猫と珈琲とOLの関係性について(12)
その他に見学させてもらったのは比較的低フロアに存在する現実的な部署だ。経理部、人事部、総務部……どの会社でも存在する、会社としての中核を担う場所。
私がサッと見ただけでクリエイターの数は100人(匹?)を超える。これだけ大きな会社なのだから、凄まじい数の人数が居るのだろうなと想像していたのだが、案外そこそこの規模の部屋にそこそこの数のスチールデスクが並べてあるだけの普通の部屋だった。しかもデスクに座っているのは両手で数えられるほどの人数である。
「うちの会社はねぇ、自動化が進んでるから。経理なんて殆どこんなものよ」
見学を申し出た私達に快く応じてくれたのは、見た目四十を越えようかという程の年齢に、カーキ色のフレームメガネを掛けたエルフだった。
彼女の名はマキーシャ・ララフィン。後ろで一つにまとめた金髪とメガネをクイッとあげる素振りがいかにも経理って感じだ。
「自動化……ですか?」
千尋は思わず問いかけた。過去にブラックな会社で雑務として経理まで押し付けられ、少し齧っていたのでその根本的な事は分かる。
要するに会社の金の流れを纏めるのが経理だ。収入はどうか、支出はどうか、結果的に会社は黒字なのか、赤字なのか。それらを纏めるのが経理のお仕事。
「そうよ、昔はねぇ。たくさんの人員に羊皮紙に羽根ペンで死ぬほどこきつかされたもんね」
「全部手計算で!?」
「昔ならそんなもんでしょう。会社の規模が大きくなればなるほど、人海戦術になる。知性と理性も細やかさを兼ねたエルフなんかはこの仕事をすることが多かったし、アタシもその一人だったわけ。いつしか計算する側から上がってきた計算をチェックする側になって、最後は経理部のメンバーの経理を任されるようになったけれどね」
つまりは昇格したということだろう。
経理部の経理を担当できるのは、経理部のトップになったということだ。
「凄いですね!おめでとうございます!」
「ありがとう。あなたみたいな可愛い少女に言われるとこそばゆいわぁ」
彼女の頬が少しだけ火照った。左手で頬を抑えるその仕草が、それまでクールな装いから一変して可愛らしく見える。
「時代もいつしか羊皮紙と羽根ペンから紙と鉛筆になり、気づいたらパソコンでも出来るようになった。パソコンが使われ始めてから少しずつ人数が減らされていき、MUになったらもう殆ど自動化したからね。後はチョイチョイっとすれば十分な結果が得られるようになったわけ」
「やっぱりパソコンって偉大な代物だったですか?」
「偉大も偉大よォ! あんな複雑だった計算式をマクロで組んでバーンッ!って書式完成させてちょいちょいっと数字入れれば簡単に計算結果が算出されちゃう。初めて見た時は『これこそ魔法の箱だ!』って感動すら覚えたわよ」
ララフィンがやや興奮気味に語る。
彼女がパソコンを魔法の箱だと感じるのも無理はない気がする。私は生まれたときからパソコンは身近に存在したものだったけれど、その誕生からまざまざと見てきた者にとっては当初、その衝撃は大きかったであろう。
マクロなんかは未だに簡単なものしか組むことができない。
「でも、今はMUですよね。パソコンと違って主に違うことってあります?」
「実は私、そこまでMU得意じゃないのよね」
「……はい?」
使いこなしているにも関わらず、妙な返答だ。彼女はニカッと白い歯を見せて笑う。
「MUって、最新のAI? みたいなのを使っているらしいのよ。ただ喋ってるだけだからよくわからないけれどねぇ。詳しくは地下にMU開発部ってところがあるから行ってみたらいいんじゃない?」
* * *
ララフェルの率いる経理部をはじめ、同フロアの総務部を覗いてもやはり潤沢に社員が居るような感じではなかった。
見学もそこそこにララフェルの言う地下のMU開発部というところに行ってみるために巨大なエレベーターで地下に向かうことにしたのだ。
「経理部や総務部って言っても、なんだか全然仕事してる感じしなかったね」
机に向かう社員は実務ではなく、創作部関連の作業――例えば、イラストのエスキースを行っていたり、小説のプロットを練っていたりした。
つまり、経理や総務はそんなにたくさんの仕事を担っていないのかもしれない。
経理部や総務部なら私もカフェの店員の合間を縫って少しお手伝いはできるだろうか? なんて考えてたところでタマが口を開く。
「別に利益を求めてる訳じゃないんだろうな。ノーべからも聞いたが、純粋にクリエイターが活動しやすい環境を創るのが会社の使命、って感じなんだろう」
タマの見解に私は少し意外に思った。
「タマでもそういうことをちゃんと理解できるんだ」
「お前みたいに馬鹿じゃないからな。会社の方向性くらいある程度見てればわかる」
「馬鹿は余計な一言。でも、タマがそう思う根拠ってどこにあるの?」
きっちりと釘は刺しながらも、タマを見上げて問う。
彼は顎に手を当てて少し考える素振りをしてから口を開いた。
「簡単に言えば社長だな。あの社長を見ればなんとなくわかる」
「社長って……あの新入社員へのホログラムメッセージの中で会った人だよね?」
「そうか、千尋はヴィルヘルムと会ったときのことをよく覚えてないのか」
ヴィルヘルム、大きな三つ首を持つ巨大なケルベロスの獣人さん。厳つくて、鋭い目線に圧倒的な「怖い」オーラを放つ巨体。
思い出すだけで少し胸の奥がチクチクと刺さる感覚がするようだ。まるでささくれを剥かれているような、そんな感じ。
「正直、あんまり覚えてないかな……」
「あの時、ヴィルヘルムを止めてくれたのが社長だったんだ」
「へぇ、それはいわゆるトップダウンってやつだね」
「まぁそうなるのかもしれないな……」
タマがなんともいえないと言いたげな渋い表情を浮かべ、私はキョトンと小首を傾げる。
「電撃の魔法であっさりあの巨漢を倒したんだから凄いよ」
「物理攻撃で黙らせたんだ!?」
社長の穏やかで朗らかなイメージとかけ離れた力量のギャップに驚く。
確かにトップダウンとは言いにくい。寧ろ暴力だろう。
「……で、その社長は服が普通に絵の具だらけだったんだ。それに、ホログラムの時に感じた時以上に彼女は優しそうでもあったな」
彼女の絵の具だらけの服……。そこと会社の方向性とをタマはどう結びつけるんだろう。
きょとん、と小首を傾げてみせるとタマは小さなため息を吐いた。
「お前、本当に打っても響かないタイプだな」
「何よ。どうせ馬鹿ですよーだ」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「……つまり、社長も絵を描いてるんだ。きっと立場は社長でもクリエイターの一員で、経営だけを考えてるような人じゃない。会社のトップがそんな人物なら当然、経営の観点は緩くなる」
「そっか。そういう理屈なら腑に落ちるね」
私がそう言うと、タマはさも「そういうことだ」と言わんばかりに頷いていた。
止まったエレベーターの表示ディスプレイは地下4階を示している。
(13話目に続く)