太平洋戦争

ページ名:太平洋戦争

太平洋戦争

洋上を航行する聯合艦隊

戦争

第二次世界大戦

年月日

1941年9月11日 - 1944年

結果

大日本帝国側の勝利。英米との条件付き講和。

交戦勢力

勢力1

枢軸国
  • 大日本帝国
  • 満州国
  • 蒙古国
  • ビルマ国
  • タイ
  • 自由インド

勢力2

連合国
  • アメリカ合衆国
  • グレートブリテン及び北アイルランド連合王国

(及びその植民地)

  • オランダ王国
  • カナダ王国
  • オーストラリア
  • ニュージーランド
  • 英領インド帝国
  • フランス共和国

(及びその植民地)

指導者・指揮官

指導者・指揮官1

”枢軸国”
  • 昭和天皇
  • 東條英機
  • プレーク・ピブーンソンクラーム
  • スバス・チャンドラ・ボース

指導者・指揮官2

”連合国”
  • ウェンデル・L・ウィルキー
  • ジョージ6世
  • ウィンストン・チャーチル
  • ジョン・カーティン
  • ピーター・フレーサー


目次

開戦まで

40年大統領選挙でルーズベルトに勝利したウィルキーは国内支持を磐石にすべく、日中戦争を終えて拡大傾向にあった大日本帝国に強硬外交政策をとる。戦争を回避したい日本と戦争をしたいアメリカの互いの思惑は平行線をたどり続け、遂に41年8月14日にアチソン・ノートを突きつけた。これは『中国からの撤兵』『中国における治外法権と租界の放棄』『最恵国待遇を基礎とした日米間通商協定』『日独伊三国同盟の破棄』などを求める内容の条文であった。

無論、この要求を受け入れるわけにもいかず、同年9月11日に対米宣戦布告と共に『あ号作戦』が発令された。同作戦では7つの作戦を包括しており、フィリピン攻略を目的とした『M作戦』、グアム島攻略を目的とした『G作戦』、マレー攻略に主軸の置かれた『E作戦』、蘭領インド攻略を目的とした『H作戦』、香港島の制圧を目指した『C作戦』、ビスマーク諸島の航空基地確保に向けた『R作戦』、英領ボルネオの攻略を目的とした『B作戦』に分かれる。

綿密に寝られた作戦は順調に進み、13日にはグアム、16日には香港が陥落し、11月20日には蘭印のバリクパパンに陸戦隊が上陸した。11月26日のフィリピンのマニラ陥落と共に西太平洋における制海権は日本側が握っていた。

南鳥島沖での艦隊決戦

予想を超える日本軍の快進撃に焦りを感じた合衆国大統領ウィルキーは合衆国艦隊司令長官であるアーネスト・キング元帥に『オレンジ計画』の前倒しを要求した。しかし、キングは恐慌により建艦プランの遅延と人員不足、艦隊練度が規定水準に達していない事などを列挙し、大統領の意見を突っぱねた。だが、聞く耳を持たない大統領に折れ、真珠湾にいる太平洋艦隊に日本近海での艦隊決戦を命令する。

艦隊司令長官であったハズバンド・キンメル大将は上層部の決定に意見できず、11月29日に太平洋艦隊を西へ向けた。本艦隊は第三艦隊と第七艦隊に分かれており、第三艦隊は小笠原諸島、第七艦隊は南西諸島方面からの進撃を行った。心許ない戦力ではあるものの、日本海軍の各個撃破と近海における敗北で継戦意欲を削ぐのが作戦の主眼であった。そして12月7日、グアム島近海を哨戒中であった伊168潜水艦が航行中であった米太平洋艦隊を捕捉し、聯合艦隊へ打電。

