ストーリーテキスト/尚武の幟と邪祓の剣

ページ名:ストーリーテキスト/尚武の幟と邪祓の剣

目次

尚武の幟と邪祓の剣[]

尚武の幟と邪祓の剣 -序-

来たる端午の節句に向け、賑わいをみせる所領。
そんな和やかな雰囲気の領内であったが、
突如ひとりの城娘が息を切らせてやってくる。

前半
――端。

わかたれちりてちいさなきれはし。

欠――。

つまらぬものにしておろかなもの。

みかたによってかわりたるけしき。

ほんけいからはずれしことかたり。

――供御。

くろく。

あかく。

あおく。

のぼる。

重奇――。

取りたる言動もすべては端たる事象故。

己ではなく天によって律される心なら。

轍に沿いしも徹せるは争いし尚武なり。

――嗚呼。

面倒ダ……。

……只管ニ。

面倒ダ――。

――所領。

新宮城
むふふふふ。

吉田郡山城
うふふふふ。

殿
…………。

殿
…………?

柳川城
――え?

柳川城
ああ。新宮城さんたちは来たる端午の節句にむけて、
いろいろと催事の準備を進めているようですね。

滝山城
とはいえ、彼奴らが揃ってにこにこしてると、
どういうわけか色々と不安になってくるのう……。

滝山城
――っ!?

やくも
だに、どうしたがや?

滝山城
領外から、どうやら誰かが訪れてきたようだな。

千狐
……本当ですわ。
この霊気はたしか――、

忍城
ハァ……ハァ……。
すみません、殿……突然の来訪をどうかお許しください。

殿
…………!?

新宮城
むほーーっ!?

新宮城
なんじゃ、あの愛らしい城娘は!

吉田郡山城
彼女は忍城さんですよ、新宮城さん。

吉田郡山城
かの有名な豊臣秀吉による小田原征伐において生じた攻城戦の際、
豊臣方の水攻めに耐え抜いた逸話から浮き城や亀城などとも称され、

吉田郡山城
関東七名城のひとりとしても知られる、とても有名な城娘なのです。

新宮城
ほう。それはそれは。

新宮城
(ダメとは分かっていても……お持ち帰り欲がうずくのう)

佐賀城
あぁん? 新宮城、いまなんか言ったか?

新宮城
うむ。佐賀城は今日もバインバインで目障りじゃのう――と。

佐賀城
テメェ、ケンカ売ってんなら買うぜ?

吉田郡山城
もう、皆さんお静かに――ですよ。
忍城さんが何やら大事な話をするみたいですので。

殿
…………。

忍城
は、はい。
実は私宛に手紙が届きまして……。

忍城
それによれば私と縁ある城娘が守護する地に、
兜の軍勢が侵攻せんとしているらしいのです。

滝山城
どれ、その文を見せてもらえぬか?

忍城
……こちらです、滝山城さん。

滝山城
ふむ……。

滝山城
……そうか。菖蒲城の守護する地か。

滝山城
だが妙だな。彼奴は強力な邪祓の権能を有する城娘ゆえ
兜たちの侵入をそうやすやすと許すとは思えないのじゃが……。

忍城
ええ、私も然様に思ったのですが……。

忍城
彼女直々の救援要請ともなれば
何か異事が起きているのは明白でしょう。

滝山城
なればこそ常ならざる邪気を孕んだ兜の出現を予想し、
我らに協力を求めた……というわけか。

殿
…………!

柳川城
はい! すぐに遠征の準備に取りかかります!

吉田郡山城
そうですね。しからば我々も早急に――。

滝山城
いや、汝らは此度の遠征には参加せぬ方がいいだろう。

吉田郡山城
……え?

新宮城
んん~。残念じゃなぁ。

新宮城
妾、せっかく世のため義のため人のために、
見知らぬ城娘を救わんと戦うつもり満々じゃったのにぃ。

佐賀城
満面の笑みで明らかなウソついてんじゃねぇよ。

佐賀城
それより、滝山城……。
本当にアタシらは所領に残ってていいのか?

滝山城
……ああ。
恐らく此度の兜討伐には、菖蒲城と縁ある城娘、
それと異事に慣れておる柳川城であたるのがよかろう。

滝山城
(それに菖蒲城の業からして、大人数でいくのは愚策じゃろうし)

滝山城
(肝心の前橋城たちは、別の戦場に向かっている状況じゃ……)

滝山城
(ここは、我らだけで何とかするしかあるまい)

佐賀城
…………。

滝山城
…………。

佐賀城
あいよ。聡明なアンタがそう言うんなら、信じるだけさ。

佐賀城
アタシはこの馬鹿がチビたちに悪さしねぇように引き続き見張ることにするよ。

新宮城
悪さってどういうことじゃ、佐賀城!
妾はもう善なる城娘の筆頭――、

新宮城
いわば光の城娘・新宮城なのじゃ!

佐賀城
あーはいはい。そうだなー。

吉田郡山城
いずれにせよ、気をつけてくださいね……。

吉田郡山城
忍城さんの様子からして此度の相手は、
一筋縄ではいかぬ相手のようですから。

殿
…………!

忍城
それでは、殿。皆さんの準備が済み次第、すぐに出立するとしましょう!

――武蔵国。

千狐
殿、無事に転移術は成功ですわ!

柳川城
どうやら、ここが菖蒲城さんが守護している場所のようですね。

滝山城
して、彼奴はどこにいるのじゃ?


――ザザッ!

兜軍団
ザザッ! ザザザッ!!

やくも
だに!? か、兜さんがえっぱいがや!!

忍城
くっ……既に斯様なところにまで侵攻しているとは!

忍城
ひとまずは雑兵を討ち払いましょう!
菖蒲城を探すのはそれからです!!

殿
…………!

柳川城
はい――っ!
殿、どうか我らに聡明なる御下知を!

後半
滝山城

ふむ……。
当座の敵は片付いたようだな。

滝山城
しかし、いっこうに菖蒲城の姿が見えぬが、いったい……。

忍城
……いや。お待ちください、滝山城さん。

忍城
薄らとですが、あちらの方角から彼女の霊気が――、

殿
――ッ!?

烏帽子形兜
フフフ…………。

菖蒲城
……ぐすっ……ど、どうしよう……このままじゃ……このままじゃ……。

烏帽子形兜
菖蒲城……モウ逃ゲ場ハナイゾ……。

菖蒲城
い、いやですぅ! こっちに、こないでください……!


……邪祓ノ権能ヲ備エシ城娘。

兜軍団
其ノチカラ……其ノ業……今コソ我ラガ主ノ為に……。

菖蒲城
う、ぅぅぅ……。

菖蒲城
御師匠様……ごめんなさい……わたしは、どうやらここで……おしまいのようです……。

菖蒲城
最後に……柏餅を……あなたと、モチモチしたかった…………。

忍城
こら、何がモチモチしたかった――ですか!

菖蒲城
ふぇ……?

忍城
せやぁ――ッ!!

兜軍団
ギャアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

菖蒲城
あ、あぁぁ……。

忍城
まったく。少し会わないうちに随分と腑抜けた――

菖蒲城
――おしじょーさまぁぁぁああああああ!!

忍城
くぷぇっ!?

菖蒲城
怖かったですぅ~っ!!
もうほんとうにぜったいなにがどうなっても終わりだと思ってましたぁ……!

忍城
く、くるじぃ……わ、わかったから……
首、くびから手を……がっちり、締まって……あぐ、ぅぅ……!

菖蒲城
ふぇ~~~~~~~~んっ!!
おしじょ~~~~~さまぁ~っ!!

滝山城
これこれ、いい加減にせぬと忍城が死ぬぞ。

菖蒲城
……へ?

忍城
…………うぅぅ。

菖蒲城
あわわわっ! ご、ごめんなさい、忍城様!
嬉しくて、つい……!!

忍城
こほっ、こほっ……けほ……っ!

忍城
も、もぉ……あやうく地上で溺れ死ぬとこだったじゃないですか……けほっ……。

菖蒲城
あ、ぅ……ほ、本当に申し訳ありませんですぅ……。

菖蒲城
で、ですが!

菖蒲城
お忙しいはずの忍城様がわたしのために
駆け付けてくださるなんて……、

菖蒲城
わたし、感激です!!

