ここではVtuberについて知らない人、知っているけど間違って理解している人に向けて、Vtuberとはどのような生き物か解説していこうと思う。
最初期のVtuber世界の構想
最初にVtuberの世界の理想を示しておこう。これは本当に初期の初期にあった構想である。
この構想を念頭に置いて今のV世界を見渡せば、いかに多くの人々を失望させたか身を持って知ることが出来るだろう。
最初期、Vtuberのメリットは、大きく3つあった。
- 誰でもVtuberになれる。
- すべてのVtuberは対等の関係である。
- Vtuberになることで「現実世界でできないこと」が出来る。
現実世界にはない自由で平等な世界。それがあのとき誰もが夢見たVtuberの世界だった。
では、今のVtuber世界はというと、悲しいほどに理想とは全く逆の世界である。
1つめの誰でもVtuberになれるという話は完全に消えてしまった。
「絵」と「金」さえあれば誰でもなれると思われているが、それに加えて「健常者である」という条件が加わってしまっている。
当初は、ベッドで寝たきりで何もできない人がVtuberになって活動できているはずだったのだ。
しかし今となっては病気や怪我を理由に休止や引退するVtuberが後をたたない。
例えば、実際に声を出さずとも会話できるソフトなんていくらでもあるのにいつまでも肉声にこだわっている。
仮想世界Vtuberの動きを制御することはそれ以上に簡単なのに、現実世界で実際に体を動かしていることを伝えることを頑張っているため、体が動かなくなったらファンは離れていく。
現実世界でできないことは、そのままVtuberのハンデになってしまっている。
Vtuberは「健常者でないと活動できない存在」になってしまったのだ。
2つめの対等性も失われている。
これは数字の格差であり、箱の格差であり、権力の格差である。
今は同じ箱に属していないと自由に活動できないのに加え、ファンが勝手に線を引いてVtuberを隔離してしまっている。
ガワのクオリティも、トラッキングの技術も、一向に統一されないばかりか、そのことでVtuberがランク付けされてしまっている。
もはや生まれた時点で人生が決まっているのだ。バーチャルと言いつつ現実世界と何ら変わりがない。
それはすなわち現実世界での身分や地位が物を言う世界になっているということである。
転生しても権力者は権力者であり、犯罪者は犯罪者ということだ。
3つめは完全に逆方向に話が進んでしまっている。
ファンは「現実世界でできることが当たり前のように出来る」ということに喜びを感じている。
それぞれの箱がそれぞれの手法でトラッキングの技術を高めることで実現しているのだが、そんなことに時間をかけて価値を見出すことが何になるというのか。
この世に存在する箱すべてが技術を共有すればそこまで時間はかからなかっただろう。
現実でできないことをしようという試みはあっという間にブームがさり、現実に出来ることをVtuberにもやらせる方に人々はどんどんのめり込んでいった。
極端な話、Vtuberの職業化である。
今まで存在したアイドルや歌手やタレントといった職業をVtuberがやっているに過ぎない。
すなわち、Vtuberのいる世界は才能が物を言う世界、ただの現実世界になってしまったということである。
もはやVtuberは商売のための道具、金稼ぎの手段である。
一度社会の歯車に組み込まれてしまうと、自由に動かすことはできなくなる。
アニメや漫画を筆頭にサブカル文化が表に出て社会に適応されるにつれ、自由に息ができなくなっていったように、Vtuberの文化も1年足らずでそうなっていったのである。
最初期の構想のとおりになることは、もうないだろう。
限られた箱に属する一握りの人材がVtuberとしてやりたいことが出来る世界になってしまい、どれだけの人間がVtuberに抱いた夢を打ち砕かれ、失望してしまったか。
今のVtuberは、一体何のために活動を続けているのだろうか。
Vtuber世界のしくみ
Vtuberには、大きく分けて3つの役割がある。
- 新規のファンを呼び込む
- 既存のファンを楽しませる
- アンチと戦う
以外に知られていないのは3の役割である。
Vtuberを扱う会社は、当初からファンを呼び込むと同時に流れ込むアンチへの対策を考えてきた。
それが読み取れるのは、いちから、カバー、アップランドの3つの会社の活動方針である。
まず、Vtuber四天王のいるアップランドがアイドル部を結成し、新規のファンを呼び込む。
次に、カバーのホロライブといちからのにじさんじが集まってきたファンを分別して楽しませる。
そして、集まったファンとともにアンチを撃退する。
この流れが今のホロライブにじさんじの2大箱体制のもととなったのである。
これだけ見るとアップランドは集めた客を取られるだけになりそうだが、それが狙いなのである。
アイドル部には数百万のファンをさばききれる能力がないので、熱心なファンを残して後は別のVtuberへファンを渡さないといけなかったのである。
アップランドの方針は一貫していて、能力のあるVtuberを採用するということをしていない。
ファンは似たような二人のVtuberを見たときに「能力のある方を選ぶ」というのを理解しているからである。
だから新規ファンを呼び込んで他に渡す流れが機能するのである。
そのうえ、アップランドのVtuberは他の箱に比べて趣味や経歴が異質であり、本来ならVtuberに関わりもしない人を呼び寄せるのに適している。
なかなか手を出しにくいニッチな分野に手を出せるのが強みとなっているのである。
一方でホロライブとにじさんじは個人的な能力の高さと人数が多いのが特徴である。
アイドル部から見始めたファンは、ラスボスが勢揃いしているように見えるだろう。
「この人はすごい」「この人もすごい」とあれやこれやと見ているうちに、時間が足りないからと見る推すVtuberを制限し始め、いい感じにファンが分散していくのである。
だからファンが求めるVtuberはどのような人材であるべきか、企業は数字の伸びを見ながら判断することができるのである。
また、人気のあるホロライブやにじさんじにはVtuberになりたい人がどんどんやってくる。
需要に合わせて供給することが可能なのである。
ここで重要な3の役割だが、アンチと戦うことに対して3社の方針は別れている。
アップランドは、アンチと戦わない道を選んだ。
カバーは、会社で守ることを考えた。
いちからは、Vtuberとファンを信じた。
この差が今の状況につながったのである。
アイドル部は、アンチを浄化してファンにできないかという試みをした結果、浄化できないアンチと頭のおかしいファンを抱え込むことになり鎖国、崩壊した。
ホロライブは、とにかく会社が黙らせる方向に動いたので、Vtuberはそれほど被害を受けずに大きくなることができた。
にじさんじは、炎上しても大丈夫な人材を用意することで、全滅を防いだ。
結局のところ、ファンをどの程度信じていたかが運命を分けた。
ファンを信じれば大丈夫だと思っていたアイドル部は、ファンの大部分に裏切られてファンを信じられなくなり、Vtuberも半数以上引退。アップランド自体が小さな箱になってしまった。
ホロライブは、初めからファンを信じていなかったため、Vtuber同士が助け合い、引退も抑えることができた。ファンに頼らないのはプロ意識に通じる思想であり、世界有数のVtuberを多く排出できたのも頷ける。
にじさんじは、常に誰かが炎上しているが、人材が良かったので炎上して引退に追い込まれるという事態はなかった。自由にやらせるからには炎上することは想定済みで、炎上しても支えてくれるファンがいることを知っていた。一つの箱の中であらゆる役割が完結できる構造により、安定した成長が可能になったのである。
というわけで、現在のVtuber世界は、ホロライブとにじさんじの2大箱とそれ以外という構図になっている。
ファンが選んだのは、才能あるVtuberと自分の見たいものを見せてくれるVtuberだったのだ。
ちなみにアイドル部は終了したが、アップランドは新規のファンを呼び込む役割をまだ続けている。
これは現在のVtuber世界が2つに分かれてしまっていることによる。
「一般顧客の相手をする2大箱」と「熱心なファンに支えられている小さな箱(もしくは個人)」という構図ができあがっているのである。
何もしなくても勝手に客が増える2大箱と比べて、それ以外の箱はまともなファンを増やすのが難しい。
そこで、いろいろな客層を呼び込める.LIVEが今後伸びるであろう箱へ少しずつファンを招待しているのである。
そもそも.LIVEは、もう長く持たないため、今までついてきたファンをどうするか考えていると思われる。
サービス終了後の選択肢として、一つは他のVtuberに移ってもらうこと、もう一つは個人勢としてこれまで通り活動することである。
正直、後者は残されたメンバーの能力的に難しいと思われる。会社の助けがあって活動できている部分が多いのだ。
2大箱の真似をして成長しようとしているが、やはり個人でやるには限界が見えている。
そもそも、前者の流れを作っておくほうが今後のためになる。
今の敵はアンチではなくファンなのである。
Vtuberが来てほしくないファンほど軽々しく別のVtuberのところに移っていくため、箱の中のメンタルが弱いVtuberが運悪く潰れる確率が高まっているのである。
ファンの暴れ方によっては、ホロライブやにじさんじといえど崩壊する可能性を否定できない。
だから、もし、Vtuberの世界をもっと安定させたいのであれば、ホロライブやにじさんじと同じレベルの箱を一度に登場させる必要があるのである。
2つを3つに増やしたところで意味がない。
未熟な状態で新しく列に加わると、経験のないままアンチとファンの襲撃にあい、瞬殺される可能性がある。
そのくらいホロライブやにじさんじが今抱え込んでいるファンはヤバいのである。
そして、そのためのその他大勢扱いなのである。
いきなり対象が100に増えればアンチもファンもどこに飛びつけばいいかわからない。
オタクは3大〇〇が好きというが、それで駄目だったから今の凄惨な光景が広がっているのである。
一気に百名城ピックアップしたほうが守りが固くなるのは、割り算ができるなら理解できるはずだ。
ただし、ファンを育てながら数字を増やすその他大勢に比べて、ファンなりたてが増えていく2大箱に追いつける日は来ない。
数字の増えるスピードが違いすぎるのである。
2大箱がサービス終了でもしない限り、今の状況は変化しないということだ。
ホロライブやにじさんじを潰すのは可能か?