アメリカが艦隊決戦を挑んでくることを予見していた山本長官指揮の元、横須賀と呉から一航戦、二航戦、五航戦を主力とした南雲機動部隊と戦艦大和、武蔵を主力とした古賀打撃部隊が迎え撃つべく出撃する。8日深夜2時頃、南雲機動部隊の夜間偵察機が南鳥島沖にて航行中の米太平洋艦隊を見つけ、奇襲に近い形で航空隊を送った。夜中の攻撃であった為、対応が遅れ、ウエストバージニアやメリーランドを始めとした戦艦6隻を失う。キンケイド中将は旗艦オクラホマから退艦し、軽巡洋艦ロウリーへ移動。体制を立て直す為、ウェーク島までの撤退を決定し、南西方面へ向かっていたハルゼー率いる第三艦隊にもその旨を連絡した。

しかし日の上がった午前9時頃、古賀艦隊所属の重巡最上から発進した零式水観に再び艦隊を捕捉され、大和型によるアウトレンジから集中砲火を浴びた。夜間奇襲により半壊状態であった艦隊に応戦する力はなく、同日正午をもって第七艦隊はウェーク島への帰投も叶わず壊滅した。

一方の第三艦隊は大東島沖から反転して11日にウェーク島に入港するも、同環礁の施設で艦隊の管理を行うことは難しいと判断され、翌12日にハワイ真珠湾へ更に後退する。南鳥島沖海戦の戦果にキンメル大将は責任を取って辞職、後任にはチェスター・ニミッツ中将が就任した。ニミッツはオーストラリアとのパイプラインを米海軍のアキレス腱と称し、ハワイ、バヌアツ、ブリスベンを結ぶ防衛ラインを提唱した。これは補給事情を鑑みて、これを超える戦線と維持は日本軍には不可能であるという知日家としての一面を持つニミッツならでは計画であった。

マレー沖海戦


南鳥島での勝利の裏では山下奉文将軍指揮下でマレー攻略を目指す『E作戦』が行われていた。

FS作戦


ハワイ沖海戦


西海岸空襲

時系列

日付出来事解説
1941年 2月12日米国連合国加盟アメリカ合衆国が当時のウィルキー大統領による対日強硬政策もあり、連合国に加盟した。これは米国における 第二次世界大戦 の参戦につなげた。
1941年 6月30日日米交渉開始日本による開戦回避を目的とした日米の交渉が始まった。結果的に交渉は決裂。日米開戦を加速させた。
1941年 8月14日米国最後通牒米国が日本に対し、これ以上の太平洋における拡大を阻止すべくアチソン・ノートを日本に送った。しかしこれはほぼ日本との開戦を想定したものであり、

日本にとって到底容認できない内容であった。これを日本は拒否。太平洋戦争開戦の決め手となる。

1941年 8月31日南部仏印進駐日本は、連合国の中国大陸への補給ルートを遮断するため、ヴィシー政府フランスの協力のもとベトナム南部へ進駐した。これにより、米国の日本への禁輸

措置が下る。

1941年 9月11日太平洋戦争日本は米国の最後通牒アチソン・ノートを拒否し、これ以上の交渉は不可能と判断。米国に対し宣戦布告した。
同日あ号作戦太平洋戦争における日本のマリアナ方面の海上戦闘を想定した作戦が発令される。これは日本側の成功に終わり、英領マラヤ、蘭領東インド等の太平洋諸島

を連合国は失うこととなる。

1941年 9月13日グアム島制圧日本は1941年9月11日から侵攻を始めたグアム島を制圧した。
1941年 9月16日香港制圧イギリス領の香港が日本によって制圧した。日本近海における重要拠点を開戦直後に失い、今後連合国は日本に苦しめられることとなる。
1941年 10月2日ダバオ陥落日本はフィリピン攻略の前哨基地としてフィリピン南部の都市ダバオに上陸した。連合国側はフィリピン北部からの上陸を想定しており、日本のフィリピン

攻略を容易に進めさせる原因の一つとなる。この戦いの成功により、日本は太平洋諸島の中心地点を確保。今後の南太平洋攻略に多大な影響を与える。

1941年 11月10日蘭印作戦-
1941年 11月20日バリクパパン上陸日本は、ボルネオ島の攻略を目的としてバリクパパンに上陸した。
1941年 11月26日マニラ陥落ダバオ陥落後、日本軍はフィリピン攻略を目指し北上。2ヵ月弱でフィリピン首都マニラを陥落させた。フィリピン政府は戦闘継続を表明するも、すでに