滝山城
あのような切羽詰まった手紙を送っておいて、よく言うわ。

殿
…………。

滝山城
とりあえず落ち着けるところに場所を移そう。
詳しい話は、そこでするとしようではないか。

尚武の幟と邪祓の剣 -破-

窮地に陥る菖蒲城をからくも救った殿一行。
だが一難去ってまた一難。再び姿を現した
兜の軍勢を、城娘の武威をもって一掃せよ!

前半
菖蒲城

……先刻はいろいろとお見苦しいところを
お見せしてしまい申し訳ありませんでした。

殿
…………。

菖蒲城
え、えっと。

菖蒲城
改めまして、わたしの名は菖蒲城。
此地を守護する城娘にございます。

菖蒲城
窮地を救っていただいた皆様には、感謝の言葉もありません……。

やくも
なーに困った時はお互い様やけん、
気にすることないだにぃ~。

千狐
それよりもさきほど菖蒲城さんは、
忍城さんのことを師匠と呼んでいましたが……?

滝山城
ああ、そのことか。

滝山城
彼奴は前々から忍城より剣術を教わっているのじゃよ。

忍城
それに菖蒲城のかつての城主は、
私こと忍城の城主に属した過去がありますから、

忍城
その縁もあって、自然と面倒を見ることになったのです。

忍城
……と、それよりも菖蒲城。

菖蒲城
ふぇ……? どうしたのですか、忍城様?
なんだか顔が怖いですよ?

忍城
どうしたもこうしたもありません!

忍城
なぜこれほどまでに此地に兜が侵入をしているのですか!?
貴方が持つ邪祓の権能があれば斯様な事態にはならないはずなのに……。

菖蒲城
そ、それが……わたしにも原因がわからなくて……。

菖蒲城
わたし自身、己が権能が弱まっているようには感じられませんし……。

菖蒲城
……うぅ。なんでこうなってしまったのか、わたしが知りたいくらいなのです……。

柳川城
あの……所領でも仰っていましたが、菖蒲城さんが本来持つ
邪祓の権能とはそれほどまでに強力なものなのでしょうか?

滝山城
ああ。
なにせ彼奴そのものが邪悪を退ける存在じゃからな。

忍城
菖蒲城が生まれた日は五月五日――。
つまりは端午の節句にございます。

忍城
そして端午の節句において盛りを迎える菖蒲の華が、
その時期に様々な形で使われることから、

忍城
いつしか『菖蒲の節句』とも呼ばれるようにもなったのです。

滝山城
それに、菖蒲の華には古来から健康を保ち、
邪気を祓う力があると信じられていたからのう。

滝山城
それら伝承や信仰は、菖蒲の名を持つ彼奴の力となり、
此地を守護するための権能として常に発揮されてきたというわけじゃ。

やくも
菖蒲城って、思ってたよりもずっとすごい城娘さんだったんやね……。

やくも
(い、言ってる意味はほとんどわからんかったけど)

菖蒲城
でも、やっぱりおかしいです……。

菖蒲城
わたしは来たる節句に備えるため――、

菖蒲城
また、改めて兜たちからの侵入を防がんとするためにと、
今朝も三度ほど菖蒲湯につかって入念に身を清めていたというのに、

菖蒲城
そんな清浄の極致みたいな状態のわたしが
守護する地に兜が侵攻してくるなんて……ありえないですよぉ。

やくも
……よ、要するに、のんびりと風呂に入りまくってたら、
その隙に兜さんたちに自分の大事な場所をめちゃくちゃにされてたってことがや?

菖蒲城
有り体に言えばそうなのですが……うぅぅ。なんだか認めづらいですぅ……。

忍城
いずれにしても、既に侵入してしまった兜は、
菖蒲城の権能だけでどうにかすることはできません。

忍城
殿、まずは此処ら一帯を取り囲んでいる兜たちを
一掃することに尽力すべきかと存じます。

殿
…………。

滝山城
うむ、決まりじゃな。

滝山城
…………。
それに敵方もやる気満々のようじゃしのう。


――ザザッ! ザザザッ!!

兜軍団
菖蒲城ヲ発見セリ……菖蒲城ヲ発見セリ……。

千狐
そんな……っ!?
もう第二陣が押し寄せているなんて!

菖蒲城
くぅ……許せません。
これ以上、此地を好き勝手させるわけには……。

滝山城
馬鹿者。おぬしはまだ回復しきっておらぬのじゃ!
ここは我らに任せて休んでおれ!

菖蒲城
で、ですが……。

滝山城
なに。共に北条のためにと戦った者同士じゃ。
我にとってもおぬしは大事な仲間ゆえ、

滝山城
駆け付けるのが遅うなったことを詫びるためにも、
此度の戦にて力を尽くさせてほしいのじゃ。

菖蒲城
滝山城様……。

忍城
ふふ、そういうことです、菖蒲城。
いまは只管に回復に努めなさい。

菖蒲城
うぅぅ……では心苦しいですが、
ここは御言葉に甘えさせていただきます。

殿
…………!

滝山城
うむ! 敵軍も先の敗北で気が立っておるゆえ、
注意して下知を飛ばすのじゃ、殿よ!

後半
滝山城

――そこじゃ!!

兜軍団
ギャアァァアアアアアアアアアアアアアアア!!

やくも
だにぃ! さっすが滝山城がや!

千狐
これならば、此地から兜を一掃するのも時間の問題ですね。

柳川城
そうであってくれればいいのですが……。
どうやら少々雲行きが怪しくなってきたようです、千狐さん。

千狐
え……?

忍城
柳川城さんの言う通りです!
皆さん、まだ警戒を解いてはなりません!

忍城
なにか、強大な霊気を備えた存在が近づいています……!

菖蒲城
――っ!?

菖蒲城
そ、そんな……この霊気は、まさか……!?

北条氏康
…………漸ク、会スコトができたな……菖蒲城よ。

尚武の幟と邪祓の剣 -急-

突如として現れた北条氏康の名を冠する巨大兜。
菖蒲城の大切な場所を踏みにじらんと侵攻せし
理由を問うため城娘は敵に言葉を放つのだが……。

前半
北条氏康

…………漸ク、会スコトができたな……菖蒲城よ。

千狐
あ、あれは……北条氏康の名を冠する巨大兜!?

滝山城
やはりおぬしか……。

滝山城
だが、如何しておぬしが此地を侵す必要がある?

滝山城
菖蒲城の力により清浄となった地気は兜たちにとって、
毒に等しきもの……利するところなどないはずじゃが。

北条氏康
理由を言葉にしたトコロで意味ナドあろうか?

北条氏康
将又、然ウ定メラレタ行ゆえ――と応ジレバ、
貴様ラは何某かの得心が行クトデモ……?

北条氏康
……フッ。有り得ぬ。ソレホドマデニ賢しければ、
ソモ私は此地に立つ必要スラなかったのダカラな。

菖蒲城
な、何を……言って、いるのでしょうか?
あの巨大兜の言葉はわたしには難解すぎます……。

忍城
惑わされるな、菖蒲城!
所詮は紛い物の魂が放つ出鱈目な言葉です!

忍城
此地ではなく、貴方自身を狙っている――と、
そう断じれば、大方の辻褄はあうでしょう!

菖蒲城
わ、わたしを狙っている……?

菖蒲城
……そ、そうか。わたしの力を、あの巨大兜は
何か悪いことに利用しようという腹積もりですね!

北条氏康
…………。

北条氏康
愚かな。此世ノ貴様は輪を掛けた愚者ナリ……。

北条氏康
……然らば言葉ヲ向け合う価値ナド皆無。

北条氏康
武器を執レ……戦わねば此刻は如何シヨウと進ミハセヌのだからな。

兜軍団
――ザザッ! ザザザッ!

滝山城
来るぞ……。
皆の者、戦気を高めるのじゃ!

忍城
菖蒲城、貴方は先刻と同じように私の後ろへ――

菖蒲城
――いいえ! 気遣い無用です、忍城様!

忍城
……え?

菖蒲城
ここまで充分に休ませていただいたのです……。

菖蒲城
皆さんと共に戦えるだけの霊力はしかと取り戻しております!

忍城
菖蒲城……。

忍城
いいでしょう。貴方がそこまで
言うのならば止めはしません。

忍城
私たちと共に、存分に己が剣をふるいなさい!

