してくれていたなんて……!

やくも
……へ? いや、愛するってほどでは……。

トームペア城
ならば、皆で景気良く、
黒パンパーティーの開催といこうじゃないか。

千狐
く、黒パンぱーてぃー……?

トームペア城
間もなく、黒パンの焼成が完了する。
この会場のテーブル、全てを埋め尽くさんばかりの数だ。

トームペア城
どうやって処理しようか頭を抱えていたのだが、
その心配はなくなった!

トームペア城
我ら三人で、心ゆくまで黒パンを堪能しようではないか!

やくも
え? えぇー……。

千狐
(慰めるつもりが、
 とんでもないことになってしまったの……)

コンシェルジュリー
ふふ。トームペア城さんは相変わらずですね。

モースハム城
ええ……ですが、これで一件落着。
大事に至らなくて良かったです。

コンシェルジュリー
……ところで、モースハム城さん?

コンシェルジュリー
先ほど、
私のことを『お姉さま』と呼んでいたような気がしたのですが、
気のせいでしょうか……?

モースハム城
…………っ!!

モースハム城
は、はい……そうでしょうか?
ごめんなさい、兜の戦いに必死だったためか、
少々記憶が曖昧で……。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
……ふぅん? 関心しないわね、モースハム城。

モースハム城
…………っ!?

コンシェルジュリー
誰に嘘をつこうが構わないけど……。
私の前では、いつでも真実だけを語りなさい。

コンシェルジュリー
これは命令よ……できるわね?

モースハム城
…………。

モースハム城
あ、ぇ……その……。

コンシェルジュリー
……なんて。……ふふ、冗談ですよ♪

コンシェルジュリー
戸惑うモースハム城さんの顔が見れるのは、
なかなか面白いですね。
今後も時々試してみましょうか。

モースハム城
は、早くも魔女モードをモノにしている……!

薄暮の魔女~微笑みを添えて~ -絶壱-

兜の軍勢を退けてから数日後。魔女の演技に
手応えを感じていたコンシェルジュリーは
クロンボー城に演技のイロハを尋ねていた。

前半

トームペア城にて、兜の軍勢を退けてから数日後――

クロンボー城
……と。軽くさらってみたけれど、
演技の基本といえばこのくらいかしら。

コンシェルジュリー
ありがとうございます。大変勉強になりました。

クロンボー城
……知らなかったわ。
コンシェルジュリーちゃんが演技に興味を持っていたなんて。

コンシェルジュリー
クロンボー城さんほど本格的なものではありませんよ。
成長のきっかけになれば……と試しに挑戦しているだけです。

クロンボー城
でも、モースハム城ちゃんからは好評みたいじゃない。
まるで別人みたいでドキドキしてしまった……という話よ?

クロンボー城
ぜひ一度、この目で見てみたいものだわ。

コンシェルジュリー
う……喜んでもらえるものではないと思うのですが……。

クロンボー城
そうだわ……良かったら今度、一緒に観劇でもいかが?

クロンボー城
実際に演技というものを肌で感じてみたら、
また違った学びがあるかもしれないわよ。

コンシェルジュリー
観劇ですか……面白そうですね。
では、折を見てクロンボー城さんの御城にお邪魔を――

???
――うう、うううう……。

コンシェルジュリー
――――っ!?

???
うううう……うううう~……。

クロンボー城
う、呻き声……?

クロンボー城
まさか、また兜が現れたなんてことは……?

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
いえ、この声は恐らく……。

――――

トームペア城
はぁ、はぁ……。

トームペア城
むぐ……今日のところは、ここまでか……。

トームペア城
いや待て、その気になれば、
もう一個……あと五個くらいは……!

トームペア城
うう……もぐもぐ……もぐ……。

クロンボー城
トームペア城ちゃん……。

コンシェルジュリー
苦しげに声を漏らしながら、
黒パンを口に詰め込んでいます……。

クロンボー城
どんな罪を犯したら、
こんな罰を課せられるのかしら……?

トームペア城
うぐ……ん、んむ……ん?

トームペア城
……ごくん。
おお、クロンボー城にコンシェルジュリーか。
居たのか……。

クロンボー城
トームペア城ちゃん……何をしているの?

