「あの……お茶でもどうぞ……」
俯く織部の目の前に、温められたお茶が入った湯呑が置かれる。
白い湯気が立ち上り、大気の中に揺らめいていく。
織部はその光景を一瞬眺めた後、赤月の方を見た。
「あ、ありがとうございます……」
そう、お礼を言い、目を逸らす。
「お気持ちだけ、受け取っておきますね。まだ、休むわけにはいかないので」
ぎゅっと膝の上で拳を握り込む織部を見て、赤月は目の前に置かれていた椅子に腰かける。
「……考え込みすぎちゃ、ダメですよ」
心配する声色で、届くように。
赤月が声を掛けるが、俯いたままの織部に届いているのかは分からない。
「……躍起に、乱暴に、なっている訳では無いので、大丈夫です」
「どうすればいいか、どう道筋を引けば彼らは動いてくれるか、
想定と憶測と希望と絶望を見極めなければなりませんから」
その言葉に、かつての自分を少し重ねながら、赤月は重いなぁ、と思う。
しかし、織部もそれは承知の上のようで、赤月に対し、あなたの方こそ、と感じている。
少しの沈黙の後、重い空気の中。赤月が再び言葉を紡ぐ。
「……無理したら怒りますからね?」
織部が、顔を上げる。
「いえ、無理のし所ですよ、ここが最大の……山場ですから」
その言葉に、赤月はいい気持ちがせず、織部のおでこに向かって軽くデコピンをした。
「……休むのも大切です」
赤月の言葉に、織部は首を振る。
「………いままでが、今まででしたから、役に立ちたいんです」
自分の、浅ましい過去を思い出す。
父が亡くなった時の、恐怖、他人に対しての、恐怖。
「私は、ほとんど、怖くて何も出来ませんでした、だから__」
「だからこそ__です」
より強く拳を握り込む。
机から死角になってしまっている赤月にはそれが見えなかった。
赤月はやはり、自分とどことなく似ていることを察す。
今の彼女はあの時の自分と同じなんだと。
「……その気持ちは、とっても分かります!」
「じゃぁ、分かってくれますよね」
元気よく言った赤月とは対照的に、織部の言葉は酷く沈んでいた。
「いま、今がまさにそうなんです…」
勢いよく言った手前、引けるに引けなくなった赤月。
多少気まずい空気になってしまったと思いつつ、何か言わないと、と口を開く。
「それは、頑張らないと……ですね」
「でも、抱えすぎると……怒られちゃいますよ?」
自分はあの後、先輩と共にいろんな人に怒られてしまった。
だから分かる。
「………だれに、怒られるんでしょうか」
「私は、いつも一人ですから」
そう、やはり、今の彼女は自分と同じだと。
再認識できる。
「みんな、です。あと私。」
それを聞いた織部が、酷くやつれた顔で笑う。
「あはは…それは困りますね」
「でも犠牲のない終わり方なんて、ほんと夢のひと時なんです」
「でなければ、父は死ななかった」
織部の、自分の父の事。
父も、こんな気持ちだったのかと。
やり切れない酷い葛藤と、いっそのこと投げ出せれたらと思う苦しさ。
そんな感情を押しのけて、全員の思いと、苦しさをいっぺんに引き受けて。
尚、彼女は考え続ける。
「誰かの命は、誰かの犠牲の上に立っている物ですから」
「私がそれを否定すれば、尊敬していた父を、否定してしまうことになる」
「_____それが死ぬほど怖いんです。いえ、死ぬより怖い」
そして織部の中で思い返される彼との死闘。
「だから、乱歩さんを殺すとき、私も覚悟を決めました」
「私はもう、止まりません」
「それが酷く歪んでいて、誰かに非難される道だとしても」
「そうじゃないと、乱歩さんを殺してしまった私は彼に、顔向けができませんよ」
酷くやつれた顔でへらり、と笑顔を作った織部に赤月は顔をしかめる。
どうして_他人を頼らないのだろう、と。
いや、これは他人を頼らないのではなく、頼れないのだと。
そう結論に至った。
「……あなた達は、理不尽な状況に置かれている。違いますか?」
「そうですね」
あっけらかんと即座に返答される。
