新型雁木のすべて

ページ名:新型雁木のすべて

タイトル:新型雁木のすべて
著者:稲葉陽
出版年:2018年
1.この本を読んだ経緯
先日『規格外の新戦法 矢倉左美濃急戦』を紹介しました。著者はこれで居飛車党になったのですが、当然ながら左美濃だけで戦えるわけはありません。特に先手が矢倉を志向しつつも左美濃の狙いを見切って早めに2五歩を決めると急戦策はあきらめざるを得ません。そうした際、筆者はひとまず矢倉を指していました。
それで勝ったり負けたりを繰り返していると、後手をもったある時、不思議な序盤に出会いました。▲7六歩~▲6八銀~▲6六歩を決められたので矢倉を疑ったのですが、先手は7七銀ではなく▲6七銀と上がったのです。続いて▲7八金~▲5八金と上がったから、振り飛車というわけでもない。恥ずかしながら当時筆者は雁木囲いの存在を知らず、オリジナルの囲いだろうか、と疑うのみでした。
竜王戦第二局にて先手をもった渡辺竜王が矢倉に構える一方で、羽生棋聖が雁木に構えたのを見て、この囲いが将棋界で流行しているのを知ったのはそれから間もなくのことです。「矢倉は終わった」との言葉を聞いていた筆者は、この囲いが矢倉にとって代わる囲いなのか、と思い自分でも指すようになりました。
とはいえ、2017年になって流行した囲いですからプロ間ですらいまだにどう定跡を整備していくかを模索している段階です。どうやって仕掛けたらいいか、どうやって守ったらいいか、ということはアマチュアにはまだまだいきわたっていません。結局勝つ時は相手の悪手によって勝ち、負けるときは受け方を知らずに負ける、といった具合です。この本を読んで基本的な狙いや指し方を勉強することにしました。


2.著者稲葉陽さんについての紹介

稲葉八段は居飛車党本格派の棋士です。関西では豊島二冠や糸谷八段、村田六段とともに将来を嘱望される棋士として早くから注目されており、デビューから翌年には棋聖戦の挑戦者決定戦に進出しました。
A級にも27歳で昇級、そして一期目で名人挑戦権を獲得するという快挙を成し遂げます。七番勝負では2-4で挑戦に失敗したものの、他の棋戦でも確実に勝ち星を重ねているため、遅かれ早かれタイトルを獲得することが期待されます。
また、兄の稲葉聡さんもアマチュア強豪として知られており、加古川青流戦で優勝するなど兄弟ともに棋士としての才能に恵まれたといえるでしょう。

3.本の構成 (目次そのまま書いてください)
序章 雁木戦法とは
第一章 角換わりからの雁木
第一節 ▲8八銀型
第二節 ▲6八銀型
第二章 横歩取り拒否からの雁木
第三章 後手振り飛車模様からの雁木
第四章 実践編
第一局 飯塚祐紀七段戦
第二局 深浦康市九段戦
第三局 斎藤慎太郎七段戦
第四局 深浦康市九段戦
第五局 瀬川昌司五段戦
第六局 豊島将之八段戦
第七局 永瀬拓矢六段戦
第八局 豊島将之八段戦
第九局 行方尚史八段戦
第十局 広瀬章人八段戦
コラム1 酒の話
コラム2 合宿
コラム3 四枚落ちからの雁木
コラム4 二枚落ちからの雁木

4.読んだ感想

序章では従来の5三銀型雁木がなぜ指されなくなったのか、そして新しい63銀型雁木はなぜ指されているかの梗概が記述されています。
従来の雁木は下図のように4五歩を突くことで角筋を通し、二枚の銀で攻めていく戦術ではありましたが、この位取りの歩が一方では負担になりやすい戦術でもありました。

