戦場の狼 第三部 最期の嘘

ページ名:戦場の狼 第三部 最期の嘘

<キャスト>

レイヴン:おっさん的な、お兄さん的な、熟練兵的な感じ。

ミレイユ:冷静沈着。規律や軍紀に従い判断する。

カイル:人道的な迷いが生じがち、軍紀や決まりに従いきれない。

 

<本編>

ナレーション(ミレイユ):同じ部隊の仲間を二人、意図的に銃殺した罪で、一人の兵士が本部に連行された。

ナレーション(ミレイユ):兵士の名前はレイヴン。階級は中尉(ちゅうい)。彼の行動は重大な反逆罪(はんぎゃくざい)と見做(みな)され、投獄。その後、処刑が確定していた。

ナレーション(ミレイユ):しかし処刑執行の前日。レイヴンは脱走。その後の行方はわかっていない。

ナレーション(ミレイユ):私ミレイユとカイル、そしてロッツの三人は本部の通達により、脱走兵レイヴンの捜索任務に当たっていた。

ナレーション(ミレイユ):本部の南にある森の中で発見した脱走兵レイヴンの痕跡(こんせき)を手掛かりに、ついに居場所を突き止めるに至った。

ナレーション(ミレイユ):物語の三部作目となる今回、ついに運命が動き出す……。

ナレーション(ミレイユ):歪んだ正義がまかり通る、想いの交差の先に待つものとは……

0:(少し間を開けます)

ミレイユ:……間違いない、ここにレイヴンが潜伏していたはず。

カイル:やったねミレイユ。ここに破棄(はき)されている装備品は、確かにレイヴン中尉が装備していたもの。間違いないよ。

ミレイユ:ロッツには本部に報告書を持って帰ってもらった。あとは、私とカイルで終わらせよう。

カイル:終わらせる……って、レイヴン中尉の姿はここにありません。離れた場所にいる可能性も。

ミレイユ:いや。終わらせるのはこの茶番だ。

カイル:え?

0:困惑するカイル。ミレイユはそっと、銃を取り出し、カイルに向けた。

ミレイユ:さようなら。カイル。

カイル:み、ミレイユ。そんな冗談、笑えない。なぜ私に銃を向けているんだ?

ミレイユ:私たちは誇り高い王国軍人。そうよね?

カイル:何を言って……

ミレイユ:そう。……ごめんなさいカイル。

カイル:ミレイユ?言っている意味が、全く分からないよ。何を言ってるの?

レイヴン:悪く思わないでくれ。

カイル:レイヴン中尉!!

レイヴン:ミレイユ、あんたも道化(どうけ)を演じてくれて、感謝する。

ミレイユ:私はあなたの命令に従ったわけではありません。自分の意志と祖国の作戦に従っただけです。

カイル:待って、待って!……何を言っているの、レイヴン中尉、それに……ミレイユ!

ミレイユ:頭の悪いあなたが今日まで生きられたこと、それを人は奇跡と呼ぶの。

レイヴン:ようカイル。久しぶりだな。あの日以来か?

カイル:……ミレイユ、状況を説明して……。

レイヴン:おそらく、あんたの思考回路じゃ状況を理解することはできないぞ?

ミレイユ:いいわ。真実を教えてあげる。最期(さいご)にね。

ミレイユ:私は最初から王国軍人なんかじゃない。私は帝国軍のスパイ。ずっと、入隊前からね。

カイル:そんな……同じ街で育ったじゃないか、同じ士官学校(しかんがっこう)に通って、同じ日に卒業して!同じ日に……本部に配属になった!そうでしょうミレイユ!

ミレイユ:そうね。それがあなたとミレイユの歩んだ正しい記憶なのかもしれない。

カイル:何を言ってるんだよ、訳がわからないよ!!ミレイユ!!

ミレイユ:あなたが共に過ごしたミレイユは、私の双子の姉だ。

カイル:はっ…?!

ミレイユ:私たちは、貧しい村で生まれた。王国領内で生まれたが、私の親は帝国人だった。あまりにも貧しかった我が家は、生まれた子供の片方を帝国に売り渡すことでなんとか飢え(うえ)を凌(しの)いだ。

レイヴン:それが彼女、ミレイユの妹だった。

カイル:そんな……!

