0347 欲しいかどうか

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0347

「へー、上手くやってるんだ」
 お店のメンバーに彼の話をすると妙に感心された。
「わ、私、惚気てないですよね?」
 急に心配になって尋ねてみると「今更?」笑われた。
「恋する女の子は可愛いですねぇ」
 と、ネミちゃんにまで言われた。
「もう、やめてください!」
 などと言ってみたけど、あんまり効果はないだろう。

 原因は私だからなのだろう。他のカップルに比べて格段に噂の量が多い。本人の耳に入るのでこうなのだから、暗数は膨大な量になるに違いない。

 勇結ちゃんに会った時には、「これでちさとちゃんも思い知ったでしょう」と子供をあやしながら得意気な顔をしていた。
「私が悪かったよ……」
「もう少し嫌みぐらい言わせてよ」
 にんまりしているのは、子供がいる故の余裕なのかも知れない。
「でも、もし本気で付き合う気なら、子供が欲しいかどうか真剣に考えた方が良いよ。急に怖じ気づかれたら嫌だし」
 そう考えるとカズマくんは立派ではあるなと思う。ちゃんと仕事はしているし、授業にも出ている。その上、きっちり家事や子育ても半々でやっているのだから。
 十五の身空で出来る事じゃないと、色んな人が褒めているが、そういう評価をされると「半分しかやってないし」と実に謙虚だ。

 そう言う話を思い出してみると、お店のメンバーは「出来る旦那が身近にいると、彼氏さんも大変だなぁ」と盛り上がっている。
「でも……」
 唯ちゃんが話の流れを変える。
「でも、ちさとちゃんは赤ちゃん欲しいの?」
 しれっとした口調で尋ねられる。
 自分でも顔が熱くなっていくのが分かる。
「そ、そんなの……」
「勇結の子供を見ると母性本能刺激されない?」
 雪ちゃんが尋ねてくる。
 私が答えにあぐねていると、「悔しいけど、私は感じるよ」と卑怯なのか本気なのか分からない言葉が飛び出した。
 私がいよいよ困り果てていると、唯ちゃんが助け船を出す。
「うーん、私は男の人に興味ないし、感じなかったかな」
 追ってネミちゃんが「私、親で苦労してるし別に欲しいとは思わないかなぁ……赤ちゃんは可愛いけど」と援軍を出した。
 とは言え、本気のことを思うのなら、勇結ちゃんの赤ちゃんを見る時の幸福な気持ちは、絶対に母性本能から来ているのだろうなと思った。否、私達の身体の秘密から考えると、この母性本能も本物なのかどうか怪しいけど。
 ただ、そういう感情に抗えない何かがあるのは間違いなかった。

「いいじゃない? 相手は成人済みだし、法的にダメな理由はないし」
 もじもじしている私に、三人は口々に"ソレ"を勧めてくるのである。
 生々しい話に至らないのはせめてもの情けなのか、それともやっぱり多少なりとも恥じらいがあるのか分からないけど。

 そう言う話があってから、私は彼と会うときの落ち着きのなさを再獲得してしまったのだ。
 彼もそんな私を気遣ってくれるし、ああ、この気持ちをどうしたらいいだろう? SNSに匂わせ投稿をする女の人の気持ちが痛いほど分かる。あんなものは自分で自分の幸せを評価できない人間のすることだと思っていたけど、そうも言えない自分がいる。

 それはそれとして、付き合いは凄く健全だった。
 別に婚前交渉は不潔と思っている訳じゃない。そんな価値観、今の日本にも以前からの自分にもない。
 とは言え、一歩を踏み出す勇気がない。
 彼の事だから、私が言わない限り無理なことはしないだろう。私から見ても、あんなに性欲に左右されない男性は珍しいとさえ思ってしまう。
 ああ、そんな話はやめよう!

「別に泊りでも良かったのに」
 家に帰ったときの雪ちゃんの気遣いが、今の自分には催促がましく聞こえてしまう。
 ああ、こんな自分が嫌いだ。
「世間の目を気にしているなら、もうさっさと結婚しちゃったら? それも出来ないなら別れちゃった方がいいよ。
 だって、私達、歳取らないからいつでも恋愛できるだろうけど、彼氏さんってもうそこそこの歳じゃない?
 男が性欲まみれとは思わないし、ちさとに発情しているとか思いたくないけど、でもそこで思い切れないなら、多分、結婚も思い切れないんじゃないかな?」
 尤もらしいことを言ってくれるなぁ……

 そんなことがあって、次のデートの時、「今日は帰りたくないの」と言ってみた。我ながらあざといと思った。
「何か辛い事があった?」
「ううん、そうじゃないけど……」
 そう言って、一新くんの部屋に上がる事が出来たのだ。

 部屋に入るとものが多い印象だ。半分趣味になっている音響機材や、VRの機材が、無骨なラックの上に並べられている。段ボールだのむき身のゴミ袋だのを見ると、少しぐらいは整理した方がいいかなと思う程度には、男らしい部屋であった。
「ごめんね、来るとは思ってなかったから」
「私こそ、無理言っちゃってごめん」
 そこから言葉が続かなかった。
「そうそう、お酒飲むんだよね? ビール飲む?」
 私は勧められるままに500mlの缶ビールを手に取った。
「なんか不思議だね。その身体でビールを呑んでいるのって」
「そ、そうだよね……」
 これは何と反応するのが正解なんだろうか?
 困っていると、相手も少し焦った様に続ける。
「あ、別に、子供に見てるとかそういうのじゃなくって」
「大丈夫だよ!」
 何が大丈夫なのだろうか? なんなら子供が欲しいとか思っているのに、自分の身体が求められてなかったらどうしようとしか思えなくなってくる。

 それから何となく話をはぐらかしてみたけれど、デート中の普通の具合に会話が出来ないのだ。
 "女が男の部屋に上がると言う事はそういうことだ"とは言うものの、別段豹変する様子を見せない。

「いつか、子供欲しいって言ったら嫌だ?」
 我ながら面倒くさい女だ。
「そりゃぁ、結婚したら一人は欲しいけど」
「そ、そうだよね……じゃなくて、それ。そう。今とかじゃなくて!」
 そう言ったところで止まってしまう。彼もどう答えるべきか悩んでいるようだった。
「あの、ごめんね……でもやっぱり、子供の前に一新くんのことが欲しい」
 言ってしまった。
 そして一新くんも。
「僕こそごめん、なんか怖かったんだよね。そういうのが狙いって思われてたら……」
「そんなことないよ! ほら、私、法的には三十だし!」
 そんなことじゃないのはどっちだよと自分に思いつつ、しかし、黙っているのも怖かった。
「だ、抱きついていい?」
 そう思えば、手を繋ぐぐらいしかしていなかった。
 小さなテーブルの向かいに移動して、座っている一新くんに抱きつく。
 それからは何となく勢いで何とかなるものだった。

 ああ、翌朝、色んな反応があるだろうなぁ。
 こんな時にも、人の反応を考えてしまうなんて、やっぱり嫌な女だな、私。
 

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