ハクセキレイの恋人3

ページ名:ハクセキレイの恋人3

 ハクセキレイの恋人(3)

 

 *   *   *

 

 結局その日の夜は私の上がり時間である20時頃にタマが復活したので、仕事を引き継いで帰ることにした。
 夕飯は社食でさっとピラフを食べて、女子寮の自室に帰るとシャワーを浴びてから髪を乾かし、習慣であるストレッチをゆっくりとしてから布団に入って眠った。

 翌朝も気持ちよく目覚め、支度を整えてスーツに着替えて営業部に出社すると――

 

「おはよう。今日から俺の仕事を引き継いでもらいたい」

 

 やなゆーに早速呼び止められ、目を丸くした。

 

「あ、わかりました」
「とりあえず朝礼は受けてからな」

 

 八時半きっかりに始まる朝礼は毎朝恒例の行事だ。直行直帰が認められている株SOU営業部において、なぜ行っているかさっぱり分からないのが玉に瑕だが。
簡単な今日の行動予定を各々発表して、最後に部長の業務連絡で締めるこのスタイルだが――。

 

「何かあるかい?」
「えっ、と……つまり、どういう?」
「とぼけなくていいよ。朝礼、面倒なんだろ?」

 

 やば、心読まれた!?
 私が勝手に焦ってると、やなゆーはククッ、と笑った。

 

「ヴィルヘルム部長って、部長ではあるけれどメカオンチなんだ」
「……それなりに文章作成ソフトは使いこなせている気がしましたが」
「MUは全社員が使えるように簡略化されてるから辛うじて使えるんだよ。寧ろ、スケジュールソフトを見れば一目瞭然だろ?」

 

 やなゆーのその茶化したような声にふふっ、と私も笑ってしまった。
 ヴィルヘルムの行動予定が記入されたスケジュールソフトは全て「在席」で埋まっており、細かいスケジュールの記載はなかった。部下にやらせるだけやらせて自分はやらないタイプの上司であることは営業部配属と同時に把握済みだ。

 

「あれは笑いましたね。そっか、ヴィルヘルム部長は機械とか苦手なタイプの人なんですねぇ」
「元々が魔王軍の将軍を勤めてたような人だ。魔法も強い世界で、切った張ったで人間を根絶やしにしてやろうと、考えてる世界からの来訪者だしな。そもそも、この社内は機械が得意な人の方が少数派だよ」

 

 やなゆーのセリフにえっ、と私は目を丸くする。

 

「千尋さんは機械文化の発達した世界出身だからピンと来ないかもしれないけれど、千尋さんの世界は比較的高いレベルの機械文化を持ってる世界だよ。普通、発達した機械文化の世界はあまりないかな」
「へぇ……ということは、メカの理屈や仕組みを知ってたらある程度は需要ありますかね?」

 

 やなゆーはキョトン、と小首を傾げてみせる。

 

「別に需要とかは考えなくてもいいと思うが……」
「いえ、お役に立てることがあったら何でもしますからッ!」

 

 食ってかかるような千尋の勢いに目を丸くして後ずさるやなゆー。

 

「待て待て落ち着け!全体の需要を考えれば確かにそうだが、MUは十分機械に疎い者でも使えるように配慮されている!」
「でも、私がその知識を身につけたら会社にとってプラスになりますよね!」
「なるかもしれないが、MUを開発した管理部門のフェルミがその役を担ってるから今のところは大丈夫だ!」


 フェルミ、という名前を聞いて思い浮かべるのは緑の毛並みを待つ少年のような獣の姿。
 確かに彼は天才的な頭脳を持っている。MUを1から創り上げたというのが間違いでなければ、私が入り込む隙間は無いだろう。


「た、確かに……」
「それに、今千尋はこの会社でも特に弱い部分……営業を担ってくれるのだから、その仕事に集中して成果を出すことが一番貢献できると言えるよ」


 営業に向いている人材が少ないということ、そもそも苛烈な営業部に兼部しようという気概を持つものが少ないというのは前に聞いたところだ。
 自分が得意なことをちゃんとすれば、きちんと会社に貢献できる。そう聞くと、嬉しくなってくる。


