猫と珈琲とOLの関係性について(9)
タマのアトリエを去ってから、更に上のフロアへと向かう。
「ウチはゲームを作ろうってメンバーの集まる部署だね。創作部のゲームメイキング課っていうんだ」
訪れた25階で見学を申し出ると、通されたのは各々が作業する部屋だ。全体的に薄暗く、整然と並ばれた大量のデスクとその上に並ぶ高性能パソコンが各テーブルに2台。
そして、各テーブルはお気に入りフィギュアやグッズでこれでもかと装飾されており、アイデンティティの強さを拝見できる。額にデコピタを貼ったひとたちが無心で作業をしていたり、爆睡している人などなど。規模は30人くらいだろうか? 空席のデスクも多いのでもっとメンバーは多いかもしれない。
そんな部屋で話を聞く間にタマときたら、ハクと名乗ったビークルの小さな獣人に誘われるように新作の対戦ゲームをやっている。彼にとって人生(猫生?)初めてのゲームに虜になったようだ。
「右奥から、企画班、サウンド班、デザイン班、プログラム班……ま、概ねそんな感じで分かれてるかな。あ、ちなみに僕は企画班でハクくんと一緒にゲームプランナーをやってるよ」
「ゲームプランナー?」
「ゲームの仕様書を作って、人員を割り振って……実際にゲームを作り始めたらプロジェクトの進行するうえでの全てを担う役目かな。自分がパソコンで作業するよりも、関係する人たちとあれこれ調整したり、指示を出したりとかね。実際に試作品ができたらテストプレイをして、より良いものにするために更に修正点や改善点を提示したり……リリース後もアップデートまでの作業をしたりもするよ。超大変だね」
へぇ、と私はあまりゲームのことは詳しくないが大変そうな仕事だということは理解した。
フロアに降り立ってから最初に出逢い、快く説明してくれている目の前にいる細身で深い緑のつややかな外皮に包まれた爬虫類系の獣人さんもかなりお疲れのようでデコピタを額に貼っている。
彼はシャケ、と名乗った。
「皆さんお疲れのようですね……」
「目標のスケジュールは厳守するようにみんな頑張ってるからねぇ。プロトタイプの完成まであと3週間。仕様書の変更やバグでキャラコンが上手くいかなかったり……トラブルが相次ぐのがこの時期さ」
「締切に追われるのは大変ですからねぇ」
目の下にクマを作り、時折片手を上げて飲むのはエナジードリンク。
過去の私もそんな感じで仕事に追われていたのでその辛さがよく分かる。
「まぁ、それも醍醐味のひとつだよね」
表情は疲れてるのに、シャケはそうやってにっこりと笑ってみせる。
私の頭には疑問符しか浮かばなかった。
「そんなに身体は辛いのに、醍醐味とか味わう余裕なんてあるんですか?」
「好きなことだからね。もう夢中さ」
彼は微かに笑みを浮かべてみせた。
「最近じゃぁ仕事しすぎるのは良くないとか社長も言うけれど……僕にとっては仕事とドラムを叩くことが最高に好きなことだもの。寝て、ご飯食べたらすぐにゲームを作りたいって思うんだ。雪島さんだって、創作に関わるならそう思わない?」
そうやって、熱中して夢中になれるものがあるのってものすごく羨ましいなと思う。
私は熱中したことも夢中になった経験も全く無い。友達が遊ぼうと誘ってくるから遊び、皆が進学するから私も進学した。
いつも誰かに自分が行動することの基準や判断を委ねてきた。
自発的に何かをやろうとしたことがないなんて、なんて薄っぺらい人生だろう。
創作に関わるならそう思わない? その言葉は私の歩んできた道のりとはまるで違う。
此処にいる人達は、皆自発的に何かを表現したがっている。自分でそれを創ろうと判断し、自分で作業を行う。判断するのも基準になるのも、他の誰でもない、自分自身。
きっと、タマだってそうだ。カフェをやろうと決めたのも、絵を描くのが好きなことも、全てはタマが決めて練習した結果だ。
何してこなかった私が僻むなんて、お門違いにも程がある。
「いや、その……私、創作部に所属しているわけじゃないんです」
「え、そうなのかい?」
シャケさんは目を丸くする。……そんなに驚くことだろうか。
