ストーリーテキスト/天下統一4章

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目次

4章 覚醒編[]

第45話 黒い城娘 ~駿河~[]

織田信長の名を冠する巨大兜を倒してから多くの
時が経過していた。次に向かうべく地も、果たす
べき任も分からぬまま、一同は頭を悩ませる……。

前半
…………。

表と裏。

光と闇。

あるいは……。

天と地。

此世開闢から此刻まで、己は見極めんとしていた。

魂魄が揺蕩う在様を。

無数に連なる万象を。

而して解すは――陰と陽。

我らの対立も制約も、全ては定められたものなり。

併し、依存しなくては存在しえない〈番〉でもある。

あなや……。

消長すれども循環し。

再び巡りて〈伽〉を産む。

――陽極まれば陰と成し。

陰極まれば陽と成す――。

???
……だからきっと。

???
真情に座する黒き憎悪は、此世にとってなくてはならないもので……。

???
故に私は……彼女を憎むことでしか、貴方を救えないのだと識った。

???
ねぇ、殿……。

???
…………いつか。

???
私の名を呼んでくれる刻が……くるのかしら?

――所領。

織田信長の名を冠する巨大兜を倒してから、ひと月ほどが経過していた。

殿
…………。

千狐
――以上が、
各地の城娘の方々が集めてくれた情報の全てとなります。

やくも
千狐ぉ……。
話が長くて途中からよくわからんかったんやけど、
つまりはどういうことがや?

柳川城
簡単に言うと、各地における兜たちの動きが
再び活性化しているということですね……。

やくも
だに!? どうしてがや? そんなのおかしいだに!

やくも
うちらは織田信長の名を冠する巨大兜を倒したがや!
アイツは確か兜さんの総大将だったんじゃないんかや?

龍王山城
それは……。

龍王山城
すまぬ。たしかに我ら畿内の城娘たちの総意は
ヤツが兜を束ねしモノとして定めていたのじゃが、

多聞山城
それはあくまでも不確実な推測が導いた定義でしたから……。

龍王山城
というより、よくよく考えてみれば最初に言い出したのは信貴山城じゃ。
……もしかして、あの時点から既に我らは謀られていたとでもいうのか?

多聞山城
さ、さすがにそこまでは考えていなかったと思いますが……。

多聞山城
けれど、我々にしても根拠なく然様なことを言っていたわけではありませんわ。

多聞山城
実際、あの巨大兜を討ち果たせば、兜たちの動きは弱まり、上手くいけば、
この混沌たる世に安寧をもたらすことができるとすら思っていましたもの……。

飯盛山城
けれど……。

飯盛山城
そうはならなかった。

三崎城
依然として関ケ原周辺の結界は強固なままですし……。

丹波横山城
兜たちの動きも鈍るどころか活性化している状況にあります。

千狐
それに、我々が畿内遠征に出向いていた最中に、千代城さんや滝山城さんたちが
出会したという『柴田勝家』の名を冠する巨大兜についても、
未だ有益な情報は得られていません……。

多聞山城
報告によれば、別働隊として動いていた関東や東北の城娘たちが
その巨大兜に、手も足もでなかったとか……。

雑賀城
ということは、今のボクらでも太刀打ちできるかどうか怪しい……ということか。

やくも
だにぃ……。
まだまだ兜さんとの戦いは続くってわけやね。

千狐
殿……これから、いったいどうすればいいのでしょうか?

殿
…………。

雑賀城
なるほど……未だ兜たちが跋扈する地を解放することこそが
単純にして明瞭な打開策……と、キミは考えるわけか……。

多聞山城
ですが、言うほど簡単なことではありませんわ。

多聞山城
実際、各地の城娘たちは今なお自分たちの故郷を
兜から防衛することで手一杯の状況ですし……。

龍王山城
かくいう我らも、畿内の地を兜から守ることに注力せねばならぬしのぉ。

三崎城
うーん……ということは具体的な方向付けができない限りは、
変化はなくとも現状を維持するしかない、ということなのでしょうか?

飯盛山城
で、ですが……そんなことを続けていたら、
状況が徐々に悪くなるのは誰が考えてもわかることです。

柳川城
そうは言っても……。

ツバサ
――と~の~!!

千狐
つ、ツバサ? どうしたの、急に?
今は大事な話をしている最中なのよ。

ツバサ
でもぉ、殿宛にお手紙が届いてたからぁ。

千狐
……え?

千狐
あ、本当だわ。

柳川城
ですが、差出人が不明ですね。

飯盛山城
もしかして、殿に対する恋文だったりして?

多聞山城
これまでの活躍ぶりを知る者としては有り得る話だと思いますわ。

雑賀城
そんなくだらない冗談はいいから、さっさと中身を確認したらどうなの?

雑賀城
……もしかしたら、何か大事な内容が書いてあるかもしれないよ。

千狐
そ、そうでしたね。
それではさっそく中身を――

千狐
――っ!?

千狐
こ、これは……。

柳川城
駿河に……新たな巨大兜の影あり!?

雑賀城
駿河、だと……?

多聞山城
確かに、以前から彼処には凶悪な邪気が
存在しているのを感じてはいましたが……。

龍王山城
とすると、もしかしたら現地の者たちからの救援かもしれぬな。

やくも
なら、こんなところでぐずぐずしてられんだに!
殿さん、すぐに出立するがやー!!

千狐
待ちなさい、やくも!
現状では遠征に臨める戦力は限られているのよ?

千狐
さっきも言われたように、畿内の城娘の皆さんだって、
前みたいに私たちと一緒に――というわけにはいかないの。

やくも
そ、そんなぁ……。

龍王山城
肩を落とす気持ちもわかるが、こればかりは許してほしい。

龍王山城
その代わりと言っては何じゃが……。

龍王山城
畿内の城娘からは雑賀を貸し出してやるのじゃ♪

雑賀城
……ボクを貸し出す、だと?

雑賀城
ふざけるな……。
ボクはキミの所有物じゃないぞ。

龍王山城
じゃが、先日ぬしは多聞山城から、
再びかなりの禄をもらったのじゃろう?

龍王山城
それは確か、我々や殿にとって再び危機が迫ったとあれば、
力を貸すという契約の証左でもあったと記憶しておるが……。

雑賀城
ふん……だからっていつでも力を貸すわけじゃない……。

多聞山城
雑賀城……。
怒らせてしまったことは詫びます。

多聞山城
ですが、貴方の情報網や各種銃器の取り扱いに長ずる点、
そして、卓越した隠密能力は他の城娘にはない強みです。

多聞山城
俸禄だけで強制する範囲を逸脱していることは重々承知ですが、
畿内を解放してくれた恩を返すためにも、殿に力を貸すことはできないでしょうか?

雑賀城
む……。

雑賀城
……キミがそこまで言うなら仕方ない。

雑賀城
それに……助けられてばかりというのも気持ち悪いからね。

雑賀城
そういうわけだ、殿……。
暫くの間はキミと行動を共にさせてもらうよ。

殿
…………。

殿
…………!

柳川城
それでは入念に準備をしてから出立するといたしましょう、殿。

千狐
経路としては、転移術で既に行ったことのある相模へ移り、
そこから駿河へと進むことといたします。

雑賀城
それじゃあ、準備開始だ……。

――駿河国。

柳川城
ようやく到着ですね、殿。

柳川城
とはいえ、思ったよりもかなり時間がかかってしまいましたが……。

雑賀城
道中で兜たちの群に出会さなければ
もう少し早くつけたんだけどね……こればかりは仕方ないよ。

やくも
なぁなぁ、ほんとにここに巨大兜さんがおるんかや?
見たところ、そげな雰囲気はしないだに……。

千狐
だけど、ひりつくような邪気の残滓は確かに存在している……。
もしかしたら我々の接近に気づいて身を潜めているのかもしれないわ。

殿
…………。

雑賀城
駿河国……。
そして多くの城娘たちが感じたという巨大兜の邪気。

雑賀城
となれば、冠する名は十中八九……『今川義元』だろうね。

柳川城
戦国屈指の名家、今川家の第九代当主として知られ、
東海一の弓取りとも呼ばれたほどの方ですからね。

柳川城
その名を冠するとなれば、きっと強大な力を有しているはず――


――ザザッ!

兜軍団
ザザザッ!!

雑賀城
桃形か……。
どうやらこの地に兜が集結しているのは間違いないようだ。

雑賀城
……殿、まずは雑魚を蹴散らすとしようか。

雑賀城
領地を侵されたと知れば、主も出てこないわけにはいかないだろうさ。

雑賀城
そのためにも、できるだけ派手に……そして鮮烈に戦う必要がある……。

雑賀城
まぁ、あまり得意なやり方じゃないが……柳川城がいれば何とかなるだろう。

柳川城
……え? わ、私ですか!?

雑賀城
大丈夫……織田信長の名を冠する
巨大兜との戦いでキミはずいぶんと成長した……。

雑賀城
もちろん、ボクもちゃんと支援する。
……あとは落ち着いて事を為すだけだ。

柳川城
……わ、わかりました!

柳川城
では、出陣です、雑賀城さん!
共にこの地の兜を一掃しましょう!

後半

――ギャァァァアアアア!!

柳川城
討伐完了……ですね。

雑賀城
……だが、おかしい。

雑賀城
これで本当に終わりなのか?
結局、巨大兜は現れなかったぞ……。

雑賀城
――っ!?

柳川城
どうしたのですか?

雑賀城
しっ……。
柳川城、ボクの後ろに下がれ。

柳川城
…………?

雑賀城
…………。

雑賀城
いるのはわかってる……。
三つ数えるうちに出てこい。

雑賀城
さもなくば、いまここで撃ち殺す……。

???
…………。

雑賀城
そうか……。

雑賀城
……どうやら死にたいようだな。

???
あーはいはい。わかったって。こっちに敵意はないんだ。
そんなどぎつい剣幕むけないでくれるかな?

雑賀城
……だったらボクたちの背後にいる
キミの仲間にも出てくるよう言え……。

???
ったく、まさかそっちにも気づいてたとはね。
恐れ入ったよ、ほんと……。

???
出ておいで乙女城。
これ以上は要らぬ警戒心を増させるだけだ。

乙女城
は、はい……。

殿
…………。

千狐
あの、貴方たちは……?

鍋蓋城
私の名前は鍋蓋城。
んでこっちは妹分の乙女城だ。

乙女城
は、初めまして……。

雑賀城
鍋蓋城に乙女城……。
聞いたことがあるな。

雑賀城
確か、そう……信濃の城娘だったはずだ。

雑賀城
けど、どうしてこんなところに……? もしかして、
キミたちもこの地に潜む巨大兜を倒しにきたのか?

乙女城
……え?

鍋蓋城
おかしいな……あいつ、殿一行には
現状を伝えておくって言っていたのに……。

雑賀城
あいつ……?

鍋蓋城
実は少し前に私たちのところに、あんたらの仲間だっていう
黒い城娘が来てな。名乗らなかったが綺麗なやつでよ……。

乙女城
それで、あの……私たちが、兜の侵攻の対処に困ってるという話をしたら、
殿たちが近々駿河に来るはずだから、そこで合流しろって言われまして……。

柳川城
黒い城娘……?

やくも
ってことは、大多喜城のことがや?

                ↑
               大多喜城

千狐
確かに、大多喜城さんは現在、小田喜城さんたちと共に関東圏の
守護をしているはずですから、取り計らってくれたのかもしれませんね。

雑賀城
ということは……所領に届いた手紙も大多喜城からのものだと?

千狐
そうだと思いますが……。

雑賀城
自分の名前も書かずに?

やくも
急いでて書き忘れたんじゃないかや?

雑賀城
あの大多喜城が、ね……。

雑賀城
(引っ掛かる……というより、明らかに他の者の作為を感じるな……)

雑賀城
(だが、現時点で眼前の二人――鍋蓋城と
乙女城が困窮の様子を映しているのは確かだ)

雑賀城
(仕方ない……暫時、警戒しつつも此世の流れに乗ってやるとするか……)

鍋蓋城
んなことよりも、結局あんたらはどうしてこの地に来たんだ?

千狐
えっと、我々は駿河国に巨大兜がいるという報告を受けたのです。

鍋蓋城
…………なるほどね。

乙女城
たしかに……ここにはかつて、今川義元の名を冠する巨大兜がいました。

乙女城
ですが、少し前に奇妙なことがあって……。

乙女城
その巨大兜は、この地で傍若無人な振る舞いを繰り返していたのですが、
何を思ったのか、突如として駿河を放棄し何処かへと消えてしまったのです。

千狐
な、何ですって……!?

雑賀城
それはいつ頃の話?

鍋蓋城
だいたい一ヶ月前くらいって感じかな。

雑賀城
となると……時期的には、ボクたちが織田信長の
名を冠する巨大兜を討伐したのと符合するな……。

やくも
もしかして、殿さんの力にびびって逃げたがや?

乙女城
その可能性は……かなり、あるかも……しれません。

鍋蓋城
ご存知の通り、実在した織田信長には桶狭間で今川義元を討ち破った過去がある。

鍋蓋城
となれば、その名を冠する巨大兜を倒したあんたらが
この地に来る前に逃げ出すのは当然と言えるだろう。

雑賀城
……けれど、いずれはどこかで討伐せねばならぬ相手だ。
今川義元の逃亡に関しては他の城娘たちに文を飛ばして報せておくとしよう。

鍋蓋城
……なぁ、少し話は逸れちまったが、とどのつまり
あんたらの用件ってのは既に果たされたってことだよな?

柳川城
そう、ですね。駿河の地を解放できたとなれば、
我々にとっては任務完了ということになるかと思います。

鍋蓋城
なら、その余勢を駆って共に私たちの故郷――甲斐に来てくれないか?

乙女城
実は、今……甲斐は兜たちの侵攻を防ぐために戦っているのです。

鍋蓋城
だからこそ、私たちはこの地に殿一行――つまりは、
あんたらに会えることを期して一時的に出向いてきたというわけ。

鍋蓋城
こうしてる今も、本拠では私らの総大将が兜たちを牽制している。
……だから、急いで戻らなくちゃいけないんだよ。

雑賀城
……どうする、殿?

殿
…………。

殿
…………!

雑賀城
ふっ……まぁ、予想していた答えだから驚きはしないよ。

雑賀城
いいだろう。まだ報酬分の働きはしていないしね。
鍋蓋城、乙女城……これからキミたちに力を貸すよ。

乙女城
ほ、本当ですか!?

殿
…………!

鍋蓋城
恩に着るぜ! 
それじゃあさっそく甲斐へ向かうぞ、殿!

第46話 風林火山 ~甲斐~[]

鍋蓋城と乙女城に誘われ甲斐国へと辿り着いた殿。
そこで一行は新府城という名の城娘に出会うのだが、
雑賀城は彼女の様子にどこか不安を覚えるのだった。

前半
――甲斐国。

鍋蓋城
お屋形――っ!!
鍋蓋城と乙女城、ただいま帰還したぞ!

新府城
鍋蓋城さま……。
お屋形と呼ばないでくれと何度いえばわかるのですか。

鍋蓋城
そういうお前だって、いつまでも私らに敬語つかうなっての。

鍋蓋城
今の甲斐は新府城、おまえが背負ってるんだ。
他の者に示しをつけるためにも慣れてくれって。

新府城
わかってはいますが――いや、わかってはいるが、

新府城
どうにもしっくりとこないのだ……。
せめて呼び捨てるくらいに収めてくれないだろうか?

鍋蓋城
ったく、しかたねぇな……。

乙女城
あ、あの……それよりも鍋蓋城ちゃん……。
まずは殿たちのことを紹介しないとだよぉ。

鍋蓋城
――っと、そうだったな。
なぁ、聞いてくれよ新府城!

鍋蓋城
やっぱり、あの黒い城娘の言った通り、駿河に向かったことで、
兜から甲斐を守るための強力な助っ人と出会うことができたぞ!

新府城
ほ、本当なのか!?

殿
…………。

殿
…………!

新府城
――っ!?

新府城
あ、貴方は……。

新府城
誰、なのだ……?

殿
…………。

殿
…………。

鍋蓋城
新府城、おまえな……。

鍋蓋城
甲斐のことばかりに集中するのもわかるが、
少しは外のことにも意識を向けろってんだ!

乙女城
そ、そうだよぉ……勉強不足はだめ、です……。

乙女城
こちらの方々は、あの織田信長の名を冠する
巨大兜を討伐した殿一行なんですよ?

新府城
なんと……!

新府城
これは礼を失した。改めてこちらも名乗らせてもらおう。

新府城
私は新府城。この地――甲斐を受け継ぐ者である。

千狐
受け継ぐ……?

やくも
って、いったい誰からや?

新府城
それはもちろん、躑躅ヶ崎公にございます。

殿
…………。

殿
…………?

雑賀城
(そうか……此世のキミたちにとって、その名は――――)

雑賀城
それよりも新府城。まずは現状を把握したい。
いったい、この地では何が起こっているんだ?

新府城
それが……。

鍋蓋城
始まりは、あんたらが畿内で信長の名を冠する巨大兜を倒した頃のことだ。

乙女城
私たちの住むこの甲斐に……紅き巨大兜が姿を現すようになったのです。

柳川城
紅き巨大兜……!?

鍋蓋城
ああ、そうだ。

鍋蓋城
冠する名は、『武田信玄』。
……さすがにこの名を知らないなんてことはないだろ?

柳川城
――っ!?

雑賀城
やはり、その名が出てくるか……。

雑賀城
キミも知ってるだろう、殿? 甲斐の虎と称されし希代の戦上手。
生涯において数多の合戦に臨み、その殆どにおいて勝利を収めたとされる武将だ。

殿
…………。

雑賀城
ああ。戦国の世にあっては、織田信長を凌ぐに足る名とも言える……。

やくも
だにぃ!? そげに強そうな巨大兜さんがいるなんて聞いてないがやぁ!

乙女城
け、けど安心して、やくもちゃん……。

乙女城
その巨大兜はね、たしかに甲斐にはいるんだけど、
……でも、もう十日以上も動かずにじっとしてるの。

柳川城
長きに渡って不動を貫いている?
なぜそのようなことを…………。

鍋蓋城
曲がりなりにも信玄公の名を冠してるってことさ。

鍋蓋城
疾きこと風の如く。徐かなること林の如し。
侵掠すること火の如く。動かざること山の如し――ってね。

鍋蓋城
恐らくヤツは、我らが籠城によって疲弊するのを待ち、
攻め込むに足る隙が生じるのを期しているにちがいない。

乙女城
……とはいえ、今の我々には殿たちが加勢してくれています。
ここから機を見出し、攻めの思考をもとに勝利を掴むべきかと。

新府城
……それはそうかもしれぬが。

新府城
だが、早計に事を進めるのだけはまずい。

新府城
今はまだ……考えさせてくれ、乙女城。

乙女城
新府城ちゃんが、そう……言うなら……うん……。

新府城
皆もわかっていると思うが、我々にとって甲斐は命そのもの。
決して、あのような異形に奪われるわけにはいかない……。

新府城
だから何としても、私が……甲斐を守ってみせる。

新府城
そう……私が守らねば、いけないのだ…………!

殿
…………。

雑賀城
(新府城、か……)

雑賀城
(少々、気負いすぎな気がするが、はたして……)


――ほ、報告にございます、新府城さま!

新府城
何事だ!?


そ、それが……。


ヤツが――あの紅き巨大兜が突然、
こちらへ向かって進撃を開始しております!

新府城
なんだと!?

新府城
バカな!? どうしてこんな時に……!

雑賀城
ボクたちが甲斐に入ったから……。
それ以外に理由は考えられないだろう。

新府城
くっ……。

新府城
ならば、こちらも打って出るまでだ!

鍋蓋城
――おい、新府城!
待てよ! ひとりで突っ走るんじゃねぇ!

乙女城
そ、そうですよ! 無理はいけません!

新府城
無理なことなどあるものか……!

新府城
鍋蓋城……貴方だっていつも言っているではないか。

新府城
為せば成る……為さねば成らぬ、と!

鍋蓋城
馬鹿野郎! んなことをいま持ち出すやつがあるか!

鍋蓋城
って、駄目だ……ああなっちゃ新府城は止まらねぇ。

鍋蓋城
殿、悪いがすぐに準備をしてくれ!

殿
…………!!

――――。

武田信玄
……………………。

新府城
ついに、この時が来たのだな……。

新府城
貴方がたとえ武田信玄の名を冠しようと、手心を加える気はないぞ。

武田信玄
フム……。

武田信玄
勇まシキ武威の気色ヨナ……。
実に心地よき――ソシテ懐かしきモノなり。

武田信玄
だが……郷愁ノ念など今や無用……。

武田信玄
此処ハ過ぎ行くベキと定められシ地なれば、
邪魔立てハせんで欲シイと儂は詞ヲ放たん。

新府城
……ど、どういうことだ?
まさか戦わずして解を探ろうとでもいう気か?

武田信玄
然様……儂ニトッテ戦は目的デハナク手段……。

武田信玄
ダガ何事にも例を外れる事アリさば、現状ノ我が器、我が魂ノ
向かう先にて宿願を果たさんと欲スハ詮無きコトト思わぬか?

新府城
……何を言うかと思えば。
やはり兜の言は我ら城娘を惑わす事象なり!

新府城
縁ある魂に似せた虚ならばと一縷の望みを抱いた我が身を恥じるばかりぞ。

新府城
……然らば、今より我は甲斐の守護者として貴方を討ち取らん!

武田信玄
フ……惜シイものじゃ。基因となる質アレド、繰る術はエヌか。
……新府城ヨ……其れが其方ノ未熟さト識れ…………。

武田信玄
サテ……儂らにトッテ必要な気と智をエルため、
戯に臨むとスルかね……皆、武器ヲ執るがよイ。


――御意。

兜軍団
御意ッ……御意ッ……。

新府城
来い、兜ども……。
私こそが甲斐を受け継ぎし者であることを証明してみせる!

鍋蓋城
――っ!?
くそ、新府城のやつ……頭に血がのぼっちまってる!