菖蒲城
はいっ! 忍城様!

北条氏康
………………。

菖蒲城
巨大兜よ……相手にとって不足はありません!

菖蒲城
――さぁ、勝負です!!

後半
菖蒲城

ハァ……ハァ……。
なんて、手強い相手なのでしょうか。

忍城
菖蒲城! 前に出すぎています!
そのままでは危険だ――!!

滝山城
いや、待て……!
何か兜側の様子がおかしいのじゃ!

北条氏康
…………。

桃形兜
ア、アレ? 氏康様、次ノ指示ハ……?

北条氏康
必要ナイ……一時撤退ダ。

桃形兜
エエッ!? ボク達、マダマダ戦エマスヨ!

北条氏康
可能であるコトトと要されるコトは異なる。

北条氏康
解したノナラバすぐに撤退準備に入れ。
……三度目はナイぞ。

桃形兜
ハ、ハイ!

兜軍団
撤退ダー! 撤退スルゾーッ!!

千狐
兜たちが……

やくも
……退いていくだに。

柳川城
先刻の戦いぶりからして、どうやら戦力把握が目的だったようですね。

滝山城
なんにしても助かった……。
菖蒲城の疲弊は限界に来ていたからな。

菖蒲城
ご、ごめんなさい……やはり、すこし無茶をしすぎたみたいです……。

忍城
(それでも変身を解除していないところをみるに、心は折れていないようですね)

忍城
菖蒲城。

菖蒲城
……は、はい?

忍城
敵の再来まで、そう時間はありません。

忍城
まずは一刻も早く菖蒲湯によって心身を癒やし、
それからすぐに調練を開始するとしましょう。

忍城
貴方のその鈍った剣技を研ぐためにも……ね。

菖蒲城
えええ!? と、ということは……夜通し稽古するおつもりですか!?

忍城
勿論です。

忍城
今日は寝かせませんから、覚悟しておいてくださいね?

滝山城
お、おいおい……。
いくらなんでもそれでは菖蒲城が疲れ果ててしまうのではないのか?

菖蒲城
――い、いえ!
きっと忍城様には深い考えがあるはずです!

菖蒲城
それに、これは自分では気づけない部分での
心の緩みを矯めなおす好機……ッ!!

菖蒲城
師匠、ぜひともお願いします!
遠慮なくしごいてください……!

忍城
…………。(こくり)

やくも
な、なんだかやけに鬼気迫る感じやけん、
いつもの忍城と別人みたいに見えーだに。

千狐
けれどあれも忍城さんの一面……。
きっと師としての顔なのよ、やくも。

殿
…………。

柳川城
そ、そうですね。我々も菖蒲城さんのお力となれるよう、
何かお手伝いができればいいのですが……。

滝山城
ふむ……。

滝山城
ならば柳川城たちは我の後についてくるがよい。
菖蒲城の力をより引き立たせるための手段を教えてしんぜよう。

柳川城
ほ、本当ですか!?

滝山城
ああ。

滝山城
……だが、そのためには殿たちにも
菖蒲湯に入ってもらう必要がある。

滝山城
兜との対峙で多かれ少なかれ穢れが溜まっているからな。

滝山城
とはいえ、ただ単に入るだけでは穢れは祓えぬゆえ、
それぞれに組を作って二人で丹念に身体を洗うのじゃ。

柳川城
――えっ!? お、お風呂……ですか?

殿
…………。

殿
…………?

柳川城
(そ、そんな……混浴だなんて……)

滝山城
…………。

滝山城
……やれやれ。何を勘違いしておるのやら。

滝山城
殿よ、まとめて全員が入れるほど此地の風呂は広くない。

滝山城
あとで作法は紙に書いてまとめるゆえ、
後ろにいる其奴と共にしっかりと菖蒲湯で身を清めろ。

殿
…………?


……よ、よろしくお願いします、殿!

殿
…………。

殿
…………。


…………。

殿
…………。


…………。(ごくり)

殿
…………。

殿
…………!

こうして菖蒲城を助けんがため、殿一行は、
過酷な籠城戦に臨むこととなるのであった。

尚武の幟と邪祓の剣 -絶壱-

殿一行との戦いから数刻後――。
撤退した兜たちはその夜、仲間たちで寄り合って、
人間の風習である端午の節句について語り始める。

前半
殿一行との戦いから数刻後――。

古桃形兜
――テナワケデ、一時撤退シタケドサ。

桃形兜
ドウシテ氏康様ハ、アソコデ退却シヨウトシタンダロ?

烏帽子形兜
ンー。

古桃形兜
タシカニナ。モウ少シクライハ粘ッテモ良カッタ気ガスルケド。

桃形兜
トイウヨリ、ソモソモ氏康様ッテ何ダカ、ヤル気ナイヨネ。

古桃形兜
アー、ソレナ。俺モ感ジルワ。

桃形兜
戦イ続キデ疲レチャッタノカナ? イッツモ溜息ツイテイルシ。

烏帽子形兜
……ウムゥ。

烏帽子形兜
ワカラン。

古桃形兜
ワカランナー。

桃形兜
ワカランネー。

烏帽子形兜
…………。

古桃形兜
アー、ヤメヤメ。氏康様ノ考エテル事ナンテ、
俺達ガ分カルワケナイジャン。

古桃形兜
ツカ、コノアタリハドウニモ地気ガ綺麗スギテ疲レルシ、
セッカクノ休息時間ナンダカラ戦以外ノコト考エヨウゼ。

烏帽子形兜
トハイッテモナー。
戦以外ト言ワレテモ急ニハ……。

桃形兜
ア、ソウダ。氏康様ガ言ッテタケド菖蒲城ッテ、
端午ノ節句ニ関係ガアル城ナンデショ?

古桃形兜
ラシイナ。

桃形兜
ケドサ、端午ノ節句ッテ、結局ナンナノ?

古桃形兜
オマ……ソンナコトモ知ラネェデ殺ソウトシテタノカヨ?

桃形兜
ウ、ウルサイナ! ソウイウ君ハ知ッテルノ?

古桃形兜
アレダヨアレ……エーット……。

烏帽子形兜
人間ノ子供ガ無事ニ成長スルコトヲ祈ル為ニ、
ヒイテハ一族ノ繁栄ヲ願ウ大切ナ行事……ダ。

古桃形兜
――オッ! ソウソウ、俺モ今ソウ言オウトシテタンダヨ!

桃形兜
…………。(ジロ~)

古桃形兜
ソ、ソンナ眼デ見ンジャネェヨ! マジデ、度忘レシテタダケダカラ! 

古桃形兜
ソノ証拠ニ、端午ノ節句ニオイテハ、
人間タチハ祭ヲ開イタリモスルッテコトモ知ッテンダゾ!

桃形兜
ヘー、祭カァ。

桃形兜
イイヨネェ。祭囃子トカサー。

桃形兜
ソロソロ夏モクルシ、マタ兜ダケデヤリタイネェ。

古桃形兜
祭囃子トイヤァ、滝山城ナンカガ味方ニイレバ、
四六時中ピーヒャラピーヒャラ、ヤッテクレソウダヨナ。

烏帽子形兜
アー。アノ城娘、イッツモ咥エテルシナ。

古桃形兜
ハァ~ア、滝山城カァ。

古桃形兜
……………………。(妄想中)

古桃形兜
           (※兜製幻想形・滝山城)

滝山城
さぁ、今日は待ちに待った端午の節句じゃ。

滝山城
おぬしら兜がすくすくと大きく育つよう、特別に我が笛を吹いてやるのじゃ。

桃形兜
ワーイ! ワーイ!

桃形兜
ヤッター! ヤッター!

桃形兜
コレデボクラモ、滝山城ミタイニイロイロト大キクナレルゾー!

滝山城
こ、これ!
揃いも揃って、我のどこを見ておるのじゃ!

桃形兜
ウヘヘー。

桃形兜
テヘペロー。

桃形兜
……ッテ冗談言ッテミタケドサ。

桃形兜
大キクナリタクテモ、
ボク達ハキット、
ソノ前ニミンナ死ヌンダ。

滝山城
……え?

桃形兜
ダッテソウデショ?

桃形兜
此世ニハ、ボク達ガ、スクスクト育ツノヲ良シトシナイ、

桃形兜
邪悪ノ化身――殿ガイルンダモン!!

