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『週刊文春』2014年7月10日号(7月3日発売)における<愛子さま衝撃のお言葉「先生大嫌い。私の言うこときかないから」>と題して書かれた記事]に対し、同年7月10日宮内庁東宮職が発表した抗議文に登場したフレーズ。
事実なのか事実でないのか言いたいことがさっぱり分からず、その他にも「新しい環境にお慣れになりつつあるところ」「重要な時期におありになります」といった無理やりすぎな尊敬表現、「そのようなご発言はあるはずもなく,事実無根であることは関係者の一致した認識です」といった客観性が欠落した否定主張など、さほど長くない文章ながらも見所満載である。
この超お下手糞日本語文章は、折に触れ発表される東宮職医師団の見解と非常によく似ており、「医師団見解と同じく、これ書いたの雅子じゃね?」とスレ住民奥様方からは見做されている。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h26-0710.html 「週刊文春」(平成26年7月10日号)の記事について 平成26年7月10日 「週刊文春」(平成26年7月10日号)の「愛子さま衝撃のお言葉「先生大嫌い。私の言うこときかないから」」と題して書かれた記事に関する事実関係及び宮内庁東宮職としての対応は下記のとおりです。 記 「週刊文春7月10日号」では,「愛子さま衝撃のお言葉「先生大嫌い。私の言うこときかないから」」と題して,愛子内親王殿下が初等科の先生に対して「初等科の先生大嫌い」「私の言うこときかないから」と発言したとする記事を掲載していますが,そのようなご発言はあるはずもなく,事実無根であることは関係者の一致した認識です。 愛子内親王殿下には,中等科にご入学になり,新しい環境にお慣れになりつつあるところであり,ご成長にとり重要な時期におありになります。そうした中で,同誌の記事は,あり得ない事実に基づき,読者に誤解を与えるものであるとともに,愛子内親王殿下のご成長にとり大切な静かな環境の確保を妨げるものです。 以上を踏まえ,宮内庁東宮職においては,「週刊文春」編集部に抗議するとともに,訂正を求めました。また,これまでも報道関係者に対して,愛子内親王殿下のご成長を静かに見守っていただくようお願いしているところですが,「週刊文春」編集部に対して,十分な配慮を強く要望しました。 「週刊文春」(平成26年7月10日号)の記事について(補足) |
それから約4カ月近く経過した10月23日に発売された、『週刊文春』2014年10月30日号<「セラピーが必要」と洩らされて…美智子さま80歳が憂慮される愛子さま「独りぼっちの特別授業」 先週の中間試験もご欠席 学習院は箝口令>に対しても再び抗議が行われることになったのだが、そこにもやはりというか「あり得ない事実」が用いられている。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h26-1107.html 「週刊文春」(平成26年10月30日号)の記事について 平成26年11月7日 「週刊文春10月30日号」に掲載された「「セラピーが必要」と洩らされて・・・美智子さまが憂慮される愛子さま「独りぼっちの特別授業」」と題する記事についての事実関係及び宮内庁としての対応は下記の通りです。 記 同記事は,「千代田関係者」とされる人物の発言として,愛子内親王殿下が,学習院女子中等科において「お一人で授業を受けておられ」,「特定の科目において,愛子さまには別の先生が付くということがある」旨言及していますが,このような「特別授業」が行われている事実はありません。したがって,このようなことを愛子内親王殿下が皇后陛下にお話しになるはずもなく,「美智子さまは,愛子さまと直接お話された中で,“特別授業”の存在にお気づきになった」とする「千代田関係者」の発言は,全く事実無根のものであります。 同記事は,「美智子さまは,折に触れて愛子様の日常生活について耳にされ,胸を痛めておられているという。最近では,千代田の関係者に胸の内をたびたび漏らされた。」とし,皇后陛下の御発言として幾つかの文章を記しています。 皇后陛下は,従来より愛子内親王殿下のことを大切に,また可愛く思われ,これまで終始変わらず見守ってこられました。そして,初等科時代以来,時折マスコミに取り上げられる事柄に対しても,ご自分からそのことにつき何かを語ることはしたくないし,友人,知人も心ある人たちは,決してそのようなことを自分との間で話題にすることはないと常々仰せになっています。東宮御一家が御所においでの時は,安心してくつろいでほしいとお思いの両陛下にとり,このような報道がどれ程お悲しく戸惑われるものであるかを理解して頂きたいと思います。 同記事は,皇后陛下が子供のメンタルヘルスを専門にする医師と交流を持たれているとして,奥山眞紀子氏に言及し,あたかも愛子内親王殿下のことについて皇后陛下は奥山氏と継続的にやり取りをなさっているような印象を与えています。しかしながら,皇后陛下が奥山氏に会われたのは,一度しかありません。平成20年4月,皇后陛下が,当時来日が予定されていた英国子どもコミッショナーであるエインズリー・グリーン氏との御引見に先立ち,日本における子どもの諸問題について御聴取なさるべく,聖路加病院の細谷先生の推挙を受け,奥山氏を御所にお招きになった際のことです。この時は,皇后陛下から,奥山氏が東宮御所に関係のあることで御質問があってはと心配せぬようお心配りがあり,事前に侍従職より奥山氏に対して,皇后陛下は東宮御所関係のことについては一切お触れになるおつもりはない旨連絡してあり,実際に皇后陛下と奥山氏の間でそうしたことは全く話題になりませんでした。この一回を除き,皇后陛下が奥山氏にコンタクトをとられたことはありません。 また,当該記事の中では,約十年前,奥山眞紀子氏が愛子内親王殿下との関係で東宮に参内していたとありますが,このような事実はありません。奥山氏は,記事にあるように金澤元皇室医務主管から紹介された方ではなく,皇太子妃殿下が平成14年6月に国立成育医療センターの開設記念国際シンポジウムに御出席になられるのに当たり,御進講をお受けになられ,その後,折々に色々なお話をお聞きになっておられたという御関係であり,内親王殿下についての御相談ということは全く事実ではないこと,また,この他にも,奥山氏との関係においても,実際には存在しない発言をあたかも存在するかのように記述するなど,全く事実ではない内容に基づき記事が構成されており,問題があることを東宮職として付言します。 このように,事実無根の内容を宮内庁関係者があたかも発言したかのように記事を構成し,見出しに掲げることは極めて遺憾であり,「週刊文春」編集部には,抗議するとともに記事の訂正を求めました。「週刊文春」は,これまでも愛子内親王殿下のご成長にとり大切な静かな環境の確保を妨げる取材活動を行い,あり得ない事実に基づく記事を掲載して読者に誤解を与えるなど,その対応は極めて遺憾であり,同編集部にその旨を伝えてきましたが,改めて良識ある対応を強く求めました。このような心ない報道が続けられていることに皇太子同妃両殿下も心を痛めておられます。 |
