猫と珈琲とOLの関係性について13

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 猫と珈琲とOLの関係性について(13)

 

  そこは真っ暗で埃っぽい部屋だった。どことなく澱んだ空気が広がり、蒸し暑い。
 エアコンはどこに行ったのだろう。切ってるのかな?

「あの……誰か居ませんか?」

 表札に掛かれていたのはMU管理部というプレート。
 一見サーバーのように見える機械から、どう使えばいいか全く検討もつかないような機械まで――とにかく、機械が据え置かれており、部屋はそこそこ広いのに狭く感じてしまう。圧迫感がすごい。

「誰も居ないのかなぁ。ひょっとして間違えた?」
「とりあえずノックしたから入って構わないだろう。ほら、千尋行け」
「なんでアタシが最初なの?!」
「元々千尋が社内見学をするために来たんだろ。だからお前が先にいけ」
「とか言って怖いんでしょ! だから私を先に行かせようとしてる!」
「この部屋はいかにも出そうだからな。猫の目にはそういうのが見えるし、嫌なんだよなぁ。ほら行けって」

 タマは既に瞳孔を真ん丸にしており、見慣れないだけあって不気味だ。
 ていうか「見える」とかそうやって恐怖心を煽らないで!
 大きな機械とラックが通路を作っており、細々としたそこを足音を立てないように静かに進んでいく。
 うぅ、今にもゾンビが這って出てきそう。

「あ……」

 角を曲がると光が見えてきた。
 パソコンのディスプレイから放たれるブルーライトのようだ。
 覗くと、少し開けた機械で作られた空間にデスクが置いてある。
 パーカーを付けた誰かが一心不乱に真っ黒な画面にキーボードで何かを打ち込んでいる。

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……

 そのタイピングは恐ろしく正確で早い。一定のリズムを保って真っ黒な画面に緑色の文字が浮かんでいる。

「あ、あのう……」
「邪魔です。作業の邪魔です。今は邪魔です」

 イントネーションが無く、早口で平たい無味焦燥なニュアンス。
 いきなりの邪魔者扱いは心に刺さる。

「あのさ、アタシは雪島千尋……」
「知ってます。共にいるのはタマですね。キリがいいところまであと2分15秒お待ちください」

 え、知ってるってどういうこと?
 私とタマは顔を見合わせると、キョトンと首を傾げた。
 ……待つこと2分強。
 タンッ、とキーボードのEnterを軽快に小指で叩くと、フードを被った彼はゲーミングチェアをくるりと返して私たちに向き直った。

「あなた達が社内を回っている姿をカメラを通じて全て拝見させて貰いました。雪島千尋25歳にタマ33歳」
「俺は33歳かは知らねーんだけれど」

 ピタリと一致する年齢に唖然としてしまう。
 なんなのこの子……。
 驚く私を横目に、彼はピクッとフードの影から大きく開いた瞳孔をタマに向ける。

「MUにそのように登録されていたので述べた迄です。まさかと思いますが、偽証ですか」
「いや、色々世界の都合があって自分の詳しい年齢がわからねぇんだよ。だから受付嬢には適当でいいって言われたんだが」

 タマの答えに微かに息を吐く音がした。

「あの兎は本当に無能だ。MU登録はまともにやれと何度も言っているにも関わらず……」

 兎って……受付に居たステラちゃんのことかな。もの凄い言いよう……。
 くるり、と彼はゲーミングチェアを返すとものすごい勢いでキーボードをカタタタタタタッ!とタイピング。
 画面にいくつものウインドウが開き、タマの真顔の顔写真と共にプロフィール編集画面が開かれた。

「きちんとした年齢が分からなかったら約30歳での登録にしておく。それでいいな?」
「そっちの方が嬉しいねぇ」

 編集完了、と画面に表示されたポップアップウインドウをEnterキーで黙らせる。
 なんだか癖が強そうな子だなぁ。

「さて」

 再び椅子を回してこちらを向いた彼はフードを取った。
 ちょこん、と座っているのはリストくんよりもずっと若い狼だった。身長は120センチがいいところの小さな身体。艶やかな灰色と白の毛並み。細められた瞳はエメラルドを彷彿とさせる淡い緑色だ。
 見た目の年齢は10歳くらいだろうか?