乙女城
鍋蓋城ちゃん、すぐに加勢しないと……!

鍋蓋城
わかってるって! 乙女城、おまえも油断するなよ!

雑賀城
殿、ボクらも往くぞ……。

柳川城
とはいえ……敵は新手の巨大兜です。
まずは出方を窺うことも肝要かと……。

鍋蓋城
みんな、いきなりで悪いが支援を頼む。
こんなところで新府城を失うわけにはいかないんだ!

乙女城
それでは、出陣と参りましょう……!
皆さんで力を合わせれば、きっと上手くいくはずです!

後半
新府城

くっ、うぅぅ……まだ、だ……ここは、通さぬ……ぞ……。

武田信玄
……ホウ……思いの外、やるようジャな……。
勝頼ノ影響を強く残す城娘にシテはなかなかに見所がある。

武田信玄
ダガ、将器に関シテは……粗末に過ギルと言わざるをエナいのぉ。

新府城
く、そ……言わせて、おけば――ッ!!

鍋蓋城
だから無茶はするなと言ってるだろ!
おまえはさっさと下がれ、新府城!

乙女城
鍋蓋城ちゃんの言う通りだよ……!
新府城ちゃん、ここは私たちに任せてください!

武田信玄
――――ヌっ!?

鍋蓋城
ふふっ、どうだ巨大兜?
今の一撃はなかなか効いただろ?

乙女城
どうやら……動きは、止められたみたいだけど。
……ここから、どう出てくるか……。

武田信玄
成程……勘助の気色スラ感じさせる城娘がイルとは、面白い……。

武田信玄
マァ、ここらが潮目じゃろう……地気は十二分に吸い取ッタしな……。
我が縁の地の未練あれど、それにも勝る宿願がアレばこそ、儂は往く。

武田信玄
邪魔ヲしたな……甲斐の城娘タチヨ……。
後は、オヌシらに此の地を任せるトシヨウ……。

兜軍団
撤退……撤退……。

鍋蓋城
なっ……どういうことだ!?
兜たちが次々と退いていくぞ!

雑賀城
鍋蓋城たちの攻撃がどうこうではない……あれは、
端から勝利を目的とした戦ではなかったということだろう。

新府城
本当に、手段としての戦だった……という、わけ……か……。

新府城
く、ぅ……どこまでも、私を……虚仮に、して…………うぅ……。

鍋蓋城
――お、おい! 
大丈夫か、新府城!

鍋蓋城
まずい、気を失ってる……。
乙女城、すぐに中に運ぶぞ!

乙女城
う、うん!

――数刻後。

殿
…………。

柳川城
新府城さん、大丈夫でしょうか?

千狐
とりあえず命に別状はないと思います。

千狐
新府城さんが倒れた理由は、外面的な負傷ではなく、
長きに渡る籠城による心的疲労が原因でしたから……。

やくも
何にせよ、早くよくなってほしいだに――

やくも
――って、あれ!?

新府城
…………。

柳川城
新府城さん!?
もう、起きて大丈夫なのですか?

新府城
ええ……心配をかけてしまい、すまない……。

鍋蓋城
ったく、ほんとに悪いと思ってるなら、
今日みたいな戦い方は二度とするなよ。

乙女城
焦る気持ちはわかるけど……死んだら、元も子もないですから……。

新府城
はい……。

新府城
…………。

新府城
私は、本当に……未熟ですね……。

新府城
どうして、いつもいつも上手くいかないのでしょうか。

新府城
せっかく、こうして甲斐を受け継いだというのに……。

新府城
……こんなことでは、いつまでたっても皆は私を認めてくれない。

新府城
いったい、どうしたらいいの……?

鍋蓋城
だからいつも言ってるだろ、もっと皆を頼れって。

鍋蓋城
甲斐を守らんとして気負うのもわかるし、
早くみんなに大将として認めてもらいたいのも理解する。

鍋蓋城
けどな、焦ったって事態は好転しねぇ。
信頼なんてのは即席でどうこうできるもんじゃねぇんだからよ。

新府城
すみません…………頭ではわかっているのですが……。

新府城
はぁ……。
駄目だ……やっぱり私には、無理なんだ……。

新府城
……こんなことなら、大将面して偉そうにするんじゃなかった……。

新府城
思えば、躑躅ヶ崎公のようになれるだなんて、どうして考えたのでしょうか……。

新府城
……高遠も、上田も、松代も……かつては、優しくしてくれましたが……、
結局……心の底では私のことなど全く認めてはいなかったでしょうし……。

新府城
はぁぁ…………もう、だめだ……私なんて……私なんて……ぐすっ……。

鍋蓋城
あちゃあ……。
新府城のやつ、また陰鬱状態に入っちまったな。

乙女城
こうなると……なかなか、立ち直れないですからね……。

柳川城
……ど、どうするのですか?

鍋蓋城
そうだな……。

鍋蓋城
仕方ない。こうなりゃ荒療治だ。

鍋蓋城
新府城。これは命令だ。
一度おまえさんは甲斐を離れろ。

新府城
……え?

鍋蓋城
でもって明日、お前は殿や私と共に越後に向かい、
あそこらへんの兜を片っ端から片付ける。いいな?

新府城
越後……!? 
ばかな、いきなりどうしてそんな話になるのですか! 
荒唐無稽も甚だしい!

鍋蓋城
お前は甲斐のことばかりで越後の現状を知らないんだろうが、
あっちにも新手の巨大兜が出現してるって話なんだよ。

新府城
越後に巨大兜……?

柳川城
――まさか!?

鍋蓋城
ああ……冠する名は、『上杉謙信』。

雑賀城
今度は謙信か。やれやれ……。
驚き以上に納得の方が強いなんて皮肉なものだね。

鍋蓋城
仕方ねぇさ。何せその名は信玄公にとっちゃ番のそれに近い。
巨大兜として現れる時期が同じでもなんら不思議はないさ。

鍋蓋城
となれば、越後にいるであろう坂戸城たちは、
少しでも戦える者を必要としているはず……。

新府城
だが、私がここを離れてしまっては甲斐は……。

鍋蓋城
いいや、違うね。今みたいな状態のお前だからこそ
一度甲斐を離れるべきなんだよ。

鍋蓋城
内からの景色だけじゃ、これ以上の成長なんて望めやしない。

鍋蓋城
新府城……、少しでも甲斐のためにと
自分を高めたいと思うなら外の世界を見てこい。

鍋蓋城
これはな、先達としての助言だ。

新府城
……だ、だけど……。

鍋蓋城
まだ納得できねぇみたいだな。

鍋蓋城
いいか、新府城?
私もお前と同じように甲斐のことを心底から案じている。

鍋蓋城
なればこそ、この地を守るためにも、
何としてもお前には将としての器となってもらわなくちゃ困る。

鍋蓋城
そのためにも、お前は甲斐の外の世界を見るべきなんだよ。

新府城
…………。

新府城
…………承知した。
貴方がそこまで言うのなら、何か理由があるのでしょう。

鍋蓋城
ああ……いい子だ、新府城。

新府城
や、やめてください……皆が見ている前で、頭など撫でないで……んぅっ……。

乙女城
(ふふ、何だかんだでやっぱり新府城ちゃんは鍋蓋城ちゃんの前では素直ですね……)

乙女城
……って、あれ? 
でもそうなると新府城ちゃんの代わりはどうするのですか?

鍋蓋城
ん? おいおい、今さら何を言ってるんだよ?

鍋蓋城
乙女城が、一時的にここの大将をやるに決まってるだろ?

乙女城
……ふぇ?

乙女城
わ、私が……?

鍋蓋城
ああ、よろしく頼むぜ!

乙女城
む……むむっ、無理ですよぉ~!

鍋蓋城
なに言ってるんだよ、お前には充分な経験と知恵があるじゃねぇか!

鍋蓋城
それに、新府城と同じように
お前にも足りないものを補ってもらう良い機会だ。

鍋蓋城
いわば、自信ってやつだな!

乙女城
そ、そんなぁ……。

乙女城
私、鍋蓋城ちゃんと離れたくないのに……。

鍋蓋城
うっ……。

鍋蓋城
そう言われると、さしもの私も心が揺れる……。

鍋蓋城
っていかんいかん。乙女城。これも甲斐のためだ。
少しばかり我慢と頑張りってやつをみせてくれよ。

乙女城
……うぅ。

乙女城
わかりました……。
そういうことなら……少しの間だけ、ですからね?

鍋蓋城
ああ。それまでに越後での用事はぱぱっと済ませてくるからよ。

鍋蓋城
ってことだ、殿。ちょっとばかし性急ではあるが
明日には出発しようと思う。で、問題ないか?

殿
…………。

殿
…………!

雑賀城
まったく……次から次へと息つく暇もない……。

柳川城
けど、ここら一帯を深く知る者と同行し、
未だ解放しきれぬ地を兜から取り戻す好機でもあります!

やくも
そうやね! ここで気張れば
それだけ色んな人たちを助けることもできるってもんだに!

殿
…………!

千狐
では、明朝の出発に向け、今日はここで休むとしましょう。

――その夜。

鍋蓋城
…………。

雑賀城
……隣、いいかな?

鍋蓋城
なんだ、誰かと思えば雑賀か。

鍋蓋城
……って、その様子だと、
単に夜風にあたりにきたってわけじゃなさそうだな。

雑賀城
…………。

雑賀城
鍋蓋城……ひとつ訊かせてくれ。

鍋蓋城
ん?

雑賀城
キミは……。

雑賀城
どうして、あれほどまでに新府城にこだわる?

鍋蓋城
というと?

雑賀城
……しらばっくれるな。

雑賀城
キミたちには新府城ではなく、
真に甲斐の城娘を束ねる強者がいたはずだ。

鍋蓋城
……なんだ、そのことかよ。

鍋蓋城
別にしらを切ってるつもりはない。

鍋蓋城
ただ単に、躑躅ヶ崎館さまは
未だ此世に存することを許されてはいない……それだけ。

鍋蓋城
だからこそ、あいつが――新府城が甲斐を守らなくてはいけなくなったのさ。

雑賀城
…………。

鍋蓋城
よくわからないって顔してるな。

鍋蓋城
けどな、私たちから言わせりゃ、
お前たちの先の畿内遠征だって疑問ばかりだ。

雑賀城
ボクたちの……?

鍋蓋城
ふふ、当事者には違和が強くならないようにでもなってるのかね?

鍋蓋城
ならわかりやすく訊いてやるよ。

鍋蓋城
あんたらの畿内遠征には――、

鍋蓋城
どうして『安土城』がいなかったんだ?

雑賀城
それは……。

雑賀城
(たしかに、そうだ……)

雑賀城
(織田信長の名を冠する巨大兜を討伐するなら、
あの刻、あの場所は安土城こそが在るべきだった……)

雑賀城
(おかしい……どうして、そのような当然の思考にボクは至らなかった?)

雑賀城
(いや、そもそもなぜ安土城の所在をボクは知らない……?)

雑賀城
これは、いったい……どういう、ことだ……?

鍋蓋城
さてね。お前が何を問い、何を欲してるのかなんて
今の私にはわからないし、わかりたいとも思わない。

鍋蓋城
けれど、一つだけ言えるのは――。

鍋蓋城
此世はそれだけ醜く出来てるってことさ。

雑賀城
…………。

鍋蓋城
さて、それじゃあ私はそろそろ行くとするよ。

鍋蓋城
明日は早い……ちゃんと寝ておけよ、雑賀。

雑賀城
……ああ。

雑賀城
……………………………………。

雑賀城
(いけない……これは余計な思考だ)

雑賀城
(刻がくれば、必要なことは多聞山城や信貴山城がボクに報じるはず……)

雑賀城
(今までもそうだった……)

雑賀城
(……そしてこれからも、それは変わらない)

雑賀城
(だから、今は……ただ――――としての役目を果たすのみ……)

雑賀城
それだけ……。

雑賀城
それだけのこと……なのに……。

雑賀城
………………………………。

――同時刻・甲斐国某所。

???
……雑賀の業を持つ城娘。

???
貴方のようなやさしい子が、悲しみを覚える必要なんてないのにね。

???
…………。

???
そうよ……。

???
……真に苦しむべきは、彼女ただひとりでいい。

???
ねぇ、貴方もそう思うでしょ?

???
…………殿。

第47話 来草入湯 ~上野~[]

鍋蓋城の進言を受け、殿一行は越後へと向かう。
しかし、己が心を決しきれぬ新府城の表情は暗く、
北進の足取りは徐々に重いものへと転じていった。

前半
…………。

???
…………。

???
……斯うしてまた、望んでもいない朝がやってくるね。

???
殿……。

???
……気をつけて。

???
嘗てのような失態は此刻では許されないのだから……。

甲斐国――。

鍋蓋城
よぉっし、これで準備は完了だな!

鍋蓋城
それじゃあ行こうぜ、殿?

殿
…………!

新府城
はぁ…………。

新府城
……本当にこれでいいのでしょうか?

新府城
私が甲斐を離れたとあっては、ますます皆の不興を買うんじゃ……。

鍋蓋城
ったく、まーだそんなこと言ってんのか?
昨夜は何だかんだと納得してたってのによ。

新府城
あの時は、その……場の雰囲気に飲まれて承諾してしまったというか……。

鍋蓋城
で、一夜明けて冷静になった途端、不安になっちまったと……。

新府城
…………はい。

鍋蓋城
あのなぁ、今の陰鬱状態のお前さんが此処にいたって
皆の邪魔にしかならねぇんだ。うだうだ言ってねぇで仕度しろ。

新府城
じゃ、邪魔にしかならない……だなんて……。

新府城
うぅぅ……やっぱり、私は……皆からそのように思われていたのですね……。

鍋蓋城
あ……いや、そうじゃなくてだな。

新府城
はぁ……そうですよね、私なんて……私、なんて…………。

鍋蓋城
ああもう! 
乙女城も何とか言ってくれよぉ!!

乙女城
はぁ……。

乙女城
鍋蓋城ちゃんが、私を置いて……越後に行っちゃうなんて……。

鍋蓋城
――お前もかよっ!?

乙女城
だって……私と鍋蓋城ちゃんは、いつだって一緒だったのに……。

乙女城
いつか二人で、でっかいことを成し遂げようって、約束したのに……ぐすっ……。

鍋蓋城
今生の別れみたいな言い方すんなっての!

鍋蓋城
あのな、乙女城……でっかいことを成し遂げるためにも、
遅かれ早かれお前には成長してもらわなきゃ困るんだ。

鍋蓋城
だから、暫時とはいえ甲斐の守護を任せるってことは、
言い換えれば私たちの将来への布石でもあるんだよ。

乙女城
……本当に?

鍋蓋城
お前に嘘なんかつくかよ……。

鍋蓋城
だから、私たちの未来のために――

鍋蓋城
――いや、私のために強くなってくれ、乙女城。

乙女城
……そういうことなら。

乙女城
うん、私……鍋蓋城ちゃんのために頑張るよ!

鍋蓋城
ああ、お前ならきっとできるさ、乙女城。

新府城
はぁぁ…………。

鍋蓋城
ほらほら、お前さんも乙女城を見習ってそろそろ腹を括れ。
いつまでも泣いて塞ぎ込んだって兜たちは待っちゃくれねぇんだ。

新府城
それは、そうですけどぉ…………。

鍋蓋城
ですけどぉ、じゃねぇ! それに敬語も禁止だって言ってんだろ!
おらぁおらぁっ、ツベコベ言わずについて来いってんだお屋形!!

新府城
あっ、や……やめてくださいぃ……っ!
そんな……うぅぅ……引きずらないでくださいよぉ……!!

やくも
…………。

やくも
何だか先が思いやられるだにぃ……。

千狐
……そうね。
新府城さんのあの様子……やっぱり気がかりだわ。

柳川城
とはいえ、鍋蓋城さんの考えも分からなくはありません。

柳川城
現状を維持せんとして改善を図らず、ゆるやかな衰退に気づきながらも、
賢しき振りをして目を逸らし続ければ、孰れ辿り着く先は暗き地平のみ。

柳川城
ならば、痛みを覚えようとも新たな道を模索しないと――。

殿
…………。

柳川城
あ……す、すみません……!
何だか柄にもなく語ってしまって。

殿
…………。

殿
…………。

雑賀城
……どうでもいいけど、
いちゃつくなら出立してからにしてくれないかな?

柳川城
――さ、雑賀城さん!?

雑賀城
何だよ、その反応は……。

雑賀城
さっきからずっとボクはここにいたっていうのに。
まさか気づいてなかったとでも……?

柳川城
ご、ごめんなさい……。

雑賀城
やれやれ……。

雑賀城
……こうしている間にも越後の状況は悪化しているかもしれないんだ。

雑賀城
準備が出来たのなら、すぐに此処を出よう、殿。

殿
…………!!

――半刻後。

新府城
はぁ…………。

鍋蓋城
………………。

――数刻後。

新府城
はぁぁ…………。

鍋蓋城
………………。

――翌日。

新府城
はぁぁぁ…………。

鍋蓋城
ああもうっ! いつまで溜め息ついてんだよ、お前は!

鍋蓋城
ようやく草津の温泉地帯に辿り着いたんだ!
少しはやくもみたいに、はしゃいだらどーなんだ!?

新府城
だって……甲斐のことが心配で……。

鍋蓋城
だからって、此処まで来ておいて今さら戻るわけにもいかないだろ!

鍋蓋城
お前の道はもう越後へと伸びてるんだ。諦めろって。

新府城
越後……。

新府城
……越後、ですかぁ。

新府城
甲斐を離れて、私が上杉ゆかりの地のために……戦う……。

新府城
うぅぅ……どうして、私が上杉のために……?

新府城
……おかしい……やっぱり、なにか間違ってるような……。

鍋蓋城
………………。

鍋蓋城
………………フフ。

柳川城
あ、あれ? 鍋蓋城さん? 
急に笑いだして、一体どうしたのですか?

雑賀城
離れろ、柳川城……。
あの様子だと……どうやらキレてしまったようだ。

柳川城
へ……?
き、キレた……?

新府城
はぁぁぁぁ…………。

鍋蓋城
なぁ、新府城。

新府城
……はぁ、何でしょう?

鍋蓋城
おまえ――。

鍋蓋城
いっぺん沈んどけ☆

新府城
え……?
いったい、何を――

新府城
って、ちょ――あ、あぶないですって!
そんなふうに押されたら……あっ、ああっ!!

鍋蓋城
おらぁぁぁあああ!!

新府城
きゃぁぁあああああああああああああああ!!

柳川城
新府城さん!?

雑賀城
やれやれ……。
まさか温泉に突き落とすとは……。

鍋蓋城
危険だから、良い子はぜってぇ真似すんなよ?

やくも
だにぃ……何でうちに向かって言うがや?

千狐
そんなことより、新府城さんを助けなくていいのですか!?
湯気のせいで、まったく姿が捉えられないんですけど……。

鍋蓋城
溺れるほど深いもんでもあるまいし、心配しなくたっていいだろ。

鍋蓋城
ほれ、見てな。
すぐにでもぶくぶくーって上がってくるに決まって――。

……。

…………。

鍋蓋城
あれ……?

柳川城
まったく、浮上する気配がありませんが……。

雑賀城
まさか、なかで頭でもぶつけたんじゃないだろうな?

鍋蓋城
そんな……!?

鍋蓋城
待ってろ、すぐに助けに――

新府城
――ぷはぁっ!?

鍋蓋城
新府城!!

やくも
というより、どうして変身しちょーがや!?

千狐
――っ!?
この邪気は、まさか!

新府城
皆、すぐに戦闘態勢に入れっ!
湯の中に兜たちが潜んでいるぞ!

千狐
何ですって――!?

新府城
数体ほど水中で仕留めたが、まだ数は多く残っているようだ!

鍋蓋城
っち……こんな温泉地帯にまで兜らの手が回ってるとはな。

殿
…………!?

蜂形兜
甲斐カラノ侵入者ヲ……滅殺セン……。
……イザ……イザァ……ァァァ…………。

雑賀城
警戒を強めろ、殿……。
敵は温泉の中だけではないようだ。

殿
…………!

柳川城
はい……どうやら湯煙に乗じて、こちらに迫ってきてるようですね!

新府城
兜たちめ……。
民の数少ない憩いの場を穢すとは不届き千万。

新府城
いざ往かん――!
鍋蓋城、私の後についてまいれ!!

鍋蓋城
ったく、さっきまでの陰鬱っぷりは何処へやらだな。

鍋蓋城
まぁいい! どんなきっかけだろうと、
うちのお屋形が元気になったってんならそれでいいぜ!

鍋蓋城
殿、雑賀、柳川城!
速攻で此の地から兜を追い払うぞ!

雑賀城
言われずとも、そのつもりさ……っ!!

柳川城
いきましょう、殿!
どうか我らに聡明なる下知を――!!

後半
蜂形兜

――ギャァァァアアアア!!

雑賀城
……どうやら今ので最後のようだな。

新府城
ハァ……ハァ……。

鍋蓋城
お疲れ、お屋形。
怪我がないようで何よりだぜ。

新府城
だからお屋形はやめてくださいと言ってるのに……。

鍋蓋城
おっと、悪かったな。
今は甲斐の中じゃないもんな。

鍋蓋城
それに、戦う前よかずっと元気な顔してる……。
やっぱり、お前さんは戦の中でこそ活きる城娘だ。

新府城
……ですが、いくら戦が上手くなろうと、それだけでは足りないものがあります。

新府城
先の戦においても、殿の采配は見事なものだった。

新府城
あれこそが、将としてあるべき器……なのでしょうね。

殿
…………?

やくも
だにぃ♪ 今ごろ殿さんの凄さが分かったがやぁ?

千狐
こら、調子にのらないの。

鍋蓋城
だがまぁ、甲斐に閉じこもってたお前さんにとっちゃ、
殿のような存在はとびきり刺激的な相手に映るだろうさ。

鍋蓋城
あ、そうだ――お前さんの今後の成長のためにも、
この旅の間は殿のことを観察してみるってのもいいんじゃねえのか?

