会社がヤバい箱の話

ページ名:VtuberとVtuberを支える人の境界はどこか

2025年は、Vtuberの卒業および引退が多かった年、らしい。
Vtuberというものが誕生して10年近くなり、体を動かす事が前提の他の職業と比較しても、そろそろ体力の限界が来てもおかしくなく、世代交代の時期が来たということだ。
2025年が特別多かったのではなく、ここから知名度の高かったVtuberが次々といなくなる前触れだと捉えるべきだろう。
ここで気になるのが、卒業及び引退の責任を運営に求めるファンの行動である。
タイトルの通り、陰謀論に取り憑かれたかのごとく、運営会社の闇を暴きにかかるファンの多いこと、すなわち、推しの引退の責任は運営にありとして騒ぎ立てる姿が目に余る。

というわけで、今、会社がヤバいのではないかと危惧している次第である。

ただし、ここで言うヤバいというのは、前述のような会社がVtuberを奴隷として扱うブラックな存在でヤバいと言うわけではなく、Vtuberの運営に関わっている人材が不足してヤバいという方の、会社の運営がヤバいという話である。

決して会社そのものへの批判ではないというとこをに注意いただきたい。

ここにたどり着く経緯としては、会社の方針が合わないとして卒業もしくは引退した複数のVtuberのその後の動きを分析したところ、数年前に遡る。
既にVtuberのファンに見切りをつけて、もうどうでもいいやと思いながらそれぞれの騒動を眺めていたのだが、ここに来て現在のVtuberの仕組みが崩れてしまいそうな予感がしたため、
その前に、何故か今まで取れなかった文章を書く時間が急に取れたため、記載を初めた次第である。

まず、当初の環境と違い、今ではVtuberの転生について、文句を言う人が少なくなった点について認識を改めてほしい。
まだVtuberの勢力図がかろうじて横並びだった頃、Vtuberの卒業や引退は、会社にとって大きなダメージを与える、避けるべき事象であった。
というのも当時のファンは箱でVtuberを選ぶことは少なく、Vtuber全体から気になるVtuberを発掘しては推すという、母数が少ないゆえに数字が流動しやすい状況だった。
そんなわけで推しのVtuberが引退しないように掲げられたのが、転生の禁止である。
ファンもアンチも一緒になって転生したVtuberを叩いた結果、用意に引退できない空気感が生まれており、また、引退者の多い箱は推すべきではない箱とファンが去っていったため、会社としても所属するVtuberの引退や卒業が目立たないように立ち回っていた時代であった。

しかし今では、ファンがVtuberの転生を望んでいる。

Vtuberの数が増えすぎて次の推しを探すのが面倒になり、同じ箱の中で推しを切り替えることはあっても、箱の外へ推しを探しに行くことは少なくなった。
そのため、会社としても卒業や引退といった本人の希望を叶えやすくなり、Vtuberが企業から個人へ形式を移すことは珍しいことではなくなった。
ファンも卒業したVtuberは当然のように転生すると信じており、SNSを見れば卒業者に転生してもらうべく、毎日のようにラブコールを発信するのが恒例となっている。
しかし、卒業したVtuberが必ず転生するわけではなく、推しの卒業を喜んで受け入れたファンが戻ってこない推しに困惑し、お気持ちを垂れ流す様子を、探していないにも関わらず、何度か見ている。

一体何が明暗を分けたのだろうか。

現時点での回答は、運営が疲弊していることに心を痛めてVtuberというものに嫌気が差した、というものである。

転生しないということは、Vtuberそのものに嫌気が差したということである。
Vtuber自体が嫌いになっていなければ、同じ姿を取ることができない場合に、転生して活動するという選択を取るのである。
しかし、Vtuberという活動自体が嫌いになっていないはずなのに、転生しないケースがある。
話を戻すと会社の方針が合わなくて卒業したのに活動形態が特に変わらないケースもあり、卒業した原因は他にあるのではないかという考察である。
ファンが出した答えは、箱内のいじめである。
なるほどインターネット上でのいじめは深刻な問題であり、可能性は否定できない。
ファンもアンチも躍起になって過去の発言を切り抜いて、責任を問うというのが最近の流行りのようである。