「わかりました。営業に集中して成果を出せるように頑張ります」
「あぁ、その意気だ」

 

 やなゆーさんは頷くと同時に、朝礼の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 

 

 *

 

 

 朝礼を終えるとやなゆーさんは缶コーヒー、私はペットボトルのお茶を片手にミーティングルームへと向かう。
 人が四人れて、パワーポイントを投射しながら打ち合わせができる程度には広い部屋にふたりきりだ。


「それで仕事の事だが……社内イベントの広報ポスターと社員向けパンフレットを作って欲しい」


 主題を伝えると共にやなゆーが鞄から取り出したのはいくつかのパンフレットやチラシである。


「凍凪杯……」


 そのパンフレットのタイトルは『第15回 凍凪杯』とあった。最近タイムリーな話題に目を丸くする私を横目に、やなゆーは次々と業務内容を説明していく。


「凍凪杯は社内の絵画コンクールを主軸とする文化祭のようなものだ。審査員は社長以下数名の絵関連部署の課長以上管理職。作品の投稿受付は枇杷の月の5日から12日までだ。そしてコンクール本番は桜の月15日。この日は全社員祝日扱いでお祭り騒ぎを楽しむ」
「へぇ……なんだか、お祭りみたいだね!」

 


 パンフを開くと最早会社というよりはどこかの芸大の文化祭のような雰囲気が漂っている。

 


「メインはもちろん絵画部門のコンクールなんだが、様々な部門があってな。合作部門とか、そもそも絵作りとは縁のない部署の社員が描いた絵が対象の部門とか、色々ある。あとは有志部署による出店とかな」
「へぇ……やなゆーさんは去年何やったんです?」
「営業部は例年大正浪漫喫茶をやってる」

 


 はら、と捲ったパンフには一昨年の凍凪杯での様子だろう。やなゆーや若手営業部のメンバーが燕尾服を流暢に着こなしてはポーズを決めて写真に収まっている。
 どこの繁華街のホストたちだと思う程度にはレベルの高いイケメン獣人達が燕尾服で接客をする様は、ちょっと私も行ってみたくなった。

 


「すっごい似合ってる! みんな格好いいじゃん!」

 

 見てくれを褒められて嬉しいのか、やなゆーの尻尾が大きく揺れる。そして、照れを隠すように「ゴホンっ」と咳払いした。

 


「今年は千尋さんも営業部の大正浪漫喫茶で即戦力として働いてもらうつもりなのでそのつもりで頼むぞ」

 

 は? と一瞬やなゆーさんを見返してから――

 


「えぇえぇぇぇぇ!? 無理無理、無理ですよ!」
「出来るだろう? 元々カフェのウェイターをしていたのだし、珈琲を淹れるのも接客も慣れたものだろう?」
「そういう意味じゃなくて……この頃の女性の格好って、確か和服ですよ!?」
「……和服、着れないのか?」
「その人間で日本人だから当然着れるだろうって変な想像を膨らませるのやめてもらえます!?」

 

 全員が全員和服を着る知識があるとは思わないで頂きたい。日本人だけど、日頃は洋服ばかりですからね?

 

「まぁ、今は着れなくてもそのうち着れるようになれば大丈夫だ。必要な資料や本なら経費で落ちる」
「その時の申請目的の欄には何を書くつもりです?」
「凍凪杯で優勝するための諸経費」
「わぁ、あながち間違ってないけれどいっそ豪快で清々する言い方!」
「優勝するとその部に金一封が送られるからな。臨時ボーナスみたいなものだし、ぼちぼち頑張り始める社員も出るころさ」

 

 無論、俺たちもそろそろ動き出すつもりだ。やなゆーは力強く頷きながら言う。
 が、私は大正浪漫喫茶を運営するノウハウは残念ながら皆無。別のところで役立てるように頑張ろう、と胸中に留めた。

 

「優勝すると、金一封かぁ……社内イベントとしては凍凪杯ってかなり大掛かりですよね」
「無論、優勝すれば社内での知名度は一気に上がるしイラストレーターとしては必死だろうさ」
「知名度、ですか?」

 

