ハロウィンと中間管理職の一日
作:青柳 ゆうすけ
ネルオットは双頭の犬獣人であり、種族はオルトロスである。
魔王軍に在籍していた頃は闘将ヴィルヘルムの右腕として活躍していた彼だが、今では獣人の姿を取りスーツにネクタイを締めて株式会社SOUSAKUの課長のポストに落ち着いている。
「アンタ、そんなに大荷物抱えて何かがあるのかい?」
玄関口で靴を履くネルオットに声をかけるのは最愛の妻であるラミアのアイオットであった。
「今日はハロウィンだからね。日頃頑張っている部下へのプレゼントだよ」
革靴を履き、本来持っていく鞄とは別に大きな紙袋が足元にある。
「はろうぃん……あぁ、人間世界で収穫を祝うイベントね」
「本質はそうなんだけど、今では仮装をしてお菓子を配るような賑やかなイベントになってるんだよ」
「人間のことはよく分からんけれど……まぁ、アンタがそう言うなら良いよ」
腕を組んでよく分からんと息を吐く彼女は手を広げた。
ネルオットはその手に吸い込まれるように彼女を抱きしめ、ふたつの頭で両頬を擦る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」
「なるべく早く戻るからね」
そして、二度の短いキスを交わしてから荷物を持って手を振り、家から出ていく。
ネルオットが居なくなってから、愛妻は呟いた。
「部下を労うため、か。アタシへの日頃の労いはどうなってるんだか」
やれやれ、と首を振ってキッチンに戻る。
上司たるもの部下を思うのは当然であるが、その言葉に嫉妬が込み上げたのは確かだ。
我ながら大人げない。と思いながらも、冷凍魔石を動力源とする冷蔵庫の扉を開くと葉で包まれた肉の脇、目立つところに見慣れないモンブランがふたつ置かれていた。その下にはメモがある。
おや、と思ってそのメモを取る。
最愛のキミへ。
ハッピーハロウィン!
これはささやかだけど、お祝いのモンブランです。
頬が落ちるくらいに美味しい一品だと部下が言っていたからつい君に食べてもらいたくて買ってきてしまったよ。
本当はキミが食べてどんな表情を浮かべるかを見たいけれど、どうせキミは今頃ぷりぷりと怒っているだろうから、これでも食べて許してくれると嬉しいな。
それじゃ、本番は私が帰ってから。なるべく早く帰るからね。
愛してます。
ネルオット
「それよりも、早く昇格してもっと稼いで来いっての……」
モンブランを見つめ、指でつまむとガブリと噛み付いた。
栗の独特な香りと口の中で広がる甘い砂糖のクリームが生み出す繊細な味に思わず目を見開いた。
……やだ、美味しっ……!
少なくとも魔族の間で出回っているお菓子や甘味の類で味わえる代物ではない。
思わず頬を緩めたその瞬間。
「まま……おはよ」
「! あぁ、起きたねの!おはよう!」
目元を擦りパジャマ姿のオルトロスである息子、ライオットがキッチンに現れる。
咄嗟にモンブランを後ろ手に隠す。
「ほら、支度して。朝ごはん今から作るからね」
「はぁぃ……」
「今日はハロウィンだから、パパが早く帰ってくるってよ。お土産も買ってきてくれるかもね?」
目も半開きの息子を促すように洗面所へ向かわせる。
「え、ほんと?やったぁ!」
ライオットはその吉報に一瞬で目が覚めたらしく、無邪気に洗面台へと走り出す。
「さぁて……夜は私がちょっと腕を振るいますかね」
まずは人間のハロウィーンについて少し調べなきゃ。
そんなことを考えるアイオットの表情は微かに機嫌が良さそうに見えるのだった。
*
ハロウィンの朝。出社する創作部のメンバーはどこか真剣な眼差しをしているのは毎年恒例なことだ。
十一階の営業部の部屋に向かうネルオットは、その途中にある二階の大広間のど真ん中に位置するカフェ「Rain」のそばで立ち止まった。
Rainで朝からカフェインを求める賑わいは例年に比べて多いように思えたためだ。
「すごい賑わいだな……」
目を丸くしていると、列に並んでいるひとりと目が合った。
「あ、課長」
「リックじゃないか。おはよう。今日は確か……ライブだったね?」
ゴールデンレトリーバーの犬獣人であるリックはトレードマークのギターケースを背負い、ラフなTシャツにジーンズと季節感を間違えたようである。