この雅子と奥山眞紀子医師との関わりを述べている箇所の、「平成14年6月に国立成育医療センターの開設記念国際シンポジウムに御出席になられるのに当たり」に該当するご進講は、宮内庁HP記録に存在していない。実に奇妙なことである。なお「国立成育医療センター開設記念国際シンポジウム」に出席したというのは、同年6月27日のことである。 |
Part2887-723 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/11/07(金) 13:19:16.55 ID:uHqrF2Zu0
宮内庁HPの反論コーナーに、文春おひとり授業記事への反論が出た。
ずいぶん分量が多いが、奥山氏に関連する部分など、
詳しく読むと到って「?」が浮き上がってくる感じ。
・皇后陛下が奥山氏とあったのは平成20年でしかも東宮御所関係の話題は出さないようにと侍従があらかじめ伝えてあった。
→初等科不登校騒ぎより前に、そんな釘を刺す必要があったってこと?
奥山氏は子供メンタルの専門家だから、雅子適応障害の話は出ないはずだし。
・奥山氏と雅子妃が10年前に会ったのは公務のご進講で愛子内親王の話は出たことがない。
→この項にだけ「東宮職として付言します」のフレーズが入ってる。
中吊り / 記事
pp.143-145より全文引用
中等科に進学された後、遅刻・欠席を繰り返されている愛子さま。はたして問題の核心はどこにあるのか。初等科時代の教育現場の内情を知るという学習院関係者がその忸怩たる思いを本誌にだけ打ち明けた。先週号に続く東宮ご一家の「非常事態」リポート第2弾!
内親王殿下の通学状況について、詳細を逐一紹介することは控えたい」
宮内記者を前に、小町恭士東宮大夫は頑なに“ゼロ回答”を貫いた。それは本誌先週号発売直後の六月二十七日、午後に開かれた定例会見でのことだった。
本誌が報じた「雅子さまと愛子さま『登校拒否』再発と『23時の食卓』」には大きな反響があった。
六月十七日、皇太子が海外公務先であるスイスに出発されたその日を境に、愛子さまの学習院女子中等科へのご欠席・遅刻が続いたのだ。四月に中等科に進学されたばかりの愛子さまだが、小町大夫は前回の会見では、「新しい環境でお疲れが出たのではないかと思う」との見解を示した。
だが、小誌が取材で明らかにしたのは、ご欠席や遅刻の理由はお風邪なのではなく、その一週間、愛子さまの生活が不規則になっており、就寝時間も遅いという内情と、それを知る東宮職職員たちが「また初等科時代の“登校拒否”が始まってしまうのでは」と危惧しているという、知られざる東宮の“非常事態”だった。
さらに記事では、愛子さまの登校拒否再発と、雅子さまのご体調のシンクロにも触れた。しばしば“母子密着”と指摘されるお二人だが、昼夜逆転の生活リズムに合わせるように、十七日の夜、愛子さまは深夜二十三時に食卓を共にされていたのだ。そして翌日、愛子さまは学校を遅刻された。
「これに対して小町大夫がどのような説明をするのか、注目されていました。というのも、宮内記者会では愛子さまの登下校のご様子については取材を控えているため、実態を把握していないからです。東宮職が『プライベートだから』という理由で取材を控えるよう要請してきた経緯があるのです」(宮内庁担当記者)
言うまでもなく、皇太子のご長女である愛子さまのご動静は、国民の大きな関心事だ。さらに、それが雅子さまのご体調を関連しているとなれば、単なるプライバシーの問題として看過するわけにはいかない。
会見では記者たちから次々に質問が飛んだが、冒頭のように小町大夫は一切の事実を明かさなかった。
幼稚園時代も計一カ月休み
「遅刻や欠席については全く言及せず、『その後、毎日ご登校されています』としか言わない。暗に遅刻や欠席を認めたわけですが、これではそれが何日のことなのか分かりません。一方で、『一部雑誌に誤解を生むような見出しの記事が掲載されたことは、私としては遺憾に思っている』『登校拒否という見出しは事実に反します』とも述べている。『一部雑誌』が週刊文春を指している
ことはすぐに分かりましたが、遅刻をした理由を尋ねても、『詳細は控える』というばかりです。
この対応は、皇太子ご夫妻のご意向だと考えられますが、せめて愛子さまの最低限のご動静と、ご体調について発表すべきです。それが国民と共に歩んできた平成皇室の流儀なのですから」(同前)
この顛末を知ったある皇室ジャーナリストは、かつて野村一成東宮大夫(当時)の“乱暴な対応”を思い出したという。
「その頃、すでに不登校だった愛子さまが、初等科三年生に進級し、雅子さまのお付き添い登校が常態化していました。しかし野村東宮大夫は『ご通学正常化には静かな環境が必要』だと、具体的な情報を出さなかった。揚げ句に六月下旬の会見では『風邪で何日も休んでいるならば発表すべきでないか』と記者から問われ、『いちいち一般のお子さんでも、いつからいつまでが風邪だと言うことはない』と言い放ったのです。当たり前のことですが、一般の子供と愛子さまを同じに論じることはできません」
さかのぼってその年の三月、野村大夫は愛子さまの不登校の原因は、初等科にいる“乱暴なことをする児童たち”の存在だと定例会見で発表したが、
「あまりにも児童への配慮が欠けるのではという批判がありました。しかし野村大夫は<皆様に公の立場にある宮さまのご様子をお知らせしている>と、発表の必要性を強調していた。つまり東宮職は“公の立場”とプライバシーをその時々で使い分けている。否、使い分けざるを得ないのです。それは一にも二にも皇太子ご夫妻のご意向に添うためだと考えられる」(同前)