ミレイユ:幼くして帝国軍に売り渡された私は、双子の姉が士官学校を志願したことを知った。ほどなく、私の両親は国の裏切り者として処刑されたらしいわ。

ミレイユ:帝国人のくせに王国領内に住み、娘を士官学校に入れたなんてことが知れれば当然よね。

ミレイユ:そして帝国軍人に育てられた私は、ある作戦に駆り出された。

カイル:……嘘…だ。

ミレイユ:私は姉を、この手で抹殺した。士官学校に通う姉をね。もちろん、完全に姉の記憶に成りすますことは困難。だから私は決めたの。

ミレイユ:『無口に徹する、必要ない会話は興味がないと言い通す』と。

カイル:だから……急に、街での思い出の話をしたら不機嫌になったり、今の私には関係ないとか言ったり、したっていうのか……

ミレイユ:完全に姉に成りすますことができた私は、そのまま士官学校を首席で卒業し、本部の人間となった。そして、帝国軍に情報を受け渡していた。

カイル:つまり、士官学校に入る前に街で一緒に過ごしていたミレイユは、もう……。

ミレイユ:頭が悪い人。全て説明しなければ理解に至らない。教えてあげるわ。そう、私が姉を葬(ほうむ)った。躊躇(ちゅうちょ)などない、だって私は捨てられ、姉はのうのうと生き残ったのだから。

レイヴン:そんで、俺はミレイユになりきったミレイユの妹ちゃんから情報を得て、そして帝国軍に伝える役割を担っていた。俺もスパイってわけ。

カイル:二人とも、帝国軍人……!?

ミレイユ:ええ。

レイヴン:村に俺を捕まえに来ただろう?あの時、本当は同じ帝国軍の仲間であるミレイユと茶番をするのも大変だったんだぜ?

カイル:嘘だ、嘘だ嘘だ!ミレイユが、ミレイユじゃないなんて……!

ミレイユ:気付かないカイル、あなたがバカだっただけ。私はそうして帝国軍へと安全に情報を届けることができた。感謝している。

カイル:し、しかし、それならなぜあの日、情報の橋渡しをしていたレイヴン中尉を捕らえたのか、辻褄(つじつま)が……

ミレイユ:あの任務で私がレイヴンを連れ戻す派遣員として選ばれたのは計算外だったけど、かえって好都合だったわ。私はレイヴンを投獄する時、一緒に手錠の鍵のスペアを渡すことに成功した。

レイヴン:冷や冷やしたぜ。このまま本当に処刑されちまうんじゃねえかって、な。

ミレイユ:もちろん、鍵が渡せなくても私がなんとでも脱走の手助けをすることはできた。

ミレイユ:ロッツにもヒントを与えたのだけど、気付かなかったわ。「もしかしたら内通者がいるかも」って言ってみたんだけどね。みんな信じていたの。愚(おろ)かね。

カイル:それで、ここまで全てオープンにしたということは、私はここで殺されるということでしょう。二人はそのまま帝国軍に戻るということでしょうか?

レイヴン:今回、本部がある程度俺とミレイユの行動に感付いていた可能性があった。もちろん二人とも直接言われたわけじゃねえ。が、俺の鼻はそういう空気を嗅(か)ぎ取った。

ミレイユ:だから今回の捜索任務には自分から志願させてもらった。レイヴンとの合流ポイントもある程度は決めてあった。

カイル:その合流ポイントを確認するために、私がレジスタンスのレインに銃を向けられている時にミレイユは居なかった……?

ミレイユ:そうよ。別件で離れていたといったでしょう?合流ポイントが見つかった、それだけのことよ。

カイル:……いまだに信じられない。

ミレイユ:私は私を捨てた親と、幸せに育った姉に復讐したかった……それだけ。

レイヴン:おっと。補足しておくぞ。全部が嘘だったわけじゃねえ。あの村が俺の故郷だって話は本当だ。そして、俺の育った村の女に乱暴をした王国軍人が許せず、二人の王国軍人を撃ち殺した動機も……真実だ。

