0385 俊子の文化祭

ページ名:0385 俊子の文化祭

0385

「東谷山さんさぁ。言っといてくんない?」
「言うだけ言いますけど無理だと思いますよ?」
「はぁ? ナメてんの?」
 ナメてんのって言いたいのはこっちの方だ。向こうはこっちの数千万倍ぐらい予算があるって言うのに……

 学校生活は相変わらず浮き沈みが激しい。
 不死者と知り合い(流石に近親者とは言えない)だと言うだけでかなり話題を掠い、媚びを売ってきた先輩達が、こと文化祭となると相当に機嫌が悪くなる。

 事の始まりは稜邦中学校の文化祭が、希望者全員招待を始めた辺りからだ。
 その日程は我が校の文化祭と被っていた。
 稜邦中学校とウチの高校とは場所も離れすぎていて、流石に客の取り合いにはならないだろうと思っていたのだけど、そんなことは全くなかった。
 ウチの高校は文化祭に力を入れている文化がある。そう言う事情で、稜邦中学校のことは目の上のたんこぶだった。
 しかし、文化祭の日程なんて何処の学校も春の段階で決まっている。それを楓ちゃんの所為にされても仕方がない。
 自分の都合の悪いことを他人の悪意と見る人は推さない人間の特徴だ。まぁ幼いか。高校生だもの。

 私の言うことを信じない先輩に促され、目の前で電話を掛ける。そう都合良く出るとも思わないけど……
「あ、楓ちゃん? あのさぁ……」

 「いくらお主の頼みでも無理なモノは無理じゃろうな、その先輩連中が百億円ぐらい詰んでくれるなら考えも改められようが」
 あの見下すような声がスピーカーから聞こえる。
 百億円という金額は稜邦中学の予算から考えると妥当な金額だが、高校生の我々には小学生の考える法外な金額のように聞こえる。
「まぁ、助っ人ぐらい呼んでやってもよかろう。お望みの不死者をな」
 こんな言い方をして喜ぶ人はいない――けれど、不死者がゲストに来ると言う部分だけクローズアップされ、噂は広まり、そして謎の興奮状態に陥った。

 楓ちゃんが素直にマトモな人を送ってくれるとは思えなかったし、不死者にマトモな人と言うのがいない。しかも状態はよくなっていない。
 クラスの出し物がメイド喫茶とあって、件の不死者にメイド服を着せようとか、そういう話になった。
 服のサイズを聞き、去年三年生が使ったメイド服が使える事が判明した。
 私的には、クラスのみんなで頑張ってアイデアを出して、メニューを決めて、飾り付けをして……と言う事は楽しかったし、青春している感じがして嬉しかった。
 凛ちゃんはバイト先のジムの人に学校のOBがいるらしく、柔道部の手伝いをする事になった。カナちゃんも半分幽霊部員だがボドゲ同好会で仕事があるらしい。

 文化祭が近付くにつれ、生徒の反応は二分する。
 稜邦中学校の文化祭に行きたかった奴と、自分の青春のことで頭一杯になる奴と。
 高校生は人生に三年間しかない。だからそこに全部を集中させたい気持ちは分かる。でも、ナンというか、その価値観で凝り固まっている人もいる。具体的には私に電話を掛けさせた先輩とかそういう連中である。

 文化祭は三連休の後ろ二日で行われる。土曜日は準備のために全員登校だ。
「いちんちぐれぇ行きたかったなぁ」
 金曜日の下校時、そんな声も聞こえる。気持ちは分からないではないけれど、空気が悪くなるから口にするなよ……

「あぁ、面倒くせぇなぁ」
 家に帰るとついつい本音が出てしまう。
「そう? 楽しいじゃん」
 カナに突っ込まれるが私は私で色々考える事がある。
 ゲストって誰だよと言う事だ。

 冷静に考えて転生者って奴らはお祭り好きだ。
 そんな人達がこんなデカイイベントをぶっちぎって、普通の高校に来るだろうか?
 嫌な予感しかしない。

「飛鳥さん……」
 この人は仏頂面しか見た事がない。そして、それは現在進行形である。
「楓から話は聞いている」
 何処まで聞いているだろうか?
 出迎えたのは私と実行委員会の人間だ。
 横から突かれ「大丈夫?」と心配される。
 それはこっちの台詞だよ……

