シスフィとハスフィ。
ワクシマから旅に出たフレンズの"ひとり"。
仲間たちが紙飛行機大会を楽しむその頃。
彼女たちは図書館の物知り、イエイヌの元にいた。
「それで、知りたい事って何でしょう?」
「私たちの事、何か分かるかなって」
「私“たち”?」
『ひとつの身体に俺とシスフィ、二人のフレンズがいるんだ。何か心当たりは無いか?』
「なるほど、多重人格というものですかね…いや、もしかするとそれよりも…」
「何か知ってるの?」
「…ひとつ聞きます。今のその状態で困っている事や、悩んでいる事はありますか?」
『いや、特にないな…』
「困ってる訳じゃないけど、同時に違う事喋れないのはちょっともどかしいかも?」
『まぁ、口はひとつしか無いもんな』
「…質問を変えます。貴方達はなぜ自分自身の事を知りたいのですか?」
『…俺たちには、一緒になる前の記憶が無いんだ。ある日突然一緒になって、その日からずっと一緒に過ごしてきた。不思議な事に、その日より前の記憶がすっぱりと無いんだ。俺とシスフィ、この身体の元々の持ち主がどっちなのかさえ分からない』
「島のフレンズに聞いたら、その日より前の私たちを見た子は何人かいたんだけど、みんなよく覚えてないって言うんだよね。私たちは私たちになる前の私たちを知りたいの。でも、島の中に手がかりはもう無さそうだから、島を飛び出してきたの」
「なるほど…ひとつ、試してみたい事があります。もしかすると、二人に辛い記憶を思い出させてしまうかもしれませんが…」
「『是非やって!!』」
「即答ですか…分かりました。やれるだけの事はやってみます」
の の の の
「やれるだけの事はやってみます」とは言いましたが…実際の所、私に出来る事は結構限られています。
一種の暗示を用いて、おふたりの深層心理から失われたであろう記憶を引き出すぐらいしか出来ません。
「では、おふたりは静かに目を閉じて私の言葉に耳を傾けてください」
それにこの方法は確実では無いですし、記憶を失った経緯によってはおふたりの心が危ないので、これは一種の賭けになるでしょう。
「………貴方達は階段を降りています。一歩、また一歩と進んで…行き止まりまで進んでください」
「……………………あ、行き止まりみたいだよ」
『…だな』
「では、周りを見渡してください。そこには何がありますか?」
『本棚がある。その中に、沢山の本があるな』
何かが見つかったらしいので、ひとまずは成功のようですね。問題はここからどうするかなんですが…
「なんか変なのもあるよ」
「変なの、とはどういうものですか?」
「いっぱい本があるんだけど、その中にふたつだけうっすらと光ってる本があるの」
うっすらと光ってる2冊の本…それがおふたりの過去の記憶のヒントになるものでしょうか?
『本棚から…取り出せるみたいだな』
「その本はどんな形をしていますか?」
「ひとつは赤くてぼろぼろの本で…蔦みたいなもので開かないようになってるね。もうひとつは黄色いぴかぴかの本で…あ、中の紙は全部真っ白みたい」
この二人、結構ガンガン進んでいくタイプみたいですね。それなら…
「その赤い本をおふたりで開けられそうですか?」
『どれどれ…………「い゛っ!!」』
おふたりはいきなり顔を歪めて頭を抑えました。
「どうしました!?」
『蔦みたいなのを引き千切ろうとしたら、いきなり頭が痛くなってな…』
「引き千切ろうとしたんですか!?」
「しかも結構硬いね…これは引き千切れないかも…」
解くとかではなく、引き千切る…?ガンガン進んでいくにしても、いささか強引が過ぎると思います…。それに、頭痛が起こるということは辛い記憶である可能性が高そうですが…大丈夫なんでしょうか?
『仕方ない。シスフィ、野性解放だ』
「え゛!?」
「おっけー!野性解放!」
「ちょっと!?」
おふたりの身体から野性解放の光が広がります。あまりのパワープレイにディアトリマさんが頭をよぎりました。この二人は自分達の深層心理で何をしているんですか!?
「『せーのっ』」
「ちょっと待っ…」
「『それっ!!…………いったーーーーーい!!』」
おふたりは椅子から転げ落ちて、頭を抑えながらゴロゴロと床を転がります。
「今、絶対無理矢理引き千切りましたよね!?大丈夫ですか!?」
『大丈夫だ…蔦は無事に破壊出来た』
「いや、そこじゃないです!!」
痛みで床を転げ回ってなお、おふたりの目は閉じたままです。おそらく、まだ深層心理にいるんでしょう…出鱈目過ぎます。
おふたりは床に倒れたまま再び口を開きます。
「あ、本が開けるようになってる…何が書いてあるか全然分かんないけど」
「あ、それなら…ひとつひとつの塊がどんな形をしているかを教えていただければ、こちらで解読しますよ。時間はかかりますが…」
『いや…俺は、少しだけ分かる気がする…文字は全然分からないが、何かが分かるんだ…』
という事は、その本はハスフィさんの記憶なんでしょうか?