「だったら、全てが望む結末にはならないかもしれない。それが、自然だから」
「……考えることは止めません。その代わり」
「仮にそれが失敗したからって、全部自分で抱え込んじゃだめですよ?」
間違った自分が、この人に言えるのはこれだけだ。
自分と同じような思考回路だと、思っていた赤月の一方で。
織部の覚悟は異常に強いものだった。
「………、本当に、あなたは頭がいいですね」
「ですが、まだまだです」
「私は、他人の決めた道を邪魔するつもりは一切ありません」
一切の拒絶。
「それが、夜人君であれ、万さんであれ、意思を尊重しなければならない」
赤月とは似て非なる、全く別の道を歩む者の。
「それに関して、私が口を出すのは、お門違いな事でしょう?」
異常とも取れる程のその覚悟を、赤月は目の当たりにする。
「もし、うまくいかなくて、失敗して、もしくは、私の口車に乗った彼らが全員死んでしまったら」
「それでも私は後悔しません、やるべき事成すまでです」
「それは、抱え込むとはまた別の問題ですから、私は”さいご”まで、全力を尽くすまでです」
ふわりと、今にも消えそうな表情で苦しそうに笑う織部に対して。
赤月は内心穏やかではいられない。
「……おかしな話、です」
「だって、あなたはみんなが納得するような結末を探しているのに」
しかし、その決意は織部の中で、たった一人で完結してしまっている。
「……じゃあ、最後に1つ」
「たとえ、ここから意見が割れて、分かり合えなくなったとしても」
「……頑張ってる限り、あなたは1人なんかじゃありません、それを忘れないでください」
「もし、誰かが手を差し伸べてくれたら……ちゃんと、頼るんですよ?」
赤月の言葉に、皮肉を言うように、遠ざけるように織部は口を開いた。
「…優しいんですね、あなたは、こうはならないで下さい。その繋いだ手をはなさないよう、しっかりと」
「……そうです、」
しかし、赤月はそれを受け入れ、立ち上がる。
織部の隣に座ると、その手を取り握る。
「ね!」
その行動に、織部は手を振り解こうとせず、ただただ受け入れた。
「………あなたの考えも気持ちも尊重します。ですが…」
解かれ、開いたもう一方の手で赤月の頭を撫でる。
「相手は選んだ方がいいです。その優しさは、時に仇となる」
「……えへへ……じゃなくて!」
撫でられたことに対して多少嬉しくなって赤月の顔が一瞬綻ぶ。
「私、良い人と悪い人の区別くらい付きますから!」
その言葉に、織部はゆっくりと首を振って否定する。
「でも、こんな私とは、きっと手を繋がない方がいいです」
人を、武装論までをして殺してしまうようなそんな人間と、関わらない方がいい。
本気でそう思っているが故に。
「私は、使えるものは何でも使います」
だからこそ、言葉を使って否定する。
「………あなたと敵対するかもしれない。あなたを傷つけるかもしれない」
「…必要とあれば殺してしまうことだって可能です」
「私は、必要以上に他人を傷つける事はしませんが、それでもあなたが傷つく事にはなるでしょう」
しかし、受け入れる織部の性格上、赤月の手を離すことはない。
「………、それでも、いいんですか?」
少しだけ、まだこの手を繋いでおきたいと思う気持ちに蓋をしながら。
どうにか、この手を振り解いてくれと願いながら。
「……ふふっ」
「私のこと、心配してくれるんですね」
「もちろんです、私は、卑怯な奴ですから」
「路線図だけ勝手に描いて、他人に自ら選ばせるようなそんな奴なんです」
「それが、悪人じゃないと、言えますか?」
どうにか偽悪的に、離れていくように言葉を端折りながら紡いでいくが。
「でも、その路線は意地悪に敷いたものじゃないんでしょう?」
赤月には叶わない。
「………もちろんです、その方が望む道しか用意しません」
「そのために必死に考えてるの、私は知ってますよ」
「だって、明らかに顔が疲れてますもん」
「そこまで人のために考えられる悪人、私知りません」