 取り敢えず飛鳥さんは私預かりとなった。
 眉毛を逆ハの字にしている人間には関わりたくないのだろう。
 教室に着くとクラスのみんなが「わっ」としたが、その不機嫌な表情に空気は凍り付いた。
「蜷森飛鳥です。三日間よろしくお願いします」
 頭を下げると、拍手が起きた。
 まぁ、顔は悪くないしな。

 飛鳥さん、こんな表情はしているが、頼まれたことはきちんとこなす。
 メイド服を着てくれと言われても嫌な顔一つ(ずっと嫌な顔と言う意味で)で承諾した。
「少しぐらい笑えねぇのかよ」
 と言う言葉も聞こえたが、それに反応するほど幼くはなかった。
 頼まれ事も素直に聞いてくれる。
 生徒職員の顔と名前は全部憶えてきているらしく話が早い。
 特に意見する事もなく状況は整っていく。
 クラスの準備が終わると実行委員会の手伝いもする。
 テキパキ仕事をする姿を見て、多少は彼女の評価も上がったのではないだろうか?

 会期中飛鳥さんは我が家に泊まって貰う。
 私のベッドを譲ろうとしたら「ソファで十分」と言うから、彼女なりに気遣っているのだろう。
 何だかんだで凛ちゃんは顔見知りで、カナちゃんは性格的にすぐに打ち解けた――と言うか順応した。

「そう言えばクラスの人からどういう人かって聞かれたけど、何て答えたらいい?」
 カナの質問に「何も答えなくていい」と言う。
 勿論、カナは飛鳥さんの仕事を知っているから「分かった、適当に誤魔化しておく」と笑った。
「宜しく頼む」

 初日は思ったより人が来ていた方だと思う。
 実行委員会は不満顔だ――稜邦中学の一件がなければもっと来たはずだと思っているのだ。
 しかし、実行委員会にとって不満なのは、来場者の殆どが不死者に興味があって来ていると言うことである。
 それで問題の来場者は、当の本人に出くわすと、その顔に一通り驚く。
 「なんであんなに不機嫌なの?」か「むっちゃ可愛い」である。
 世の中にはツンデレメイド喫茶と言うのがあるが、それのデレ抜きである。まるでハンバーガー肉抜きみたいなものだ。もうそれは"アー"なんだよ。なんと間抜けな響きだろう。

 とは言え、仕事はしっかりとしている。
 クラスメートの「髪が綺麗! シャンプー何使ってるの?」と言う質問にも一応答えてはいる。尤もその答えが「安いから」と言う理由で選んだ、今時中学生でも使わないブランドなのだ。当然、場は凍り付いた。

 休憩時間というか、不死者をメイド喫茶だけの集客に使うのはマズイと言うので、他のクラスにも出向く。
 着替えるのが面倒くさいと言う理由で私も飛鳥さんもメイド服のままで――部屋を出ると急に恥ずかしくなる。だが飛鳥さんは堂々としている。ブレない人だなぁ。

 あるクラスの出し物は射的だった。
 私物のエアガンが並んでいる。
 高校生が使えるエアガンだから出力は弱い。と言う理由で射的には丁度良いのだろう。
 距離も絶妙で、落ちそうで落ちない感じである。

 飛鳥さんはそれはそれは正しい銃口管理で実銃のように取り扱い、そして一ミリもぶれない姿勢で射撃をする。
 当然それは百発百中だ。
 それは問題のクラスのミリタリーマニアを惚れ惚れさせるものだった。

 武道場では凛ちゃんが受付していた。
「コイン乱取り?」
「ワンコインで乱取りが五分できます」
「いや、それ言いたかっただけでしょ?」
 私が呆れていると飛鳥さんはずんずん進む。
 取り敢えず五百円立て替えると、ナメて掛かった柔道部員が派手にぶん投げられた。それはもう一瞬の出来事で、誰もその状況を理解できなかった。
「流石ですね」
 凛ちゃんだけが訳知り顔をしている。
 部員が次々に投げ飛ばされて五分。組み合った人間は皆息を切らしているが、飛鳥さんは顔色一つ買えない。
 そこで主将が出てきて泣きの一回を懇願された。
 主将は去年全国大会に出場したぐらいだ。先の様子を見て本気になったと見えた。

