0365 一新のプロポーズ

ページ名:0365 一新のプロポーズ

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 この頃は、身体を合わせるのに抵抗がなくなった。自分を受け入れて貰えていると思うと、それだけで胸が熱くなる。
 だけど、そこからの進展というのがどうにも感じられない。

 表向きには意識していないのだけど、勇結ちゃんとカズマくんが結婚式の準備をしているのは気にならないではいられない。
 結婚願望があるかないかで言うと、結婚自体に何を求めているつもりはない。だけど、やっぱり証しが欲しいと言う気持ちは強まるばかりだった。

 こういう時は、自分から「結婚してよ」と言うのが正解なのだけど、彼に言って貰いたいと願う心が強い。
 なんだろうか、そこに発生するドラマに何か期待しているのかも知れない。
 あぁ、面倒くさい女だな、私は。


 ちさとちゃんのこと――頭の中では結婚を前提に付き合っているつもりになっている。
 両親への挨拶が済んでいるのもそれが原因かも知れない。
 しかし、それを自分自身に決断したあとも、ちさとちゃんにそれを報告していない。
 まだプロポーズをしていないのだ。
 俺って、こんなにぐじぐじするタイプだったっけ? 自分自身に戸惑っている。

 せめて婚約指輪だけでも作らないといけない――そんな時に接触してきたのは、神内さんと楚山さんである。
「お悩みですね?」
 神内さんは配信のときのような戯けた調子で訊ねて来た。
 自分の悩みなど、自分からしても周りの目からしてもちさとちゃんのことに他ならない。
 それで思い切って相談してみることにした。
「ちさとの性格的にはサプライズは絶対に嫌がるから、普通にそれらしい場所セッティングして、そこでプロポーズしたら?」
「現実的な子だから、突飛なことしなくていいよ」
「絶対あの子、期待しているから急いだ方が良いよ」
 などとアドバイスを貰い、指輪のサイズまで教えて貰った。

 この至れり尽くせりな状況は、急かされている証左である。そして期待外れなのは許さないと言う脅しでもあった。
 結果として、プレッシャーはより強まった。

 アドバイス通り、無難なデザインの指輪を手に入れ、行きつけのレストランを予約した。
 本当にこれでいいだろうかと拍子抜ける。世の男達はプロポーズの為にシチュエーションを気にして、サプライズを求めてという事をやるのに。
 この件、二人にボコボコに言われたのだ。
「冷静に考えて恥ずかしいのはないでしょ? 自分は覚悟できてるかも知れないけど、相手はそんなんじゃないんだよ? そんなの自己満足じゃん」
「男はロマンチストかも知れないけど、女性に対する協調性が低いんだよ」

 何を言うべきだろうか? 前日はよく眠れなかった。
 だが、存外朝になれば目が覚める。
 何も決めぬまま、ちとせちゃんと待ち合わせる。
 ランチの後、映画と買い物、そしてディナーで……

 二人の密告なのか、それとも勘がいいのか、ちとせちゃんは見るからに緊張していた。
 お互いに会話がぎこちなかった。こんなことならディナーだけにすればよかったと思う程だ。
 後に、このとき何の映画を見たのか、二人ともよく覚えてないと笑う程だった。
 そして本題のディナーである。

「ちとせちゃん。ずっと一緒にいよう。いつまでも」
 料理が来る前にさっさとやってしまった。
 指輪を渡し、彼女は感無量という顔をしている。そして涙がこぼれ落ちた。
 ああ、これじゃぁ、食事に手がつかないな……


 ある日の山水亭。
 真生ちゃんやルイちゃんがニヤニヤしながら話しかけてくる。
 はっきり言わないが、一新君を引き合いに出している。
「大船になったつもりでいてね」

 その日の夜、その当人から電話が掛かってきた。
 緊張した声色で、デートの予定を決めている。
 遂に決断してくれたのかな?
 その時は、満ち足りた気分でウキウキしていたが、次第にどんなプロポーズになるのか心配になる。
 彼の事が心配と言うよりも、あの二人が要らぬ事を言ったのではないかと言う不安であった。
 それが予定の日が近付くにつれて大きくなっていく。

 もう、当日は二人とも緊張してしまって、予定の殆どに記憶が残っていない。
 息の詰まるようなデートが大詰めになったところで、彼は遂にその言葉を口にした。
「ちとせちゃん。ずっと一緒にいよう。いつまでも」
「はい!」
 泣くことじゃないのに涙が溢れてきた。
 人に話せばドラマチックなことはないが、しかし、自分の中で自分が主役になれる瞬間だった。

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