0324
政治家連中がハードワーク過ぎて、偶には学校に顔を出せと言う話だったが、遂にその話が我々にも回ってきたのだ。
それで色々なスケジュール調整が入った挙げ句に、私が学校に戻る日が決まった。事務所はそれに目がけて、チェリーブロッサムを案内する番組の収録を決めてしまい、断れないところまで持って来てしまった。
何もかも「折角だから」と言うよく分からない理由だ。
楓が「時々学校を宣伝するのはよい事じゃろう」と言うので、「他からケチ付かないならいいですけど」と承諾した。
「来ました! 稜邦中学校です。
今日は全部見せます、稜邦中学校の裏側! と言う事です! お姉様、よろしくお願いします!」
チェリーブロッサムのヨシノちゃんが話を振ってくる。
「全部は流石に無理かなぁ……」
私の真面目な返事に、ヤエちゃんが笑う。
「いいんですよ、普段見られないところが見られればいいだけなんで!」
「ぶっちゃけるなぁ」
「いつだったかのイケてる町工場なんて、社長がワンマン過ぎて笑えなかったですもの」
「お、おう……」
元々、もっとアイドルアイドルしい感じの子達だったけど、体幹鍛えて自信が付いたのか、やけにノリが軽い。
まぁ、一緒に例の番組やってるから知ってるんだけど。
テレビ側もそれがウケるんで、割とそのまま放送してしまう。
「それで早速ですけど、さっきあそこのゲートとかボディチェックとか凄くしてました! だけど、何故なんですか?」
「この学校、世界のエライ人とかが訪れるんですよ。
そういうところに、爆発物とか盗聴器とかそう言うの仕掛けられると、冗談抜きでマズイことになるんですよね。」
「いやぁ。念書書かされましたからね」
「そういう事言わない!」
ヒヤヒヤしながら構内を移動する。
問題になりそうな建屋は、一部を除けば殆ど地下だ。とは言え、写して欲しくない建物は沢山ある。
「あの建物は!?」
五歳児の如く、彼方此方の建物を指さしては訪ねるお三方。
「あれは研究に使ってる建物だねぇ。詳細は言えないっぽいけど……」
「あっちは普通の校舎。あとで行くからちょっと待ってね」
と、適当にあしらっていく。
それで取り敢えず一番見栄えのする所へ行こうと言う訳で、迎賓館にやってきた。
「え、なに、コレ凄い!」
三者三様に驚いている。
あきらちゃんが八十年代に立て直した建物だ。
いつだったか、芸術作品を紹介する番組でも取り上げられた。
何様式と言うのかは知らないけど、美しい洋館と見える部分もあるしまた、ガラスと鉄とコンクリートで作られた近代的な建物にも見える。それらは美しく調和していて、存在感が迫ってくるものがあった。
「私も中に入るの初めてなんですよ」
と笑いつつ中に入る。
すると姫がドレスを着て待っていた。
「折角なので、私が案内しますね」
優しい口調モードだ。
建物の中は、押しつけがましくない装飾がそこここに施され、全体として落ち着いた雰囲気のする空間だった。
姫はその厳かな雰囲気に実に調和していて、欧州の王侯の戴冠式やノーベル賞授賞式にでも参加するようにも見えた。一言で言えば着慣れていると言う事だが、絵本から飛び出したようにすら感じる。
この空気感に三人は目を輝かせていた。それは本当に芸能人抜きの姿であったのだ。
「ここは政治家とか官僚の人達が会議に使う場所なんだけど、こういうロビーって、そういう人達が雑談するのに丁度良い場所なんだよ。そういうところで胸襟を開いて話した事が、現実に役立つ事があるんだよ」
「こっちが会議室……会議がある時はジャミング装置で通信できなくしてあるの。完全に密室であることを保証することで、この場所が信頼されるんだよ」
「どんな会議があるんですか?」
「ニュースになる前の実務的な交渉が行われる事が多いね。具体的に誰が使ったってお話しは絶対に出来ないけど」
「映像に残るのは初めてですか?」
「私の知る限りはなかった筈。
よく電撃的に何かが解決するってあるでしょ? そういう交渉を秘密裏にやる場所だから、絶対にニュースにならないしニュースにしたら交渉が失敗してしまう場合にここを使うんだよ」
「どうしてここなんですか?」
「知り合いが多いからだね。そして、基本的に私達って何処かの国に肩入れをするって事がないようにしてるんだよ。そうすると中立の立場として、世の中に役割が与えられるんだよ」
「どうやって中立でいられるんですか?」
「世界は玉乗りの玉みたいなもので、その上でバランスを取り続けないといけない。中立である事を常にアピールしなくちゃいけない。
それはどっちつかずの状態というわけじゃなくて、どっちの利益も守りますよ。両方とも仲良くしてくれる事が学校側の利益ですよと言う事を大事にするんだ。
特定の国と仲良くしていると、その利益を代表するようになってしまうけど、それではいけないんだ。