 私には社内の人気の有無にはピンとこなかった。
 が、私の何気ない発言に、やなゆーはじろりと目を剥いてくる。

 

「作家や画家ってさ、人気商売なんだよ。同じ内容で同じ力量なら人気のある人が作った作品の方が売れるんだ」
「えぇと……理屈はわかります。わかりますけれど、作家や画家って人気のためにやるものなんでしょうか?」
「その辺はさ、作家のスタイルにもよると思うぜ。『俺は何者にも囚われずに自分の面白いと思う作品を作り上げたい!』って、売れるかどうかはどうでもいい作家もいれば『自分の作品で誰かを楽しませたい』って売ることそのものを目的とした作家も居るしな」
「後者の人は読者や流行りをキャッチして作品を作っていく……ってことかしら?」
「そうすることで、読者を獲得する事ができる。知名度が上がれば上がるほど自分の作品を手にとってもらうことができるから、多くのイラストレーターにとっては名前を売るチャンスを探している。だから凍凪杯で上位に食い込むことは名を売る絶好の機会。当然みんな、この時期は一心不乱に作品に取り組むようになるのさ」

 

 創作は人気商売。そういうことを言われると、確かにそんな気がするような気もするが微妙に理解できない、腑に落ちないような部分がある。
 やなゆーの説明を聞いても、まだ噛み砕いて飲み込めない創作者としての感覚。
 そして、それは何かを作ったことがない千尋にとってなんとも理解し難い部分でもある。

 

「それで、今年のパンフレット担当の創作者たちなんだが」
「えっ、あっ、はい!」

 

 一瞬油断した瞬間にやなゆーの説明が次の段階に進んでいた。

 

「メインとなるイラストの作成に油絵課からオオバさん。タイトルロゴに文筆課から夜霧さんが担当だから、プロフィール見たらその顔合わせ行こうな」

 

 プロフィールが表示されたMUタブレットをやなゆーが差し出しすのを、私は受け取った。

 

 名前:オオバ
 種族:鳥獣人、ハクセキレイ
 年齢:40代(千尋の種族である人間換算)
 所属:創作部、油絵課
 創作物:超自然的かつ精細な絵を好み、油絵にて製作することを好む。平面的な制作物が多く、立体的な制作物は苦手。

 

 上半身を写した写真数枚に目を落とす。白と黒の美しいコントラストが特徴で柔らかそうな羽毛を持つハクセキレイは私も見た事がある鳥だということはすぐにわかった。
 20センチくらいの小さな鳥で、街中でスズメと同じような感覚で見ることができる小鳥だ。
 首から藍色のストールを羽織っており、可愛らしい表情をしている。パッと見た限り、40代にはとても見えない。
 データ曰く身長は145センチ……だいたい小学校高学年くらいの子達と変わらないくらいに物凄く小柄なヒトらしい。
 体重16キロって、え?軽すぎない?いや、鳥は飛ぶからとても軽いって知ってるけれど、実際に数値で見せつけられると驚きを隠せない。
 ま、その辺は人間だからどうしても見分けは難しいんだけれどね……。

 

「可愛いなぁ……素敵な方ですね!」
「確かに全身がもふもふしていて千尋さんから見たら抱きつきたくなる対象になるかもしれないな?」
「ちょっと、からかわないで下さいよ……」
「悪い悪い、リストくんと絡んでる姿を見るとつい、な」

 

 やなゆーさんには今のところ抱きついていない。年上の成人男性に抱きつくと痴女にされる可能性もあるし、同じ部署の間で変な噂が広がっても困る。
 一方でリストくんは年下だし学生でやなゆーさんよりも可愛らしい。もふもふされる彼自身もされて嫌な感じは出ていないから、ついついモフってしまう。本当は悪い癖だからやめた方が良いとは思うんだけれど、なかなか辞められない。

 

「彼女、結構シャイだから近づかれるだけで結構ビビっちゃうんだよ。だから、接する時は気をつけて」
「あ、はい」
「それと、変なリアクションは絶対にするなよ?」
「はい?」

 

 意味深な言葉と共に立ち上がるやなゆー。ちょっと待って、と私は慌てて広げたノートを閉じながら彼を追いかけた。

 

 (4話目に続く
 

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