ストーリーテキスト/紅きチャペルは幸福を唄う

紅きチャペルは幸福を唄う[]

紅きチャペルは幸福を唄う -序-

異国に転移した殿一行が目の当たりにしたのは、
怒りの形相で鞭を振るう城娘。辺りに響く桃形兜の
叫びはどこか、仄かな熱を帯びていた――

前半
アイルランド、某所―― とある御城にて行われるという、 パーティーの招待に応じ……転移を果たした殿たち。 しかし、一行を待っていたのは―― 桃形兜 アゥ、アゥ……アァウッ！！ ――ピシッ、ピシィ……ピシィィッッ！！ リープ城 この、この、このっ！！ よくも、邪魔して、くれたわねっ！ リープ城 私と王、日の本の城娘たちとの、出会いを……このぉ！ 桃形兜 ヒィ！　ヒィッ！　ァヒィィッ！？ 殿 …………。 立花山城 状況は分からないけど……ひとまず、 『彼女を怒らせてはならない』ということは理解できたわね。 柳川城 ……はい。 城娘側に犠牲者がでないよう、尽力しましょう……。 やくも なぁ千狐……うちら、 転移する先を間違えたってことはないんだに……？ 千狐 ええと……そんなはずはないのだけど……。 ？？？ 大丈夫っすよ、千狐さん。 ここは間違いなく、 リープ城さんが開いたパーティーの会場っす。 殿 …………！ 鮫ヶ尾城 お久しぶりっすね、トノ……それに皆さん。 千狐 ……鮫ヶ尾城さん！ 貴方もリープ城さんから招待を……？ 柳川城 異国にも知り合いがいらっしゃったのですね……。 鮫ヶ尾城 あいやっ、自分も交流を持ったのは最近っすよ。 共通の知り合いに紹介してもらったっす！ 鮫ヶ尾城 前に……自分の山で、 異国の城娘が遭難したことがあったっす。 鮫ヶ尾城 なんでも『ミカクニンセーブツ』を探してた……とかで。 長くて聞き馴染みの無い名前だったっすね。 あい……あいりー――みたいな……。 柳川城 アイリーン・ドナン城さん……でしょうか？ 未確認生物を追っている、という特徴にも合致しますし……。 鮫ヶ尾城 ……ああ！ その子っす、その子っす！ 確かにそんな名前だったっす♪ 千狐 ……アイリーン・ドナン城さん。 日の本にも訪れていたのですね……。 立花山城 ふぅん……積極的に世を巡って、 見識を広めようとする城娘も居る、と……。 鮫ヶ尾城 ……っすね。思わぬ出会いに感謝っす！ 異国に訪れる機会なんて滅多に無いっすから♪ 鮫ヶ尾城 それから、その……。 日の本を離れられたのも、 渡りに船だったというか……。 殿 …………？ 鮫ヶ尾城 ああ、いえいえ！　なんでもないっす！ 独り言っすからお気になさらず！ 立花山城 ……それにしても、あのリープ城って子。 いつまで折檻を続けるつもりなのかしら……。 ピシィ、ピシィッ……ピシィッ……！ 桃形兜 ァウ……アッ……オゥ……。 リープ城 ……はぁ。 リープ城 反応が単調ねぇ。 なんだか飽きてきてしまったわ。 リープ城 恐怖だろうと痛みだろうと、 どんな刺激にも、いずれは慣れてしまうのでしょうね。 もう、随分お仕置きしたもの……。 桃形兜 （ヤ、ヤット解放シテモラエル……？） リープ城 ……ならば道は唯一つね。 更に強い刺激を与えなきゃ。 桃形兜 …………！？ リープ城 手加減し過ぎかしら……とは思っていたのよね。 次からはもっともっと、力を込めて―― 桃形兜 ヒ、ヒイイイィィィィィ！？ コレ以上ハ勘弁シテェェェェエエ！！ リープ城 ……っ、こら！ 安心なさい、トドメはまだ刺さないから……！ 千狐 そんな『痛くしないから』みたいな調子で言われても……。 立花山城 なんて、見守っている場合ではないようね。 兜の逃走を見過ごすわけにはいかないでしょう？ 柳川城 ……そうですね！ 私たちも力を貸しましょう、殿！ 殿 …………！
合戦中
リープ城 愚かねぇ……逃げたって、先延ばしにしかならないのに。 恐怖は長引き、痛みは激しさを増すばかり……。 リープ城 まぁ、あちらの行末はどうでも良いわ。 遠慮なく鞭を振るうといたしましょう。 リープ城 あなたも力を貸してくださるわね……王？ リープ城 これにてお仕置きは完了。残念だわ……。 じっくり脅かしたり、苛めてあげたかったのだけど。 千狐 り、リープ城さん。 兜も退散しましたし、そろそろご挨拶を……。 リープ城 ……ごめんなさい。 鞭を振るうことに夢中で、忘れてしまっていたわ。 此度の目的は、王たちとパーティーを楽しむことだったわね。 やくも う、うちらは……とんでもないとこに、 足を踏み入れてしまったかもしれんがや……。
後半
リープ城 ご挨拶が遅れてしまって、ごめんなさい。 改めまして、リープ城と申します。 リープ城 日の本から遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。 今回は精一杯もてなすから、心ゆくまで楽しんでいってね？ 千狐 は、はい……よろしくお願いしますなの……！ リープ城 ……私が調子に乗ってしまったせいで、 少し遅れが出てしまったわね。 リープ城 パーティー会場へ向かいましょう。 詳しい話は道すがら……よろしいわね？ 殿 …………！ ―――― 鮫ヶ尾城 …………。 鮫ヶ尾城 （逃げたって、先延ばしにしかならない……。 　さっきリープ城さんは、そう言ってたっす） 鮫ヶ尾城 （それはきっと、今の自分にも当てはまるっす……。 　本当なら自分は……自分は……！） 鮫ヶ尾城 …………ん？ 鮫ヶ尾城 ……あれ？　いつの間にか、 一人ぼっちになってるっす……？