 真剣な睨み合いの一瞬、「開始」の声で部長は倒れていた。
「まだまだ!」
 何度も何度も組み掛かるが、殆どその場で投げられ倒されていく。
 五分間に何本取られただろうか?
 息も絶え絶えの主将は「先生と呼ばせてください!」と頭を下げた。
「私より強い人はいるし……」
 視線を逸らす飛鳥さんは、少しくすぐったいような顔をしていた。

 別の教室に移るとラグビー部がアームレスリング大会をやっていた。勝ち抜き方式らしい。
 今の所、三年生の部員が勝ち続けているらしい。
 その部員は、高校生とは思えない程の体格で、まさに「肩にちっちゃいジープ載せてんのかい!」と言う奴だった。
 飛鳥さんは臆せずに腕を載せる。
 舐めてかかった三年生は、その直後一ミリも動かない腕に苦戦することになる。
「君は勝てないからやめた方がいい。怪我をするよ」
 飛鳥さんのなけなしの優しさだと思うけど、世間一般ではそれは挑発である。
 三年生は顔を真っ赤にして力を込める。
 飛鳥さんは軽く溜息を吐くと、ゆっくりと腕を倒していく。

 圧勝したはいいのだけど、三年生は頭に血が上ってぶっ倒れてしまった。
 飛鳥さんはすぐさま彼を受け止め、静かに横にさせると、制服のボタンを外し、ベルトを緩めた。脈を測り「救急車を呼べ、念のために検査をした方がいい」と告げた。

 辺りが騒然とする中、私は飛鳥さんを引っ張ってその場から逃げ出した。
 そしてカナに出くわす。
「何かあったの?」
「ちょっとね……」
「ふーん。
 ところでさ、飛鳥ちゃんいるならウチにも来てよ」
 と言うので、ボドゲ部に顔を出す。
「ポーカーやってかない? 部長強いよ」

 誘われたなら仕方ない。私と飛鳥さんで卓に座る。
 飛鳥さんは相変わらずの不機嫌な表情でゲームを続ける。
 しかしそのゲームはむちゃくちゃだった。
 どういう自信があるのか分からないが、ワンペアで勝ってしまうわ、部長がしれっとストレートフラッシュになった時にはドロップしてしまうわ、相手の手札が見えるんじゃないかと言うほど正確に勝っていく。
 こういう勝ち方をされると部長は焦り、そしてミスを犯したりする。
 結果としては飛鳥さんの圧勝である。
「先生と呼ばせてください!」
 何処かで聞いた台詞である。
「私より強い人はいるし……」

 圧倒的実力差を目の当たりにすると人は憧れてしまう。
 そして、彼女のファンが増えて行く。
 一日目が終了した時点で、彼女と連絡先を交換した人は数知れずだ。
 まぁ飛鳥さんの事だから、何か来ても愛想のいい返事なんてしないだろうが。

 二日目も同じような案配だ。
 復帰したラグビー部の三年生はお決まりの台詞を吐いて、そして飛鳥さんはまたくすぐったそうにしている。
 だけれど、こういうワンサイドゲームに実行委員会はいい顔をしなかった。
 呼び出され苦情を受ける。
 すると問題の先輩に対してフルネームで呼び捨てた。
「貴方の情報ぐらい簡単に拾える。我々を見くびらない方がいい」
 鋭い眼光は彼女を萎縮させるのに十分だった。

 私が「色々ご免なさい」と言うと、「別にいい。楓の借りも返せるし」と淡々と言われた。
「借りって何ですか?」
「大した事はない。気にするな」
 気にするなと言われてこれ以上語りかける言葉もなく、そのまま教室に戻った。

 メイド喫茶に飛鳥さんが戻ると知られると、客はどっと増す。
 柔道部もラグビー部もボドゲ部も打ち負かし、銃の扱いに慣れているとまで言われると、そりゃぁ期待もする。
 彼女の後ろにH.A.R.M.S.が見えているのだろう。

 結果的には文化祭は成功だっただろう。
 飛鳥さんが帰ったあと、私は楓ちゃんに電話をした。
 あったことを語っていたらあっという間に時間が経っていた。
 そう言えば、楓ちゃんは自分の事をあんまり喋っていなかったな。
 稜邦中学の文化祭に比べれば、高校の文化祭なんて児戯に等しい。それでも私の青春を真剣に聞いてくれる。ああ見えても大人だなぁ。

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