しかし、それは何の解決にもならない。

なぜなら、ファンは卒業した推しに会うことも、言葉を届けることもできないからである。
これはVtuberが誕生してから存在する、ファンはトラブル解決において全くの無力である問題である。
ファンができることは、金を出すことと騒ぐことだけである。
裏でいじめがあったとして、助けに行くことはできないし、いじめで引退したVtuberがどこにいるか知っている可能性があるのは、いじめた側のVtuberである。
引退して情報が全くない状態で、ファンはどうやってその後どうなったかを知ることができるのだろうか。

便りがないのはいい便り。とりあえずその後元気にしている報告が1つでもあれば、何の疑いもなく推しは幸せに生きていると思い、時間がたてば忘れてしまうのがファンというもの。

そんなファンがまともな調査分析などできるはずもなく、ファンの定義したVtuberいじめ問題の解決策は、「会社がなんとかしろ」というものである。

まず、いじめがあったかどうかも判断できない状態で、勝手に話を大きくして、関わったVtuberの引退を迫ってくるのだから、たまったものではない。

もはや迷惑なだけである。

そもそも推していたVtuberのことを、引退したあとに原因を考え始めるのだから、今までの推していたというのは何だったのかという話でもある。
毎日推し活を続けていたにも関わらず、推しのことを何も理解していなかったということではないか。
だがそれは当然である。
Vtuberを推している人のほとんどは、推しの配信をほぼ見ていない。
君たちが誇りにしているチャンネル登録者数と再生数を見比べてみるといい。
ファンの大半は、現実で行われている配信から推しを理解しているではなく、自分の頭の中にある二次創作のイメージを推しているだけなのだ。
要するにアニメキャラを好きになるのと同じということである。よって、解釈の不一致が容易に発生し、公式が勝手に言っているだけと訂正を迫ってくる。

Vtuberはアニメキャラとは違うという認識は、今でも当たり前のように持ち出されるが、ファンのVtuberの扱いは、アニメキャラに対する扱いと同じである。
そもそも、Vtuberに人権をもたせるという運動は、結果が広められない程度に失敗し、人権を放棄してアニメキャラとして扱ってもらうことを提案したVtuberにファンが付いていったため、ほとんどのVtuberに対するファンの一般的な認識はそっちに落ち着いてしまったのである。

同時期に誕生したウマ娘も当初は馬主への配慮を掲げて健全なコンテンツを主張してきたが、
今となってはルール無視の状態で身勝手な二次創作が放置されている。
資本主義においてルールとは無視したものが得をするので当然である。
ビジネスである以上、集金に適したコンテンツの扱い方に落ち着いてしまうのはどこも一緒。
ルールを守るのは、我々が必要としている善良な人間だけである。
無闇矢鱈に権利を主張していては善良な人間から離れていってしまう。

裸に剥けるかどうかで推すかどうかを決めるファンもいるくらいであるので、Vtuberの側も大半は諦めており、適応できなかったVtuberは引退を決めたと考えられる。
それでも責任が問われるのは、ファンではなく会社である。

もうおわかりだろうか。Vtuberよりも、会社でVtuberを支えている方々のほうが精神的な負担が多く、表に出ていないだけで大量の引退者が出ていてもおかしくはないことに。
もう少し言えば、Vtuberを補充するよりも、Vtuberを支えてくれる人を補充するほうが難しいので、まるで日本の少子高齢化問題のような状態になっている可能性があるということである。

少子高齢化とは、子供が少なくて老人が多い状態ではなく、仕事に適した人材が少なく、害にしかならない人間で溢れている状態を指す。
単純に人を増やせば解決する問題ではないことは、移民の問題を見れば明らかだろう。

当初はVtuberが有名になって数字を大きくして成長していくには、本人のスキルが重要であった。
しかし今数字を大きくするために、有名な箱に入って、有名な人に産んでもらうことのほうが重要である。
既に配信どころかPCを触ったことのない一般人がVtuberになる手順は確立されているため、本人のスキルはそれほど関係なく、本人が個性的であるかどうかがポイントなのである。