滝山城
な、なんじゃと!?

滝山城
こんなにも可愛らしい幼児のごとき兜らを虐げるとは……。

桃形兜
――ウワ眩シッ!?

滝山城
許せぬ……断じて許せぬわ!

滝山城
大体、あの殿とかいうクズは前々から気に入らなかったのじゃ。

滝山城
案ずることはないぞ、兜たち!

滝山城
この滝山城がいるかぎり、おぬしらを断じて傷つけさせやしない!

桃形兜
ア、チョットマッテヨ!

滝山城
……む?

桃形兜
キミダケヲ、ヒトリデ行カセハシナイヨ!

桃形兜
ボク達モ一緒ニ戦ウヨ!

滝山城
おぬしら……。

滝山城
ああ、共にいこう!

滝山城
此世の邪悪――殿を抹殺せんがために!!

後半
古桃形兜

……テナ感ジデサ。
ウマイコト殿ガ死ナネーカナァ。

桃形兜
イヤ……トイウヨリ妄想ガ長イッテバ……。

烏帽子形兜
大体、滝山城ッテ頭ヨサソウナ感ジノ城娘ダカラ、
ソンナフウニ殿ヲ裏切ッタリトカシナサソウジャネ?

桃形兜
イツモ、ノジャノジャ言ッテルシネ。

桃形兜
ノジャ系城娘デ裏切ルトシタラ新宮城グライデショ?

古桃形兜
アハハハ。言エテラー。

桃形兜
デモサー……改メテ思ウケド、
ボク達モ大キクナリタイヨネー。

古桃形兜
滝山城ミタイニカ?

滝山城
           (※兜製幻想形・滝山城)

桃形兜
イヤイヤ、氏康様ミタイニ大キク、ッテコトダヨー。

桃形兜
ウンウン、ボクラモ巨大兜ニナッテミタイヨネー。

烏帽子形兜
……ウーム。ソウハ言ウガナァ。

桃形兜
ネェ、フト思ッタンダケドサ、兜ニモ節句ッテナイノカナ?

古桃形兜
アアン? ンナモンアルワケナイダロ?

桃形兜
ジャアサジャアサ、

桃形兜
ボク達デ作ッテミナイ?

烏帽子形兜
作ルッテ……ドウヤッテ?

桃形兜
ソリャア、ナニカ記念ニナルヨウナ事ヲシタ日ヲ、節日ニスレバイイワケダカラ……。

桃形兜
殿ヲ殺シタ日ヲ記念日ニスレバイインダネ!

桃形兜
オーッ! イイネイイネ! ソレダー!

烏帽子形兜
ナルホドナ……ナカナカ面白イ考ダ。

古桃形兜
ヘヘ、ンジャア、ソウト決マレバ、
今度ノ戦デ絶対ニ殿ヲ、ブッ殺シテヤロウゼ!

エイ、エイ、オ――ッ!!

更けていく夜闇とは対照的に、兜の戦意は膨れあがっていく。

それはまるで、積み重なりし強き怨嗟によって編み上げられた
漆黒の鯉幟が如く、高く高く冷たい夜空に昇っていくのだった。

尚武の幟と邪祓の剣 -離-

再び菖蒲城の守護する地を侵さんと進撃を
開始した兜群。師と共に心技を磨き上げた
菖蒲城と共に、襲い来る兜軍団を退けよ!

前半
……。

…………磨。

迂…………。

………………。

――――氏康様!

北条氏康
…………ッ!?

桃形兜
氏康様、如何サレタノデスカ?

北条氏康
イヤ……単に惚けてイタだけのこと。
気にするデナイ桃形ヨ……。

北条氏康
ソレよりも、我らは今……イツの刻に立っている?

桃形兜
エ? イツッテ……。

桃形兜
エット、卯ノ刻ニゴザイマスガ。

北条氏康
――違う……然様なコトを訊いているのデハない!

桃形兜
ヒィ――ッ!?

北条氏康
我らハ幾度、殿タチと戦っタ?

北条氏康
次で何度目ノ戦ニナル?

北条氏康
ソレヲ……訊いているノダ。

桃形兜
エ、エット……コ、此地ニオイテハ二度目デス!
菖蒲城ノ地ヲ侵サント我ラハ進軍シタノデス!

北条氏康
二度目……? 菖蒲城……?

…………操。

北条氏康
ソウ……此地は武蔵。

北条氏康
ソシテ私は……、

北条氏康
約定通り……再びノ戦に臨み、ソシテ――。

…………ソシ、テ…………。

北条氏康
…………。

北条氏康
――嗚呼。

北条氏康
面倒ダ……。

北条氏康
……只管ニ。

北条氏康
面倒――、

北条氏康
――デ、あるガ……。

桃形兜
…………?

北条氏康
私にも勝負セネバ成らぬ刻がある……。

北条氏康
至る場所ガ同じデアロウト……歩み方マデハ決メラレテハいないハズだ。

北条氏康
然らば往かン……桃形ヨ。

北条氏康
他ノ者ラニモ伝えるノダ……。

北条氏康
我らニシカ成せぬ進撃ヲ……此世に刻むトナ。

桃形兜
……エ?

北条氏康
繰り返サセるな。疾く報セヨ。

桃形兜
……ショ、承知!
一言一句違エズ皆ニ伝エマスル!!

北条氏康
…………。

――翌日・殿陣営。

そこには調練に励むふたりの城娘が対峙していた。

菖蒲城
……いきますよ、忍城様!

忍城
ええ。全霊で打ち込んできなさい!

菖蒲城
…………。

忍城
…………。

菖蒲城
はぁ――ッ!!

忍城
鋭き剣撃。

忍城
……だが。

忍城
おかしい……。

菖蒲城
てやぁ――ッ!!

忍城
やはり、彼女の心技は――。

菖蒲城
ハァ……ハァ……。

忍城
…………。

忍城
菖蒲城、今日の稽古はここまでとしましょう。

菖蒲城
……え?

菖蒲城
も、もう終わりなのですか?
わたし、まだまだやれますよ!

忍城
…………無理をすることはありません。

忍城
今日まで何度も手合わせしたのです。
……これ以上はもう必要ないでしょう。

菖蒲城
……忍城様。

菖蒲城
もしかして、わたしの剣技はそれほどまでに鈍ってしまったのでしょうか?

忍城
何をいうのです。
それは無用な邪推ですよ、菖蒲城。

忍城
貴方の剣からは弛まぬ努力の痕がしかと見て取れました。

忍城
むしろ、かつての力量を遙かに凌駕すると言って差し支えないでしょう。

菖蒲城
で、では……どうしてそのようなお顔をされるのですか?

忍城
それは……。

忍城
…………。

忍城
それは貴方の剣技には、絶えず甘さがつきまとっているからでしょう。

菖蒲城
――ッ!?

忍城
前にも忠告したはずです。

忍城
剣術とは畢竟――殺人術。

忍城
子供たちの幸せを願い、絶えず磨いてきた剣技であれど、

忍城
必死の境地にあっては、時に児戯と化すことさえありましょう。

菖蒲城
それは、そうですが……。

菖蒲城
……でも、どうしても怖いのです。

菖蒲城
一度怒りに身を任せて剣を振るってしまえば、

菖蒲城
自らの力に飲み込まれ、二度と戻ってはこれないのではないかと。

菖蒲城
そう、思ってしまうのです。

忍城
……菖蒲城。

忍城
ええ。貴方のその優しさを私は否定しません。

忍城
それこそが、貴方の強さの本質であることに変わりはありませんからね。

忍城
ですが、だからこそ己を信じてほしい。

忍城
菖蒲城、貴方は決して心弱き城娘ではありません。

忍城
既に、心技は見事なまでの成熟の様相を世に映しています。

忍城
だから……あとは、機を見定めるだけ。

菖蒲城
機を見定める……。

やくも
――お~い、ふたりとも~!

忍城
……ん?

千狐
そろそろ休憩される頃合かと思いましたので、
今日は水だけでなく、柏餅もご用意しましたわ。

菖蒲城
――柏餅!?

菖蒲城
すごい……こんなに沢山作ってくださったなんて!

