猫と珈琲とOLの関係性について

ページ名:猫と珈琲とOLの関係性について

猫と珈琲とOLの関係性について

 

作:青柳 ゆうすけ

 

 

「タマさんと千尋さんですね。出身世界の世界座標はそれぞれ9999.89と5788.67。MUによる本人確認も取れました。弊社やなゆーから話は聞いていますよ」

 

 ピンクの毛並みに包まれ華奢なボディラインを魅せるウサギの獣人は多くのデータベースが表示されていたホログラムをスッ、と右手を動かして消すと受付に現れた俺の方を見る。

 

「改めまして株式会社SOUSAKUへとようこそ! 私は受付を担当しています、ステラと申します。早速ですが、弊社社長から皆さんを歓迎するメッセージを流しますね」

 

 ステラの着いていたデスクの上部から再びホログラムが展開されると、目の前に背中に白い翼を持ちジーパンにパーカーというラフな格好のボーイッシュな女性が投影された。

 

 株式会社SOUSAKUは創作をこよなく愛し、あらゆる表現での創作を行う者を歓迎する会社だ。もちろん、そこは普通に入社することができる「一般的な」会社とは程遠く、ある程度の素質が必要となる。
 なぁに、素質と言っても大したことはないよ。これを見ているキミならその片鱗は持っている筈だ。
 株式会社SOUSAKUが入社希望のキミたちに求めるのはひとつだけ。
 自ら創作活動に打ち込めること。――これは絶対必要な条件。でも、それさえ持っていれば大丈夫。創作に対して自信がないとか、初心者だとか、そういうことはあまり気にしなくていい。要は、自ら進んで創作ができるかどうか。株式会社SOUSAKUで求められるものはたったのそれだけさ。人とか、人じゃないとか、鱗があるとか、鋭い爪が生えてるとか、翼のあるとか、ないとか……なんてことは些細なことだ。
 入社したら、好きなだけ創作に打ち込んでもいい。同じ創作者達がこの会社にはたくさんいるから、彼らと作品を見せ合ったり、互いに切磋琢磨しあうのもいいかもしれないね。もしもいいアイディアが思いつかなかったら、仲間と話をするだけでも創作に繋がる力は湧いてくる筈さ。
 この「案内」を見ているということは、きっとキミは創作者であり、僕らの仲間になりたいと思っているんだね。

 ――ようこそ、株式会社SOUSAKUへ!


 僅か一分あまりの短いPVのようなホログラムはにこやかな社長の笑顔と共に締められる。

 

「弊社は皆さんを歓迎致します。早速ですが皆さんの勤務場所は――」
「この会社の2階に併設されているカフェの従業員だ」
「そうですね、カフェ『Rain』の従業員とのことでした。では、こちらへどうぞ」

 

 
 ステラは率先して前を歩き出し、受付は隣に座っていたメガネの女性にバトンタッチだ。彼女は凛とした表情でどちらかというとクールビューティーとでも言うのだろうか。第一印象としては冷たく感じそうな顔立ちをしていて、個人的には受付という仕事には向かなそうだなと思った。
 改めて社内を見ると、二階部分が吹き抜けとなっていた。そのの先から既に鼻孔を擽るコーヒーの匂いが漂っている。

 

「なんか、凄い会社だね。SFの世界に紛れ込んでしまったような気すらするかも」

 

 俺の服の裾を引っ張りながらキョロキョロしているのはアルバイトとして雇っている千尋だ。24歳で身長157センチ、体重は軽い。ショートヘアで活発そうな雰囲気だが、その見た目通りにアクティブでバカだ。なんでも行き当たりばったりで案件を脳まで持っていかないような奴。

 

「何だ、今更驚くような事でもないだろう」
「そりゃぁね、きっとどっかの二足立ちする猫を見つけた時よりは図太くなってるけれどさ。やっぱホログラムとかSFチックな方向には耐性がないからねー。それに、猫以外のファンタジーな獣人さんって初めて見たし」
「俺みたいなのがいるんだから、世の中には俺みたいなのが居ても不思議じゃないだろう」

 

 頬を膨らませてそっぽを向く千尋。どっかの二足歩行をする猫とはもちろん白黒ツートンカラーの毛並みを持つ猫獣人の俺の事で、皮肉を交えているのだろう。確かに初めて会った時は死ぬほど驚いている様子だった。
 ゲスト用の臨時社員証で入口のゲートを開きながらステラはくすくすと笑み浮かべた。

 

「おふたりは元の世界でそれぞれイレギュラーの存在だったようですね」
「猫にとっては当然のことだが、人間とこうやって話をするのはわりと少ない方だな」
「人間である私からしたら猫と話す方がイレギュラーだよ!」

 

 ほとんど同時にタマと千尋が口を開き、互いに睨み合う。そんな様子を見たステラは更に笑う。

 

「仲が良いんですね」
「いや、そんなことはない」「そういう感じじゃないので」

 

 千尋と俺の言葉が被り、互いにそっぽを向く。ステラはやはり笑顔のままだ。
 そして、香りから想像した通りエスカレーターを使って二階へ上がったすぐの場所に壁のないオープンカフェはあった。その一角のみ濃い茶の木を用いており暖色系のライトで落ち着いた空間を作り出していた。小洒落たオープンカフェの入り口脇には『Cafe Rain』の手作りの立て看板がある。
 店内は数人の客が居た。絵コンテを机いっぱいに広げて唸っているリザードマンの姿やスーツ姿で打ち合わせをしているであろう人間、コントラバスに寄り添うように譜読みをする少女。
 ステラはカフェに入って突き当りのカウンターに向かったので、俺たちもついていく。

 

「ノーベさん、新しくカフェの店員としてお仕事してくれる方が来ましたよ」
「あぁ、いらっしゃい。待ってたよ」

 

 待ち構えていたのはシックなブラウンのベストに白シャツ、黒のチノパンという姿の狐の獣人だった。黄色と白の毛並みはふわふわで柔らかそうである。身長は頭の二等辺三角形の獣耳を抜いて160センチ弱くらいか。
 彼はこちらに目を向けると、品定めするような視線をタマ、そして千尋にそれぞれちらりと向けてから目礼した。

 

「この喫茶店のマスターのノーべです」
「タマだ。以前は俺も喫茶店を運営していた」
「雪島千尋です。以前はタマの下で働いてました。その前は少しデザインの仕事をしてました、宜しくお願いします」

 

 挨拶する俺の横で千尋が深々と頭を下げる。

 

「まぁ、折角来てくれたんだ。まずはコーヒーでも淹れよう。適当な席に座って待ってくれたまえ」

 

 ノーべの言葉に俺たちは揃ってうなずき、店の隅の席にある四人がけの席に向かった。
 ステラは「受付の仕事があるから」という理由でテイクアウトのアイスコーヒーをさっと作ってもらい、それを受け取って戻っていったようだ。

へ続く)

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