「二階のカフェ『Rain』で新しい店員としてつい先日採用されたので……主にタマが。私はひょっとしたらオマケのようなものだったのかも」
「どうしてオマケだなんて思うんだい?」
「元々のカフェで店主をしていたのがタマで、私は彼にお願いして店員になったに過ぎないんですよ。それに、タマは絵が凄く上手なので、イラスト課も早速兼部してるみたいなんで」
「へぇ、タマさんは絵が得意なんだ」
シャケは何かいい情報を手に入れたと言わんばかりに胸ポケットからメモ帳を取り出すと、ボールペンを走らせる。まだ書き終えないまま、彼は口を開いた。
「でも、営業部のヤツにスカウトされたんだろう?」
「はぁ……でも、社内を少し見学させてもらっても、私にはできそうなことがないんです」
「それはまだ早合点だよ、雪島さん」
メモ帳をしまって、私を見下ろす背の高い彼。
「スカウトされたってことは、きっとカフェの店員以外にも、何かしら雪島さんがこの会社で活躍できると営業部のヤツが見抜いている証拠だよ」
「営業部の人はそんなに人を見る目があるんでしょうか」
「少なくとも、彼らがスカウトした人材がこのゲームメイキング課に『合わなかった』って理由で辞めた人はいない程度じゃないかな」
それは元々ある程度の知識と才能があったからなんじゃないですか? 私がそう言おうとするが、不意に部屋の扉が開いた。
「噂をすれば営業部員だ」
「あ……やなゆーさん」
扉の前に立っているのは青と白の毛並みを持つ狼の獣人、やなゆーだった。
彼はこちらに気づくと、穏やかに笑みを浮かべて近づいてくる。
「おぉ、雪島さんじゃないか。ゲームクリエイト課と兼部するのかい?」
「いえ、私なんかが入ったら皆さんに迷惑をかけちゃいますし……」
「そんなことないよ。イチから優しくゲームプランナーの仕事をおしえてあげるって」
やなゆーの言葉を即否定した私に、シャケさんが笑ってみせる。
しかし、やなゆーは真面目な表情を崩さない。
「それは良いんじゃないか。雪島さんはコミュ力高いし、プランナーの仕事は適正ありそうだ」
「いやいやいや、ゲームに関してはほとんどやったこと無いですから!」
「そうか? 本人がそう言うなら仕方ないな」
結構あっさりと彼は引き下がった。まるでさっきのタマのようだ。
やなゆーは私からシャケへと視線を移すと、持っていた茶封筒を見せる。
「そうそう、この前お前が出した企画書な、社長からGO出たぞ。担当は俺に決まった」
「わぁ、本当かい? やなゆーが担当ってのも嬉しいな」
「お世辞はいいから。ま、企画書もプレゼンも良かったしな。で、発売する世界座標は世界座標9800.55がいいんじゃないかとのことだ。販売ルートはもう開拓されてるから楽だぜ。で、これは社長のアイディアとコメント入り企画書」
「まーたこんなにアイディア入れてくれてうれしいなぁ……ははは……」
受け取った封筒の中を覗き込みながらシャケは苦笑する。
ふと思い立った私はやなゆーさんを見る。
「営業部って、世界を超えて作品を販売するための営業を行う部署なんですよね。社長とのやり取りもするんですか?」
「ゲームの企画を考えてプレゼンしたのはシャケ。んで、社長がGOを出すと同時にどの世界で売るかを考えるんだけど、営業の担当は俺だから俺が呼び出されて相談したわけ。今はその帰りに立ち寄ったんだよ」
「やなゆーさんは単純に会社の外の人と話するだけ……ってわけじゃないんですね?」
「同じくらい社内のいろいろな部に顔を出すよ。クリエイターと顧客の橋渡しをするわけだからクリエイター側の調整も必要だしね」
「僕は社内の、ゲームクリエイト課の中の調整がメインの仕事だからね。顧客側の調整はやなゆーさんにお願いしてるってわけ。だからこういう打ち合わせも頻繁にするんだよ」
やなゆーの返答にシャケの補足を聞いた私は、へぇ……なんか大変そう、という感想しか浮かばなかった。
その後は黙ってふたりの打ち合わせをしているのを見たが、話の内容が複雑で専門用語が多く何をしているのかさっぱりわからなかった。
(十話目に続く)