柳川城
滝山城さんから、菖蒲城さんの好物はお訊きしてますからね。

柳川城
英気を養うためにも、遠慮無く召しあがって――、

菖蒲城
はむはむはむ……もちもちもち……♪

やくも
って、既に食べ始めてるだにぃ……。

滝山城
ふふ、仕方あるまいよ。
空腹状態のところに大好物が眼前に飛び込んで来たのだからな。

滝山城
それに、柏の木には葉守の神が宿るゆえ、
食べるだけで菖蒲城の邪祓の力も増幅するじゃろう。

滝山城
然らば、此地の清浄なる気はより純度を高め、
兜たちをそう易々と近づけさせぬはずじゃ。

やくも
おおっ! だったらもっともっとえっぱい食べるがや~!
菖蒲城、ほら、んが~っと口を開くだに~!

菖蒲城
んふぇぁ!?

菖蒲城
や、やめへ、くらさいぃ……!
これ以上はぁ、お口にはいりきらないれすぅ……!

殿
…………。


――と、殿!!
大事にございます!

殿
…………!?

千狐
そんなに汗だくになって、どうしたのですか?

やくも
もしかしてまた、殿さんと一緒に菖蒲湯に入りたいんがや?


ち、違いまする!!
拙者は然様なことを言いに来たのでは……!

殿
…………。


あ、いや……なにも殿と菖蒲湯に入るのが、
些事だということではなくてですね……ッ!!

滝山城
いいからさっさと本題に入らぬか!
緊急事ではないのか!?


あっ……そ、そうでした!


実は、物見番たちの報告により判明したのですが、


兜たちが再びこちらに向かって侵攻を始めているようなのです!!

千狐
な、なんですって!?

忍城
こうしている場合ではありませんね。
殿、すぐに前線へと向かいましょう!

殿
…………!

――最前線。

北条氏康
………………。

兜軍団
進撃セヨ……侵攻セヨ……菖蒲城ノ地ヲ……侵シ尽クセ……。
   進撃セヨ……侵攻セヨ……菖蒲城ノ地ヲ……侵シ尽クセ……。
      進撃セヨ……侵攻セヨ……菖蒲城ノ地ヲ……侵シ尽クセ……。

滝山城
ちぃっ……思っていたよりも早かったな。

やくも
しかも、前に攻めて来た時よりも、
兜さん、えっぱいいるだに……。

柳川城
あの様子では、菖蒲城さんの邪祓の権能は
未だ十全に発揮できていないようですね……。

菖蒲城
も、申し訳ありません……。
数日前よりはずっと元気になったつもりだったのですが。

忍城
…………。

忍城
気にすることはありません、菖蒲城。
此度の侵攻は既に城内深くに敵が入り込みすぎていただけのこと。

忍城
しかし、少なくとも敵方に貴方の力は作用しているはずです。
なればこそ、今やるべきは――、

菖蒲城
我が守護すべき地を侵す敵を一掃する……。

菖蒲城
ですよね、忍城様!

忍城
ええ。

忍城
我らが剣技をもって、今こそ邪悪を退ける刻です!

殿
…………。

忍城
はいっ! 采配は殿に委ねます!
どうか我らを勝利にお導きください!

後半
忍城

先行するは今……ッ!!
菖蒲城、ここは任せましたよ!

菖蒲城
承知です、忍城様!

兜軍団
……ムムッ!?

菖蒲城
邪なる者たちを、今こそ斬り伏せます!

兜軍団
――ギャァァアアアアアアアアアアアア!!

千狐
な、何という流麗なる剣捌きでしょうか……!

やくも
数日前の菖蒲城とは別人みたいだにぃ!

殿
…………!

柳川城
はい。この調子ならば、すぐにでも巨大兜の許ヘと到達できるかと――、

滝山城
――いや、待つのじゃ!!

柳川城
……え?


――ザザッ!

兜軍団
ザザッ、ザザザッ!!

柳川城
そ、そんな……まだあれほどの兵が控えているなんて……。

北条氏康
今ダ……。

北条氏康
先駆けたる城娘ヲ討ち果たすノダ!

殿
…………!?

忍城
う、ぅぅ……ばか、な……まさか背後を、取られてしまうなんて……!

菖蒲城
――忍城様!?

忍城
誤算でした……。

忍城
個々の実力は微々たるものなれど、その緩やかな侵攻は
最初から我等の疲弊と油断を誘う戦術だったのですね……。

北条氏康
憐れダナ、忍城……。

北条氏康
己が業ニ頼り、貴様の最たる輝きデアった籠城ノ肝要を見失うトハ。

北条氏康
見苦しき姿を世に晒し続ける必要はナイ。
私自らガ……引導を渡シテクレヨう……。

忍城
…………くッ。

忍城
ごめんなさい、菖蒲城……どうやら私は、ここまでのようです……。

尚武の幟と邪祓の剣 -結-

北条氏康の名を冠する巨大兜が遂に忍城を追い込む。
だが、そんな師の窮地を目の当たりにした菖蒲城は、
やがて己が執るべき心技の道を見定めることとなる。

前半
忍城

ごめんなさい、菖蒲城……どうやら私は、ここまでのようです……。

北条氏康
―――――。

巨大兜の戟が忍城の眼前に迫る。

が、その刹那――。

菖蒲城
忍城様ぁあああ――ッ!!

北条氏康
き、貴様ッ!?

北条氏康
我が戟を受け果たすトハ、
アノ遠き間合いを瞬く間に埋めたトいうのカ!?

菖蒲城
これしきできずして何が城娘ですか!

菖蒲城
それに……。

菖蒲城
――忍城様は、憐れなんかじゃありません!

忍城
しょ、菖蒲城……。

菖蒲城
忍城様は、わたしのために危険を顧みず此地に駆け付けてくれました!

菖蒲城
それに……不甲斐ないわたしのために稽古をつけ、
事態を少しでも好転させようとしてくれた……。

菖蒲城
本当なら、絶え間ない遠征続きで疲れているはずなのに……。

菖蒲城
今だって、きっと立ってることすらやっとのはずなのに……。

菖蒲城
それでも自分の身ではなく……わたしのことを気遣ってくれていた。

北条氏康
――ッ!?

菖蒲城
それは……。

菖蒲城
いや、それこそが……わたしが尊敬する忍城様の気高さです……!

菖蒲城
だから……何も知りもしない貴方が、

菖蒲城
御師匠様を悪く言うなんて……絶対に許せるわけがありません!

北条氏康
(霊気ガ急激ニ増大していル……)

北条氏康
(もう、一押しと言ったトコロか……)

北条氏康
フッ……ならば、己が武威で我ら兜ヲ黙らせればヨカろう?

北条氏康
そうさ……イツだって、ドノ刻においても、
貴様ラ城娘は、ソウしてきたではないカ。

北条氏康
サぁ……ヤれ。常事にシテ超常ノ威勢を宿セシ
鏖殺に次グ鏖殺――今ココで実践シテみせよ!

菖蒲城
言われずとも……。

忍城
ま、待ちなさい、菖蒲城……!
これは敵の策……頭を冷やすの――、

菖蒲城
――てやぁあぁぁッ!!

北条氏康
ホウ……剣圧が遙かに増したナ……!

北条氏康
ダガ、これでは未だ……我ラ兜ヲ倒すには及ばズ!

北条氏康
ハァァアアアア―――――ッ!!

菖蒲城
――きゃぁッ!?

殿
…………!

菖蒲城
そ、そんな……。
……これほどまでに力の差があるなんて。

柳川城
菖蒲城さんッ!!

兜軍団
――ザザザッ!

滝山城
ちぃッ……雑兵の数が多すぎる!
このままでは菖蒲城を助けにいけぬぞ!

忍城
菖蒲城……逃げるの、です……。

忍城
私など置いて……はや、く……。

菖蒲城
……で、でも…………。

北条氏康
何ヲ迷うコトなどあろうか?

菖蒲城
…………!?

北条氏康
所詮、節日に縁在る城娘ナドその程度が限界ダ。

北条氏康
健やかナル成長や祝福に満チタ未来を望むは、当人ラガ
平和の中にアッテ初めて機能スル希望という名ノ幻影ヨ。

北条氏康
故ニ……此世の如キ混乱ノ中にあっては、
菖蒲の名ナド……塵程ノ意味も持たぬ。

菖蒲城
……そんな、こと……。

菖蒲城
そんなこと……ありません……!

北条氏康
――ッ!?