このような状況だから最悪のケースは考えておかなければならない。
はっきり言ってどちらか一方でも潰すことができれば、もう片方も長くはないだろう。
大部分のファンがアンチに変わるからである。
だからなんとしてもこの2大箱は死守しなければならない。
といっても、ホロライブもにじさんじもやすやすと潰れるような箱ではない。
まず、ホロライブはバックに中国がいると噂されている。
もし事実であれば、この時点で日本人はホロライブを潰せない。
もともと日本という国は、外国人に対して強気に出れない国なのだ。
どんなに小さな国でも「ホロライブを潰すな」と日本にいってきたらそのとおりにするしかないのが日本である。
別の大きな国が介入しない限り国が傾いてでも死守するのだろう。
だからホロライブという箱自体は潰れることがないが、問題は所属するVtuberのほうである。
仮に付け入る隙があるとしたら、ホロライブのファンが攻撃特化で防御力に難がある点である。
ホロライブのファンの破壊力の凄さは周知の事実である。
もともとホロライブ自体が運営にしっかり守られていて何度炎上してもビクともしなかったのだが、それに加えてファンの過剰と言えるまでの防衛機構がホロライブの落としにくさに拍車をかけている。
ホロライブにちょっかいを掛けた人間が何人潰されたか誰も把握していないだろう。
そもそもアイドル部が崩壊したときにホロライブのファンがアンチと一緒になって潰しにかかっていたのは有名な話であり、廃れ気味のニコニコ動画にすら活動の爪痕が残されている。
この流れを知っていれば、ホロライブのファンは今でも他のVtuber に対して厳しいのは、復讐を恐れているからだとわかる。
だからアンチが気にもかけなくなった小さな箱を今でもホロライブのファンは成長妨害し続けているのである。
そして、ホロライブの面々がファンが迷惑をかけた箱に甘いのはそういった背景があるからである。
いくらキャラを演じていても人のいいところまでは隠し通せないのだ。
その一方で桐生ココの卒業を止められなかったのはホロライブのファンの弱いところが出ている。
原因は色々あるようだが、結局何年も問題を放置し続けた結果、ホロライブのメンバーだけでは卒業を止められない状況になっていたことに気が付かなかったことが一番の原因である。
アイドルの引退を引き止められるのはファンだけのはずなのだ。
相手を潰すことばかり考えていたら守るべき推しがいなくなってしまったというのは馬鹿げた話である。
だからファンの無礼をネタにホロライブのVtuberの人の良さにつけ込んでいけば、箱は残ってもVtuberは残らない可能性はある。
どの箱にも共通することだが、○期生という呼び方があるように、採用した時期で運営が求めていた人材もVtuberが思い描いていた未来も異なる。
ホロライブ全体は仲がいいように見えるが、所属したときの理想とのギャップに悩むVtuberがいるのは事実だろう。
本来ならプロのアイドルを目指すホロライブの面々を心配するのは意味のないことである。
プロボクサーに対して「試合中に殴られて可哀想」と言い出すファンの同情が全くの的外れであるように、プロの仕事のやり方についてファンが心配するのは、プロにとって最大の侮辱である。
だが、あのような卒業劇を見せつけられてしまっては心配せざるを得ない。
単に「アイドルに憧れる」といっても何に憧れていたのかで方向性は全く別物になる。
「歌」なのか「踊り」なのか「パフォーマンス」なのか「心」なのか「地位」なのか「偶像」なのか。
生まれ持った人の良さが推しの精神を蝕む。
ファンが心配するべきは箱の頑丈さではなく、中にいる人の精神面だろう。
一方でにじさんじだが、こちらは数が多すぎて一人や二人引退に追い込んだところでどうにもならないというところが防御力につながっている。
そもそもアイドル部が潰れたのは人数の少なさとそれぞれがお互いに仲が良かったところにある。
にじさんじは数が多いのもあるが、それ故にお互いに仲が良くなくても不自然じゃないところが強みである。
箱として扱われているが、個人勢が集まって好き勝手やっているのと似ているのである。
そもそも箱でイベントやろうとしても人数が多すぎてできないのが現状であり、常識的に考えて反論のしようがない状況はアンチにとっても攻撃しようがないのである。
その反面、個人勢に近い扱いのため、個別に狙われると厳しいことがある。
何かあったとき後ろ盾がないところが個人勢の弱点であり、にじさんじにも共通する部分がある。
箱の全員で引退を止める事ができないので、結局本人の意志を尊重することになってしまうのがホロライブとの違いである。
これはデメリットのようだが、自分の意思で楽に引退できるのはメリットである。
大きな箱でたくさんのファンを相手にしていればいるほど引退による他の仲間への影響を考えなければならない。
アイドル部にしろホロライブにしろメンバーが辞めたことによる影響は予想以上に甚大だった。
だが、にじさんじには、それがない。
だからこそ、桐生ココの卒業に合わせて鈴原るるを卒業させることも可能なのである。
あのときホロライブにいた厄介なファンは、ホロライブに見切りをつけてにじさんじに乗り換えようとしていた。
アイドル部の件でその流れは読めていたので、似たようなタイミングで卒業発表させたと思われる。
ホロライブもにじさんじも駄目だったからと他の小さな箱にいくような自称ファンはいない。
厄介なファンはホロライブの方に戻っていったし、にじさんじの方も特にダメージはなかった。
辞めていったVtuberにくっついていたファンはショックだったようだが、推しを失望させて引退を選ばせたファンが悪いのだから同情の余地はない。
箱推しできないことの利点がここに来て出ているのである。
箱推しするファンが居ると嫌でもすべてのVtuberが仲良くしなければならない空気ができてしまい連鎖的な被害が発生する確率が高くなる。
にじさんじはそれが起こりにくい。
下手にアイドル売りしていないので、何かあっても個人の問題として対処できるというのが、所属ライバーの数の多さも加えて、全体の防御力を上げている。
ファンがVtuberに夢を見ないというのは、現実を見れないファンが増えにくいということであり、話題にこそならないが、安定した活動ができるということである。
そもそもスタートが「魂」と「キャラ」の両刀であり、「キャラ」としてのトップはホロライブに軍配が上がったのだ。
にじさんじを抜けていったライバーは、ほとんどが「キャラ」を演じるのを頑張っていたライバーだったと思われる。
そういう「キャラ」ではなく、そういう「人」として個人的に推しているファンが多いというのが、現在でも一期生の人気が落ちていない要因だろう。
「アイドル部に出来ないことを実現した」のがホロライブなら、「アイドル部がやりたかったことを実現した」のがにじさんじである。
というわけでにじさんじを潰すには、にじさんじと同じ形態の箱をぶつけて会社の存在価値をなくすしかないのだが、わざわざ会社を作ってまで潰しにかかるアンチはいない。
まず、にじさんじと同数の優秀なVtuberを揃えるというところがハードルが高い。
いくらアンチとして優秀な奴が多くても、Vtuberとして活動を継続できるアンチはそれほどいない。
最悪潰れてもVtuber自体が才能にあふれているのだから十分個人勢としてもやっていけるだろう。
「にじさんじを潰して、そのあと所属していたVtuberも全部潰す」と考えるような人間を生み出すほど、いちからは妙なことをしていないと思う。
そんなわけでホロライブもにじさんじも安泰な箱なのである。
首の挿げ替えが続く限り滅びることはない。
Vtuberは声優か?アイドルか?
