フェルナンド1世 (ブラガンサ公)

ページ名:フェルナンド1世


フェルナンド1世はポルトガルの貴族。第2代ブラガンサ公爵・第3代アライオロス伯。アヴィス王朝の開祖ジョアン1世の庶系の孫である。


1403年 初代ブラガンサ公アフォンソ1世と、ベアトリス・ペレイラ・アルヴィム(ヌノ・アルヴァレス・ペレイラ将軍の娘)との間に次男(第3子)として生まれた。幼くして母方の祖父から第3代アライオロス伯爵の爵位を受け継いだ。
1429年[26歳] 12月29日、カダヴァルの領主ジョアン・デ・カストロの娘ジョアナと結婚し、9人の子供をもうけた(詳細は下段の「子女一覧」を参照)。
1437年[34歳] 叔父のドゥアルテ1世により、エンリケ航海王子を総大将とするモロッコへの遠征軍の隊長の1人に任命された。遠征計画は1432年頃から進められていたが、フェルナンド自身はこの計画に反対していた。結果的に遠征は失敗し、遠征軍はタンジールを包囲しようとして逆にモロッコ軍に包囲され、絶体絶命となった。エンリケ王子は窮地を切り抜けるため、マリーン皇帝にセウタの割譲を約束し、さらに末弟のフェルナンド聖王子を人質に置いていく羽目になった。 帰国後、フェルナンドはエンリケがモロッコと結んだ屈辱的な講和を破棄するよう主張した。
1438年[35歳] レイリアで開かれたコルテス(身分制議会)では、貴族達の代表としてドゥアルテ1世と講和条件に関して論戦を展開し、セウタを死守するよう求めた。フェルナンドは、エンリケの結んだ講和は脅迫的に結ばれたものであり無効だと考えていた。彼は自身の主張を通すため、議会で大々的な組織的活動を展開して講和条件の承認を拒否させることに成功し、またドゥアルテ王にはフェルナンド聖王子を解放させるには他の方法もあるのだと説得した。


1445年[42歳] この年から1450年までセウタの総督を務める。
1455年[52歳] 従弟のアフォンソ5世王により初代ヴィラ・ヴィソザ侯爵に叙せられた。
1458年[55歳] アルカセル・セゲールへの遠征軍に息子たちを連れて参加。
1461年[58歳] 兄のヴァレンサ侯アフォンソが去年に嫡出子をもうけずに死去したため、この年に父よりブラガンサ公爵家の当主の座を継いだ。
1471年[68歳] アフォンソ5世王がアシラに親征に赴いた際には、摂政として本国を守った。
1478年[75歳] ヴィラ・ヴィソザで亡くなった。


子女一覧
フェルナンド2世(1430年 - 1483年) - ブラガンサ公
イザベラ(1432年頃 - 1450年以後)
ベアトリス(1434年頃 - 1462年) - 初代ヴィラ・レアル侯爵ペドロ・デ・メネゼスと結婚
ジョアン(1435年頃 - 1484年) - モンテモル=オ=ノーヴォ侯
ギオマール(1437年頃 - ?) - 初代ロレ伯爵エンリケ・デ・メネゼスと結婚
アルヴァロ(1439年 - 1504年) - メロおよびカダヴァル領主、カダヴァル公爵家の祖
アフォンソ(1441年頃 - 1483年) - 初代ファーロ伯および第2代オデミラ伯
カタリナ(1442年頃 - 1471年以後)
アントニオ(1444年生、夭折)


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