ミレイユ:その勝手な行為が、今回の一連のトラブルにつながった。レイヴンには反省してもらう必要があるわね。

カイル:森の中で出会ったレジスタンスのレインという女性が、レイヴン中尉が助けた女性の妹だったそうです。感謝したいと、伝えたいと、言っていました。

レイヴン:ほう。世間は狭いね。

ミレイユ:……理解できたかしら、その残念な頭でもわかるよう、砕いたつもりだけど。

カイル:理解はできた。ミレイユは士官学校に入学してすぐ、妹と入れ替わって始末されていたこと。二人はスパイだったということ。そして……今回の脱走劇は二人の画策(かくさく)だったということ。

レイヴン:素晴らしい理解力だ。その通りだよ。

ミレイユ:今回、ロッツに持たせた報告書にも細工がしてある。レイヴン発見、しかしレイヴンが暴走しミレイユ並びにカイルは戦死。レイヴンの捕獲に失敗しロッツ敗走。

カイル:そんな……ロッツはその事実を知らない、報告書通りに受け取られれば、ロッツもタダでは済まない!

ミレイユ:それが狙いだもの。本当にお人好しで、頭の悪い奴。見ていて吐き気がする。

カイル:嘘だ。士官学校の途中で入れ替わっていても、それから今日まで過ごしてきた日々はミレイユじゃなかったとしても真実だったはず。

ミレイユ:私はスパイ。それくらいの演技はできるし、私情は挟まない。情など、生まれない。私にあるのは恨みと憎しみ、それだけ。

レイヴン:時間がない。報告書を見たら本部の奴ら他の兵士をここに派遣するかもしれん。

ミレイユ:さようならカイル。今まで私たち帝国軍の舞台で踊ってくれてありがとう。

カイル:そんな……ミレイユ、ミレイユ……じゃ、ないのか…そうか、でも……本当はミレイユなんだろう?レイヴンや帝国軍に脅されて、そんな嘘をついて、本当はミレイユはミレイユなんだろう?

ミレイユ:しつこい。

カイル:私は、いや……僕は信じない!信じるものか!これまで一緒に過ごしてきた日々が全て嘘だったなんて……到底(とうてい)……受け入れられないよ……。

ミレイユ:……カイル。

カイル:ミレイユ……嘘だって、言ってよ。

レイヴン:泣かせるねえ。

ミレイユ:レイヴン。先に行っていて。例の場所で落ち合おう。私はカイルを始末しなければならない。

レイヴン:情だけは、何の価値もない、わかっているな?

ミレイユ:……早く行って。

レイヴン:へいへいお姫様。

0:レイヴン去る。少し間を開ける。

ミレイユ:カイル。受け入れられないのはお前の甘えだ。

カイル:ミレイユに双子の妹がいるなんて知らなかった。事実だとは思えない。

ミレイユ:現実を受け入れる強さや、感じることができる直観力があれば、もっと長く生きられたかもしれない。

カイル:信じてる。まだ、信じてるから。

ミレイユ:さようなら。

カイル:嘘だって……言ってよ……ミレイユ、ミレ…うぐぅう!!(額に銃弾を撃ち込まれる)

ミレイユ:……十六時、四分。(じゅうろくじ よんふん)

ミレイユ:ターゲットの額(ひたい)に銃弾二発を撃ち込み、抹殺完了。痛み無く死ねたでしょう?サイレンサーのおかげで森の獣も騒がずに済んだ。

ミレイユ:……カイル。

ミレイユ:いや。私は私情を挟まない。ここは戦場、私情は荷物になるだけだ。

ミレイユ:……っ。

0:ミレイユ、涙を流す。

ミレイユ:本当に好きだった。カイル、本当にごめんなさい。

0:間を開ける。

ミレイユ:ありがとう、さようなら。カイル。私の最愛の人。私を……アイリスを、人として見てくれた、最初で最後の人……。

ナレーション(レイヴン):カイルを始末したミレイユはその後、レイヴンと待ち合わせのポイントで合流。そこからの行方はわかっていない。

ナレーション(レイヴン):ロッツは報告書の内容と自分の知っている内容が大きく相違していたために、軍部で物議(ぶつぎ)を呼ぶこととなった。

ナレーション(レイヴン):ミレイユとカイルは、任務中の死亡と判定された。

 

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