まず、Vtuberとはいかなる存在かについて考えていただきたい。
Vtuberは声優だろうか。それともアイドルだろうか。
Vtuberとは、生身の人間ではなく、キャラクターを動かして活動している人のことを指す。
そのキャラクターはイラストであったり、3Dモデルであったり、様々であるが、中の人がわからないようにして声を当てているというところについては共通している。
ちょうど、アニメーションに声を当てているようなものであるため、声優のような仕事だと認識している人もいる。
だが、世間的に有名なVtuberは、単に声を当てているだけではなく、歌ったり踊ったりしているため、アイドルのようなものだと考えることも間違いではない。
結論から言うと、Vtuberは職業ではなく、種族である。
「会社員」「スポーツ選手」「Vtuber」という括りではなく、「人間」「エルフ」「Vtuber」という括りで考えるべきなのだ。
なぜVtuberが職業として扱われているかと言うと、活動によって金銭を得ているからである。
そもそもVtuberという単語自体、Youtuberが元になっている。Youtuberと同じことを仮想(バーチャル)世界でやっているからというところから話が始まってしまった結果なのだ。
最初にVtuberという存在をやり始めた人たちは、仕事としてではなく、一種の娯楽として始めた。
ところが、Youtubeで活動する以上、ビジネスにできるということで様々な企業が手を出して、一つの仕事として確立してしまったため、もはや職業としか考えられていないのである。
だからほとんどの人は、ファンを含め、Vtuberに人権はないものだと考えている。
かの有名な野獣先輩ですら一人の人間であるにも関わらず人権はないのだから、人間ではないVtuberに人権を与えないのは当然のことなのだろう。
これはVtuberがアニメと同じ、実在しない存在なのだから当たり前だろう。
もちろん中の人、声を当てている人はいるわけだが、それに触れるのはミッキーマウスのきぐるみの中身に言及するくらいタブーとなっているため、ファンであっても考えることはしていない。
むしろ、人権をなくしたほうがファンは助かるのだろう。アニメキャラが相手だから許されることはたくさんある。
生身の人間を性的な目で見ることは訴訟になりかねないし、最悪社会的地位も危うくなる。
アニメキャラを性的な目で見ても訴えられないし、こっそり楽しんでいる分には社会的地位が揺らぐことはない。
だからファンはVtuberをそういうものだと扱っているのである。
その結果、ファンはVtuberのお気持ち表明に対して、スッキリとした主張ができず、アンチに正面から殴り倒されるのだが、Vtuberの供給はとどまることを知らないため、オナホのごとく、使えなくなったら次に移るということを繰り返すのだ。
本来、Vtuberは一つの種族として、ファンによって守られるべきなのだ。
しかし、ファンは自分の欲望を優先し、Vtuberに人権がないことにしてしまっている。
Vtuberが苦しい立場に追いやられてしまっているのは、全てファンのせいであると言えるのだ。
Vtuberのスタイルの話
Vtuberのスタイルは大きく分けて2つある。
「キャラ」を演じるVtuberと「魂」をさらけ出すVtuber。
これを頭の片隅に置いてほしい。
というのも、Vtuberが騒動を起こすと必ずと行っていいほど「キャラ」と「魂」について言及される。
「キャラを崩してお気持ち表明するな」とか「魂が悪い」とかファンの間で取り決めていたVtuberの箝口令はどこへやら、欲望と自分語りのドッジボールが始まるのだ。
その割には、ファンは上記の2つのVtuberがいることを理解していない。
頭のおかしいファンになって迷惑をかけないように、まずはこの2つのVtuberの違いについて理解していこう。
①「キャラ」を演じるVtuberについて
わかりやすく言えば「きぐるみを来た人」というスタンスでやっているVtuberである。
現在、人気Vtuberとして再生数、登録者数、同接数、スパチャ額などものすごいことになっているのはだいたいこっちのタイプである。
なぜなら、ファンが求めている理想のVtuberを演じているから、ファンが欲望丸出しにしても気持ちよく受け入れてもらえると思われてしまっているからである。
言い換えると、ファンを必要としないタイプの活動をしているVtuberである。
きぐるみを動かす仕事をしている人が、寄って来た客に対して文句を言ったりするだろうか?
そういう仕事なのだから、子供が飛びついてこようが蹴りを入れてこようが我慢するのである。
ファンが情けないということは、こんな文章を読んでいるからには理解していると思うが、だからこそキャラを演じるタイプのVtuberは勢いが止まらないのである。支えられなくても活動できるのだから。
必要なのは金を払ってくれるお客様だけである。
だが、残念ながらファンはそのように考えていない。
自分たちがちゃんと支えているからVtuberが活動できているのだと勘違いしている。
ディスニーランドを経営しているわけでもないのに、毎日遊びに行っているから私のおかげだと言っているようなものなのに、ファンはそれに気がついていない。
キャラを演じている中の人にとって、Vtuberは「仕事」であり、「職業」なのだ。
いつもファンに感謝しているのは、お客を逃さないためのリップサービスであることを自覚しなければならない。
②「魂」をさらけだすVtuberについて
わかりやすく言えば、「変人」である。
キャラを演じているわけではなく、本当にそういう人なのである。
このタイプは初期のVtuberに多く、四天王と呼ばれるVtuberたちはこれに該当する。
また、四天王に憧れてVtuberになった人もこちらに該当することが多い。
「仕事」というより「趣味」として認識しているため、自分の好きなことをガンガンやっていくのである。
ファンの求めるものを提供するではなく、同じ趣味を持つものは集まってこいというアプローチとなる。
だからこそ数字の伸びにはムラがあり、自称ファンを騙る輩にはスルーされがちである。
というのも、こちらは同志であるファンの負担が重い。
Vtuberはキャラを演じているわけではないため、声が本人に直に届くことになり、ファンが変な推し方をすればたちまち引退してしまう。
だからお客様気質のファンは財布の紐が固くなるのである。
そもそも、こちらのタイプはファンが欲望を思うようにぶつけられない。
Vtuberは人格を持った人間であり、ファンのわがままを聞いてくれないのだ。
悪い言い方をすればファンに選ばれなかった絶滅危惧種のVtuberである。
なぜVtuberのお気持ち表明は炎上するか
「キャラ」と「魂」を理解しているなら答えは明確だろう。
ファンがVtuberの魂に対して「俺の夢を壊すな」を主張するから炎上するのである。
だが、「魂」そのままのVtuberはともかく、「キャラ」を演じているだけのVtuberが炎上するのは、普通に考えてありえない。
「きぐるみ」が意思を持って暴れまわることがあっていいだろうか?
