ハクセキレイの恋人15

ページ名:ハクセキレイの恋人(15)

ハクセキレイの恋人(15)

 


*   *   *

 

「判子、もらってきたぞ」

 

 そう言いながら創作室に戻ってきたのはやなゆーである。

 

「はやっ!? 一体どんなマジックを使ったんですか!?」

 

 あまりにも速すぎる交渉術に思わず声を上げる千尋。
 やなゆーはあっけらかんとした表情でぴらぴらと一枚の書類を手で弄んでいる。

 

「ネルオット課長は経緯を聞いていたし、ヴィルヘルム部長は俺が頼めば押さない判子なんてねぇよ」
「きっと弱みの1つや2つ握ってそうね」

 

 暗に裏取引があったと言わんばかりの言い草をするのはオオバで、その察しは概ね正しかったらしい。
 やはゆーは苦笑いを浮かべながら肩をすくめてみせた。

 

「ま、営業ってのは押せる時に押して契約の判子を貰わないとな。そのためにも使えるものはなんでも使うのさ」

 

 ちらり、と千尋に視線を向けるやなゆーだったが、千尋はその視線には気づいていない。
 すごいなーとか、へー……と言った感嘆の様子を浮かべてては書類に押されている判子をまじまじと見つめている。

 

「ま、これで向こうの世界への許可が正式に降りたわけだが……もう行くだろう?」
「善は急げと言うしな」
「あたしも行きたいな~!」

 

 やなゆーの声に次々に手を挙げるエテとタマ。
 行き先は初体験となるであろうテーマパークということもあってか、どこか楽しげな表情を浮かべていた。
 そんな中でやはり乗り気でないのか――オオバが表情を曇らせながら悩んでいる様子を見せる。

 

「皆が行きたい気持ちはわかるけれど、オオバさんの気持ちが最優先だからね?」

 

 千尋はタマへと叱るようにそう言う。

 

「あはは、ごめんね~。確かにチヒロの言う通りだわ」
「初めてのモノはどうしても興味が湧くからな。少し浮かれてた、悪い悪い」

 

 ふたりとも創作者として活躍しているだけあって、興味の対象が広く無理もないことだ。
 そんなふたりもオオバを気遣うことができる程度には大人だ。
 

「いや、別に行きたくないというわけじゃないんだけれど……その」
「どうした。何か行きたくない理由でもあるのか?」 

 

 やなゆーの言葉にオオバはさっと頬を赤く染めながら視線を逸らす。
 ……あそこまで話を聞いておきながら今更その理由を聞くのか。
 やれやれ、とアタシは小さく首を振ってやなゆーに視線を向ける。

 

「好きなヒトに会いに行く前には色々と悩むに決まってるじゃない」
「……ふーん……」

 

 やなゆーのいまひとつわからないと言いたげな返答に、タマとエテが揃って視線を向けて微かに笑みを浮かべる。

 

「今、やなゆーさんの恋愛遍歴が見えましたね」
「は!? いや、何言ってんだ!?」
「ムキにならなくてもいいですよ~別に誰もそこを馬鹿にしているわけじゃないですから」
「いやいやその態度は明らかに茶化して馬鹿にしてるだろう!?」

 

 やなゆーにしては珍しく尻尾がピンと立って毛が逆立って叫んでいる。
 実にわかりやすい様子に、千尋も表情を綻ばせた。

 

「オオバさん。別に無理して今日行く必要はないですよ。気持ちをゆっくりと整理して、会いに行く気持ちになったら会いに行けばいいんです」
「……別に大丈夫よ。あの騒ぎが終わったら行きましょう」
「結構メンタル強いほうなんですね、オオバさんって」
「どんなに突き放しても近寄ってくる貴女には負けるわよ」

 

 ふふっ、とオオバは微かに笑みを浮かべると描きかけの絵に近づき、その絵を片付け始めたのだった。

 

 

 *

 

 

 30分もすればやなゆーたちの絡みも落ち着き、出発の準備も整うところである。

 

「あ、やなゆーさん。お出かけですか?」

 

 株SOU一階、受付に降りてきたやなゆー達を迎えたのは、淡いピンク色の毛並みを持つ兎の獣人であるステラだ。

 

「あぁ、色々事情があって今回はクリエイターと同伴だ」
「わかりました。世界座標と行き先教えてもらえます?」

 

 デスクトップパソコンによく似たMUの前でキーボードに手を添え、淀みなくそれを打つ。
 受付業務をこなす姿はさすがは受付嬢といったところか。

 

「世界座標は8332.9987。行き先は……」

 

 ここでちらりとやなゆーは千尋を見た。

 千尋はとあるテーマパークの名前を告げる。


「えっ、あの大きくて有名なテーマパークですかっ!?」

 

 画面を見ながらステラは感嘆の声をあげた。

 

「いいなぁ~。私も仕事放って遊びに行きたいくらい! お土産買ってきてくださいね!」
「遊びに行くわけじゃないから……でも、余裕があったら買ってきますね」

 

 ステラは様々な世界をMUの画面越しに何度も覗いているので、これから行く先がそれなりのテーマパークだということを知っているようだ。そのお土産ををねだる様子は何ら人間のOLや大学生と変わらない。
 

「もちろん、余裕があったらでいいですよ。後ろのオオバさんとエテさんは提出書類があるはずですが、揃ってますか?」
「それならここにある」

 

 やなゆーは貰ってきたばかりの判子が押された書類をステラに手渡した。
 彼女はそれをさっと見る。
 まさかここでNGが出るのでは、と後ろで見守るメンバーは微かに緊張の表情を浮かべる。

 

「わかりました、問題ありません。ただ、そちらのお二人は『判子を貰っている存在』であることから歴史改変の可能性が極めて高いので行動や言動には十分に気をつけてくださいね」

 

 ステラは亡くなるとの直接的な表現を避けながら説明する。

 

「歴史改変……?」

 

 そんな説明は今の今までなかった。
 なぜ、とやなゆーへ問いかける前に口を開いたのはオオバだった。

 

「具体的に、何をしてはいけないのですか……?」

 

 (16話目に続く)

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