おそらくステージ上で披露する衣装は別途に用意しているのだろう。
「えぇ、ハロウィンのイベントで超絶盛り上げますんで!」
「それは頑張ってくれよ。わが社の売上のためにも」
ネルオットが冗談めいた声色で言うと、リックはあははっ、と白い牙を見せて笑った。
「お陰様でチケットはSOLD OUT、物販はデザイナーたちが頑張ってくれたから新規グッズめちゃくちゃ準備できました!」
リックは営業部に所属しながらも、自身のバンド活動で社の売上に貢献している強者である。
営業部というネットワークを使い、デザイナーやイラストレーターとグッズ制作を行う。ライブの予定やイベントの開催といった活動のプランニングは自身で決め、自身でプロデュースする。
その上で、自身で作った曲を自分で歌い、そのバンドがヒットしているのだから言うことはない。
まさに「やりたいことで生きていく」を地で行くのが彼だろう。
「今夜のチケット――は野暮なお誘いですね」
リックはポケットからSOLD OUTしたはずのチケットを取り出してみせるが、ネルオットはそれを丁重に断る。
「すまないが、今夜は早く帰って息子とパーティーをしないと」
「ですよね。後夜祭そっちのけで嫁さんと過ごさないと、ってことでしょう?」
「無論だよ」
ネルオットが愛妻家なのは営業部のメンバーなら周知の事実である。
「さすがの愛妻家ですね。そういうとこの軸がブレないの、俺、ほんとに好きですよ」
「ありがとう。リックのライブは、明日の朝イチでストリーミングで体験させてもらうよ」
「ファンクラブの最上級会員コンテンツを最高の形で使うってさらっと言う辺りも、マジで惚れますわ」
リックの所属するバンドのファンクラブの最上級コンテンツの一つに、ライブのストリーミング配信がある。決して安くないファンクラブ料だが、それをネルオットはポケットマネーから出しているのだ。
「ライブの成功を祈ってるよ」
「課長も素敵なハロウィンをお過ごしください」
互いに拳を突き出して、コツン、と合わせる。
「……あ、そうだ。ハッピーハロウィンのお土産があるんだ」
家から持ってきた紙袋から、お菓子の詰め合わせを取り出して差し出した。
「後で時間のある時にでも食べて」
「うわ、やったー!」
成人男性でも、お菓子を貰えれば案外嬉しがってもらえるものだ。
リックと別れてネルオットは11階の営業部へと向かったのだった。
*
営業部の扉を開け――
「おはよう! そして、ハッピーハロウィーン!」
満面の笑みを浮かべているネルオットであったが、じろりと6つの鋭い眼光が射抜く。
スーツ姿で太い腕を組み、自席のそばで仁王立ちしているヴィルヘルムであった。その立ち姿とオーラだけで機嫌は低気圧だとわかる。
「おい、ネルオット。貴様は朝からふざけた挨拶をして頭に蛆でも沸いてるのか? 今からでも遅くはない、その頭を叩き潰して脳をほじくり返してやろうか」
「……おはようございます、ヴィルヘルム部長……あの、今日はハロウィーンなので少しハメを外しても許されるかなと思いまして」
「ハロウィーンだからハメを外す。大いに結構。だがな、昨日上がってくる予定だった月末決済書はどうした?」
「……、……あっ。忘れてました。やっちゃったなー」
あはは、と笑って見せた瞬間――ドゴォッ!!と強烈な衝撃がネルオットを襲った。
ヴィルヘルムが右の手のひらに悪のオーラを収束。ネルオットへと凄まじい勢いで放ったのだ。
「今日の定時までに提出しろ。さもなければ貴様にハロウィーンは来ないものだと思え」
悪のオーラで過剰ダメージを与えられ、既に意識を失ったネルオットに対し非情な宣告を残してヴィルヘルムは自室に戻るのだった。
*
「ネルオットさん、そろそろ起きました?」
声と、目元にヒヤリとした感覚で目が覚めた。
営業部の応接間にあるソファーの上に寝かされていて、まだピントが合っていないカメラのような視界のまま上体を起こしたら目元の濡れタオルが足の上に落ちる。
その視線の先に華奢な人の手らしきものが見え――眼鏡が外されていることに気づいた。
「ごめん、眼鏡が」
「はい、どうぞ」
渡されて、右の首にはモノクルを、左の首にはメガネをつける。