組織的抵抗及び戦闘継続能力はなく、フィリピンは日本に敗北したといえる。

同日タイ王国の枢軸加盟タイは、日泰攻守同盟条約のもと枢軸国へ加盟した。その後タイ王国は対連合戦にも参戦する。
1941年 12月1日アンボン制圧日本は蘭領東インドのアンボンの攻略を開始。制圧した。
1941年 12月8日南鳥島沖海戦山本五十六長官率いる南雲機動部隊、古賀打撃部隊が米国主力艦隊と接敵。大和型戦艦によるアウトレンジ戦法もあり、日本海海戦以来の日本の大勝で幕を

閉じる。これにより米国の太平洋艦隊はほぼ完全に壊滅したといえる。

1941年 12月10日マレー沖海戦日本海軍と英国東洋艦隊の海戦。日本の勝利で終わる。
1941年 12月15日コレヒドール陥落フィリピンは最後まで抵抗を続けたものの、コレヒドールの陥落によりついにジョナサン・ウェインライト中将が捕らえられる。
1941年 12月19日バリ島の戦い日本軍はバリ島の攻略を開始。一時米国海軍艦隊の攻撃を受けるが、バリ島沖海戦の勝利を受け、上陸に成功した。
1941年 12月24日バタビア沖海戦ジャワ島の制圧のためバタビア沖を航行していた日本軍船団を米国艦隊が攻撃。海戦に突入した。しかし、日本海軍の反撃をうけ敗北した。
同日ジャワ島制圧日本はジャワ島を制圧した。バタビア沖海戦における米国艦隊の妨害があったものの、日本海軍の防衛により制圧は無事成功した。
1941年 12月25日フィリピン降伏宣言数ヵ月にわたり日本軍と戦闘を繰り広げたフィリピンであったが、ついに米国のミンダナオ島での武装解除により、正式に日本に降伏した。大戦中、本土で

はこの出来事をアジア解放を謳う日本への皮肉を込め、「リストレイント・クリスマス(束縛のクリスマス)」と名付けた。

1941年 12月26日クェーク島制圧同年12月11日から始まっていたクェーク島攻略作戦で、クェーク島は日本軍により制圧された。
1941年 12月28日蘭領東インド降伏


特に記載のない限り、コミュニティのコンテンツはCC BY-SAライセンスの下で利用可能です。

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。


最近更新されたページ

陣営一覧

ここでは、複数の国家の集合体(組織)を一覧化している。目次1 軍事・安全保障組織 軍事的な連携を目的としたより硬い国際組織2 経済連携組織経済的な連携を目的とした比較的緩い国際組織3 共通された目標を...

重慶軍閥

重慶軍閥正式名称中華民国略称重慶閥タグCHO公用語中国語首都南京(事実上:重慶)国家元首孔 祥熙政府首班孔 祥熙政府思想-与党中国国民党人口-人成立1912年1月1日所属陣営中華統一戦線重慶軍閥は、反...

製作メンバー

製作メンバー[]※製作メンバーにおける主要管理人のみ管理人[]にっしんGB副管理人[]T75_kareraisuア無理・ロイせつなれいんらぺ會長んしゅぱらコーディング部長[]んしゅぱらシナリオ製作部長...

自由フランス

自由フランス正式名称フランス共和国略称自由フランスタグFFR公用語フランス語(名目上)首都ブラザウィル国家元首シャルル・ド・ゴール政府首班シャルル・ド・ゴール政府思想権威民主主義与党-国家解放委員会人...

略史

1900年-1910年1911年-1920年1921年-1930年1931年-1940年1941年-1950年1941年9月11日~1943年6月15日 太平洋戦争1941年6月22日 ヴァ―モンド作...

独ソ戦

独ソ戦戦争第二次世界大戦年月日1941年6月22日~1947年5月28日結果連合国の勝利交戦勢力勢力1連合国ソビエト社会主義共和国連邦グレートブリテン及び北アイルランド連合王国フランス共和国アメリカ合...

