猫と珈琲とOLの関係性について(6)
それから3日程が瞬く間に過ぎ、千尋は毎日出社している。もちろん、私服姿で。
仕事も何となく一連の流れが掴めるようになり、トーストやコーヒーなどの人気のあるメニューはぼちぼち覚え始め、更に次のステップとして膨大なメニューを覚え始めるのが仕事になってきた。
千尋は概ね昼のシフトが多い。というのもタマは本来夜型なので昼過ぎから夜までのシフトを希望し、ノーべは店長でありながら執筆の為午後1時から夕方6時頃まで席を外す。リストくんは夜は大学での勉強があるので昼の勤務がスタンダード。
そういうことで朝イチの開店作業はリストくんから私が担うことになった。
9時過ぎに出社。電子機器の電源を入れ、店内を軽く掃除をして、コーヒーの下拵えをする。9時半には食材が搬入される(鱗が黒光りする「いかつい」ドラゴンのお兄さんがやってくるのだ)ので、チェックリストを元に食材の確認をしてサインをする。あとは、パンを朝イチで10種3個ずつ焼いてから、前日夜に用意しておいたお店の前のモーニングコーヒーのケトルを片付ける。午前10時と同時に入口のチェーンを外して看板をOPENにひっくり返せば開店だ。
その頃にはノーべさんとリストくんが出社してきて、3人でお店を回すことになる。開店直後から結構な人や獣人がポロポロやってきてはテイクアウトを頼んでいく。
「この時間はテイクアウトが多いですねぇ」
お客が一区切りしたタイミングで千尋が口を開く。
「みんな創作するために美味しいコーヒーを片手に創作作業がしたいのさ」
「そういえば、この会社ってどんな事をして儲けているんですか? 皆がみんな創作をするだけでお金になるとは思えませんけれど……」
「あれ、説明してなかったっけ? この会社は利益は殆ど出てないんだよ」
私は「ええっ!?」と思わず叫んでしまった。
「この会社は元々クリエイターがクリエイターとしてお互いに交流して楽しむことを突き詰めた会社だからね。クリエイターにとって創作のしやすい環境を整えて切磋琢磨して、それでおしまいでも構わないんだよ」
「そんなことで会社としてやってけるんですか!?」
「まぁね。キミも見ただろう?あの入口の大きな扉」
「はぁ……確かに重厚で凄い作りだなぁとは思いましたが」
「あの扉はさ、社長の持つ物凄い魔力で作られてるんだ。あらゆる世界に繋がってるんだよね。そして、各々の世界がとても広い。その中でクリエイターとして「この人は!」って人を、キミがされたように営業部がスカウトしてくる。だから、クリエイターとしての実力は保証されてるようなものなのさ」
「はぁ……そうなんですか」
「実力の揃ったクリエイターが揃えば、後は作品を求めている人達は沢山いる。小説なら出版社に、絵なら画商に……って具合でね」
最初に人手や環境を整えるのに物凄く手間や資金が必要ではあるけれど、一度下地を整えて人気を取ってしまえば後はクオリティを一定に保つのに注意するだけでいいのだろう。
人気テーマパークの経営と同じような理屈なのかもしれない。
「な、なるほど……それでも軌道に乗ってるってことは、ある程度上手く進んだってことなんですね」
「そうだね、傍から見れば『知る人ぞ知るスーパークリエイター集団』とでも呼ぶのかな。でも会社のことは基本的に内緒だけれどね」
私を上目遣いに見上げながらシーッ、と人差し指を唇に当てるノーべ。
……そう言えば、最初にやなゆーさんが言ってたっけ。
――この会社に採用する上で守ってもらいたいことがある。この会社で知り得たことは全て他言無用だということだ。
確かに私達の会社は秘密がいっぱいだ。見た目は普通の人間でも腰から尻尾が生えていたり、背中に翼があるような人がたくさんいる。それこそ全身が毛並みや鱗に包まれたような人だって。
もしも私の世界にこの会社から作品が持ち込まれたとして、そんな姿の作家が描いたとは到底言えないし説明もつけられないだろう。だからあらゆる世界に繋がろうとも情報は漏洩させないようにしているわけか……。
「だから私もお世話になっているけれど、営業部のメンバーは大変だと思う。世界の垣根を飛び越えて絵や物語を売ったり、新しいクリエイターを発掘しようとしてるんだ。私も見たことがない世界に行けるのは羨ましい限りだけれど」
彼の言う通り、私が見たことも聞いたことも、想像すらしていなかった世界とこの会社はつながっているのだろう。そう考えると、ちょっとワクワクしてくる。物語の中でしかあり得なかった世界に行ってみたい気持ちはある。
そこまで考えて、ちょっと引っかかることがあった。
「ノーべさんって、執筆してるって聞きましたけれど……ひょっとして、作家だったりします?」
「自分でこういうのもアレだけれどね、一応ミステリー作家をさせてもらってるよ」
ひえっ、と私は縮み上がる。
「本物の作家さん……なんですね!?」
「私の中では喫茶店のマスターが本業で、作家は完全に二足目の草鞋だよ。時間があったら是非読んでみてくれたまえ。代表作は『遠恋』だ」
ノーべがちらりと向けた店の片隅に、幾つかの本棚があった。
まだチェックしていないが、タマならきっと読んでいるかもしれない。
「時間がある時に読んでみますね」
「それは嬉しいな。できれば感想も頂けるとより執筆の励みになるよ」
ノーべは微かに笑い、やってきた客のコーヒーを淹れ始めたのだった。
(第七話へ続く)