95年の棋王戦では雁木に組んだ羽生名人に対し、森下八段は▲7九角△6四銀▲4六歩△5五歩▲4七銀と4六の地点に駒を集中させつつ咎めに向かっています。矢倉に対し短手数で組める雁木ではありますが、このように自ら作った隙をうまく突かれると苦労が多くなってしまう戦術でもありました。
これに対して6三銀型雁木は、駒組段階で4五歩を突く必要はありません。駒組にかかる手数は変わらない一方で従来の5三銀型に比べバランスがよく、金銀の連結もしっかりとしているので将棋ソフトが好んでおり、後にプロ棋士たちも採用したという経緯があります。
では、この形でどう攻めていけばいいか、という疑問に答えるのが第一章です。

 

角を働きやすくするために5四歩を突いておくタイプの雁木もありますが、先手がこのように4手角で構えているからには5三の歩はそのままにしておき、5四銀型に構えるのがベターと本書では述べられています。先手は争点を作らないために6六歩を保留していますが、それでも△7五歩▲同歩△6五桂▲6六銀△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8四飛と仕掛けていきます。

このようにポイントを稼いでから▲7三桂△4二金右▲8八玉△2二玉▲2九飛と駒組をし直していくのが雁木を指しこなすコツのようです。雁木囲いで玉をどこに置くか、というのは難しい問題ですが、この場合戦いが後手の右辺で開始されているので、何かの時のために飛車を切ってもいいよう玉を入城しておくのは理にかなっているといるでしょう。2筋も角によって飛車先が重いのですぐに玉頭が攻められることはありません。

玉の周りを安全にしておいたら△9五歩と仕掛け直します。以下▲同歩△4五歩▲同歩△86歩▲同歩△同飛▲8七歩△6六飛▲同歩△同角▲9七玉△5七桂成▲7七金右△5六桂右となって後手十分です。

大駒が二枚とも相手に渡りそうではありますが、後手玉は堅く、先手の飛車角が働いていないことを考えると攻め切る力さえあれば雁木が勝ちやすい展開といえるでしょう。
その後矢倉側が飛車先交換をしつつ角を捌く手順が検討されますが、矢倉に比べて雁木はバランスが良く角の打ち込みに強いことが検討されていきます。かといって角をさばかずに駒組を重視すれば、手数のかかる矢倉に比べて雁木は先攻しやすいので優位に立ちやすいと結論付けられています。


矢倉を念頭に8八銀で角換わりに備えるとかえって相手の思うツボになりかねません。こうした背景から現在では角交換に備えるために6八銀型が採用されやすくなっています。第二節ではこの形が検討されていきます。

そこから先手が相雁木に組むのも一局ですし、本書では後述するようにその形も検討されているのですが、先手から打開するのが難しいので最近では流行当初より相雁木は指されない傾向にあります。
では雁木対策として何が用いられているかといえば早繰り銀です。本書では実戦例が少ない、と記述されていますが、現在では雁木崩しの定番となり雁木を減少傾向に至らせています。

上図のように▲3七銀と構えられると先攻されやすくなるため、後手も囲いにかける手を省き△7四歩と突かざるをえません。しかしここで4六銀ではなく、▲3五歩といきなり仕掛ける筋が紹介されています。
同歩では先手の攻めに勢いがついてしまうので△7三銀が最善手です。以下▲3四歩△同銀▲3八飛△4五歩▲7九玉△4三銀▲5九金△6四銀となれば先手の飛車と銀が抑えられる上に右銀が角頭をにらんでいるので雁木が戦える展開にはなります。しかし攻めの主導権は先手にあるのであの手この手でポイントを稼がれると4四歩と角道を止めている手がマイナスになってしまいやすくなります。
雁木を採用する際にはこの点を考慮に入れながら指していく必要があるでしょう。

 

先手が速攻策を採用しても思わしくないと見ればやはりこちらも雁木に組まざるを得ない、ということで紹介されるのが第三節の相雁木です。

先ほども述べたように▲4七銀―△6三銀型の同型にこだわると安定した戦いができる一方で打開しづらいというデメリットがあります。
本書では先手がうまくいく変化が紹介されていますが、後手の反撃の余地もあるので、指しこなすのは難しそうだという印象を受けました。通常同型の将棋は先に指せる先手が良しとしたものですが、以前紹介した『相掛かりの新常識』と同様、現代将棋においては先に仕掛けるほうが難しくなる傾向にあるようです。
ということで筆者は雁木においても早繰り銀を採用する形に注目しました。