トームペア城
見ての通り、食事だぞ……。
我が手で焼き上げた黒パンに一つ一つ、
感謝を告げていたのだ。

クロンボー城
…………。

クロンボー城
千狐ちゃんとやくもちゃんの姿が見えないわね。
一緒に黒パンパーティーを開こう、って言ってた覚えがあるのだけど……。

トームペア城
断られてしまったのだ……。
始めの内は付き合ってくれていたのだがな。

トームペア城
流石に限度がある、とか……。
夢にまで黒パンが出てきて、うちを追っかけてくるがや……とか。

コンシェルジュリー
千狐さん……やくもさん……。

トームペア城
かく言う私も……終わりは近い。
いかに愛する黒パンといえど、食べられる量には限度がある。

クロンボー城
私もお一つ、頂いてもいいかしら……。

トームペア城
構わんぞ……一つと言わず、
十個でも二十個でも……国中に配って歩きたいほどあるからな。

クロンボー城
それじゃ、失礼して。もぐ、もぐ……。

コンシェルジュリー
では私も……ぁむ。

クロンボー城
ん……! 美味しいじゃない。

クロンボー城
噛む度に麦の味わいが広がっていくみたい……。
これほどの物には、そう簡単に出会えないわ。

コンシェルジュリー
はい、驚きです。いかに簡素な黒パンと言えど……、
突き詰めれば、ここまでの味に至れるのですね。

トームペア城
おお、分かってくれるか……!

トームペア城
実を言うとな、一見単純に見えるこのパンには、
相当な苦労が詰まっているのだ。

トームペア城
ハロウィンのパーティーを主催すると決めた時、決意したからな。
水や調味料の配分に、生地の捏ね方……焼き加減。
細部にまでこだわり抜いた、最高の一品を用意する……と。

クロンボー城
そうだったの……。

トームペア城
その目的を果たすため、まず私は、
使用するライ麦の選別を行おうと……国中を歩いて回った。

トームペア城
想像以上に長く、険しい道のりだった。
一歩進んだかと思えば、三歩下がる。
終わりの見えぬ戦いの中……私は、妥協を許さず歩み続けた。

クロンボー城
(コ、コンシェルジュリーちゃん。
 トームペア城ちゃんが回想を始めてしまったんだけど……)

コンシェルジュリー
(しばらく聞いてみましょう。トームペア城さんにも、
 このパーティーに懸ける強い思いがあったのだと思います……)

トームペア城
苦労の果てに、ようやく手にした理想の食材。
……しかし、それはまだ始まりに過ぎなかった。
続いて、私は――

後半

トームペア城
――こうして、私の黒パンは完成し、
パーティーの卓上に並ぶこととなったのだ……。

コンシェルジュリー
知りませんでした……。
この黒パン一つを作り上げるために、
それほどまでの苦労があったとは。

クロンボー城
(いつの間にか、日が暮れてるじゃない……)

コンシェルジュリー
もぐ、もぐ……。

コンシェルジュリー
ですが……この黒パン。
少々、質素過ぎる気もしますね……。
もちろん、味は非常に良いのですが。

クロンボー城
……ハロウィンの一角を担うには味気なさすぎるのね。
お菓子が相手だと、存在が霞んでしまうんだわ……。

トームペア城
……薄々、気づいてはいた。
いかに突き詰めようと、
お菓子には敵わないのではないか、と。

トームペア城
だがこの黒パンは、我が故郷と共に歩んできた、誇り。
……道半ばで諦めることはできなかったのだ。

コンシェルジュリー
お気持ちは分かります。ですが……、
この余った黒パンの処遇は、検討する必要がありますね。

クロンボー城
ええ……。
この場に居る者たちで食べきるには、
ちょっと無理があるもの。

トームペア城
だが、捨てるのはあまりに可哀そうだ……。

トームペア城
種を蒔かれ、すくすくと育ち、穂を実らせて……。
多くの手間と時間を経て、ようやく食卓に並んだというのに。

コンシェルジュリー
そうですね……付け合わせにクリームでもあれば、
印象もかなり変わると思うのですが……。

クロンボー城
……クリーム?

コンシェルジュリー
はい、故郷の友人にシャンティイ城さんという方が居まして……、
お菓子作りを得意とする城娘なのです。

コンシェルジュリー
茶会を開く度に彼女は、
自身と縁の深いシャンティイクリームを山のように勧めてくるのですが、
ちょうど今、その時のことを思い出して……。

コンシェルジュリー
きっとあれなら、
黒パンの付け合わせにはぴったりだな、と……。

トームペア城
そうか……その手があったか!