そう言って、先ほど織部が発言したことを丁寧に折っていく。
しかし、織部も引いては居られない。
「………そうでしょうか?」
「悪人じゃなければ、他人の死を、計算の中に入れたりしないと思うんです」
あくまでも、自分が悪なのだと、言い続ける。
「結局、全部私のエゴなんです」
「生きたいと、生きてほしいと、でも、それだけじゃ何も変わらない」
「誰かがやらなきゃいけない事を、私がすれば、きっと、皆、その先で笑ってくれると信じてるんです」
「………酷い奴ですよね、勝手に、他人の幸福を願って、勝手に道をしいて、選ばせて」
そうしていじけて居るのだ。大人になって、情けない話だが。
でもそうしないと、彼女は納得をしてくれない。
そう思うが故に。
しかし、それとは別に、感情は完全に蓋をしきれるものではない。
織部の感情は、恐怖が、手が、微かに震えている。
それが、何から来るものかまでは分からないが、赤月には十分に伝わった。
このままでは埒が明かない、少し強引に行こうと、赤月が織部の頭を撫で始めた。
想定外のことに、織部の体が驚きと恐怖で大きく揺れ動く。
なんだか自分を見ているようで面白い。
「大丈夫です、怖がらなくていいんですよ」
「あなた、全部自分のエゴだって言ってたのに、その事を全部喋ってくれました」
「嬉しかったんです。本当に何も言わなかったら、何も伝わらなかったから」
図星だった。
全て、ではないにしても、その寂しさが伝わっていた。
「おかげで、色々考えることができたんです」
「……別に、1人になりたいわけじゃないんでしょう?」
織部はその言葉に、何も答えることは出来なかった。
それでも、他人を大事にする彼女は、どうにか自分の言葉を伝えたくて、静かに頷いた。
「あなたは、他人の代わりに自分が傷付けば良いと思ってるんですよね」
「でも、手段を選ばないから。誰かが信じてくれても、いずれまた1人に戻ってしまう」
「だったら、初めから1人の方が気楽でいいやって」
あの学校の夜を思い返す。
「……私も、今のあなたみたいに思いっきり追い詰められたことがあったんです」
「汚れ役になろうとして、心配してくれる人達を拒絶した…そしたら、どうなったと思います?」
「………人を傷つけて、もっと最悪な展開になったか、一人になってしまったか、どちらか、ですよね」
織部は、それを予見出来ていた。
何通りも展開を考えて、苦し紛れの答えを探して。
その先に待ち受けているものが何かは、もう答えがとっくの昔に。
「…承知の上なんです、それはもう」
そのあとに待ち受けるバッシングを、一切合切受け入れるつもりだったのだ。
「恨まれるのも、殺されるもの、致し方ない。誰かを悪者にしないと、事の話は終わりを迎えることはありません」
「だってそれが人間じゃないですか?…いえ、人間らしさを私が語るな、と言われたらそこまでなんですが…」
「あの人たちは今、何も見えない状態なんです。過去と、今のしがらみに囚われすぎている」
もちろん自分も。
そのしがらみに囚われて彷徨っている。
でも。
「…………それじゃ、何も変わりません」
「私が汚れ役になれば、話が早いじゃないですか」
「……私は、私以外の人がもう、死ぬのは見たくないだけなんです」
「でも、もう、それすら否定されてしまったら、私はどうすればいいかわからないんです」
織部の心の、確信に近い所。
「えへへ。そう、思いますよね」
「でも、そうはならなかったんです」
「……誰も見捨ててくれなかった。一人にしてって言ったのに、断られちゃいました」
「もう、誰かが死ぬのは耐えられない。でも、きっとまた誰か死ぬ。そして、私の大切だった人はもう帰ってこない」
「そんな私の考えは……全部、ぶち壊されちゃいました」
「あなたは、今”自分がやらなきゃ”って思ってるんですよね?」
優しく赤月に問いかけられ、織部はそれに答える。
「……そう、ですね。私はもう、止まれないんです。……この手を汚したあの時から」