「マキーシャ・ララフィン経理部部長から連絡を頂いています。MU管理部部長のフェルミ・ニーム、9歳です」
「えっ!?」
「……何か?」

 フェルミが声を上げる私をジトっ、と睨んでくる。
 やばい。苦笑いを浮かべながら、私は咄嗟に続ける。

「9歳で部長なんて肩書き持っていて凄いなぁって」
「部長も何も、正式なMU管理部の部員はボクだけで他何人かのサポートがいるだけ。必然的に組織の一員である以上肩書きが部長になる。それだけ」

 うぅ、理づくめの話し方……どこかで聞いた事があるような気がするけれど、どこだっけ?

「ということは、このMUってのはアンタが作ったのかい? やるねぇ、9歳でこれほどの機械を作り上げるなんて中々のものだ。俺の世界で使っていたモノよりも数段高性能で先進的だ」

 タマがサーバーであろう機械を撫でながら呟く。
 すると、フェルミはタマに微かに咳払いをして顎に手をやった。

「えぇ、お褒めの言葉をどうも」

 あれ……タマって元々機械なんて殆ど弄ってないよね? ぶっちゃけ、触れた中で一番高性能な機械って、レコードや蓄音機じゃなかったっけ?
 私が疑問に思っていると、タマの二等辺三角形の獣耳が微かに動く。

「一応言っておくが、コーヒーメーカーやスマホも一通り肉球でいじり倒してたからな? 俺はアナログが好きなだけだ」
「ッ!心を読んだ!?」
「お前はわかりやすい顔してるからな」

 余計なお世話よ。と頬を膨らませると、タマが微かにニンマリと笑みを浮かべた。
 タマにつられるようにふと彼の視線の先――フェルミくんの腰の辺り――を見れば、彼の尻尾がわさわさと揺れている。

「……っ」

 やだ、可愛い!褒められて喜んでるのは年相応ってこと!?
 私は少しその様子にテンションを上げながら観察していると、タマが不意に口を開いた。

「このMUについて教えてくれないか」
「教えろと言われましても……どんなことを教えればいいのでしょうか」

 タマは「そうだな……」と喉に手をやって見せる。

「MUの特徴とか、初心者向けに軽い使い方とかを教えてくれないか」
「なるほど、そういう意味での『教えて』でしたか。それならお易い御用です。モニターをご覧下さい」

 椅子を回転させ、フェルミくんがキーボードを叩く。
 全てキーボードの操作だけで、ある1つのファイルを開く間……私は「誰に似ているのか」という疑問に解を見つけていた。
 他の誰でもない、横にいるタマに似てるんだ。理屈づくめでちょっと面倒くさい性格なんか瓜二つだ。
 こんなことは口に出したらまた拳骨が落ちるのは目に見えているので黙っておく。

「Magical&Uranium――通称MUは株式会社SOUSAKUの社内で使われる創作者達のサポートマシンです。
 原動力は社長の僅かな魔力とエネルギー増幅魔導石により発生させた魔力を電力に変換して用いています。
 出勤退勤の管理から事務処理のほぼ全てといった基礎的なコンピューターの機能から、作品進行のスケジュール管理、作品の管理や閲覧なども可能です」

 スライドが画面いっぱいに表示され、台詞に伴って対応する画像が適宜表示される。
 イラストも使われているので、素人が見てもわかりやすいものだ。

「他にもホログラムの投影や言語翻訳機能、環境調整、身体転送、簡易魔法の展開といった様々な機能を独自開発した優秀なAIが声帯認証操作および手動操作で素早く対応します」
「え、ちょっと待って。操作自体は簡単そうだけれど、今物凄い機能が聞こえたような……。身体転送って、要するにテレポートだよね?」