トームペア城
『味気ない』というのは、裏を返せば長所にもなる。
調理法や、味付け次第で様々な顔を見せるということ……!

コンシェルジュリー
クリームの他にも、
ジャムや蜂蜜も合いそうですね。

クロンボー城
(……って。パンの食べ方としては、
 広く知られたものだと思うけど……)

トームペア城
私としたことが……何と浅薄な。
黒パンの味を極めんとするばかりに、
初歩的なことを見落としていた……!

コンシェルジュリー
あ、そうです……良い案を思いつきましたよ。

コンシェルジュリー
……トームペア城さんの黒パンを、
私の御城で行うハロウィンパーティーで使わせていただく、
というのはどうでしょうか。

トームペア城
おお……!

コンシェルジュリー
そして、トームペア城さんにクロンボー城さんはもちろん、
こちらに集まっている王様や、
モースハム城さんもお招きするのです。

コンシェルジュリー
すでに招待しているフランスの城娘たちにも振る舞えば、
黒パンを余らせてしまう心配はありません。

クロンボー城
その上……黒パンの新たな味を見つけると共に、
他国へとその素晴らしさを伝えられるわけね。

トームペア城
なんと……これ以上ない、最高の案ではないか!

トームペア城
感謝するぞ、コンシェルジュリー!

コンシェルジュリー
ふふ……礼を言うのは、
私の御城でのパーティーが成功してからですよ、
トームペア城さん。

トームペア城
そ、そうだな……では、
まず皆をコンシェルジュリーのパーティーに誘わなければ。

トームペア城
善は急げだ。すぐに始めよう!

薄暮の魔女~微笑みを添えて~ -離-

フランスへと舞台を移し、パーティーの準備に
励む城娘たち。そして……彼女たちは今、
黒パンの新たな可能性を切り開こうとしていた。

前半

――トームペア城主催のハロウィンパーティーから、数日。

一行はコンシェルジュリーの招待に応え、
フランスへと移動していた――

コンシェルジュリー
……これでよし、と。

モースハム城
ではトームペア城さん……味見を。

トームペア城
…………。(ごくり)

トームペア城
うむ。では一口……はむ。

トームペア城
…………。(もぐもぐ)

クロンボー城
……どう、味は?

トームペア城
おお、これは……!
……美味い、美味いぞ!

トームペア城
クリームも、ジャムも……!
付け合わせが見事に、
我が黒パンの魅力を引き立てている!

モースハム城
良かった……安心しました。

クロンボー城
試作にもう少し手こずるかと思っていたけれど、
予想以上に上手くいったわね。

コンシェルジュリー
シャンティイ城さんやシュノンソー城さんを始め、
フランスにはお菓子作りを得意とする城娘が沢山居ります……。

コンシェルジュリー
ですが……この出来栄えなら必ず、
彼女たちの舌も満足させることができるでしょう。

トームペア城
これで、我が黒パンもパーティーの一員として、
ハロウィンを盛り上げることができるな!

トームペア城
ふふふ……ハロウィンパーティーの開宴が待ち遠しいな。

モースハム城
もうすぐ……招待を受けた城娘たちが、
ここに集まってくるのですよね?

クロンボー城
会場の準備も整っているし、
後は皆が揃うのを待つだけね。

コンシェルジュリー
え……ええ、そうですね。
そうなの……ですが……。

クロンボー城
…………?

クロンボー城
どうしたの、コンシェルジュリーちゃん。
何だかソワソワしているようだけど。

コンシェルジュリー
……す、すみません。
準備に不足がないか、やはり心配で。

トームペア城
……不足? 見たところ、
何も問題はないようだぞ?

モースハム城
そうです! 飾り付けもお菓子の用意も、
私たちが到着した時から、
完璧な状態だったではありませんか。

クロンボー城
付け合わせの試作に力を注げたのも、そのお陰だものね。

コンシェルジュリー
はい……私自身、
完璧と思えるほど周到に準備を重ねました。

コンシェルジュリー
ですが、往々にして想定外は起きるもの。
もし、パーティーが始まってから問題が発覚したらと思うと、私は……。

コンシェルジュリー
……すみません。やっぱり私、
改めて会場を見回ってこようと思います。

コンシェルジュリー
皆さんは気にせず、こちらで寛いでいてください。
……それでは。

モースハム城
あっ……コンシェルジュリーさん、
それなら私も一緒に――

モースハム城
――行ってしまいました……。

トームペア城
自らが主催したパーティーとはいえ、
友人同士の集まりなのだろう?
そこまで気を張ることもないだろうに……。

クロンボー城
…………。

クロンボー城
コンシェルジュリーちゃんはこのパーティーに対して、
それ以上の思いを秘めている……ということでしょうね。

モースハム城
それ以上の思い……ですか?