「だから止まらない、ただそれだけの事なんです」
「うんうん」
「手を汚したことを気にしてるなら、私の大切な先輩は2人殺しちゃってますよ」
赤月はそう言ってから、完全に失言をしたと心の中で頭を抱えた。
「実際に死んでいないじゃないですか」
織部からそう飛んでくるのは致し方ないものだ。
事実、命を失っては居ないのだから。
「私は、人ではなくても、生きているものを二人、殺してしまっているんですよ」
「話せば分かる、とか、そういうレベルではありませんでしたが……」
「それでも殺したことに変わりはありません」
「……万さんに手伝っていただいたとはいえ、”私”がこの手で、この足で殺したんです」
「二度と目覚めることのない……命を奪うということはそういう事です」
「だから恨まれて当然なんです、だったら、恨みやすい私が、一重に泥を被ってしまえばいい」
「たったそれだけなんです」
こうなってしまえば止まらない。
織部の心の叫びは止まらない。
許さなくてもいいと言いながら、許しを請いている。
覚悟が故に、本当に引けないだけなのだ。
「いえきっちり2人殺しましたよ」
「……先輩が、ではないですが。危うく大事な先輩に冤罪をかけちゃうところでした」
「でも、その人も私にとって大事な友人です。あなたみたいに、事情があって、そうせざるを得なかっただけなんです」
「……私も、……いえ、聞いてくれませんよ、敵対してしまっていますから」
赤月の言葉も、届かない。決死の覚悟。
「もう無理なんです、どうしようもないんです、きっともう取り返しがつかない」
「引けないんです、私は」
「だから、私が犠牲になればいい」
私が死んでも、誰も悲しまない。
人を殺しておいて、他人に生きておいて欲しいなんてこんな矛盾。
そもそも、自分の思いが烏滸がましい。
そこでようやく、赤月は織部自身の安全が一切考慮されていないことに気が付いた。
自身の命は非常に軽いものだと思っていると思っていて、本気で一人で全て解決させれば済む。
そういう風に本気で覚悟していることに。
「じゃあ……あなた、一つ…いや……二つですかね」
「勘違いをしていますよ」
「”最善の結末のために悩んでるのが自分だけだと思って”て、しかも”簡単に犠牲になれる”と思ってる」
「それは、間違ってるんです」
「追い詰められた時ほど、ただでは死なせてくれないんです」
なんとなく、赤月の言いたいことを想像した織部が眉を顰めた。
「…………私に、死ぬなって、言いたいんですか…?」
「本当はそう言いたいですけど、決死の覚悟ってものがありますから」
「追い詰められた時に出る決断が正解だったなんてこともあるので……私は直接そうは言いません」
「でも……」
織部の服の下から覗く、白い包帯を見つめた。
「あなた、大怪我してるじゃないですか、今」
そう言われて、織部がハッとした表情で包帯を触る。
「治療の跡だってある。皆があなたのことがどうでもいいなら、そんなことしますか?」
「……それは……」
言い淀む織部に対し、ここしかないと赤月が優しく話を続ける。
「随分丁寧に治療されてます。生きててほしいって思われてることを知るには、それで十分だと思いますよ」
「……何か、治療された時に言われませんでしたか?」
暫く沈黙を貫いていた織部だったが、観念したように口を開いた。
「良かったと、傷が痛むだろうから、安静にと、言われました……」
「……情けなかった、彼女に、庇われてしまって、本当に……申し訳なかった……」
「……でも、確かに、私も、同じ行動をすると、思います……」
あの死闘の最中に見た、目が覚めた時の天石の少し安堵した表情を思い出して、着ている服を握りしめる。
「………………生きていて、良いんでしょうか」
ぼそり、と呟かれた本音に、赤月はずっと握っていた手を、ぎゅっと再度両手で握りしめる。
殆どの時間を誰かと過ごすこともなく、ひとりぼっちだと思っていた織部に対して、初めての気付きだった。
