0375 共和国への移民2

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 共和国への移民と就職支援の申請を行うと、面談だのセミナーだのに忙殺される。
 住宅は自分で探しても良いが、公営住宅の斡旋を受ける方が早い。公営住宅から就職準備に関わる施設までの無料パスも貰える。貯金等がないことを証明できれば当座の生活費支援も受けられる。
 尤も、それ故にホームレス状態は違法となる。キャンプ地を点々とするような暮らしには許可が必要で、何にも縛られない生活と言うのは事実上存在しない。
 逆を言えば、収入の道がない人は政府に生活を管理されると言われる――尤も、日本国の生活保護ほど五月蠅くないと思うのだが。

 ここで他に斡旋業はないのか? と言う疑問があるかも知れないが、高収入な仕事へのヘッドハンティングや特殊技能を持つ人間の転職エージェント以外、就職に纏わることは政府が独占している。
 これは、就活エージェントが違法な選別を行っていた事に対する反省から来ている。
 大企業は特定の採用基準があると指摘されると監査を受ける事になるため、かなり慎重に採用するようになっている。

 また、派遣業は特定業種でのみ許され、その上特別許可を得なければ存在すら認められていない。
 徹底した中抜き、ピンハネの禁止文化があるのだ。
 これは就業に拘わらず、あらゆる場面で徹底されていて、例えば建設のデベロッパーは、末端の一人親方まで直接契約しなければならないのだ。
 政府はそれに関わるコスト増に対して、制度の簡素化で答えている――そのため全体としてはコスト減になっていると言う。

 中抜き禁止を徹底する理由は、経済発展に対する物価増が国民の不満に繋がらないようにする為である。
 その為、如何に経済成長と個々人の給与増がリンクするかに腐心している。
 それを証拠に、転売規制も行われている。
 メーカーや問屋からの直接仕入れ以外の販売を事実上禁止し、販売終了から十年以内に定価以上で販売した場合、その差額の三百パーセントの追徴課税が課されることになっている。
 これによって物々交換サービスが開始されたが、やはり不平等な交換に対する規制が行われるようになった。
 買い占めや売り渋りに対する規制も行われ、多数の逮捕者が出た事は、国民に対するいいアピールになっている。

 共和国は概ね善政を布いているように言われている。
 現実問題、きめ細かい対処と抜本的解決が迅速に行われる。
 尤も、これはそういう細かい問題にまで政府や行政が首を突っ込むと言うことである。
 一言で言えばパターナリズムと言える。

 共和国でまことしやかに噂されるのは、信用度スコアというものだ。それこそポイ捨てや信号無視なんかで減点され、或いは交際関係やネットでの書き込みが監視されると言うものである。
 きちんとしていればユートピアと笑われるが、その“きちんと”の基準を他人に委ねたらディストピアである。
 当然、共和国政府は信用度スコアの存在を否定しているが、実在性に関しては根強く信じられている。
 勿論噂である。一説にはそう信じさせて緊張感を出しているというものがある。だとしたら、それはそれでディストピアだ。

 では窮屈な生活を強いられるのかと言うと、そんなこともない。
 平日の朝でも休暇なら酒を飲んでいても嫌な顔はされない。
 変わった格好で街を闊歩しても写真を撮っていても、人の邪魔にならなければ問題ない。出版は反論できないほどのデマを除けば、ゾーニングさえ守られていればなんでも許される。
 政府と己の良心以外で、自分を規制するものはないと言える。

 己の良心と言うのはクセモノである。
 例えば脱法的なそして本質的に被害者が出るような商売は、日本国の場合、規制されるまでは好きに出来るものだ。
 際どい詐欺的な商売とか、脱法ハーブとかそんな商売は沢山あって沢山消えてきた。
 共和国の場合そのサイクルが早い。
 流行り始めた頃には抜本的法規制が布かれる。
 では隠れてやっていれば……と思われるかも知れないが、この国の秘密は不死者の専売特許で、誰も秘密にしていられない。
 勿論、そのお陰で"誰も寝てはならぬ"ととはならないのだが。

 徹底した監視社会と言うと怒られるだろうか?
 街中にカメラがあり、店内の監視カメラも政府にリンクされている。
 噂によると――否、実際にそう説明するのが合理的なのだが――顔認証と社会保障番号はリンクされている。
 何らかの犯罪が起きて顔が割れると、直ちに警察に追い詰められる。
 これは交通違反でも同じだ。
 速度違反、一旦停止無視、歩行者妨害の類は書類が送られてくる。警官と一緒に当時のビデオを見て、納得したら罰金のお支払い。納得しなければ(ほぼ負ける)裁判と言う形になる。

 歩行者とて、沢山のカメラが捉えていれば同じ方式で起訴される事もある――そして存在の疑われる信用度スコアにもリンクされていると見られる。
 こういう脅しがあるからだろうか? 歩行者が信号無視する事はまず見られないし、歩き煙草や自転車の通行帯違反なども気をつけられている。

 こんな窮屈な世界、しんどいだろう? と思われるかも知れないが、存外快適である。
 少なくとも"嫌なモノを見たな"と思う事が存在しない。
 移民の俺にも皆優しくしてくれる。
 落とし物の類は確実に戻ってくるし、無料の傘貸し出しや無人販売所のような善意を前提としたシステムが機能している。

 ちゃんとしていればユートピア……自分がそのちゃんとの中に入っている限り確かにユートピアだろう。
 それを自分で選べないのはディストピアだが。
 ただ、一つ言えるとしたら、日本国で我々はそれを選べたのか? と言う事である。
 

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