クロンボー城
二人は、ヴェルちゃん――
ヴェルサイユ宮殿ちゃんのことは、ご存知かしら?

トームペア城
もちろん知っているぞ。
ヨーロッパの城娘なら、知らぬ者はいないだろう。

クロンボー城
ヴェルちゃんの主は王妃、マリー・アントワネット。
フランス革命の後……彼女はその座を追われ、処刑された。

トームペア城
……有名な話だ。
先ほどの話と、何か関係でもあるのか?

クロンボー城
それじゃ、コンシェルジュリーちゃんが、
どんな役目を帯びた御城かは……知っている?

モースハム城
……知っています。

モースハム城
裁判所として、当時の体制に歯向かう者を裁き……、
監獄として、数多くの罪人を収容した。
そして最後は、その罪人を――

トームペア城
……そうか。理解したぞ。

トームペア城
コンシェルジュリーは、
ヴェルサイユの主が処刑された場所だったのだな……。

トームペア城
私は……無知な自分を恥ずかしく思う……。

トームペア城
コンシェルジュリーの奴……、
私のことを思っている余裕など、無かったのではないか。

トームペア城
なのに奴は私のために、黒パンの付け合わせの試作を……。

クロンボー城
それでも、困っているトームペア城ちゃんを、
放ってはおけなかった……。
コンシェルジュリーちゃんはそういう城娘だった、ということね。

モースハム城
つまりこのパーティーは……コンシェルジュリーさんと、
ヴェルサイユさんの今後を占う、大事な舞台……。

トームペア城
……感謝するぞ、クロンボー城。

トームペア城
その話を聞いていなければ、
私はさらなる恥を晒してしまうところだった。

トームペア城
私には、寛いでいる余裕など無かったのだ。
……今度はこちらが、
コンシェルジュリーに力を貸してやらなければな。

クロンボー城
そうね。私たちも手分けして、
パーティーの用意に不備がないか確認することにしましょう。

モースハム城
承知しました! すぐに出発いたしましょう!

後半

トームペア城
……ふぅ。巡回はこれくらいで充分だろうか。

クロンボー城
そうね。パーティーの邪魔になるようなものは、
特に見当たらなかったけど――

クロンボー城
――あら? そういえば、
モースハム城ちゃんの姿が見えないわね?

トームペア城
そうだな……。
それほど遠くまでは行っていないはずだが……?

モースハム城
――お二人とも! ……大変、大変ですー!

トームペア城
なんだっ!? 何があった!

モースハム城
兜の軍勢を見つけました!
御城からそう遠くない場所です!

トームペア城
か、兜だと……? まさか、
私の黒パンがまた奴らを引き寄せてしまったのか……!?

クロンボー城
悔いている場合ではないわ、トームペア城ちゃん。
むしろ、このタイミングで見つかったことを喜ぶべきでしょう。

トームペア城
そ、そうだな……!
今の内に手を打てば、会場を守ることもできる!

モースハム城
皆で力を合わせて……こちらから兜を叩きましょう!

薄暮の魔女~微笑みを添えて~ -結-

皆の許を離れて、独りで会場の確認を繰り返す
コンシェルジュリーの前に、ある城娘が
寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと登場する。

前半

コンシェルジュリー
ここも、ここも……よし、と。
今のところ、不備は無いようですね……良かった。

コンシェルジュリー
少しでも完璧に近づけられるよう、
開宴の間際まで、何度も確認と調整を行わなければ……。

コンシェルジュリー
そして、ヴェル様をもてなして……叶うなら――。

???
コンシェルジュリーちゃん。
コンシェルジュリーちゃ~ん……。

コンシェルジュリー
ん、この声は……?

ユッセ城
コンシェルジュリーちゃん、
いつの間にか帰ってきてたんだねぇ……?

ユッセ城
ふわぁ……わたし、ちょっと寝過ごしちゃったかな……?

コンシェルジュリー
ユッセ城さん……寝起きですか?