そういう仕事なのだからファンの期待に答えることに徹しなくてはならないのは当たり前だろう。
プロ意識が足りていないのである。
ファンが自分の都合のいいようにVtuberの扱いを変えるように、Vtuberも都合よく「魂」をちらつかせているのである。
「キャラ」を演じるVtuberは、「キャラ」と「魂」に差がないと公私混同しやすいし、差があると精神的にダメージを受けやすくなる。
キャラを演じることに限界が来て、うっかりお気持ち表明をしてしまい、ファンの夢を壊して炎上するのがよくあるパターンである。
アンチが焚きつける以上にファンが暴れまわるため、炎上したVtuberに関わる人達も被害を受けるのである。
キャラを演じるということは、ファンに嘘をつくことである。
ファンは気持ちよく騙されていい気分になっていたのに、突然本性を出されては、困惑するし、夢もぶち壊しだし、怒るのももっともである。
だが、一番の問題はお気持ち表明するまでファンは推しが無理していることに気が付かないし、気がついても知らんぷりしていることである。
そればかりか、ちゃんと自分の欲望を満たしてくれるように推しに対して圧を掛けていくのだから、炎上は起こるべくして起きるのである。
やはり、Vtuberは職業ではなく、人種である。
プロ意識を持って仕事をできるVtuberなんてそれほどいないため、ファンが「魂」の部分を理解する必要があるのだ。
だが、表では人畜無害な「キャラ」を演じつつ、裏では吐き気をもよおす「魂」が暴れまわっていたケースも少なくない。
自分の推しているVtuberが「キャラ」を演じているだけなのか、「魂」そのままなのか、都合のいいように「キャラ」と「魂」を使い分けているのか識別するのはファンの役目である。
ファンは嘘を嘘で塗り固めたVtuberを理解できるか
Vtuberという存在は、嘘がなければ成り立たない。
着ぐるみの中の人は地球上のどこかに存在しているのであり、バーチャル世界の住民であること自体が嘘なのである。
よって、長く活動すればするほどVtuberは嘘で塗り固められていき、嘘を信じ続けるファンは推しの本心がわからなくなるのである。
よって、職業Vtuberとなってしまっている人は、アイドルという職業に似た状況に陥る。
アイドルもファンの幸せのために嘘をつき続けることが求められる。
一度本性を出してしまえばファンは幻滅し、商売上がったりなのだから、嘘をつくのが下手くそだとどれだけ人間的に魅力があっても成功しない。
つまり、アイドル売りしているVtuberが一体何を考えているのか理解することは、ファンですら不可能なのである。
本来なら推しを毎日見ているファンが理解してやらなければならないのだが、毎日嘘を信じ込まされているファンは、全くの無能に成り下がっているのである。
そして、あら捜しをしているアンチの方がVtuberのことを理解してしまっていたりする。
このあたりを理解していないのはVtuberも同じである。
毎日のように嘘をついておきながら、ファンは自分を理解してくれていると思い込んでいることがよくある。
だから、たびたび癇癪を起こすVtuberが炎上し、ファンにそっぽむかれるようなことが起きるのである。
ファンが役立たずになっていることを理解しているVtuberは、炎上しても平気なことが多い。
炎上しても平気なのでファンも間違った道へ安心して突撃することができるのである。
ファンを大切にしようと活動しているVtuberに限って、困ったときにファンが助けてくれると期待しているから、ファンが思いもよらない対応をしてきてメンタルをやられるのである。
オオカミ少年は「かわいそう」と言われても「助けよう」と思われることはないのだ。
ところで、Vtuberのメンタルが強いかどうかも推しがトラブルに遭遇しないと判断できないのだが、ファンにとって重要なのは、推しが活動をやめないことである。
推しが活動を休止したことところでファンは何もしないが、戻ってくることをひたすら待つのである。
それは、「これだけファンを支えてきたのだからファン裏切るはずがない」という勝手なルールをもとに、ファンの勝利を信じているからである。
結局のところ、ファンは推しのことを何一つ理解できずにいる。
推しの演じるキャラがどのようなものか説明することはできても、演じている本人がどのような人間か説明することはできないのである。
こういうキャラを演じているのだから、きっと同じような性格をしているのだろうと、勝手に妄想しているに過ぎないのだ。
逆に本心を語ってくれるVtuberはいないのかというと、キズナアイなど四天王を始めとする初期のVtuberはそうだったのである。
最初はVtuberがどんな人間なのか理解するところから推し始めていたのである。
だからファンとVtuberの間で会話が成立した。
ファンを支えにして活動することができた。
ところが、Vtuberが増えていくにつれて、ファンはだんだんとVtuberを理解することをやめていった。
他人を理解することは難しい。よりによってVtuberは、まともじゃない人間ばかりであり、箱推しとなれば人数の数だけVtuberを理解しなければならない。
だから「魂を見せてくるVtuber」より「夢を見せてくるVtuber」のほうが人気なのである。
人気のためにファンの求めるキャラを演じるVtuberが多くなり、自分を気持ち良くしてくれるVtuberのところにファンが移動するようになったのである。
「推しは推せるときに押せ」というファンの迷言がすべてを物語っている。
ファンはVtuberは引退するものだと理解していても、なぜVtuberが引退してしまうのか考えることができない。
原因がわからなければ、推すVtuberを決めることすら、浅すぎるファンの経験則に基づいた運ゲーになってしまう。
いかに引退するVtuberを引かないかというババ抜きに疲れたファンは、ひたすら楽して勝ち組になりたいために、気持ちよく騙されようと思考を停止する。
自分の欲を満たすために、目についたVtuberのファンを名乗ってしまうクソみたいな人間。
それをアンチが見逃すはずがない。
しかし、長いことVtuberをやっていればやらないほうがいいことはわかっていくし、会社もその辺りのノウハウが蓄積されていくものである。
箱のVtuberは法的措置を振りかざされてうかつに手が出せなくなっているのが現状であり、ラインを越えるか越えないかのチキンレースを繰り広げなければならないのは、アンチにとって苦痛である。
アンチだって楽して目につく奴を潰したいのだ。
こうなってしまったのは、たまたまアイドル部をファンが潰したのを、長い苦労の末、アンチの力で潰すことができたと勘違いしたせいである。
さながら麻薬に手を出して快感を知ってしまったのに、以降、麻薬が手に入らなくなってしまった中毒者のようである。
もう以前のようにおさがわせVtuberを見つけても気軽に手を出せないし炎上もしないのだ。
ここでアンチが目をつけたのは、Vtuberの威を借るファンである。
Vtuberを守る会社はあっても、ファンを守る会社はない。
それなのに、ファンはやってはいけないことを平気でやるし、過去の失敗から学ぼうともしない。
何が言いたいかというと、アンチの標的はVtuberからファンに移動しつつあるということである。
学習を続けるVtuberへの攻撃は日に日に難しくなっているが、頑張るVtuberにぶら下がっているファンは学習しないので今でも入れ食い状態なのである。
悲しいことにVtuberはファンを選べない。
だからVtuberへの理解が少ないファンを抱えてしまうと、引退するまで、抱え続けなければならないのだ。
かといってお気持ち表明なんかすれば、アンチより先にファンが騒ぎ出す。
落ちぶれないためには、嘘に嘘を重ねていくしかないのである。
結論として、「ファンは嘘を嘘で塗り固めたVtuberを理解できるか」という問いに対する解答は、「そもそもファンがVtuberを理解する気がないのでできない」ということになる。
ファンが楽な道を選んで進んでいった結果、Vtuberが活動すればするほど苦しい世界になってしまったのである。
身バレによるダイレクトアタックに対してファンは何ができるか
本来Vの皮をかぶっている中の人に触れるのは禁忌だが、そうも言ってられない状況に既になっていたので書かざるを得ない。
身バレによるダイレクトアタックとは、中の人の個人情報が特定されることで自宅への突撃やストーカーなどリアル世界で被害を受けることを指す。
ファンからプレゼントを搾り取ろうと自分から個人情報を公開して馬糞を大量に送りつけられるような自業自得なのは論外として、いつの間にか住所が特定されて攻撃を受けるというのは割とある話である。
むしろ生活保護が必要なくらい危機意識のないVtuberはいくらでもいるので、今までほとんど話題にもならなかったというのは逆に違和感を感じるべきだった。
大抵のダイレクトアタックは裏で処理されていたのだろう。
だが、そのあたりを説明しようとすると、Vtuberが現実世界にいる、ということになるので世界観を重視するVtuberにとっては話題にできなかったと考えられる。