実は、愛子さまは昔から欠席・遅刻がちだった。幼稚園の二年間では、計一カ月弱もお休みされている。それは皇太子ご夫妻の教育方針によるところが大きいと当時から目されていた。
「皇太子ご夫妻のお考えは、“叱らない子育て”ということなのでしょう。と言うのは、子育て経験のある皇室担当記者だ。
「かつて、養育方針を聞かれた皇太子が誕生日会見で、米国の家庭教育学者ドロシー・ロー・ノルトの詩を紹介されたことがありました。<批判ばかりされた子どもは 非難することをおぼえる<賞賛を受けた子どもは 評価することをおぼえる><可愛がられ抱きしめられた子どもは 世界中の愛情を感じとることをおぼえる>。これは『子ども』という詩だそうですが、全編を読み上げた皇太子は、『この詩には、私は感銘を受けました』と述べられた。
まさにこれを体現するかのように、皇太子ご夫妻は愛子さまに対し、厳しく躾けるのではなく、“叱らずに待つ”という育て方をなさいました。天皇誕生日での宴席で愛子さまがむずかって言うことを聞かないということがあって、雅子さま自らが愛子さまをあやし、三時間近くも陛下をお待たせするという“大失態”を演じたことがありました。
僭越ながら、皇太子ご夫妻が目指されている“子供の潜在的な力”を信じる教育方針は、理想論に過ぎるのではないでしょうか。子どもの言うなりになるのは甘やかしと紙一重です。愛子さまがご成長されたときのためにも、もっと厳しく躾けるべきではないかと危惧していました」
以前から上がっていたこうした懸念は、残念ながら的中してしまったのか。
三月まで愛子さまが通っていた初等科関係者が、忸怩たる内心を打ち明ける。
「愛子さまの現状を拝見していると、初等科時代に“宮さまシフト”が出来上がったことにより、女子中等科にも同じ程度の対応を求めているように見えるのです。学習院側は、『ここまでなら対応してもらえる』という間違ったお墨付きを皇太子ご夫妻に与えてしまった。学校側もマスコミには『特別扱いしない』などとコメントしておきながら、雅子さまへのお付き添い登校や、山中湖への校外学習へのご同行も、結局は許可してしまっている。普通ならあり得ない迎合です。
最大の問題は愛子さまご自身が、自分の直すべきところを全然分かっておられず、環境的にも気付く機会がないままにお育ちになっているということです」
実はお付き添い登校が続いていた頃にこんなことがあった。主管のU先生が、愛子さまに事情の聞き取りをしたことがあったが、
「その際、愛子さまは『初等科の先生大嫌い』とおっしゃったのです。呆然としつつも、U先生が理由を聞くと、『私の言うこと聞かないから』とあっけらかんと答えられたのだそうです。私もさすがに驚きました。
乱暴な児童は学習院を去った
愛子さまは廊下で先生とぶつかっても、『ごめんなさい』の一言もおっしゃらず、『ぶつかったらごめんなさいじゃないの?』と注意されても、ジロッと見るだけで終わりです。効果がない。皇族とはいえ一生徒なのですから、先生方はもっと毅然とした態度で対応すべきだった。ただ、家に帰ればご両親や職員は愛子さまの言うがままで、甘やかされ放題なのだろうと感じたのも事実です。
東宮側もご自分たちの言動が周囲にどう影響するか、もっと認識すべきです。野村大夫に“乱暴な男児”と言われた生徒の一人は他県の中学に進学しています。学習院に居づらくなったのでしょう」(同前)
小誌は当時の主管であるU氏を直撃した。「先生大嫌い」というご発言の有無を尋ねたところ、U氏はこれを否定せず、「私は何もお話しできない」と顔を伏せたまま足早に去った。
かつて天皇の一人娘である紀宮さま(黒田清子さん)が在籍していた当時の学習院女子中・高等科教諭は、「私の頃は皇族でも分け隔てなく、同じように接することが基本姿勢でした」と話す。
「当時、紀宮さまをお迎えするにあたり、その方針を伝え、両陛下もそうしてほしいというお気持ちでした。紀宮さまが遅刻をされたという記憶はありませんが、仮に遅刻や問題があったら、他の生徒と同じように注意をします。学校という色々な子供が集まる集団生活の場での経験が大切なのですから」
六月二十六日、女子中等科では、愛子さまが進学されて初めての[[授業参観]が行われた。愛子さまは八時過ぎに遅刻することなく登校され、皇太子さまと雅子さまは、一限から五限まですべての授業をご覧になり、愛子さまの勉強熱心なご様子を喜ばれたという。
だが、その翌日の二十七日金曜日、また愛子さまは遅刻された。登校されたのは昼過ぎだった――。
天皇皇后に近い千代田関係者も心配を口にする。
「実は天皇皇后両陛下も、愛子さまのご欠席・遅刻についてはご存じで、心を痛めているのです。皇后陛下は、東宮職患部の大胆な意識の改革や雅子さまの治療にあたっている先生たちの改革などをしない限りはご一家はこのような波の繰り返しだ、とおっしゃったのです」
皇太子ご夫妻に美智子さまの心配の声は届いているのだろうか。愛子さまは今月には校外学習や伊勢神宮ご参拝を控えられている。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140711/imp14071113150002-n1.htm
宮内庁、週刊文春に訂正求め抗議 愛子さま関連記事に
2014.7.11 13:15
宮内庁は10日、「週刊文春」7月10日号の「愛子さま衝撃のお言葉『先生大嫌い。私の言うこときかないから』」と題する記事で皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまのものとして記された発言は「事実無根」として、同誌編集部に訂正を求めて抗議したことを、同庁ホームページに掲載した。「そのようなご発言はあるはずもなく」、「あり得ない事実に基づき、読者に誤解を与える」としている。
同庁東宮職によると、抗議は数日前にFAXで文書を送付したという。
週刊文春編集部は、産経新聞の取材に「記事には十分自信を持っている」とコメントした。
http://www.j-cast.com/2014/07/11210303.html
愛子さま「先生大嫌い」文春記事に宮内庁抗議 「遅刻、欠席続く」など他の内容はどうなのか
2014/7/11 19:05
宮内庁は「週刊文春」に掲載された、皇太子ご夫妻の長女・愛子さまの記事に関して、「事実無根」であるとして抗議し、訂正を求めているとウェブ上で発表した。
「初等科の先生大嫌い」などと発言したと紹介された部分については問題にしているが、それ以外の内容ついては触れていない。
「私の言うこときかないから」と発言?