紅きチャペルは幸福を唄う -破-

リープ城の御城へと向かう最中、一行は彼女が
花嫁衣装に興味を抱いた経緯を知る。同じ頃、
皆とはぐれた鮫ヶ尾城は森の中を進むが――

前半
柳川城 ところで……。 リープ城さんはなぜ、結婚式を模した宴を？ リープ城 そうね……元から、 憧れめいた思いはあったのだろうけど……。 リープ城 ……以前から私の御城では、女性の幽霊が目撃されていてね。 『レッドレディ』という名で知られている子よ。 千狐 ゆ、幽霊……。 リープ城 皆からは恐れられているけれど、私にとっては気の良い隣人……。 華やかなドレスをまとう結婚式は、 女性にとっては憧れの一つだし、良い思い出になると思ったの。 リープ城 それから、私の御城にはチャペル……礼拝堂があってね。 結婚式とはそれなりの縁があるの。 立花山城 礼拝堂……なるほど。 結婚式を挙げる場所としては、適切と言えるわね……。 リープ城 私のドレスと同じく、鮮烈な紅が似合う素敵な場所。 ブラッディ・チャペルっていうの。素敵な名前でしょう？ 柳川城 ぶ、ぶらっでぃ……ですか。 殿 …………。 やくも う、うう……ううう……。 千狐 コンッ……急にどうしたの、やくも？ やくも ……最近、勉強もちょこちょこやるようになって、 異国の言葉にもけっこー明るくなったがや……。 やくも ……ということでうちは、 ちゃぺるの赤が何の色なのか……理解してしまったがや。 立花山城 ……『ぶらっでぃ』の意味を理解したのね。 やくも 恨めしい……。 自分の知識の深さが恨めしいだにぃ……。 千狐 大げさなことを……相手は城娘なの。 根拠も無いのに怖がるなんて、リープ城さんに失礼でしょう？ やくも 根拠なんてさっきのでじゅーぶん！ 喜々として鞭をぶんぶん振るっとったがや！ 千狐は見てなかったんだに！？ 千狐 …………。 千狐 へ、返答は差し控えさせていただきます、なの……。 立花山城 危険かどうかはさておき……御城として、 それなりの過去を背負っていることは間違いなさそうね。 殿 …………。 柳川城 ですが私は、千狐さんの意見に賛成します。 勝手な想像をあれこれ膨らませるのは、リープ城さんが可哀そうです……。 やくも ちょっと早い肝試しにならんことを祈っとるがや。 ……なぁ、鮫ヶ尾城もそう思うだに？ やくも …………。 やくも ……あれ、鮫ヶ尾城？　どこいったがや？ ――時を同じくして。 鮫ヶ尾城 みーんなぁ～……どーこ行っちゃったっすかぁ～。 鮫ヶ尾城 ……はぁ。 考え事に耽っていたら、はぐれてしまったっす。 鮫ヶ尾城 こんなの、自分らしくないっす……。 明るさが一番の取り柄だっていうのに、 くよくよしてばっかり……。 鮫ヶ尾城 こんな姿を春日山城サマに見られたら、笑われちゃうっす。 チビサマもそう思わないっすか……？ 鮫ヶ尾城 ……なんて。こういう時だけ、 チビサマに頼るのはズルいっすよね……。 ごめんなさいっす。 鮫ヶ尾城 ……分かってるっす。 やっぱり今の自分は、先延ばしをしてるだけ。 春日山城サマにも、いつかは向き合わなきゃ―― ？？？ ――イエ、デスカラ僕ハ城娘ニツイテハ、詳シクナクテ……。 ？？？ なに、貴様は兜であろう？ 襲うべき相手の居所を、なぜ把握しておらぬ？ ？？？ ド、ドウシテ僕バッカリコンナ目ニ……。 鮫ヶ尾城 ――ん、今の声は……？ ―――― 許昌城 ……ちっ。運が無いな。 ようやく案内役を捕まえたかと思ったのだが。 許昌城 かくなる上は、此奴を囮に他の兜をおびき寄せるか……。 桃形兜 ……ヒィッ！？ 鮫ヶ尾城 あのぉ……。 そこに居るのは……城娘っすか？ 許昌城 ……む？ そう問いかけるということは、 貴様……城娘だな？ 鮫ヶ尾城 はい、そうっす！　……ってことは貴方は、 リープ城さんから招待を受けた方っすね？ 許昌城 然り！　これはちょうど良かった！ さぁ、リープ城の御城へ余を連れていくがいい―― 許昌城 ――いや。ではなく、 連れていってくださいませんか？ ……の方が適切か、この場合……。 許昌城 なにせ今の余は、花嫁だからな。 振る舞いや口調から、より淑やかに正していかねば……！ 桃形兜 シ、城娘ガ増エチャッタ。 コレ以上ハマズイ……。 二人ガ喋ッテルウチニ逃ゲナキャ……！ 鮫ヶ尾城 ――ああっ、兜が逃げ出したっすよ！！ 許昌城 む……しまったな。 許昌城 一通り聞き出した後に、 トドメを刺そうかと考えていたが……。 案内役を得た今、生かしておく必要はないな？ 鮫ヶ尾城 その通りっす！　後を追いましょう！
合戦中
リープ城 逃げ惑う兜……それから女の子の声が二つ。 鮫ヶ尾城と、新たな招待客のものね。 立花山城 結果的に……鮫ヶ尾城とはぐれたことで、 兜があぶり出される形になったわけね。 やくも ……ちょっぴり兜に同情しちゃうだに。 柳川城 辺りから兜の気配は消え失せました……。 やりましたね、殿！ 鮫ヶ尾城 とーのぉ～！　ご無事っすか～！ リープ城 ……鮫ヶ尾城の声が、 すぐ傍まで近づいてきているわ。 どうやら、お互い無事なままで合流を果たせそうね。
後半
リープ城 見つかって良かったわ……鮫ヶ尾城。 これで心置きなく、パーティーが開ける……。 鮫ヶ尾城 いえ、面目ないっす。 ご心配をお掛けしてしまって―― 許昌城 ――おお！　貴様が殿か！ 故郷の城娘たちから、話は聞いているぞ！ 殿 …………！ 許昌城 ふむ……感じる、感じるぞ！ 溢れんばかりの才智！　優れた能力！ 許昌城 余は確信したぞ！　貴様との出会いが、 この許昌城にとってより良い未来につながると！ 貴様も好きなように余を利用すると良い！ 立花山城 ふぅん……なかなか見る目があるじゃない。 私たちもうかうかしていられないわね、柳川城？ 柳川城 え、ぁ……それは、えと……！ 殿 …………。

