0405 サイレントインベーション防止法

ページ名:0405 サイレントインベーション防止法

0405

 共和国が独立する前からの事であるが、ある団体が公金を使った若年層の支援事業で、その資金を流用していた問題が発覚した。
 支援していた若者を政治団体に動員していたりかなり好き放題にやっていた。
 支援を決定していた自治体の人間も巻き込み、大変な問題になったのだ。
 その決定に対する当時の共和国報道官の発表と、団体を擁護するマスコミとのやりとりはこうである。

記者:しかし、彼等は己の良心に従って行動したまでです。
 それが政府の方針に従わないというだけで非難されるのは間違っています。

報道官:なるほど、個人の良心であれば結構。個人の思想ならば自由です。ただ、そうであるならば、自分から持ち出せる力で行ってはどうですか? なぜ国民の懐に手を突っ込むマネをする必要があるのですか?
 我々政府は国民の方々の信任によって、その大切な税金を利用しているわけで、それは我々の理想に賛同しているからと考えております。であれば、その我々に従わない思想に対して、税金を用いるのは間違っているのだと申し上げているのです。
 貴方の思想が尊いのであれば、きっと多くの人が賛同してくれるでしょうし、その上で支持者を得たならばその支持者によって、よりよい政府として君臨すればよろしいのではないでしょうか?
 人を動かすと言う事に関して、きちんとした知見をお持ちでしたら結構ですけどね。
 我々は仕事をしてくれる人にお金を払いたいのですよ。一円でも多く。
 それを途中で邪魔する連中に明け渡すのは、公共の利益として間違っていると申しているのです。
 女性の平等に対する活動? 結構。ならば、困っている女性に渡しましょう。LGBT差別に苦しんでいる人が居る? では、当人を支援しましょう。
 たったこれだけの事です。
 支援していると謳っている団体の代表がふんぞり返って、団体に送られた果物を頬張っている所なんて誰も見たくないんですよ。見たくないどころか、そうしている事実が許せないのですよ。
 お分かりですか? 血税は、国民一人が血の滲むような努力で稼いで戴いたお金です。それがなるべく均等になるように分配するのが国の指命なのです。
 それを途中から掠め取って贅沢している人間がいると言うのは、古今東西まともな人だったら許せない事なのですよ。
 それが国益を損なう活動にまで手を染めている? 逮捕されないだけで感謝されるべきですね。
 それを改められないようであれば、我々は然るべき対処を取ります。
 これは他のあらゆる団体や記者の皆様に申し上げる事ですが、君たちの仕事は世界の人々、特に我が国民の幸福を増進させるために存在している訳です。特定の個人や特定の思想の人間を優遇するような活動は恥ずべき事なのです。
 それを理解できない人間は、今すぐにでも自分を大切にしてくれると思った国に逃げ込むといい。
 ただ、一つだけ歴史的事実を言おう。
 裏切り者というのは、その試みが成功してもその依頼主に優遇される事はない。自分の味方を簡単に裏切る人間は自分も簡単に裏切るからである。況んや、未達に於いてをやである。
 我々は一度の過ちは許そう。それが最大限の譲歩だ。

 問題の団体の代表は暫く後に事故死した。
 後でネットで噂されることによると、特定の国の団体の接触があり、かつての人脈を使って発言を繰り返していた故に消されたという。
 関係していた役人は、きっちり調べた上で背任で逮捕され収監され、便宜されたと算出された金額の収納を要求された。

 最後に粘った記者だが、政府関係者からの打診をうっかりリークした故に酷い事になった。
 リークとは、政府関係者が「お前がここここの団体からカネを貰っている証拠を押さえている」と言う情報で、これ以上政府に逆らうなら逮捕するという話である。
 しかし、記者のリーク直後、問題の政府関係者と言うのが全く実在しないと言う政府の回答故、自作自演と判断され、その上、その話を切っ掛けに"サイレントインベーション防止法"にて逮捕され――る直前に何者かによって殺害された。
 犯人が共和国政府なのか、問題の団体関係なのかは不明だ。

 このことに関してネットでは大盛り上がりだが、割と政府に批判的と評価されている御堂ちさと氏でもこんな調子だ。
「『馬鹿に説明しても無駄』と言う場面は沢山あるけど、重要なのは『馬鹿にも丁寧に説明した』と言う事実であって、相手の理解度は二の次まではあるんだよ。それに自分自身がその馬鹿に他ならない場合だってあるわけだし」

 記者や例の団体に関してはこうだ。
「何と言う話はしないけど、自分の愚かな行為を愚かだと認めない為に、更なる愚かな行為に走っている人間を、『信念を通すため』と形容するのはちょっと違うと思うのね。
 狂気って特別扱いされがちだが、過去の自分との整合性に取り憑かれている人間という意味では、かなり人間らしい行為だと思うのよね。
 割といるでしょう? 自分がこうだと主張したことの反証が出てくると狂った説でも取り入れて主張する人。
 或いは、ここで怒った自分を正当化させる為に、怒る事をやめない人とか。
 狂気って意外に合理的だし、合理的だと思っている人間がやってしまうの。
 だから気をつけた方がいいよ。自分は矛盾したことを言うし、変節もするって覚悟してた方がいい。そうやって臨機応変に対応することで、なるべく正しい事を選択しているんだって。
 逆に人が自分の過ちを認め正そうとしている姿を、変節だと馬鹿にするのは慎んだ方がいい。
 そうやって狂気側へのハードルを下げるのは誰にとっても、幸福な結果にならない。
 過去の自分との整合性なんて気にしないでね。大切なのは、その過ちを認める事と、正しい選択を今していると言う事だから」
 

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