宮内庁が問題としているのは、「週刊文春」2014年7月10日号掲載の「愛子さま衝撃のお言葉『先生大嫌い。私の言うこときかないから』」という記事だ。愛子さまが3月まで通っていた学習院初等科の関係者の証言が引用されている。主管(担任)の先生が愛子さまに話を聞いた際、「初等科の先生大嫌い」「私の言うこときかないから」と発言したと書かれている。同誌の直撃に対して、当時の主管の先生は発言を否定せず「私は何もお話しできない」と立ち去ったという。
宮内庁は7月10日、ウェブサイトの皇室関連報道についてというページで、「そのようなご発言はあるはずもなく,事実無根であることは関係者の一致した認識です」と否定した。さらに、愛子さまは学習院女子中等科に入学したばかりで「新しい環境にお慣れになりつつあるところであり、ご成長にとり重要な時期」であるとして、「あり得ない事実に基づき、読者に誤解を与えるものであるとともに、愛子内親王殿下のご成長にとり大切な静かな環境の確保を妨げる」と批判した。一方の「週刊文春」編集部は「記事には十分自信を持っている」とコメントしている。
「登校拒否という見出しは事実に反します」
宮内庁は同誌のそれ以外の内容については、抗議や訂正をウェブ上で公表していない。「週刊文春」は7月3日号にも「雅子さまと愛子さま『登校拒否』再発と『23時の食卓』という記事を出していた。皇太子さまが6月17日にスイスへ出発してから、愛子さまは遅刻や欠席が続いたという。「『登校拒否』状態が約2年間も続いた愛子さまですが、またここから4年前のあの状態が始まってしまうのでは」と心配する東宮職関係者の言葉が書かれていた。
同誌7月10日号の記事によると、小町恭士東宮大夫は定例会見で「一部雑誌」について「登校拒否という見出しは事実に反します」としつつも、遅刻した具体的な理由は明かさなかった。
これらの内容が真実かどうかは分からないが、愛子さまがすこやかに成長されることを祈るばかりだ。
Part2816-177 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/07/15(火) 18:00:27.70 ID:o6izWFB00
週刊文春7月24日号 早読みレポ その1
学習院関係者が大激論
雅子様「叱らない子育て」の是非を問う!
愛子さまは期末試験欠席 美智子さまもご心痛・・・
・本誌「先生大嫌い。私のいうこと聞かないから」発言についての小町の否定。
「会見中に記者から『愛子さま自ら否定されたのか』の質問もあったが,
小町は『ああいう発言をされるはずがない』『自信を持って発言している』」
の一点張り。(宮内庁担当記者)
・本誌が愛子さまの過去の発言を報じた理由。
大前提として愛子さまの教育は皇室の将来にもかかわる大問題。女帝の可能性もあるから。
だが,愛子さまの現在の教育方針(叱らない子育て)に疑問を感じる関係者多し。
この「叱らない子育て」の果てに,現在の東宮は“非常事態”とも呼ぶべき
・今回小町が発表した新たな事実。(7月4日)
「内親王殿下は腹痛がおありになり本日の期末試験をお休みになられた」
本誌が確認しているだけでも,6月中旬からわずか3週間で,遅刻4回,欠席2回。
この事実は学習院関係者の中でも波紋を広げ,叱らない子育てを巡って
議論が巻き起こっている。
・「東宮ご一家はこの状況なのかと驚いた。宮内庁記者会は,
愛子さまの中学投稿風景を取材できるよう東宮職に掛け合ってきた。
しかし小町が『新しい環境にお慣れになっていない』と拒み続けてきた。
今回その理由がわかりました。もはや新しい環境の中で疲れが出たとか
いう理由では説明がつかない」(別の宮内庁担当記者)
今回の東宮職の対応には,「なぜ曖昧な表現をするのか」と
宮内庁内部からも不満の声が上がっている。
182 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/07/15(火) 18:08:25.71 ID:BJhdPvo80
週刊文春7月24日号 早読みレポ その2
学習院関係者が大激論
雅子様「叱らない子育て」の是非を問う!