それでもまだぼうっとしている視界だったが、首を振るとゆっくりと視野がクリアに鮮明になっていく。
こちらを見上げる女性の姿があった。
「……あぁ、千尋さん」
いくら記憶が薄れていたとしても忘れることはない。
営業部の大切なメンバーの一人である雪島千尋さんだ。
「びっくりしましたよー。出勤してきたら床に死体と見間違うばかりの課長が転がってて叫んじゃったんですから」
「すまない。何かやってしまったような……」
あまりの衝撃に記憶が少し飛んだように抜け落ちている。
その様に彼女は苦笑して、
「月末決済書の件ですかね?」
「そうだ、寝ている場合じゃない! 月末決済書を終わらせないと――」
「もう終わりましたよ」
「……え?」
ネルオットは慌ててソファを降りかけて、千尋の声に踏みとどまる。
「先程やなゆーさんと協力して終わらせておきました。後はネルオットさんの判子待ちです」
はいどうぞ、と千尋さんがクリップボードに挟まれた書類を渡す。
そこには紛れもなく月末決済書の完成版が。
「おぉ……!」
ざっとチェックをするが、全く問題がない仕上がりだ。
すぐさま懐の胸ポケットから判子一体型のボールペンを取り出し、判子を押す。
「これで無事ハロウィンではしゃげますね!」
見上げると、にぱり、と笑みを浮かべる千尋の表情があった。
「……すまないことをしたね。この時間、千尋さんはカフェ「Rain」のお手伝いの時間だっただろうに」
課長としてすべての部員の予定は把握しており、今日はハロウィンということで他部で活躍する部員が多かった。
先のリックのように、千尋さんもハロウィンのカフェ営業は大変だと聞く。
日中の営業は出勤社員が多いため通常よりも忙しく、それと並行して夜に開催される後夜祭の準備があるのだと言っていた。
「そんなことないですよ。一時間くらい前にやなゆーさんが飛んできて急に応援要請が来た時はびっくりしましたけれど。蓋を開けてみれば大した仕事量でなかったですし」
大した仕事量ではない……?
ちらり、と細かい数字が並んだ月末決算用紙に目を落とす。私なら一日がかりの大仕事だというのに。
千尋さんの事務作業スキルに半ば感動を通り越して呆れてしまう。全く有能な部下だ。
「それよりもネルオットさんが倒れたって聞いて、そっちが心配でしたから」
そのうえ、優しい。ついつい甘えてしまいそうになる。
「……あっ、そうだ」
私が頬を掻いて何を話そうか悩んでいると、千尋はじゃん、とラッピングされたお菓子を取り出した。
私が配ろうと持参したお菓子だった。
「ハッピーハロウィン、ですね。ありがとうございますっ、ネルオットさん!」
「ありがとう。そしてハッピーハロウィン、千尋さん」
胸の奥底にジンと来るものを感じていたが――千尋はまだ何か隠しているようにいたずらっぽく笑ってみせる。
「営業部の部室に行けばもっと驚くことがありますよ!」
「……?」
私は誘われるがままに応接室のソファーから立ち上がり、部室への扉を開いた。
吹雪く紙テープに目を丸くするネルオットであったが――すぐに異変に気づいた。
日頃はデスクや棚といった仕事をするための殺風景な部屋である部室が装飾を施されていたのである。
ジャック・オ・ランタン。折り紙で作った輪テープの飾り……いかにも短時間で仕上げたと言うクオリティであったが、それでも。
「ネルオット課長、やっとお目覚めですね~!」
「待ってましたよ!」
数人の――今日も仕事をする予定であった営業部のメンバーが、それぞれ三角帽子なんて被って席にいる。
一体何が始まるのか。
「おい、ネルオット」
低い声に、ぎくりと毛並みが逆立つ。
見れば、本来はネルオットが座るべき席に腰を据えていたヴィルヘルムの姿がある。
その3つの首にはそれぞれ他の営業部員のように三角帽子をかぶっているわけだが。
「月末決済書を出せ」
「あ、はい……」
持たされたままだったクリップボードごと月末決済書を出せば、ふん、と鼻を鳴らしてヴィルヘルムはそれを受け取った。
「いいだろう。受理した」
大して読みもせずに胸ポケットから万年筆を取り出し、私の判子の隣の欄にサインをする。