紅きチャペルは幸福を唄う -急-

兜を無事に退け、パーティー会場へと向かう一行。
その途中、許昌城が兜の気配を察知する。殿たちは
兜の掃討を果たすべく、進路を変え歩みを進める。

前半
リープ城 皆、ご迷惑を掛けてしまってごめんなさいね。 パーティー会場まではあと少しだから、もうちょっと堪えてちょうだい。 許昌城 むぅ……。 華美な花嫁衣装も悪くはないが、 少々歩きにくいのが難点だな……。 許昌城 花嫁が幸せを掴むためには、 このような障害も乗り越えねばならんとは―― 許昌城 ――む、待て。皆、足を止めよ。 柳川城 ど……どうしました、許昌城さん？ 許昌城 どうやらまだ……兜の生き残りがいるようだ。 殿 …………！ 許昌城 うむ……実は先程の戦にて、兜を一体逃してやったのだ。 歩みを進めながら、気配を探っていたのだが……。 別の部隊と合流を果たしたようだな。 柳川城 兜を一体、逃した……故意にですか！？ 許昌城 奴らのことだ、 尻尾を見せるだろうと思ったが……ふふ、上手くいったな。 ……どうだ、驚いたか？ 柳川城 お、驚いた……のは間違いありませんが、 もっと早くに言っていただかないと！ 逃した兜が何をするか分かりませんし……！ 許昌城 そうだな……その通りだ。 『大事の前の小事』とは言うが、 小事で済むうちに事を収められなければ、唯の阿呆。 許昌城 よし……急いで向かうぞ、柳川城♪ 柳川城 ――あっ、待ってください！　許昌城さん……！ 立花山城 別に咎める必要はないわよ、柳川城。 ああいう手合いは、好きに動いてもらった方が上手くいくものなの。 柳川城 そ、そうなのですか？ ですが付近には、リープ城さんの御城もありますし……。 リープ城 まぁ……いいんじゃない？ この御城に平穏が訪れるなら、私は構わないわ。 リープ城 ……もちろん、御城にもしものことがあったら、 ちゃんと落とし前は付けてもらうけどね♪ やくも ど、どうして嬉しそうに言うんだに……？ 千狐 事が穏便に済むことを祈りましょう……。 殿 …………。 ――進路を変えて歩き続けること、しばらく。 許昌城 ……ふむ。 ほぉー……なるほどな……。 鮫ヶ尾城 …………。 鮫ヶ尾城 あのぉ……すんごい視線を感じるんすけど、何か……？ 許昌城 ……ああ。 日の本の花嫁衣装を見るのが初めてだったのでな。 まったく、見事なものだ……。 鮫ヶ尾城 お褒めに預かり光栄っす。 許昌城さんの衣装も素敵っすよ♪ 鮫ヶ尾城 ちなみに許昌城さんは、 どういった経緯で今回の宴に参加することを決めたっすか？ 許昌城 ……戯れ事の一貫だ。色恋などとは無縁な上、 淑やかさに欠ける質だったのでな……。 花嫁の振る舞いから、何かを学べればと考えたのだ。 許昌城 興味の内側ばかり見ていては、 思わぬ成長など望めぬだろうしな。 鮫ヶ尾城 思わぬ成長、っすか……はぁ。 許昌城 …………。 許昌城 ふ……。 悩み事を抱えているようだな……恋か？ 鮫ヶ尾城 こ、ここっ、恋っ！？ 鮫ヶ尾城 自分の春日山城サマへの思いは、ええと――忠義！ そう……忠義以外の何ものでもないっす！ こうして人形を作って、いつも持ち歩いているのも――！ 許昌城 ――待て！　……口を閉じろ！ 殿 …………！ 千狐 許昌城さん……何か、気になることでも……？ 許昌城 ふ……ふふ……ふふふふ……！ 許昌城 どうやら、余の策は見事にはまったようだぞ。 ――皆の者、余の後に続け！ 鮫ヶ尾城 許昌城さん、単独行動は危ないっすよ！ 許昌城さーんっ！
合戦中
鮫ヶ尾城 き、許昌城さん……。 淑やかな振る舞いを学ぶ、っていう話は、 どこにいっちゃったっすか？ 許昌城 今はリープ城に迫る危機を払うべき時！ そもそも……これだけ広い世の中だ、 勇ましい花嫁が一人くらい居たところで、文句はあるまい♪ 許昌城 どのような肩書を背負おうとも、 余は潁川の尤物、許昌城！　そこに変わりは無い！ 許昌城 ……さぁ殿よ、合戦だ！ 余に遅れぬよう、ついて来い！ リープ城 ……良かった。 これで無事にパーティーを開くことができそうね。 リープ城 兜を一網打尽にできたのは、あなたのお陰よ。 感謝するわ……許昌城。 許昌城 なに、主催に対する当然の礼儀だ。
後半
鮫ヶ尾城 勇ましい花嫁……っすか。はは、 正にその名に相応しい奮戦ぶりだったっすね……。 許昌城 成長を求めることと、 今の自分を否定することは別の話。 許昌城 改めて理解したが……余は、淑やかなのは性に合わんらしい。 元より、出来合いの型に喜んではまるような質ではないしな。 許昌城 愛した男に食わしてもらうのも悪くはないが、 愛した男を食わしてやるのも嫌いではない、ということだ♪ 柳川城 愛した、男を……食わしてやるのも……と。 なるほど、なるほど……！ 立花山城 な、何を懸命に書き留めているの……柳川城？ 殿 …………。 鮫ヶ尾城 ……凄いっす。 許昌城さんは、自分の力を心から信じてるんすね。 許昌城 ……貴様は違うのか、鮫ヶ尾城？ 鮫ヶ尾城 そうっすね……自分は……。 鮫ヶ尾城 自分は、守るべきものも守れずに……燃え落ちてしまったっす。 大事な時に……大事な大事な人を、失っちゃったっす。 鮫ヶ尾城 もちろん、今の自分にもできることはあるって……信じてるっす。 でも……自分の主城に――春日山城サマに、 そう思ってもらえるかは……分からないっす。 殿 …………。 やくも 鮫ヶ尾城……。 鮫ヶ尾城 聞けばこの時期、 春日山城サマも花嫁衣装に身を包んで、 宴を催しているとかで……自分もご招待いただいたっす。 鮫ヶ尾城 けど……同じ頃にリープ城さんからも、 ご招待をいただいて、すかさず……。 リープ城 こちらに向かった、と……。 鮫ヶ尾城 そうっす……。 許昌城 主と相対し、答えを知ることを……恐れているのだな？ 鮫ヶ尾城 …………。 許昌城 ……よし、決めたぞ。余は日の本へ行く。 千狐 ……え？ 許昌城 鮫ヶ尾城と共に、春日山城とやらの門を叩こう。 二人の再会を見届けるのだ！ 鮫ヶ尾城 え……えぇぇっ！　本気で言ってるんすか！？ 鮫ヶ尾城 ――というか自分、 春日山城サマの宴に参加するとは、まだ……！ 許昌城 先延ばしを続けた先に……何がある？ 余の経験では少なくとも、 機を逸した者が最後に微笑んだところは、見たことがない。 立花山城 同感ね……それに、鮫ヶ尾城？ 貴方の本心はもう、分かりきってるじゃない。 立花山城 春日山城とのわだかまりを、 解消したい……そう思っているのでしょう？ 鮫ヶ尾城 ……ぐぅの音も出ないっす。 鮫ヶ尾城 …………。（ちらっ） 殿 …………？ 鮫ヶ尾城 あのぉ……良かったら、 殿たちも一緒に付いてきてくれないっすか？ 柳川城 私たちも……ですか？ 鮫ヶ尾城 皆が居てくれると、心強いなーって……。 情けないっすけど……自分の正直な気持ちっす。 殿 …………。 殿 …………！ 千狐 ……そうですね、同行いたしましょう。 千狐の転移術を用いれば、 春日山城さんの御城にもすぐ辿りつけます！ やくも だにぃ！　そこに宴があるのなら、 うちは迷わず付いてくがや！　よー分からんけど！ 立花山城 相変わらずね、やくもは……。 リープ城 …………。 リープ城 ねぇ、鮫ヶ尾城……。 その宴、私もついていっていいかしら？ 鮫ヶ尾城 り、リープ城さんもっすか？ リープ城 ええ……鮫ヶ尾城の思いには、 ちょっと共感できるところがあってね……。 あなたの行末を、見届けておきたいの。 鮫ヶ尾城 はい……もちろんっす！ リープ城さんも来てくれると、とっても心強いっす♪ リープ城 ああ、でも忘れないで？ ここは私の御城……そして、私が主催したパーティーよ？ リープ城 悩みもあるでしょうけど、それもこれも、 私のパーティーを楽しんだ後の話……分かったわね？ 鮫ヶ尾城 はい……そうっすね！　リープ城さんの御城で、 ぱーてぃーを思いっきり楽しむことにするっす！