お気持ち表明するだけでアウトなのだから、「被害にあいました」と言うだけでもファンが大暴れする可能性は高い。
そもそも、ファンはVtuberが現実世界のどこにいるか知らないはずなのだ。
ファンに話してもどうにもならないという点で、ファンもまたダイレクトアタックについて考えることをしなかったのではないだろうか。
現実世界での被害はどう考えても会社か警察の仕事であるが、それでも何もしないでしらんぷりはファンとして模範的ではない。
そもそも殺人でも起きなければ警察は本格的に動けないし、会社としても援助できる範囲には限りがある。
リソースが足りないのだ。
危害を加える相手が少数であれば、ファンが数の暴力で立ち向かうのは実際有効。
身辺警護はできないだろうが、推しからの情報をもとに何かしら対策はできるのではないだろうか。
まず、はじめに考えるべきことは、情報の流出元である。
- 本人から漏れる
- 仲間から漏れる
- 関係者から漏れる
最近多いのは1である。即戦力を求めるためリアル世界で経験のある人を連れてくるから情報が掘り起こされてしまうのだ。
そもそも個人情報の管理について日本は危機意識が薄い。
雑談しているうちにうっかりということもありうる。
これについては本人の責任であるから対策のしようがない。
過去の不適切な行動が掘り起こされて失脚するなんてよくあることである。
たまに起きるのは2である。やはりハズレの魂を引くというのは避けられないことである。
だが、信じた相手に裏切られる事により受けるダメージは、一般的な人間よりも大きい。
拠点がネット上にある以上、断片的な情報がすべてを掌握する。
Vtuberから与えられる情報は極めて限定的であり、1つの悪い噂によって簡単に印象操作が可能である。
もちろん噂は噂であるが、仲間から発信される噂は信憑性が高いとされている。
だから仲間に裏切られるとVtuberは弱いのである。
「頭が悪くて危機意識の低いキャラ」を演じているVtuberがうっかり情報を漏らしてしまっても、「心優しい魂を持ったキャラ」を演じているVtuberに泣きつかれたら、ファンはなかなか責められない。
運営が適切な判断をしていても、内部の事情を知らないファンはそれを理解しない。
推しの問題でもあるにも関わらずファンの存在は、何の助けにもならないである。
ここで3だが、いろいろな人に関わるほど確率は高くなる。
はっきりいってVtuberの個人情報は、ほぼほぼ漏れていると考えていい。
漏れているうえで何らかの理由があって表に出せないだけなのだ。
一番わかり易い「中の人の顔」の情報が漏れたとしてみよう。
もし、とてつもなくブスだった場合、関係者は漏らさないようにする。
今の時代、声優が顔で選ばれているように、Vtuberも顔で選ばれるのだ。
不利な情報を出せば売上が落ちてしまう。
だからVtuberのことをよく思っていない人が情報をバラすのである。
これは犯人がわかりやすい。
逆に、とてつもない美人だった場合、関係者は漏れてもいいと考えるだろう。
そもそも中の人がバレるリスクを考えて、企業的にも美人を採用しておいて損はないのである。
声優が顔で選ばれるようになったのも、技術では差がつかないほど人材が溢れたからである。
「中の人が可愛い」というのは武器になる。
よって、アンチではなくファンが推しの個人情報をばらしているのである。
何が言いたいかと言うと、ストーカー被害にあうということは、ファンの誰かが中の人の情報をばらしたということなのである。
「俺の推してるVtuberは中の人もかわいいんだぜ」という優越感に浸るための身勝手な行動で、推しのリアルの人生終了させるレベルのヤバい奴を呼び込んでしまったのである。
中の人が目当てとなれば、バーチャル世界ではなく現実世界での接触が目当てなのである。
Vtuberのファンではなく現実世界にいる犯罪者を推しのもとに送り込んでしまったことに気がついているのだろうか。
ストーカー被害を何とかするのは警察でも難しいということを知らないのだろうか。
もうファンが接点を作ってしまった時点で終わりなのである。
頭の悪いファンは運営が守るのが当然だと思っているだろう。
だが、本当にそれを実行するなら、1050年地下行き状態にしなければならない。
完全に外の世界と隔離して連絡手段も全て断ち、スタジオ収録以外外出させないくらいしなければストーカーから守れない。
それはファンが推しに求めるべきことなのだろうか。
中には部屋から一歩も出ない生活が幸せなVtuberもいるだろうが、だいたいのVtuberはオフでの生活も大切にしているので、なかなか実現しないだろう。
以上より、身バレによるダイレクトアタックを完全に防ぐ方法はない。
重要なのは犯罪者と推しが出会わないようにファンが立ち回ることである。
アンチとしても狙って犯罪者をぶつけることはできないので、ダイレクトアタックは完全に機会の問題である。
出会わせてしまったら終わりである。
だいたい察しが付いていると思われるが、Vtuberとファンは同じ世界にいないことになっている以上、ファンはダイレクトアタックを防げない。
だからといってファンが諦めてしまうのは、Vtuberの引退を支持するのと同義である。
「ストーカーは仕方ないと諦めてしまっているファン」と「馬鹿みたいな方法でなんとかしようとしているファン」のどちらがVtuberにとって有益だろうか。
「Vtuberはファンあっての存在だ」と言う人に限ってVtuberを見限るものである。
「仕方がない」が口癖のファンが多いのに、ストーカーに負けないと活動を頑張るVtuberはいない。
ファンがなんとかしようとしてくれているならマヌケでも信じてみようという気になるのではないか。
Vtuberなんて失敗して当然のことをやっているのだからファンも失敗しても当然のことをやる義務がある。
安全地帯で傍観しているファンのためにいつ来るかわからないダイレクトアタックに身構え続ける義理はない。
窮地に堕ちいったときに、推しがファンのことをどう考えているかが重要なのである。
ちなみにダイレクトアタックが原因で引退することをVtuberが公表するメリットはない。
ファンが守れない以上、アンチに攻撃の機会を与えるだけである。
違法ダウンロードが取り締まれないのが、単純に数が多すぎてきりがないからであるように、アンチが束になってストーカーをほのめかしてやれば警察も何もできないのだ。
セールスお断りの看板を掲げるのは、断るのが苦手だからである。
狙ってくださいと言っているようなものである。
それでもVtuberが公表するということは、別の意図があるからだろう。
例えば、箱の仲間も同じくストーカー被害にあっていて、ファンに察して欲しいと言うような場合だ。
本人は絶対言わないから、辞める自分が変わりに代弁するのであればメリットとなる。
問題はファンがそれに気付けるかどうかであるが、望みは薄いだろう。
ファンの仕事はとにかく拡散することだと思い込んでいるファンが多いからだ。
ストーカーはさておき「ファンが増えれば辞められないだろう」という糞みたいな発想がファンの間にまかり通っている。
ストーカーの恐怖は、体験した人しかわからない。
人間的な魅力がなくストーカーにあいそうにない人がファンを名乗っているのだから理解が及ぶはずもない。
むしろ推しにつきまとってもらいたい構ってちゃんからしたら、「ストーカーが出来るほど人気になってすごい!」と考えるだろう。
ファンは推しにダイレクトアタックする人の考えに同意しているのだ。
つまり、ストーカー≒ファンなのである。
これ以上ファンに追いかけられたくないと引退していくVtuberもいたに違いない。
ファン(ストーカー)から離れられてどんなに安心しただろうか。
嬉しさのあまり、さよなら配信もしなかったかもしれない。
Vtuberと接するときは距離感が重要なのである。
残されたVtuberが、引退した仲間のVtuberに触れないというのは、そういうことなのである。
残念ながら、Vtuberとストーカーは切っては切れない関係にあるようだ。
ほぼすべてのVtuberがストーカー被害にあっていると考えても杞憂ではないのかもしれない。
なぜそんな人生に関わる重要なことをデータとして公表しないのかといえば、結局、Vtuberは職業として世間には認められてしまっているからである。
ブラック企業だと分かる情報を全面に押し出して新入社員を募集する会社があるだろうか。
不都合な真実は伏せておかないと優秀な人材ほど逃げていってしまう。
人材のレア度が重要なのはVtuberという仕事で食っている人にとってはも同じである。
未だに一般の人には「アイドルはストーカー被害にあうけどVtuberなら顔も出さないし安全」という意見がなんとなく共通認識になっている。
もし、アイドルもVtuberも変わらないとなれば、Vtuberになるという選択肢にメリットは減っていく。
人間と関わりたくないけど人間にチヤホヤされたいという人材が寄ってこなくなる。
人間に関わるのに苦手意識がないならだいたいは普通に就職するのだから当たり前だ。