「もちろんです!」
「いや、それ以上に!」
「あなたは、死なれたら悲しまれる人なんです!!!」
赤月の言葉が、やっと優しく織部に届いた瞬間だった。
「……そっか………私、ずっと、ちゃんと周りを見てなかったんだ………」
「………見てるつもりで、いただけだった………」
「もう、一人じゃなかったんだ………」
噛み締めるように、ぎゅっと赤月の手を握り返す。
「……やっと、気付けましたね」
「えへへ、自分で言うのもなんですけど……温かいでしょ」
やっと気が付いてくれたという安堵に浸りつつ、赤月は織部を見る。
もう、先程までの苦しい表情は、抜けていた。
ようやく、誰かに頼ってもいいんだと、一人じゃないんだと、気が付けれた。
「………はい、とっても」
本来の、織部のいつもの表情に戻っていた。
「あなたが望まない限り、私はこの手を払ったりしませんから」
「………ありがとう、ございます」
それに_と赤月は続ける。
「頼られるのって嬉しいんですよ?」
「今だって、苦しい状況なんだから……誰か、頼れそうな人がいたら、頼っても良いと思います」
「まあ、ちょっと難しいかもしれないですけど……」
織部の周りの人を思い返して呟く。
だからこそ、ここまで自分を追い詰めたんじゃないかと思えても仕方がなかった。
「あはは………確かに、そうかも、ですね」
「でも、みんな何か、私みたいに必至だって、気が付けました」
「それだけでも十分です」
視野が開けた。
織部の瞳は先ほどまでの暗さを、もう、纏っていなかった。
誰かに頼るというのは、コミュニケーション能力の元々あまり低い彼女にとっては大きな壁だった。
でも、それをしようと、今は前を向いている。
「ふふっ、ちょっと前進できたみたいで、安心しました」
「じゃあ、折角ですし……これ、あげます!」
そういえばとポケットから一つのアクセサリーを取り出す。
それは自分の名前と同じ淡い赤色の満月を模したアクセサリーだった。
それを、織部に手渡す。
「……これは………?」
それはキラリ、と照明に反射して輝く。
「私からのお守りです!」
「大事なものが欠けることがないように、偶にしか訪れないような幸運に恵まれますようにって」
「そんな願いを込めた、私”赤月”からのプレゼントです!」
名前と同じ、赤い満月のアクセサリー。
気付きを貰って、そんな願いを込められたアクセサリーまで。
そこまでして貰ってもいいのかと、織部は思う。
「………いいんですか?」
「私には、それくらいしかできませんから!」
寧ろ十分過ぎる程だ。
何か、自分には出来ないかと、思っていると。
「でも、もし何か気になるんだったら」
「また、私に会いに来てください。その時でいいですから」
酷く泣きたくなる。
年下に諭されて、プレゼントまで貰って。
何もできない自分に対して情けなくなる。
でも、今は泣いている場合じゃない、そもそも立ち止まっている場合じゃないのだ。
「…このお礼は必ず、させていただきます」
流れそうな涙を必死に我慢しながら、言葉を絞り出した。
生きて、必ず、この約束を果たさなければ。
「言いましたね〜?」
「私、忘れませんから!」
「勿論です、」
するりと、赤月の手を離して、織部は立ち上がった。
片手に握ったアクセサリーを大事に抱えて、部屋の扉に手を掛ける。
手を掛けたまま、座ったままの赤月に振り返る。
「それじゃ、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい!」
その言葉を聞いて、扉を飛び出して行く。
後ろから、赤月の大きな声が飛んできた。
「頑張ってー!」
泣きそうになって振り返ると、笑顔で手を振っている赤月の姿が見えた。
ぎゅっと、口をかみしめて、それでも足は止めない様に一心不乱に走っていった。
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