0384 文化祭②

ページ名:0384 文化祭②

0384

 オペレーションルーム間近の休憩室。
「不死者見物に来る奴、カネ落としやがらねぇからな」
 煙草を吸いながらジンさんがほくそ笑んでいる。
 勇結と僕は今日いっぱいオペレーションルームに缶詰だ。
 そこにジンさんが差し入れを持って来たと言うわけだ。
「精々、街の歳入になるといいですけどね」
「どうだろうなぁ、出張ってきてる警察のバン、ひっきりなしに署と学校往復してるぜ」
「そんなに掴まる人いるんですか?」
「立入禁止無視して這入り込んだ活動家と、ちさとちゃんに暴言吐いて、叱られて、逆ギレしたオッサンと、酔っ払いだなぁ」
「治安悪すぎでしょ……」
「問題起こる前に捕まえるのが黒服の仕事だよ。
 それにしても面白かったなぁ。"ここはお茶の間ではないのでそういう下品な発言はお控えください"ってリアルで叱られてやんの」
 煙草の灰を落としながら思い出し笑いしている。

 僕は外部からのアクセスを監視しているけど、他のオペレーターが黒服にあっちいけ、こっちいけと指示していた。
「奴らにとっては、ちょっとした冒険のつもりなんだろう?」
 吸い殻を灰皿にねじ込んでジンさんは去っていった。

「カズマー! おなかすいたー」
「はいはい、持っていきますって」


「アホか! 仕事や!」
 真生ちゃんが大物芸人を呼ぼうとしてる。
「ちょっとだけでいいから! 先っぽだけでいいから!」
「なにゆーとるん? 君、大丈夫か?」
「えー、でも、この前、突発でゲスト出演したじゃん」
「もー、しゃーないなぁ!」

 真生ちゃんもルイちゃんもあっちこっちに恩を売っているので割とスムーズだ。
 ルイちゃんなんて、人気アーチストに「来て」だけで「はい!」って言わせたので、何をやったか本当に怖い。

「ルイちゃん、冗談抜きで怖い……」
 私が突っ込むと「峰ちゃんだって色々あるじゃない」とシレっと言われて、変な想像をして怖くなった。
「やめて」

 私の番では仲のいい女優さんとか、昔なじみに声を掛けていく。
 存外好調なのは、文化祭にゲストのオファーらしきものがなくて、業界全体が身構えていたからと言うのもある。
 学校の事は敵に回したくないらしい。

 ありあちゃんはマニアックな芸で有名な芸人さん、不二子ちゃんは気難しいで有名なアーチストを呼ぶし、みのりちゃんは有名漫画家、ミカちゃんはトークが面白いで有名なイラストレーター、心音ちゃんは歌い手からメジャーデビューした子を呼ぶし、かなでちゃんは何故か世界的なギタリストと繋がりがある。宝稀ちゃんはよくモノマネをする俳優さん――それも初老の男優だ。れいあちゃんは国際的なマジシャンを呼ぶのに平然と答えていた。
 この子達、どんだけ人脈作るのが上手いの?

 ちさとちゃんはと言うと、学園祭のバーチャル開催と言うイベントに出たり入ったりしている。ルチルちゃんと一新くんを中心に生身で巡って食べたり遊んだりしながらレポートをすると言う企画だ。あの子たちも地味に忙しいなぁ。


「ちさとさーん!」
 私が声を掛けると「あら、むっちゃん!」と手を振ってくれた。
「今、ナオさんと一緒に回ってるんですよ」
 私がカメラを向けると、「あ、これカメラ回ってるの?」と軽く焦っていた「生放送ですよ」って言うと、「ひょっとして、今の見てた?」と微笑んだ。
 何の事が分からないので、「何をです?」と言うと、「分からないなら大丈夫」と微妙は反応をされた。
 後日、酔っ払ったおっさんがちさとちゃんに絡んでいた一件がSNSを賑わしていた。ああ、惜しいことをしたな。