この場合後手は形にこだわらず△4二角▲4六銀△3三金と構えるのが良いようです。3三金は形が悪いようですが、銀の進出を食い止めやすくなり、その間に後手の攻めの体勢を整えられるメリットがあります。今回は紹介しきれませんが、雁木においては5二の金を4三に置く変化もあり、完成した形にこだわらず局面に合わせて柔軟に囲いを変化させていく発想が必要となりそうです。
先手はこの3三金があるので一枚の銀だけでは攻め切れません。ということで紹介されるのが5四銀と左銀を繰り出す形です。

これによって早繰り銀封じの定番である4五歩を封じつつ厚みをもった攻撃を繰り出すというのがこの戦法の骨子です。近年は横歩取りや相掛かりに代表されるような中住まい系の左右にバランスの良い駒組みが好まれる傾向にあり、かつてのように手数をしっかりかけて囲う将棋は少なくなりつつあります。
雁木はその中で数少ないしっかりと囲う戦法といえますが、このように囲いを変形させて守ったり、守りの銀を攻めに繰り出す変化を見せられるとやはりこの戦法もまた現代将棋の一種であるのだと実感しました。


現在プロ棋士の中で雁木流行のメリットを最大限に活かしているのは、もしかしたら居飛車党ではなく振り飛車党なのかもしれません。
というのも初手から▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲4八銀△4二銀▲2五歩△3三角▲6八玉△4三銀と組むと、先手の手に合わせて雁木にも振り飛車にも移行できる形になるからです。最近ではネット将棋でもこの形のオープニングをよく見かけるようになりました。
第三章ではこの形が検討されていきます。飛車を振られるならともかく、▲8四歩と突かれたときに先手としては左銀をどこに置いたらいいかは悩ましくなるところです。7八銀とすれば美濃囲いになり玉もスムーズに8八に置けますが、一方で飛車と正対するため若干嫌な形ではあります。
ということで本書では7八銀型と合わせて8八銀型が紹介されます。

左辺が壁になっていてこれはこれで嫌味ではありますが、右からの攻めは二枚の金で守っていますし、8筋もしっかりと守られているので見た目よりは玉の安全度は高いといえるでしょう。攻めの方針はやはり早繰り銀です。
早繰り銀に対して後手は角を捌くことが重要になりますが、ここでネックになるのが角を捌くと、先手の左銀の壁がなくなってしまうということです。

このように上部を攻めつつ陣形を吊り上げ、交換してもらった角を打ち込む展開になれば、角交換に強いはずの雁木といえど苦戦を強いられます。一方、先手の陣形は低く保たれていますので角の打ち込む隙がありません。
この戦型もまだまだ開拓しきれていない部分はありますが、プロでの実戦例も徐々に増えているので注目したいところです。


本書を読んで感じたのはまだまだ雁木は試行錯誤の段階にあるということです。本書の後半では稲葉八段の実戦例が10局も載せられていますが、どうやって仕掛けるのか、どうやって守るのか、といったことを苦労しながら考えて指していたと率直に記されています。
最近ではネットでも矢倉が減り、雁木が増えつつありますがプロ棋士ですらこのような実感を抱いている以上、アマチュアにはなおさら指しこなしづらい戦型なのではないでしょうか。一見しっかりと固めて安定した中盤戦を戦えるではないかと思えますが、駒組が整う前に攻められることもしばしばです。主導権を相手に渡しやすく受け方をしっかり身につけていないと戦えないからには、率先して採用する囲いではないのかもしれません。

とはいえ、展開に合わせて柔軟に囲いを変化していく戦法というのはなかなか魅力的です。現在は苦戦を強いられていますが、研究が進めば改めて指される可能性は十分にあるでしょう。

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