とある探偵事務所の話

ページ名:とある探偵事務所の話

不機嫌そうにPCに向かい合う少女達を見ながら、木瀬辿は湯気の立ち上る珈琲を啜り…ため息を吐いた。


「幸せが逃げるよ、おじさん」


ソピアが木瀬を嗜める。


「…そうだね。気をつけるよ。ソピア。」
「そうして。こっちも気が滅入るから。」


冷蔵庫にストックしているカルピスと午後の紅茶をグラスに注ぎ、すでに空になっている2人のグラスと取り替える。


「…ちなみにだけど、ここは一応事務所兼私の家だってことはわかってるよね?」
「そして、私はここの家主ですわ。」


肩をパキパキと鳴らしながら、アプレミディは伸びをした。


「…それはそうなんだけどさ、最近ほぼ毎日来てないかい?」
「…もしかして、お邪魔でした?」
「そういうわけじゃないけど、君達も予定とかあるんじゃないの?アプレミディに関しては特に。」


彼女は15歳という若さで会社の代表を任されている都合上、依頼が週2で来たら良い方の自分なんかよりよっぽど働き詰めになっている。
その事を心配した上での発言であった。


「あぁ、そういう事でしたらご心配なく。私こう見えてちゃんとやるべきことは終わらせて来てますので。」
「私も、今日は友達とビュッフェしに行くからその前に寄っただけだよ。」


学校帰りにビュッフェとは…10歳にしては随分と大人びてるな。
と思った矢先アプレミディはこれ見よがしに顔を顰める。


「げっ、アレまたやるんですの?」
「うん。一回やったらしばらく寝かせてるから次は2ヶ月後かな。レミィも来る?」
「ぜーーーったい嫌ですわ!!必要とあれば食べざるを得ないとしてもこの飽食の日本で手を出すものじゃありませんもの!あ、あと火の扱いには気をつけてくださいね。」


頼まれたら泥でも喰うというタレコミもあるアプレミディが食品を否定するとはこれまた珍しい。


「むぅ…わかってるよ。木瀬おじは?」


ビュッフェを全否定されて不機嫌になったソピアが木瀬に問う。


「まぁ、また今度ね。」
「…わかった。約束ね。」
「あぁ、約束だ。楽しんでおいで。」


ソピアと軽く指切りをし、送り出す。
…振り向くとアプレミディが塵を見る目で此方を見ていた。


「…いや、止めはしませんけど…正気ですか?」
「うん?ビュッフェだろ?何処の店に行くかにもよるけど、そんなに高いところでもないでしょ。」
「……面白いことになりそうですし、私は何も言いませんわ。」


そう言うと、彼女は「よしっ」と掛け声を上げ、大袈裟にエンターキーを押す。


「事務所移設後からこれまでの依頼をリスト化してファイルに纏めておきましたので共有しておきますわね。不足があれば教えてくださいな。」
「あっえ…っ!?それやってたの!!?」
「えぇ、各依頼の所要時間なんかを見返せば"木瀬探偵事務所の得意な依頼"と"苦手な依頼"を導き出せますし、その情報は広告なんかに使用出来ますわ。」
「本当に悪いね…何もかも…」


慌てて自分のPCに送られてきたファイルを開き、内容を確認する。


「…凄いな。本当に全部載ってる。概ね完璧だ。細かいところはまた見ておくよ。と言うか、いつから私の助手になったのさ…」
「出過ぎた真似とは存じていますが、いつも入り浸ってしまってますもの。このくらいはさせてくださいな。」


アプレミディは木瀬に微笑み、「ところで…」と話を続ける。


「大通りにある変わった名前の探偵事務所、移転するんですって。」
「…ん?あの鮭芋とか言うよくわかんない名前のところ?あそこ本当に探偵事務所だったんだ。定食屋か何かだと思ってたよ。」
「……同業他社の存在くらいは知っておいても良いかと思いますわよ。」
「サンコウニナリヤス…」


検索エンジンを開き、"鮭芋探偵事務所"で検索する。


「……確かに、移転するらしいね。この「怪奇依頼を解決してくれるのはありがたいがわざわざ1駅移動しなきゃいけないのがストレス」って言うクチコミを重く見た感じなのかな。」


と言うか所長の名前鮭にも芋にもカスってすらいないのか…。


「その様ですわね。…ですが、私が気になるのはその"怪奇依頼"と"1駅移動"の文言ですわ。」
「なるほど。つまり…」
「えぇ、「怪奇依頼とやらの達成の為にもう一つ事務所を構えている」と言うことになりますわね。」


PCから目を離して見ると、彼女はワクワクとした表情で自分を見つめている。


「…つまり、何が言いたいんだ?」


その言葉を待っていたかの様にアプレミディは手を叩いて立ち上がった。


「一緒に調査しましょう!」
「断る。ろくなことなさそうだし。」
「拒否権はありませんわ!報酬は先払いしてますもの!」
「…あっ!これェ!!?」


再び画面を注視する。
…なんとかして断ってやろうかとも思ったが、この"報酬"は先に自分で言った通り概ね完璧だ。


「いやぁ…でも、この住所結構治安悪いところだよ。君に何かあったらセバスさんになんて言われるか…」
「むっ、自分の責任ぐらい自分で取れますわ。それに、貴方を危険な目に遭わせませんと誓いますし、行きませんか?」
「それ普通こっちのセリフなんだけどな……良いよ、わかった。君1人で行かせるよりはマシだ。」