紅きチャペルは幸福を唄う -絶壱-

殿たちが訪れる日から遡ること、数週間。
リープ城の許に二人の城娘が訪れ、ささやかな
茶会が開かれていたが、そこに波乱が起きて――

前半
それは……リープ城に殿一行が訪れる日から、 数週間前のこと―― リープ城 ――二人とも、紅茶が入ったわよ。 さぁ、召し上がって？ アイリーン・ドナン城 わぁい♪　いっただきまぁす♪ フリント城 ……ごめんね、リープ城。 いきなり押しかけちゃって……。 リープ城 いいのよ。来客なんて滅多に無いもの。 ちょうどアイリーン・ドナン城も来ていたところだし、 お茶を淹れる機会が生まれたと思えば。 フリント城 ありがと……。 それじゃ、しばらくゆっくりしてくわ。 フリント城 こくこく、こく……ぷはぁ。 あー、疲れた心に紅茶が染みるぅ……。 フリント城 ねぇ、リープ城……相談に乗ってもらってもいい？ リープ城 別にいいわよ……あまりお勧めはしないけど。 フリント城 アタシが真のお姉ちゃんとして、 みんなから認めてもらうためには……何をしたら良いと思う？ リープ城 お姉ちゃん？　……あなたがねぇ。 リープ城 …………うーん。 リープ城 ……夢を忘れて、現実を見たら？ フリント城 辛辣ね！？ リープ城 あ……ごめんなさい。 でも、あなたがお姉ちゃんだなんて、 夢物語と言うにはあまりに、その……ごめんなさい。 フリント城 やめて……謝らないで。 謝られると、余計に傷つく……。 リープ城 だからお勧めしない、って言ったのよ。 私を相談相手に選ぶなんて相当疲れてるのね、あなた……。 アイリーン・ドナン城 どうしてフリント城ちゃんは、 そんなにお姉ちゃんになりたいの？ フリント城 どうしてって……理由なんて要るかしら？ アタシの心が叫んでるのよ！　『真のお姉ちゃんだぞー』って！ アイリーン・ドナン城 へぇー……叫んでるんだ！ 今度、わたしにも聞かせてね！ リープ城 要約すると……お姉さんと上手くいってないのね？ リープ城 些細なことがきっかけで小競り合い。 引っ込みがつかなくなって家出してしまった、というところかしら。 フリント城 ぅぐ……良いじゃない、細かいことは。 察しは良いのに空気が読めないんだから、アナタは……！ アイリーン・ドナン城 おお～、凄いリープ城ちゃん。名推理！ リープ城 まぁ……誰にでも逃げ出したい時はあるものね。 あなたの気が済むまで、ここでゆっくりしていきなさい。 フリント城 ……ほんとっ！　良いのっ！？ リープ城 ええ……隣国のよしみということで、観念するわ。 私のチャペルで良かったら、寝泊まりに使っていいから。 フリント城 言い草が気になるけど……まぁ良いわ。 それじゃお言葉に甘えて、 アナタの御城のチャペルでしばらく―― フリント城 ――って、ちょっと待ちなさい。 リープ城のチャペルって、血塗られたチャペルのことよねっ！？ リープ城 あら、詳しいのね……光栄だわ。 フリント城 この辺りでそれを知らない城娘は、一人も居ないわよっ！ フリント城 ……というか！ そんなとこで寝泊まりしたら、一晩だってもたないわ！ 別のところにしてよ、お願いだから！ リープ城 残念だわ……フリント城の叫び声が聞けると思ったのに。 アイリーン・ドナン城 ねー……わたしも聞きたかったなぁ……。 リープ城 それじゃ……ここは譲歩して、御城の地下室をお貸ししましょう。 フリント城 はぁ、地下室ね……どうもありがとう。 喜んで使わせてもらうわ―― フリント城 ――いや！ アナタの地下室って、それ牢屋じゃない！？ 待遇が悪化してるわ！！ リープ城 またしても残念……もうバレてしまうなんて。 アイリーン・ドナン城 ふふっ、今度はフリント城ちゃんが名推理だね♪ フリント城 さっきからアタシで遊んでるでしょ、アナタ！ リープ城 ……ふふっ、ごめんなさい。 一人ぼっちが長いから、性格が歪んでしまったのかも。 アイリーン・ドナン城 フリント城ちゃんは賑やかだねぇ♪ 一緒に居ると退屈しないよ！ リープ城 そうね……。 リズラン城の日頃の苦労が偲ばれるわ。 リズラン城 ……そうなんです。 落ち着きを学んでほしいと、常々言っているのですが……。 フリント城 むー……好き勝手言ってくれるじゃないアナタたち。 こう見えてもね、アタシにはアタシなりに深ーい悩みが―― フリント城 ――って、のわぁっ！？　リズラン城っ！？ リープ城 あら、いらっしゃいリズラン城。 アイリーン・ドナン城 リズラン城ちゃん、お久しぶりー♪ リズラン城 はい、お久しぶりです♪ ……ごめんなさいね、お二人とも。 わたくしの妹がご迷惑を掛けてしまって。 リープ城 安心して、まだ迷惑は被っていないわ。 事件が始まりそうな予感はしていたけど。 リズラン城 ……そうですか。 すんでの所で間に合ったようですね……。 フリント城 ……な、何の用よ！　こんな所まで追いかけてきて！ リズラン城 決まっているでしょう。 先日、あなたの御城で開かれたパーティーについてです。 まさかあなた、このまま後始末からも逃げ去るつもりですか？ リープ城 パーティーの後始末……？ リズラン城 先日、この子が主催を務めるパーティーが開かれまして。 