戸崎暉芳

ページ名:戸崎暉芳

戸崎暉芳の肖像

戸崎 暉芳(とざき てるよし、1743年(寛保3年) - 1809年6月23日(文化6年5月11日))は、江戸時代後期の神道無念流の剣豪・兵法家。通称は熊太郎、知道軒と号した。

先祖は戸賀崎義氏足利氏下野源氏)一門の戸賀崎氏三河源氏)の当主)の家老であった戸崎芳裕であり、芳裕は嗣子がなかった義氏の婿養子となり、その後を継いだ。芳裕の7世の孫が暉芳である。胤芳の父、芳栄の祖父、芳武の曾祖父、芳広(保之進)の高祖父。常陸国守山藩の藩儒で、平野金華の門人の戸崎淡園(允明)は族兄にあたるという。

概要[]

武蔵国南埼玉郡上清久郷[1]で生まれた。戸崎氏は紀姓信太氏一門の常陸菅谷氏の庶家で、戦国時代において常陸国新治郡戸崎郷[2]の戸崎城の領主で、藤姓佐竹氏常陸藤原氏)の家老であったが、後に戸賀崎氏の家老となった。

成長して、江戸に出て福井嘉平にまなぶ。神道無念流の皆伝を取得した。

やがて、郷里で道場をひらく。1778年に再び江戸に出て、麹町裏二番町にある門奈邸の一部を借りて、道場をかまえた。

駆け付けた百姓出身の大橋富吉に稽古をつけて、牛込肴町の行元寺境内で、富吉の親の仇である二宮丈右衛門(御先手の浅井小右衛門の配下)を仇討ちさせる手助けをしたために、江戸の間で評判となった。暉芳はこの顛末について『天明復讐美談』を書き残しており、巷間でも『敵討農家功夫伝』と題する実録本が流布した。富吉は後に暉芳の使用人となった。

後に、暉芳は裏二番町の道場を閉じて、門下生たちを一番弟子の岡田吉利に委ねて帰郷して、当地で没した。享年67。

脚注[]

  1. 現在の埼玉県久喜市清久町
  2. 現在の茨城県かすみがうら市戸崎大字

関連項目[]



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