新府城
なるほど……。
旗下の城娘たちとどう接するかなど勉強になりそうですね。

新府城
然らば殿!
迷惑でなければ観察の許可をいただきたい!

殿
…………。

柳川城
あ、あまりジロジロ見られては殿の心が安まらないのでは……?

鍋蓋城
へへ、安心しろって柳川城。
何も殿をとろうって訳じゃないんだからさ。

柳川城
べ、別にそういうことでは……!

雑賀城
(……分かりやすいね、キミは)

雑賀城
それよりも、そろそろ日が落ちる。
……今日はここらで休むとしよう。

鍋蓋城
ああ。つーか、元よりそのつもりだったしな。

雑賀城
……どういうことだ?

鍋蓋城
甲斐を出立する前に越後の城娘たちには文を飛ばしていてな。
……明日の朝には此の地に使いの者がやってくる算段になってる。

雑賀城
有り難い話だが、そういうことは先に言っておいてくれないか?

鍋蓋城
悪い悪い。

鍋蓋城
だが、旅には驚きも必要だと思ってな。
正直嬉しい誤算だろ? 今宵はゆっくり温泉につかれるんだぜ?

雑賀城
……自分の主を突き落としておいてよく言うよ。

鍋蓋城
それはそれ、これはこれだ。

鍋蓋城
ってことで、殿たちも異論はないよな?

やくも
うちは賛成だにぃ~!

やくも
草津の温泉やけん、今日はゆっくり身体を癒やすがや~。

殿
…………!

新府城
…………。

鍋蓋城
ほら、なぁに惚けてるんだ、新府城。
殿を観察するんだろ? 一緒に入ってきたらどうだ?

新府城
ば、馬鹿なことを言わないでください!
私の裸体を見ていいのは――

新府城
――って何を言わせるのですか、貴方は!

鍋蓋城
あはは、いっちょまえに顔真っ赤にしてんじゃねぇって。
さっきのは冗談に決まってるだろ、じょーだん♪

新府城
もぉ、貴方という人は……。

新府城
…………ふふ。

――夜。

雑賀城
…………。

新府城
おや……?
誰かと思えば貴方でしたか。

新府城
もしかして、また温泉に入っていたのですか?

雑賀城
ああ……。

新府城
意外ですね。雑賀の城娘は、
不要な娯楽や行為はしないと思っていたのですが。

雑賀城
だからこそ、さ。

雑賀城
……キミなら知ってると思うが、

雑賀城
草津の湯は、日の本を代表する名湯のひとつであり、
万病に吉とも謳われる格別たるものだ。

雑賀城
だからこそ、今後の戦に備えて
躯の疲弊を少しでも癒やしておこうと思ってね。

新府城
なるほど、そういうことでしたか。

雑賀城
それに……前々から草津の温泉には興味があったんだ。

新府城
……え?

雑賀城
噂では、かつて人々は此の地での湯銭を、
武田配下の真田氏に納めていたらしいじゃないか。

新府城
よくご存知で……。
ですが、それと貴方と、どういう関係が?

雑賀城
真田の名を持つ城娘の中に、友達がいるんだ。

雑賀城
あの娘が……事ある毎に草津の湯の素晴らしさを口に
するものだから、知らず期待ばかりが膨らんでしまってね。

雑賀城
……まったく、彼女には困ったものさ。

新府城
大切な方なのですね。

雑賀城
……そういうことに、なるのかな。

雑賀城
けど、此世においては未だ出会えていないんだ……。

雑賀城
……いったい今どこで、何をしているのだろうか。

新府城
…………。

新府城
私も、同じです。

新府城
躑躅ヶ崎公を求めど、逢えずにいる……。

雑賀城
それでも、務めを果たさねばならぬ、と……そういうことか。

新府城
…………。

雑賀城
此世に起った城娘は、皆そうだ……。

雑賀城
配られた手札で、命懸けの勝負をするしかない。

雑賀城
……キミも、ボクも。

雑賀城
そして、柳川城も……殿も……ね。

新府城
……雑賀城。

雑賀城
詞が過ぎた……。
ボクはもう寝るよ。

新府城
ええ……おやすみなさい。

新府城
…………。

新府城
(配られた手札で……か)

新府城
躑躅ヶ崎公……。

新府城
私は、貴方の理想にどこまで近づけているのでしょうか?

ひとり、月に問う――。

だが、還ってくるのは冷涼たる静寂だけだった。

第48話 毘沙門天 ~越後~[]

草津の湯を堪能した殿一行の許へ、越後からの
使者がやって来る。少女の名は、与板城。彼女の
先導を受け、殿たちは再び北へと歩を進め始める。

前半
――翌日。

鍋蓋城
おっ、来た来た。

鍋蓋城
お~い、此処だ此処ぉ!

与板城
あ~っ! 鍋蓋城さ~んっ!
すみませーん、お待たせしました~!

新府城
むっ……まさか、与板殿が来るとは……。

与板城
わわっ!?
すごい、新府城さんまでいらっしゃるのですね♪

与板城
甲斐以外でお会いするの、初めてじゃないでしょうか?

新府城
そ、そうだな……。

新府城
(って……これではまるで、私が引き籠もりみたいではないか……)

殿
…………。

与板城
ふふっ、御屋形もお久しゅうございますね。
息災のようで何よりです♪

殿
…………。

殿
…………!

雑賀城
…………。
(そうか……多聞山城からの情報では、殿たちは与板城や
坂戸城などとは、ある程度の面識があるんだったっけか……)

雑賀城
(……まったく、いちいち把握が面倒だな…………)

柳川城
それよりも、現在の越後の状況はどうなっているのでしょうか?

柳川城
聞けば、上杉謙信の名を冠する巨大兜が出現しているとか……。

与板城
はい……。

与板城
ですがご安心を。未だ交戦には至らず、敵は我らの
根拠を監視するのみに留まっている――といった状態です。

新府城
……ふむ。
どうやら我ら甲斐の時と同じということみたいだな。

雑賀城
だからこそ、いつ動き始めてもおかしくはない。
殿……すぐにでも越後へ向かうとしよう。

殿
…………!

与板城
では、お約束通り私が先導します!

与板城
皆さん、遅れずについてきてくださいね?

――数刻後・越後国。

与板城
というわけで、到着でーすっ!!

兜軍団
……滅殺……鏖殺……ッ!
進軍セヨ……進軍セヨ……ッ!

与板城
って、ええええええっ!?

雑賀城
どういうことだ!?
既に城内に兜たちがいるじゃないか!?

鍋蓋城
話じゃ、静観を貫いていたはずだってのに……!

新府城
――っ!? 見ろ、鍋蓋城!
既に交戦している者がいるようだぞ!!

殿
…………!?

上杉謙信
……………………。

坂戸城
くッ……こちらの攻撃が、まるで通じぬ……とは……。

坂戸城
厩橋! まだ生きているか!?

厩橋城
は、はい……何とか……っ!

厩橋城
ですが、このままでは、いずれ……押し切られてしまいますぅ……!!

坂戸城
くっ……巨大兜め……侮っていたわけではないが……
あの武威は…………予想を遙かに超えている……。

坂戸城
謙信の名を冠する器とは……此程の力を備えうるのか……。

上杉謙信
……坂戸……厩橋……。

上杉謙信
美シキ姿型にて、新タナル世に転生を果タシたり……あな嬉シヤ……。

上杉謙信
故……自ら滅びヘト臨ムコトはあるまい……大人シク退キナサイ……。

坂戸城
黙れ、異形が……っ!
……貴様のような虚を斬れずして何が城娘か!

坂戸城
覚悟しろ――っ!!
上杉家御手選三十五腰が一刀……姫鶴一文字っ!!

上杉謙信
…………流麗なる一閃……。

上杉謙信
ダガ……未だ神域ニハ程遠き武なり……ッ!!

坂戸城
くっ、ぁぁ……っ!!

坂戸城
何だ、今の……は……っ!?
この私が……斬撃の形すら、追えぬとは……ッ!

厩橋城
坂戸城さん――っ!!

坂戸城
逃げろ……厩橋……。
このままでは、みな……殺される……。

厩橋城
うぅぅ……いやですよぉ……!
ひとりでだなんて……絶対にいやですぅ……!

上杉謙信
………戦場ニ立ちテ……無様な情ノ雫ヲ零すトハ……、
厩橋トシテハ……少々、脆キニ過ギマすね……貴方……。

上杉謙信
ならば……我ガ手ヲ下し……再び異なる厩橋ヲ此世ニ興スベキでしょうカ……?

与板城
――馬鹿なことを言わないでくださいっ!!
貴方なんかに厩ちゃんはぜ~ったいに討たせませんからね!!

上杉謙信
――ッ!?

坂戸城
与板……っ!?

厩橋城
それに、殿たちの姿もあります……。
……よ、よかった……間に合った、のですね……。

雑賀城
…………思った以上に負傷者が多い……。
やくもと千狐は急ぎ負傷者たちを運ぶんだ!

千狐
はい!

やくも
任せるだに!

新府城
…………。

鍋蓋城
おい、何をぼうっとしているんだ!
すぐに私たちも加勢しにいくぞ!

新府城
――本当に、いいのでしょうか?

鍋蓋城
……は?

新府城
我々のような外者が加勢しての勝利とあっては……、
彼女たちの矜持は守り切れないのではないでしょうか?

鍋蓋城
……新府。

新府城
…………。

鍋蓋城
ばかやろうが……。

鍋蓋城
んなこと言ってる場合かよ!

新府城
――ッ!?

鍋蓋城
名だか矜持だかしらねぇが、んなもんを気にする暇があるなら、
目の前の命を救う――それが上に立つものの役目だろうがよ!

新府城
で、ですが……。

鍋蓋城
お前はたしかに甲斐での失態を殿たちに補填され、
ちっぽけな誇りをズタズタにされたかもしれない……。

鍋蓋城
だが、結果として今もなお私たちの甲斐は健在だ!

鍋蓋城
それが、今の此世においての善なんじゃないのか!?

新府城
……そ、それは。

新府城
…………うぅ。

鍋蓋城
……頭で理解しようとするな。

鍋蓋城
考えるから、お前は自分を見失うんだ。

鍋蓋城
だから、その小さな胸で感じるだけでいい。

新府城
胸で……感じる?

鍋蓋城
そうだ……。
将器の何たるかが分からないなら、頭なんかからっぽにして戦え。

鍋蓋城
それもテメェのためじゃなく、誰かのためにだ!

新府城
誰かの、ために……。

――思えば、私はずっと周りの目を気にしてきた。

躑躅ヶ崎公にならんと、己を偽ってきた……。

――けれど、どこまで行っても……

私は私だ……。

ならば、今この刻ばかりは――。

新府城
私のために戦っても……許されるのでしょうか?

鍋蓋城
当たり前だろ?

鍋蓋城
ここは甲斐じゃない……紛う事なき越後だ!
此の地の誰もが、お前をお前として見ている!

鍋蓋城
分かったら、さっさと行くぞ、新府城――っ!!

新府城
鍋蓋城……。

――彼女に名を呼ばれた刹那、総身に新たな力が宿る。

戦う意味が、

確かに己の裡にあると、識ったから――。

新府城
だから……確たる心と共に、参ろう……。

新府城
新府の名に恥じぬ戦、いまこそ越後の龍に見せつけん!!

上杉謙信
ホウ……まさか、我が地ニテ甲斐の城娘ラとマみエルことになろうトは……。

上杉謙信
フフフ……面白い……然ラバ、少しばかり興じテあげましょう……。

上杉謙信
我に――無数の至宝アリ……今、その壱タル宝剣を抜かんッ!!

雑賀城
殿、柳川城……!
敵が、仕掛けてくるぞ!

柳川城
はい! 準備はできていますっ!
殿、我らに号令を――――!!

殿
…………!

上杉謙信
嗚呼…………。

上杉謙信
戦に臨ミテ唱エン……我ガ虚魂に因リテ、帰命シ奉る……、

上杉謙信
普く諸仏に……オン、ベイシラ……マンダヤ、ソワカ……!!

後半
与板城

隙ありですよ、巨大兜!!
せぁぁぁあああああああああああ!!

上杉謙信
フッ……九念ニ遅キ――――咒々々々々ッ!!

鍋蓋城
な――っ!? う、嘘だろ!?
今のを防ぐとか無茶苦茶すぎんぞ!

新府城
ならば更なる顎門で喰らうまで――!
猛勇一突ッ、その虚を払わんッ!!

上杉謙信
吼ゥァ――ッ!!
ヤルではありませんカ……甲斐の城娘ェッ!

上杉謙信
だがしかし……其では未ダ晴信ニハ程遠いッ!!

新府城
――っ!?
(まずい……この一撃は、避けられない……っ!!)

坂戸城
そうはさせるか……!!

上杉謙信
ナ、にィ……ッ!?

坂戸城
大丈夫か、新府城!

新府城
…………。
(上杉の城娘が……私を助けた……?)

坂戸城
大丈夫かと聞いている! 返事をしろ!

新府城
……え、ええ!
大事ない……まだ、新府の意気は燃えているっ!

与板城
私もまだまだ力を残していますよ!
何とか、皆で力を合わせて此処を守り切らないと!

鍋蓋城
とはいえ……あいつの強さは異常だ……。
このままやり合えば、無事じゃすまないぜ?

殿
…………。

上杉謙信
フフ……面白き刻なり……。

上杉謙信
マサカ此世において上杉と武田の城娘らが、其々に手を携えようトハ……。

上杉謙信
イイデショウ……地気ダケでなく意気スラ充実シタ
我が身なれば……此処ニ残サレシ行は全テ失せ申した。

上杉謙信
後は……其方らに此の地を任せるとイタシマショウ……。

兜軍団
……撤退……撤退……………………。
…………撤退……撤退………………。
………………撤退……撤退…………。

厩橋城
どういうことでしょうか……?
兜たちが……退いていきます!

雑賀城
やはり、今回も同じか……。

与板城
え……?

鍋蓋城
甲斐に現れた武田信玄の名を冠する巨大兜も
今と同じように優勢でありながら撤退していったんだ。

新府城
手段としての戦……と、ヤツらは言及していたが、果たして……。

坂戸城
手段としての……戦?

坂戸城
――まさか!?

坂戸城
千狐……武田信玄の名を冠する巨大兜が
今どこにいるか……霊気を探ることはできるか?

千狐
は、はい……! 
やってみます!

千狐
…………っ!?

千狐
こ、これは……!

やくも
どうしたがや、千狐?

殿
…………?

千狐
信じられないことですが……先の巨大兜が向かった方角に、
武田信玄の名を冠する巨大兜の霊気が存在していますわ。

坂戸城
……やはり、そうか……。

与板城
どういうことですか、坂戸城さん?

坂戸城
先の巨大兜の南方への撤退と、甲斐における事例との符合……。

坂戸城
そして我が業による作用からか……ある仮説が脳裡に浮かんだ……。

坂戸城
あの巨大兜たちは互いを求めて動き……そして、
信濃国のある地点で合流を果たすのでは、と……。

雑賀城
信濃……。

雑賀城
ということは、まさか……川中島か!?

新府城
この流れからすれば十中八九、そうでしょうね。

鍋蓋城
くそっ。どうして今の今まで気が付けなかったんだ……!

やくも
よ、よくわからんだにぃ!
いったい何がどうまずいことになっちょーがや!?

坂戸城
ヤツらはきっと……互いに備えた虚魂に
衝かれるまま、因縁深き地へと向かい……、

坂戸城
川中島において……再びの大激戦に臨もうとしているのだ……。

与板城
つまりは――第六次川中島合戦、というわけですか。

与板城
上杉に縁ある魂の模倣なれど、ここまでの類似
となると嬉しいのやら悲しいのやら……ですね。

坂戸城
……私としては、怒りの方が大きいがな。

柳川城
ですが、巨大兜同士で潰し合ってくれるのなら、
我々にとって利するところとなるのではないでしょうか?

厩橋城
そうですね。柳川城さんの仰る通り、このまま成り行きを見つつ、
戦いに勝利した軍勢を私たちで討ち果たせばいいのでは……?

坂戸城
たしかに、そう考えるのが普通だろう……。

坂戸城
だが、あれほどの強大な霊気……しかもそれが、冠する名において
最も強烈な歴史的要素を持つ地での遭遇――対峙となれば……、

坂戸城
……それら諸々の要因が合わさって生じる力の奔流は嵐となり、
信濃一帯を焦土と化すに充分な惨事を引き起こすだろう……。

与板城
そ、そんな……っ!

新府城
だったら、すぐにヤツらの合戦を防がねばっ!

鍋蓋城
だが、このまま乗り込んでも結果は目に見えている……。

鍋蓋城
まずは乙女城とも合流して、準備を進めるべきだろう。

与板城
千狐さん、あの巨大兜たちが遭遇するまでの猶予はどれくらいですか?

千狐
霊気の進行速度からして、恐らくは三日ほど……でしょうか。

鍋蓋城
充分だ。
よし、まずは此処で負傷した者の手当を行い、明日、改めて甲斐に戻るとしよう。

新府城
そして、乙女城たちに事態を伝え、その後――

やくも
――川中島へと乗り込むってことやね。

殿
…………!

坂戸城
そうと決まればぐずぐずしている暇はない……まずは越後の
兵力を整えるため……我々が主だって動かねばならぬ……。

坂戸城
迷惑をかけるが……殿、どうか我らへの協力を頼む……。

殿
…………!

――こうして甲斐と越後、
双方の城娘たちによる共同戦線が形成された。

其の夜――。

柳川城
ふぅ……。
これで周囲の見回りは一通り終わりましたね。

雑賀城
……ああ。

雑賀城
疲れているところ、付き合わせて悪かったね……。

柳川城
いえ、お気になさらず。
撤退を装い伏兵を残している可能性もありましたから。

柳川城
それに今は、じっとしていると不安になってしまいますし……。

雑賀城
……来たる信濃での合戦、か。

柳川城
はい……。

柳川城
単体でも、苦戦を強いられた相手だというのに……。

柳川城
それを二体同事に相手取って勝利せねばならないなんて、
……本当に、私たちにできるのでしょうか?

雑賀城
……分からない。

雑賀城
けど、やるしかない……。

雑賀城
戦わなくては、誰も守れやしないのだから。

柳川城
そう、ですよね……。

柳川城
ごめんなさい……雑賀城さんも不安なのに、
私ばかりこのような弱音を口にしてしまって。

雑賀城
……少しでも心が安らぐなら、好きなだけボクに吐き出せばいい。

雑賀城
こういうことも、多聞山城からの報酬に含まれているだろうしね。

柳川城
雑賀城さん……。

柳川城
私、誤解してました。

雑賀城
……え?

柳川城
いつも誰かを寄せ付けないようにしているのに、
その実、雑賀城さんは常に周りを気遣っている……。

柳川城
こうして、互いに共有する時が増えるにつれ、
貴方の優しさを識ることができました……。

柳川城
私もいつか、雑賀城さんのように、強い城娘になれるでしょうか?

雑賀城
よしてくれ……。
ボクは、そんな大層なものじゃない。

雑賀城
それに……。

雑賀城
誰かのように、なんて言葉は幻想だ。

雑賀城
……キミの見ているボクは、ボクじゃないし。

雑賀城
ボクから見たキミもまた、キミ自身ではない。

雑賀城
だからね、柳川城……。

雑賀城
キミは、なりたいキミになればいいんだ。

柳川城
なりたい、私に……。

???

                         ―――――――呀々々。

柳川城
――っ!?

雑賀城
……どうした、柳川城?

柳川城
いま、誰かが私を呼んだような……?

雑賀城
キミの名をか?
……ボクには何も聞こえなかったが。

柳川城
でも確かにそこに――、

――不思議な感覚だった。

まるで、
最初からそうなることが決まっていたかのように、
私は迷いなく地を蹴り、走り出していたのです。

雑賀城
待てっ、柳川城――っ!
ひとりでいくのは危険だ!

柳川城
――――――。

柳川城
雑賀城さんの声が遠くなる。

柳川城
薄膜で隔てたかのように――それはまるで、
別の世界で生じた事象の如く、遠く、曖昧に。

柳川城
然して――駆ける脚が疲れを覚えた頃。

柳川城
私は、闇の先へと辿り着いたのです。

柳川城
ハァ……ハァ……ハァ……。

???
…………………………。

柳川城
だれ、なのですか……?

柳川城
貴方は……私を……ずっと、見ていたのでしょう?

???
……見ていた、だと?

柳川城
――っ!?

???
調子にのるなよ、白濁の鶴が……。

???
……私はお前などを映しはしない。

???
この双眸に宿るのは、いつだってあの人だけ……。

柳川城
……どういうこと、ですか?

???
………………答える義理はない。

???
お前がすべきは……想起すること……。

???
此世を生んだ元凶と……。

???
……果たすべき使命……。

???
…………そして、己が何者で……。

???
私が、誰であるのかを…………。

???
お前は思い出さなくてはいけない……。

柳川城
何を……言っているのですか……?
私には、貴方の詞が、何も――――

柳川城
――っ!?
うぅっ、ぅぁ……あ、頭が…………。

???
その痛みは、貴様の罪だ……。

???
……いいか、柳川城。

???
貴様は本来、殿の傍に起つべきモノではない……。

???
故に……城娘などという欺瞞を捨て、本来のお前を識れば、

???
武田や上杉を騙る彼式の異形などに負けはしない……。

???
……だから、刻が来るまでは…………。

???
絶対に殿を死なせてはいけない……。

???
…………私が名を取り戻すまで、

???
絶対に、殿を死なせるんじゃないわよ……柳川城。

柳川城
待、って……。

柳川城
待ってください……――――城…………っ!!

柳川城
声が――消えていく――。

柳川城
紡げたはずの彼女の名が――此世に掻き消された――。

???

                         ―――――――呀々々。

柳川城
痛い……。

柳川城
…………痛い、よぉ……。

柳川城
殿…………たす、けて…………。

柳川城
……わたし、は……あなた、を…………。

柳川城
あな……た……………………を…………。

雑賀城
――しっかりしろ、柳川城!!