愛子さまは期末試験欠席 美智子さまもご心痛・・・
・学習院関係者が明かす内情
「今回の東宮職の抗議は,小町が酒井初等科長に事前に確認をした上で行った。
“先生嫌い”の記事が出た後,初等科全教員が集まる場で,
愛子さまのご発言の有無について確認。U先生は「発言はない」と否定されたそうです。
それで“関係者の一致した認知し”となった。その上『取材には応じないように』との
お達しもあった」(学習院関係者)
「当時愛子さまの発言を聞いたU先生がショックのあまり周囲にもらしてしまったのは
まごうかたなき事実です。一部の関係者の間では語られざるタブーで,U先生は
東宮職の問いに,嘘をつくしかなかったのです」(別の学習院関係者)
・かつて学習院初等科が,児童のための校外学習に大規模な車列を組んだ雅子様を
拒否できなかったように,皇室と学習院のねじれた関係はこんなところにも歪みを
生んでいたのである。
・愛子さまは7月19日に一学期の終業式を終え,夏休みに入られる。
愛子さまの通学状況をご存知の美智子さまはご心配の色を強めているという。
〆は,夏休みが愛子さまにとって生活のリズムを取り戻す有益な時間となることを
祈りたい。
以上です。
191 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/07/15(火) 18:13:15.91 ID:9k5Ax7QN0
レポの修正です。
>>177
節が抜けているところがありました。すまぬ。
× 現在の東宮は“非常事態”とも呼ぶべき
○ 現在の東宮は“非常事態”とも呼ぶべき切迫した状況に陥っている。
>>182
タイプミスありました。重ねてすみませぬ。
× “関係者の一致した認知し”
○ “関係者の一致した認識”
p.7より引用
学習院女子中等科に進学した愛子内親王(12)は、7月19日に終業式を終えると、中学生として初めての夏休みを迎える。
15日には、皇太子夫妻とともに昭和天皇と香淳皇后の眠る武蔵陵墓地を参拝、愛子内親王が中等科に進学したことを墓前に報告した。
しかし始まったばかりの中学校生活は早くも前途多難だ。
「愛子さまは、6月中旬から遅刻や欠席が続いています。7月4日には期末試験があったのですが、それも欠席してしまった。愛子さまは、中等科の新しいクラスに馴染めていないようなんです。中等科は、初等科から内部進学した生徒と、一般入試で入った生徒が一クラス18人対30人の割合。
女子校なので、初等科時代、愛子さまと親しくしていた男子生徒とも、当然離ればなれになりました。愛子さまにとっては、戸惑うことが多いのかもしれません。通常、学習院では、宮様と仲の良い生徒を2~3人、必ず同じクラスにする配慮をしていますが、愛子さまは繊細なところがありますからね」(学習院関係者)
遅刻したのか、愛子内親王が全力疾走で学校に駆け込む姿を、本誌も5月30日号で報じている。7月13日、皇居の桃花楽堂で、天皇の傘寿を祝う民俗芸能鑑賞会が開かれたが、そのときの愛子内親王の様子も関係者を驚かせた。
「皇太子ご夫妻が出迎えた職員に丁寧に挨拶されているのに、愛子さまは挨拶はおろかお辞儀をされることもなかった。どうしたことか、と思いましたよ」(同前)
学習院では、7月下旬、1年生が参加する「みなかみ自然学校」という2泊3日の林間学校がある。群馬・水上でトレッキングや牧場での実習をする行事だが、愛子内親王が参加できるか、危ぶむ声もある。最近の愛子内親王を巡っては、宮内庁と一部メディアの間でやりとりもあった。
「週刊文春が、初等科時代に愛子さまが『先生大嫌い! 言うことを聞かないから』と発言されたと報じた。これに対して、宮内庁は『事実無根だ』と抗議し、訂正を求めたのですが、初等科の保護者の間では、あの発言に関するウワサは以前から根強くありました。主管(担任)の先生が強いショックを受けられた、と聞いています」(学習院OB)
一方、昨年は久しぶりの欧州訪問を実現されるなど、体調快復が報じられている雅子妃だが、いまだに体調には波があるようだ。
「以前は体調次第で出席しておられた外国大使との接見も、最近はほとんど出席できなくなっています。ご進講を受けることも少なくなり、最近は愛子さまのお弁当作りにかなりのエネルギーを割いておられます。ご自身で作らないと、という責任感が強いようです。そのためか睡眠時間が不規則になり、深夜に食事を摂ることもある」(宮内庁関係者)
7月末には、皇太子一家そろっての伊勢神宮参拝も予定されているが、雅子妃の体調次第で中止もあり得るという。妻と娘の「不調」に、皇太子の悩みは深い。
Part2817-933 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/07/18(金) 06:48:22.86 ID:YBkSAXvr0
>>925
スレ立て乙でした。
避難所より転載。
レポ主ありがとうございます。
108 :可愛い奥様@避難所生活:2014/07/18(金) 06:45:56 ID:n/7Vod7g
フライデー必見!
本当の雅子のダルダル顔、しわっしわドレス、
尋常でない愛子ちゃんの表情。
おでんの右ポケットの謎の膨らみがくっきり。
記事は、先生大嫌い発言は以前から噂として根強くあった、
男子生徒が居なくなって戸惑う?愛子ちゃん>ナニコレw
7/13、陛下傘寿に出てきた愛子ちゃんだが、皇太子夫妻が
職員に挨拶していても、愛子ちゃんがしないので、どうしたことか、と。
雅子は最近は国連関連公務もせず、愛子ちゃんのお弁当屋作りに集中するあまり、
昼夜逆転>イミフ。
伊勢神宮参拝は、雅子次第で中止も有りうる。
かなり押します!
