部長のお話
作:秋月
時系列としては【彼女の想い】の後くらい。ちょっとした小話
椅子に座り、七寸ほどの煙管――吸い口と雁首は純銀製、
なにやら物思いに耽っているのか煙管を咥えたままぼんやりとしている。
ふかしていた刻みタバコが全て灰に変わってしまった事に気がついた彼は灰皿の上で火皿を下に向け手のひらに煙管の持ち手部分を数度軽く打ち付け灰を落とす。
もう一服しようと思い、刻みタバコの入った木製の小さな提げ物に伸ばしかけた手を途中で止める。
「っと、そろそろ止めとくべきかな」
ぼやいた後に、男性は先ほど使ったマッチの柄で火皿についたヤニを落とし、煙管を軽く掃除をしたあとマッチの残骸を灰皿に捨てる。
喫煙コーナーの自動扉が開く音に、彼は他の喫煙者が来たから移動しなければと考え出入り口の方を見ると、紺地のしじら織りの作務衣を着た二十代前半程のサルーキ犬獣人の青年が立っていた。
「やっと見つけましたよ黒羽部長……」
あちこち、走って男性を探して回っていたのだろうか息を切らしている。
「おや、白澤くん。お使いご苦労さま」
男性、もとい黒羽はいつものような人の良さそうな穏やかな笑みを浮かべると白澤にねぎらいの言葉をかけた。
「私がどれだけ貴方を探したと思ってるんですか……」
「さあ?……一応、置き手紙してきたんだけどなあ」
ジト目で見つめる白澤を見て、不思議そうに彼は小首を傾げた。
「この会社に喫煙コーナー何カ所にあると思っているんですか貴方は……。しかも、いつもの部署近くにある喫煙コーナーにいなかったですし。こんな遠くの場所で吸ってるとは思いませんでしたよ」
「いつもの場所は先客が居たんでね。今日は体の調子も良いし、こっちで一服していたんだ」
黒羽は喫煙が好きな反面、煙草の匂いが服や体に染みつくことは好ましく思っていない。だから、人が居ない時間帯を見計らって喫煙ブースに行くわけだ。相変わらず変なところで潔癖性な節があるなと思いつつ白澤は彼にアンケートの用紙束を渡した。
「工芸部のメンバー全員のアンケートを今日中にまとめて持って来いって、無茶言わないでくださいよ……」
差し出された用紙を受け取り、
「ありがとうね、白澤くん。でも、ボクは部下に出来ない指示は出さないよ。キミも知ってるだろう?」
と言うと用紙の束をパラパラと捲りさっと目を通す。
「……やはり縁くんは物書きよりもハンドクラフト作家寄りの考え方みたいだ」
「知ってたんですか」
「うん、なんとなくはね。やっぱりキミに頼んで正解だった。いやー、メモ帳を持ってボクの後を追いかけていた子犬くんが立派になってくれて嬉しいよ」
「黒羽部長、その頃の話はやめてください……」
「今は周りに人が居ないんだから昔みたいに黒羽先輩って呼んでくれてもいいんだけどね」
悪戯めいた笑みを浮かべてクツクツと彼は笑う。
「ただね、あの事に関しては責任は感じることはないんだよ。ボクはキミの枷になるつもりなんて毛頭ないから」
「ですが……、そのせいで部長の足が大怪我負って生き甲斐だった営業部から工芸部に異動したんじゃないですか」
「今は見ての通り歩けるのだから問題ないだろう?未来のある若者を守る事もまた年長者の努めさ。……それにしても、折角クライアントとの駆け引きやノウハウ叩き込んで立派な営業マンになれるよう育てた君もこの部門に来るとは思わなくて驚いたよ」
「営業部の頃の部長は結構スパルタ指導でしたもんね……」
「ボクがいつか居なくなってもキミが後々困らないように指導していたからね」
黒羽は昔を懐かしむように目を細め呟いた。
「そういえば、何で工芸部のメンバーにアンケート取ろうと思ったんですか」
「それぞれの気質に沿った仕事の割り振りをする参考になればと思っただけだよ。ここの部門受注はオーダーメイドが殆どだ。そうなるとクライアントとの信頼関係も必要になってくる。その辺の駆け引きのしやすさとかも創作に臨む姿勢から見られるんじゃないかと思ってね。営業部に丸投げも申し訳ないから」
彼らの負担も少しでも取り除きたいし、と続けた。
粗熱のとれた煙管を樺細工のケースにしまい彼は立ちがる。
「さて、部署に戻ろうか白澤くん。アンケートのデータまとめと顧客データの調整をしないとね」
白澤に呼びかけ黒羽は喫煙コーナーを後にするのだった。
fin.