0339
「カメラが欲しいのなら、古いのあげるのに」
子供が産まれたら写真を始めたいからと、沙希と如乃には相談に乗ってと言たのは出産前。
まさかその沙希の娘さんが亡くなった矢先に都合がよくなるとは思いもしない。
「ごめんね、こんなタイミングで」
「いいよいいよ、気にしないで。もういい加減覚悟の出来てた事だし。
本当に気にしないで良いから。
新しい命が産まれたら、古い命は何れ亡くなるものだからね。
むしろ、こんな話をしちゃって勇結が気分悪くならないかの方が心配だから」
確かに私の娘がいくら長生きをしようと、私より先に逝くのだから。
「そんなことより、写真撮るんでしょ?」
如乃がお茶を持ってくる。
相変わらず趣味の良いカップとポットである。
「話を戻すけど、古いのって言っても、全然普通に使えるよ?」
「いや、貴方たちのカメラはガチ勢向けでしょ……」
と、言うと、二人とも頭の上にハテナが載っているような顔をする。
「私は普通のカメラでいいから。そこら辺の奥さんとか旦那さんが持っているようなのでいいから」
そう言うと、「それならやっぱり、これぐらいあったほうが……」と言ってくる。
ああ、ダメだ、この子たち、付き合っている層がおかしい。
「でも、本気になってから高いカメラに手を出しても、その分、損じゃない?」
「でも、本気にならなかったら、高いカメラは損だし……」
「うーん」
そんな風に悩んでいたら突然の来客。
誰かと思えば不二子だった。
「あーん、この二人にカメラの話聞いたらダメだって」
したり顔をしているのを見ると、状況は読めていたみたいだ。
「カメラの性能なんて、初心者が使う分にはどれも似たような物なんだから、気に入ったデザインのカメラを買えば良いよ」
不二子の言葉に二人は黙ってしまった。
「あんたたちね、自分の子育ての時を思い出しなさいよ。子供抱いたままそんなガチモンのカメラ振り回せる筈ないでしょう。
それに写真の上達は持ち歩いた時間に比例するんだから、なるべく気に入ったカメラの方がいいよね?」
「まぁ、そうだけど……」
如乃はそれ以降言葉が続かなかった。
「適当にキットレンズのお手軽単焦点のセットでいいんじゃないの? 予算は新品か中古で違ってくるけど、その辺はお店を色々回ってみた方がいいかなぁ」
知らない単語が出てくる――この子も割とオタクだからなぁ。
それから手取り足取り説明されたが、何分好きな人間が好きなことを語っているので、三割ぐらいの勢いでしか理解できない。本気になっていれば、こうでもないんだろうけど。
曰く、ズームレンズは能動的に構図を決めようと動かなくなるのでダメだと言われるそうだ。だけど、そんなの本人のやる気次第だから、気にしなくてもいい。
ただ、それはそれとして、単焦点のレンズは楽しいので一個で良いから買いなさいと言う話だった。
それにしてもこの人達何を撮るんだろう……と答えが分かっているけど聞いてみる。
「第一にちさとちゃんだね」
せめてドールとかスナップだと言って欲しかった。少なくとも表向きにはそういう趣味の人達なんだし。
最後に沙希が言う。
「丁度良い気晴らしになったわ。ありがとうね。やっぱり何かに集中する方がよさそうね」
やっぱり娘さんの事がしんどいのだ。
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