0389
色々最悪だ。
勇結ちゃんの挙式の前夜祭、アホほど飲んで、馬鹿みたいに吐いて、ぐちゃぐちゃのまま女子寮の共用スペースの床で寝ていた。
そんな状態でのブーケトスは、みんな殺気立ってるから取れずじまい。
学校に拾われた時点でまともな人生なんて諦めてたけど、夢は見てしまうものだ。
ああ、まだ頭が痛い。
サウナいくか……
学校には二箇所、正確に言えば三箇所サウナがある。
一つは一般人も使える購買上階の温泉施設だ。
開業当初は、温泉探掘中と言う事で普通のお湯だったが、ちょっと前に温泉が出て大盛況だ。
あそこには90度のドライサウナと75度のフィンランド式サウナ、58度のミストサウナがあって、水風呂は25度と17度の二種類ある。サウナの前に五席ぐらい椅子があり、露天風呂の方にもベンチと寝っ転がれるスペースがある。高温サウナは、昼間なら一時間に一回ぐらいロウリュをやってくれる。フィンランド式サウナはセルフロウリュだ。
設備的にはとても良いのだけど、一般のお客さんが多いので、なんと言うかざわついていて落ち着けない。
サ室のテレビも個人的に好きじゃない。
もう一つは黒服寮併設の風呂場である。
遠赤サウナしかないけど100度のストロングスタイルだし、水風呂は13度だし、ととのい椅子が五つにベンチがある。風呂は凡庸だけど結構エグい電気風呂があるのが嬉しい。
温泉施設が出来てから少し改修が入って、屋外のととのい椅子スペースが追加された。
最後の例外は、基本的に転生者しか使っていない。
演習場の奥の方の小川に小さなサウナルームを設置してある。
別に黒服も使えるが、なんとなく使いにくい。
因みに女性専用で真っ裸でも身を守れる覚悟がある奴だけが入れ、逆に近付く男はどんな目に遭っても文句は言うなと言う不文律がある。男子にとっては危険スポットである。
最後のサウナは違う意味で肝が据わってないと利用できないので私は勘弁だ。冬に川に飛び込むと一発でととのうとか言うけど、まぁ色々な意味で怖いわ。
そんなわけで、寮の風呂に来る。
ロッカーに全て放り込んでタオル一枚で入場。
身体を洗って身体を拭って、電気風呂で身体をほぐしたあとサ室に入る。
と……時間が微妙だったのか先客が三人だけだ。
韮山さん、肝属さん、蛭川さん。
三人が仲の良いのは知っているが、まぁ後ろ二人は事実上の上官な訳で、凄く気を遣う。
勿論、サウナの中ではそんなにくっちゃべるものではない。
単に私の居心地が悪いだけである。
三人は静かに目を瞑って熱風に耐えている。
「まみちゃん?」
突然、蛭川さんが尋ねた。
「はっ! はい!」
「勇結ちゃんの結婚式出たみたいね? ブーケ取れた?」
大きなお世話だと思いつつ、「藤谷(みほ)二等主任が取りました」と応えると「みほちゃんって、啓二くんとヨリを戻すとか戻さないとかって聞くけど、どうなの?」なんて突っ込まれる。これは冷静にハラスメントだろう。
「私は存じ上げませんが」
「少しは恋バナしようよ」
いい男はいねぇかと思いつつ、恋バナ絡みが実に苦手だ。人が誰とくっつこうが勝手だろうよ。
そんな感じで、ややイラッとしたところで肝属さんが声を掛ける。
「忍、まみちゃん困ってるだろう」
流石にそこまで言われて「違うよね?」と聞くほど老害ではないが、まぁ年寄り連中と言うのはこういう所がある。
そして微妙な空気感……四人で押し黙ってサウニングを進める。
「暑い! 無理!」
韮山さんが立ち上がり、そして水風呂に向かっていった。
あぁ、漸く平和になった。
一人のサウナは最高だ。
そのあと、顔の知らない黒服が三人ぐらいやってきて、静かにしている。
そうだ、それでいい。
いい感じに出来上がったので、水を被り水風呂に浸かる。
じわじわと身体の芯から熱が出てくる。
屋外のととのい椅子に向かうと、例の三人がだらだらと何か喋っている。
「いやぁ、ちさとちゃんが惚れてるからしょうがないけど、油谷くんどう思う? 曾祖父が特高だったし、叔父さんに公安関係いるじゃん」
「その辺りは散々洗ったじゃん。いいんじゃないの?」
あー、いきなり面倒な話だ。そういうこと、ここでするなよ。
二人の議論を聞きながら気分を悪くしていると、韮山さんが「二人、ああいうところあるからごめんね」
と耳打ちしてきた。
ギリギリのラインで我慢して三人がサ室に行くのを見送った。
まぁ、自分もまた行くのだけど。
あの"子達"は身体が小さいから、サウナで温まるのも、ととのうのも早いので、私がサ室に戻って少し黙っていたら、割とすぐに出て行った。
入れ違いに水木二等主幹が現れた。
穏やかな語り口の人だけど、鋭いからどことなく苦手な人だ。
「あら、山形さん」
「水木主幹、お疲れ様です!」
「昨日は大変だったみたいね」
どう考えても酔い潰れていた話だ。何人か転がってたからなぁ……
そこから始まる「私の若い頃は……」と言う説教を覚悟した。
「少しは身体を大切にしなさいね。私の旦那も肝臓の薬飲んでるし」
意外に優しい言葉に驚いた。
「ありがとうございます!」
その辺りで、さっきの黒服三人が入ってきた。
流石に主幹ともなれば末端も顔を知っているだろう。
次々に挨拶してそれから色々と話をしていた。
やっとで落ち着けるだろうか。会話も収まり、五人で押し黙る。
ああ、この状態が長く続けばいいのに。だが、割と限界だ。
それから水風呂に直行した。
暖と冷が幾重にも重なっているのを感じる。
外に出れば、湯気が上がるのが分かる。
サウナにいい季節が近づいて来ている。
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