菖蒲城
ハァ……ハァ……わたしの名は……貴方に貶められるほど、脆弱なものではない!

忍城
菖蒲城……。

菖蒲城
……忍城様。

菖蒲城
そのような顔をなさらないで。

菖蒲城
ここなのです。

菖蒲城
……今この刻こそが、見定められし機なのです。

北条氏康
貴様……ソノ在様は、まさか……。

北条氏康
此地ノ地気を吸ッテ瞬時に回復したというのカ?

北条氏康
イヤ、それだけデハ成し得ぬ様相……。

北条氏康
……ソウカ……己が名ノ捉法を変じたのダナ。

菖蒲城
それすらも解しているのならば……身構えるがいい、邪者よ。

菖蒲城
我が名――これすなわち多方の名義に通ずる力なり!

菖蒲城
戦端にあっては勝負の義を!

菖蒲城
軍事にあっては尚武の義を!

菖蒲城
故に、我が剣技……あらゆる邪悪を討ち祓わん!

北条氏康
フッ……ソレだけの自負がアルのならば、先トハ異なる結末も望めヨウ!

北条氏康
サァ、かかってくるが良イ……ココで雌雄を決しようゾ!

やくも
…………。

やくも
な、なんだか盛り上がっちょるけど、ぜんぜん意味がわからんだに!!

千狐
よ、要するに菖蒲城さんがとてつもない戦闘態勢に入ったってことよ!

やくも
ってことは、勝てるかもしれんってことがや!?

滝山城
ああ。

滝山城
だが、完全なる勝利を掴むには、
我らの助力が必要となろう!!

滝山城
然らば殿、柳川城!
今こそ戦況を覆す刻じゃ!

柳川城
はいっ!

柳川城
殿、どうか我らに聡明なる下知を!!

後半
菖蒲城

邪を祓う我が絶技――しかと其の身に刻め!

北条氏康
グッ……ウ、ぁアアアアア――ッ!!

滝山城
や、やったか!?

忍城
いや……あれでは、幾許か……浅い……。

菖蒲城
…………ハァ、ハァ……。

北条氏康
惜しかっタナ、菖蒲城ヨ。

北条氏康
アト半歩の踏み込みがアレバ、コノ器ヲ崩すこともできたダロウ。

北条氏康
ダガ、悲しき哉。

北条氏康
敵である私にサエ……最後ノ最後デ情けをカケルとはな。

菖蒲城
……くッ。

忍城
菖蒲城……。

菖蒲城
ごめんなさい、忍城様……。

菖蒲城
……やはりわたしは、戦いに不向きな城娘だったようです。

忍城
菖蒲城――ッ!!

北条氏康
愚かな城娘ヨ……己が無力を死闇ノ裡デ悔いるがイイ……。

???
――ばーか。
後悔するのはあんたの方よ、巨大兜!

北条氏康
――ッ!? 

俄に、戦場外から凜然たる声音が鏃のように飛来する。

刹那――心魂をも凍らせる異能が城内を美麗に染め上げた。

北条氏康
こ、この氷結の力は、まさか……!

古河城
そのまさかよ!
よくも私の臣下をいたぶってくれたわね。

菖蒲城
――こ、古河城様!?

古河城
ふふ、遅くなって悪かったわね。

古河城
けど、もう心配ないわ。
この古河城様が来たからには万事解け――

砲撃式トッパイ形兜
――馬鹿ナ城娘メ! 自分カラ的ニ成リニキタカ!!

古河城
ッ!!

前橋城
案ずるな、古河城。
あの程度、我が銃術の前には意味を成さぬ。

前橋城
はぁ――ッ!!

砲撃式トッパイ形兜
ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!

前橋城
……だが、肝心なところで油断する癖は直らぬな。
助けに来ておいて討たれては本末転倒だろうに。

古河城
よ、余計なことしないでよ!
さっきの兜の攻撃だって、私の氷結の力で防げたんだから……!

前橋城
だが本音は?

古河城
ちょっとヒヤッとした……。

前橋城
…………。

古河城
って、なに言わせるのよ、もぉ~っ!!

滝山城
……は、ハハ。

滝山城
やれやれ……ギリギリのところで、間に合ったというわけか。

千狐
ま、間に合った?
あの、いったいどういうことでしょうか?

滝山城
そも、菖蒲城は古河公方足利成氏が、
金田式部則綱に命じて築城させた城ゆえ、

滝山城
縁の点においていえば、我ら北条にまつわる城娘よりも、
古河城との結びつきの方がずっと強固なのじゃよ。

やくも
じゃ、じゃあ……こうなることを予想してたってことがや?

滝山城
いや、可能性のひとつとしては確かに頭の裡にはあったが、
望みは限りなく薄いものであった……。

滝山城
なぜなら我らが出立の折には、
彼奴らは他地にて兜と交戦しておったのじゃからな。

柳川城
しかし……それでもこうして古河城さんたちは間に合った……。

千狐
つまりこの光景は、彼女たちの縁がそれほどまでに
深きものであったという、確かな証左なのですね!

北条氏康
…………。

北条氏康
(古河城……ソシテ、前橋城……)

北条氏康
(重畳……斯様な流レハ、今マデに一度トシテ在りはシナカッタ……)

北条氏康
(然らバ…………)

古河城
さぁ、私と前橋城が来たからには、もう好き勝手はさせないわよ!

古河城
北条氏康の名を冠する巨大兜よ!
貴方の命運もここまで――、

北条氏康
……撤退ダ。


氏康様ヨリ撤退命令!!

兜軍団
全軍撤退ッ! 全軍撤退――ッ!!

古河城
……って、あ、あれ?

滝山城
兜たちが、あっさりと退いていく……じゃと?

菖蒲城
こ、これはいったい……どういうことでしょうか?

古河城
…………。

古河城
ま、まぁ、私の力に恐れを成したってことで……。

古河城
……いいのよね?

前橋城
……ああ。虚といえど氏康の名を冠する存在なのだ。
引き際を見極める慧眼はしかと備えていたということだろう。

殿
…………。

古河城
もう、そんなに嬉しそうにしないでよ、殿。

古河城
って、それよりも菖蒲城!

菖蒲城
は、はい!?

古河城
佐賀城たちから聞いたわよ。
どうして忍城に救援要請の手紙を出しておいて、私には出さないのよ!

菖蒲城
……だ、だって。

菖蒲城
古河城様は、こういう時、いつも決まって、

菖蒲城
そんなことくらい自分でなんとかしなさい!

菖蒲城
って、仰るから、その……頼みづらかったというか、なんというか……。

菖蒲城
それに、雪の結晶の研究もあるでしょうし、
あんまり邪魔しちゃうと……って……。

古河城
あ、う……。

前橋城
ふふ、これは日々の行いを少しは省みないといけないな。

古河城
で、でもそれは昔の話であって、
今はそんなに横柄じゃないってば!

滝山城
じ、自分でいうことでもなかろうに……。

古河城
なんにせよ、菖蒲城。
貴方が無事で本当によかったわ。

古河城
それに忍城……貴方にもずいぶんと迷惑をかけちゃったようね。

忍城
なに、貴方の大切な者を弟子として預かっていたのです。
これぐらいは当然のことにございましょう。

前橋城
……とはいえ傷だらけなことに変わりはない。
まずは城内に戻り、手当てをするとしようか。

菖蒲城
はい!

――その夜。

滝山城
……。

滝山城
…………。

???
笛の音に誘われて来てみましたが、斯様な場所にいらしていたのですね。

滝山城
……なんだ、おぬしか。
てっきり菖蒲城らと共に湯につかっているかと思ったが。

忍城
そうしようかと思っていたのですが、未だ兜の残党が
周囲にいないか気になってしまいまして、先程まで見回っていたのです。

忍城
…………。

滝山城
……その様子では此度の兜侵攻において
何か思うところがあるようだな。

忍城
ええ。

忍城
此地に来てから数日の間。
私は己が弟子の心技を研がんと剣を交わしてきました。

忍城
ですが、その結果たるやどうでしょうか。

忍城
手合わせしてみて分かったのは、
以前にも増した彼女の剣技が冴えと、

忍城
私すらも知らなかった強靱たる精神の輝きでした。

滝山城
……ということは、我らが此地に訪れた時、
彼奴は戦いにより疲弊こそしてはいたが、

滝山城
根本的な霊力や権能においての衰弱は見られなかったと、そう言うのか?