そうして人間を避けたい人に限って何故かダイレクトアタックを受けることになるのである。
ファンと呼ばれる集団の情報収集能力の高さを侮ってはならない。
アンチですらVtuberの中の人の先祖まで金を出してでも調べ上げているのだから。
アンチの手に渡れば推しが死にかけない情報を拡散するのはやめていただこう。
ファンが脳死で推せるVtuberに向いている人間とは
ここまで考察して現時点でのVtuberに向いている人間はどんな人になるだろうか。
言葉を選ばずに言うなら「上級国民」がそれにあたる。
私の考えるVtuberを長く続けるにあたって必要な項目は以下の通りである。
- Vtuberとは別に収入がある。
- メンタルが強い。
- 権力者と知り合いである。
- 過去の失敗はもみ消せる力がある。
- ダイレクトアタックから身を守る手段がある。
これをすべてクリアできる人は、一般人からしたら上級国民なのではないか。
結局の所、Vtuberだけで食っていける人は限られているし、有名じゃなくてもアンチはいくらでも湧いてくる。
いずれ人の上に立つのだからメンタルは鍛えておかねばならない。
バズるにはそれなりの権力を持った人の協力が必要不可欠だし、悪い噂が流れたら即座に対応できないとファンが離れていってしまう。
さらに殺害予告などに対応するには一般人では難しい。
安心できるレベルにまで対応してもらうにはそれなりの身分が必要である。
とまあ、悲しいことに才能だけではやっていけなくなってしまったのが今のVtuberなのである。
引退していくVtuberは、一般人の方が多いのではないだろうか。
身分を隠せることを利用して上級国民が活躍していると考えるのが普通である。
それに上級国民にとってVtuberの活動をすることはメリットがある。
政治家をイメージしてくれればわかると思うが、上の方にいる人はどうしても一般人の感覚がわからなくなる。
金銭感覚を始めとして、いろいろな感覚が麻痺しているのである。
そのギャップを埋めてくれるのが、他ならぬファンの存在である。
豊臣秀吉が元農民だったおかげで天下統一後の政策は的確だったと言われているのは知っているだろう。
若いときに庶民と関わって理解を深めておけば、上に立ったときに的確な方針を打ち出すことが出来るのだ。
もちろんそれがいい方向に行くとは限らないが、現状、誰に任せてもろくなことにならないのはほとんどの人間が理解している。
それなら人気がある人を上に立てておいたほうが良い。
どうせ本人が言わなくたってファンが中の人を調べ上げているのだから、この人はVtuberだから支持しようという人間がいくらでも湧いてくる。
登録者集めは支持者集めの練習なのである。
失言をしないように配信するのも人の心をつかむ演説の練習といえる。
大勢の人の前でパフォーマンスするのも今後に必要となるだろう。
ときには嘘を嘘で塗り固めないといけない場面もあるかもしれない。
こうして考えれば将来人の上に立つ予定があるならVtuberをやっておくべきなのである。
そもそもVtuberにとっても上級国民と友だちになっておくのは悪い話ではない。
Vtuberの中にも地雷がいくらでもいるように、素性のわからない一般人と気安くコラボしようと思うだろうか。
中の人の身分がしっかりしていればコラボもしてみようと思うだろう。
何かあったときに権力者が助けてくれるのであれば、さっさとパイプを作っておくのは手である。
もっと言えば、活動を継続する費用も出してくれるのだから、わざわざ危ない橋を渡ってまでガラの悪い貧乏人を大量に集めて勢力拡大なんて考えなくてもいい。
一般人と上級国民では一人あたりの出してくれる額が違うのである。
上級国民のVtuberからちょっとファンを分けてもらうだけで活動継続が楽になる。
ちゃんとした大人のファンなので民度も下がったりしない。
数十年後、Vtuberがこの世から消えてしまっても、元Vtuberの集団が政治とかやり始めたら、今投票に行っていない人たちは間違いなく支持するだろう。
そしてその集団は、小さい頃から各業界の権力者と知り合いなのである。
今までの古い体制が一気に無くなるのではないだろうか。
これが実現しそうなときには、反発しそうな今の老害の方々は、流石に寿命を迎えている頃である。
教育勅語のような学校で教育した国民に理解いただくという時代は終わり、ネット上で交流を続けたVtuberがファンとともに国を動かしていく時代になるのである。
「俺の推してたVtuberは今総理やってんだぜ」と話せる時が来るのだから悪い話ではないだろう。
ちゃんと政治してほしいというのなら話は別だが、そういうのはちゃんと政治ができる人材を育ててからにして欲しいものだ。
人の上に立つなら、まずは支持されるところから始めなければならない。
それに、あまり言いたくないのだが、Vtuberは基本的にバカのほうが長く続ける傾向にある。
将来的な人生設計ができないからである。
少し考えればわかる負け確定なギャンブルにワンチャン勝てると考えて飛びつくようなVtuberは、なかなか辞めない。
下手に賢いといくら大人たちが取り繕っても「一般人がVtuberとして活動することはデメリットが多い」ということに感づかれてしまう。
アイドル部が頭のいい人からファンに愛想を尽かして抜けていったように、頭がいいことは活動継続にメリットがあるとは言い難いのである。
正直、支える人がしっかりしていれば一人で配信できないくらいの要介護者でもVtuberは続けられるのだ。
ちゃんと大人の言うことを聞いて言われたとおりに何でもやってくれる方が運営としても助かる。
下手に行動を起こされるとせっかく大人たちが用意した筋書きが台無しになってしまう。
それに、馬鹿を支えられるファンという人材は貴重なのである。
賢い人間には馬鹿がいくらでもついてくるが、馬鹿な人間には馬鹿がくっついてこないものである。
「俺たちが的確に支え続けないと推しが死ぬ」という危機感をどれだけのファンが持っているか定かではないが、今のVtuberのファンに一番欠けているのはそれである。
だから馬鹿は東大なんか行かずにVtuberになったほうが幸せになれる可能性が高い。
役に立たない東大生に手を差し伸べる人間がどれだけいるだろうか。
窮地に立たされた時、肩書がじゃまになるのはよくあることです。
逆にうっかり人を轢いちゃう救えない馬鹿なら助けてもらえるのがこの世界なのです。
だって失敗しないほうがおかしいんだから。
車を作れるほど賢いなら、馬鹿でも安全に使える車を作らないほうが悪いでしょ?
そういうことなんです。
しかし、採用する側としたら馬鹿よりもしっかりした人を捕りたいわけで、その目線を考慮すると馬鹿は採用されないのである。
もっと言えば、どこの誰かわからない人物は採用しにくい。
いくら優秀でも内部に入り込まれてスパイ行為を働かれては元も子もない。
となると、それなりの身分というのは保証されていなければならない。
有名Vの会社に採用されない人が多いのはそういう面が厳しくなっているからではないだろうか。
基準が厳しくなればなるほど、平民よりも上級国民のほうが有利になっていく。
平民からしたら腹ただしいことかもしれないが、こういう状況になっていったのは、何かあるととにかくファンが大騒ぎするからである。
小さなミスで大事になるケースを見せつけられてきたVtuberたちからすれば、手当り次第新人に手を出すことが難しく、少なくとも身元のはっきりしている企業の子でないと関わりを持つことすら怖いのだ。
歴史は浅いと言ってもかなり地盤が固まってきて、V界隈はリスクを許容して博打に出るよりは、安全安心を取る方に動いている。
Vtuberになりたい人もでかい会社を選ぶし、Vtuberを採用する方も経験豊富で身分のしっかりした人を集める。
そうでなければファンは安心してついてきてくれないのだ。
ファンはどこからか中の人の情報を手に入れてくる。
あるいはなんとなく察してくるのかもしれない。
用意される弁当一つでも中の人の身分が透けて見えてくるのだから。
平民相手に媚び売って待遇を良くしようなんて考える人間はいない。
上級国民が相手だとつい気を使ってしまうのが人間なのである。
「愛される人間」よりも「気を使われる人間」が今後の社会を生き抜いていくために必要なのだ。
生まれたときからVtuberになれるかどうかが決まっていると言っても過言ではない時代が来ているのかもしれない。
原因は取り除いたのになぜか戻ってこないVtuberについての話
活動休止したVtuberでなかなか戻ってこないVtuberが何人かいる。
別にファンに見限られたからではない。
ファンはずっと待っているし、なんとか戻ってきてもらおうとあの手この手で呼びかけているのに戻ってこないのだ。
その件について、私なりの見解を出そうと思う。
というのも、戻ってきてほしいという言葉ばかりで、私のところにはなぜ戻ってこないのかという部分が伝わってこないからである。
つまり、ファンは活動休止に至った経緯を考えず、自分のために戻ってこいと呼びかけているから話が進まないという状態だということだ。