ただ、その内容があまりに豪勢だったのです……。 リズラン城 嫌な予感はしていたのですが……案の定。 途轍も無い予算が、そのパーティーに投じられていました。 端的に申し上げると、大赤字です。 リープ城 ふーん……なるほど。 リープ城 ……小競り合いなんかじゃなかった、ということね。 アイリーン・ドナン城 うん。逃亡犯だったね……。 フリント城 し、借金なんて人聞きの悪い……！ パーティーを豪勢にやりすぎて、 ちょっと支払いが滞っただけよっ！？ リープ城 あのね……世間ではそれを借金って言うのよ、フリント城。 アイリーン・ドナン城 紛うことなき借金だよ、フリント城ちゃん……。 リズラン城 フリント城ちゃん……。 フリント城 やめて……！ 蔑んだ視線でアタシを見ないで！ フリント城 うう、どうしてこんなことにぃ……。 ここはアタシの最後の楽園だったはずなのに……！ フリント城 こうなったら……えぇいっ！！ アイリーン・ドナン城 ――ああ、逃げちゃったよ！？ リズラン城 ここまで抵抗されてはもう、 お尻ペンペンで許すわけにはいきませんね……！ リズラン城 仕方ありません……今回は、 わたくしも本気を出しましょう！
合戦中
リズラン城 早めに謝った方が身のためですよ、フリント城ちゃん！ 諦めて出頭してください！ フリント城 ふ、ふふーんだ！ どの道怒られるのは決まってるんだもん！ だったらアタシは、可能性のある方に賭けるわ！ フリント城 きゅうぅ……。 リズラン城 ようやく観念しましたか……。 まったく『真のお姉ちゃん』を名乗るなら、 もっとしっかりしてほしいものです。
後半
フリント城 ちち、違うのっ！ エドワード１世も借金しながら、 いっぱい御城を建ててたでしょ？　だから――！ リズラン城 かつての城主を盾にしようとは、なんて邪な……。 御城に帰ったら、たっぷり絞ってあげますからね！ リズラン城 慌ただしくてすみません……お二人とも。 次の機会にはゆっくりお茶でもしましょうね♪　それでは～。 フリント城 助けてぇぇぇぇ……。 リープ城、アイリーン・ドナ～～ン……！ フリント城 たぁすけてぇぇぇぇ―― アイリーン・ドナン城 …………。 リープ城 …………。 リープ城 急に静かになったわね。 アイリーン・ドナン城 うん……そうだね……。 リープ城 アイアンリングの城娘たちは、 毎日あんな衝突を繰り返してるのかしら。 忙しい日々なんでしょうね……。 アイリーン・ドナン城 …………。 アイリーン・ドナン城 ……ね、リープ城ちゃん。ちょっと頭を下げて？ リープ城 ……ん、どうしたの？　これで良いかしら……？ アイリーン・ドナン城 そうそう、そんな感じ！ そのままじっとしててね……それじゃ、いくよ―― アイリーン・ドナン城 よしよし、よしよーし♪ リープ城ちゃんは一人じゃないよ～。（なでなで） リープ城 ……っ、急に何をするの……！ アイリーン・ドナン城 なんだかね……。 リープ城ちゃんがちょっと、寂しそうに見えたんだ。 だから、わたしがここに居るよーってなでなでしたの♪ リープ城 ……別に、寂しいだなんて言ってないけど。 アイリーン・ドナン城 んー……それじゃ、 わたしの勘違いだったのかな……？ リープ城 …………。 リープ城 もっと鈍い子かと思ってたわ……あなた。 アイリーン・ドナン城 ふふんっ、まーね！ なにせわたし、一流のスパイだから♪ アイリーン・ドナン城 ……ね、リープ城ちゃん！ わたし、良いこと思いついたよ！ アイリーン・ドナン城 今度、ここで盛大なパーティーを開いてみたらどうかな？ そしたら、リープ城ちゃんの寂しさなんかどっかにすっ飛んじゃうよ♪ リープ城 パーティー……この御城で？ リープ城 ……悪い冗談ね。 ここはリープ城、暗い逸話が自慢の御城よ。 アイリーン・ドナン城 暗い御城にだって、明るい日があっても良いんじゃない？ わたしは良いと思うんだけどなぁ……。 リープ城 それは……。 アイリーン・ドナン城 前にね、異国のチャンドラ・マハルちゃんって城娘に、 花嫁衣装を仕立ててもらったことがあったの！ アイリーン・ドナン城 その後、そこで盛大なパーティーが開かれてね、 わたしにとっては素敵な思い出……今も忘れられないくらい！ リープ城 …………。 リープ城 ……仮にパーティーを開くとしたって、伝手が無いわ。 私に呼べる城娘なんて、片手で数えるほども―― アイリーン・ドナン城 ――それならご安心！ こう見えてわたし、結構顔が広いんだよ♪ 未確認生物の調査で、あちこち巡ってるから！ アイリーン・ドナン城 日の本に、中国にぃ……あっ、 もちろん城娘だけじゃなくて、王様にも声を掛けて……♪ リープ城 ちょっと、勝手に進めないで―― リープ城 ――……いえ。良い機会かもしれないわね。 リープ城 ……私のチャペルが誰かを祝福する日なんて、決して来ない。 ずっとそう思ってた……。 リープ城 そんな私に訪れたこの機会は、きっと―― アイリーン・ドナン城 リープ城ちゃん、何をぼーっとしてるのー！ 早く計画を練らなきゃ～！ リープ城 ……ふふ、そうね。 この機会を逃さないようにしなきゃ。