そう考えると、自分で書いた本のようなものなので、当然分かりますよね。
『なるほど…少しずつ分かってきたが…』
「何かありました?」
『あぁ…なるほどな…全て分かった。これは、記憶が無くなる訳だ。合点がいった。」
「…早いですね」
この方法を試してからまだ5分も経ってませんよ…驚きの早さです。おふたりは静かに目を開けて、少し眩しそうに顔をしかめます。
「それで、何が分かったんですか?」
『あぁ、元々この身体にいたのは俺の方で、シスフィは後から俺の中に入ってきたらしい』
ふむ、ハスフィさんの方が主人格でしたか。つまりシスフィさんが副人格という事になるんですが…
「じゃあ、ハスフィちゃんの方がお姉ちゃんだったんだねー」
『まぁ、そういう事になるな』
「…えへへ、お姉ちゃーん!」
『…やめてくれよ、お姉ちゃんなんて柄じゃないだろ』
…これは多重人格の治療をする必要は無さそうですね。むしろこのままの方が良さそうです。あぁ、仲良きことは美しきかな…実に尊いです。
「シスフィさんが出てきたきっかけが何かまで分かりました?」
『あぁ、どうやら俺の能力が原因らしい』
「能力?」
『俺は元々血を主食にする動物なんだが、手足から出る光を当てる事で、相手の血を吸う事なく奪う事が出来るんだ』
「突撃お前が晩御飯(ドレインアタック)って技なんだよ!」
「ネーミングもうちょっとどうにかならなかったんですか?」
『そんでもって、めちゃくちゃ空腹になると暴走して、周りにいる奴らの血を無差別に奪っちまうんだ』
「それは…」
…私達フレンズにとってかなり、危険な能力ですね。フレンズは普通の怪我であれば、ある程度はサンドスターで回復出来ます。ですが、傷付けず血液を直接減らされてしまっては防御も出来ませんし、回復も難しいです。それに、血液を一定以上減らされると、出血性ショックによる命の危険があります。正直言って、セルリアンより厄介です。
『それで俺たちになる前の俺は、誰もいない森の奥に引きこもったんだ。誰かを傷つけるなら死んだ方がマシだと思ってな』
「めちゃくちゃ重い記憶じゃないですか!なんでそんなに平然としていられるんですか!?」
『いや、既に終わった事だし…シスフィがいるからもう能力の暴走もしないからな』
「ハスフィちゃんは血を飲む事しか出来ないけど、私は何でも食べられるからねー」
なるほど、血液以外を摂取出来る人格を形成する事で自分を守った…という事なんでしょうか。
『そう、それで餓死寸前までいった時に…』
「今、さらっとヤバい事言いませんでした!?」
『シスフィの声が、頭に響いてな…次に目が覚めたら、俺たちは二人で一人になっていたんだ』
「じゃあ二人になる前の私の記憶が無いのは…」
『その時に生まれたから当然、記憶も無かった…という事だな』
「なるほどー!いやぁ、無事に分かって良かったねー」
『ああ…これで俺たちの旅の目的は達成したな』
そういえば、これを知るために島を飛び出してきた…と言っていましたね。
「そう言えば、皆さんはどこから来られたんですか?島、と言ってましたが…」
「海の向こうから来たんだよ!」
「えーっと、どっちの方向からとか、覚えてますか?」
「どっち…からだっけ?」
『さあ…?』
「『………覚えてない』」
「…そうですか」
帰り道が分からないなんて…本当に行くあての無い旅なんですね。私の手元にある地図はこの島のものぐらいしか無いですし、せめて食料と水は多めに積んでおいてあげましょう。それ以外に出来る事と言えば…
せめて、皆さんの島に関する情報でも仕入れておきましょう。いつか役に立つかもしれませんし、もしも似たような特徴の島を誰かが既に知っていたら、皆さんに帰り道を教えてあげられるかもしれません。
「ではすみませんが、私の質問にいくつか答えて貰えないでしょうか?主に、皆さんのいた島についてなんですが…」
「『喜んで!!』」
「即答ですか…ありがとうございます。では…」
それから私は紙とペンを取り出し、おふたりの暮らしていた島についての情報を書き留め始めました。
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