そして、実際に悪いと言うことは悪いと言わなきゃいけない事もある。
中立って言うのが一番難しい。だけど、一番気軽に思われちゃう。そこが難しいところだなぁ」
迎賓館を後にして、構内ホテルに移動する。
「学校に本当にホテルがあるんですね!」
興奮する三人に対して説明する。
「こっちは迎賓館ほど秘密にしなくてもいい人用だね。前はホテルはここ一つだったから、来客はみんな泊まってたんだよ。
今は学校内で接待する必要のある人向けの施設だね。
だから、部屋も減らして豪華にする改装をしたんだ」
「わー、私達ここに泊まれるんですか!?」
「それがねぇ……今日は隣接のホテルの方にお願いします……」
「え~!」
未練はたらたらだが、スイートルームを案内する。
「ひろーい!」
「それなりの人が泊まることがあるからねぇ」
「それなりの人?」
「うーん、それ以上言えない」
「言えない事おおすぎー!」
非難されるが、言えないモノは言えない。
「ちょっと前まで、私達、国家機密だったんだよ?」
「あっ……うん、そうだね……」
ちょっとだけ変な雰囲気になってしまった。
「夕食は、いいもの用意しているから、それで我慢してね」
「えー、何が食べられるんだろう……」
「一旦学校を出て、こっちが学生寮。空き部屋が一つあるからちょっと見ていこう」
実を言うと、私も学生寮は初めてだ。
今まで誰も入った部屋ではないので、新築の匂いがする。
デスクと箪笥、戸棚、ベッド、冷蔵庫が並んでいて、個室内に洗面台、シャワールーム、トイレが備えられている。そしてそれでもなおスペースに余裕があった。
「意外に広いんですね」
「独房だって笑われたくないじゃない?」
そうも言うと、ちょっと刺さる人達もいるか……
それから共用スペースやランドリールームを紹介する。
「食堂とかないんですか?」
「併設の温泉施設とフードコートが学校施設でもあるんだよ」
「じゃぁ、外からでも食べに来られるんですか?」
「そうだよ。会費を払えば購買でも買い物出来るよ」
それからフードコートを巡り、清掃作業中のお風呂を覗き、購買を巡っていく。
「これって凄く安くないですか?」
「あんまり利益出さないようにしてるからね。でも、外から来る人には会費はらってるから、全体としては黒字かなぁ」
「コストコみたいですね」
「ああ、そんな感じだよ。
購買の人曰く、サブスクってかなり美味しいんだよね。確定で先の読める現金が入ってくるから、経営が楽になるんだよ」
「そう言えば、学校に来たのに授業風景とかやらないんですね?」
「みんな真面目に授業を受けているからね。ヤラセみたいなのやりたくもないでしょ? それにこの学校は、他で色々あって来ている子が多いから、あんまりテレビに映りたい子はいないと思うよ」
それから学校の一般生徒の教育に対する方針とか授業の進め方とかを説明した。
「すっごく自由だね!」
「自由な分、自分の裁量も増える。その裁量の分は自分でやる気を出して貰わなきゃいけないんだよ……」
「うわぁ。めげそう」
「その部分が先生とか不死者が腐心してるところだよ」
「頑張るっていうだけなら誰でも言えないですか?」
「その為の仕組みを開発がこの学校の目的だよ。それに不死者は人の顔と名前を無限に憶えられるからね」
「無限なの?」
「今の所は」
「それって辛くない?」
「辛くないと言えば嘘かなぁ。私達死なないから、先立たれる事が日常茶飯事だからね」
「わー、本当に不死者みたいな発言」
「いや、本当に不死者だけど?」
日も暮れたところで盛装して旧食堂に向かう。
紆余曲折あって、不死者や職員が誘った来客を食事させる場所になっている。学生はチケット制で月に数度のランチと年に数度のディナーが楽しめる。「いいもの」の解像度を上げて欲しいからだという。
そんな話をしつつコース料理を楽しんだ。
「えっ、本当にお酒飲むんですか?」
「いや、一応法律的に三十歳だから呑むよ」
そんなベタベタなやりとりをしつつ、料理に舌鼓を打つ。
「どんな人を誘うんですか?」
「普通に友達と来る事もあるし、仕事関係のエライ人を呼ぶこともあるかなぁ。姫なんかだともう、それがお仕事みたいなところがあるでしょ?」
「舌から魅了するんですね?」
「私達、一生ちんちくりんだからね」
と、言うと、なんか気まずい感じになってしまった。
「お姉様、普段無口ですけど喋るときは喋るんですね?」
「仕事だからだよ」
「えー。もっとお喋りしましょうよ~」
一日を通して思ったのは、この子達もトークの勉強をしてこの仕事に臨んでいるのだなと言う事だ。
そう考えると、私のアイドル活動ってなんなんだろうなと思わないではいられない。
命や琉璃がやると言っている限りは続けようと思うけど。
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