944 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/07/18(金) 07:19:37.87 ID:djhsEpB+0
>>925
立ち読みは恥ずかしいので、エイヤッと『フライデー』買って来た。
>>746に秀逸なレポがあるので、こちらはご参考まで。
案に相違して、写真は1枚だけ。
3人縦に並んで進んでいる見慣れたものなんだけど、拡大された画像を見ると
ピントが愛子さんに合わされていて、取材陣の関心が誰に集中しているのかよく分かる。
で、その愛子さんなんだけど…。
ちょっともう文章で表現するのが憐れになる。
こんな表情の娘を引き連れて、満足気な顔で先頭を歩くナル…。
パッと見ではマサ子のようだけど、「鬼」はナルだね。
次に記事をかいつまんで。
・クラスは内部進学者18名、外部が30名
・親しくしていた男子生徒とも離ればなれに
・仲の良い生徒を2~3人配しているが「愛子さまは繊細なところがありますからね」
・7月13日の鑑賞会で、出迎えた職員に挨拶はおろかお辞儀をすることもなかった
・「みなかみ自然学校」への参加を危ぶむ声も
・宮内庁が抗議した問題発言は、以前から初等科の父兄の間では噂になっていた
・マサ子の体調には波があり、接見・進講にも出なくなっている
・愛子さんのお弁当作りにエネルギーを割いていて、睡眠時間が不規則に
・7月末には、皇太子一家そろっての伊勢神宮参拝が予定されている
・マサ子の体調次第で中止もあり
読み替えれば、
愛子さんはお取り巻きの子達ともあまり上手く行っていなくて、外野から週刊文春に援護射撃。
「体調が芳しいので9月にパリ」なんて状態ではなさそう。
いまさら「伊勢神宮参拝は噂になっただけ」とは言わせないからね。
948 可愛い奥様@転載は禁止 sage 2014/07/18(金) 07:25:08.03 ID:djhsEpB+0
>>944 事故レス
ごめん、レス番間違えた。
>>746 →>>933
中吊り / 記事
pp.26-29より全文引用
十月二十日、傘寿を迎えられた美智子さまが、ある問題に胸を痛められている。愛子さまの登校非常事態――。中間試験を欠席され、一人で特別授業を受けているという深刻な現状に、皇后が口にされたのは“セラピーが必要”という言葉だった。平成皇室の深層リポート!
肌寒い秋時雨の中、新宿区・戸山にある学習院女子中・高等科の北門には、朝八時頃から紺色のセーラー服に身をつつんだ女子生徒が次々と吸い込まれていった。十月十五日、中一である愛子さまにとって、この日は二学期の中間試験の初日で、九時三十分からの「地理」に続き、「英語B」と「古文」のテストを受けられるはずだった。
八時過ぎ、北門にはスーツに身を包んだ警察関係者が十名ほど到着し、周辺の巡回警備を始めた。ご到着に備え、作業を一通り終えたようだが、愛子さまを乗せたゴールドのトヨタ・アルファードは一向にやって来ない。やがて、試験開始時刻を待たずして警察関係者は全員撤収――。
果たして、愛子さまは中間試験を欠席してしまったのだ。この内幕を、東宮職関係者はこう説明する。
「この日、愛子さまは朝八時三十分には起きていらっしゃいました。試験開始時刻の九時三十分には十分、間に合う時間です。学校へ持っていくお弁当も用意され、登校の手はずは全て整っていました。それにもかかわらず、結局、ご欠席になってしまったのです」
一学期の六月中旬から始まった愛子さまの“登校非常事態”。本誌でも報じたように、欠席遅刻は続き、ついには期末試験を二日お休みになった。何とか追試験を受けられたが、その後の終業式も欠席されたのだった(七月三十一日号)。
だが、非常事態は二学期に入っても続いていた。
“普通の授業”を受けていない
「九月六日から二学期が始まりました。始業式は問題なく朝から登校されたので安心していたのですが、学校が始まって一週目に一日ご欠席。九月中旬頃には週に一回程度。午後から登校される状態になっていた。
同時に生活のリズムも再び不規則になり、ほとんど毎日就寝は深夜になっているという状態です。一学期に続いて定期試験を休まれてしまったとは、非常に心配ですが、職員たちは静かに見守るしかないと話しています」(同前)
翌十月十六日は中間試験の二日目。愛子さまは試験開始の十分前に登校された。随従していた中村久之東宮侍従に、本誌記者が「前日の試験を欠席した理由はご体調のためか」と尋ねると、
「そんなことはありません。お元気に過ごされています」
と言う。お元気ならば、なぜ登校されないのか。小町恭士東宮大夫も週一度の定例会見で、愛子さまの通学状況については明言を避けている。
宮内庁担当記者が話す。
「中間試験を欠席されたことは、関係者への取材で知りましたが、体調を崩されたという発表もなく、取材も控えろと言われているから事情もわかりません。
十日の会見で小町大夫は、通学中の愛子さまを撮影した女性週刊誌に、『内親王殿下のご成長にとって大切な静かな環境の確保を妨げる』として日本雑誌協会に対して取材を控えるよう要請したと公表しました。こんな状態がいつまで続くのか。一部の記者は事の重大さに気付き始めています」
本誌が確認しているだけでも、愛子さまは九月六日以降、遅刻が四回、欠席が二回。とりわけ金曜日は遅刻が目立ち、九月二十六日から三週連続で午後から登校された。六時限が始まる直前の十四時過ぎ、アルファードに乗られたまま、北門を通過し、構内に入られた日もあった。
オクで起きているのがただならぬ事態であることを示すこんな証言もある。
「雅子さまは九月下旬頃から、学校がある月曜日から土曜日の朝は、普通の時間に起床され、朝七時台にご家族三人揃って朝食を召し上がるようになりました。長年続く“昼夜逆転”生活を改善されようとしているのです。まず朝きちんと起床され、朝食を召し上がって、さあ行ってらっしゃいと送り出すためでしょう。適応障害で療養中の雅子さまにとって、朝早く起きるのはお辛いことだそうですから、相当努力をなさっているのだと思います。何とかしなければ、というご[[決意]よ]を感じます」(別の東宮職関係者)