そして、ポケットから懐中時計を取り出して、ちらりと時計を確認すると同時に定時のチャイムが鳴った。
「本日はこれにて定時とする!」
ヴィルヘルムがそう宣言すると――パァンっ!と乾いた破裂音が部屋に響き渡った。
本能的に腰を少し落として戦闘態勢を取ってしまうものの、
「く、クラッカー……?」
舞い散る紙吹雪に目を丸くするネルオットに部員たちが一斉に口を開いた。
「ハッピーハロウィン!!」
「これより本日は10月31日ということで、営業部内でのハロウィンパーティーを決行する! 各自グラスを持ち、シャンパンを注げ!」
ヴィルヘルムは頭がおかしくなってしまったのだろうか。それとも、見ているこの光景は夢だろうか。
毎年、全社共通行事以外は無視して仕事をし続けてきた営業部の部長がそんな発言をするなんて――。
「別に夢でもなんでもないですよ。はい、三角帽子にグラス」
千尋さんが2つの帽子にグラスを差し出してきたので、それぞれ受け取った。帽子をかぶり、千尋が差し出したシャンパンにグラスを添えて注いでもらう。
「ネルオット課長って、毎年後夜祭に出ないって話じゃないですか」
後夜祭――それは創作関係者が多い弊社ならではのイベントだ。
概ね多くの創作部社員がハロウィンやクリスマスなど季節モノのイラスト作成やイベントを行うために当日は忙しいので、当日の24時から行われる。
要するに当日の日中は制作やイベントに集中し、それが終わったらみんなで盛り上がるパーティーが最上階の大ホールで行われるのである。
「それは……夜は、やはり家族と過ごしたいからね」
「ネルオットさんは後夜祭に出られないし、営業部はハロウィンにも関わらず仕事尽くし。それでも毎年ネルオットさんはささやかなお菓子を配って雰囲気づくりをしてるって聞きました」
家族を優先させる生き方に後悔はしていない。しかし、強制ではないとはいえ、全社イベントの後夜祭に仮にも中間管理職である自分が欠席するのは少し気が引けていた。
日頃のメンバーへの気遣いをちゃんと言葉に出せるいい機会をみすみす見逃してしまっているのだから。
「だから、ちゃんと業務時間の間にたまにはハメを外せるコミュニケーションの機会をもらえたら良いなーと思いまして」
ネルオットのグラスにシャンパンを注ぎ終えた千尋は、3つの空きグラスを片手にじろりとヴィルヘルムを見上げる。
「……ハメを外す時はハメを外す。メリハリをつけて業務をこなすことが利益向上につながると判断したまでだ。決して仕事の怠慢を許しているわけじゃないからな」
ヴィルヘルムはどこかバツが悪そうな様子で3つのグラスを受け取り、シャンパンを注いでもらう。
「とか言いつつ、めちゃくちゃ雪島と長い間話してましたよね。説教されてたんじゃないです?」
横からちょっかいを出すようにシャンパンのボトルを片手に注ぐのを手伝うのはやなゆーである。
「そりゃ説教したくもなりますよ。ここまで部員絞め上げて緩めない人、そこらのブラック企業の偉いヒトと変わりないですよ」
千尋のツッコミにヴィルヘルムは露骨に渋い顔だ。
「ッ……そう言うな。来年はもっとちゃんとやるし予算も潤沢につける!」
「当たり前です。あと、来年じゃなくて次はクリスマスと年越しと元旦ですからね?」
「そんなに気を緩めるのか!?」
千尋の言葉にヴィルヘルムが目を剥いて言うが、
「ホワイトな会社は年越しと三が日は普通に冬休みだろーがよ!! 出勤なんて勘弁してくれよ!!」
別の部員にすかさず突っ込まれる千尋。
「う、う、うるさーい!ちゃんと冬休みに入れるように今から自分の仕事はこなしてノルマ達成しておいてくださいよね!ギリギリ間近になって泣きついてきても知らないですからっ!」
概ねこう言うと多くの部員は千尋に業務を頼ってもらっているので黙るしかない。
「あと、次の企画は私がちゃんと立てますんで!もっと凄いパーティーにしますよ!」
胸を張ってドヤ顔をする千尋に、他の部員が指笛を吹き鳴らす。
「今年のクリスマスの予算は俺のポケットマネーなんだがな……」
ぽつりとヴィルヘルムが零した。
……ひょっとしてこの装飾とか三角帽子とかシャンパンはヴィルヘルムのポケットマネーなんだろうか。
「その時は、私も管理職として半分出しますよ」
