0333
遂にこの日が来たかと思った。
意外に早かった。
「御堂さん、熱愛報道されましたが、何かコメントがありますか?」
自分が迂闊だったと言う考えもあるけど、遠からず報道されるなと思った。
法令で三十歳と言う事になっているし、精神的な話をすればそこそこいい歳なのだ。恋愛の一つや二つ、異常な事ではない。それに相手は成人なのだからガタガタ言われる筋合いはないのだ。だが、それを言えば反発しかない。
「確かにお慕いしている成人男性がいるのは確かですが、相手のいる事ですので、これ以上はご勘弁願えませんか?」
"学校に好意的なメディア"は、この件を「大人同士の恋愛に口出しをする必要はない」と書き、幾人かの"好意的なリスナー"からの祝いのコメントを掲載した。
尤も、それで解決という訳にいく筈もなく……
会見はほぼ"台本通り"ではあるが、気が重いのは振り返り配信である。
「五十年あっという間だったな」
と冗談めかして言うのが多数であった。だが所謂ガチ恋勢が無茶苦茶な嫉妬を書き綴り、一新くんのファンもあることないこと書き立てた。
何より気に入らないのは、普段配信なんて興味のないヤツが、暴言を吐く為だけにやってきたのだ。
配信だけではなく、SNSやニュースサイトでも酷い扱いだ。
「そのうち厭きるから静かにしていよう」
とは一新くんの言葉だ。
彼自身も「ロリコン気持悪い」とか「売名行為して恥ずかしくないの?」とか散々言われている最中であった。
丁度、馬鹿な週刊誌が取り上げるネタが不足していた時期である。
面白可笑しく彼の事を取り上げ、彼の過去や家族のことを書き立てた。
尤も、そういうところで開陳された"真実"の殆どは先に聞いていた話だ。
元父親が詐欺を働いていた事や、小中といじめられていた事、母親が事故で亡くなった時、相手との裁判が長引いていた事――極めて個人的で触られたくない過去を、小汚い手先で触れているのに、彼は冷静でいた。
「こういう人達は、人が失敗する姿が見たいんだ」
彼はそう言った。
「自分からは何もしない人が、自分が何もしなくて正解だったって思いたいんだよ」
私達は努めて淡々と配信した。
その間に、彼は仕事の足軸を次第にN市に移すようになって来ていた。
そうなるとデートをするチャンスにも恵まれた。
N市では特に私の顔は知られているから、「油谷一新の中の人はこれだ」と言う写真もよく出回るようになった。
それでも触れず関わらずにいた。
勿論、こういう対処が万事正しいとは思わない。裁判に訴えてもよさそうな事は少なからず発生していたからだ。
だが、付き合いが発覚してから一ヶ月余り経つと、殆どの場合は厭きてしまった。
一部のしつこい人間が食い下がったが、その頃になって発信者情報開示請求をするとその数はずっと減って、最後の数人は法定的に責任能力が怪しいと言う状態であった。
そういう事が明らかになってくると、素直に祝えないヤツの方が異常と言う空気が醸成されていく。
地獄のような日々――転生者にとってこの世の中が地獄らしいが――は終わりを告げた。
お互いの我慢と応援を讃え合って、そしてひとしきり笑った。
春の嵐はこうして去っていったのだ。
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