 ちさとちゃんからオススメのお店、そりゃぁもう山水亭もそうだけど、色々とお話しを聞いてこっちは上機嫌だ。
 ナオさんと私でどしどし進んでいく。
「わー、生徒さんのメイド居酒屋ですかぁ」
「お主、久し振りじゃの」
 楓さんである。相変わらずもふもふの尻尾とお耳が可愛い。そしてメイド服だ。
「むちゃくちゃ可愛いですね! 二次会の食堂以来ですね!」
「色々あって、ここの面倒見る事になっておってのぉ。
 席はそこが空いておるじゃろ。座って待っているがよい」
 着席してメニューを見る。
 もも、ねぎま、かわ、砂肝、せせり、つくね、きも、むね、手羽先、ぼんじり……焼き鳥屋? でもビールが赤星とギネスだし、ウィスキーはラフロイグかジャックダニエル、日本酒は広島のお酒だし、誰だ、こんなお店監修したのは……
「ほれ、注文決まったか?」
「赤星大瓶、グラス二個、もも、ねぎま、ぼんじり、ししとうを二本ずつ!」
「よい選択じゃのぉ……因みに、給仕に来た子が女か男か四人連続で当てられたら料金無料じゃそ」
「なにそれこわい……」
「因みに、今の所誰も無料になってないからのぉ。心して注文するとよろしい」
 恐ろしい店に来てしまった。
 しかし、生放送の反応を見ていると「やれやれー」と言うのが多くてもっと怖い。

「お待たせしました、赤星大瓶とお通しの砂肝のニンニク漬けです」
 来た子は笑顔が明るいメイドさんで、声も女の子だ……これ流石に女の子でしょ? いきなり仕掛けて来ないでしょ?
 と言うと「ハズレです。ちゃんと付いてますよ」と言って帰っていった。
「一言で言ってヤバイです。当てられる自信ない」
 何はともあれ乾杯する。
「ナオさん、学校関係者なら顔とか知ってるんじゃないんですか?」
「私、裏方だからねぇ」
「ナオさん、普段何やってるんですか?」
「子守」
 不敵な笑みをする。
「またまたぁ」
「いやぁ私の上司が本当にクソでさぁ……」
 既に酔いが回ってるナオさんがそこそこヤバイ。
「へぇ……ナオさんも大変なんですねぇ」
 急に首を突っ込んできたのは一人の少女だった。
 ナオさんは急に目を剥いた。
「クソ上司で悪かったなぁ」
 と悪態を吐いたと思うと、カメラに向けて満面の笑みで「どうもクソ上司です!」と可愛くアピールした。
 あらあらと思ってると、「こんな子でも可愛い部下だから仲良くしてあげてね」と言って去っていった。
「あの子が!?」
 私が話を振ると「そう、上司……」と青い顔をしていた。

 そうこうしているとウェイターさんがやって来る。
「どうぞ、もも、ねぎま、ぼんじり、ししとう二本ずつ。何かお飲み物を飲まれますか?」
 割とイケメンの少年だ。否、これは騙されてはいけない。背もそんなに高くないし――「女の子だ! あと赤星お代わり!」
 私がそう言うと、「ご注文ありがとうございます。因みに僕は男ですよ?」と答えられた。
「無理ゲーじゃないですか!」


 全く科学畑じゃないのに、研究室巡りの取材に参加する事になった。
 転生者の怖さは"メイド喫茶"で思い知らされている。

「ここの施設は贅沢すぎるという批判がありますが?」
 仕込みを思わせるような質問が記者から出る。
「この施設は、自己資金にて運営されています。税金の投入は一切ありません。教育と科学技術の開発は言わば国家の自己研鑽であり、それを怠った人間は衰えるだけなのです。
 そして、人生に於いて何が大切だったのかと言うのは、その時が来るまで分からないものなのです。
 こういう事が分からないのは、家族に保護されながら順風満帆にやってきた坊ちゃんぐらいでしょう。そう言う人に財布を握られるなんてぞっとしますね」
 相変わらずのななみ節である。