柳川城
呼声と揺すりによって、崩れかけていた意識が浮上する。

柳川城
…………雑賀、城……さん……?

雑賀城
どうしたっていうんだ、柳川城?
急に走り出して……それに、なぜ涙を流している?

柳川城
わ……わた、し……。

柳川城
……ごめんなさい……わたし……なにも……おもい、だせなく……て…………。

柳川城
…………ごめん、な…………さ…………………………い………………。

雑賀城
おいっ! しっかりしろ……!

雑賀城
くそ……何がどうなっている……?

雑賀城
待っていろ、柳川城……ッ!
すぐに殿のところへ運んでやるからな!

柳川城
覚えているのは、ここまで……。

柳川城
あとはただ、闇に飲み込まれていく無様な己と、

???
…………。

名も識らぬ彼女の幻影が、悲しげに佇むだけ――。

第49話 第六次川中島合戦 ~信濃~[]

一方は己が義のために。一方は己が欲のために。
奸賊と定めし宿敵を。下法師と揶揄した強敵を。
戮せんとし、二体の巨大兜が霧中にて相見える。

前半
…………。

裏と表。

闇と光。

あるいは……。

地と天。

此世開闢から此刻まで、己は見極めんとしていた。

魂魄が揺蕩う在様を。

無数に連なる万象を。

而して解すは――陽と陰。

我らの対立も制約も、全ては定められたものなり。

併し、依存しなくては存在しえない〈番〉でもある。

あなや……。

消長すれども循環し。

再び巡りて〈伽〉を産む。

――陰極まれば陽となし。

陽極まれば陰と成す――。

――――。

柳川城
…………。

柳川城
……あ、れ?
私……いったい、なに……を……。

雑賀城
――ようやく目が覚めたようだね。

柳川城
雑賀城……さん?

柳川城
……そういえば、私……貴方と共に、見回りをしていて……それで……。

雑賀城
キミは倒れたんだ。

柳川城
…………倒れ、た?

雑賀城
ああ。外傷はなかったが、あの時のキミは
確かに何某かの声を耳にして夜道を駆けた。

雑賀城
柳川城……いったいキミは、
あの夜、誰と対峙したんだ?

柳川城
それは……。

???
――――。

柳川城
――うっ、ぁ……あたま、が……。

雑賀城
柳川城!?

雑賀城
すまない、起き抜けに無理を強いたようだ。
大丈夫……いますぐに思い出す必要はない。

柳川城
は、はい…………。

雑賀城
(だが……)

雑賀城
(この様子からして、妖術や幻術の類をかけられたのだろうか……?)

雑賀城
(だが、誰が何故そのようなことを柳川城に?)

雑賀城
(それに、あの夜……ボクには他者の気配を感じることはできなかった)

雑賀城
(となれば柳川城が闇夜に、己が不安を映したという可能性もある……)

雑賀城
(…………)

雑賀城
……いずれにせよ、キミが無事でよかった。

雑賀城
殿も他の者たちも随分と心配していたんだぞ?

柳川城
殿や皆さんが……?

柳川城
――っ!?

柳川城
そうでした……斯様なことをしている場合ではありませんでしたね。
巨大兜たちを止めるために、すぐにでも甲斐に向かわねば……っ!

雑賀城
…………。

雑賀城
……そうか。
キミはそれすらも認識できていなかったんだね。

柳川城
……え?

雑賀城
既にボクらのいる此処が甲斐だ。

雑賀城
キミはあれから三日も眠り続けていたんだよ。

柳川城
そんな……。

柳川城
では、いったい誰が私をここまで運んだというのですか?

雑賀城
それは、殿がキミを負ぶって――。

柳川城
ええっ!?

雑賀城
――行こうとしたんだが、
体力的な負担の面から周りに反対されてね。

雑賀城
キミにとっては不本意かもしれないが、
ここまではボクが運ばせてもらったよ。

柳川城
……そ、そうだったのですか。

柳川城
倒れた時の介抱も併せ……雑賀城さんには
多々迷惑をかけてしまったようですね……。

雑賀城
べつに……気にすることはない。

雑賀城
戦疲れで眠ってしまう城娘を負ぶうのは慣れているからね。

柳川城
……?

雑賀城
……っと、
どうやら神娘たちが来たみたいだな。

やくも
さぁて今日も柳川城の身体をうちが綺麗にしちゃるけん、まかしと――

やくも
――だにぃっ!?
千狐ぉ! はやーこっち来るがや!

千狐
もぉ、そんなふうに大声を出して。
はしたないわ――

千狐
――ココンッ!? や、柳川城さん!?

千狐
よかった、お目覚めになられたのですね!

柳川城
千狐さんにやくもさん……。

柳川城
……それに、

殿
…………。

柳川城
殿……。

柳川城
申し訳ありませんでした……。
斯様な時に三日も眠りこけていただなんて。

殿
…………。

殿
…………。

柳川城
……は、はいっ! 
負傷はありませんので、戦場に立つには不足ありません。

???
――そうか。
それを聞いて安心したぜ。

柳川城
…………!?

鍋蓋城
来たる巨大兜たちとの決戦において、

乙女城
…………。

鍋蓋城
あんたほどの城娘が欠けるとあっては、

乙女城
…………。

鍋蓋城
戦術面でも戦略面でもかなりの傷手だからな。

乙女城
…………。

鍋蓋城
って、ああもうッ! 少しは離れろ乙女城! 
いまこっちはすっげー大事な話してんだぞ!

乙女城
…………うぅ。でもぉ……。

新府城
少しは我慢してやったらどうだ、鍋蓋城?

新府城
乙女城は、我らの留守を預かるために
なけなしの勇気を振り絞ったのだからな。

鍋蓋城
う……そりゃあそうなんだが……。

鍋蓋城
ったく新府城のやつ、甲斐に戻ってきた途端、
急に威勢を取り戻しやがって……。

新府城
外界では色々と貴方に叱咤を受けたからな。
…………さすがに図太くもなるさ。

新府城
――と、それよりもだ。
柳川城の目覚めは僥倖だが、いささか時間が惜しい。

新府城
こうしている間にも巨大兜たちの接触の機は近づいているのだ。

新府城
既に、我ら甲斐に存する各部隊の準備はできている故、
可能ならすぐにでも先行する越後勢の許へ合流したい。

雑賀城
……というわけだ。
いけるか、柳川城?

柳川城
は、はいっ! 休ませてもらった分は、
しっかりと武働きにて返させていただきます!

鍋蓋城
っしゃ! そうと決まればさっそく出陣と行こうぜ!

乙女城
…………。

鍋蓋城
ん? おいっ、乙女城。
なにボサッとしてんだよ?

乙女城
……ふぇ?

鍋蓋城
もう留守番は終わりだ。

鍋蓋城
今こそ私たちの力を合わせて巨悪を打倒する時が来たんだよ。

乙女城
それじゃあ、わ、私も……一緒に……行っていいの?

鍋蓋城
ああ。
……というより端からずっとそう言ってんだよ。

鍋蓋城
暫時とはいえ、お前は甲斐を守るため
陣頭に立って皆を率いてくれた。

鍋蓋城
今のお前の勇知と、私の武技が揃えば怖いモンなんざねぇさ。

乙女城
ということは……。

鍋蓋城
ああ。

鍋蓋城
いよいよ、でっかいことを成し遂げる時が来たってわけさ。

乙女城
……鍋蓋城ちゃん。

乙女城
うんっ! わ、私がんばるよ!

殿
…………。

殿
…………。

――半刻後・信濃

坂戸城
…………。

――異様な光景だった。

視線の先――霧の立ちこめる戦場に無数の兜たちが集っている。


…………。

兜軍団
…………。

兜軍団
…………。

武田信玄
…………。

上杉謙信
…………。

それらを率いし強大なる異形は、共に動かない。

――何故。

互いに互いを求め、龍虎の如く此地に辿り着いたはず。

――だというのに何故動かない。

???
……さん?

坂戸城
――っ!?

与板城
坂戸城ちゃんってば!

厩橋城
だ、大丈夫ですか?

坂戸城
……よ、与板城? 
それに厩橋まで……。

与板城
心ここにあらずという感じでしたが。
どうかされたのですか……?

坂戸城
……すまない。
監視による疲労の所為だろう。

坂戸城
それよりも、お前たちがここにいるということは――。

厩橋城
はいっ!
殿たちがついに合流したのです。

殿
…………。

新府城
待たせたな、坂戸城。

鍋蓋城
で、状況はどうなってる?

坂戸城
……見ての通り。
依然として膠着の在様だ。

乙女城
せ、先日における我らの守護地同様……、
静観を貫いているということでしょうか。

坂戸城
いや……正確にはそれ以外に手段が無い、ということなのだろう。

柳川城
たしか……かつての川中島合戦においても、
上杉武田の両者は何千という将兵を抱えながら、

柳川城
来る日も来る日もただにらみ合い、
糧食を費やすだけの時を経たと聞き及んでいます。

雑賀城
……神速が如き攻めを得意とした上杉軍と、
大軍をもって怒濤の進撃を常とする武田軍。

雑賀城
幾千先を見通す両者だからこその膠着……か。

新府城
ならば、我らが契機を与えてやればいい。

坂戸城
……ああ。それしかあるまい。

坂戸城
千狐、戦場の中心点に我らを運べるか?

千狐
……え、ええ。
視認可能な地点であれば容易いですが……。

やくも
けど……本当にいいんかや?
あげに大量の兜さんの間に挟まれたら、どんなことになるか……。

新府城
もとより覚悟の上だ。

与板城
どのみち巨大兜は両者ともに倒さなければいけないわけですしね。

乙女城
それに今は新府城ちゃんや鍋蓋城ちゃんだけでなく、

鍋蓋城
上杉方の城娘も、こうして力を貸してくれているんだ。

厩橋城
そして、それは殿たちも同じ……。

坂戸城
此刻にあっては我らと共に在る。

柳川城
故に、虎穴に入るは今をおいて他に無し――ということですね。

殿
…………!

千狐
分かりました……。
それではいきますよ。

千狐
コンッ! 
秘技・時空……転移術なの―――っ!!

而して戦場の中枢に清浄なる輝きが舞い降り、

――川中島の戦気に僅かな綻びが生じた。

上杉謙信
終ニ……。

上杉謙信
……終ニ此ノ刻ガ来たのですね。

武田信玄
ウム……。

武田信玄
……不動ノ濃霧ガ失セテいきよるわ。


――ザザッ!

兜軍団
――ザザッ! ザザザッ!!

兜軍団
――ザザッ! ザザザッ! ザザザザッ!!

上杉謙信
朋友よ。嗚呼、我が運命ノ番ヨ。

武田信玄
宿敵よ。嗚呼、我が心魂ノ番ヨ。

上杉謙信
互いに現セシ器ハ奇形なれど、我ガ武闘ハ正義に因リテ執行せり!

武田信玄
互いに映セシ貌ハ異型なれど、我ガ侵略ハ責務に依りて断行せり!

上杉謙信
然らばイザ尋常に――

武田信玄
――弛まぬ熱情ヲ以て

我ラガ闘争ヲ始メルトシヨウ。

後半
異形すべてが吶喊と共に殺戮の意志を我らに突き付けていた。

坂戸城
――邪魔だァッ!!

兜軍団
ギャァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!

いける……。

――戦気に身を委ね。

私は己が心を騙しきれるはずだ――。

厩橋城
与板城さん、陣容が崩れていってます……ッ!! 

与板城
ええ! このまま一気に雑兵を蹴散らしますよ!

雑賀城
坂戸城ッ、ここはボクらが引き受ける!
キミはそのまま巨大兜を討ち取るんだ!

坂戸城
承知……ッ!

上杉謙信
…………フフ。

上杉謙信
実に見事……まさかコレ程マデノ武威を示すトハ……。

上杉謙信
房長・政景らを匿ッテイタ頃の貴方カラハ想像もツキマセンネ。

坂戸城
黙れ……。

坂戸城
……貴様が語るは虚の記憶。

坂戸城
此世の私が惑わされる道理はない!

上杉謙信
『上田は一族郎党、ひとりとして生カサヌ』

坂戸城
……!?

上杉謙信
懐かシキ辞ニテ候……。

上杉謙信
……当時、叛意を露わにスルハ上田であると解ってイタ。

上杉謙信
仙桃院ヲ盾にスレバ、私が躊躇すると考エタのでしょうネ。

上杉謙信
併シ……ソレこそ甘き夢。

上杉謙信
……総攻撃にて貴方ごと焼滅せんトシテ言を放れば、
即時、政景らは助命嘆願に走り降伏を願い出る始末。

上杉謙信
此刻ノ貴女モ……本当は臆シテイルノデハアリマセヌカ?

坂戸城
黙れと……言っている!

上杉謙信
――グ、ァ……ッ!

坂戸城
もうたくさんだ……。

坂戸城
今ここで、この坂戸が貴様を討ち果たす。

坂戸城
それで……終いだ。

上杉謙信
……。

上杉謙信
……エエ。

上杉謙信
ソレでいい。

上杉謙信
『……与板城、坂戸城。武器を執りナサイ……。』

坂戸城
…………っ!?

――聞いてはならぬ。

上杉謙信
『異形に……情ケハ不要と、心得ヨ……。』

――目してはならぬ。

上杉謙信
仮想とイエド、貴方タチは訓練してキタはず。

――解してはならぬ。

上杉謙信
戦場模型は児戯に非ズ……。

――ちがう。

上杉謙信
難しく考エル必要はアリマセン……坂戸城。

――そんな馬鹿なことがあっていいはずがない。

???
要は――――を使って――――をしている―――――だけなのですから。

坂戸城
黙れぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええ!!

――戦場・西方。

新府城
うっ、くぅぅ……。

乙女城
……これ以上は、守り切れそうにないです……。

柳川城
ハァ、ハァ……なんて出鱈目な強さでしょうか……。

鍋蓋城
クソッ……あれだけの攻撃を受けて、どうして立ってられる……?

武田信玄
カカカッ……ソレホドまでに此世ガ我らノ闘争を求めてオルのじゃろう。

武田信玄
見よ……上杉方ハ既に勝負を決したヨウジャゾ?

やくも
……ッ!?

千狐
そ、そんな……。

坂戸城
ぐっ、ぁ…………。

厩橋城
ごめんなさい、殿……。

与板城
後一歩という……ところで……。

雑賀城
…………万事休す、か。

殿
…………!

上杉謙信
否……然様ナル剣幕ヲ向ケナイデイタダキタいモノですね……。

武田信玄
是……我らハ、滅びスラも許容セント此地に臨んだトイウのに。

上杉謙信
シカシ、此世が我らノ交差ヲ求メルならば、

武田信玄
悲しき哉……今はタダ流れに任セルのみ。

上杉謙信
…………サァ、我が魂ノ宿敵ヨ。
屍山血川の道程を経、今コソ刃を交わさん。

武田信玄
ヤレヤレ……御主ハ本当に変ワラヌナ……。

武田信玄
儂らノヨウニ不足などアリハセントイウノニ。

武田信玄
ダガ……ソレデコソじゃ、下法師!!

殿
――ッ!?

柳川城
まずい……このまま、では…………殿が……ッ!

――城娘などという欺瞞を捨て、本来のお前を識れば。

柳川城
……っ!?

武田や上杉を騙る彼式の異形などに負けはしない……。

柳川城
うぅ……ぁぁ……っ!!

殿
――!?

雑賀城
柳川城!?

――思い出せ。

柳川城
…………。

貴様が何者であったのかを。

柳川城
―――――。

―――――。

上杉謙信
――ッ!?

柳川城
悪いが………もう、手加減はできぬぞ……。

武田信玄
バカな……!? 
其ノ武威は一体――。

柳川城
呀――――ッ!!

上杉謙信
――グァァアアァァアッ!?

厩橋城
い、一撃で……。

坂戸城
巨大兜たちを大破させた……だと!?

与板城
し……信じられません……夢でも、見ているのでしょうか……?

鍋蓋城
は、ハハ……ったく、あんな力を隠し持ってたなんて、柳川城も意地が悪いぜ。

乙女城
……だ、だけど、何か様子がおかしくないですか…………?

新府城
ええ……どことなく不穏なる気を感じるが……これは……。

武田信玄
……ソ、ソウカ……柳川城……。

上杉謙信
ヤハリ…………貴方ガ…………。

柳川城
下種が……口を慎め……。

柳川城
……所詮、貴様らなど〈伽〉の一形態に過ぎない。

柳川城
此ノ器に言葉を向けるなど烏滸がましいにもほどがあるわ。

――だめ。

柳川城
……っ!?

――まだ解き放つ刻ではない。

柳川城
何を言うか。
これこそ貴様が望んでいた姿であろう?

けれど、それは私の――――――ではない。

柳川城
…………そう。

柳川城
私はあの時……柳川城の名を以て殿を助けると誓ったのです!

――愚かな。

柳川城
はぁぁぁぁああああああああっ!!

上杉謙信
――――ッ!?

武田信玄
――――ッ!?

やくも
す、すごいがや……。

千狐
……巨大兜の霊気が……完全に消滅しましたわ。

柳川城
ハァ……ハァ…………。

殿
…………。

柳川城
殿……。

殿
…………。

柳川城
私……。

柳川城
……わたし、は……柳川城として……あなた、の……。

柳川城
あな…………た、の…………そ、ばに………………。

柳川城
………………………………………………………。

殿
――!?

雑賀城
……心配するな。
単に気を失っただけのようだ。

坂戸城
だが、いったい何が起こったというのだ……?

厩橋城
なんだか……先刻の柳川城さん、少し怖かったですぅ……。

与板城
ええ。明らかに尋常ならざる気色でしたし、
それに、あの強大な霊気はいったい……?

新府城
疑問は尽きぬが、柳川城が目を醒まさぬことには真相は
分かりようがない……今はこの場から離れるべきだろう。

乙女城
そうですね……。
皆さんの手当てもしないといけませんし。

鍋蓋城
ああ。あれだけの敵を同時に相手にしたんだ。
今日ばかりは流石の私もクタクタだぜ……。

???
――ハァ。何がクタクタよ……。
あの程度の雑魚に苦戦するなんて先が思いやられるわね。

殿
――ッ!?

鍋蓋城
だ、誰だ!?

???
…………あら、もう私のことを忘れてしまったのかしら?

鍋蓋城
あ、あんたは……あの時の!?

やくも
あの時のって……もしかして知っちょーがや!?

乙女城
は、はい……知ってるも何も、あの黒い城娘こそが、
殿が駿河にやってくることを教えてくれた方なのです。

鍋蓋城
てっきり、あんたらの仲間だとばかり思っていたが、
……違うのか?

雑賀城
…………ああ。

殿
…………。

雑賀城
(……なんてことだ)

雑賀城
(駿府での違和が此処で結ばれるように仕組まれていたとは……)

雑賀城
(だが、ヤツはいったい何者なんだ? あのような相貌の城娘など――)

???
――多聞山城からは聞かされていないぞ。

???
そう言いたげね、雑賀の城娘。

雑賀城
――なっ!?

???
まぁ、本来ならば、
こんなところで対峙する予定じゃなかったんだけど。

???
此世の歪みの程度からして、
悠長に傍観してる場合でもなくなってきたからね。

殿
…………。

???
……殿。

殿
…………。

???
ひとつ訊く。

???
今の貴方は、私の名前を口にできるかしら?

殿
…………。

???
…………ふん。

???
そうでしょうね。

???
……何も口にできるはずがないわ。

???
だって、此世の貴方は木偶だもの。

殿
…………!?

???
……だからこそ、しかと刻みなさい。

???
この私を。

???
柳川城に全てを奪われた黒き城娘――。

立花山城
――立花山城の名をね。

――同時刻・某所。

豊臣秀吉
……オイオイオイ。

豊臣秀吉
コイツぁタマげた……。

豊臣秀吉
まさか此刻ニオイテ、アノ城娘が殿の味方にツクとはねェ。

豊臣秀吉
イヤハヤまったく……。

豊臣秀吉
あの御方ノ筋書きも、此処まで来ルト狂乱を通り超シテ粋でスラある……。

豊臣秀吉
……が、こうなってシマエば悠長に笑っテラレル場合でもねェなァ。

豊臣秀吉
彼奴が動いたとナレバ、柴田のオッサンも黙っちゃいねェだろうしィ……。

豊臣秀吉
……今川ノ阿呆モ、松平のガキを使って何か仕掛ケテくるに違いねェ。

豊臣秀吉
あ~ァ……。

豊臣秀吉
此世はイヨイヨもって混沌ノ直中に進んでいくワケだ。

豊臣秀吉
フフ、ハハハハハハ……。

豊臣秀吉
……信長様。

豊臣秀吉
アンタのいなくなった世界……今ばかりはコノ秀吉めが転がシテみせましょう。

豊臣秀吉
……果たシテ吉と出ルカ凶と出ルカ。

豊臣秀吉
マ……憂世ノコトは所詮博打……ってなァ。

豊臣秀吉
望ム世界ガ産まレルまで……俺タチは逝き続ケルまでのコトさ……。

第50話 想起への路 ~能登~[]

川中島の戦で、武田信玄と上杉謙信の名をそれぞれ
冠した巨大兜を倒してから多くの時が過ぎた。未だ
目覚めぬ柳川城を前に一同は不安と疑心に苛まれる。

前半
――所領。

川中島での戦いから、一週間が経過していた。

殿
…………。

雑賀城
……まだ柳川城は目覚めないか。

やくも
前よりも長く眠っちょーのが心配だに……。

雑賀城
……柳川城が未だ目覚めないのは、
立花山城、お前が原因なんじゃないのか。

立花山城
ふふ、どうしてそう思ったのかしら?

雑賀城
まず兜の侵攻に困る鍋蓋城、乙女城たちを駿河へ
行くよう仕向けたのはお前だ。

雑賀城
とすれば、駿府に巨大兜がいると我らに告げた文の
差し出し人も自ずと分かる。

雑賀城
……もちろん、お前以外にあり得ない。

立花山城
ふぅん、それで?