 つまり、歩いて社内を回ってたのは無駄ってこと……?
 そんな私の疑問にフェルミは「はい、可能ですよ」とさも当然のように言ってみせた。

「なんて言ったって、このMUの原動力は社長の魔法ですからね、大抵の事はできますよ」
「社長ってそんな凄い魔法使いなの!?」
「うちの会社は元々世界と世界の間……つまり『空間の狭間』に社長が自ら世界を作り上げ、そこに会社を作る程度の魔力を備えている方ですよ。社員で魔法を使わせて右に出る人なんて、世界多しと言えどもなかなかいないと思います」

 要するに異世界転生モノで言うところの最初に現れる女神様のようなものか。
 ずばり、今風に言えばチート級の力の持ち主だね。

「でも、本人曰く体力はほとんど無くて筋力を使うとすぐにぶっ倒れるそうですが」
「……この前、普通に社内を歩いていたが」

 フェルミの補足説明にタマがツッコミを入れる。

「あはは、それはきっと移動魔法を自分に付与していたんでしょうね。一見歩いているように見えて地面と接触せずに浮いてるらしいですから」
「それは私から言わせてもらえば逆に疲れるそうな気がする……」

 私が苦笑を浮かべると、フェルミもかすかに笑みを浮かべた。

「ま、社長はそういう人なんですよ。大体の人が雪島さんと同じ考えを持つかと」

 話を元に戻しますね、と一言添えてから彼はキーボードに手を伸ばした。

「デバイスは通常のデスクトップ型からタブレット型、スマートフォン型、首輪型など、様々な種族に対応するために多種多様です。
 これは一見指輪のように見えるデバイスですが、空中にホログラムを投影することで超小型化に成功しています。
 社内にいる間は不可視の念場によって作動しているので、わざわざ充電する必要はありません。
 創作部に所属する社員には全員一人一つのMUの所持を弊社では義務付けられています」
「……ってことは、タマは持ってるの?」

 タマも創作部イラスト課に所属しているので持っているはずだ。

「適当に選べと言われてスマートフォン型を持ってるが、使い道がよくわからないからロッカーに放り込んでる」
「弊社就業規則第32条1項に記載されている内容です。何のために携帯しろと言いながら渡しているのかわかりませんね……」

 やれやれ、と首を横に振るフェルミ。
 カタカタッとキーボードを打てば、タマの目の前に彼のスマートフォンが出現し、タマは落下するそれを慌ててキャッチする。さすがは猫の反射神経だ。

「でも実際何で携帯する必要があるのか気になるね。タマはあんまりMUに頼らない絵の描き方をしているから、持っていようがあんまり関係ない気がするけれど」
「あぁ、それは……前に検閲部隊に弊社社員が拉致されたことがあるので」

 フェルミは眉一つ動かさず、真顔のままだ。
 冗談でもなんでも無いとその表情が物語っており、軽い気持ちでMUデバイスを手放していたタマも目を丸くする。

「拉致されたって……?」
「言葉のとおりですよ、創作部に所属しているウチの社員が誘拐されたんです。その時はなんとか見つけ出して救出しましたけれどね。社長も本気で心配したみたいですよ」
「その拉致した検閲部隊っていうのは、一体何者なんだ?」

 タマの質問に、フェルミはやはり表情を崩さない。

「検閲って言葉はご存知ですよね」

 さも当然のように振ってくるフェルミに頷くタマ。
 私は二人の視線を受けながらも、脳内にある語彙の引き出しを必死に開けるが――

「えぇと、説明してくれます?」

 はぁ……というため息が重なった。

「そんなにさも当然のように難しい語彙を知ってるかのように振る舞うのやめてよ! 馬鹿にしないで!」
「馬鹿にはしていない。お前が馬鹿なだけだ」

 タマに見下されるものの「知らないものは知らないんだからしょうがないじゃない!」と噛み付いた。

「検閲は辞書的に言うと……公権力が表現物や言論を精査し、不適当だと思うものを取り締まることを言います」
「要するに、表現の自由の規制ってこと?」
「簡単に言えばそうなります。そして、弊社は世界を跨って創作を行う会社であり、彼らにとって目の上の瘤であることは間違いなく、実際に攻撃を受けることもあります。
 そんな敵対する組織をまとめて『検閲部隊』と呼ぶのです」

