0335 凛の引っ越し

ページ名:0335 凛の引っ越し

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 新生活が始まる。
 俊子ちゃんもカナちゃんも一緒の学校に通うことになった。
 家から駅まで、自転車で十五分、成山町からN市まで電車で一時間、そこから学校まで三十分以上掛かってしまう。乗り換えとか色々考えると、朝でも二時間半。
 通えない距離ではない。
 だけど、俊子ちゃんは近くに部屋を借りるつもりだし、それにカナちゃんが乗っかり、私も声を掛けられた。
「家賃は楓ちゃんの手配で無料だから、管理費と光熱水道費、食費の割り勘で行きましょう!」
 私がこの二人と釣り合いが取れている理由は、実の父親の事がある。

 楓さんは「立派になると決めたのなら、何を使ってでも立派になるがよろしかろう。世の中というのは、失敗した人間に冷徹じゃからな。仮に高貴な選択肢を選ぼうと失敗したら誰も褒めてくれぬ。じゃから父親のことは無限に利用してやれ。どうせ奴にとってははした金なんじゃからな」と言う。

 引っかかりつつも、確かにその選択肢しかなかった。
 一般の奨学金を選ぶにしても、そうなると実家からは離れられないし、残った僅かな時間をアルバイトに費やして、果たして間に合うかどうかと言う生活になりそうだからだ。
 私は森上グループが新設した奨学金に手を出した。手厚い支援と事実上の返済不要と言う条件である。制限人数とは別の特別枠を用意されたのは、私だからなのだ。

 後ろめたさは流石にあるが、しかしそれを拒否したところで、私の学歴は中卒で終わる。この学歴社会の日本で、中卒から成り上がるのは、何十年も前にも増して難しくなっている。楓さんの言を引用するなら、「中卒でも立派な仕事をすることが出来るよ。貴方はなんでそうしなかったの?」と言われる。かといって、その人が立派な大学を出た以上の立派な業績などないのだけど。

 嫌みはそれまでにしておこう。
 私は三人と共同生活をすると決めると、わいわいと買い物を決めていく。
 一緒に部屋の下見に行く。ここにどういう家具を置こうか、この部屋は誰が使おうか、ご飯や洗濯の当番はどうしよう……決めるべき事が多い。
 バイトも決めなきゃいけない。奨学金だけで食べていく訳ではないので、せめて遊ぶお金ぐらいは稼がなきゃいけない。
 この事情は二人も同じみたいで、バイト情報誌を回し読みしている。
 家具屋さんや家電量販店に向かって、買う物を決めて、引っ越しの日に運んで貰うことにした。
 あらゆるものが新しく、あらゆるものが新鮮だった。

 宅配便で荷物を送ったので、引っ越し当日は殆ど手ぶらに近い状態で新居に向かった。
 組み立て家具が多いので、段ボールが思いの外多かった。
 洗濯機と冷蔵庫は設置してくれたけど、他は台の類がまだ組み立てられてない!
 これは春休み全部使って片付けしないと終わらないなと思った。

 それはそれとして、親や楓ちゃんが帰った後、三人で初めての夕食を食べに行った。
 それは本当に神聖と言える瞬間だったと感じた。世の中にほぼ完全に解き放たれ、三人のか細い紐帯だけが頼りになっている。心細く、そして自由だった。

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