雑賀城
まだあるぞ。
川中島での戦の前……柳川城が最初に倒れた夜の件だ。

千狐
そういえば……直後に戦が控えていたこともあり、
聞けずじまいでしたが……何があったんですか?

雑賀城
……あの夜、柳川城は突然森へと走り出した。
後を追い、姿を見つけた時には泣いていたんだ。

雑賀城
『何も思い出せなくてごめんなさい』と……。

立花山城
…………ふん。

雑賀城
あの時、柳川城に会ったのはお前じゃないのか。
何を言ったのかは分からないが……。

立花山城
柳川城が会ったのが私、ね。

立花山城
でも断じる根拠はないでしょう?

雑賀城
……あぁ、現時点ではあくまで推測に過ぎない。

雑賀城
だが、柳川城に向ける強烈な憎悪。
なれば、お前が柳川城に何かしていないとは言い切れないのも事実だろう。

立花山城
あら、ずいぶんと買ってくれているのね?
私なら柳川城に害を成せる城娘だと?

雑賀城
…………。

雑賀城
……おまけに、会ったことのないはずのボクや多聞山城のことを知っていたり、
殿を木偶呼ばわりしたり……。

雑賀城
極めつけは『柳川城に全てを奪われた』だと?

雑賀城
柳川城は……彼女は他人から何かを奪うような城娘じゃない!

やくも
そうがや!
柳川城は優しくて、礼儀正しくて、いい城娘だに!!

立花山城
…………。

立花山城
……ふっ……ふふっ…………。

立花山城
あっはははははははははははははははは!

千狐
何が可笑しいのですか!

立花山城
可笑しいに決まっているじゃない?
だって貴方たちがそこまで愚かだなんて思わなかったのだもの!

殿
…………!

立花山城
私が敵方なのか、味方なのか、って?

立花山城
貴方はどう思うの?

殿
…………。

立花山城
……そう。ずいぶんと柳川城に惑わされているみたいね。

千狐
例え貴方が何を言ったとしても、
意図を明かさない相手をどうして信じられましょうか。

立花山城
意図?
私の意図は、先導よ。

千狐
せ、先導……?

立花山城
いつまで経ってもグダグダグダグダ……。
雑魚にどれだけ無駄な時間を使っているのよ?

立花山城
最初は様子見だけと思っていたけれど、もう限界。

立花山城
……殿、柳川城の代わりに私を連れて行って。
これから先、私が導いてあげるから。

殿
…………!?

やくも
何言っとるがや!
柳川城を置いてなんていけないだに!

雑賀城
そもそもからして信用できないお前を、
殿が連れていくわけないだろう!!

立花山城
黙りなさい。私は殿と話しているの。

立花山城
ねぇ、殿……。

殿
…………。

立花山城
…………そう。

立花山城
……それが、貴方の答えなのね。

殿
…………。

立花山城
……まぁ、必要ないというのなら仕方ない。
だったらもう好きにしなさいな。

雑賀城
元よりそのつもりだ!

立花山城
あらそう。
……なら、もうここに留まる意味もなさそうだし、私は行くわ。

立花山城
いずれ、貴方たちも悟るでしょう。
自分たちが信じていたのは、いったい何だったのかとね。

殿
…………。

雑賀城
…………。

千狐
……霊気が離れていく。
どうやら、本当に去っていったようです。

やくも
あの城娘、何だったんがや?
好き放題わけのわからんこと言ってただけだにぃ!

千狐
千狐にも分からないわよ……。

雑賀城
……殿、立花山城が何を考えているのかは分からないけど、
野放しにしておくのはかなり危険だと思う。

雑賀城
もし、許してくれるのなら、
ボクは立花山城の監視をしに行くよ。

殿
…………?

雑賀城
うん、多聞山城たちには文でちゃんと伝えておく。
多分、事情を聞いたら賛成してくれると思うし……。

雑賀城
何より、ボク以上の適任なんてきっといないと思うからね。

殿
…………!

――ん……んぅ……。

千狐
今……柳川城さんが……!

やくも
柳川城! 起きるがや!

柳川城
ん…………。

柳川城
……あれ、ここは……所領……?

殿
…………?

柳川城
は、はい……体は大丈夫ですが……。

柳川城
どうやら、また倒れてしまったようですね……。
一度ならず二度までも、申し訳ありません……。

雑賀城
気にすることはない。
君のおかげでボクらは助かったのだから。

柳川城
え? 私のおかげ、とは……?

やくも
あれ、覚えてないんかや?

やくも
柳川城、突然ものすごい力をばーんって出して、
巨大兜二体を消し飛ばしちゃっただに!

やくも
まぁ、少しだけ雰囲気は怖かったんやけど……。

柳川城
わ、私がそのようなことを……?

雑賀城
今、意識的に力を出すことはできるかい?

柳川城
む、無理です!
私はただの城娘ですし、隠している力などありません……!

柳川城
……ん?

千狐
どうかしましたか?

柳川城
何か、懐に……。

柳川城
…………文?

殿
…………?

柳川城
内容は……。

――能登を始めとし、北陸道へ向かえ。
失くしたものを求めるならば。

柳川城
………とだけ、です。

千狐
ほ、北陸道?
しかも能登を始め、とは、どういうことでしょうか?

やくも
そもそも、誰が書いた文がや?

雑賀城
いつから懐に文が?

柳川城
……分かりません。

柳川城
ですが……さすがに二度も倒れるようでは、
今の状態を放置するわけにもいきません。

柳川城
本当に私に強大な力が秘められているのだとしたら、
まかり間違って暴走させるような真似は避けたいですし……。

殿
…………。

鍋蓋城
――殿、ちょっと話が……。

鍋蓋城
って、柳川城! 起きたのか!

乙女城
わぁ、良かったです!

柳川城
鍋蓋城さん、乙女城さん……!
ご心配をおかけしました。

乙女城
いえいえ……良かったです……。

鍋蓋城
そっか。柳川城が起きたんならちょうど良かったかもな。

鍋蓋城
悪いんだけどよ、私ら二人はそろそろお暇しようと思ってたんだ。

乙女城
兜たちのね……動きが再び活発になり始めてるって、
新府城ちゃんから文が届いたから……。

殿
…………!

千狐
いいえ。むしろ、これまで所領に留まっていてくれて助かりましたわ。
本当にありがとうございます。

鍋蓋城
大変そうな時に、悪いとは思うよ。
でももし、また機会があったら肩並べて戦おうな。

乙女城
私も……鍋蓋城ちゃんと一緒に行きますから……。

殿
…………!

やくも
今までだんだんね!

鍋蓋城
時に、殿たちはこれからどうするつもりなんだ?

千狐
……これから、といっても関ケ原の結界は相変わらずですし。

柳川城
何より、この文以上の手がかりや目標がないのも事実……。

殿
…………。

殿
…………!

柳川城
えぇ、虎穴に飛び込みましょう!

雑賀城
決まりか。
じゃあ、ボクも行ってくる。何かあったら知らせるよ。

雑賀城
……ということで、今言った通りだ。
殿たちは北陸道。ボクは立花山城の尾行と監視だ。

鍋蓋城
……分かった、気をつけてな。

雑賀城
君たちも。帰り道は兜に十分警戒していけよ。

柳川城
…………?

柳川城
(立花山城、とは…………?)

――数日後、能登国。

墨俣城
あぁ~、風が気持ちいい~。

大聖寺城
…………。

大聖寺城
そろそろ、此地に来た目的を話してくださいませんか。
墨俣城さん。

墨俣城
……というか、話さない限りどこまでも無言でついてくるでしょ。

大聖寺城
はい、そのつもりでおりました。

墨俣城
もー……相変わらず堅いなぁ。

墨俣城
もうちょっと気楽に構えればいいのに。

大聖寺城
……堅い、ですか?

墨俣城
あー、違うの、ごめんごめん。
責めてるわけじゃないよ……。

墨俣城
肩肘張らず、気楽に行こうよって言いたかったんだ。

大聖寺城
…………。

大聖寺城
……お言葉、そっくりそのままお返しします。

大聖寺城
最近の貴方は……何だか張り詰めていたようで、
少し、心配でした……。

墨俣城
…………。

墨俣城
隠してたつもりだったけど……、
やっぱり、ボロが出ちゃったかな?

大聖寺城
……いいえ。きちんと隠しきれていましたよ。

大聖寺城
ただ、貴方は大事なことほど隠す傾向にあります。
それを念頭に置いて、観察していれば想像もつくというもの。

墨俣城
そっかぁ……。

墨俣城
……でもね、私が何とかしたかったのは、
まさに大聖寺城が知ってた、『傾向』のことだよ。

大聖寺城
というと……。

墨俣城
……城娘の『業』。

墨俣城
『業』が有る故に、『城娘』は在る。
けれど、『城娘』は『業』によって苦しむことも多い……。

墨俣城
……そして『業』により戦場に引きずり込まれていく。
本当は、守る為に生まれた存在のはずなのにね。

大聖寺城
ですが、何とかする、と言っても……、
一介の城娘が解決を図るには身に余ることのように思いますが。

墨俣城
でも、足掻かないとまずい事態が迫ってる。

大聖寺城
……え?

墨俣城
……大聖寺城、千代ちゃんって知ってたっけ?

大聖寺城
千代ちゃん?
確か、お名前だけはいつぞやの貴方の口から聞いたことがありますが。

墨俣城
千代城ちゃんっていって、陸奥国の方の城娘なんだけどさ。

大聖寺城
……いつの間に陸奥国の城娘と交流を持っていたのですか?
つくづく、墨俣城さんの交友範囲は広いですね。

墨俣城
……うぅ、人をチャラい女だ~みたいな目で見るのはやめてよぉ。

墨俣城
情報って大事でしょ? 得るためには味方たくさん作らないとでしょ?
私間違ってないよねぇ……?

大聖寺城
……まぁ、そうですね。

墨俣城
……で、話戻すけど。
千代ちゃんからの文にはこうあったんだよ。

墨俣城
『協力者を欲するなら、能登国に行くといい。
 柴田勝家の名を冠する巨大兜の討伐を考えているなら』ってね。

大聖寺城
……なるほど、豊臣の『業』ですか。

墨俣城
ううん。巨大兜を倒したいと望んだのは、紛れもなく私の意志。
『業』なんかじゃないよ。

墨俣城
でも、私が『墨俣城』という豊臣の『業』を持つ城娘である限り、
おそらく柴田勝家の名を持つ巨大兜との戦いは避けられない……。

墨俣城
私が負ければ、愛する土地が、人々が、兜に蹂躙される……。
万に一つも負けは許されない。

墨俣城
だったら、協力者は一人でも多い方がいい。
……そう考えて、私は此地に来たんだよ。

大聖寺城
なるほど、ひとまず墨俣城さんが何を考えていたのかは理解しました。

大聖寺城
ですが、一つ考慮していないことがありますね。

墨俣城
えっ?

大聖寺城
……貴方の決意は、私に無関係な話ではないということです。

墨俣城
……大聖寺城のことだから、そう言うだろうとは思ってたよ。

墨俣城
でも、だからこそ巻き込みたくなかったんだけどな。

大聖寺城
貴方が柴田勝家の名を冠する巨大兜と戦うと決めたのが
自分の意志だというのなら、私も同じだと思えませんか?

大聖寺城
柴田勝家という名は、私自身にも深く関わる名なのですから。

大聖寺城
だから、先に相談してほしかったですね。
同じ志を持つ城娘として。

墨俣城
……そっか。そうだよね。ごめん。

大聖寺城
……いいえ。
こうして今貴方といるのですから、もういいんですよ。

……イザ…………イザ……。

墨俣城
ん? 今、何か聞こえたよね。

大聖寺城
海の方から聞こえましたが……。

鯨形兜
イザ……イザ……。
此地ヲ……蹂躙セン……。

墨俣城
兜だ!

大聖寺城
海中から、次々と……!

――えぇ、邪気はこちらから……!

大聖寺城
まずい、何方かを巻き込んでしまいます!

墨俣城
今の声は……!

千狐
ちょうどこの辺りです!

殿
…………!

墨俣城
やっぱり! 殿! 柳川城!

柳川城
墨俣城さん!? どうして……。

柳川城
いえ、話は後ですね!
兜たちが来ていることですし、ひとまず助力いたします!

墨俣城
ありがとう! すっごく助かります!

千狐
殿! ここなら周囲の岩場も利用できそうですわ!
必要に応じて身を隠したり、裏から攻撃いたしましょう!

殿
…………!

墨俣城
さ、とっとと殲滅しちゃいましょう!

後半
墨俣城

ひえぇ、思ってたより大軍だったね……。

大聖寺城
えぇ……。私たち二人だけでは
間違いなく倒しきれなかったでしょう……。

大聖寺城
突然の戦いだったというのに、
助太刀、助かりました。ありがとうございます。

柳川城
いえ、あれだけの数であれば、
きっと私たちだけで相手しても苦戦したのは同じでした。

柳川城
ですから、こちらこそご協力感謝いたします。

大聖寺城
……時に、墨俣城さん。
先程『やっぱり』と仰っていましたが。

墨俣城
あれ? 紹介してなかったっけ?

墨俣城
こちら、殿、柳川城、千狐ちゃん、やくもちゃんだよ。

千狐
よろしくお願いいたしますわ。

大聖寺城
私は大聖寺城と申します。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。

殿
…………。

墨俣城
殿たちと私は戦友のような間柄なんですよー。

大聖寺城
そ、そうなのですね。

大聖寺城
(戦友と仰るわりに、墨俣城さんの口から
 この方々のお話を伺ったことがないのですが……妙ですね……)

やくも
しかし、たまたま会えて本当に良かっただに……。
お互い助かって万々歳って奴だがや!

柳川城
(……たまたま?)

柳川城
(本当にたまたまなのでしょうか……?)

やくも
ところで、墨俣城たちは何しに来てただに?

墨俣城
私たちは、巨大兜討伐の協力者を探しに来たんだよ。
千代ちゃん、もとい、千代城からもらった文では、ここに行けっていうからさ。

柳川城
巨大兜……?

墨俣城
冠する名前は柴田勝家。
……彼奴はいずれ、北陸に来るはず。

墨俣城
巨大兜はかつて越中にいたけれど、その後どこかへと向かっていった。
なら、戻ってこないはずがない。

墨俣城
冠した名に依るのならば、
此地と奴の間には深い縁が繋がっているからね。

千狐
そういえば……千代城さんが我々の畿内遠征の最中に出会し、
勝てなかったと言っていた巨大兜がおりましたね……。

墨俣城
あぁ、千代ちゃんの文に書いてあったね。
巨大兜は柴田勝家の名を冠していた、と。

柳川城
ということは……我々の前に立ちはだかる時も
そう遠くはないということでしょうか。

千狐
いずれにせよ、脅威が近いというのなら
気を引き締めて参りましょう!

墨俣城
……で、殿たちはどうしてここにいるんです?

殿
…………。

殿
…………。

殿
…………。

墨俣城
柳川城の失われた記憶の手がかりを探しに北陸道に、ですか。

大聖寺城
能登国が最初の手がかり……ということなのでしょうか?

柳川城
恐らくは……。

やくも
どうがや? 柳川城。
風景を見てて何か思い出したりせんかや?

やくも
ひろーい海、切り立った岩場……。
荒々しくもでっかーい光景だに。

柳川城
うーん……特に何も閃いたりしませんが……。

墨俣城
何だろう? 何が関係あるのかな。

墨俣城
海? 砂浜? 岩場? 能登? 北陸?

柳川城
どれもぴんと来ませんね……。

大聖寺城
…………あ。

墨俣城
何、大聖寺城?
もしかして何かに気付いた?

大聖寺城
いえ、そうではなく……、
ちょうど手持ちの傷薬が切れまして……。

墨俣城
うわぁ、これから戦いが控えてるのを想定してるのに、マズいね……。

墨俣城
仕方ない、用立ててもらいに行こうか。
確か備蓄の薬もほとんどなくなってなかったっけ?

大聖寺城
ええ……。

墨俣城
じゃ、ますます行かなきゃダメだ。

墨俣城
ということで殿、私たち越中に行きたいんですが……、
殿たちの都合は如何でしょう?

殿
…………。

柳川城
そうですね、いつまでも同じ場所にいても仕方ないですし……、

柳川城
なにより、北陸道を巡るつもりですから、
いずれにせよ越中国に用があるのは私たちも同じです。

柳川城
ですので、ご迷惑でなければご一緒させていただけないでしょうか。

墨俣城
迷惑なわけないよ! 一緒に行こう!

やくも
わーい! 道連れが増えたがやぁ!

殿
…………!

墨俣城
それじゃあ、越中国に出発ぅ!

第51話 医王山岳 ~越中~[]

墨俣城と大聖寺城に付き添い、越中国へと向かった
殿一行。だが、時を同じくして別の黒い思惑が、
一同に魔手を伸ばそうとしていた……。

前半
――憎イ……憎イ……。

彼奴サエいなければ、カツテ夢見た光景に此身を置くことも叶ったハズだった。

土田御前様ヨリ受けし恩をご子息に返すと決めてイタが、
いつの間にか、恩義への報いのタメではナク、本心カラお仕えするヨウニなっていたのだ。

信長様……。

ワシに……もっと力がアレば、今よりもモット強ければ、

あのニクき猿面冠者ナゾに……織田家の栄光を奪われるコトもナク……。

燃え盛る本能寺カラ……信長様をお救いし、果てに天下を得るコトモ、キット……!

柴田勝家
……………………。

桃形兜
(オイタワシヤ、勝家サマ……)

桃形兜
(目的ヲ果タセズ、再ビ苦汁ヲ味ワウ羽目ニナルトハ……)

桃形兜
(ズット此場ニテ動カズニイラッシャルガ……)

柴田勝家
……………………。

桃形兜
……アノ、勝家サマ。

桃形兜
次ニ侵攻スルノハ、ドノ地ニイタシマスカ……。

柴田勝家
……………………。

桃形兜
各所ニ軍勢ヲ送ッテオリマスガ……、
能登ニ向カワセタ部隊ガ帰ッテキマセン……。

柴田勝家
能登……。

桃形兜
……!

柴田勝家
フフ……懐かしい……カツテ信長様と共に攻略シタ地よ……。

桃形兜
斥候ニ向カワセタ兜カラハ、複数ノ城娘ヲ連レタ殿ガイタト報告ガアガッテオリマス。

柴田勝家
殿……。

柴田勝家
信長様を討ッタ者か!

桃形兜
(ヒッ……!)

柴田勝家
今、奴らはマダ能登か?

桃形兜
イ、イエ、ドウヤラ越中ニ向カッタラシイト連絡ガアリマシタ。

柴田勝家
越中か……。

柴田勝家
ふふっ……皮肉なモノよ……。
今度はワシが大返しトハナ……!

桃形兜
イ、イカガイタシマショウ?

柴田勝家
(ダガ……殿とイウ者……。
 信長様を討てたというコトは、もしかするト……)

柴田勝家
……良カロウ! 全軍に伝達セヨ!

柴田勝家
コレより越中に向カイ、地気を吸いて力を養った後、
信長様を討ッタ者を見定めるとシヨウぞ!

桃形兜
ハッ! 直チニ!

――越中国。

墨俣城
富山城ちゃーん。
お薬くっださっいなー。

富山城
はーい、今行きますねー。

富山城
って、何だ。墨俣城か。

柳川城
富山城さん! お久しぶりです!

殿
…………!

富山城
わ、殿に柳川城たち!
久しぶりだね!

大聖寺城
……え、富山城さんも殿をご存知なのですか?

富山城
ん? そうだけど……どうかしたのかい?

大聖寺城
いえ、少し……気になっただけで。

富山城
…………?

墨俣城
で、薬なんだけど……。

富山城
あー……間が悪かったね。
今ちょうど切らしてて、これから材料調達に行こうとしてたんだ。

富山城
どうする? 待てるんだったら、
今から行ってきて、帰って調合終わり次第渡せるけど……。

殿
…………?

富山城
え? 手伝えないか……って、
申し出はありがたいけど……。

柳川城
やはり専門的な知識がないと無理でしょうか?

富山城
ううん、ボクが指示するし、薬草を採取してくれればいいだけだよ。

富山城
ただ、その……場所がね。

大聖寺城
場所、ですか?

富山城
うん。薬師岳まで行かなくちゃいけないんだ。

富山城
行くまでに時間がかかるし、到着してもすぐ登山になるから大変だよ……?
ボクは慣れてるからいいけど……。

殿
…………!

柳川城
えぇ。殿の仰るとおり、むしろ事情を聞いてしまっては
尚更のうのうとは待てませんよ。

柳川城
ぜひ、お手伝いさせてください。

富山城
本当かい? すごく助かるよ……。

大聖寺城
……お待ちください。
確か、越中の薬師岳といえば、女人禁制の山ではありませんか。

大聖寺城
まさか、今までずっと……?

富山城
もちろん、通い詰めて薬草を採取してたけど。

大聖寺城
何と罰当たりな……!

富山城
……まぁ、修験道に入っている大聖寺城が怒るのも分かるけどね。
一応、女人が入ることは禁忌とされているわけだし。

富山城
でも、何で禁忌になったのか、理由を考えたら
別に入っても大丈夫だって言えないかな。

大聖寺城
禁忌になった……理由?

富山城
うん。

墨俣城
……ん~、確かに、言われてみたら何で禁忌になったんだろう。

富山城
ボクの考えはね、女人は戦う術を持たないことが多いから、じゃないかな。

富山城
何せ、熊が出るしね。
化粧なんてしていようものなら匂いを嗅ぎつけられて襲われるだろうし。

やくも
え、熊が出るがや……?

富山城
あ、大丈夫大丈夫。
下手に縄張りに踏み込んだりしなきゃ向こうも襲ってこないよ。

富山城
それにさ、ボクたちは『城娘』。
ただの女じゃないのは、大聖寺城だって分かってるだろう?