忍城
はい……。

忍城
……けれど、ならばどうして兜たちは此地を侵せたのでしょうか。

忍城
菖蒲城の存在も業も権能も、すべてに歪乱は無かった。

忍城
これでは、辻褄が合わないではありませんか。

――端。

滝山城
端から、我らの認識が間違っていたとしたら……如何だろう?

忍城
……え?

わかたれちりてちいさなきれはし。

滝山城
此地に訪れる前から我らは――。

つまらぬものにしておろかなもの。

滝山城
いや、此度の侵攻が行われるよりも以前から、
我らはずっと思い違いをしていたとしたら…………。

みかたによってかわりたるけしき。

忍城
何が言いたいのですか、滝山城さん。

ほんけいからはずれしことかたり。

滝山城
あの巨大兜はそもそも…………――。

忍城
…………。

滝山城
いや……言葉にしてしまえば、全てが崩れかねん。

滝山城
今暫く時間をくれ、忍城。

滝山城
単に、端午の節句が如く、数奇が重なっただけかもしれぬしな。

滝山城
それに、あの巨大兜――北条氏康の名を冠する異形は、
我らを含め菖蒲城にとっても縁が深すぎる。

滝山城
菖蒲城の絶対的な認識が、あの巨大兜を敵と――、

滝山城
完全なる邪者として認識できなかっただけ……とも考えられる。

忍城
…………。

忍城
そう、ですか。

忍城
滝山城さんの仰りたかったことを、ここに至りて解しました。

忍城
……ええ。確かに言葉にすれば災いをもたらしましょう。

滝山城
…………。

忍城
ですが、何も悪事ばかりではありません。

忍城
此度の一件があって、菖蒲城は己が立ち位置を見定める機に入ったことを悟り、

忍城
そして、古河城さんとも此世において会うことを許されたのです。

忍城
夕餉の折に話していましたが、
これからは殿たちとの協力体制も
視野にいれるとのことですからね。

滝山城
……ああ。
実に喜ばしきことじゃ。

滝山城
(……しかし)

滝山城
(それすらも、あの巨大兜の思惑が裡だとしたら……)

――供御。

滝山城
いや……考えすぎだな。

忍城
…………?

滝山城
少々、兜たちと接近しすぎた所為か、
思考が黒く濁っている気がするのじゃ。

滝山城
我らもそろそろ菖蒲湯に入り、穢れを祓うとするかのう。

忍城
ええ。お供しますよ、滝山城さん。

――そうして、菖蒲湯に身を沈めるに至ると、

ふたりの城娘は、登りゆく湯煙を見つめ、思う。

兜という存在の、その邪悪さの本質を。

しかし、答は朧――決して定まりはしない。

いつしか疲弊が思惟を鈍らせると、両者の聡明さは
微睡みにも似たぬるき渦へと消えていくのであった。

尚武の幟と邪祓の剣 -絶弐-

――北条氏康の名を冠する巨大兜との戦から数日後。
恩返しを兼ね、千狐たちの手伝いに精を出す菖蒲城
だったが、彼女の持つ力が予期せぬ騒動を惹起する。

前半
――北条氏康の名を冠する巨大兜との戦から数日後。

所領・屋外。

菖蒲城
よいしょ、よいしょ、よいしょ――っと。

菖蒲城
ふぅ。

菖蒲城
千狐さーん!
領内の鯉幟はここに設置すればいいのですよねぇ?

千狐
はい。毎年その位置ですので、
今年も同じ場所でお願いします。

菖蒲城
かしこまりましたー!

千狐
それにしても、戦いから数日しかたっていないというのに、
このようなお手伝いをさせてしまって申し訳ありません。

千狐
まだ疲れも残っているのではありませんか?

菖蒲城
いえいえ、これくらいであれば
ぜんぜん平気ですので、お気になさらず。

菖蒲城
それに忍城様にいたっては、
関東七名城の集いへ参じるため、
既に所領を発たれていますからね。

菖蒲城
いつまでもわたしだけが、
のんびりと柏餅ばかりモチモチしているわけにもいきませんよ。

千狐
そう言っていただけると、助かりますわ。

やくも
けんど今年は、菖蒲城がいるおかげで色々と楽やねぇ。

やくも
何と言っても、今年は千狐と一緒になってヒィヒィ言いながら
重たい鯉幟さんを運ぶ手間が省けたのが大きいだにぃ~。

菖蒲城
というと去年は、他の城娘さんたちが
お手伝いをしてくれなかったのですか?

やくも
うーん。そういうわけじゃないんやけど、

やくも
手伝ってくれたちっこい城娘さんたちは
みんな途中で飽きて遊び始めちゃったから、

やくも
……って、あれ?

菖蒲城
どうしたのですか、やくもさん?

菖蒲城
――ッ!?

所領・室内。

殿
…………。

柳川城
そうですね、殿。
明日はいよいよ端午の節句です。

柳川城
久しぶりに領内の皆さんと
親睦を深める絶好の機会かと存じます。

古河城
とは、言うけどねぇ……。

古河城
…………(ちら)

吉田郡山城
うふふふふ。

新宮城
むふふふふ。

古河城
あのふたりが、何日も寝ずに準備してる所為か、
部屋中が人形や甲冑だらけになっちゃってるんだけど。

前橋城
まぁ、そう言ってやるな、古河城。

前橋城
端午の節句におけるアレらは、
子供を厄から守り、そして立派に成長してほしいという、
二つの願いを込めて飾るものなのだから。

滝山城
まぁ、たしかにやや不気味ではあるが、
これも彼女たちの善意の結晶ゆえ、

滝山城
もう少し温かい眼で見守ってやるとしようではないか。

古河城
う、うーん……。
そういうことなら仕方ないけど。

古河城
殿は、イヤじゃないわけ?

殿
…………。

殿
…………。

滝山城
ふふ、そうじゃな。領内の幼き者のためにも、
こうした行事は必要不可欠と言えよう。

滝山城
それに、我々城娘からすれば、
殿もある意味では赤児も同然。

前橋城
となればさながらこれは、殿の厄払いと、
今後の壮健たる活躍を願っての行事とも捉えられるだろう。

古河城
いや、そ、それはなんか微妙に違ってくるような気が……。

古河城
って、ちょっと待って。
なんか……向こうの方、やけに騒がしくない?

前橋城
たしかに……。
何やら廊下を駆ける音がするが、これは。

千狐
――と、殿!

やくも
お願いだにぃ、助けてほしいがや~!

殿
…………!?

柳川城
お二人とも、そんなに慌てて
いったいどうしたというのですか!?

千狐
そ、それが……。

やくも
菖蒲城が、ちっこい城娘さんたちに追われてるんだにぃ!

前橋城
な、なんだと!?

殿
…………!

菖蒲城
ふぇ~んっ!! こっちに来ないでくださいぃ~!!

大宝寺城
――ぶおおお~~~~~んっ!!
(菖蒲城ちゃーん、遊ぼうよぉ~!!)

不来方城
おらぁっ! 菖蒲城、待ちやがれ~!
まだまだ遊び足りねぇ~ぞぉ~っ!!

前橋城
あれは……大宝寺城に不来方城!?

古河城
いや、それだけじゃないわ!

古河城
後方から続々とちっこい城娘たちが
こっちに向かって走ってきてるわよ!

古河城
千狐、これはいったいどういうことなの!?

千狐
こ、こっちが訊きたいくらいです……!

千狐
先程まで、外で端午の節句の準備をしていたのですが、
急に菖蒲城さんの許に城娘の皆さんが集まってきて……、

やくも
気づいた時には、こんな感じで追われる羽目になってたがや!

吉田郡山城
――いずれにせよ、ここは我らの出番というわけですね。

殿
……!?

新宮城
――ああ。

新宮城
幼き城娘たちの人気者として、我らが助けてやらねばなるまいよ!

古河城
……は? 
ち、ちょっと! なに夢みたいなこと言ってんのよ!?

古河城
――って、
二人してちっこい城娘たちの許へ全力疾走してるし……。

前橋城
いずれにせよ、我らも続くぞ!
このままでは怪我人も出かねんからな!