 検閲部隊。
 話が突然スライドしていきなりシリアスになって私の脳は混乱しつつある。

「どうしてそんなことをするの?」
「権力を持った存在は、自身の権力の批判を恐れるもの。そういう問題を手っ取り早く弾圧できるのが検閲という手段なんです」

 フェルミはキーボードを叩きながら、流暢にその経緯を説明する。パソコンの画面にも丁寧にアニメーションで説明するパワーポイントが表示された。自作のものだろうか?
 デフォルメされた獣人が銃を突きつけられて手をあげている様子が表示されていた。

「弊社はそうやって弾圧された世界の中で埋もれゆく才能を拾い上げては救う活動もしています。むしろ、そっちの方が社長が目指す活動の大半であると言っても過言ではありません」
「……気になることがあるんだが」

 語るフェルミの言葉と不穏なスライドのイラストに複雑な感情を抱きつつ……耳を傾けているとタマが呟いた。

「拉致というならば、武力を辞さない連中がやってきた筈だ。その事件を解決するためには……」

 タマが一瞬押し黙った。

 ――この会社には武力があるのか?

「武力って、冗談でしょ? だってさ、こんなにもたくさんの人が創作をしてるんだよ?」

 夏葵はあんなにも感動する演奏を聴かせてくれた。
 シャケは忙しくも楽しくやりたいことが出来ていると言った。
 縁は形あるペンダントを私にくれた。
 そのどれもが武力の果てに手に入れるものだとは思えない。いや、そんなことはあって欲しくないと思ったのだ。
 しかし、フェルミ返答は首肯から始まった。

「ありますよ。防衛部、という組織が弊社にあります。……誠に遺憾ではありますがね」
「それは、社長の意向で?」
「ぼくはまだ若い社員ですから、当時の状況を詳しくは知りません。でも……」

 そういう組織があるのは確かです。

 


 *   *   *

 


「表現の自由を弾圧されてしまった世界かぁ……」

 貰ったばかりのスマートフォンタイプのMUを弄りながら、私は囁いた。
 MUを弄っているのはあまりにも空気が重いからだ。そうでもしていないと、神妙な面持ちのタマのテンションに私まで引きずられてしまう。

「私の生まれた世界が表現の自由をきちんと認めてくれていて良かったよー」

 極めて明るく努めようと言ってみるが、あまりにも自分の柄では無い台詞だ。
 とりあえず社会に出された書物はなんだって読むことは出来るし、新聞やテレビだってある。検閲という概念は、私が知らない程度に浸透していない。
 コツン、と猫の拳が頭に落ちた。

「お前は相変わらず軽率な奴だな」
「だって、あまりにもイメージができないんだもの。検閲があって、武力があって、その上でそれを行使してまで創作を守るってどういうことなのか――」

 台詞が止まったのは、到着したエレベーターホールに先客が居たからだ。

「あ、千尋さんにタマさんやっほー!歩きMUは便利だけれど、そういう使い方は危ないぞ?」

 真っ白な翼に私と差程変わらない身長、ボーイッシュな顔立ち。ジーパンにパーカーのついた緩い服に、飛んだ絵の具。

「歩く時にMUを使う時はMUそのものを空中に浮かせて両手をフリーにしながら、音声で操作するのが良いんだよ」

 ポケットから、彼女は自身のMUを取り出して浮かせてみせる。ほらね、こんな感じ!と歯を見せて笑った。
 他ならぬ、社長がそこに居た。

 

14話に続く

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