大聖寺城
…………うぅ。

富山城
……もちろん、無理に来いとは言わないから、
大聖寺城が気になるなら残って待っててくれてもいいよ。

大聖寺城
……うーん。

千狐
……もしかして、千狐たちも自重したほうがいいのかしら。

やくも
うちらは神娘やし、大丈夫だと思うだに。

やくも
むしろ、他の人に比べたら
うちらは入る資格持っててもおかしくないと思うがやぁ!

千狐
……そうなのかしら?

大聖寺城
……私にはこれ以上考えても分かりません。

大聖寺城
ともかく、一度お山に判断していただこうかと思います。

富山城
うん、分かった。

富山城
じゃあ、今からみんなでしっかり準備して、
終わり次第出発と行こう。

柳川城
ええ、承知しました。

――薬師岳。

やくも
ぜー……ぜー…………。

柳川城
だ、大丈夫ですか?

やくも
や、山歩き、キツいだにぃぃぃ……。

富山城
無理しないで、ゆっくり行こう。
時間なら気にしなくて大丈夫だから。

墨俣城
うぅ……ふ、二人とも、けろっとしちゃってぇ……。

大聖寺城
まぁ、私は慣れておりますから……。

富山城
ボクも山登りだの行商だので鍛えられてるしね。

千狐
さすがですわ……。

殿
…………。

富山城
殿もまだ平気そうだね。
やっぱり体力あるなぁ。

殿
…………。

やくも
ま、まだ目的の場所は遠いんかや……?

富山城
もう少ししたら着くから……。

富山城
……ん?

大聖寺城
あれは…………!

柴田勝家
……ホウ、此時にアイマミえたか。

柴田勝家
貴様が信長様を討ッタという男ダナ!

殿
…………!

大聖寺城
柴田勝家の名を冠する、巨大兜……!

墨俣城
こんなところで鉢合わせるなんて……!

柴田勝家
ドウヤラ噂に違わず、ゾロゾロと城娘共を引き連れてオルようだな。

柴田勝家
所詮は人の身……、
兜と戦ウニハ他に術もナイならば仕方ないというモノか?

柳川城
そのようなことはありません!
殿は、私たちと共に戦場に出て戦われているお方です!

柳川城
ただ力を振るうだけが戦ではありません……!

墨俣城
そうですよ! 頭脳だって大事なんですからね!

柴田勝家
……ム、貴様から感じる気色……もしや……!

墨俣城
私は墨俣城!
兜なんかに、北陸の地は荒らさせません!

柴田勝家
……これはマタ良き哉!
アノ猿に縁持つ城娘をマズ一人、此地で消す機も得られるトハ!

千狐
うっ……巨大兜の霊力が、膨れ上がっていきます……!

柴田勝家
ワシの目論見が一度に叶うトハ……コレゾ天の差配よ……!

柴田勝家
オマケニ、地の利もコチラにある……!

柴田勝家
やれ!


ハッ!
落石部隊、行クゾ!

兜軍団
滑落……滑落……!

やくも
うわっ、おっきい岩が転がってくるだに!

墨俣城
殿! 気をつけてください!

殿
…………!

富山城
全く。足場も悪い、おまけに落石だなんて。
相変わらず殿の戦は辛いことが多いね!

富山城
殿! みんなの立ち回りはボクが助言するよ!
だから安心して指揮を!

後半
富山城

――其処ッ!

柴田勝家
フン、ソンナ豆鉄砲がワシに効くかぁぁぁぁぁぁぁッ!!

富山城
うわっ……!

大聖寺城
富山城さん、危ない!!

墨俣城
だ、大聖寺城っ!?

大聖寺城
くぅっ…………!

柴田勝家
ホウ、仲間を庇うとは。
城娘にも一丁前に仲間意識はアルものか。

殿
…………!

柴田勝家
……なるほど、ドウヤラ聞きしに勝る男のヨウだな。

柴田勝家
ダガ、当初の目的はスデニ果たした。
コレ以上無駄に消耗するはワシとて本意ではナイ。

柴田勝家
良かろう、退却ジャア!

兜軍団
撤退……撤退……。

富山城
えっ……? 兜たちが退いていく……?

千狐
おかしいですわ……退却する理由などないはずでしょうに……。

墨俣城
(……豊臣の城娘だと私を認識した途端、巨大兜の様子が明らかにおかしくなった)

墨俣城
(千代ちゃんの文では、止めきれなかった巨大兜が、
 織田信長の名を持つ巨大兜のところに向かったはず、って言ってたね……)

墨俣城
(でも……先程の様子だと、柴田勝家の名を冠した巨大兜は、
 信長の名を持った巨大兜を倒したはずの殿に会ったことがなかった……?)

墨俣城
……ねぇ、殿。
殿たちはあの巨大兜とこれまで戦ったことはないのですよね?

殿
…………。

柳川城
えぇ。ですが、巨大兜の方は私たちを知っているようでした……。

墨俣城
……柴田勝家の名を持つ巨大兜が、
どうして織田信長の名を冠した巨大兜のところに行けなかったんでしょう?

墨俣城
間に合わなかったのだとしても、敵討ちだと称して殴りこんできそうな気がしますが……。

大聖寺城
恐らく……『業』が原因ではないでしょうか……。

富山城
大聖寺城、大丈夫かい?

大聖寺城
はい……何とか、座って話すくらいなら。

柳川城
『業』……ですか?

大聖寺城
ええ。柴田勝家の名を持った巨大兜が、
慕っているのが織田信長の名を持つ巨大兜なのだとしたら……。

富山城
……豊臣秀吉の名を冠した巨大兜とは
敵対している可能性がある、ってことかい?

千狐
そうか……だから、墨俣城さんを認識して、
巨大兜の霊力が一時的に膨れ上がったのですね……!

墨俣城
坊主憎けりゃ袈裟まで……って奴かぁ……。

柳川城
なるほど……同じ兜といえども一枚岩とは限らない、ということですね。
上杉と武田の名を冠した巨大兜たちのように……。

富山城
逆に言えば、そこに何かボクたちの付け入る隙があるかもしれない。

富山城
いずれにせよ、今後も気を引き締めた方がいいのは同じだろうけどね。

千狐
えぇ、仰る通りですわ……。

富山城
……さて、薬草採取どころじゃなくなっちゃったね。
とにかく一度休憩しよう。

富山城
向こうの方に休憩用の小屋がある。
大聖寺城はボクがおぶってあげるから、行こうか。

大聖寺城
い、いえ、自分で、歩きます……!

富山城
…………。

富山城
…………。(ちらっ)

墨俣城
…………。(こくっ)

富山城
じゃ、お許しも出たから無理やりにでも抱えていくとしよう。

大聖寺城
お、お許しとは……?

富山城
よっと。(ひょいっ)

大聖寺城
きゃっ! お、降ろしてください!

富山城
人の好意には素直に甘えておきなよ。
ボクの体力に関しては心配しなくても大丈夫だからさ。

大聖寺城
う……す、すみません……。

富山城
幸い、今は急ぎの注文も入ってないから、
ゆっくり回復を図って大丈夫だよ。

墨俣城
はぁ……富山城の目の前に飛び出した時は
びっくりしちゃったよ。良かった、重篤な怪我しなくて……。

大聖寺城
し、心配かけてすみません……。

大聖寺城
ですが……お山に入ったにも関わらず
この程度で済んだのであれば、やはり大丈夫そうですね。

富山城
あ、まだ気にしてたんだ……。

墨俣城
……というかつまり、大聖寺城は自分の体で
罰が当たるか確認したってこと?

大聖寺城
え? あ、まぁ、結果的にはそうなりますね……。

墨俣城
……今度から危ない真似禁止。
絶対にダメだからね。

大聖寺城
はぁ、ですが、私の場合、これも修行の一環ですから……。

墨俣城
めっ!

大聖寺城
……す、すみません。

柳川城
まぁ、結果的には被害甚大というわけでもありませんし、
そう気に病むことは……。

柳川城
(……ん?)

柳川城
…………?(きょろきょろ)

富山城
どうかしたのかい?
山頂の方なんて見て。

柳川城
……あの、富山城さん。
山の上には何かあるのでしょうか?

富山城
上には薬師如来を祀ってある小さな祠があるけど……、
気になるようなら、落ち着いてから案内しようか?

柳川城
…………。

柳川城
……いえ、大丈夫です。
今は、他にやるべきこともありますし。

富山城
そう? ならいいけど。

柳川城
…………。

柳川城
…………?

柳川城
――拭いきれぬ不安。

柳川城
何処からか見えない手が忍び寄ってきているような……。

柳川城
けれど……これはきっと、記憶の所在が
はっきりしないからなのだと、私は思いこむことにしました……。

――山頂。

立花山城
…………。

立花山城
ふふ、これでよし、ね。

立花山城
…………。

立花山城
うふふっ、登山は大変だったでしょう?
……雑賀城。

雑賀城
……その様子だと、最初からボクの尾行には気づいていたみたいだな。

立花山城
そうね。早々に音を上げるようならほっとくつもりでいたんだけれど、
貴方、気配を完璧に殺しながらちゃんとついてくるんだもの。

立花山城
使命だと信じていることにそこまで頑張れるんだったら、
ちゃあんと、ご褒美をあげなくちゃね?

雑賀城
待て、気配で気付いたわけじゃないのか?

立花山城
えぇ。ちゃんと完璧に気配は消せていたわよ。
別に貴方の腕が衰えたわけじゃないから安心なさい?

立花山城
言うなれば……そうね。

立花山城
私の方が一枚上手だった。
ただ、それだけのことよ。

雑賀城
…………。

立花山城
ふふっ、拗ねないで。
ご褒美に、何か聞きたいことひとつ、できる範囲で答えてあげるから。

雑賀城
……じゃあ聞くが、わざわざこんなところまで来て、
いったい何をやっていたんだ?

立花山城
何を、ね。
貴方の目にはどう見えたのかしら。

雑賀城
……祠の前で、鈴を振っていたようにしか見えなかったけど。

立花山城
ふふふ……そうね。
傍から見たら、ただ鈴を振っていただけ。そうなのよ。

雑賀城
……ボクをからかっているのか?

立花山城
さぁねぇ。

立花山城
私の目論見が果たされるかどうかは、
殿たちの行動にもかかっているから、はっきりと言いきれないの。

立花山城
ただ……私がやっていたことは、
如何なる道を歩むとしても、救うためには絶対に必要になること。

雑賀城
…………?

立花山城
ふふっ、分からないでしょうね。
いいのよ、今は分からずとも。

立花山城
さ、次の目的地に向かうわよ。
ちゃんとついてきなさいね。

雑賀城
えっ……?

立花山城
尾行なんて真似しなくても、ちゃんと連れて行ってあげるわよ。

立花山城
ただし、歩みを止めるわけにはいかない。
遅れるようなら容赦なく置いていくから、そのつもりでね。

雑賀城
……望むところさ。

第52話 白結合力 ~飛騨~[]

薬作りは一段落したが、すぐさま富山城の行商の
道中護衛を引き受けることとなった殿一行。まずは
飛騨国へ、不安を振り払うように賑やかに向かう。

前半
――越中国。

富山城
助かったよ。
みんな、色々と手伝ってくれてありがとう。

大聖寺城
いえ、こちらこそ急かしてしまったようですみません。

柳川城
加えて、私たちまで新しく作ったお薬をいただいてしまいましたし……。
他にも色々とお世話していただいて申し訳ない限りです。

富山城
薬はお礼代わりとでも思ってよ。
ボクに渡せるのはそれくらいしかないからさ。

富山城
……さて、と。
そろそろ準備しなきゃ。

千狐
準備、といいますと?

富山城
行商だよ。
ボクの薬を待っている人は北陸中にいるからね。

大聖寺城
……まさか、お一人で行かれようとしています?

富山城
え、うん。いつもそうだし……。

大聖寺城
兜の動きが活発化している今の状況でもですか?
さすがに危ないかと思いますよ。

大聖寺城
万が一、兜の軍団などと鉢合わせしてしまったら、
どうなさるおつもりですか……。

富山城
……うーん。

柳川城
あの、もしよかったら私たちもついていっていいですか?
道中護衛にもなると思いますし……。

墨俣城
大聖寺城ちゃんの勘って往々にして当たるしね……。
鉢合わせするかも、って言うってことは十中八九どこかでぶつかる可能性あるよ……。

富山城
……なんだかそう言われたら心配になってきたよ。

富山城
だったら、重ねてご迷惑かけるけど、一緒に来てもらえたら嬉しいな。

殿
…………!

柳川城
迷惑だなんて。
こちらも道連れができて嬉しい限りですよ。

墨俣城
よーし、じゃあ早速、仕度しよっか!

一週間後・飛騨国――。

柳川城
ようやく目的地に着きましたね……。

千狐
ずいぶん長い旅のように感じましたわ……。

富山城
はは、お疲れ様。

墨俣城
じゃあ早速、此地の人の許に……。

松倉城
うむうむ! 待ちわびたぞ!
妾を待たせるとはいい度胸だのう!

富山城
……え!? ま、松倉城!?
なんで君がここにいるのさ!

松倉城
何故かと?

松倉城
理由は単純! 妾は金持ちゆえ!
金のあるところにいて当然なのじゃ!

富山城
えぇ……?

松倉城
……おや? よくよく見れば、墨俣城に大聖寺城。
果ては殿たちまで一緒じゃったか、久方ぶりよのう。

墨俣城
うん、久しぶりー!

殿
…………!

大聖寺城
(松倉城さんまで殿たちと面識があるというのですか……)

富山城
ねぇ、金のあるところとか言ってたけど、
君、まさか自分のところの金山に飽き足らず……。

松倉城
何じゃ、先程のは冗談に決まっておるじゃろ?

富山城
……君の冗談は分かりづらいんだよ。

柳川城
では何故、松倉城さんは此地を訪れたのですか?

松倉城
うむ、実は坂戸城から文を受け取っての。
これまでの仔細もろもろを聞いたのだ。

千狐
というと……。

松倉城
川中島の戦いが再び起きたこと……。
加えて、その最中の出来事もな。

柳川城
…………。

松倉城
知った以上、関わらないという選択肢はない。
お前たちの旅、この妾が特別に、直々に、手助けしてしんぜようぞ!

松倉城
……もちろん、金銭的にもな!

やくも
おぉっ! それは心強いがや!

柳川城
坂戸城さん……気にかけていてくださったんですね……。

殿
…………!

松倉城
いやぁ、坂戸城も粋よのう!
わざわざ此地を指すのに『結び、合力し、降りかかるものを払え』などと書くとは!

柳川城
え? どういうことですか?

松倉城
此地にある、『結』と『合力』という制度がな、見返りを求めぬ
労働の提供を行う、いわば『お互い様』の精神で成り立っておるのじゃ。

松倉城
特に、茅葺屋根を替える時なんぞは人々も総出でやっておるらしいの。

松倉城
そして、材料として使われている茅は水を弾く……。
ちょっとやそっとの雨程度じゃ、びくともせんものよ。

柳川城
なるほど……。制度の名前と、水を弾いて払う茅に例えて、
此地での合流を示したというわけですね。

松倉城
少なくとも妾はそう解釈したのじゃ!

大聖寺城
す、凄い巡り合わせですね……。
いくら何でも、丁度の時に合流できたというのは流石に出来すぎでは……。

松倉城
ま、坂戸城の慧眼のおかげだの!

松倉城
(しかし……坂戸城の奴、あんな筆跡だったか?)

松倉城
(……まぁよいか、無事合流できたしな)

やくも
にしても、何だか静かなところやねぇ。
まだ日中なのに、誰も見当たらんだに。

松倉城
あぁ、それはの――


――ザッ!

兜軍団
ザザザッ!!

墨俣城
うわぁっ、いきなり兜が攻めてきたっ!?

松倉城
そうそう。兜が攻め込んでくると聞いた故、
先んじて人々を避難させておいたのじゃ。

富山城
そんな大事なことがあるなら早く言ってよ……。

松倉城
はは、すまんの。

松倉城
だが住民の無事を危惧する必要もなくなったことじゃ、思う存分暴れると良かろう!

柳川城
えぇ!

墨俣城
(あれ、松倉城さんは戦わないのかな……)

殿
…………?

松倉城
……ん? 妾の剣捌きが見たい?

松倉城
……仕方ないのう、特別じゃぞ?

殿
…………!

松倉城
さぁ、とくと見よ!
舞うが如き太刀筋を!

後半
松倉城

よし、綺麗に片付いたのじゃ!

大聖寺城
ふぅ、これで人々を迎えにいけますね。

松倉城
うむ! これもまた、『結』『合力』の精神よの!

千狐
では人々を迎えに行きましょう!

殿
…………!

柳川城
…………。(ちらっ)

柳川城
(……結、ってそういう意味ではないのは重々承知なのですが)

柳川城
(あぁ、私にもう少し勇気があったら……と、
 なんだか長いこと考えている気がします……)

墨俣城
(んっ? 柳川城が殿のことをちらちら見てる。
 ……ってことは、これはもしや?)

墨俣城
ねぇねぇ、柳川城。
ちょっと耳を貸して。

柳川城
はい? 何でしょう?

墨俣城
(殿にはいつ告白するの?)

柳川城
(な、何ですかヤブから棒に!?)

墨俣城
(いやぁ、何だか殿に熱い視線送ってるから……)

柳川城
(きっ、気のせいですよ気のせい!
 先ほどの戦いも激しかったものですから、殿は大丈夫かと心配しただけで……!)

墨俣城
(気になっちゃったんだぁ? ん? ん?)

柳川城
(うぅ、や、やめてください……)

松倉城
ん? 何じゃ、二人でこそこそと。
内緒話なら妾も混ぜてたもれ~♪

柳川城
いっ、いえっ! 大した話ではないですしもう終わりましたので!

松倉城
ん~、そうなのか?

大聖寺城
……墨俣城さん。
柳川城さんに何を仰ったのですか?

墨俣城
うっ、ゆ、許して、つい乙女の好奇心がうずいちゃって……ね?

大聖寺城
…………。

墨俣城
うぅ、ごめんなさい……。

柳川城
い、いえ……。

やくも
なんだかんだ言いつつみんな仲が良くて何よりがやぁ~。

殿
…………。

千狐
今、多少揉めていた気もしますけどね……。

柳川城
(……はぁ、顔が熱い)

柳川城
(……しかし、思えば落城したあの日より……。
 初めてお会いした時から、私はずっと、殿を……)

柳川城
(…………)

柳川城
(……あれ、なんだか……それよりもっと前から殿のことを知っていたような?)

松倉城
さぁさ、柳川城! 行くぞー!

柳川城
あっ、はい!
今参ります!

――或る地。

兜軍団
ザッザッザッ!
   ザッザッザッ!
      ザッザッザッ!

兜軍団
辱、雪ギ……。
意趣返シ……。
血ノ雨以テ、遺恨ヲ晴ラサン……。

兜軍団
ザッザッザッ!
   ザッザッザッ!
      ザッザッザッ!

上杉景勝
………………。

第53話 慈晴恨雨 ~加賀~[]

加賀国へとたどり着いた殿一行は、流石に疲労の色が
隠せなくなりつつあった。ちょうど目前の川で休息を
取っていると、大聖寺城がおもむろに口を開いた。

前半
――加賀国。

やくも
ぜぇ……ぜぇ……。
行商って……あとどれくらいかかるがや……?

富山城
とりあえずもうちょっと行ったところで薬を卸して、
次に若狭方面に行くけど向かう途中で何ヶ所か寄って、後は……。

やくも
あ、聞いといて何だけどもういいだに。
それ以上聞いたら、うち、多分倒れるがや……。

千狐
富山城さんはいつもこの道のりをお一人で向かっているのですね……!

富山城
はは、誰だって何度も行商に行ってたら慣れるよ。

墨俣城
いやぁ、誰でもは行かないよぉ……。

富山城
……とはいえ、流石にちょっと疲れたね。
せっかくだから少し休憩していこうか。

大聖寺城
そうですね……。

松倉城
何じゃ、大聖寺城。
少し嬉しそうじゃの?

墨俣城
あぁ、だって加賀国は地元だもんねー?

大聖寺城
というより、目の前に流れている川が大聖寺川だからです。

千狐
この川のことですね?

千狐
……って。

やくも
あぁ~ひんやり~♪
一足お先に川で足を冷やさせてもらってるだに~♪

松倉城
んー、冷たくて気持ちいいのう!
疲れた足も癒されるわ!

千狐
ふ、二人とも早い……。

柳川城
大聖寺川……というと、
名前からして、大聖寺城さんには馴染みの川なのですね?

大聖寺城
ええ。加えて、大聖寺川はとてもありがたいお山、
大日山から流れてきているため、見かけると少し嬉しい、というのもあります。

柳川城
大日山?

大聖寺城
はい。大日山は、名の通り大日如来様をお祀りしておりまして。
南には、女性修験者のための修行場である、女人大峯もあるのですよ。

大聖寺城
大日如来様は、富士のお山の信仰とも深く関わっている、
密教においての最高仏なのです。

柳川城
つまりは、格式の高いお山より流れ出づる川、ということですね。

大聖寺城
ええ、ええ、そうなのです。

墨俣城
(あー……大聖寺城ちゃんが生き生きしだした……)

大聖寺城
またですね、修験道では神々というのは仏様の化身である、という考えがありまして。
大日如来様が化身である神は、浅間大神なのです。

大聖寺城
富士のお山では浅間大神を神霊と考えておりまして、各地で祀られております。

大聖寺城
故に、浅間大神の本地仏は浅間大菩薩、とも言われており、
つまるところ、浅間大神と浅間大菩薩と大日如来様は同一と考えられているのですよ。

大聖寺城
このこともあり、富士のお山の頂上には仏の世界が広がっていると伝えられているため、
私たち修験道に励む者はみなこぞって山頂を目指すのです……。

やくも
…………。

やくも
何だかさっぱり分からんがや。

墨俣城
大聖寺城ちゃんの話、私もたまに難しくて分かんない時があるよ……。

大聖寺城
まぁ、無理もないことです。
信仰というものは一朝一夕には理解できるものではありませんから。

松倉城
うーむ。妾も詳しくはないのだが……、
とりあえず、信仰は儲かるらしいというような話は聞いたことがあるの。

富山城
……神仏や人の思いを利用して儲けようとしたら罰が当たるものだけどね。

千狐
しかし、山頂を目指すと仰られておりましたが……、
大聖寺城さんは富士の山の頂に至ったことがあるのですか?