コンシェルジュリー
(結局……その衣装のまま、
 眠りに落ちてしまったのですね……)

ユッセ城
うん……コンシェルジュリーちゃんが出発した後、
招待状を皆に送ってね。そしたら、暇になっちゃって。

ユッセ城
それで……そんなに慌ててどうしたの~?
パーティーの準備なら、わたしも手伝うよぉ?

コンシェルジュリー
いえ、準備はもう整っているのです。
今は不備が無いか、
最後の確認を行っていたところ……。

ユッセ城
確認って、またぁ~?
もう招待客だって到着するでしょ?

コンシェルジュリー
王様たちやトームペア城さんたちは、
すでに到着していますよ。
挨拶をしてきては如何でしょう?

ユッセ城
……え、王様たちが?
あー、道理で御城が賑やかになってると思ったぁ。

ユッセ城
目が覚めた時にドタバタしてるのが聞こえてね。
何があったのかなぁって気になってたんだぁ。

コンシェルジュリー
(ドタバタ……やくもさんあたりが、
 前夜祭でも催しているのでしょうか?)

ユッセ城
それからね……起きてすぐに、
変なのを見た気がしたんだけど……。
んー……寝ぼけて何かと見間違えちゃったかな?

コンシェルジュリー
変なの……と言いますと?

ユッセ城
うん……窓の外のお庭でね、
兜の仮装をしてる子が見えたの。

コンシェルジュリー
……か、兜ですか!?

ユッセ城
日頃からこの辺りは、
コンシェルジュリーちゃんがばっちり警備してるし、
本物がうろついてるはずはないでしょ……?

ユッセ城
だから、兜の仮装をしてる子と遊んでたのかなーって……。

コンシェルジュリー
く、迂闊だった……!

コンシェルジュリー
ユッセ城さん、私に着いてきてください!
貴方の力が必要です!

ユッセ城
わぁっ、待ってよコンシェルジュリーちゃん!?
急に走り出しちゃって、どうしたの~?

コンシェルジュリー
黒パンをこちらに持ち込んでいるなら……、
この御城の付近でも、兜が活発化することは充分あり得る。

コンシェルジュリー
第一にその可能性を頭に置いておくべきだったのに、私は……!

ユッセ城
パ、パン……? どういうこと……?

コンシェルジュリー
細かい説明は省きます!
とにかく、戦いに備えてください!
ユッセ城さんの見間違いでなければ、この先に兜が居るはずです!

ユッセ城
う、うんっ! 分かった!

――――

兜軍団
トリックオアトリート……。
   トリックオアトリート……。
      トリックオアトリート……。

殿
…………!

柳川城
無数に連なる兜の軍勢……。
幾ら討っても、一向に勢いが衰えません……!

やくも
だにぃ……一旦退いて、
態勢を立て直したいところやけど……!

千狐
そんなことをしたら……、
会場にまで被害が及んでしまうの!

トームペア城
一歩も譲らぬぞ……。
パーティー会場には絶対に、触れさせはしない……!

クロンボー城
危険よ、トームペア城ちゃん!
それ以上兜の攻撃を受けたら……!

モースハム城
お願いです、退いてくださいトームペア城さん!
前線は私が守りますから……!

トームペア城
心配は要らない、あと少しの辛抱だ……。
私の見立てが正しければ、もうじき救援が――

コンシェルジュリー
王様! トームペア城さんっ!

ユッセ城
みんな、助けに来たよ~っ!

殿
…………!

トームペア城
……どうだ。私の言った通りだったろう……?

コンシェルジュリー
ト、トームペア城さん……その身体……。

トームペア城
ようやくお出ましか、コンシェルジュリー。
これ以上遅刻したら、
お前の手柄を私が横取りしてしまうところだったぞ……。

コンシェルジュリー
(こんなに傷だらけになって……トームペア城さん……)

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
感謝に謝罪に……。
幾ら頭を下げても足りませんが、
それは後ほど。

コンシェルジュリー
今は、この罪人どもを裁かねば……。

兜軍団
…………?

コンシェルジュリー
重ねた罪の数々……酌量の余地はありません。

コンシェルジュリー
導かれる判決は、ただ一つ……打首です。

モースハム城
怒ってる……コンシェルジュリーさんが、激しく怒っています……!

コンシェルジュリー
貴方たち……覚悟は良いですね?

兜軍団
ヒッ――

兜軍団
ヒイイィィッ……!?

後半

やくも
やっただに! これで兜さんは、
みーんな居なくなったがや!

