彼女の想い

ページ名:彼女の想い

彼女の想い

 

作:秋月

 

フリー課工芸部の同僚目線での縁のお話   

 







 株式会社SOUSAKUフリー課には縁という狼獣人がいる。

 体は雀の頭の色のような赤黒い茶色と白の2色の毛並み。瞳の色はコムラサキの実の色に似た渋めの濃い紫色。髪型は焦げ茶色のレイヤーボブにガッチリとした濃いベージュ色のパイロットゴーグルを髪留め代わりにつけている。

 本人曰く、防塵メガネ代わりだそうな。

 首に青い石のペンダントを提げ、明るく鈍い緑色の襟付きベストに大きめの白衣を羽織り翻しながら闊歩する様は他部門の研究者にも見える。

 口を開くとテンションが高く天然な言動の為に色々と残念な女性だ。

 彼女がやかましい時は個室を指さし「ふりかけ、ハウス」と命じるのがフリー課工芸部の暗黙のルールになっている。

 『ふりかけ』とは彼女の渾名で由来はゆかりふりかけから。

 専らハンドクラフトがメインで活動しているが、時折小説も書く為ファンタジー課も兼任で所属している。

 書く物語は人と人外の交流を描いた物が多い。表面上はほのぼのとして何処かに温かみの残る児童文学に見えるが、読み返し考察を重ねると辛辣な世界観が垣間見える作品というものが殆どだ。

 有り体に言えば癖のある作風と言える。
 

 そんな彼女のお話。







──某日、工芸部門の作業フロアにて──

 

「古鐵さん!古鐵さん!今日はどんな簪を作っているのですか?」

 子供の様にキラキラと目を輝かせ古鐵と呼ばれた紺の作務衣を着た女性の虎獣人に対して話しかける縁。

「ふりかけウザイ。休憩終わったならさっさとハウスに戻りな」

 面倒臭そうな表情を浮かべるとしっしと犬を追い払うような仕草を片手でしつつ返事をする。

「どうしてそんなこと言うんですか?!私と古鐵さんの仲なのに!!」

 キャンキャン騒いでいる彼女を放置しつつ作業を再開しようとした古鐵は思い出した事があり再び口を開く。

「そういえば、私が頼んでいたタブレットストーン作成終わったの?」

「もちろんです。その件で古鐵さんに話しかけたのに」

 スン、と鼻を鳴らし手に持っていた木製のルースケースから青い石を取り出した。

 カバンサイトのプレートに七宝小紋の切子細工を施した水晶を合わせ樹脂で接着した楕円形で1.5センチ程のタブレットストーンだ。

 一般的にカバンサイトは細工が難しく強度が低い為に力加減で直ぐに粉々になる。しかし、上手い具合に加工出来れば放射状の結晶を持つ青い金平糖のような石は深い青を纏った独特な模様を持つルースへと生まれ変わるのだ。

 強度を補うには樹脂処理をするかタブレット加工をする。そこで古鐵は縁にタブレットストーンの作成を依頼したのだった。

 完成していてあとはルースをセットするだけの黒檀製の簪へ樹脂を塗り、受け取ったルースを埋め込むとピッタリとはまった。

「ありがとう、ふりかけ。相変わらず鉱物加工の腕は確かだね」

「子供扱いはやめてくださいよ。私はこれでも古鐵さんと同い年の26歳です」

 頭を撫でながら古鐵は彼女に話しかけるが、不貞腐れたような表情で縁は返事をする。

 子供扱いをされるのが不服らしい。

「歳は同じでも私からみたらふりかけは十分子供だよ」

 からかうたびにコロコロと表情を変える彼女を思い出してクツクツと口元を抑え笑う古鐵。

「あっ、ひどーい!古鐵さんが香辛料対応してきて私の豆腐メンタルはボロボロなので作業も残ってるしハウスに戻ります!」

 豆腐メンタルどころか、我が部門のぬらりひょん……もとい変幻自在の化け狐である黒羽部長と対等にやり合う鋼鉄メンタルの癖に何を言っているんだこいつは、と古鐵は一瞬思ったが黙っていることにする。

 縁は頬を膨らませ怒った素振りをしているが実際は怒っていないし、あくまで彼女達のコミュニケーションの一環だ。

「簪を注文していたクライアントさん喜んでくれるといいですね」

 その証拠に不貞腐れたような表情を止め、縁は朗らかに笑うと個室へ戻って行った。








 * * *

 

 

 

 工芸部門付近の廊下にてアンケート用紙を持って途方に暮れる白い毛並みのサルーキ犬の獣人が1人。

 紺地に白と赤のラインが入ったしじら織りの作務衣を着ている二十代前半位の青年だ、名前を白澤と言う。彼も勿論、工芸部門に所属している者だ。

 何故か工芸部門は作務衣や和服を好んで着るものが多い為、他部門が見れば一発で分かる。

 

 工芸部門のメンバーは昔ながらの職人気質で癖の強いものが多い為、言い方次第で直ぐに喧嘩が勃発する。

 そこで工芸部門に所属しているにも関わらず癖がない、おっとりとしているが空気が読めて相手のペースに合わせつつも口の回る白澤に白羽の矢がたったのである。

 上司である黒羽から頼まれていた全員のアンケート調査をしなければいけないので縁を探す。彼女のアンケートで終了だ。

 アンケートの答えも普段のような斜め上の回答を貰うのだろうな、と思いながら彼はため息をつき工芸部門の扉を開けた。

 