大聖寺城
いえ、残念ながらまだです……。

大聖寺城
ですが、いずれ必ず。

柳川城
……なるほど、山と山とが神仏の存在により繋がり、
果ては各地の信仰の元となっているのですね……面白いです。

大聖寺城
えぇ、だいたいはその解釈で大丈夫ですよ。

大聖寺城
ちなみに、修験道の元になっているのは山岳信仰や、仏教、密教といったものです。
元はそれぞれ違えども、道を同じくした結果というわけですね。

殿
…………。

大聖寺城
ふふ、殿にも面白がっていただけたようで幸いです。

大聖寺城
どんなことも、小さな興味から始まっていくものですから。
私は、少しでも修験道について知っていただけたら十分ですよ。

やくも
…………。

やくも
てことは、おにぎりさんもその内信仰が生まれるかもしれないってことだに!?

松倉城
やくも、お前の頭の中で何があったのじゃ……。

やくも
だって、小さな興味から何でも始まってくって大聖寺城が言ったがや。

やくも
なら、お米とか、海苔とか、中の具について興味を持って、
色々広めたら信仰になるかもしれんだに!

大聖寺城
うーん、まぁ、あり得ないとは言い切れませんね……。

墨俣城
え、じゃあ、おにぎりが神様になるの?

やくも
そうがや。
多分空とか飛んでるだに。

富山城
空飛ぶおにぎり教……ふふっ、変なの。

松倉城
想像してみるとなかなか愉快だのう!

千狐
いやいやいや、信仰ってそんな軽いものじゃないでしょう……?

富山城
結構分からないけどね。
案外、始めは軽いものから始まってたりするかもしれないし。

松倉城
鰯の頭も信心から、という奴じゃな!

大聖寺城
そうですね。
例え元がどうであれ、当人の心の救いになるもの……、

大聖寺城
それこそが、信仰の対象であると言えるでしょう。

???
――信仰……毘沙門天様ガ、ゴ加護ヲ……。

松倉城
ん?

兜軍団
ザザザザザッ!

大聖寺城
此地にまで兜が……!

松倉城
それに、彼奴は……!

上杉景勝
………………。

富山城
上杉景勝の名を冠した巨大兜……!
どうしてここに!?

兜軍団
辱、雪ギ……。
意趣返シ……。
血ノ雨以テ、遺恨ヲ晴ラサン……。

大聖寺城
遺恨……?

松倉城
……上杉謙信の名を冠した巨大兜を倒した、
殿たちを追ってきおったというわけか。

松倉城
仇討ちのために、の。

殿
…………!

柳川城
上杉景勝……というと、確か上杉謙信の跡を継いだ……。

大聖寺城
ええ。ただ、血の繋がりはなかったと聞いておりますが。

上杉景勝
………………。

大聖寺城
……以前は、上杉がはねて織田を追い、やがて私を得た。
けれど、今回は貴方が飛んでいるのであれば、はねるのは此方。

大聖寺城
場所さえ、手取川ではなく、この大聖寺が川。
地の利を得ている以上、我々に負ける道理なし!

上杉景勝
………………。

松倉城
ふん、だんまりかえ。
思いを抱えておるのなら、配下に言わせず己が言葉で語れば良いものを。

上杉景勝
…………。

上杉景勝
………………!

兜軍団
イザイザ……血ノ雨乞ワン……!!

墨俣城
来るよっ!

大聖寺城
越後より流れ来た暗雲なぞ、私が吹き払ってみせましょう!

後半
大聖寺城

ふぅ……ようやく倒せましたか……。

千狐
しかし……何故、急に上杉景勝の名を冠した巨大兜が出現したのでしょう……?

墨俣城
(突然の現象……もしも、これも『業』が原因だというのなら……)

墨俣城
……柴田勝家の名を冠した巨大兜の影響、とか?

柳川城
え? でも、以前、柴田勝家の名を冠した巨大兜の出現は聞いておりましたが、
上杉景勝の名を冠した巨大兜の存在については耳にしておりませんでしたよ?

大聖寺城
いえ、ただ出現しただけ……ではなく、
力を求めて武威を増大させていっていることの方が真の原因かと思います。

大聖寺城
柴田勝家といえば、甚だ勇猛な武将。
戦場においては、存在すること自体が周囲への鼓舞に繋がったでしょう。

大聖寺城
であれば、かの巨大兜が霊気を肥大させればさせるほど、
兜たち全体の勢いも増していくものかと推測します……。

松倉城
うーむ、確かに今、戦った兜どもも手強かったのじゃ。

松倉城
それに、小さい兜どもが仇討ちというからそうと思いこんだが、
巨大兜が出現したのが此時というのも腑に落ちんしの。

富山城
だったら、早いところ柴田勝家の名を冠した巨大兜を倒さないとマズいね。
越中で会った時の感じだと、まだまだ力を求めてるような雰囲気だったし……。

富山城
あんまりほったらかしておいたら、
いずれ手がつけられなくなるかもしれない……。

殿
…………?

千狐
えぇ殿。先ほどから巨大兜の現在の居場所を探ろうとしてはいますが……、

千狐
北陸のあちこちで禍々しき霊気が噴出して、一帯に漂っており、
果たしてどれが柴田勝家の名を冠した巨大兜のものなのか、分からないのです……。

大聖寺城
やはり、状況は概ね推測したのとほぼ同一のようですね……。

富山城
……ボク、無事に行商が終わるか心配になってきた。

墨俣城
ね、一人で行かなくて良かったでしょ……。

富山城
うん……。

松倉城
だが、こんなに大がかりなことを引き起こしておいて
彼奴の霊気が分からぬ、というのもおかしな話。

松倉城
……恐らく、探知を避けるためにわざと霊気を抑えておるのだろう。
加えて、配下に余計な霊気を出すよう指示しておる可能性もある。

大聖寺城
ということは、今、向こうも見つかっては困る……ということでしょうか。

松倉城
だろうの。
故に、此方も今の内にできるだけ戦力を増強しておいた方が良かろう。

千狐
力といえば……柳川城さん。
どうですか、何か記憶の手がかりになりそうなものは……。

柳川城
うーん……今のところ、特には……。

墨俣城
えーと、能登は海辺で、越中で山に登って、
飛騨は人里に行って、今いるのは渓谷?

やくも
……何が手がかりなのかさっぱり分からんがや。

大聖寺城
文には北陸に向かえとあったんですよね?
わざわざ指定している以上、おそらく場所や文化などに関係があるのでしょうが……。

やくも
柳川城。
もう一回文を見せてほしいだにー。

柳川城
はい、どうぞ。

やくも
……あれ?

やくも
今気づいたんやけど……、
これ、柳川城の字にそっくりがや。

殿
…………!?

柳川城
え、ええっ!?

やくも
ほら、よく見ると柳川城の字の癖が出てるだに。

大聖寺城
柳川城さん、ご自身で見てもそう思われますか……?

柳川城
正直……あまり気にしたことはありませんが、
かなり似ていると思います……。

松倉城
すると何じゃ?
北陸へ向かうために自作自演をしたとでも?

富山城
えぇ? 戦った後に気を失ってしばらく寝込んでたって聞いてるけど、
いつ北陸に向かわせるなんて思いついたっていうのさ。

殿
…………。

殿
…………!

柳川城
……そうですね。
文の怪しさについては最初から分かっていたことですし、

柳川城
なにより、行商中の護衛をするという約束で共に来たのですから、
富山城さんを放って戻ることなどできません。

千狐
そもそも、今の状態の北陸を放置しては何が起こるか分かったものではありません。
尚更、退けぬところにいますもの……。

殿
…………!

墨俣城
……うん、殿たちが決めたんでしたら、私はついていきますよ!

松倉城
妾もまだ活躍したりぬ故!

富山城
何だかとんだ大仕事になっちゃって申し訳ないよ……。
でも、殿たちが一緒にいてくれるのは凄く嬉しいな。

大聖寺城
もちろん、私も異論はありませんよ。

殿
…………!

千狐
では、引き続き先へと参りましょう!

――とある森。

立花山城
…………。

雑賀城
(……立花山城の奴、本当に此方を顧みもしない)

立花山城
ふふっ、雑賀城。
体力は大丈夫?

雑賀城
え?

立花山城
休憩が欲しい?

雑賀城
……結構だ。

立花山城
あらそう。無理はしちゃダメよ?

雑賀城
……ボクの心配なんてしなくていい。

立花山城
心配なんてしてないわ。
貴方は大丈夫だから。

立花山城
むしろ――

立花山城
――このままだと、柳川城が死ぬことの方が問題よ。

雑賀城
なっ!?
ど、どういうことだ!?

立花山城
さ、やる気も出たでしょうし、
あとちょっと頑張りなさいね。

雑賀城
おいっ! 待てっ!
柳川城が死ぬってどういうことだっ!!

――語気荒く問いかけても、黒き城娘は歩みを止めない。

か細い光も錯覚か、あるいは真の光明か。
ただ、闇雲に足を運ぶしかなかった。

第54話 気比神護 ~若狭~[]

富山城の行商も終わりが近づき、残る最後の地は
若狭国。北陸を巡る長い旅路を終えようとする
殿一行を、二つの影が迎えようと動くのだった。

前半
柴田勝家

…………。

――――

柴田勝家
――貴様……ワシが『柴田勝家』の名を冠する限り、
主を助ケントすることを許さぬト、そう言いたいのか!?

豊臣秀吉
拙者がどうこうじゃねェんだよ、柴田殿……。
此世がアンタをそう規定しちまってるッテ話――。

――――

柴田勝家
地気ヲ吸い……兵力ヲ増し……、

柴田勝家
いくらワシの武威を引キ上ゲタとしても、
冠スル名が……我が『業』が道を阻むとイウカ。

柴田勝家
……『鬼柴田』『カカれ柴田』『瓶割り柴田』。

柴田勝家
皮肉なモノよ。嘗てアレほど誇ッタ我が名が、
今は煩ワシクテ仕方がナイ……!

兎耳形兜
勝家様! 只今戻リマシタ!

柴田勝家
……斥候か。
して、どうでアッタ?

兎耳形兜
川中島ガ戦ニテ、二体の巨大兜ガ同時ニ消滅サセラレタ原因……、

兎耳形兜
昨今我ラヲ煩ワセテイル殿ガ連レテイル、『柳川城』ナル城娘ガ
突如トシテ、強大ナチカラを発揮、討滅セシモノト判明イタシマシタ!

柴田勝家
そうか……ヤハリ、彼奴ラか……!

柴田勝家
(小賢シクも抵抗を続ケル勢力……。
 チカラの源は、『柳川城』トイウ城娘にあると見タ……!)

柴田勝家
(……己が持つ『業』に依るチカラだけではナク、
 他者ノ『業』によるチカラでなら、アルイは……!)

柴田勝家
……良いダロウ、『業』に勝テヌのナラバ、
新たな『業』ヲ焼き付けるまでのコト!

柴田勝家
者ドモ! 全力をアゲテ『柳川城』を攫って来イ!
タダシ、必ずや生け捕りにセヨ!

柴田勝家
邪魔をシテクルようでアレバ、他ノ者はイクラ殺しても構ワン!!

柴田勝家
行け!

兜軍団
ハッ!!

柴田勝家
(城娘のチカラを奪い、兜たる我がチカラへと転化スル……)

柴田勝家
(……ヒトツの器に、異なるフタツのチカラを押し込めば、
 恐らく魂の定着の過程ヤ、ワシが存する理サエも障りが出るやもシレヌ……)

柴田勝家
(イクラ霊気の質を変えようトモ、恐らく根本ハ変わらぬハズ……。
 得体の知れぬ『柳川城』のチカラを手にできるとスレバ尚更……)

柴田勝家
(恐らく……事が成ったとシテモ……ワシは……)

織田信長
――――――――――。

柴田勝家
…………。

柴田勝家
……チカラを奪い尽くサレタ城娘が、死ノウと、廃ソウと構わぬ。
新たに鋳シタ『業』が、ワシの魂を焼き切ッテモ構わぬ。

柴田勝家
……二度とワシの魂が信長様に巡り合エズとも良い!
殿を、サルめを討ち果タシ、信長様が悲願を果たせるナラ……!

柴田勝家
セメテ……それが、此世デモ貴方の窮地を救うコトが叶ワナカッタ、
不甲斐なきワシに出来るコト……!

柴田勝家
信長様、見ていて下サレ……!
ワシは……必ズヤ……!

――若狭国。

富山城
……みんな、お疲れ様。
ようやく最後の目的地に着いたよ。

富山城
待ち合わせは……ちょうど此地で、
今くらいの時間にってことだったんだけど。

???
お~い! こっちッスよ~!!

富山城
あ、いたいた。
おーい! 金ヶ崎城~!

金ヶ崎城
富山城さ~ん!
遠路はるばるお疲れ様ッス~!!

大聖寺城
金ヶ崎城さん。変わらず息災でおられるようで何よりです。

金ヶ崎城
あたしはいつでも元気ッスよ!

富山城
はい、薬。

金ヶ崎城
確かに受け取ったッス!
しばらくは色々心配しなくて済みそうで助かったッスよ!

金ヶ崎城
……にしても、ずいぶんと大人数で来たッスねぇ。
まぁ、兜が今あちこちで悪さしてるから当然ッスか。

富山城
殿たちは多分初めて会うのかな?
彼女は、此地を守護している城娘の金ヶ崎城だよ。

金ヶ崎城
よろしくッス!

殿
…………!

柳川城
ええ、よろしくお願いいたします。

大聖寺城
(……金ヶ崎城さんは、殿とは面識がないのですか)

大聖寺城
(面識がない城娘と、ある城娘……何が違うというのでしょう……?)

松倉城
どぉれ。久方ぶりにこの神社に来たのじゃし、
金運祈願のためにお参りでもしていくか。

墨俣城
ま、まだ上を目指すの!?

松倉城
勿論じゃ! 稼ぐだけ稼いで、使えるだけ使う!
目的あってこその手段! 手段あってこその目的!

松倉城
常日頃の努力はもちろんじゃが、
加えて此地の神社で祈願することで更なるご利益を得るのじゃ!

金ヶ崎城
ちなみに、色んなご利益があるのはもちろんのこと、
此地はあたしにとっては力の源でもあるッスよ!

金ヶ崎城
いるだけで元気がどんどん湧き上がってくるッス!
兜たちだってえいやぁってやっつけられるッスから~!!

千狐
霊気の増強……ということでしょうか?
いったい如何なる因によるものなのでしょう?

金ヶ崎城
ん、理由ッスか?
あたしの嘗ての城主さんが、ここの大宮司さんだったからッス!

金ヶ崎城
つまりは、城主との縁ある場所だから、ってことッスね!
今よりもとおーい、昔の話ッスけど!

金ヶ崎城
これも、あたしが『金ヶ崎城』だからッスよ?

墨俣城
(……『業』と呼ぶには……明るいなぁ)

墨俣城
(ま、冠した名前に縛られていると取るか、
 恩恵を受けていると取るかは城娘によって違うか)

千狐
……ですが、おかしいですね。

富山城
ん? なにがおかしいの?

千狐
それほど名のある神社が近くにあるというのに、
この周辺からは、聖なる力が感じられません。

千狐
いえ、力が限りなく弱まっている、
というのが正しいでしょうか……?

墨俣城
神社の力が……?
さっきから何となく体が重たいような気がしてたんだけど、
もしかして、その影響かな?

墨俣城
私はてっきり……この辺りの地形が、
自分の御城と馴染みが薄いせいだと思ってたんだけど……。

金ヶ崎城
鋭いっスね……それはたぶん、兜が――

???
柳川城! 柳川城!

金ヶ崎城
……ん?


柳川城!

兜軍団
柳川城! 柳川城!!
ドコダ! ドコダ!!

柳川城
え、えぇっ?


……白イ城娘、鶴ノ如キ見タ目! 見ツケタ!

兜軍団
柳川城! 柳川城!! 柳川城!!!
見ツケタ! 見ツケタ!! 見ツケタ!!!
連レ去レ! 連レ去レ!! 連レ去レ!!!

墨俣城
うわっ、凄い大軍がこっちに突っ込んでくるっ!?

金ヶ崎城
……あっ!

金ヶ崎城
最近、この辺りで兜と出くわす頻度が増えてるッス!
それにこいつら、ずーっと柳川城、柳川城って言ってて……。

千狐
神社から感じられるはずの力に陰りが見られたのは、
周辺の兜が力を増している影響だったのですね……。

大聖寺城
とにかく、迎撃いたしましょう!

金ヶ崎城
当たり前ッス!
あたしの目の前で城娘を拐かすような真似なんてさせないッスよ!!

後半
金ヶ崎城

柳川城さん、大丈夫ッスか!?

柳川城
えぇ、大丈夫です。
ちゃんとここにおりますよ。

墨俣城
でも……何で急に柳川城を攫おうとしたんだろう?

松倉城
……もしや、川中島か?

大聖寺城
川中島……つまり、殿たちが武田信玄・上杉謙信の名を
冠した巨大兜二体を相手した時の戦、ですか?

松倉城
うむ。殿たちも言っておっただろう?
巨大兜を倒したのは柳川城である、と。

松倉城
それも、突如として本人も知らぬ力を発揮し、
たった一人で、一瞬にして滅したのだ。

大聖寺城
確かに……尋常ではないお話でしたね。

墨俣城
それにさっき、連れ去れとか言ってたけど、つまり……?

大聖寺城
……暗殺を目論まず大々的に捜索、攫おうとしているということは、
柳川城さんが秘めている絶大な力を利用しようとしているのでしょう。

富山城
力を利用……っていうと、いるよね。
つい最近も霊気を高めようとしていた巨大兜が。

千狐
つまり……柴田勝家の名を冠した巨大兜が、
柳川城さんを攫おうとしていると?

柳川城
そんな……。

金ヶ崎城
……でも、一つ納得できないことがあるッス。

金ヶ崎城
あたしは、『柴田勝家』にいい印象はないッスけど……、
でも、戦う姿勢に関しては素直に見習いたいなって思えたッスよ。

金ヶ崎城
真っすぐ向かってくるような武将の魂を模倣した巨大兜が、
わざわざ敵を誘拐して利用するなんて狡いこと、考えるッスかね?

富山城
うーん……確かに。
柴田勝家はあまり策を弄すような武将ではないかな。

???
……恐らく、今回ばかりは流石に愚直な彼奴も、
手段を選んでられないと思ったんだろうな。

殿
…………!

千狐
貴方は……!

北ノ庄城
よぉ……殿。

柳川城
北ノ庄城さん!
お久しぶりです!

殿
…………!

大聖寺城
貴方も、殿と会ったことがあるのですね……。

北ノ庄城
あぁ……ま、いつの話だったかは忘れたけどな。

大聖寺城
……そうですか。

北ノ庄城
でもそっか、殿たちもいるんならますます丁度いい。
本当は、金ヶ崎城に用があって来たんだが。

金ヶ崎城
え? あたしに用事なんて、珍しいッスね……。

北ノ庄城
……いいか、恥を忍んで言うぞ。

北ノ庄城
どうか、私を助けてほしい。

大聖寺城
え…………。

金ヶ崎城
えぇぇぇぇぇぇっ!?
ど、どういう風の吹き回しッスか!?

金ヶ崎城
事あるごとにあたしに突っかかってきては勝負を挑んできて、
勝ったら勝ったでこれ見よがしに自慢し、負けたら負けたで難癖つけてくる北ノ庄城が!?

金ヶ崎城
一度あたしが『そろそろ過去のことも水に流さないッスか?』って言ったら、
持ってた水瓶をいきなり割って『あ?』って脅してきた北ノ庄城がッスか!?

大聖寺城
……私の知らないところで何をやっているんですか、貴方は。

北ノ庄城
……いや、ほら、負けたと思われたら癪に障るし。

金ヶ崎城
織田軍と朝倉軍の戦いのことはいっそ痛み分けってことにしようって、
前から言ってるのに聞いてくれなかったのはそっちじゃないッスか……。

墨俣城
北ノ庄城って、喧嘩っぱやいからね……。

北ノ庄城
あ?

墨俣城
ひぃん、睨まないでよぉ……。

殿
…………。

殿
…………?

北ノ庄城
あ、あぁ、悪かったよ。
確かに、今そんなことやってる場合じゃねぇもんな……。

金ヶ崎城
いったい何があったッスか……?

北ノ庄城
私の守っている地に突如、
柴田勝家の名を冠した巨大兜が大軍を引き連れて攻め込んで来た。

千狐
えぇっ!?

北ノ庄城
何とか人々を逃がせるだけ逃がし、奮戦したが……、
さすがに、私一人じゃ倒しきれなかった。

北ノ庄城
結果、城は奪われて拠点にされて、
今じゃ兜がうようよいやがる……。

北ノ庄城
いくら私でも、一人で突っ込んで奪還は図れない……。
だから、援軍を頼みたくて……。

金ヶ崎城
……経緯は分かったッス。

金ヶ崎城
でも、何であたしを選んだッスか?
他にも頼る相手はいるんじゃないッス?

金ヶ崎城
だいたい、いつもいつも、
あたしらは寄ると触ると喧嘩ばっかじゃないッスか。

北ノ庄城
……そうだよ、いつもの喧嘩相手だ。

北ノ庄城
だからこそ……お前の実力はよく知ってんだよ!

金ヶ崎城
……!

北ノ庄城
過去のこともある、私を許せないだろうっていうのも想像はつく。
……虫のいい話をしてるっていうのも分かってる!