紅きチャペルは幸福を唄う -離-

リープ城の許を発ち、春日山城が主催する宴の
会場へと転移を果たした殿たち。鮫ヶ尾城との仲を
とりもつべく意気込んでいた一行だが、しかし――

前半
――越後国、某所。 春日山城 ……ふぅ。 春日山城 随分と時間が掛かってしまいましたが、 ようやく準備が整いました。 後は招待客の到着を待つのみです。 春日山城 ……結局、手紙の返事はありませんでしたね。 春日山城 鮫ヶ尾城……。 やくも おぉーい！　かすがやまじょーー！ 春日山城 ――おや？ 千狐 春日山城さーん！　お久しぶりなのー♪ 殿 …………！ 春日山城 ……なんと。 これは思わぬ客が訪れましたね……。 ―――― 柳川城 申し訳ありません、春日山城さん。 これほどの大所帯で押しかけてしまって……。 春日山城 いいえ。 賑やかに楽しむことこそが宴の礼儀。 客が増えることはこちらも歓迎です。 春日山城 加えて、殿とお会いするのは久方ぶりのこと……。 ですから柳川城さんも気にせず、 好きなだけゆっくりしていってください。 許昌城 しかし、見事なものだ。 花嫁衣装に身を包み、婚礼を模した宴を……か。 リープ城 ふふっ……日の本にも、 私と似たようなことを考える子が居たとはね。 春日山城 はい。私自身……こういったものには、 以前から憧れを抱いておりまして……。 殿 …………。 春日山城 あ、いえ……！　憧れというのは……違いますよ？ 花嫁衣装に抱いたものであって、 恋に憧れているわけではありませんからね！ 春日山城 なにせ、この春日山城にとって恋愛はご法度……。 謙信公に倣い、色恋を禁じた身ですので！ 立花山城 恋愛禁止ですって。難儀な誓約ね……柳川城。 柳川城 ……のーこめんとです。 春日山城 それにしても……驚きましたよ。 春日山城 私が声を掛けたのは、上杉に連なる城娘のみだったはず。 どこで宴の開催を耳にしたのですか？ リープ城 鮫ヶ尾城が教えてくれたのよ。 主城から宴の招待を受けている……ってね。 殿 …………！ 春日山城 ああ……納得しました。 鮫ヶ尾城の紹介だったのですね。 春日山城 それで、その鮫ヶ尾城は……いったいどこに？ 殿 …………。 殿 …………！？ やくも あれ……あれっ！？ 鮫ヶ尾城がおらんがや！ 千狐 これは、いったい……！ 転移をする直前には姿を確認しています……。 置き去りにはなっていないはずなの！ 柳川城 そんな……またはぐれてしまったなんて……！ 立花山城 ……はぐれた、という表現は正しくないわね。 リープ城 ええ……此地に転移を果たしてから、 私たちに気づかれないよう、姿を消した……ということでしょうね。 許昌城 こうなるかもしれぬ、とは思っていたが……。 奴の中にも葛藤があったのだろうな。 春日山城 （鮫ヶ尾城……） 春日山城 この周辺は私が目を光らせているので、 安全が保たれているはず……。 ですが、一人での行動はやはり不安です。 リープ城 そうね……少しでも早く見つけてあげなきゃ。 許昌城 すぐに出立しよう。 転移してから別れたのなら、遠くには行っていないはずだ。 春日山城 恐縮ですが……力を貸していただけますか、殿？ 殿 …………！
合戦中
春日山城 ……皆さん、お気をつけて。 周辺から兜の気配を感じます。 春日山城 どうやら、私が宴の用意にかまけている間に、 人知れず兜が勢力を広げていた様子……。 春日山城 彼奴らを片付けねば、鮫ヶ尾城の捜索もままならない……。 どうか、聡明なご下知を願います……殿！ 千狐 兜はすべて討ち果たしましたが、 鮫ヶ尾城さんは依然見つからないまま……なの。 リープ城 彼女の身が心配だわ……捜索を再開しましょう。 春日山城 無事でいてくださいね、鮫ヶ尾城……！
後半
千狐 コン……。 鮫ヶ尾城さん、見つからないの……。 春日山城 鮫ヶ尾城……鮫ヶ尾城……。 柳川城 …………。 柳川城 ……春日山城さん。 鮫ヶ尾城さんとは、日頃どのようなお話を？ 春日山城 ……話、ですか。 春日山城 顔を合わせることは、頻繁にあります……。 ですがあの子はいつも、 挨拶を終えるとすぐに姿を消してしまうのです。 春日山城 最後にまともな会話をしたのは、いつのことか……。 春日山城 ……鮫ヶ尾城は、私について何か言っていましたか？ 許昌城 ……守るべきものを守れず、燃え落ちた。 大事な時に、大事な大事な人を失った……と。 立花山城 それって……御館の乱での出来事よね？ 春日山城 ……その通りです。 春日山城 謙信公の急逝により始まった、跡目争い……御館の乱。 春日山城 景虎と景勝、どちらが勝ってもおかしくはありませんでした。 それほどまでに両者の力は拮抗していた……。 春日山城 その争いの勝敗が決した地……それこそが鮫ヶ尾城なのです。 春日山城 窮地に陥った景虎にとって鮫ヶ尾城は、最後に残った命綱。 決め手となったのは……家臣の裏切りでした。 春日山城 家臣により火を放たれ、炎上する鮫ヶ尾城。 彼女は、自刃する主を見届けることしかできず、 その遺体を抱いて燃え落ちていった……。 殿 …………。 柳川城 ……悲しい話です。 自分の身に起きたらと思うと、想像するだけで……。 立花山城 ……でも、鮫ヶ尾城には何の非も無いわ。 許昌城 そうだ……そもそも、誰かを責める話でもなかろう。 裏切りだって立派な策の一つなのだぞ？ リープ城 そうね……けれど、 だからといって、迷わず受け入れられるものでもない。 理屈だけで割り切れたら、良かったのだけどね……。 春日山城 …………。 春日山城 ……急ぎましょう。 少しでも早く、鮫ヶ尾城を見つけなければ。