コンシェルジュリー
良かった、間に合って……。

コンシェルジュリー
王様、それに皆さんも……ありがとうございます。
ここを守るために、力を貸してくださって……。

殿
…………!

クロンボー城
ええ……一時はどうなることかと思ったけどね。

モースハム城
そうです……特にトームペア城さんは、
本当に危ないところでした。

トームペア城
舐めてもらっては困る……余力はまだ残っているぞ?

コンシェルジュリー
……トームペア城さん。

コンシェルジュリー
そんなに傷を負って……、
私が間に合わなかったら、どうするつもりだったのですか?
無理に前線を維持しようとすれば、万が一のことだって……。

トームペア城
あり得ないな……お前ほどの城娘が、
兜の侵入にいつまでも気づかぬはずがない。

コンシェルジュリー
いえ、気づいたのはつい先ほどのこと……。
手遅れになっている可能性は充分にあったのですよ。

トームペア城
そんな話は知らぬな。
お前が間に合ったなら、私にとってはそれが全てだ。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
どうせ……私がどれだけ遅れようが、
退くつもりなどなかったのでしょう?

トームペア城
……お前には恩があったからな。
私の誇り……黒パンを救ってもらった。

トームペア城
そして、このパーティー会場は、
コンシェルジュリーの志そのもの……。
何としても守り抜きたいと願うのは当然だろう。

コンシェルジュリー
皆さん……知っていたのですね。私とヴェル様のこと。

コンシェルジュリー
改めて……もう一度言わせてください。

コンシェルジュリー
ここを守るために力を貸してくださり、
本当に……本当に、ありがとうございました。

殿
…………!

コンシェルジュリー
……急いで手当をしなければいけませんね。
皆さん……私の後に着いてきてください。

トームペア城
うむ……承知した。

コンシェルジュリー
トームペア城さんは動かないでください。
私が責任を持って運びますから。

トームペア城
それは助かる……。
正直言うともう、意識を保つだけで精一杯なんだ……。

こうして、迫る脅威を退けた殿一行は、
身体を休めて怪我と疲れを癒やし……、
ハロウィンパーティーの夜を迎えるのだった――

薄暮の魔女~微笑みを添えて~ -絶弐-

パーティー当日を迎え、招待客は甘いお菓子に
舌鼓を打つ……しかし賑わうその景色の中には
主催者、コンシェルジュリーの姿が無かった。

前半

――黒パンを目当てにした兜を、処刑……、
もとい討伐してから、数日。

招待客たちも集まって、
コンシェルジュリー主催のハロウィンパーティーは無事、
開催の当日を迎えていた――

やくも
もぐもぐ……もぐもぐ、もぐ……。

やくも
し、信じられんがや……手が止まらんだに。

やくも
一生分の黒パンを食べて、
もうこりごりって思っとったのに……。

千狐
ええ、本当に美味しいわ……。
きっとトームペア城さんたち、相当な研究を重ねたのね。

やくも
殿さんも一口、どうだに?
きっと気に入ってくれると――

ヴェルサイユ宮殿
えへへっ♪ 兄様っ、にーさまぁー♪

ヴェルサイユ宮殿
次はあちらに行ってみましょう?
まだ見ぬお菓子と出会えるかもしれないわ……ねっ?

殿
…………。

やくも
(な、何やらお取り込み中の様子だに……)

柳川城
ヴェルサイユ宮殿さん、そろそろ休憩をされては……?
殿も会場内を歩き回って、お疲れのようですし……。

ヴェルサイユ宮殿
あら、もうそんなに経ったのね……?
確かに、いつの間にか日が暮れてしまってるわ。
ごめんなさい、兄様との再会で舞い上がってしまって。

ヴェルサイユ宮殿
……わたしばかりが兄様を独り占めしていたら、
他の子にも悪いわよね。柳川城だって、
兄様とパーティーを見て回りたいでしょうし。

柳川城
あ、いえっ……決してそのような意味は……!

ヴェルサイユ宮殿
ふふっ……そうかしら?
とにかく、この場所は柳川城にお返しするわ。
わたしはもう、充分兄様の傍を堪能させていただいたから。

ヴェルサイユ宮殿
明日の夜もパーティーは行われるから……この続きは、その時に。

ヴェルサイユ宮殿
それじゃ、兄様……また明日ね♪

殿
…………!

ヴェルサイユ宮殿
さて、と……少し散歩でもしましょうか。

ヴェルサイユ宮殿
まだあの子と言葉も交わせていないことだし……ね。

――――

ヴェルサイユ宮殿
(ここにも姿は無し……か)

トームペア城
おお……そこに居るのはヴェルサイユではないか?