一番わかり易い例は、夢月ロアと金魚坂めいろの一見だろう。
なぜ金魚坂めいろという原因を取り除いたのにも関わらず夢月ロアは戻ってこないのか。
おそらく、前提が違うのである。
夢月ロアと金魚坂めいろが仲が悪くて対立した結果、運営が夢月ロアの側について金魚坂めいろが追い出されたというのが話の中心にあるのだが、そこに間違いがあるのではないだろうか。
夢月ロアと金魚坂めいろは親友だったと考えると戻ってこないのも納得できる。
夢月ロアからしてみれば自分のせいで親友がクビになってありもしない疑いをかけられ未だに炎上しているのだから復帰できるわけがないのだ。
逆に金魚坂めいろからしてみれば夢月ロアが活動再開するには自分が元通り活動を再開して大丈夫だと言わなければならないのだが、それが実現するはずがない。
そもそも今一番有力な説が正しいのであれば、金魚坂めいろが未だにVtuberとして頑張ろうとしている理由がわからないし、夢月ロアはファンに応えて戻ってこないというのも理解できないのである。
ファンが思っている以上に夢月ロアは心が綺麗で、アンチが思っている以上に金魚坂めいろは仲間思いだったと考えるほかないのだ。
だいたい騒動の発端となった訛りでキャラがダブっていてあたりのくだりがファンの主張するてえてえ理論と逆なのである。
Vtuuberはだいたい標準語なので同じ方言使っていると一気に親近感が湧くものである。
同じ地域にいるんだから仲が良い理論を掲げているのはファンの方なのに、この1件に関しては別にしているのである。
「俺の推しとキャラがかぶった許せない」というのは一部のファンの感想だったのではないだろうか。
他にもVtuber同士が配信でプロレスを始めると仲が良い証拠だと言っているのもファンである。
これもまたこの1件に関して解釈が逆である。
「登録者数が全然違うからこれはいじめだ」という感じなのだろうか。
この考えに至ったのは、誰がソースかわからない結論から考えたのではなく、ファンが言う言葉に従った結果から考えたからである。
ファンが言うには夢月ロアはいい子だけどちょっと頭の悪いところがあったらしく、自分たちにとっては些細なことだったのが大人たちにとっては重大な問題で、それがファンとアンチによって拡大解釈されて誤った情報が拡散、どうにもならなくなったというのが本来のところだったのではないか。
今でこそ情報漏えいは重大インシデントだが、当時はそこまで危険視されておらず、個人情報ダダ漏れしちゃう人でも採用してた時代があったことは知っておかなければならない。
デビューしてすぐにレッドカード一発退場の事件もあったが、あの時これから頑張っていこうと思っていた仲間たちはどう考えていたのだろうか。
ファンと同じく危険分子として仲間をスッパリと切り捨てられる心の持ち主ばかりいる箱だったのだろうか。
ファンが推しのことを理解していないのはよくあることなのだが、それが原因で推しが活動休止する事態に発展するのもよくあることなのである。
ファンは勝手にVtuber同士の関係を定義しがちである。
実は裏でやり取りをしていた発言を聞いて「そうだったの!?」という反応をしているのを何度見たかわからない。
これもそういった悪い文化のひとつなのだろう。
大魔王を討伐して帰ってきたらそれが姫の愛する人だったレベルの話である。
到底許される話ではない。
まあ、頭のおかしいファンにはこの説が受け入れられないだろう。
もちろん100%正しいわけではないが、事実がわからないのであれば、両者非がなかったという前提で考えるのが人として普通なのではないだろうか。
勝手に悪人にして勝手に盛り上がって間違いだったときの償いは誰がするのだろうか。
これに関しては、ファンは絶対に責任を取らないといい切れる。
どうやっても責任が取れないからである。
もし、責任を取る方法があるというのなら、アイドル部は再結成しているだろう。
あっちもあっちで楠栞桜が戻ってきていないのだから。
楠栞桜が活動休止を表明してアイドル部終了が決定したと考えても何もおかしくない。
もちろんアイドル部がなくなってからどんどんまともになっていったので再結成する意味はあまりなさそうだが、再結成こそがあの時休止する人はいても引退する人は少なかった理由なのではないか。
今までにアイドル部のファンが主張していた楠栞桜の性格を考えると何かしら行動を開始していてもおかしくないのだが、今のところ何も起きていない。
こちらも解釈違いが発生しているのではないだろうか。
理解のないファンに問題を起こされたにもかかわらず理解のないファンに支えてもらおうとするVtuberはいない。
休止の原因をファンが生み出したというのなら、同じファンのところには戻ってきたくないだろう。
戻ってきてくれるといいですね。
四天王の後継者の話
とうとうキズナアイが活動を停止することになった。
きれいな言葉を使うなら世代交代となるわけだが、事実上の敗北宣言である。
四天王というより初期のVtuberの欠点としては、3Dに特化しすぎて活動にスタジオが必要なところがある。
現在のVtuberは安価でも2Dモデルとパソコンさえあれば一人でも活動できるのに対し、四天王たちは高い機材とスタジオ、加えて多くのスタッフが必要である。
要するに、個人といいつつ企業のような運営形態をとっている。
言ってしまえば継続にはカネがいる。
どんなに本人が続けたくても資金がなくなればそこまでなのである。
そもそも人間の体は加齢により動かなくなっていく。
トラッキング技術が向上すればするほど演者の肉体的な衰えはダイレクトにファンに伝わり、薄情なファンはどんどん新しい若い子へと流れていくのである。
そもそも引退を決定する随分前から四天王は名前だけの存在に成り下がっていた。
世代交代は既に行われてしまっていたのである。
Vtuberの世界の中心は、とっくの昔にホロライブとにじさんじになっているのだからどうということはない。
有名人の訃報程度の影響しかないのである。
だが、四天王の後継者という点を考えると話は別である。
V世界の頂点に立つ役割はホロライブが担ってくれているが、V世界を反映させるための役割はホロライブにはできない。
なぜなら、キズナアイが大切にしてきた底辺であろうと等しく関係を持っていく「コラボ」というものが、有名になるにつれてできなくなっていったからである。
そういったことは、どちらかというとにじさんじが行ってくれている。
だが、にじさんじがVtuberの頂点と言われても数字の面ではどうしても疑問が残る。
数字の面ではにじさんじですらホロライブに天と地の差がついてしまっている。
つまり、キズナアイの役割をホロライブとにじさんじの二柱がやっている形になっているのである。
こうした実態は、鬼滅の刃で言うところの雷の呼吸の後継者のような懸念が浮かばないだろうか。
二人で協力していかなければならないのにそうならなかったあの二人のように、2つの箱の関係はファンによって対立の形をとっている。
後継者には「数字」も「役割」もどちらも大切なのだ。
ホロライブのファンは「数字」だけを重視したため、他から煙たがられている。
だからホロライブが自由に他とコラボすることが難しくなってしまった。
これは箱として潰れる前のアイドル部と同じであるが、ファンの思想は全く別のものである。
アイドル部のファンは、いわば街頭の迷惑なキャッチセールスのようなものだった。
どこでもアイドル部の良さをアピールするため、アイドル部に興味がない人にとっては、ありがた迷惑だった。
一方で、ホロライブのファンは、戦争をして国土を広げるような行動が多い。
いかに数字を取れるかということに特化しているため、誰にとっても迷惑なのである。
一番の懸念事項は箱の中で数字の取り合いをしているところである。
推しを変えたことを宣言し、箱の中で数字の取り合いをし始めているのが確認できた。
これは箱推しが基本のアイドル部にはなかった状況である。
ホロライブは四天王を手本とした活動をしてこなかった、いわば独立した思想を持ったファンにより基礎が作られた箱である。
箱の中はみんな仲良しという妄想をしながら数字のためなら箱の中で戦争するべきという矛盾した行動をとっている。
柱となるものがそれぞれのファン個人の欲望にあるためそうなってしまっているのだ。
だから、ファン本人は間違ったことをしていないのだが、全体で見ると実に不可解なことをしている。
統率が取れるのは、例えば推し以外を攻撃するときである。
たまたまファン同士で同じ方向を向いたときには、数字という武器があるため絶大なパワーを発揮できる。
だが、その時その時のファンの気分によるものなので一定の理念がない。
四天王の後継者となるために必要な四天王のファンがいないとこうなるのである。
総理大臣の息子が総理大臣になったが、総理大臣を支えていた幹部が全員ついてこなかったくらいのハンデなのだ。
かといって、四天王のファンは数字としては少数派なのである。
全員取り込んだところでV世界の頂点に立てるはずがない。
にじさんじは四天王のしていた役割を果たそうといろいろなところとコラボしている。