誰にも聞こえないようにネルオットはヴィルヘルムに囁いた。
しかし、ヴィルヘルムは首を横に振る。
「要らん。お前は毎年イベントごとに部員にポケットマネーでお菓子やらケーキやら買ってただろうが。むしろ、千尋と一緒に企画側に回れ。予算内であれば内容は一任する。それと……」
――いつも、メンバーを影ながら支えてくれている立ち回りに感謝する。ありがとう。
「……、……」
耳の錯覚かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
見下ろすヴィルヘルムの視線は相変わらず強烈な眼光を秘めているが、そこに殺気は感じなかった。
「シャンパン、注ぎ終えましたよ~」
「よし、グラスを持て」
誰かの声に、ヴィルヘルムが進行を務める。
「今日はハロウィンだ。無礼講として存分に楽しんでほしい。俺からは以上」
さらりと挨拶を終えたヴィルヘルムがネルオットを見る。
「ネルオット、一言何か言え」
「え……」
急に振られたネルオットはグラスを一度テーブルの上に置く。
「この会社は創作をして、創作者同士の交流を楽しむのが目的の会社だけれど……楽しむだけではなく、作品をお金に変えてはじめてこの会社は運営していける。作品でお金を得るためには、どうしても営業という過酷な仕事をする必要がある。ここにいるメンバーはクリエイターにはできない過酷な仕事を背負ってくれていることに、私は深く感謝したい。いつもありがとう」
ネルオットは深く頭を下げてから、再び顔を上げてメンバーに向き直る。
「今宵は仕事を忘れて盛り上がろう! ハロウィンに乾杯ッ!」
「カンパーイ!!」
グラスを高々と掲げるネルオットに続き、メンバー一同がそれぞれグラスを掲げて一気に飲み干す。
「失礼しまーっす。カフェ『Rain』です、パーティ用オードブルお待たせしましたー」
乾杯の音頭を待ったかのように扉が開かれ、猫獣人のタマが現れる。
その両手いっぱいに袋に詰められたオードブルやらピザやらがどんどん運び込まれていき、まさにパーティー会場と見間違うばかりだ。
「あとこれはRainからのサービスだ」
仕上げに箱を置くと、タマは丁寧にそれを開ける。
「わぁ……モンブランだ!」
タマが慣れた手付きで紙皿にサーブしていく。
「食いすぎるなよ。ケーキは太るからな」
「余計なお世話ッ!」
千尋を茶化すタマは、軽く舌を出すと逃げるように外へと去っていった。
入れ替わりに顔を出したのはピンクのウサギ獣人、ステラである。
「こんばんは! 受付からサプライズゲストご案内です~!」
「パパ~~~~!! ハロウィンのパーティーにお呼ばれにきたよ!」
飛び込んできたのは燕尾服にネクタイとおしゃれをした双頭のオルトロスの少年である。走ってきては、ネルオットに飛びついた。
「ら、ライオット!? ……ということは」
ライオットを受け止めたネルオットが入り口に視線を向ける。
そこには、真っ赤なドレス姿の最愛の妻であるアイオットの姿があった。
「キミも……どうして?」
「ヴィルヘルムさんからメールが来てね。パーティーをするから今夜は会社に来ないかって」
「えぇっ……そんな、部外者は弊社に入るのに苦労するんじゃ……」
「俺を誰だと思ってるんだ。こう見えて防衛部の部長だぞ」
ぐいっ、とシャンパンを飲みながらヴィルヘルムは言う。
本来であれば検閲対策で部外者は立ち入りは難しいのだが、防衛部部長が許可を出せば概ねOKである。
「折角だからな。中途半端なところで抜けるよりは皆で楽しんだほうが良いだろう」
「格別の配慮をありがとうございます」
ライオットを抱きかかえたまま、軽く一礼をするネルオット。
構わんよ、と言わんばかりにひらりと手を振るヴィルヘルム。
「ねぇねぇパパ!このモンブラン、すごく美味しかったよ! パパも食べてみたら?」
腕の中でライオットが指差す先には、Rainからのサービスであるモンブラン。
昨夜買ってきて、今朝プレゼントしたものだ。
「あぁ、食べてみることにしようかね」
一つを手にとって、口に頬張った。
「これは……美味しいな」
広がる栗の甘みと今日というハロウィンの素晴らしさに、思わず頬が緩むネルオットなのであった。
fin.