無政府主義

無政府主義は、一切の権力を否定し個人とその集団の自由を全く拘束することの無い社会を実現しようと主張する政治思想である。目次1 思想1.1 ・経済構造1.2 ・分派2 サブイデオロギー思想無政府主義の主...

満州国

満州国特に記載のない限り、コミュニティのコンテンツはCC BY-SAライセンスの下で利用可能です。...

沙桑羅問題

沙桑羅問題(しゃさろもんだい)は、カリフォルニア州連合の国家承認や大日本帝国の責任、アメリカ西海岸におけるアジア人による人種差別問題といったカリフォルニア州連合による様々な国際問題の総称。第二次世界大...

欧州基本条約

欧州基本条約署名1950年8月5日署名場所ソ連 モスクワ発効1951年1月1日寄託者ソビエト社会主義共和国連邦政府内容第二次世界大戦、特に独ソ戦後における欧州の在り方に関する基本的な条約欧州基本条約は...

横浜講和条約

横浜講和条約署名1946年7月15日署名場所日本 横浜発効1947年1月1日寄託者大日本帝国政府内容第二次世界大戦における連合国と大日本帝国の間の平和条約横浜講和条約は横浜で開かれた横浜講和会議で正式...

横浜講和会議

横浜講和会議条約横浜講和条約期間1946年5月1日~7月13日日本側代表吉田 茂連合国側代表ジョン・フォスター・ダレス目的横浜講和条約の締結横浜講和会議は、太平洋戦争を正式に終結させるために横浜で開か...

核開発史

このぺージでは、この世界ではどのように核開発が行われたかを解説する。目次1 ・米国の核開発と戦後1.1 -マンハッタン計画2 ・核開発競争2.1 -ソ連の核開発成功2.2 -ソ連の水素爆弾開発の成功・...

東トルキスタン社会主義共和国

東トルキスタン社会主義共和国正式名称東トルキスタン社会主義共和国略称東トルキスタン所属陣営オムスク条約機構目次1 歴史2 政治3 軍事4 経済5 その他6 関連記事歴史政治軍事経済その他関連記事オムス...

日本=オホーツク海問題

日本=オホーツク海問題は、日本海、オホーツク海における日ソ間の勢力圏拡大による対立抗争及びそれに関連した紛争である。目次1 経緯2 紛争2.1 紛争・事件一覧3 影響経緯第二次世界大戦後、日ソは両国を...

日ソ冷戦

冷戦戦争冷戦年月日1946年~(諸説あり)交戦勢力勢力1大東亜共栄圏・大日本帝国勢力2オムスク条約機構・ソビエト社会主義共和国連邦指導者・指揮官指導者・指揮官1大東亜共栄圏・大日本帝国指導者・指揮官2...

広域アジア連携会議

広域アジア連携会議場所日本 東京期間1945年10月10日~11月10日主導大日本帝国参加国-目的アジア共同条約の締結(大東亜共栄圏の形成)広域アジア連携会議は、大日本帝国が主導し東京で開催されたアジ...

宇宙開発史

ここでは、50年代以降から開発が急速に進んでいる宇宙開発の歴史について解説している。宇宙開発力においては、ソビエト社会主義共和国連邦が最も高く、次いで大日本帝国、イギリスと続く。目次1 ソ連の宇宙開発...

太平洋戦争

太平洋戦争 洋上を航行する聯合艦隊戦争第二次世界大戦年月日1941年9月11日 - 1944年結果大日本帝国側の勝利。英米との条件付き講和。交戦勢力勢力1枢軸国大日本帝国満州国蒙古国ビルマ国タイ自由イ...

大洋州総督府

大洋州総督府正式名称大洋州総督府略称豪州/大洋州タグAST公用語豪州諸語/日本語/英語首都キャンベラ特区国家元首西村祥治政府首班西村祥治政府思想-人口996万人成立1945年9月3日所属陣営大東亜共栄...