オリンピックに出るためにVtuberになるわけではないのだから当然ではあるが、ファンは推しを過剰に持ち上げる傾向にあるため、そこが見えないまま語られることが多い。

逆にVtuberを支える人というのは、必要なスキルが数値化できないものばかりであるため、適任者を探すのが難しい。
配信を監視するだけでもバイトに頼むというわけにはいかない。バイトは容易に個人情報をSNSに漏洩させる。
そして、SNSには不祥事大好きな人間たちが大量に控えている。
大きな箱ほど慎重にならなければならないが、抱えているVtuberが多いほど人数も大量に必要となるが、
その貴重な人材のほとんどは、厄介なファンやアンチの対応で精神が疲弊することになる。

ここまで話してもVtuberの卒業や引退が増えた話に結びつかなければどうしようもない。
人手不足で回らない仕事を回すために誰が肩代わりをできるのかを考えてほしい。
Vtuberを支えるために一番信頼のできる人材は、同じ箱にいるVtuberではないだろうか。
そもそも初期の初期はVtuberとVtuberを支える人が完全に分かれていなかったはずである。
何もかもが手探りであり、VtuberがVtuberの活動をしつつ、Vtuberの会社を運営するというスタイルがほとんどであったと考えられる。
明確にVtuberとその運営とで役割が分かれたのは、やはり例の事件がきっかけだったと考えられる。
VtuberはアンチからのVtuberへの攻撃と、ファンからのVtuberを支えられない会社への非難、両方に対処しなければならなくなったため、とても配信なんてできる状況になく、役割を分離しようとなるのは当然と言える。

で、そんな会社の対応に対してファンの出した答えは、なぜVtuberへの対応をしないで変なチームを立ち上げたのか、だったと記憶している。
私も同じように思った。とにかく当時は情報が錯綜しており時間も心の余裕もなかったため、何もできないままムダな時間が過ぎていった。
結果、その変なチームは、1年も経たずにファンに認められファンアートや結成祝いまで行われるようになったのだが、その後が良くなかった。
ファンがVtuberと運営する会社を切り離して考えるようになってしまったのである。
思い返してみれば会社の人がVtuberと同列に出てくるのはよくあることであり、なんならVtuberとして活動することもあったはずだが、最近はAIでもVtuberになって活動する状況のため、未だにVtuberが配信をしながら会社の運営をしている可能性を考えていなかった。
引退したVtuberが会社の運営に回るという話は、ファンから喜ばれる。もう一度戻ってくることを期待しているからだ。

しかしそのような状況は、裏を返せば運営側に人手が足りていないということであり、割とやばい事態だったと捉えるべきだった。
当時の会社の期待としては、同じようにファンに受け入れられる運営として、Vtuberと同列に受け入れられることであったはずだ。
しかし、その予想は、またしても裏切られることになる。
ファンにとってはアニメで言うところのテコ入れ回であり、出てきた新キャラが退場しようが特に気にもとめなかった。
ファンがVtuberを支える人に感謝する優しい世界は、Vtuber界隈のスタンダードにはならなかったのである。
電気ガス水道といった当たり前に使えるものについて感謝する習慣のない人間たちに、そんなことできるはずがなかったのだ。
まず、Vtuberの先駆者が、Vtuberを支えてくれる人たちに感謝をして、その先輩の行動に後輩が共鳴し、文化として受け継いでいく流れが必要だった。
ファンが求めるものが数字であったため、会社の方針も数字第一に変えざるを得ず、その場その場で偉い人が変わるような環境では、利益を生み出せない人々に人権などあるはずがない。
誰が抜けても成立するのが良い会社だが、Vtuberの会社は、抜けていいVtuberなどいないのが前提であり、一方で、誰が抜けても推しを変えるだけのファンと考え方が食い違っているため、ファンに都合のいい会社になった結果、大先輩から受け継ぐべきものが受け継がれない状態になってしまったのだろう。
きっと、「その箱の柱となるVtuberは誰か」をファンに聞くと、返ってくる答えはバラバラになる。
柱がたくさんあるのはいいことだが、土台がないと安定は難しいだろう。