紅きチャペルは幸福を唄う -結-

主城と向き合うことができず逃走した鮫ヶ尾城は
その先で兜の軍勢に取り囲まれてしまう。不可避と
思しき敗北を前に鮫ヶ尾城が下した決断とは……。

前半
鮫ヶ尾城 ぐ、ぅ……はぁ、はぁ……。 兜軍団 城娘……討伐セヨ……。 城娘……討伐セヨ……。 城娘……討伐セヨ……。 突撃式トッパイ形兜 イイ加減、観念シタラドウダ……城娘ヨ？ 突撃式トッパイ形兜 流石ノ鮫ヶ尾城ト言エド、此方ハ圧倒的ナ多勢……。 天地ガヒックリ返ロウトモ敗北ナド有リ得ナイ。 鮫ヶ尾城 ……しくじったっす。 これだけの軍勢が、息を潜めていたなんて……。 鮫ヶ尾城 衝動的に逃げ出した末が、この様……。 自業自得、ここに極まれりっすね。 突撃式トッパイ形兜 貴様ヲ捕ラエテ人質ニスレバ、 春日山城モ容易ク落トセルニ違イナイ。 突撃式トッパイ形兜 ソシテ……此地デノ勝利ヲ、 我々兜ニヨル反逆ノ足ガカリトスルノダ！ 兜軍団 ――ザザッ！ 兜軍団 ――ザザザッ！！ 鮫ヶ尾城 ……この状況。 勝利はおろか撤退だって望めない……。 鮫ヶ尾城 ……確かに、自分はどうやらここまでみたいっす。 鮫ヶ尾城 だけど……生憎っすね。 あんたらの思い通りにはならないっすよ。 鮫ヶ尾城 人質なんて無様を晒すくらいなら、 潔く腹を切ってやるっす！ 鮫ヶ尾城 ――の前に！ 最期の晴れ舞台ってことで、 鮮やかに一花咲かせるっすよっ！！ 春日山城 ――はっ。 春日山城 ……鮫ヶ尾城？ リープ城 どうかした……春日山城？ 春日山城 ……鮫ヶ尾城です。 鮫ヶ尾城が……戦っている。 柳川城 ……鮫ヶ尾城さんが？ 戦っている、とは……まさか兜と？ 春日山城 行かなければ……急がなければ！ このままでは私は、大切な仲間を失ってしまう……！ 春日山城 ――――っ！！ 柳川城 春日山城さん、どこへ行くのですっ！？ 殿 …………！ やくも も、もしかして、 鮫ヶ尾城の気配に気付いたんだに！？ 許昌城 いずれにせよ、これ以上散らばるのは危険だ！ 彼女の後を追うぞ、殿よ！
合戦中
春日山城 分かります……こちらです！ 鮫ヶ尾城は、この先に居ます！ リープ城 春日山城、落ち着いて！ 前方から兜の軍勢が近づいているわ！ 春日山城 足を止めている余裕はありません！ 邪魔者はすべて、私が斬り伏せます！ 皆さんも後に続いて、さぁ！ 春日山城 鮫ヶ尾城……無事ですか、鮫ヶ尾城！！ 鮫ヶ尾城 声が、聞こえる……っす……。 春日山、城……サマ……？
後半
突撃式トッパイ形兜 グ……囲マレテシマッタ……！ アト少シデ鮫ヶ尾城ヲ落トセタトイウノニ……！ 春日山城 貴様ら……覚悟はできているな？ 春日山城 我が支城を傷つけたこの狼藉……許しはしないぞ。 突撃式トッパイ形兜 ヒ、ヒイィ……ッ！！ 突撃式トッパイ形兜 ……テ、撤退ダァッ！ 撤退、撤退ィィーーーー！！ 兜軍団 撤退ッ！　撤退ッ！　撤退ッ！ 殿 …………。 千狐 兜の撤退を確認しました……。 辺りからはもう、兜の気は感じられません……！ やくも ふひぃ……これにて一件落着だにぃ……。 春日山城 鮫ヶ尾城！　私が分かりますか……鮫ヶ尾城！！ 鮫ヶ尾城 ぅ……ぁ……。 その声は……春日山城サマ、っすか……？ 鮫ヶ尾城 ごめんなさいっす……。 自分、また怖気づいて……春日山城サマから、 逃げ出してしまって……。 鮫ヶ尾城 おまけにその後、兜に囲まれて―― 春日山城 何を謝ることがありますか！ あれだけの兜を相手に、私たちの到着まで持ちこたえたのです！ 貴方の奮戦のたまものでしょう！ 鮫ヶ尾城 ……戦いの中でちょっとだけ、思ったっす。 もう、これで終わってもいいんじゃないかな……なんて。 鮫ヶ尾城 けど、すぐに思い直したっす。 自分はまだ……死ぬわけにはいかない、って。 鮫ヶ尾城 今更すぎっすよね……。 死が迫ってきてようやく気づいたっす。 春日山城サマともっと、お喋りしたいなぁ……なんて。 春日山城 ええ……ええ！　話しましょう！ これまでの分をすべて取り返すほどに！ 春日山城 その前にまず貴方は、自分の身のことを考えなさい！ すぐに御城へ連れ帰り、手当をしますから！ 春日山城 ……良いですか、もう逃しはしませんからね？ 私が許しを出すまで、目の届くところに居てもらいます！ 分かりましたか！？ 鮫ヶ尾城 へへ……了解っす。こんな状態じゃ、 逃げ出したくても逃げられないっすけど……。 立花山城 ……ふぅ。 こちらの方も一件落着……ということかしら？ 柳川城 はい……そのようです。 許昌城 余たちが背中を押してやるべきかと思ったが、 その必要は無いようだな。 柳川城 春日山城さんの御城にて手当を受ける中で、 二人は多くの言葉を交わすでしょう。 リープ城 ええ、心も近づき……それに従って仲も進展するはず。 リープ城 ハッピーエンドと呼ぶには、 ちょっと控えめだけど……悪くない幕引きじゃないかしら。 リープ城 ……私も彼女たちを見習わないとね。 殿 …………。 春日山城と鮫ヶ尾城……固い絆で結ばれた、二人の花嫁。 しばらくの間……一行は微笑みを湛え、 抱き合う二人が言葉を交わす様を、見守り続けるのだった――