 

 

 

 部屋に入り目に入るのは古鐵の後ろ姿。隣の席に縁は居ない。

「作業の所失礼します。縁さんを見ませんでしたか?」

 簪作成をしていた彼女に声をかける。

 もちろん、彼女が一息つこうとしたタイミングを見計らってだ。

「ふりかけなら今日は個室にずっと篭って作業しているよ。さっきまでは休憩してたからこっちのブースにいたけどね」

 道具を机に置き肩を軽く回してから古鐵は答える。

「これは……。縁さんが作ったルースを嵌め込んであるのですか?」

 デスクに置いてある簪を手に取りしみじみ見つめ呟く。

 切子細工のおかげで蛍光灯の光が乱反射し、傾ける度に模様の雰囲気が変わる。水面が波打つ青い冬の海を切り取ったかのようだ。

 縁は元々フリー課のビーズ細工部門に在籍していたが、天然石のビーズを自作する等の鉱物加工技術をみた黒羽が声をかけ、工芸部門に異動してきた経歴を持つ。

「あの子いい仕事するよねー。からかうと面白いし。部長がスカウトしてきただけあるよ。その簪、クライアントに渡すのがちょっと惜しくなっちゃった」

 手に持った黒檀の棒を見ながら古鐵は答えた。

 荒削りに用いる肥後守の小刀を手に持つと何事も無かったかのように作業を再開する。

 彼女は作業中に声を掛けられるのを酷く嫌がるし、これ以上は話しかけられないなと察すると、白澤は個室へ向かう。

 

 

 

 

 最近は縁の隔離部屋と化している個室を覗くと彼女はいた。

 作業イプをしていないにも関わらずいるのは珍しい。

 ゴーグルを装着し、防塵マスクで口元を覆っている。

 手元を見るとハンドルーターを用いて鉱物加工をしている最中のようだった。

 ノックをし扉を開けると石の粉でモヤがかかったように白くなっている。

「縁さん、アンケートのご協力お願いしたいのですが」

「……白澤さん。粉塵除去処理をしますので一旦扉を閉めて下さい」

 こちらを一瞥すると有無を言わせない口調で声を掛けてきた。

 待つこと数分、入っていいとの声が掛かり彼は個室へ入室した。

「今度は大丈夫ですか?今日はどうしてまた個室なんかに……」

 何事もなかったかのように綺麗になった個室を見渡したあと、彼女に確認をとった後にボヤいた。

「さすがにフロアーの皆さんに対して塵肺テロはしたくないので今日は個室で作業しています」

 口元を抑えクスクスと淑やかに笑う縁。

 作業中ならば普段と比べ比較的まともに会話が成立する。物腰柔らかな態度で話す姿は作業に行き詰まった際、ノリの良い同僚を誘ってカーチェイスならぬ椅子チェイスごっこをする等と数々の奇行を行う人物とは別人のようだ。

 なお、椅子チェイスに至っては人の居ない時間を見計らって行っているので他者との接触事故は起きていない。

 

「黒羽部長から頼まれていてね。アンケートいいかな?先ずは、縁さんにとっての創作活動についての想いから」

 敬語で話さなくても良いと縁に言われた為、彼は普段の口調に戻し質問をする。

 少し低めの優しく穏やかな声は聞き心地が良い。

「私にとっての創作活動?」

 鳩が豆鉄砲を受けたかのような表情を浮かべ聞き返すと顎に手を当てる仕草をした。

「そうですね……。ハンドメイド作家としてと物書きとしても共通していることはありますよ。この世界の何処かにいる望んだ人の為に作り続ける事でしょうか。例えるならば、瓶の中に入った手紙を海に流して手に取って貰えることを願い続けるような」

 そこまで話すと眉間に皺を寄せ何やら考え込んでいるので続きを語るまで気長に待つ。

 話の途中で急に黙る。『職人は腕で語る』を地でいく不器用な人々の揃うこの部門では珍しくない。

「ハンドメイド作品ならば欲しいデザインが売っていなくて作りたくても作れない人の為に、執筆している小説ならば自分の好きを他者と共有したい 。創作活動は可能性を秘めた原石と一緒です」

 縁の発言をメモし終わり部屋を出ようと来た時ふと、黒羽から言われていたことを彼は思い出した。

「あと、これも聞いとけって黒羽部長に言われていたんだった。昨今、検閲が厳しくなりつつあるけど縁さんはどう思う?」

 検閲と聞いて縁は一瞬顔を顰めた。

「創作者としての意見を述べるのならば検閲なんて肉で出来た人形の養殖場を作る行為だと思いますがね。知ることによって人は情緒を育み見識を拡げて成長するんですよ」

 検閲をするお偉いさん達は無知が停滞と国を滅ぼすのを分かっていないのでしょうけどね、両手を上げ肩を竦める。

 普段の言動から気の赴くままに突発的に行動し何も考えていないように見える彼女だが、確固たる信念を持って創作活動に打ち込んでいるのだなと白澤は感じたのだった。

 

fin.

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