猫と珈琲とOLの関係性について5

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猫と珈琲とOLの関係性について(5)

 

 

「すみません……」

 そして、ドーナッツを食べ終えた頃を見計らったかのようにお客さんの声がした。

「あ、今行きますー!」

 いち早く腰を上げたリストくんに続き、私もドーナッツを慌てて放り込んで席を立った。
 注文を受けるカウンターには、スーツ姿の犬科の獣人の姿があった。リストくんによく似た青と白の毛並み。だけれど歳は一回り彼のほうが上のようで、背も高い。真っ赤なネクタイが特徴的な彼は――

「やなゆーさんですか?」
「あぁ、アンタは……千尋さんだったけ」
「あれ、お知り合いでしたか」

 目を丸くするリストくんに私は向き直った。

「やなゆーさんは私をこの会社に来ないかってスカウトしてくれた人なんだ。ひょっこりレクイエムに現れたからびっくりしちゃった」
「俺も猫の喫茶店にお邪魔する時は狼の俺が行っても構わないのか、少し戦々恐々とした気持ちだよ。無事入社できたみたいで何よりだ」
「こちらこそ、お誘い頂きありがとうございました」

 私はぺこりと頭を下げると、やなゆーは肉球のついた手を振って「俺は俺の仕事をしただけだよ」と苦笑いした。

「それで、ご注文はどうしますか?」

 会話が一段落したのを見計らってリストくんが声を掛ける。

「いつものやつ。ガッツリカフェインが入れてね」
「またアレですか? あんまりカフェイン摂りすぎると身体に良くないですよ」
「もう少し仕事しないとやべぇんだ。あれは気付けになるからさ」

 わかりました、とリストくんは頷いてタブレットのような機械(後に知ったのだが、株式会社SOUSAKUで使われている社内用コンピュータのMUと言うらしい)を軽く操作する。
 そして背面を向けるとやなゆーさんは自らのスマホ(これもMUだ)をタッチして決済した。

「では、少々お待ち下さい」

 リストくんが恭しく一礼すると振り返って早速オーダーを作り始めた。私もそれを見ようとするが、

「千尋さん」

 やなゆーさんに呼ばれ改めて視線を向ける。

「聞いたよ、ウチの部長が申し訳ないことをしたね。ずっと凹んだまま平謝りしてた」
「ウチの部長……というと、」

 ちら、と軽く彼のスーツ姿を見た。
 だとすれば、

「営業部のヴィルヘルム部長?」
「そうだ。あの強面でマッチョでデカイ三つ首のケルベロスだよ。千尋さんに謝りたいけれど、タマさんのガードが固くてどうしようかって俺に泣きついてきた」
「一体私が寝ている間にどんなやり取りがあったんですか……」
「曰く、やらかしてすぐにタマさんがマジギレして千尋さんの個人MUアカウントで部長を即刻ブロックしたとか。だからメールも送れないし、彼女が出社してるかどうかもわからないとか。それで部下である俺に泣きついてきたってわけ。いやこれは本当に泣いてたわけじゃないけれど、そんな感じだったって比喩な」

 やなゆーさんは苦笑しているが、私は苦手な相手にそこまで制裁を加えてまで守ってくれたタマに少し感謝だ。

「そこまでは怒ってないですけれど、本当に怖い人は苦手なんですよ。正直。だから少なくともあの威圧的な雰囲気をなくしてくれないと私にはとても……」
「そうだよな。でも、ウチの部署も本当に猫の手を借りたいほどに人手が足りないんだ。だから少しばかり興奮しちまったのも無理はないな」
「営業部、そんなに大変なんですね……」

 まだこの会社の全てを知り尽くしたわけではないが、カフェインを求めている程度にお疲れ気味のやなゆーさんの姿が少しだけ昔の自分に重なったような気がする。
 デスクで這いつくばりエナジードリンクを一日で2本も3本も開けていたあの頃の自分に。

「まーな。この会社に入社してくるのはクリエイターとしては向いてる内向的であったり癖のある奴らばっかりだしな。営業なんて身を粉にするようなハードな仕事をしたいと思ってこの会社に来るやつはなかなか居ないよ」
「辛くて辞めたいと思ったことはないんですか」
「ハードだけれど、俺は慣れたからなー……。そこそこ楽しく仕事してるからいいんだよ。それに俺が辞めるって言ったらクリエイターの仕事もなくなっちまうしな」
「はい、やなゆーさん! お待たせしました!」

 その時、リストくんが大きなプラカップにこれでもかとぶちこまれたカフェオレにクリームがたっぷりと乗せられ更にシロップで甘くしたものを持ってくると、やなゆーさんに差し出した。
 甘いものは嫌いではなくむしろ好きな方だが、度を超えている。見るだけで軽い吐き気を覚える代物である。

「カフェオレ濃いめ、ホイップクリームとメイプルシロップオニモリでーす!」
「サンキューな。いやホント助かるよ。ありがとう。それじゃ、千尋さんもこれから頑張ってな。また来るからその時はこのメニューよろしくね」
「……わかりました、覚えておきますね」

 ありがとうございましたぁ!とリストくんが見送り、私は軽く手を振って見送った。
 これから長い時間仕事に向かうであろう彼の大変さに敬意を示すべく、私はの背中に敬礼を送る。

「千尋さん、いきなり敬礼なんてしてどうしたんですか?」
「同じブラックに勤めていた者としては、エールを贈りたい気分になったんですよ」

 何を言っているのかさっぱりわからない、と言いたげなリストくんを横目に私は直立不動でやなゆーさんを見送ったのだった。

第六話につづく
 

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