紅きチャペルは幸福を唄う -絶弐-

宴を終えた春日山城の御城にて、静養に努める
鮫ヶ尾城。主城との和やかな時に胸を膨らませるが
現実は、彼女の期待とかけ離れたものだった……。

前半
春日山城での宴から……数日。 殿一行や城娘が各々の故郷へと帰還していった後、 春日山城の御城では、怪我の治療のため、 鮫ヶ尾城が静養の日々を送っていた。 夢に描いた、主城との水入らずの日々。 鮫ヶ尾城にとっては正に至福と言える時間……。 になるはずだったのだが―― 坂戸城 …………。 鮫ヶ尾城 むー……。 坂戸城 おい、口を開けないか……。 これでは粥を食べさせられんだろう。 鮫ヶ尾城 むうぅぅ……。 坂戸城 まさか……粥が気に食わなかったか？ 安心しろ、この粥は我が故郷、魚沼名産の米……味は保証するぞ。 与板城 ほら、口を開けてください鮫ヶ尾城ちゃん。 『あーん』ですよ……ほら、あーんって……。 鮫ヶ尾城 ぅぐ……うぐぐぐぐぐ……。 坂戸城 私の『あーん』など、 二度と味わえるものではないぞ。 口を開け鮫ヶ尾城……ほら、あーん―― 鮫ヶ尾城 ――なんっすかこれは！　新手の拷問っすか！？ 鮫ヶ尾城 朝起きたら、眼の前には坂戸城！ その上、気味が悪いくらいに優しくしてくるっす！ 鮫ヶ尾城 昨日まで自分は、 春日山城サマから手厚い看護を受けてたのに！ なのに……目を覚ましたら、急転直下の地獄絵図っす！ 鮫ヶ尾城 春日山城サマはどこにいらっしゃるっすか！？ 助けてくださいっす、春日山城サマぁ～～～！！ 坂戸城 ……落ち着け、鮫ヶ尾城。 春日山城様は諸用で出かけていらっしゃる。 私が代わりに、看病の役目を仰せつかったのだ。 鮫ヶ尾城 む、なるほど……そういうことだったっすか。 坂戸城 …………。 坂戸城 ……それにしても、鮫ヶ尾城。 其方、随分と元気が有り余っているようだな？ 鮫ヶ尾城 え……？　ま、まぁ……。 春日山城サマにも、かなりお世話になりましたから。 お陰様で……。 坂戸城 うむ……大分、良くなったようだ。 先程の剣幕といい、とても怪我人とは思えないほど。 鮫ヶ尾城 …………。 鮫ヶ尾城 な……何が言いたいっす？ 坂戸城 悪いが……其方が眠っている間に、 怪我の具合を確認させてもらった。 鮫ヶ尾城 ――っ！？ 坂戸城 見れば其方の身体には、傷一つ無い……。 とうに怪我は完治している様子だな？ 鮫ヶ尾城 あ、あんた……！ 寝ている女子の身体をまさぐったっすか！？ 坂戸城 む、伝わっていなかったか？ そう説明したつもりだが。 鮫ヶ尾城 と、とんでもない奴っす……！ 坂戸城はむっつり助平だったっす！ 坂戸城 安心しろ……他意は無い。 与板城も同席していたし、潔白は明らかだ。 鮫ヶ尾城 単独犯が共犯に変わっただけっす！ むしろ恐怖が高まったっすー！ 与板城 さ、鮫ヶ尾城ちゃん……落ち着いて……。 坂戸城 騒がしい奴だな……とにかく、結論は出た。 私たちがこれ以上、其方に付き添う必要は無い。 坂戸城 察するに、其方の望みは……主城である春日山城様に、 つきっきりで世話してもらう立場を満喫すること……だろうからな。 鮫ヶ尾城 ――ぐはぁっ！？ 坂戸城 ……話は以上だ。 私と与板城はここで失礼する……では。 鮫ヶ尾城 あっ……。 鮫ヶ尾城 （このまま坂戸城を逃したら、 　きっと春日山城サマにもさっきの話が伝わっちゃうっす……） 鮫ヶ尾城 それだけは防がなきゃならないっす。 となれば、かくなる上は……口封じを――！
合戦中
鮫ヶ尾城 待つっす、坂戸城……！ あんたをここで逃すわけにはいかないっす！ 坂戸城 なんだ、喧嘩か？　……良いだろう。 最近あまり、身体を動かしていなかったからな。 良い運動になりそうだ……。 鮫ヶ尾城 じょーとーっす！ 坂戸城 ……ふぅ。どうやらこれまでのようだな。 鮫ヶ尾城 これまで？　何を言ってるっすか？ ようやく身体があったまってきたとこっす。 自分の本領は、まだまだここから―― 春日山城 ……何をしているのですか、鮫ヶ尾城？ 鮫ヶ尾城 ぎぇ、春日山城サマっ！？ 春日山城 驚きましたよ。 部屋に赴いてみたら、布団がもぬけの殻。 おまけに外で坂戸城とやりあっているのですから……。 鮫ヶ尾城 あ、ああ……はい、そうっすね。はいぃ……。
後半
坂戸城 さて……春日山城様も戻られたことだし、 私たちはそろそろお暇しようか、与板城。 春日山城 おや……もう発たれるのですか、坂戸城？ 坂戸城 はい……聞けば、 先日、此地を攻めた兜は逃げおおせたという話。 坂戸城 辺りの治安に影響を及ぼすこともあり得ますので、 周囲の警戒にあたろうかと。 春日山城 そうですね……そうするべきでしょう。 では、申し訳ありませんが、お願いいたします……。 坂戸城 は……承知しました。 坂戸城 ……鮫ヶ尾城。 鮫ヶ尾城 ……はい？　まだ何かあるっすか？ 坂戸城 ……あまり無理はするなよ。 坂戸城 其方はすぐに強がって、笑顔を浮かべようとする。 ……だというのに、其方は嘘が下手だ。 其方に異変があれば、周囲はすぐにそれを察するだろう。 鮫ヶ尾城 …………。 坂戸城 其方の涙を悲しむ者は、 其方が思っている以上に多い。 ……それを忘れるな。 坂戸城 ……ではな。失礼する。 与板城 私も失礼します。 お世話になりました……春日山城さま、鮫ヶ尾城ちゃん。 ―――― 春日山城 坂戸城の背中が……一回り大きくなったように見えました。 どこかで成長のきっかけを掴んだのでしょうか。 鮫ヶ尾城 確かに自分も……そんな印象を受けたっす。 ちょっぴり、癪っすけど。 春日山城 ……さて。 このまま立ち話を続けるわけにもまいりません。 そろそろ布団に戻りましょうか、鮫ヶ尾城？ 鮫ヶ尾城 あ、いえ……！ もう手遅れだと思うので、白状するっすけど……。 鮫ヶ尾城 実はもう、自分の怪我は……完治してるっす。 ただ……春日山城サマに看病してもらえるのが、 嬉しくて黙っていたっす……すみません。 春日山城 ……ふふっ。 春日山城 ……私も甘く見られたものです。 手遅れだと言うのなら、とうの昔に手遅れになっていますよ？ 鮫ヶ尾城 ……へ？　えっと、それはどういう……？ 春日山城 貴方が完治を隠していることなど、 お見通しだということです。 鮫ヶ尾城 え゛……ええぇっ！？ だったら、どうして何も言わなかったっす！？ ずっと変わらず、傍に居てくださったじゃないっすか！ 春日山城 ……貴方に甘えられるのが嬉しかったのですよ。 こうした時間を過ごしたいと、ずっと願っていましたから。 鮫ヶ尾城 ……っ、春日山城サマ……！ 春日山城 騙すような真似をしてしまって、申し訳ありません。 春日山城 それで……どうしますか、この後は？ 布団に戻るなら……引き続き世話を焼いてあげますよ。ふふっ。 鮫ヶ尾城 え、えぇと……。 鮫ヶ尾城 じゃ……あと一日だけ、お世話になるっす……。 春日山城 承知しました。 さ、お部屋に向かいましょうか♪ ―――― 与板城 早々とあの場を立ち去ったのは、 春日山城さまと鮫ヶ尾城ちゃんを、 二人きりにさせてあげたかったから……ですよね？ 坂戸城 …………。 坂戸城 あの二人が……ようやく、 腹を割って話す機会を得たのだ。多少は気も遣う。 与板城 ……ふふっ。 坂戸城ちゃんって、実は結構好きですよね。 鮫ヶ尾城ちゃんのこと。 坂戸城 何を言う……初めから嫌っているつもりなどないぞ。 ただ、奴に遅れを取るのが、癪に障るだけだ。 坂戸城 きっと、鮫ヶ尾城も同じ気持ちなのだろう……。 似た者同士なのかもしれないな、私と奴は。 与板城 ……素敵な関係だと思います、とっても。 坂戸城 いずれにしても……今回の一件を通して、 鮫ヶ尾城は、春日山城様と多くの言葉を交わした。 坂戸城 私たち上杉の城娘にとってそれは、吉報と言えるだろう。 与板城 ……次の宴が楽しみになりましたね、坂戸城ちゃん。 坂戸城 ……ああ、そうだな。

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