しかし、愛子さまの学校がない日は、雅子さまの起床は遅く、それは愛子さまも同じだという。
「職員の間では『今日も普段通りですね』と言い交わしあう、“普通”のリズムがあります。まず皇太子さまが八時から九時に朝食、十二時にご昼食を召し上がります。すると、十四時過ぎに雅子さまと愛子さまがご昼食をとられる。夜は二十二時に皇太子さまが夕食を始められ、雅子さまと愛子さまが二十三時頃に合流される。結局、職員が下がるのは午前一時です。これが“普通”です。
雅子さまの不規則な生活のリズムが、中学生の愛子さまにもシンクロしているのではないかと、つい心配になります」(同前)
皇太子ご夫妻は、こうした状況を天皇皇后へは報告されていない。だが、美智子さまは、折に触れて愛子さまの日常生活について耳にされ、胸を痛められているという。最近では、千代田関係者に胸の内をたびたび洩らされた。
「皇后さまはそれは深い憂慮を口にされることがあります。というのも、欠席や遅刻だけでなく、学習院の校内では、ちょっと普通では考えられない深刻な事態が起きているからです。 九月下旬のことです。皇后さまは、愛子さまが本当の意味で“普通の授業”を受けていない。“特別扱い”になっているのよ、とお話しになりました。お一人で授業を受けておられるというのです。
他の生徒は科目ごとに決められた担当の先生から授業を受けているのに、特定の科目において、愛子さまには別の先生が付くということがあるのだそうです。これは本当に何とかしなければと、沈痛なご様子で声を落とされました」
美智子さまは、愛子さまと直接お話しされた中で、“特別授業”の存在にお気づきになったのだという。九月二十一日には、皇太子ご一家と秋篠宮ご一家が参内され、天皇皇后と共に粟などを収穫されたが、その折、愛子さまとお二人で言葉を交わされる機会を持たれたのかもしれない」
「皇后さまが、学校は楽しいの? と問いかけられると、愛子さまは『先生はとても良い方』とお答えになったそうです。お友達は? というご質問に対しては、『友達は一緒ではないけれども、別の先生に教えていただいている』と仰ったそうなのです。愛子だけが特別に、好きな先生から個別授業を受けているようなのよ、と心配そうに仰せになりました。
朝は普通の中学生が起床する時間に起きていないことも多く、きちんと登校できていないようのなので、非常に憂慮しているのよ、と仰いました。
また、愛子はもう子供ではない。中学に入ったのだから、大人です、とも仰った。内親王である愛子さまにとって他者と接する唯一の機会である学校に行けないことは大きな問題だとお考えです。
しかし、愛子さまのご教育については東宮の問題だとお考えで、皇太子さまに直接こうしなさいというような助言はなさらないのだそうです」(同前)
だが、その美智子さまがつい最近、“セラピーの必要性”について口にされたことがあり、この千代田関係者を驚かせた。
小和田夫人から怒りの電話が
「十月に入り、皇后さまは愛子さまについて、セラピーが必要な段階に来ているとはっきり仰いました。皇后さまは医学的な用語にとても精通していらっしゃる方ですから、『臨床的な心理相談の必要性がある』という意味でしょう。
愛子と話していても、愛子にとって適切な対応が取られているようには思えない、ということでした。皇后さまからご覧になって、愛子さまのお側には適任と思われる臨床心理士や児童や思春期の問題に詳しい専門家はいらっしゃらないとお考えなのです」(同前)
美智子さまは、“非常事態”のシグナルを重く受け止められているのだ。
実は美智子さまは、子供のメンタルヘルスを専門にする医師と交流を持たれている。それは奥山眞紀子氏(国立成育医療研究センターこころの診療部・部長)だ。
国立成育医療研究センターは、子供の発達に関わる診療を行う代表的な病院で、奥山氏は小児精神保健が専門で、トラウマ、発達障害、不登校、虐待を受けた子供の治療経験も豊富な医師である。
この奥山氏、愛子さまとは浅からぬ縁がある。
「奥山氏は約十年前、よく東宮に参内していたのです。雅子さまの主治医が大野裕先生に決まる前のことです。奥山氏は当時、埼玉県立小児医療センターに所属していました」(宮内庁関係者)
小さい頃、愛子さまはコミュニケーションを取られることが苦手だったという。学習院関係者によれば、「初等科に入学される前も、私がお目にかかった時は、意思表示のために首を縦に振るか横に振るかだけでした。『声が出ないのかな? 出る?』とお尋ねしたのですが、コクンと頷かれるだけで」
奥山氏の知人が当時を振り返る。
「東宮に参内していたのは古い話ですね。まだ愛子さまがお小さい一歳半から二歳ぐらいの間のことです。その頃は何回も何回も、東宮御所に伺ったようですよ。
ただ、彼女が参内を続け、雅子さまのお話を聞くうち、妃殿下のカウンセラーのようになっていって」
奥山氏はいつしか雅子さまのために参内するようになったという。しかし、ある決定的な出来事が起こり、彼女にお声がかかることはなくなった。
「カウンセリングの中で、宮内庁はひどい所と悩まれていた雅子さまに対して、あるとき奥山氏は『ご自身も変わっていただかなければ』という進言をした。以来、奥山氏にはぷつんと連絡が来なくなってしまったようです。そして、奥山氏を紹介した金澤一郎元皇室医務主管に、雅子さまの母である小和田優美子夫人から、『とんでもない。早く次の人を探してほしい』と電話があったのです」(前出・宮内庁関係者)
以降、奥山氏が皇室とどのように関わってきたかは不明だ。当の奥山氏に話を聞いたが、ひと言、「ご進講はしています」と話した。ご進講の内容については話さなかったが、前出の奥山氏の知人によれば、最近でも「短時間の場合もありますが、参内をしているようです」という。
学習院教諭らは明言を避けた
一方、日々、愛子さまの教育にあたる学習院女子中等科では、「愛子さまの学校生活について一切口外しないように」という厳しい“箝口令”を敷き、実情をひた隠しにしている。
別の学習院関係者が自嘲気味に語る。