机の引き出しの鍵を開け、中から黒い塊を取り出す。
…装弾数は2発。
使う機会がないことを祈りたいが。


「…まだ持ってましたのね。それ。と言うか警戒しすぎじゃありませんこと?」
「ここ最近でも何人か行方不明者が出てるレベルなんだ。警戒しておくに越したことはないさ。」


拳銃をバッグに仕舞い、立ち上がる。


「…さ、行こうか。」
「えぇ!私ゾクゾクして参りましたわ!」




古びた建物の壁にもたれながらアプレミディと一つのイヤホンを共有し、流れてくる音声に耳を澄ます。


「…これって盗聴では?」
「調査なんてこんなもんさ、法律ギリギリを攻めるんだよ。」


顔を顰めながら自分を見る彼女の問いかけに答えると、声が聞こえた。


『…ええ、なんか人探し…?の依頼ッス、「自分が殺した人の墓を探して欲しい」って。随分正直な依頼人と言うかなんと言うか…』


やっぱ、胡散臭い事務所なだけあって来る依頼も胡散臭いな。


『…いや、今日なら依頼人は来ないッスね。別の探偵事務所にも取り合ってみるって』


……と言う事はうちにも来るのでは?


「木瀬さん。ステイですわ。」


少し浮いた腰をアプレミディに抑えられる。


「…はい。」
『それで…いや、断るのは早いと思うッスよ。事情を聞いてみたら…怪奇事象っぽいッス。』
『え、本人なしで良いんスか?……そう言う事ならわかったッス。1時間後くらいに行きます。』


そこまで聴いたところで隣を見ると、露骨にアプレミディの表情が緩んでいる。


「聞きました?木瀬さん。」
「……まぁ、気は進まないけど。“尾行"だろ?」
「ええ!早速行きましょう!」


バレないように全ての器具を取り外して鞄に仕舞う。


…ほんっと、猪突猛進と言うかなんと言うか……。




「話には聞いてましたけれど、私電車って初めて乗りましたわ!随分とこう…窮屈な乗り物ですのね?」


立っている人も居るがそこそこ空いている電車の優先座席に座りながらアプレミディがテンション高めに話しかけてくる。


「そうだね。平日の朝と夕方ならもっと凄いよ。その椅子にも座ってられないぐらい。」
「えぇ…椅子と乗車可能人数が比例してない乗り物ってなんなんですの…」
「あと、こういうところでは静かにするのもマナーだよ。アプレミディ。」


周りの目が痛いが、極力気にしないようにしながら扉の前に陣取っているターゲットを見る。
…鮭芋探偵事務所現所長、黒田燐。
もう1人仲良さげに話している女の子は誰だろう?


まだ1駅しか乗っていないが、黒田と女の子は降りるようだ。


「降りるよ、アプレミディ」
「ええ、承知しました。」


彼女の手を取り立ち上がらせる。
…これ、毎回させられるのは慣れたから構わないけど周りの目が本当に怖いな。




駅から出ると、ほんのりと生ごみが腐ったような臭いが漂ういかにも治安の悪そうな場所に出た。


「…ゔっ、なんですの…ここ…地域清掃ちゃんと入ってますの?」
「まぁ、こういうところもあるさ。治安が悪いから此処から先は私から離れないでくれ。」
「…承知しましたわ。失礼しますね。」


アプレミディが私の手を握る。


「…えっ」
「離れないんでしょう?これが1番手っ取り早いですわ。」
「うーーーん…まぁ……うーーーーん……私の世間体とかこう…まぁ良いか。行こう…ってあれ?」


ふと見ると、黒田ともう1人の女性の両方が忽然と消えていた。
…しまった。アプレミディと話してる間にターゲットを見失ったか。


「…アプレミディ、どうやら先に行かれちゃったみたいだよ。」
「あ"…どうしましょう。困りましたわね。」
「此処で彼らを探し回るのは正直危険だし…一度諦めて帰るしか…」


と言いかけたところで、誰かが私の肩を強く握る。


「未成年淫行とは感心しないな。」


振り向くと、フードを深々と被りマスクを付けた煙草臭い男が居た。
酔っ払いか?少なくとも穏やかな相手じゃあなさそうだ。


「いや、これは違くてですね…」
「容疑者は皆そう言うさ。それとも"道に迷った"とでも言うつもりかね?」


肩を掴む力が強くなる。
痛みに顔を顰めるとアプレミディが男の手に触れて制止する。


「仮にそうだとしても、貴方には関係ありませんわ。手を離しなさい。」
「…ふふっ、ははははっ!虚勢を張るのが上手いなお嬢さん、脚が震えているぞ。」


私の肩から手を離しひとしきり笑い終えると男はマスクを取り煙草に火をつけた。


「知っているさ、祭りじゃあ随分楽しそうにしてたしな。覚えているかな?チァイ・シトロン・アプレミディ。覚えてないだろうね!ははは!」


それを聞いてアプレミディを下がらせ、男の前に出る。


「あんた、何者なんだ?こっちのこと知ってるなら、そっちも名前くらい名乗ってくれよ。」
「…あぁ、申し遅れたな。」


重い煙を吐き出しながら、にちゃりと糸を引く笑みをこちらに向ける男は確かに名乗った。


「鮭芋太郎だ。何かご依頼かな?お二人さん。」

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