しかし、いつだってホロライブのファンが上に立たれないように進軍してくるため、コラボするときにホロライブは誘いにくいのである。
だからキズナアイの大切にしていた下の方との関わりをすすめるときには、ホロライブは出てこないのである。
そもそもホロライブのメンバーが忙しすぎるというのもあるのだろうが、無理をしてリスクを犯してまでコラボする必要がないというのが運営の判断なのだろう。
当初は四天王に憧れてVtuberになる人が後を絶たなかった。
今はホロライブやにじさんじに憧れてVtuberになる人が多いのだが、どちらに憧れたかでどんなVtuberになるかは変わってくる。
あわせてファンの質も変わってくるということだ。
きっとこの先はバカでかいビルに住む成金と日照権を争う下々の住民のような光景を見ることになるだろう。
住民の迷惑となっているビルが倒壊したときがV世界の終わりとなる。
推しを失ったファンがどうなるかを考えることだ。
誰かを支えるでもなく、自分が気持ちよくなることを第一に考えて行動するファンがV世界に拡散すれば、そのときは本当の終わりが来る。
アイドル部は小さな箱のときに崩壊したから厄介なファンを他のファンで抑え込むことが出来で被害は最小限に済んだが、今度はそうは行かない。
絆なき世界に四天王が理想とした世界はないのだから。
Vtuberの情報漏えいをどう防ぐか
Vの世界において情報漏えいは重罪となっている。
もともと個人情報の漏洩は、気軽に起こせる割には人生そのものに莫大な影響を及ぼすものである。
しかし、この国では情報漏えいの危険性があまり理解されていない。
だから、情報漏えいごときで引退させる運営に対してデモを起こすファンがいるのである。
そもそもVtuberが自身の世界を構築するために必死になって個人情報を隠しているのだから、それを漏らす人間がいるということは、核ミサイルのスイッチに指を乗せている人がいるくらい危険なのだ。
全世界から批判されて叱るべきなのだが、それでもファンは情報漏洩した推しの方を持ってしまう。
つまり、Vtuberに情報漏えいさせないようにしなければならないということだ。
情報漏えいしたVtuberも、そのVtuberと仲良くしていたVtuberも、何一ついいことがない。
ファンは自分の推しが犯罪者にならないように全力で食い止めなければならないのだ。
では、Vtuberはどういったときに情報漏えいしてしまうのか。
大きく分けて3パターンある。
1つ目は、Vtuberの人格に問題があり、秘密にしなければならないことを平気で話してしまう場合。
これは企業所属であれば運営が採用しないようにしなければならないのだが、個人勢だとそうはいかない。
暴露系Vtuberなんていくらでも湧いてくる。
関わってはいけない人間ということでみんなで警戒する以外手はないのだ。
武器を持たない人間は害悪を排除することすらできない。
関わらないようにする以外対策がない。
2つ目は、Vtuberの能力に問題があり、うっかり秘密を喋ってしまう場合。
これも会社なら運営が採用しなければいいのだが、Vtuberというのものは能力で足切りされるようなものであってはならない。
個人勢であれ、企業勢であれ、推しがうっかり情報を漏らさないように支えるのもファンの役目だろう。
しかし、現実にはファンは推しがうっかり情報を漏らしてくれるのを今か今かと待っている。
企業勢であってもTwitterの裏垢を持っていてそこでつぶやいているのはよくある。
運営も知らないわけではないと思うが、それが本人かどうか証拠がなければ取り締まれない。
止めることができるのはファンだけなのだが、推しの個人的な話を知りたいため放置しているのが現状である。
「配信では喋らないことを知っている俺カッケー」「これは一部の熱心なファンしか知らない推しとの秘密」とでも思っているのだろうか。
インターネットで見れるということは、推しのことをよく思わない人間も見ることができるということである。
もし、推しが情報をたれ流しているのを知っているならやめさせるべきだ。
運営が問題を起こしたVtuberを解雇するかどうか微妙なときに、すっぱりとクビにできる材料になりかねない。
3つ目は、Vtuberの周りの環境に問題があり、情報を漏らすしかない状況に追い込まれている場合である。
例えば、ファンの言うところの「運営が悪い!」というところである。
「俺の推しが運営のせいで自由に配信できない」という話はよく耳にする。
運営との間でトラブルがあって、外部の、それも評判の悪い暴露系の活動をしている人に内部情報を渡す、というのは、もはやお決まりのパターンである。
ファンは責任を推しではなく原因を作った運営に求めるが、ちょっと待ってほしい。
そもそも、運営とうまく言っていないことについて、なぜ一番最初にファンに相談しないのだろうか。
ファンはVtuberの1番近くで活動を支える存在ではなかったのか。
なぜ全く関係のない、外部の人間に頼ってしまうのか。
答えは簡単で、ファンが信用されていないからである。
ファンに相談したところで助けてくれないから、外部の人間でも助けてくれそうなら頼ってしまうのである。
ファンは推しが引退する原因を作って許せないと言うが、推しはファンより信頼して内部情報を話しているのである。
少しは反省したらどうか。
また、Vtuberには大抵仲のいい友達がいるので、そちらに相談することもできたはずである。
そのため、「押しが引退に追い込まれているのにどうして今まで何もしなかったんだ!」と、まわりのVtuberに攻撃を始めるファンもいる。
だが、今まで何もしなかったのはファンの方である。
少なくとも仲良くしているなら愚痴くらい聞いているのだから、一緒に悩んできたはずである。
そして、どうにもできなかったことにショックを受けているはずである。
それに対してファンが追い打ちをかけていくのだから、引退したVtuberの周りにいるVtuberまで精神を病んでしまうのである。
結局、周りにいるからと言って全ての悩みが解決できるわけではない。
特に箱の仲間に引退したい欲求がある場合、引き止めるのは個人的にもビジネス的にも止めなければならないのだ。
そもそも引退したい原因がファンにある場合、Vtuberはどうすればいいのだろうか。
ただ耐えるしかないのである。
転生してもどういうわけか厄介なファンほど見つけ出してくるので逃げられない以上、耐えるしかないのである。
運営もファンに対してできることは限られている。
厄介なファンほど金を出してくれるので、むやみに排除できない。
ファンは株主と同じなのである。
札束で叩いてくる相手には従わなければならないのだ。
会社が潰れれば投資も諦めてどこかに出ていってくれる場合があるが、会社を潰してまでVtuberを守ろうとする運営はそれほどいない。
結果として、外部のよくわからない人間に頼るしかないのである。
だが、そこに至るまでにはきっかけがある。
そのきっかけをファンが掴むか運営が掴むかをすれば情報漏えいは発生しないのである。
こう言うと個人勢の頼る相手がファンしかいなくて不利なようだが、そうではない。
頼る相手がファンしかいない以上、ファンが助けてくれないならVtuberそのものが活動できないのだ。
だから、情報漏えいに至るケースが少ないし、情報漏えいする癖があるなら関わることを避けるのが普通である。
そもそも情報漏えいを平気でするようなVtuberを支援し続けるファンの方に問題があるのだ。
Vtuberに責任を求めるというのはあまりないだろう。
逆に企業勢のほうが、ファンが何もしなくても、運営が優秀ならなんとかしてしまう分、ファンが全く仕事していない場合がある。
となると、運営側が何らかの対策をしていかないといけないのである。
例えば、どんなときでも運営の側に立ってくれるVtuberに仲間を監視させるという方法がある。
所属しているVtuberの数が多いほど一人一人の行動に気を配れないのは事実である。
割ける時間が少ないということは、相談にのれる時間も少ないということで、誰かに変わりに相談してもらうことになる。
そうなると会社の手配するマネージャーよりも一緒に活動するVtuberのほうが適任なのである。
会社と労働組合が裏でつながっていて、社員の不満をきいてガス抜きをするだけで会社の不利益になることはしないという構造になっているところもある。
ただ、この場合、裏で運営と仲間の間の調整をするVtuberにかかる心労はかなりのものである。
仲間が裏切ろうとしているときにいち早く異変に気づくことができるが、裏を返せば仲間を運営に売るということである。
そもそも、会社側に立っているVtuberが仲間のために謀反を起こしたら割とマズイ情報漏えいが発生する。
というわけで、よほどしっかりした人間を用意していないとこの手法はできない。
やはり、ファンがどこまで推しの相談に乗れるか、Vtuberがどれだけファンを信頼しているかが、情報漏洩を防ぐ鍵である。
情報を漏らすのは本人だが、情報を漏らすしかない状況に追い込んでいるのはファンである。
コメント
最新を表示する
NG表示方式
NGID一覧