後半
菖蒲城

み、みなさん……危ないところを助けていただき、ありがとうございます……。

菖蒲城
なんとか……無事に生き延びることができましたぁ……。

新宮城
なぁに、礼など不要じゃ。

新宮城
(久方振りに幼き城娘たちと、組んずほぐれつできたわけじゃしのう)

吉田郡山城
それに、幼き城娘さんたちの腕白さは、
慣れぬ者にとっては脅威となりますからね。

新宮城
しかも、見たところ菖蒲城は妾と同じで
幼き城娘たちに好かれやすいようじゃしな。

新宮城
同じ苦労を理解する者として、
困ったことがあればいつでも――、

滝山城
……与太はそこまでじゃ、新宮城。

新宮城
む……?

滝山城
菖蒲城の性質は、おぬしが考えているのとは根本的に異なるのじゃよ。

柳川城
ど、どういうことですか?

滝山城
柳川城……おぬしは数日前の戦場にて、
菖蒲城の権能がひとつを目の当たりにしたな。

柳川城
は、はい。邪悪な存在を撥ね除ける力ですよね。

滝山城
然り。

滝山城
じゃが、此奴の最大の業とは、
名にし負う字義でもなければ、邪祓の権能でもない。

滝山城
そう、此奴が本来最大級に発揮する業とは、
子供たちにまつわる伝承によって生じし香――

滝山城
――即ち、幼き者どもを無差別に惹きつけるという性質なのじゃ!

古河城
……そ、そういえば、そんな力もあったわね。

古河城
(あまり会えてなかったからすっかり忘れてたわ……)

やくも
だにぃ……つまりは、どういうことがや!?

前橋城
要するに、幼い者たちに自然と好かれてしまうということだな。

吉田郡山城
へぇ……。

新宮城
……ほう。

菖蒲城
あ、あれ? 
吉田郡山城さん? 新宮城さん? 

菖蒲城
……ど、どうしたのですか?

新宮城
なーに。

新宮城
思えば端午の節句に向けての準備の所為か、
新参者のおぬしとはろくに話せていなかったからのう。

新宮城
先輩城娘として礼を失せぬよう、妾が閉じ込められて――、

新宮城
――じゃなかった。妾が住んでる向こうの離家で、
なれ寿司を肴に、ちょっとばかし世間話でもせぬか、菖蒲城よ?

菖蒲城
な、なれ寿司……?

吉田郡山城
もう、新宮城さんったら。
この私を出し抜こうだなんて……浅はかに過ぎませんか?

新宮城
……むっ!?

新宮城
(な、なんじゃこの威圧感は……妾が気圧されている、じゃと……!?)

吉田郡山城
既に菖蒲城さんと二人きりになるための術数は、二桁ほど用意しています。

吉田郡山城
算多きは勝ち、算少なきは負け候――。

吉田郡山城
故に……ここはひとつ、大人しく私に譲ってはいただけませんか?

新宮城
うーむ、そうしたいのは山々なのじゃが~。

新宮城
生憎と今この時においては、佐賀城が席を外しておるゆえ、

新宮城
妾、退く理由がどこにも見当たらぬのじゃなぁ、これが。

吉田郡山城
…………。

新宮城
…………。

菖蒲城
あの、えっと……ちょっと、お二人とも、落ち着いてくだ――、

菖蒲城
――きゃっ!

吉田郡山城
うふふふ。

新宮城
むふふふ。

古河城
ちょ、ちょっと!
あんたたち二人して何やってるのよ!

前橋城
左右から菖蒲城の腕を取って引っ張る形となっているが、これは……。

千狐
どう見ても、菖蒲城さんを奪い合おうという魂胆のようですね。

柳川城
そ、そんなことより、はやく助けないと、菖蒲城さんの身が!

滝山城
……いや、これは良い機会かもしれぬ。

柳川城
……え?

滝山城
新宮城! 吉田郡山城!

滝山城
その引っ張り合いの結果如何によって、
菖蒲城と二人きりで会話する権利を与えん。

滝山城
然らば、己が最善を尽くすが良い!

古河城
いやいやいや! そんなこと言ったら
菖蒲城が正中線から真っ二つに千切れるまでやるわよ、あいつら!

古河城
……って、あれ?

吉田郡山城
――――。

前橋城
ほう、吉田郡山城が、まっさきに手を離したようだな。

吉田郡山城
……申し訳ありませんでした。

吉田郡山城
焚き付けられて気づきましたが、
私……少々、取り乱していたようですね。

滝山城
うむ、さすがは吉田郡山城じゃ。

滝山城
おぬしこそが、菖蒲城と話すに相応しき城娘よ。

柳川城
え? ど、どうしてですか?
引っ張り合いは、結果として新宮城さんが勝ったのに……。

滝山城
勘違いをしておるぞ、柳川城。
我は別に『引き寄せた方が勝ち』などとは一言も言っておらぬ。

滝山城
それに、本当に幼き城娘を思っておるのならば、
不快と取られる行為をどうして続けられようか。

滝山城
……ということで、此度の裁定は吉田郡山城の、

古河城
ね、ねぇ……。

滝山城
ん?

古河城
……新宮城のやつ、配下の黒兎を使って、
既に菖蒲城を連れ去って行っちゃったんだけど。

滝山城
…………。

滝山城
…………え?

――所領・屋外。

菖蒲城
あ、あの……新宮城さん?
いったい、ど、どこに連れて行くおつもりなのですか?

新宮城
ん?

新宮城
それはそれは素敵なところなのじゃ~♪

新宮城
というより、いつまでもそのような恰好をさせておいては風邪もひこう。

新宮城
実はつい先日、花見の催事において、
大坂城らからあいどる衣装の古着をもらっておるでな、

新宮城
それを特別に着せてやろうではないか~。

菖蒲城
あ、あいどる衣装……?

新宮城
まぁ、全ては着いてからのお楽しみじゃ。
ほれ、黒兎たちよ、速度をあげいっ!

菖蒲城
はわわわっ!?
そもそも黒兎たち、い、いったい何者なのですか~っ!?

新宮城
むふふふふ~。

新宮城
(それにしても、これまたトンデモない異能を備えし城娘なのじゃ~♪)

新宮城
(この菖蒲城の力があれば妾の新国樹立の野望も再び――)

佐賀城
…………。

新宮城
…………。

佐賀城
いやぁ。アタシが厠に行ってる間に、ずいぶんとはしゃいじまったみてぇだな。

佐賀城
ええ? 新宮城さんよぉ?

新宮城
ち、ちちち、ちがっ……違うのじゃ!

新宮城
これはその、日頃我慢して溜まってしまったものが、
寝不足と疲労の合わせ技の所為で、
運悪くドバッと噴き出してしまったというかなんというか――、

新宮城
そ、そう! 魔が差したというやつじゃな!

新宮城
ほれ、空も夕闇に染まりはじめておるし、

新宮城
これがほんとの逢魔が時ぃぃ――ッ!!

新宮城
…………。

新宮城
なんちゃってぇ、なのじゃ♪

佐賀城
…………。

新宮城
さ、佐賀城……?

佐賀城
…………、

佐賀城
オマエ、端午の節句の催事には不参加決定な。

新宮城
んほぉぉぉおおおおおおおおおおおっ、いやじゃぁぁあああああああああ!!

新宮城
お、おぬしも知っているだろう? 妾、ずっと前から準備してきたのじゃぞぉぉ!

佐賀城
しょうがねぇだろうがッ!! 

佐賀城
せっかく悪癖がなりを潜めたかと思えば、
んなアホなことしてんだからよぉ!!

佐賀城
だが……コイツぁ、最近甘やかしすぎてたアタシの落ち度でもある……。

佐賀城
いいか? 今日からまた徹底的にシゴいてやっから覚悟しろ、新宮城!

新宮城
わっ、ちょっ……何をするのじゃ、佐賀城!

新宮城
菖蒲城が見ているのだぞ――って、こ、これ!

新宮城
縄だけは……縄で縛るのだけは、勘弁してくれなのじゃぁぁああああ~~~っ!!

菖蒲城
あ、あわわわわわわわ……。

数日後――。

端午の節句における催事は無事開催された。

が、そこに黒兎を引き連れし艶やかなる城娘の姿は無く、

その代わりとなるようにして、所領の離家からは、
悲しげに啜り泣く乙女の涙声が響き続けたという。



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