「学習院は皇族や華族のために作られた学校であって、皇族が一人も通わない学習院では何のブランド力もなくなってしまう。ところが秋篠宮家のお子様方を始め、宮さまの学習院離れが進み、今や愛子さまお一人になってしまいました。何とか最後の“玉”である愛子さまだけは引き止めなければいけない。結果、特別扱いが拡大しているのです。皇太子ご一家はお客様のような存在で、法人の理事や教員さえも、そういう態度で接しています」
女子中等科に進学されて始まった“特別授業”。これは初等科時代、雅子さまによるお付き添い登校を許可したのと同じで、“お客様対応”の産物だという。
これには、ある学習院OBも「皇族様とはいえ、これまでにはない特別扱いです」と眉をひそめる。
「のびのびとした校風ですが、遅刻や欠席には本当に厳格な学校なのです。愛子さまはそれを繰り返されているのに、特別扱いをされているのは本当に歯がゆいです。結婚された典子さまや、秋篠宮眞子さまの時代などは、何か問題があれば『宮さまッ!』と他の生徒と同じように叱られていたものです。今回も先生とご相談された上で追試験を受けられたのでしょうか? なぜそんなことが許されるのでしょうか? 具合が悪いのならばまだ理解できますが……」(同前)
愛子さまがお一人で“特別授業”を受けられていることについて、学習院女子中・高等科の教諭らに尋ねると、全員が明言を避けた。
「イエスかノーも含めて、学校が対応することになっています」(国語担当)
「私からは一切お話いたしません。他の先生もそうだと思います」(理科担当)
「愛子さまが公的なお立場にあることは私も承知しておりますが、愛子さまの学校内でのことは広報を通してください」(歴史担当)
九月末日まで教育担当だった東園基政常務理事は、
「私は何も知らない。九月末で退任したので」
後任の耀英一常務理事は、
「まだ学校に行っていないので何とも言えませんが、そのようなことはまだ把握していない」
当事者意識のないような回答ばかり。教え子を守るような発言も誰一人としてしなかった。
十月二十日、皇后は八十歳のお誕生日を迎えられた。当日に開かれた御所での茶会参加者によれば、
「皇后さまはシルバーグレーのドレスをお召しになり、本当におきれいでした。招待された方にそれぞれご挨拶に回られていました。この日は行事続きで、一日立ちっぱなしでいらしたと思いますが、身体のどこかを気遣われるご様子は見受けられませんでした。
天皇陛下と共に、ご自分で為すべきことを果たされる覚悟がにじむようなご表情でした」
問題の本質から目を背けず、セラピーが必要な段階に来ていると、具体策をお話しになった美智子さま。東宮職や学習院は、ただ現状を封印し、時が過ぎるのを待つのではなく、今こそ美智子さまのご意見を拝聴すべきではないか。
1988年2月5日 「昨年12月のお誕生日に、浩宮さまからお花が贈られたそうですね」という記者の質問に「そんなこと…ありえません」と答える小和田雅子1988年2月9日 「浩宮さまが雅子さんへ誕生日プレゼント」との記事について「神に誓ってそういうことはありません」と言い張る小和田雅子
FLASHフラッシュ 1989年??月??日号<ありえません…小和田雅子さんの母“皇太子妃”にノー―本人が英国で“否定”したのに続いて本誌に断言!これでお妃選びは振り出しに戻った!?>記事一部
週刊新潮 1989年11月23日号<「妃候補」小和田雅子さんの線はこうして消えた>記事
p.47より引用
何はともあれ、まずは初めて口を開いた小和田雅子さんの近親者の一人のこんな話から紹介することにしよう。
「雅子が皇太子妃になる可能性はまったくありません。完全にゼロです」
とキッパリこう語るのである。
「雅子が皇太子さまに四五回お目にかかる機会があったということ。これは事実です。しかし、私が知る限り、小和田家としては、雅子がオックスフォードに留学する直前の昨年七月ごろに、東宮御所に対しては、しかるべき人を介し、皇太子妃ウンヌンはあり得ませんと、ハッキリお伝え申し上げてあるのです。もとより、それは御所から特別の意思表示がおありだったというわけではありません。が、マスコミであれだけ騒がれてしまっては、やはりキチンと
しなければならない。雅子は公務員の卵でもありますし、一人前に任官するまでは結婚は考えないということで両親とも一致したことだったのです」
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h22-0604.html
「週刊新潮」(平成22年6月10日号)の記事について
平成22年6月4日
「週刊新潮」(平成22年6月10日号)において,「イジメっ子対策で「給食に向精神薬を混ぜては」と提案した「東宮」」と題する記事に関する宮内庁東宮職としての対応は,下記のとおりです。
記
「週刊新潮」(平成22年6月10日号)の「イジメっ子対策で「給食に向精神薬を混ぜては」と提案した「東宮」」と題する記事において,「ADHDのクスリを給食に混ぜて,暴れん坊の子どもらに飲ませたらどうかと,東宮側が提案してきたんです。時期は,野村大夫のイジメ会見よりもかなり前のことです。」との記述がありますが,東宮職より学習院初等科に対してこのような発言をしたことは一切なく,またそもそも東宮御一家がこのような発言をされるということはありえません。
記事においても東宮職からの「全くの事実無根です」という回答を掲載しているものの,記事における上記の記述はあたかも事実であるがごとき誤解を招くものであり,皇太子御一家や東宮職に対する悪意ある中傷であると考えます。特に,当該記事の見出しにある『提案』は全く事実無根であり,たいへん悪質です。
宮内庁東宮職においては,「週刊新潮」編集長に対して,上記のとおり,強く抗議するとともに,速やかに訂正記事を掲載することにより,記載のような事実がなかったことを明らかにし,あわせて謝罪を求めております。
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