では、会社の人手不足を解消するためにVtuberができることは、他にないのだろうか。

そう、卒業、もしくは、引退である。

Vtuberを支える人が少ない問題は、Vtuberが減ることでも解決できる。

そう考えると、あれだけ毎日楽しそうに配信していても、急に卒業することがあるのも納得である。
心が優しすぎたゆえの選択、自己犠牲である。

余裕がなくなった時に割りを食うのは、いつだってお人好しである。
特にルールもなく、誰か一人が勝手に人助けを始めると、その人に仕事が集中するのはよくある話。

そもそもネットの世界はクズで溢れている。クズと付き合うのに必要なのは優しい心ではなく、ある程度のクズの心である。心が優しくてクズの対応で心を病むくらいなら、心からクズでいてくれたほうがよっぽどマシである。
ファンやアンチの対応を会社に任せてVtuberを守れても、それを見たVtuberが心を痛めていたとしたら、残念ながら無意味である。
そもそも見ているだけではなく、運営にも関わっていたとしたら、ファンの文句が届く先は、推し本人である。
個人Vtuberなら運営に対する不満が本人に届くのは当たり前だが、そもそも企業Vtuberしか見ていない人にとっては、会社が提供しているアニメを見ている感覚でいるファンにとっては、考えもしないことだろう。
ファンはSNSを通してVtuberとやり取りができると信じているが、それはおそらくVtuberが運営もやっている場合、そこまで人員を避けない小規模な箱であって、ファンもアンチも数が多すぎて個人で裁けないほどの大きな箱の場合、本人はSNSを直接見ておらず、会社の人が選んだ害のないものだけを見ている程度には保護されていると思われる。
そんなゲームがあったような気がしないでもないし、Vtuberが同じ箱にいるVtuberの配信を見るついでに変なコメントを消すというのは、やっているところはやっている。

つまり、ファンによるSNS上での一連の転生希望活動は、全くのムダということである。

そもそも転生にも準備がいるので、卒業した時点で本人の準備は終了しており、確定した転生に対してファンが勝手に騒いで自分の手柄にしているだけであるのだが、ファンは自分の頭の中の二次創作の中に生きているので、推しの転生は自分の行動の結果であり、そんなこと考えもしないのである。
問題にならないのはVtuberがファンを大切に思っているからであり、ファンはそういうものとして受け入れるほどその人が優しいからである。

ファンが卒業を撤回させるには、卒業する前に思いを伝えて撤回させないといけない。
そういった流れは大きな箱で起きてほしいのだが、把握している限りでは、残念ながらファンが見切りをつけた箱でしか卒業の撤回は発生していない。
そもそもVtuberの推し方は、学校では教えてもらえない。
ファン同士の交流で時間をかけて形作られていくものである。
しかし、このご時世でファン同士の交流は機会が減っており、ファンは基本的にそれぞれが自分の世界に引きこもって、たまに配信にきては推しのほうに文句を言って合わせてもらうスタイルが多いので、ファンの中にあるスタンダードは必然的に欲望にまみれたものとなる。
Vtuberのほうも配信で修正しようと努力するのだが、推してるといいつつ配信を見に来るのはごく一部のため、修正のしようがないのである。
ファンもファンで責任は会社にあるとして対応を丸投げ。
結局、厄介なファンもアンチも満足に数を減らせないまま、Vtuberを支える人に丸投げするスタイルとなり、支える人が次々やめていき、運営にも関わっていたVtuberにも影響が出ていた、というのが2025年の結果ということなのだろう。

ここから先は、Vtuberを支えている人を如何に引退させないかにかかってくる。
使い捨てできるはずの人材が、実は限りがあった。ただそれだけのこと。

守るべき対象が人であるならば、会社は法的手段に出ることができる。
Vtuberは法律で守られることはない。
法律でVtuberを守るには、Vtuberを一旦人間に戻すしかないが、それでも解決に数年かかる。
ではなぜVtuberを困らせる犯罪者に対して法的手段に頼る事ができるのか。
Vtuberの代わりに対応している社員は、人間であるからである。
よって、会社が法的手段に出る状況は、VtuberではなくVtuberを支える人に被害が出ていると察することができるのである。

 

 

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