「ここで開発された技術が、海外で軍事転用されているとの報道がありますが如何ですか?」
 左翼系の記者が質問する。
「軍事転用の具体的基準を教えてください。例えばライターで火を付けると言うのは、戦場ではありがちな行動だと思いますが、ライターは軍事転用になりますか?」
「詭弁ですね」
「そう仰るなら、詭弁の立ち入れない基準を設けるべきでしょう。
 それができないのは、あそこはOK、ここはダメみたいな聖域が存在しているんですかね?」
 流石に相手の記者は黙っていた。
 問題の記者はそう言う話を都合良く切り取るだろう。だが学校も学校で独自に記録を公表してるから、遠からず恥を掻くことになるのだろうな。


 会場を徘徊する。時間までに戻らなければならないと言う制約の中、黙々と写真を撮り、動画を撮る。
 あんまり声を出したくないのは、私がルチルだとバレたくないからだ。
 映像や写真はバーチャル開催の本部へ投げられて、すぐに編集される。そこで台本とか決められて、本部に戻ったら配信と言う訳である。
 これを私の他、七名のVTuberが手分けして行う。
「あんま気張らなくてもいいよ」
 一新くんが励ましてくれるのだけど、この絶妙なデート状態、あんまりちさとちゃんに見られたくない。

 そう思っていたら遭遇するものである。
 事情は知っているだろうけど、相手も複雑だろうと思ったら、「お仕事頑張って!」の一言だけだった。
「表でいちゃいちゃするのは嫌なんですよ」
 と一新くんが笑う。
 そういうものだろうか?

 なんか人妻に変な意識を持つ童貞みたくなってしまった。
 気を取り直してメイド居酒屋の方へ向かう。
 様子だけ見て、宣伝だけできればいい。
 そう思っていたら楓さんだ。
「お主達、ご苦労様じゃなぁ。店のことじゃろう?
 軽く説明するとな、焼き鳥と酒の美味い店じゃな。
 給仕の性別を四連続で当てられたら無料キャンペーンをやっておるぞ。こぞって挑戦しにくるとよいぞ」
 胸を張っている後ろにカメラを向けると、「今度こそ女の子でしょ!?」と声を張り上げる女の人がメイドにカメラを向けていた。
「酔っ払い、こわ……」
「ああ、あやつは七回連続で失敗しておるな」
 と、楓さんはにんまりしている。


 ちさとちゃんと配信の件で打ち合わせしながら歩いていたらばったり漆谷さんに出くわした。
「よぉ東条、元気でやってるか?」
 漆畑さんは屋台の前で秋刀魚を突きつつビールを一杯やっていた。
「お酒いいんですか?」
「今日は非番だよ」
 得意気な顔をしている。
「対策室はどうしてるんです?」
 ちさとちゃんが尋ねる。
「相変わらず生徒のストーキングはしているぞ。でもなぁ、君たち気前がいいから仕事にならんのよな」
「まぁ、そう気を落とさず……」
「気は落としてないさ。だが、今はこの秋刀魚に集中すべきだ。
 今日日こんな大ぶりで脂ののった秋刀魚食えないぞ。今にでも食うといい。数量限定らしいからな」
「もぉ、仕事嫌になったんですか?」
 私が突っ込むと、「東条、お前にだけは言われたくない」としみじみ言われる。
「でも、秋刀魚の匂いがさっきから凄いんですよね……アイリちゃん、一杯やってかない?」
「ちさとちゃんまでー」
「絶対に食った方がいい。
 秋刀魚と鰻はな、いつ食えなくなるか分からない魚だ。これが最後の機会になるかもしれん。最後の思い出がいい加減なもんじゃ悲しいだろう。秋刀魚と鰻は噛み締めながら食うようにしてる。
 水産庁よろしく、少なくなる原因が分からないと制限は掛けられないらしい。いいよな、そういう仕事。人がなんで速度超過するか分からないとオービスは光らないらしい」
「それは法務省の見解ですか?」
「俺は非番だって言っただろ?」

 漆谷さんからは離れたが、なんだかんだで秋刀魚とビールを戴いた。
「Vの子には内緒だよ?」

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