北ノ庄城
だけど、私には頼れる相手がいない……。
それに、民たちはびくびくして隠れ暮らすことになってんだ……!

北ノ庄城
人々のためなら、私のやっすい誇りなんて捨ててやる!
変な意地なんて張ってる場合じゃねぇんだ!
土下座しろってんなら、土下座するぜ!

大聖寺城
北ノ庄城さん……!

北ノ庄城
頼むよ! この通りだ!!

金ヶ崎城
…………。

金ヶ崎城
顔を上げてほしいッスよ、北ノ庄城。

北ノ庄城
……金ヶ崎城?

金ヶ崎城
やっと、歩み寄ってくれたッスね。

金ヶ崎城
苦しむ人々のために頑張って、
大敵に立ち向かうことの大変さは、あたしだって良く分かってるッスから。

金ヶ崎城
こんな時くらいは、喧嘩なんてしてる場合じゃないッス!
水臭いことなんて言わず、一緒に頑張るッスよ!!

北ノ庄城
……悪ぃ。

墨俣城
(……『業』に縛られたままなら、きっと北ノ庄城は協力なんて要請しなかった)

墨俣城
(きっかけは何であれ、『業』から逃れる……というより、
 受け入れた……? 変容させた……?)

墨俣城
(私たち城娘は、やっぱり『業』に全てを縛られているわけではない、よね……。
 きっと、それぞれがそれぞれに、何とかできる道があるはず)

墨俣城
私も協力させてもらうよ、北ノ庄城。
……だって私たち、仲間でしょ?

北ノ庄城
……何だよ、こだわってたのは私だけか。

北ノ庄城
……ありがとうな。

柳川城
困っている時にはお互い様ですから。

殿
…………!

北ノ庄城
よし、じゃあ、用意ができたら一緒に来てくれ。

北ノ庄城
私の地……越前に!

――若狭国の近く。

雑賀城
わっ!

立花山城
……っと、大丈夫?
木の根に蹴躓くなんて、流石に集中力が落ちて来たのかしら。

雑賀城
……何もそんなにがっちり支えてくれなくても大丈夫だ。

立花山城
そう? 私がちゃんと抱き留めてあげなかったら
転んでしまっていたように思うけれど。

立花山城
せっかくあと少しで目的地に着くというのに、
足首を捻ったりなんかされてはたまらないわ。

雑賀城
珍しく分かりやすい助け方をしたと思ったら、
結局は私情の入り混じった目論見によるものか。

立花山城
あら、人助けなんて多かれ少なかれ
私情が混じっていて当たり前じゃない?

立花山城
それとも、雑賀城は無償の愛なんてものが
本当に存在すると思ってるのかしら?

雑賀城
……いくら何でも、ボクだってそこまで初心じゃないさ。

立花山城
そう? 

立花山城
情けは人の為ならず……。
結局は巡り巡って、情けをかけるのは自分の為に他ならないのよ。

立花山城
だからといって、必ずしも見返りがあるとは思わない方がいいのだけれどね。

雑賀城
……私情についての善悪なんてのはボクには判断しようがないが、
せめて、お前の私情がボクたちに有利に働くものだと思いたい。

立花山城
そうね。私の目論見は、絶対に有利に働く……と私は思っているのだけれど。

雑賀城
…………。

雑賀城
(行動を共にしていくらかの時間が経ったが……、
 未だに立花山城の底が知れない)

雑賀城
(突然何者かに文を送っていたり、意味深なことをつぶやいたり……。
 まるで、行動や言葉の端々に何かを含めて伝えようとでもするかのようだ)

雑賀城
(……この旅路も、終わりが近づいてきているというのなら、
 ボクは……ボクは、どうすべきなんだろう)

第55話 夢路の果て ~越前~[]

越前国に座す柴田勝家の名を冠した巨大兜を討伐に
向かう殿一行。戦いの果てに得られるものは何か、
各々は胸中に思惑を抱き、それぞれの場所へ……。

前半
――若狭国。

立花山城
…………。

雑賀城
(此地でもまたお参り……)

雑賀城
(越中の祠の前で鈴を振っていたことも含め、
 立花山城の行動にいったいどういう意味があるのか、多聞山城たちなら分かるんだろうか)

立花山城
……終わったわ。
……ようやく私の目的も、無事にすべて果たせた。

立花山城
さて……ここからしばらくは、身を隠さなくてはいけないわね。

雑賀城
何? またどこかに行くっていうのか?

立花山城
ええ、誰にも知られるわけにはいかないから、貴方とはお別れね。

雑賀城
何を言ってるんだ、ついていくに決まっているだろう。
そもそも、ボクはお前の監視をするために来てたんだぞ。

立花山城
……今は供を連れるわけにはいかないのよ。
時が来たら、私の方から再び訪ねるわ。

立花山城
だから、貴方は一度帰って、多聞山城たちでも殿たちでも、
信頼できると思っている相手に自分が見てきたものをしっかり伝えなさいな。

立花山城
特に、一部の城娘は此世の理についても分かっているはず……。
私のやっていたことを知れば、きっと意図を察するでしょうね。

雑賀城
……ボクはお前の使いっぱしりじゃないぞ。
多聞山城たちには自分で言え。

立花山城
ダメよ。
私が想像していたのよりも、ずっと不味い状態だもの。
当初の想像よりも早く破綻するかもしれない……。

雑賀城
(急になんだ? 切羽詰まっているようだが……)

立花山城
……悪いけれど、あまり話している余裕もなくなってきたわ。
ちゃんと、一人で帰れるわね?

雑賀城
当たり前だろ。

立花山城
ふふ、ならいいの。
もう転んではダメよ、助けてあげられないのだから。

立花山城
仕掛けられた罠の意図を常に考え続けなさい。
考え続けて情報を組み合わせていけば、いずれ見えてくるものもあるわ。

雑賀城
……肝に銘じておくよ。

立花山城
じゃあ、私はもう行くわね。
帰りの道中、気をつけて。

雑賀城
あっ、おい、待っ……!

立花山城
…………!

雑賀城
っ!?

雑賀城
(今、最後に一瞬だけ見えた表情……、
 いつもの余裕をかなぐり捨てたような、切羽詰まったような顔だった)

雑賀城
(相変わらず目的をはっきりと知らせようとしないのは腹立たしいが……)

雑賀城
……いや、
知らせたくなかった、のか?

雑賀城
…………。

雑賀城
(身を隠す、と言っていたということはしばらく動きはないということ……。
 それなら、一度多聞山城たちに相談に戻ってもいいかもしれない……って、)

雑賀城
はは……ボクはいつの間に立花山城を信じるようになったんだ?
たかだか、一度旅路を共にしただけなのに?

雑賀城
けど……悔しいことに、確かにボクの手には余りそうだ。
一度、相談しに戻ろう……。

雑賀城
…………。

――そうね。私の目論見は、絶対に有利に働く……と私は思っているのだけれど。

雑賀城
…………。

雑賀城
有利に働く先が、ボクたち城娘側を指していることを願いたい……。

――越前国、北ノ庄城。

柴田勝家
嘗て……ワシが治めていた地……。
此地でなら、信長公ニモ匹敵しかねん力を得ラレル……!

柴田勝家
肝心ノ居城が魂は、
城娘となり我ガ許からは離れておるが……構ワヌ。

兎形兜
勝家様! 柳川城ヲ奪取シニ行ッタ部隊ノ、
幾ツカガ戻ッテ来マセン……!

柴田勝家
……ナレバ、もう此方から向かわせる必要ハない。
以降、無用ナ消耗は不要と心得ヨ。

柴田勝家
此地はもともと北ノ庄城ガ守護していた地ダ。
彼奴もまた城娘ナレバ、殿たちの許ヘト向かっていよう。

柴田勝家
故に、我らはタダ座して待てば良イ。
いずれ殿めらは自ラ此方へと飛び込んで来るだろうカラナ。

兎形兜
承知致シマシタッ!

柴田勝家
(……やはり、一筋縄デハ行かぬか)

柴田勝家
アノ『柳川城』の持つ力……たかが、いち城娘に出セルようなものではナカロウ。

柴田勝家
そして……城娘タチガ付き従っている、殿トイウ男……。
何か……ただの人間トハ異なるモノを感じるが……。

柴田勝家
…………。

柴田勝家
(……モシモ、ワシが敗れることアラバ、彼奴らに託すのも面白いヤモしれぬな)

桃形兜
……勝家様、配下一同揃イマシタ。

柴田勝家
…………。

柴田勝家
……者ドモ! 今一度問う! 

柴田勝家
いよいよ殿めらに一世一代ノ戦いを挑ム!
ワシが嘗て落命シタ此地にてダ!

柴田勝家
我が『業』を乗リ越エルためには、此地デ勝利を収めるしかない!
つまり……これはワシが愚かにも己のタメだけに挑ム戦でアル!

柴田勝家
故に、お前タチの中に、勝機ガ見いだせぬと感ジル者あらば、
遠慮はイラヌ。すぐさま此地カラ逃げ、別ノ部隊に加わるが良イ!


…………!?

兜軍団
ザワザワ……。
  ザワザワ……。
    ザワザワ…………。

柴田勝家
(……見捨テラレルのなら、それまでのコト)

柴田勝家
(戦に勝チ、柳川城ノ有する力を手に入れてサルを討ッタとて、
 ほどなくワシの魂ハ常軌ヲ逸しよう)

柴田勝家
(此度は如何ナ道を辿ろうトモ、待つは身ノ破滅ノミ……。
 ワシの独リよがりな道に、此奴らマデ付き合わせるワケニハ……)


勝家様、今更何言ッテルンデスカ!


ソウデスヨ!
貴方ノ配下トナッタ日カラ、兜ノ身デアロウト付キ従イ続ケル覚悟!!

兜軍団
俺タチハ、最期マデ勝家様ノオ傍ニッ!!!

柴田勝家
……お前たち。

兜軍団
勝家様ッ! 勝家様ッ! 勝家様ッ!
勝家様ッ! 勝家様ッ! 勝家様ッ! 
勝家様ッ! 勝家様ッ! 勝家様ッ!  

柴田勝家
(……マルデ、最期の時と同ジ……フフッ。
 名に縛られるモ、悪いコトばかりデハなかったか……)

兎形兜
勝家様! 奴ラガ来マシタ!

兜軍団
勝家様ッ! 勝家様ッ! 勝家様ッ!
勝家様ッ! 勝家様ッ! 勝家様ッ! 
勝家様ッ! 勝家様ッ! 勝家様ッ!  

北ノ庄城
…………!

北ノ庄城
……兜が……配下が、揃って……この光景は……!

金ヶ崎城
やっと到着したと思えば……。
北ノ庄城の御城が、ここまで酷い状況になってるだなんて……!

大聖寺城
御城が占領されているだけでなく……、
天守が瘴気を帯びて、負の力を宿しています……!

松倉城
天守の中から現れる兜も、瘴気によって力を増しているようだ……!

柴田勝家
……ナァ、北ノ庄城。
貴様モ眼前の光景ハ、良く知っているダロウ?

北ノ庄城
……あぁ。似た光景なら、良く知ってるさ。
だからこそ、反吐が出る……!

柴田勝家
何だと……?

北ノ庄城
所詮、兜の中に偽物の魂詰め込んで真似して、
くせぇ茶番演じてるだけじゃねぇか!!

北ノ庄城
此地で起きた戦いを汚して、
私たちの士気を下げようとでもしてんだろうが、そうはいかねぇ!

北ノ庄城
本当の心も、本物の魂も持ち合わせてねぇような野郎なんかが!
……テメェなんかが、勝家様を騙ってんじゃねぇぞぉぉぉっ!!

金ヶ崎城
北ノ庄城、落ち着くッス。

北ノ庄城
ッ…………!

北ノ庄城
……悪ぃ。

金ヶ崎城
気にしないでほしいッスよ。
……腸煮えくり返るような気持ちなのは、あたしも同じッスから。

墨俣城
口では偉そうなことを言ってても、
結局、兜は人々を殺すことしかできないんだからね!

北ノ庄城
……あぁ、そうだ。
壊すことと、殺すことしかできねぇ兜なんかに未来があるとでも思ってんのかよ!

柴田勝家
…………。

柴田勝家
……そうだ、ワシら兜は全て壊すことシカできん。
何かを創り出すことも叶ワズ、できるは模倣ノミ。

柴田勝家
――ソレガ、兜タル我ラガ定メ。

北ノ庄城
……!?

大聖寺城
(なんて、無機質な……)

大聖寺城
(今のが、兜自身の本質だとでも……!?
 模倣している魂すらも通さない、兜の……?)

柴田勝家
……柳川城。貴様ガ噂に聞コエシ異なる力を
以て戦うのでアレバ、此方も苦戦は免れまいナ。

柳川城
……いいえ、私は特異に過ぎる力に、安易に頼って戦う気はありません!

柳川城
そのような力に頼っていては、きっといつか思いもかけぬ破滅を導きましょう……。
ですから……私はあくまでも『柳川城』として、殿を守るために戦います!

殿
…………!

柴田勝家
…………フッフッフ。

柴田勝家
ガーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!

柴田勝家
ソレで良イ……!

柴田勝家
それでコソ、ワシが倒すに値スル!!

柴田勝家
さぁ、死地にアリテ、これ以上ノ言葉は無用!
後は己ノ刃にて語レィ!!

北ノ庄城
言われなくともぉっ!!

大聖寺城
兜が迷妄、討ち払います!!

柴田勝家
(……嗚呼、感謝スルぞ)

柴田勝家
――此世のワシの、最期の相手が貴様らであることを。

後半
墨俣城

今こそ、私の意志で倒すっ!

大聖寺城
墨俣城さんっ、共に行きますよ!

富山城
越中での借り、今返す!
周りはボクが撃ち抜くから気にせず行って!

松倉城
大盤振る舞いじゃ、兜め!
冥土に慌てて帰る前に妾の剣技をじっくり見て行け!

柴田勝家
グッ……ウゥッ…………!

金ヶ崎城
一度は負けても、二度目はないッス!

北ノ庄城
私だって、もう負けねぇぞ!!

柴田勝家
アァッ…………ウグッ…………!

柳川城
これがっ……最後の一矢です!!

柴田勝家
――――――――――――ッ!!

千狐
巨大兜が膝をついた!

北ノ庄城
殿っ! 好機だっ!!

殿
…………!

――体勢を立て直さんとする巨大兜。

しかし一瞬速く飛び出した刀の一閃が、兜の無機質な体を貫いた。

柴田勝家
やはり……ワシの終いは……此地にて、だろうとも……。

柴田勝家
そうだ……ワシは、『柴田勝家』……。
他の何者でもあり得ぬ、ワシの名だ……。

柴田勝家
………………。

柴田勝家
…………見事、なり!

殿
…………!

千狐
巨大兜の霊気が、徐々に衰えていく……。

千狐
我々は、柴田勝家の名を冠する巨大兜を討ち果たしたのですわ!

やくも
おぉっ! やっただにぃーっ!!

松倉城
うむ! 重畳、重畳!!

柴田勝家
(……敗北を喫シタというのに……何ト清々シキ心持……)

北ノ庄城
……おい。

北ノ庄城
言い残すことがあれば、聞いてやんなくもねぇぞ。

柴田勝家
……デハ、辞世の代わりに……聞イテもらおうか……。

柴田勝家
……此世を鎮めるタメに……取るべき首ノ名ヲ……。

殿
…………!?

柴田勝家
サル……もとい、秀吉…………。

柴田勝家
そして……本来、日の本デ覇を唱えるハズだった……アノ男……。

北ノ庄城
まさか……徳川家康か……!

柴田勝家
ソレゾレの名を冠した……巨大兜ヲ倒さば……、
いずれ……戦乱ノ火ハ……鎮まろう…………。

大聖寺城
それは……兜側にとって不利益な情報ではないのですか……!?

北ノ庄城
裏切り……いや、アンタにとっての今回の戦が、
賤ヶ岳から、稲生へと変じたとでも言うべきなのか。

柴田勝家
戦乱の世にオイテ……力ある者コソが覇者……。
ワシにとっては……変ワラヌ摂理よ……。

柴田勝家
……だが……死してナオ掘り起こされ……傀儡ガ如キ姿にされ……。
あまつさえ……意に沿ワヌままごと遊びガ駒など……。

柴田勝家
ワシにも……武将としての矜持がアル……!
心底より……敬意ヲ払えぬ相手ナゾに……今際の際マデ何で従えよう……!

北ノ庄城
…………。

柴田勝家
元より、ワシが望むは……タダ一つ…………。

柴田勝家
嗚呼……信長公……。
モウ一度……願わくば、貴方の許で…………。

柴田勝家
………………………………………………。

千狐
霊気はほとんど消滅しました……。

大聖寺城
……であれば、もうきっと、
柴田勝家の名を冠した巨大兜が動くことはないでしょう。

大聖寺城
強い執着を呼び起こせる可能性があるのは、
唯一、織田信長の名を冠した巨大兜だけでしょうから……。

墨俣城
確か……すでに討伐したって言ってたもんね……。

金ヶ崎城
…………うーん?

富山城
金ヶ崎城?
険しい顔だけど、どうかしたのかい?

金ヶ崎城
いや……日の本で覇を唱えたのって、
本当に徳川家康ッスかね……?

北ノ庄城
はぁ? 何言ってんだお前。

千狐
確かに関ヶ原の戦では、完全に決着がつく前に
空から巨大な岩が降ってきてしまいましたが……。

千狐
直前まで有利だったのは東軍。
なれば、徳川家康率いる側が勝利していたでしょうし……。

松倉城
うむ、さすれば『本来覇を唱えるはずだった』のも納得じゃろう。

金ヶ崎城
んー、まぁ、そッスねぇ……。

北ノ庄城
……此奴が本当に勝家様の模倣ってんなら、
最期にわざわざ嘘ついたり惑わしたりなんかしねぇ。あたしはそう思うよ。

大聖寺城
ええ、そうでしょうとも……。

大聖寺城
(ですが、楽観的に思えないのはどうしてでしょう……。
 胸に渦巻く予感が、杞憂であれば良いのですが……)

千狐
いずれにせよ、次なる目的がはっきりといたしました!

やくも
(え、そうなんかや?)

やくも
(なんだかごちゃごちゃした話だったけん、分からんかっただに……。
 とりあえず、柳川城に聞いてみるがや)

やくも
柳川城、柳川城。
つまり、今後のうちらの目的ってどうなるんだに?

柳川城
…………。

やくも
……ありゃ? 柳川城?

柳川城
…………。

柳川城
……………………。

柳川城
……………………。

――――――――。

……………………じょう。

…………がわじょう!

やくも
柳川城!!

柳川城
はっ!?

殿
…………?

柳川城
す、すみません、殿!
少々、その、ぼうっとしていた、と言いますか……!

千狐
ぼうっと、というより、
何だかとても楽しそうに微笑んでらしたのですが……。

墨俣城
もしかしてっ、何か思い出したのっ!?

柳川城
いえ……一瞬、何かを掴んだような気がしたのですが、
ハッキリしたことは、何も……。

柳川城
すみません。ご心配をお掛けしてしまって……。

墨俣城
何事も無くて良かったよ。
それに、何も手がかりが無かった時に比べたら、
大きな前進だと思うけどな。

大聖寺城
ええ。結果としては北陸巡りもよい切っ掛けになったのかもしれませんね。

柳川城
そうですね……。

松倉城
……さぁて!
頭を叩いたのじゃし、これにて北陸の兜どもの勢いも衰えよう!
帰って盛大な宴を開こうではないか!

墨俣城
宴の費用はもちろん~?

松倉城
妾が用立ててやろうぞ~!
金に糸目などつけぬわ!

やくも
うわぁ! た、楽しみが過ぎるがやぁ~!

金ヶ崎城
ふふん、どんなにお金を積んだって
あたしの焼きおにぎり以上に美味しいものは食べられないッスけどね!

松倉城
では妾は絶品の山海珍味を以て挑ませてもらうのじゃ。

金ヶ崎城
望むところッス!

北ノ庄城
…………。

大聖寺城
北ノ庄城さん……?

北ノ庄城
ん……あぁ、気にすんな。
宴だろ、さ、行こうぜ。

大聖寺城
え、えぇ……。

北ノ庄城
いつまでもうじうじしてるなんて、私らしくねぇしな。

柴田勝家
……………………。

北ノ庄城
(……お前が本物の勝家様じゃないことくらい
 よく分かってるけどさ……見せた片鱗は、勝家様そっくりだったぜ)

北ノ庄城
(だから、……ありがとな、久しぶりに記憶の中の勝家様に会わせてくれて)

柴田勝家
……………………。

北ノ庄城
…………。

北ノ庄城
さ、帰っていっちょ思いっきり騒ごうぜ!
宴の間だけは、難しい悩み事もなしだ!!

殿
…………!

柳川城
ふふっ、そうですね。

宴に興じている時だけは、せめて平和や安寧を享受していたい。
今後予感される波乱や激戦を前に、一行は互いに労おうとするのだった――

――同時刻・某所

豊臣秀吉
……くく、見事な死に様だったじゃねえか、柴田殿。

豊臣秀吉
……俺ァ心底、アンタを羨ましく思うぜ。
俺にはあんな最期は望めソウにないからよ。

豊臣秀吉
イヤハヤ……中途半端に知恵を付けチマウのが一番良くネェ、
とは……分かッチャいたんだがヨ。

豊臣秀吉
…………。

豊臣秀吉
マ、兎に角……こうなっチマッタ以上は、
俺モ見物を続けるわけにはいかネェな。

豊臣秀吉
一度上がレバ、降りることが叶ワナイってのが困りモノだが、
奴ラに引キずり出されるヨリは、ヨッポド良い。

豊臣秀吉
どの道、遅かれ早カレ……ってなら、ククク。
上等な最期は望めなくトモ、せめて……、
最期の最期マデ楽しくヤラセテもらいましょうかネ……。

火種は減れども、業の焔はより深く激しく。

各々が抱きし野望が放つ気炎は、
此世を飲み込む力を蓄えるかのように、静かに燃え盛るのであった。



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