レーザーディスク

ページ名:レーザーディスク

登録日:2026/08/08 Sat 22:03:36
更新日:2026/08/08 Sat 22:03:53NEW!
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レーザーディスク(略称: LD) とは、直径30cmの光ディスクに記録可能なビデオディスクの事を指す。


歴史

1961年にスタンフォード大学の研究所が援助を受けて、電子ビームを用いてディスクに刻まれている信号を読み取る研究を始めたのがきっかけで、その後アメリカのMCAが電子ビームの代わりにレーザービームを用いた研究を行っていた。


1972年にオランダのフィリップスがVLP形式のビデオディスクを発表した。こうして数年後の1978年にアメリカで家庭用LDプレーヤーマグナビジョン「VH-8000」が製品化、アトランタ州で販売開始となった。


販売開始後は『ジョーズ』などのLDタイトルが発売されていったが、不良品の交換が相次ぐ事態が起こってしまい1981年、フィリップスとDVAはLDの製造事業から撤退を余儀なくなされた。


日本ではパイオニアが1970年から統一型と呼ばれるVTRの研究を行なっていた。その後1972年に音響研究所を所沢に新設、LDの開発が始まった。
開発には様々な方式のディスクが検討されるなか、1974年に光学方式のディスク開発に一点集中する事に決めた。


開発に目処がついた後パイオニアはフィリップスと合弁会社を設立するための交渉を開始。一度は決裂したが当時のパイオニア社長だった石塚庸三氏の労力により1977年10月1日にMCAとの合弁会社のユニバーサルパイオニア株式会社が設立した。
設立後は1979年に光ディスクの自社製造を開始。パイオニア半導体研究所甲府工場内にパイロットプラントも設置した。その2年後の1981年2月には量産用光ディスクの金型「スタンパー」1枚で1万枚ものディスクを製造した。そして同年10月にパイオニア所沢工場が開発したLDレコーダー「LD-1000」が発売された。


こうしてレーザーディスクは日本でも楽しめるようになり、早速大手電機メーカーから東芝や松下電器などの12社による規格争いが繰り広げられた。LDレコーダーについては1983年まではパイオニアのみが販売する形を取っていたが、1984年以降はSONYなどもLDレコーダー開発に参入していた。


LDソフト

LD市場もLDレコーダーの発売して以降は徐々に普及していき、90年代半ば頃まで最盛期を迎えるほどとなった。
その最盛期には様々な作品のLD化もされていき、中でも大きなお友達向けのOVAはその殆どがVHS版と同時発売という形で販売されていった。*1
その反面、子供向け番組などについては殆どLD版のリリースがされずVHS版のみの発売となったケースも多かった。*2


カラオケ業界へ

LDは1982年にパイオニアから業務用カラオケの市販がスタート。
それまでの音声と歌本を組み合わせたカラオケなどに代わって大ヒットし、カラオケのVTRの主流はこのLDによるものに切り替わっていった。


これによって東映芸能ビデオが既存のカラオケ用のVTRをLD化したほか第一興商などもLDソフトの供給に参入。
チェンジャーデッキを使用したシステムなども開発された。ピーク時には1361億円もの売上を叩き出している。


LDの終焉

こうして徐々に普及したように見えたLDだが、LDはVHSと異なり販売専用という戦略を取っており、レンタル化が出来なかった。この為実はあんまり普及していなかったのだ。
一応1993年にはレンタルLDも解禁されたが、時は既に遅かった。


LDがそれまで得意としていた業務用カラオケの方面でも1992年にISDNを用いたジョイサウンドが登場し、こちらでも苦戦を強いられるようになった。


年が進むにつれてLDソフトの生産ラインの少なさが影響を及ぼすようになり、大半のLDソフトが初回ラインだけで生産が終わっていった。これにより需要に対して供給が追いつかない事態が多発している。
さらにはVHSテープの低価格化やDVDディスクの登場もあり、ユーザーのLD離れも続発した。


LDレコーダーもまるで需要の終わりに合わせるかのように1999年には殆どの製造会社がLDから撤退した。
パイオニアは元祖開発会社の意地もあってか2000年以降も暫くLDレコーダーの製造を続けていたが、2009年にとうとうパイオニアも撤退した。


2007年にメモリーテックが製造ラインを廃止、さらにその13年後の2020年にはパイオニアがLDレコーダーの修理サービスを部品供給不足から終了となり、レーザーディスクの歴史は幕を下ろしたのだった。


余談

  • 「レーザーディスク」という名前は当時のパイオニアビデオディスク部の事業部長だった工藤恒夫氏が発案したもの。

  • パイオニアは「絵の出るレコード」というキャッチコピーを使っていた事がある。

  • レーザーディスクは「半永久的に劣化しない」という表現を用いていた事もあるが、実際はレーザーディスクに使われているアクリル樹脂は吸湿性が高く、空気の水蒸気をディスクに付着させてしまうとアルミの記録面が劣化、ノイズが発生していた。その後80年代半ば頃にはこの現象を解決させている。とは言え長ければ100年近く持つこともあるCDやDVD、Blu-rayに比べLDは長くても50年程しか持たないのでやはり劣化は免れないようだ。

追記・修正はLDをこよなく愛する者がお願い致します。



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*1 『炎の転校生』はLD版のみの独占販売だった。この為同作品には「OLA」(オリジナル・レーザー・アニメーションの略称) という単語が用いられている。但し翌年にはVHS版もリリースされた。
*2 『バトルフィーバーJ』のようにVHS版では全話リリースされなかったのがLD版では全話リリースされたのも僅かながら存在する。

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