ヴェルサイユ宮殿
あら、貴方は……トームペア城ね?

ヴェルサイユ宮殿
あの黒パンは、貴方が用意してくれたものなのよね?
とっても美味しかったわ……ごちそうさま♪

トームペア城
そうか。喜んでもらえて、私も嬉しく思うぞ。

トームペア城
……だが実を言うとな、あの黒パンに関しては、
殆どコンシェルジュリーの手柄みたいなものなのだ。

ヴェルサイユ宮殿
……コンシェルジュリーの?

トームペア城
私は黒パンの質を上げるばかりで、
視野が狭まってしまっていた……。
そこに奴が、助け舟を出してくれたのだ。

トームペア城
奴の提案が無かったら……私は今も、
黒パンの山を前に絶望していただろう。

トームペア城
だから……黒パンを気に入ってもらえたなら、
コンシェルジュリーにも、先ほどの言葉を伝えてやってほしいのだ。

ヴェルサイユ宮殿
そうだったのね。
……ええ、分かったわ。必ず伝えましょう。

ヴェルサイユ宮殿
ただ、肝心のコンシェルジュリーなのだけど。
……どこにも姿が見えないのよね。

トームペア城
む……そうなのか。
確かにパーティーの開宴以降、
姿を見ていない気がするな。

トームペア城
真面目な奴のことだ、
パーティーを放って遠くに出かけるとは考え難い。
探せば見つかるとは思うのだが……。

ヴェルサイユ宮殿
そうね、もうしばらく探してみることにするわ。
では、わたしはここで……。

トームペア城
……ヴェルサイユ。

ヴェルサイユ宮殿
……なにかしら?

トームペア城
その、なんと言えばいいか……。
コンシェルジュリーはな、お前と――

トームペア城
…………。

トームペア城
いや、すまない……忘れてくれ。
これは、お前たち二人で話すべきことだな。

ヴェルサイユ宮殿
…………。

トームペア城
……明日のパーティーでは、
皆揃って楽しく過ごせると、私は信じているぞ。

トームペア城
……コンシェルジュリーも含めた、皆でだ。

ヴェルサイユ宮殿
……ええ、そうね。

そしてその頃、コンシェルジュリーは――

コンシェルジュリー
はああぁぁ……。

コンシェルジュリー
どうして私は、
これほどまでに意気地が無いのでしょう。

コンシェルジュリー
多くの支えに助けられて、
ようやく開催にこぎ着けたというのに。
……結局、また逃げ出してしまいました。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
いけません。こんなことでは……!

コンシェルジュリー
ヴェル様の姿を探しましょう。
……今からでも、急いで会場に戻れば――

ヴェルサイユ宮殿
――その必要は無いわ。

コンシェルジュリー
――――っ!?

コンシェルジュリー
ヴェル様、どうしてここに……!

ヴェルサイユ宮殿
どうして、って……。
貴方がこんなところで丸まっているからでしょう。
いったい何をしていたの?

ヴェルサイユ宮殿
とにかく……やっと見つけたわ。
これでようやく、貴方と話を――

コンシェルジュリー
――す、すみませんっ!

コンシェルジュリー
わ、私……ちょっと急用を思い出しました!

ヴェルサイユ宮殿
……えっ?

コンシェルジュリー
どうしても外せない用でして……すみません!

コンシェルジュリー
本当に、本当に……すみませーーーん!

ヴェルサイユ宮殿
ちょっと、どうして逃げるのよ!?
待ちなさい、こらー!

後半

ヴェルサイユ宮殿
はぁ、はぁ……。

コンシェルジュリー
ぜぇ、ぜぇ……ぜぇ……。

ヴェルサイユ宮殿
い、意味わかんない……どうして逃げ回るのよ。
わたしを招待したのは貴方でしょう?

コンシェルジュリー
……そんなの分かっていますよ!

コンシェルジュリー
でも、今になって怖気づいたんです!
急に怖くなってしまったんです!
……悪いですかっ!?

ヴェルサイユ宮殿
わ、悪いですか、と言われても……。

コンシェルジュリー
だって……私ですよ?
……コンシェルジュリーですよ?

コンシェルジュリー
私のような城娘が、
どんな顔でヴェル様とお喋りすれば良いのです?
私には、皆目……検討も付きません!

