平維盛

ページ名:平維盛

平 維盛(たいら の これもり)とは、桓武平氏(伊勢平氏)流の人物。約3名ほど存在する。

  1. 平維盛 (駿河守) : 平正度の子、貞季[1]・貞良[2]・季衡[3]貞衡[4]・正衡の兄、盛忠[5]宗盛[6]・貞度[7]・盛基[8]の父。詳しい事項は不詳である。
  2. 平維盛 (小松中将) : 小松維盛とも呼ばれる。平清盛の庶長孫で、重盛の庶長子、資盛[9]・清経[10]・有盛・師盛・忠房・宗実・重実・行実の異母兄、高清(六代丸)[11]の父。『富士川の戦い』では夜更けに鴨が大勢と飛び出したことで、侍大将の伊藤忠清[12]の進言で戦わずに源頼朝に敗れ、『倶利伽羅の戦い』でも、木曾義仲[13]に大敗した。後に祖父・父同様に出家して「浄円」と名乗り、紀伊国東部の那智にある紀の松島で従者と入水自決を遂げた。享年28。子の高清(六代丸)は助命されて出家して、「妙覚」と称したが、後に禍をおそれた北条得宗家が陰謀を目論んで、その命を受けた検非違使の安倍資兼によって「妙性」と称した従弟の高盛[14]と従弟の清度(妙智)[15]と従父の重度(良智)・重行(良覚)兄弟[16]とともに相模国三浦郡田越川[17]付近で処刑され、維盛の系統はここで途絶えた。
  3. 平維盛 (平忠正の子) : 六波羅維盛とも呼ばれる。平忠正(清盛の叔父)の子、長盛[18]・忠綱・正綱・通正の弟、正持の兄、衡盛・明盛・盛広の父、明広(衡盛の子)の祖父。すなわち清盛の従弟である。詳しい事項は不詳である。

脚注[]

  1. 範季・正季・関兼季・兼信の父。
  2. 『続群書類従』巻108「尊卑分脈脱漏 平氏系図」より。彼の事項に関しては不詳である。
  3. 季継(盛良盛重の父)・関盛康伊勢盛光・清衡の父。
  4. 貞清・貞国の父、家衡と清綱兄弟(貞清の子)兄弟・遠衡(貞国の子)の祖父、維綱(清綱の子)の曾祖父、顕綱の高祖父、顕清の6世の祖。。
  5. 維忠・盛時の父。
  6. 清康・盛俊・盛仲盛信の父。
  7. 貞房・盛房の父、敦房(貞房の子)・業房(盛房の子)の祖父、敦経(敦房の子)と業兼・盛教兄弟(業房の子)の曾祖父、業光(業兼の子)の曾祖父。
  8. 盛時国盛・貞基・貞時の父。
  9. 高盛(妙性)の父。
  10. 清度の父。
  11. 建部姓の彌寝(ねじめ)清重室・横瀬盛長室の父。
  12. 藤原北家秀郷流で、飛騨守の景家の弟、景清の父。
  13. 源義賢の次子、頼朝の従弟。
  14. 資盛の子。
  15. 清経の子。
  16. ともに重衡の子。
  17. 現在の神奈川県逗子市田越町一帯
  18. 長光の父、正路・良恭の祖父。

関連項目[]

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