0328
手当たり次第相談してしまっていたため――それは誰か一人ぐらい否定してくれる人がいるだろうと言う希望を持っていたからなんだけど――私の初恋は校内で知れ渡ることになったようだ。
例の"ソリティア同好会"とおぼしき面々から「僕、ちさとさんの事、大好きっすけど、応援してます!」と、告白なのか応援なのかわからない事をされてしまう。
挙げ句の果てに、ネミちゃんは「最近のちさとさん素敵ですよね。前から素敵ですけど、今はもっと素敵です」と意味深な事を言われる。
色んな人に偉そうな事を言っている影で、こんな悩みを抱えているなどとはあまり自慢出来たことではない。
とは言えども、下手に否定しても恥が増えるだけにしか思えない。
かといって、時間が解決してくれるとはとても思えなかった。
「だーかーら、一新くんに会って告白したら?」
「出来る訳ないでしょ!」
一周回って真生ちゃん、ルイちゃんに相談すると、告白しろ一辺倒だった。
「だって、私みたいな身体の子、大人の人が振り向く訳ないじゃないですか!」
「そんなの分かんないでしょ?」
ルイちゃんは落ち着き払っている。
「違ったら、引きますよ!」
「あー、ややこしいなぁ!」
真生ちゃんが頭を掻く。
「じゃぁ、ちさとちゃんはどうなりたいんですか?」
「どうなりたいって……」
言葉が出てこない。
「あー、重症だね……」
私の顔を見て二人は困り顔で微笑んでいる。
人の気も知らないで!
だけれども、本当にどうしたいのかは考えなければならない事だった。
彼と付き合いたいのだろうか? 付き合うとしてもどうやって? 立場的に大事になりそうな気配もする。その時、彼に迷惑を掛けないだろうか?
否、そもそも私が勝手に燃え上がっていること自体が迷惑にならないだろうか?
私なんかが恋をして、その相手は誰だと言う話になったとき、彼はどういう顔をするだろうか?
そのようなことを考えると、こんなことはキッパリと忘れてしまえばいいのだ。
問題は、それが無理だと言う事なのだ。
転生者は人に纏わる記憶を忘れられない。
「楓さん、この気持ち、忘れられるでしょうか?」
最終的に頼ってしまうのはいつも楓さんだ。
「忘れられるわけなかろう。慣れるしかないじゃろな」
「慣れるって!」
「痛みと同じじゃよ。その時は辛い思いをするものじゃが、いつまでもその痛みが続くものじゃない。辛い思いは慣れるしかなかろう」
それはそうだと思うのだけど、そういう未来が想像できないのだ。
「そうなれるでしょうか?」
「若いのぉ」
楓さんが片眉を上げて笑う。
「茶化さないでくださいよ」
「お主も、色々と経験する必要があるじゃろう。これも試練じゃ。じゃから、一度あたって砕けるがよかろう」
「い・や・で・す!」
「じゃぁ、慣れるのは暫く先じゃろう。人間何処かで区切りを付ける必要がある。
告白した時かのぉ。拒絶された時かのぉ。死がお互いを分かつ時かもしれぬぞ」
「そんなこと言わないでくださいよ……」
とは言え、その恐れは確かにあるのだ。このまま告白できずに、うじうじと何十年も生きて、彼が亡くなったと言う事実に向き合えるだろうか?
「儂は本気じゃぞ。何処かで区切りを付けない人間は、いつまでもだらだらしてしまうのじゃ。魚は食いたいが、足を濡らしたくない猫と同じじゃよ」
王位を簒奪した男の話だ。
「その例えどうなんですか?」
「ここは地獄じゃからな」
上手いこと言いくるめられてしまった。
だが区切りを付ける必要は間違いなくありそうだった。
こういう時に、ワザと嫌なところを探すと言う人もいるかもしれないが、そんなことは絶対にやりたくない。
だとするなら、いつまでも逃げるわけにいかないだろう。
私はやっとの思いで、なるべく気取られないような文章を書いた。何度推敲しただろう?
尤も書いてあるのは他愛のない事だ。挨拶と近況と、近く会って話がしたいと言うだけである。
それでも必死になって送ったのだ。ラブレターじゃないけど、それに匹敵する覚悟があった。
返事はすぐに来て、週末が明けてからN市で仕事があるからディナーなんかでどうかと。
ナオさんにオススメのお店を教えて貰い、そこではどうかと尋ね、OKを貰い、予約して……
単純な事、普通な事が一層重々しく思える。
決戦は水曜日だ。
ああ、そんな例えなんて、もうおばさんでしょう? と笑われるだろう。
でも膨れあがる気持ちを抑えながら地下鉄に乗ると、もう、心を強くする意外の決断が出来なくなる。
「あら、ごめんなさい。待たせちゃって!」
「あぁ、単に暇だっただけだよ。今さっき来たばかりだし」
ありきたりなやり取りをして、地鶏の専門店に行く。
個室に通されて、コース料理が出てくる。
転生者と言う事は伝えてあり、証明書も送ってあるので、お酒も出してくれる。
最初に瓶ビールを頼んで、お互いに注ぎ合う。
「お疲れ様です!」
乾杯をして口を付ける。ビールの味はするけど、味気ない感じがしてしまう。
口に広がる苦みと炭酸が、ただただ刺激として伝わる。
お通しの煮物に手を付けつつ、ビールを二口目。
ああ、美味しいのに美味しくない。
サラダが出てきたので、取り分けていると油谷さんが口を開いた。
「言うなって言われてた事なんだけど……」
油谷さんは全てを伝え聞いていたらしい。
「本当に申し訳ない。なんか、そんな風に思わせちゃって」
「そんなことないですよ! 私が一方的に熱くなってるだけなんで!」
告白のために用意した言葉は無駄になり――それ以前に蒸発してしまっていて、私は進退窮まったのだ。
「御堂さんの気持ちはありがたいですし、個人的にはとてもチャーミングだと思いますよ」
そう言われたところで、頭の中が沸騰して、やや意識が遠のきつつあった。
「大丈夫ですか!? 御堂さん!? 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です!
ごめんなさい、一人でのぼせちゃって! こんな子供の身体の子なんてダメですよね?」
私は早口にそういう事を口走ってしまった。
「やめてくださいよ。そういうの。まるで僕の決断がダメみたいじゃないですか」
彼は余裕もあり、口調も穏やかだった。
「御堂さんがよろしければ、お付き合いしましょう。
当面は遠距離恋愛になってしまいますが」
私は言われたことを理解するのに少し時間が掛かってしまった。
「えっ!? えっ!?」
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