ヴェルサイユ宮殿
コンシェルジュリー……。

コンシェルジュリー
ずっと……考えていました。
ヴェル様と笑い合うために、
私は何をすれば良いのか……と。

コンシェルジュリー
でも……答えは出ませんでした。
ヴェル様の隣に居る自分を、
想像することができなかったのです。

ヴェルサイユ宮殿
…………。

ヴェルサイユ宮殿
わたし、これまではね……、
無理して変わる必要はない、って思ってたの。

ヴェルサイユ宮殿
波風を立てずにいられるなら、
関わらないままでいるのが正しい。
きっとコンシェルジュリーもそう考えているはず……って。

ヴェルサイユ宮殿
でも、貴方からハロウィンパーティーの招待状が届いた時。
……その間違いに気づいたの。

ヴェルサイユ宮殿
記された文字の震えが、
不自然な程に丁寧な招待の文句が……、
貴方の苦悩を物語っていた。

ヴェルサイユ宮殿
貴方は……、
望んでわたしを遠ざけていたわけじゃなかった。
わたしを忘れようとしていたわけじゃなかった。

ヴェルサイユ宮殿
むしろ……その反対。
ずっと、過去の出来事を背負って……悩み続けていた。

コンシェルジュリー
ヴェル様……。

ヴェルサイユ宮殿
ぐす、うぅ……まったく、ままならないものね。

コンシェルジュリー
(ヴェル様の目から、涙が……)

ヴェルサイユ宮殿
貴方を見てるだけで、胸が苦しくなってくる……。

ヴェルサイユ宮殿
悲しい気持ちでいっぱいになって……、
涙がこみ上げてきて、こらえようとしても溢れてくる。

コンシェルジュリー
全て……私のせいです。
貴方の主を奪ってしまった、私の……。

ヴェルサイユ宮殿
そうよ。悲しいのも辛いのも、
全部……全部、貴方のせい。

コンシェルジュリー
…………。

ヴェルサイユ宮殿
だから……だから、貴方が真っ先に慰めに来なさいよ。
この涙を、拭いにきなさいよ……。

コンシェルジュリー
…………!

ヴェルサイユ宮殿
この気持ちをぶつけられる相手なんて、
貴方以外に居ないんだから……。

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
では、私は……ここに居ても、良いのですか?

コンシェルジュリー
貴方と言葉を交わすことを、
許していただけるのですか?

ヴェルサイユ宮殿
ばか……さっきからそう言ってるじゃない。

ヴェルサイユ宮殿
わたしが貴方を、貴方がわたしを……、
互いに想っているのなら、他に理由なんて要らないでしょう?

コンシェルジュリー
…………。

コンシェルジュリー
そうですね。……ええ。その通りです……本当に。

ヴェルサイユ宮殿
ねぇ、コンシェルジュリー……。
マリー様の最期について教えてくれる?

ヴェルサイユ宮殿
いっぱい泣いちゃうと思うけど、
貴方を困らせちゃうかもしれないけど。
わたし、ちゃんと聞いておきたいの……貴方の口から。

ヴェルサイユ宮殿
マリー様のこと、全部知って……。
忘れないように、心に刻んでおきたいの。

コンシェルジュリー
……承知しました。

コンシェルジュリー
……今日は長い夜になりそうですね。

ヴェルサイユ宮殿
そうね……ふふっ。

クロンボー城
…………。

クロンボー城
(見て……上手くいったみたいよ、あの二人……)

モースハム城
(良がった……良がっだですぅぅぅ~……)

トームペア城
(声を落とせ、モースハム城。
 二人に気づかれてしまうぞ……!)

モースハム城
(す、すびばせん……でも私、嬉しくて……!)

クロンボー城
(こうなったら……明日のパーティーは、
 総力を挙げて二人を引き立ててあげなくちゃね)

トームペア城
(そうだな……よし。では今日は夜を徹して、
 明日の策を練るとしようではないか!)

モースハム城
うんうん……いいですね! 大賛成ですー!!

トームペア城
こら、声を落とせと言ってるだろうが!!

クロンボー城
(二人とも、お静かに……)

――夜は深まり、
ハロウィンパーティーの盛り上がりは最高潮に達する。

そんな会場の隅っこにて、
手をつないで歩む魔女の影が二つ。

彼女らの顔には……、
その会場の誰よりも暖かな、
幸せに満ちた微笑みが浮かんでいた――



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